仕事ではうまくいっているコミュニケーションが妻には通じない。妻が何を考えているかわからないと言われてしまう。そんな経験はないでしょうか?
それはもしかしたら、あなたが知らぬ間に身につけていた鎧のせいなのかもしれません。
今回はですね、鎧を脱げない男たちということで、僕ら男性が、これ僕も含めてなんですけど、僕ら男性が知らぬ間に身につけている鎧というものの存在について話をしたいと思います。
これはですね、ノートでも記事でも書いてるんですけど、ちょっと別な角度からポッドキャストで話をしていきたいなと思います。
この鎧を脱げない男たちということで、まず鎧ってそもそも何なの?って思うと思うんですけど、
こうやって仕事とかで男性とコミュニケーションをとっている時に、自分の心が気づかないようにあえてこう仕事モードになる時ってあると思うんですよ。
僕もあるんですけど、仕事モードとプライベートモードってあると思うんですよね。
この自分の心を傷つけないためにあえて強い壁を心の中に作るというか、そういった感覚なんですけど、
自分の柔らかな態達な心ってありますよね。
傷つかないように自分自身の柔らかい心を隠すっていうことなんですよね。
仕事の中で出席されたり怒られたりとか謝罪をしたりとかする時ってあると思うんですよ。
大変申し訳ありませんでしたとか、毎回気をつけますとかっていうことを言うことってあると思うんですね。
もしくは誰かから怒られたりとかする時あると思います。
そういった時に素直に心の底から申し訳ありませんでしたって言うと、つらいですよね。
普通につらいじゃないですか。
もうなんか生きてる価値もないゴミクズみたいな風に自分のことを思ってしまう時もあるんじゃないかと思うんですよ。
そこまでいかないにしても、自分という存在が取るに足らないちっぽけなものってあるかのように感じてしまったり、
そういう風に扱われているんじゃないかという風な恐怖感であったりとか、そういった感情を抱く時があると思うんですね。
こういった感情を隠すために、守るために、自分が鎧を纏っている。
男性というのは鎧を纏っているんじゃないかという風に僕は思っていまして。
僕は昔、五福屋で五福の販売をしていた時があるんですけど、
その時とそれ以降で働いた男性中心の社会は全然違っていて、
僕の時にはそういった自分に鎧を着せている人ってほとんどいなかったんですね。
みんな素のままで仕事をしていて、素のままのコミュニケーションを取ったりするんですよ。
だから傷つく体験ってあんまりなくて、なぜかというと、
五福販売ってそのお客さんの心の中に入っていく必要があるんですよね。
心の中に入っていくためには、攻撃的な言葉遣いであったりとか、攻撃的な態度を取っていると、
その人の心の中に普通に入れないんですよね。
大事なお客さんの心の中に入れないわけですよ。
誰だって嫌ですよね。凝ってくるとか、高びしょな態度を取ってくる販売員とか普通に嫌じゃないですか。
話したいって思わないですよね。
だから僕ら販売員というのは、あえて優しい言葉遣いをしたいとか、
その人の心の中に入り込みやすいように、すごい気を使って言葉を選んだりするわけなんですね。
なんですけど、社員同士においてもそういった言葉遣いをするんですよ、販売員同士の間でも。
自然にそういうふうな振る舞いができているので、社員間においてもそういったやり取りをするので、
自分をつくろったりとか、あえて強く見せようとしたりする必要がなかったんですよね。
だけど、その後に男性中心の社会で働いた時に思ったのが、
なんだろうな、すごい傷つきやすくなったんです。
僕がすごい傷つきやすくなって、何かすごい勢いで怒られたりするんですよね。
すごい勢いで怒られたりとか、謝罪を求められたりとか、
お気持ちを悩めるたびに謝罪を求められたりとかすることがあったりとかしたんですよね、何とか。
これ何なんだろうなと思って、なんでこんなに自分を落とし入れなきゃいけないんだ、落とし入れなんだろうな。
自分自身のことを落とし入れる必要があるし、他者からもそういうことを求められたりもする。
おかしいんじゃないかなってすごい思っていて、なかなか馴染めなかったんですよね。
こういった社会の中でそれが普通の生活を送っていると、徐々にその鎧というのは纏うようになっていくんじゃないのかなって僕は思うんですよ。
最初はですね、なぜ鎧が纏うのかということを話をしていきたいんですけど、まず一つはさっきも言ったように、自分の心が傷つかないようにするためなんですね。
意見というのは時に人格否定につながりますよね。
仕事上における何かの意見とかを誰かに言う時っていうのは、単純に意見として受け止められればいいんですけど、
意見として受け止められずに人格否定されているんじゃないかと思う時がある。
これって意見と否定を切り分けない風潮があるからなのかなとも思うんですよ。
言う側にも切り分けない風潮があるし、受け取る側としてもすごい意識しないと、
あなたはそう思ってるんですねっていう風に意見として受け止めないと、
お前なんかマジクソだよみたいな風に思ってるんじゃないかとか言ってるんじゃないかって受け取ったりとか、
お前おかしいんじゃないの?みたいな風に受け取ったりとか、
実際そういう人もいるじゃないですか。お前おかしいだろってバカなんじゃないの?とか、
はぁ?みたいなことを平気で言う人もいるわけですよ。
こういう風に意見と否定がごちゃごちゃになって人にぶつけてくる。
こんな社会で働いてると、誰だっておかしくなるなって思ったんですよ。
僕、五福販売からその後の普通の一般企業で働いてる時にすごい違和感を感じて、今でもこれ感じてますけど、
こんな世界、こんな世界の中で暮らしていたら誰だって自分の身を守るようになるんですよ。
だってすごい傷つくから、すごい自分の心を傷つくから、
嫌な思いばっかりするから、自分を守るために誰もが鎧を纏うようになってくるんですよね。
そうなってくると、誰もが鎧を纏っている状態なので、
会話をする時も鎧を纏っている前提で話をするってことが起こるわけですよ。
強い言葉を発したいとか、強い言葉を発することが許されるような環境があったりとか、
あと何か問題が起こった時に、システム上の問題とか構造の問題ではなくて、
誰かのせいにして終わりにするとかっていうことも結構起こったりもしますよね。
これって鎧を纏っているから大丈夫だろっていうふうな前提で、
お前に強いボールをぶつけても大丈夫だよなって、壊れないよな、お前の心が。
だってお前鎧を纏っているじゃんっていうふうな、そういう前提で会話をするっていうのは本当に多いなと思っていて、
そんな会社ばっかりじゃないと思うんですけど、そういった現場を何度も見てきたんですよね。
あと、心が強い人もいれば弱い人もいますよね。
生まれもってめっちゃ強い鎧纏っているじゃん、こいつみたいな人もいるじゃないですか。
こいつに何言っても響かないなっていう、傷つかないなっていう人もいれば、
すごい心が繊細で、何か言われたらすごく傷つきやすい人もいる。
そういうふうないろんな人がいる環境の中だと、どうしても強い人を中心に仕事って回っていきやすくなるんですよね。
上に行けば行くほどメンタル強い人も増えていくので、
メンタルがもともと強い人っていうのは、メンタルが弱い人の気持ちがわからない人が多いなって僕は感じていて、
そんなことを言わずにやらないとダメじゃんとか、そうは言ってもさとか、
いや、これこういうふうに思ったらいいじゃんってアドバイスはするんだけど、
全部が全部強い人前提の話だったりするんですよね。
そうなると弱い人はどうしていいかわからないんですよ。だってそんなことできないから。
できないから鎧纏わたればいなくなってくる。
弱い人なりの鎧を纏わたればいなくなってくる。
だけどもともと心が繊細だと、鎧の耐久度も低いので壊れやすかったりするんですよね。
どんどんどんどん鎧が壊れていって、自分の柔らかな心も壊れていく。
そうなると心が強い人たちっていうのは、こんなこと言うんですよね。
いなくなって生成したとかね。
休んでばっかりで給料もらわないと泥棒だろうとか、
そういうふうに分からないんですよ、立場が強い人っていうのは。
自分の心が強い人は弱い人の感じが分からないから、そういうふうに否定ばっかりするようになっていくんですね。
そういう現場を何度も何度も見てくると、自分も強くならなければと。
強くなるためには鎧を纏わなければいけないというふうに思いをなってくるんです。
こういった生活が何年も何年も続いてくると、
鎧を纏っている認識がなくなってくるんですよね。
当たり前になってくるんですよ、自分が。
鎧を纏っていることが当たり前になってくるんですよ。
それが普通になっちゃうので、自分がまさか鎧を纏っているなんて思わなくなるんですよ。
すると何が起こるかというと、情緒的な感覚が鈍くなってくるんですね。
男性の共感性が女性より鈍いと言われるのは、
僕はこれが原因なんじゃないのかな、これが原因の一つなんじゃないのかなと思ってるんですよね。
常に鎧を纏ってコミュニケーションをとっているので、
他者からの感情とか情緒的なものを遮断しているんですよ。
情報しか受け取らないので、情緒的なものを遮断しているので、
共感することがそもそもないんですよね。
そして自分から何か発する時も情報を発する時も、そこに感情を添えることがないんですよ。
情報しか発しない。
だから自分の気持ちが分かってもらえるということも考えていないんですよね。
情報だけを伝えなきゃいけないと思っているので。
そのようにして鎧を纏うと何が起こるのかというと、
さっきも言ったように傷つきにくくなるんですよ。
これメリットでもあるんですけど、
感受性を遮断する。さっき言ったように感受性を遮断しているので、
情報だけが自分の中に入ってくるんですよね。
相手から言われた負の感情、
お前何やってるんだよとか、お前これおかしいだろとか、
ちゃんとやれよとかいうふうな負の感情が込められた情報を受け取った時に、
鎧が纏っていると、そういった負の感情はスパーンと切ることができるんですよ。
すごい上手な人いるんですけど、僕はすごい苦手なんですけど、スパーンと切ることができて、
情報だけ受け取って、わざと相手を苛立たせて、
表音を上げて、感情的になっている相手の足元をすくって転がして、
勝とうとする人間とかもいるわけですよ。わざと感情的に混乱させようとする人間もいる。
そういうふうな戦いに足を踏み入れないためにも、
鎧が纏った男性は感情ではなくて情報だけを取り込む癖がつくんですね。
すると感受性が自分の中に入ってくることがないので、
どんどんどんどん感受性が鈍くなってくる。
生き生きの中で多分8時間、9時間、10時間とか働いている人多いと思うんですけど、
24時間の中、起きている時間はほとんどそういった生活を送っているわけですよ。
起きている時間はほとんど感受性を遮断して生きているんですよ。
するとどんどんどんどん鈍くなってきますよね、感情とか共感性というのが。
例えば他者とのコミュニケーションに感情を添えないというのがあるんですけど、
一応言ってはいるじゃんと思うと思うんですよ。
大変ですねとかありがとうございましたとかお疲れ様でしたとか、
それは誠にありがとうございましたとか、
という風な言葉では、口では感情の言葉を発してはいるけど、
よく考えてもらいたいんですけど、
それ本当に本心で言っているんですか?
というところなんですよね。
本心で言っている時ってほとんどないと思うんですよ。
一種の感情プレイじゃないかなって僕は思っていて、
こういった相手を気遣う振りを見せて、一応そういうポーズをとってますよ。
で、向こうもそういうポーズをとってきましたね。
じゃあ私も一応それに対して謙虚なポーズをとりますね、みたいな。
わけなわからない感情プレイを男性たちはやってるんですよ、仕事の中で。
意味わかんないなって僕は思うんですけど。
こういったことが男性社会の中では頻繁に起こっていて、
それが当たり前になっているので、
相手のお気持ちに沿うためにポーズの言葉を出したりとかすることが起こるんですよね。
本当にわけわかんないんですけど、
こういうことを繰り返していくと自分の心は傷つきに低くなる。
だけど一方で自分の感情に鈍感になっていくんですよ。
自分は本当はどう感じているのかわからなくなるんですね。
自分の気持ちはわからなくなってくる。
気づかなくすると自分の気持ちを話せなくなってくるんですよ。
自分が何を考えているかわからないから、気づかないからこそ言葉として出せなくなるんです。
言語化できなくなってくるんですね。
よく夫婦喧嘩とか口論になった時に、
うまく自分の感情が伝えられない時ってあると思うんです。
本当は妻のことを大事に思っているのに、
妻は罵倒する言葉しか出てこないとか。
それって自分の感情が鈍くなっているんです。
感受性がすごい鈍くなってくるので、
そもそも気がつかなくなっているんですね。
感じていないってこともあると思います。
他者の感情に鈍感になるっていうデメリットもあるんですね。
世の中をまといことによって。
他者がどう感じているのか。
他者からの情報の中に含まれている感情を遮断して自分の中に取り入れているので、
他者が何を考えているのかというのがわからなくなってくる。
読めなくなるんですよね。
これって本音を出す他者と触れ合うことが少ないからなんですよ。
本音を言ってくれる相手と触れ合うことが少ないから。
なぜかというと自分も本音を言わないから相手ももちろん言わないんですよ。
よく酒の咳とかで打ち解けるとか言うじゃないですか。
あれって本音を言っているから打ち解けていると僕は思っているんですよね。
僕も今もコロナは全然ないですけど、
そういった飲み会とか会った時とかにすごい話を深く掘っていくと、
僕が飲み会に行くと必ず夫婦関係の相談を受けることになるんですけど、
そういった話がすごい頻繁に出るんですよ。
これって鎧を脱いでるんですね、その時って。