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やっほーみなさんごきげんようアナンディです。本日もニューヨークの森の中
シバランダヨガ、あ、ちなみにヨガランチというところで、パルマヨガをしておりますアナンディでございます。
なんか今日も、のんびりとゆったりとを過ごしております。
最高だねと思っております。なんかこうムキーってなる瞬間が、ないわけじゃないんだけど、減ったというか、なんか
あ、自分をコントロールというか、こう客観的に俯瞰してみるとこういう感じか、みたいなのがちょっとわかってきたような気もしますし、
まだまだだなと思うこともあるしって感じでございます。なんじゃなんだんだって感じだけれども、順調でございます。
全ては順調です。なんか怒らなくなるって、怒らない、なんか仏のようになったのがいいのかって言ったら全然違うし、怒ったら怒ったで、
気づくことがいっぱいあるし、なんかやっぱりムッとする瞬間ってあるよね。なんだこいつみたいな、何言ってんだみたいな、なんでそういう聞き方じゃないな、変身の仕方するんだろうみたいな、
なんかちょっと意味わかんないなみたいなこともやっぱり多いにしてあるわけよね。カチンとくることがあるわけ。でもこれってやっぱりサインだから、なんかあっていいのよ。
それにどうリアクションするのかっていうのがもっと大事なことだから、なんかそんなにね、あの
アップダウンがあったとしても強烈じゃなければ自然の内だなっていう許容をしております。
なのでなんかいい感じでございます。とはいってね、そんなになんかこう怒るとかっていうこともなくってないのよ。
なんか本当に穏やかに過ごせてるし、パートナーがカナダに帰ったために1週間だけね、今一人なわけ。
だから他の人といっぱい喋る機会が増えて、なんかそれはそれでいいなっていうふうに思っております。
でなんか、なんていうの、一人でいる瞬間があったとしても別に問題ないというか、
なんか、誰もいないどうしようみたいなふうにも思わないというか、まあ一人でご飯食べに行けるみたいな感じ?
のとちょっと一緒なのかな。でもみんながそれぞれバラバラで食べてる時にね、とかあとちょっとしたグループができてるところに私は一人で、
そのグループにも入らず一人でいるっていうのはどうなの?みたいなさ。
ちょっと昔は思ったこともあったんだけれども、なんか別に何でもいいかみたいな、なんかその分ご飯に集中できるというか、
味わって食べられるし、なんかそれはそれでいいなと思っております。
でね、昨日はね、ちょっと本当に時間があったのよ。なんか仲のいいカルマヨギーが、
みんな仕事がその時間なくて、えっこれ外に行けるんじゃない?みたいな感じになり、外に行きました。もう超ラッキーと思って。
と言ったって、なんかあの近くの車で10分15分ぐらいの池に行ったわけよ。
みんなボートこう入れて、アヒルいっぱいいて、アヒルだかカモだかガチョウだか知らんけどいっぱいいて、
なんかそこの水辺で寝転がるみたいな。でも焼きたくなかったから、もう無理無理無理と思って。
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だから一人で日陰にいたりとか、あとタオルかぶって太陽を背中にしてみたりとかしてたんだけれども。
でさ、なんかやっぱり英語の会話がさ、テンポよくさ、ドラララララララララと繰り広げられると、
なんか80%分かってもやっぱり20%分かってないとか、今何の話?みたいな感じのことが多々あったのね。
でもまぁまぁ大体の会話にはついていけて、すごいこう発言することはあんまりなかったんだけれども、
なんか1回私が、え、そんな話聞きたくないとか言っちゃったわけよ。
で、なんか、あ、マズったかなってちょっと思って、
言った時はマズったなんて思ってないんだ、私のその時の気持ちを言っただけだから。
でもその後の話の展開がすごく個人的な悩みの話になっちゃって、
あれみたいな、あれ今の話ってもしかして違うこと言ってた?みたいな。
で、なんか私はちょっと、なんていうの、
困惑してしまい、一晩中考えたけど元に戻れないから、
あの、ね、その悩みを話し始めた人にちょっと謝ろうと思って、さっき謝ってきました。
そしたら、なんか、あの、話の流れとしては、
私が、私は聞きたくないよって言ったのは、その話、自分の個人的な話をした人も同意してた。
つまり、なんか、なんかさ、人がさ、悩んでるっていうのを、
悩んでるコミュニティがあったとしたら、そこにわざわざ悩んでもいない人が入って聞きに行くのは私は嫌だって言うつもりで言ったんだよね。
そしたら、そういう話だったよやっぱりって言ってて。
で、あのさ、これやっぱり解決策が知りたい人が集まって、
私もそういうことあるのよーって話すんだったら、どうやったらこっからのこのなんかグルグルした、した、
思考から抜け出されるんだろうみたいな感じで、助けを求める感じでね、そういうコミュニティに行ってヒントをもらって帰るみたいなことだったらいいと思うんだけれども、
何にも疑問もない人が、
なぜそのコミュニティに入って話を聞かなきゃいけないんだろうと思ったから言ったら、なんかそのね、
なんかそこはそれでよかったよとか言ってて。
だけどその後に、なんか個人の心配、不安事をシェアする時間に、シェアする時間でシェアした人がいて、
あ、間違えたかもみたいな。個人の聞きたいことを、
聞きたい、個人の問題をシェアしているのを聞きたくないわけじゃないわけよね。
個人というか友達の心配していることを聞きたくないわけじゃないから、
だけどそういう話になっちゃったから、なんか間違えたかもしれんと思って、
なんかそういうつもりじゃなかったんだけどさぁとか言って。
言ったらね、あのちょっと話がぐるぐる堂々巡りしてるかもしれないけれども、
なんかあの文脈だったら私が聞きたくないって言ったのも全然わかるから、
あのなんていうの、その言った人、悩みを言った人に向けて言ってるんじゃないっていうのがわかってくれてて、
あ、良かったと思って。ほらちょっと英語難しいじゃんとか言ってて、とりあえずね、完成しました。
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なんていうの、和解したというか、私が単なる勘違いをしたというか、
やっぱりちょっとね、英語早いとついていけないよねーって思います。
まあね、でもね、あのうまくいって、うまくいったというか、ちゃんともやもやが解決できて良かったなと思っております。
あとはなんかさ、なんかその一人の人が悩みを話して、他の4人で言ったんだけど、
2人がすごい献身的な話を聞いてるのを私は聞いててすごい感心しました。
なんかこんなに他人の悩みを自分のことのように考えるんだと思って。
それにつけてさ、なんか一瞬、私は一瞬というかその後ずっとさ、
私は聞きたくないって言っちゃったとかっていうのを引っかかってて、
なんて、なんて自分勝手なやつなんだと思って。
話は全然それで合ってたんだけれども、なんかちょっと間違ったかなと思って。
なんで個人の話をいきなり言うことになっちゃったんだろうみたいな。
ちょっとそれが分かんなくって悩みましたけれども。
でもなんか素敵な仲間に囲まれてるんだなーっていうのも確認できたし、
なんかやっぱりさ、人ってさ、一人じゃ生きられないってね。
人は一人じゃ生きられないからこの人っていう字が支えてますよみたいな二角あってねみたいな。
それぞれ支えてるんですっていうのを竹田哲也が言ってたじゃない。
まさにそれで、なんかアシュラムってそうやってコミュニティ?
なんか人と繋がれる場所としてさ、やっぱりすごく重要な場所だなと思います。
私自身もあのね、こういう生活を始めて家に帰って、
家に帰るっていうか、日本でほらアシュラムに来たり来てカルマ用やったり、
日本に行って戻って日本に戻って仕事したりとかってすると一人暮らしを始めたりするわけよね。
そうするとさ、なんか朝起きておはようっていう人がいないっていうのにすごい悲しみを覚えてたわけよ。
え、なんか誰もいなくて寂しいみたいな。
で、いたってそんな喋んないんだよ。
なんだけど、なんか繋がりがないみたいな感じがすごくね。
あれ?みたいなちょっとなんか空っぽになっちゃったなみたいなことを思った時があって。
ただおはようって言うだけでいいんだけど、そのおはようって言う人がいないっていうのは、
ね、今日はでこうでそうでっていう話しなくてよくって、
おはようって言う人すらいないんだと思ったらすごいなんかポツンみたいな。
そのうち慣れちゃうんだけど、普通のことだから。
だけどなんかこう寂しい感じがあったりとかもするし、
やっぱりいろんな人と話すと自分がどう考えてるのかとか、
自分がどう回答しようかとか、
なんていうのかな、どうリアクションすると私も向こうもいいのかなみたいなことを考えたりとかするっていうのは、
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やっぱりさ、人がいないとやっぱりそういう風に成長できないからやっぱりいい場所なんだよね。
だしなんかやっぱり、
そのコミュニティとしての機能っていうのをもっとつなげていくのがすごくいいなって思いました。
なんかね、新しく、新しくっていうか、
日本人のすわみじが誕生して、その彼女が、すわみじがそうやって言ってたんだよね。
なんかやっぱりこの時代、
1ヶ月も休みを取ってティーチャートレーニングコースに来る人っていうのは稀で、
それよりも週末ここに来て自然を満喫するのと、
なんかこう気分のいい人たちと一緒にお話をするみたいな、一緒にご飯食べるっていうのだけでもリフレッシュになるから、
やっぱりこういう形でつながったりとか、
あとカルマヨガの時間が40分ぐらいあるから、それでこう知り合えたりとかね、
一緒に生活するっていうのを体験するのがいいんじゃないかみたいな、
なんかもっとそういうのやっていきたいみたいな感じで言ってて、
どうやってどうするのかわかんないんだけれども、
やっぱそのつながりっていうのを大事にしていきたいみたいな話をしててさ、
で問題をカミングアウトしてくれた人も、やっぱりつながりを求めてるんだなとかと思うわけ。
でゲストに来て、ゲストで来た人も、
ここに何を求めてるかって言ったらやっぱり、
つながりなんだよね。
それをさ、スタッフとのつながりだったりもするのかもしれないし、
ネイチャーとの自然とのつながりなのかもしれないけれども、
やっぱりこの西洋の文化でいう神様につながるというか、
まぁ結局自分なんだけどね、
自分自身とつながるっていうところを、
やっぱり都会にいるたりとか仕事で暴殺されてたりとかすると、
そういうのって難しいんだよね。
だからなんかそういうのを自分の精神とつながるみたいな、
そういうのを求めてきてるっていうのが改めてわかったというか、
そういう場所で、場所でいたいというか、
そういうのを作っていく人だなっていうのを私は改めて思いました。
なんかね、なんていうのかな。
そこにいたらそうなるって。
これやっぱ環境って大事じゃん。
どういう環境で育ったかっていうのは本当にさ、
大事じゃん。
みんなが、私ね、一番最初の会社辞めた理由の一つが、
なんかすっごい文句言ってたの、私が。
あの人はこうで、この人はこうで、
あの人はこうだから、みたいな。
で、なんかそういうのを言ってる自分が嫌いだったんだよね。
正直嫌だったの。
で、じゃあどうしたらいいんだろうと思ったら、
そういう環境にいなきゃいいんじゃんっていう結論に至ったっていうのもあったんだよね。
それがメインの理由じゃないんだけど、
でもなんかそういう自分が嫌いだったわけ。
でもさ、なんか、
じゃあここだと言わないのかって言ったら、
そんなことないよ、あの人さ、みたいな。
なんかあるんだけど。
やっぱね、人である限りなんかちょっとなんか、
うーん、みたいな。
あるんだけれども、
でも、なんかあの時ほど、
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それを酒のつまみにして、
ネタにして、
時間を潰すみたいなことはしてないし、
なんかこう、精神がアップリフトされる、
こう、向上していくようなところを、
作ってる人になってるなっていうのを感じているんですよ。
なんかその前までは、
そんなことも考えずに、
自分が自分がみたいな、これだけやるんだ、
みたいな感じで、
なんていうのかな、やるタスクを
こなすことが大事だと思ってたんだよね。
だけど、なんかそのことよりも、
なんか私がどうあるのかっていう、
この前から言っているあり方が、
本当に大事なんだなっていうのに気づくし、
なんかそういうあり方が、
伝染していく感じ?
になるんだなと思ったの。
私は2月からずっと、
キルタンサークルをどこででもやってて、
来ない日もあるわけ。
誰も来ない日もあって、
一人でやってる時もあったんだけど、
2人とか、3人とか、
4人とか。
なんならスタッフ誰も来ないで、
ゲストしか来ないみたいな時もあるし、
でもそれでも好きな人が集まってるから、
それぞれの音楽がすごい素晴らしくて、
なんか気分が良くなるわけよね。
この状態でずっといたら、
なんか本当に良いバイブレーションが、
みんなに伝わっていくんだろうなと思った。
勝手にね。
そんな伝われ伝われとか、
感じ取れなんていうことではなく、
だって受け取るのは自由じゃん。
無効の自由だから。
なんかそういうのを、
なんか良い雰囲気を
作る側として、
いるのかと思ったら、なんかちょっと嬉しくもあるし、
誇らしくもあるし、ちょっと恥ずかしくもあるみたいな、
というかな?みたいな気持ちにも、
なっております。
なんか変なプレッシャーとか全然ないんだけどね。
なんかこう立ち位置が変わってきたというか、
周りにいるこのベテランカルマヨギが、
大体年一緒ぐらい。
私が一番年上なのかな。
まあ実年齢がそんな感じで、
なんかやっぱり神様の話とか
すごいなんかしてるわけよ。
私はそこまで慣れないなみたいな。
なんかそんなに言葉に出さなくても、
ねえみたいな。
私も偶像も崇拝してないから、
偶像崇拝っていうかなんかこの、
例えば教会に
どっかの海外に行って行きましたって言ったら、
キリスト教が、キリスト教だって
キリストが吊り下げられてたりとか、
したりしなかったりとか、
十字架とか。
みんなそれにこうね、
祈りを捧げたりとかするじゃない?
まあ日本だと神棚なのかもしれないけどさ、
毎日家帰ってさ仏壇じゃないんだから、
手なんか合わせないじゃない?
みたいな感じなんだけれども、
やっぱりなんかこう、
もっと信仰深い人もいたりとかするわけよね。
神のご加護なんて言っちゃうみたいな。
私はなんかちょっとこう、
それはちょっと言えないなみたいな。
まだ言える段階じゃないのか、
私は言いたくない人なのか、
ねえみたいな。
ちょっとわかんないんだけど、
照れくさいというかなんか、
ちょっとなんかそういうとこじゃないんじゃない?
言ったからなんだみたいな感じじゃないんじゃないかな
と思ったりもするし、
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ちょっとなんかわけわかんないこと言い出してますけども、
とにかくその周りにいるベテランの
長くやってるカルマヨギも
すごいいい人たちだから、
彼女たちに囲まれて
なんかラッキーだなっていう風に思っております。
でもだからこそ、
なんか太陽当たりすぎたから
なんかこう冗談めいて、
ねえ私今キレやすいから気をつけてね。
みたいな感じで言って、
ちょっとピッタが上がりすぎみたいな。
ちょっと長かったみたいな感じで言って、
言ったりとかできて、
なんかそれはそれでアリだなと思ったわけ。
なんか別にね、
だから怒ってもしょうがないでしょう、
みたいな感じではないんだけれども、
この笑い話できるっていうところが
余裕ができたなっていう風に感じております。
何が言いたかったかって、
なんかコミュニケーション取ること、
コミュニティがあること、
同じものを、
同じものとかここは真実を
教えてる場所だから、
それはいろんな角度で教えてるっていうのが、
やっぱりどっかに刺さる
人たちが来てるんだよね。
なんかそういう
コミュニティを大事に
私もしていきたいなっていう風に
思ったっていう。
これからもっともっともっともっともっともっともっともっと
大事にこれがなってくるんじゃないかな
っていう風に感じております。
人との繋がり。
そもそも繋がりっていうか、
繋げるとか繋ぐとかっていう意味が
あれじゃん、ヨガっていう意味の
語源になってるわけよね。
人と人を繋げたりとかさ、
知識と
今の実生活を
繋げたりとかもできるし、
あと
本当の自分っていうやつ
ハイヤーセルフとかいろいろ
名前が神とかいろいろあるけれども、
そういうのに繋がるっていうのもあるし、
やっぱり神聖な自分を取り戻すっていう
ところもあるし、そういうのも繋がるわけじゃない?
なんかそういう意味でやっぱり
繋がりって
本当に大事だなって感じております。
し、なんか私もどんどんどんどん
積極的にいろんな人と
繋がっていきたいなっていう風に思いました。
無理のない範囲で自分のキャパシティを
広げて、なんか
いいコミュニケーションが取れる、いい
なんていうの、循環が
できるといいなーなんて思っております。
さ、今日思いついた感じで
喋ってまいりました。聞いてくださって
ありがとうございます。いつもいいねくださる方も
ありがとうございます。こんな感じで
カルマヨガを
今日はね、本当に最後の
キッチンクリーンアップしかしないので楽でございますが、
ゆったりと
のんびりと過ごしております。
ちょうどね、本当に夏になってきた天気で
日中はちょっと汗ばむみたいな感じ?
でございますよ。
さ、聞いてくださって
ありがとうございます。皆さんも繋がりも
このね、この繋がりも一つの大事な
繋がりですのでありがとうございます。
どんどん繋がっていきましょう。
というわけで、アーナンディが
ニューヨークの森の中からお届けしました。
それではごきげんよう。