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1%の情熱物語
海外に住んでいる日本人は、日本人総数のわずかに1%。
この番組では、海外進出や起業を果たしたビジネスオーナーや経営者、
また各業界のプロフェッショナルな方々へ、対談形式でインタビューをしていきます。
日本の未来を背負うグローバルなプロフェッショナルたちの仕事哲学と、
そこに燃える情熱につながる。
こんにちは。
1%の情熱物語、118回目を迎えております。
118回目、はい。
みなさん、お元気ですかね。
お元気ですかね。今、これが流れているのは7月の中盤ぐらいかな。
そうね。暑くなる。
日本はもう暑そうだな。
もうね、本当だったらオリンピック、わーってなってる頃でしたけど。
あー、本当だよね。
ねー、それも忘れちゃうぐらい、もういろんなことがある年ですね、今年はっていう。
本当だよ。そんないろんなことがある中で、何か沢井ちゃんが新しく始めたことがあるそうで?
そう、あの、コロナになって、コロナの時期になって、コロナの時期になって、
まあ、ステイホームをするようになってから、いろいろ始めたことがあって、
運動でしょ、食べ物の改善、アップルを使った、あとはね、15年ぶりくらいにフルートを吹き始めました。
は?フルート吹いてたんだっけ?
高校はフルートをちょっとやってて、
あ、そう。
小学校はトランペットをちょっと吹いてたんですけど、
あー、なんかそれは聞いたことあるような気がするね。
そう、おばがね、フルートを使ってないのがあるかなっていうふうに言ってくれたんですよ。
いつ?
それはね、もう半年ぐらい前。
あー。
フルートを使ったのに全然使ってなくて、でもそのコロナおきに始めてみようかなっていう新しい趣味ができました。
それは何?自分一人で吹くの?誰かとセッションっていうか、セッションって言ったって一人で外出れないか?
そうそう、部屋でピーピー吹いてます。
みつさんは?
気持ちいいのそれって。
気持ちいいですよ、もうなんか。すごい優雅な気分になる。
03:04
僕もね、ギターを弾いて気分転換で歌を歌ってますよ。
あー、でもね、普段からみつさんはしてるか。歌を歌ってギター弾くの。
そう、で、コロナになってね、もっとギターが上手くなるのかと思ったらね、そうでもないんですけどね。
何も変わってないんですけどね。
集中してできるかと思ったら、通常通りでしたね。
いや、逆にモチベーション落ちてるんじゃないかな、ミュージシャンは。人前でできないんだもんね。
そうですよ、今年ミュージシャンはライブできないから。
ほんときついね。
あのね、遠隔でセッションしたりしてる人たちもいるけど、最初はそれ楽しいかと思うけど、やっぱりあのライブのね。
いやー、そうでしょ。
逆の目の前でウワーってやってるグルーヴ感みたいなのがないじゃんね。
そうか、そうですよね。
これは辛いよと思うけどね。
こっちらも中止になっちゃったし。
こちらね、イベントでも今年はもう無理じゃね?
いやー、無理だと思う。
だから、これを機にすごい自分のスキルを上達させるとか、そういう方ですね。
そう、今練習する時期だと思う。
そうですね。
楽器じゃないにしても、なんかすげー、この間先週の話じゃないけど絵を描いてた。
ゆかさんが絵を描いてるって言ってたけど。
ね、言ってましたね。
とか、プログラミングのスキルを、リアルアメリカでも紹介あったけど、オンラインクラスとかを受けてね。
そうそうそう。
知識とか技術を手に入れる時期と思って、やるしかないね。
そうするしかないですね。
じゃああれじゃないですか、来年のライブとかみんなもうスキル上がってて、みたいな人ばっかり。
全員上がっててあまり変わんないみたいな。
まあでも楽しみですよ、本当にそのライブハウスがいつ再開するのかって。
ね、ほんとね。
少しの辛抱でございますね。
はい。
ということで本編に入っていきたいと思います。
毎回一人の方のインタビューを4回に分けてお届けしているこの1%の情熱物語、今回が2回目となります。
はい、日米マーケティング社長の西条ゆかさんのお話ですね。
先週までね、仕事のどんな仕事をしてるのかっていう内容と、あと高校まで、あと英語の上達は恋愛がいいよねみたいな話をしてたんですけど、
今回は大学以降から今の仕事までの話を伺っております。
06:04
では早速聞いていただきましょう。
はい。それは何かあったんですかね。
インターナショナルスクールでフィルムスタディーズっていう映画制作授業みたいな映画を撮ってたんですけど、
その先生がカナダ人だったんですね。
本当に先生は裸足で授業に来るような人だったんですけど、
ワイルドな感じなんだ。
そう、そのワイルド、いれずみとかも入ってて、
でもその自然なスタイルとか、カナディアンいいなと思って。
カナディアンいいっすよね、でも。
なんか優しいし、大統領じゃないや、大統領じゃないけど、
彼がイケてますもんね、今の大統領。
なんていうか、受け入れるじゃないですか、まず人を。
寛容な感じなんだ。
そう、スタイル、人としてのスタイル。
そう、人としてのスタイル。
人によるのかな、でもあとマレーシア、
マレーシアは常夏じゃないですか。
はいはいはい。
私、アメリカのマレーシアに来て、
アメリカのマレーシアに来て、
マレーシアの人がバラクガをしてたんですけど、
今の日本の人がバラクガをして、
あとマレーシア、マレーシア常夏じゃないですか
はいはいはい
で、私あんまり雪とか見たことなくて
あー、そっか
そう、だからなんか周りの人が大学でこれを勉強したい、これを追求したいとかいう理由で
あとのその、なんていうんですか、仕事、就職しやすい?みたいな
ブランドで大学決めてる人も多いと思うんですけど
私は先生もなんかクールだし、自然も多いしっていうなんか理由ですっごい
寒いとこ行ってみたいし
そうそう、しかもマイナス50度とかになるところにわざわざ行ったんですよ
マイナス50度、俺もやばいっすね
やばかったです、やっぱり私昔からアルプスの少女ハイジがすごく好きで
ご覧になったことあります?
牧場のイメージ?
牧場、牧場じゃない、どっちかって言ったらペーターとか、ペーターとか知っていません?
アルプスの山に住んでるんですよ、おじいさんと
09:01
5歳ぐらいの少女が
それで牧場じゃなくて、ヤギ界の友達、森、森、本当に森
だからそういうのを好きで見て育ったので
自然に行って、私ハイジになれたみたいな、ハイジだと思った
でもいざ住んでみたらすごい寒くて
でもアルプスは寒くなるのにどうやってハイジこれ耐えたんだろうみたいな
それはやっぱり子供だからなんだなっていうのが最終的に私の結論
そうなんです
結局何年いたんですか?
4年いました
ちなみに彼も付き合ってたんですよね?
付き合ってました、彼も一緒にカナダの大学
同じところに行ったんだ
同じところに
ずっと一緒ですね、だから
それで何、メジャーは何だったんですか?
私は文化人類学を専攻しました
書いてあったね
彼も同じクラス?
彼は哲学
そういう
インテリカップルだな
いやいやいや
哲学と社会人類学?
なんかこれ、ライブラリアン?
図書館とか博物館とかで働くなら
これすごい必要だけど、勉強しながら
どういう仕事をつくんだろうと思うよね
でも、もともと決めた理由がやっぱりマレーシアで住んでて
文化とかそういうのに興味があったので
人が、私が思っている常識っていうのは何なんだろうっていうのが
昔からあったので
それはよりでもあれだよね
外国に住んだことがあるから
そういうことを感じたんだよね、きっと
そうですね
いろんなホスピタルの後に理由がつかないんだっていうのもそうだし
なるほど
文化人類学ってちなみに一言で言うと
何を学ぶ、何なんですか?
一言で言うと、もちろん人類の始まり的な
ネアンデルタール人とかそういう骨とかもやるんですけど
それはアキオロジーの
考古学みたいな
考古学、はい
私はもうちょっとアントロポロジーオブフードとか
食文化を、だから簡単に言うと
一つのことを多面的な視点で分析する
12:00
なるほど
社会的な意味、例えばですけど
私が書いたアントロポロジーオブフードの
卒論で書いたお題が
日本のお弁当文化について書いたんですけど
お弁当っていうのは社会的にどういう機能があって
それはジェンダー的にどういう機能があって
社会の小さな
エリアとしての家族っていう単位でどういう
機能を持つのかっていうのを論じていくんですね
文化人類学にもいろんな
ある程度
偉い人たちがもうこれはこうこうみたいのあるので
そこに当てはめながら
論じるっていう
めちゃくちゃ面白そうだな
その弁当に関して
いろんな深いことありそうだよね
日本の文化の独特なのあれは
そうですね
こっちのランチボックスって
クッキーとハムと
バナナとピーナッツバターみたいな
やっぱり
まず母親が準備するじゃないですか
子供のために
誰かが準備したのを持っていくっていうので
例えば子供が全部食べきれなくて
残した時に
親はそれでコミュニケーションじゃないけど
この子は今何で食べなかったんだろうとか
そこで話題が会話が生まれる
あとキャラ弁っていうのが流行った時に
私がだから大学行った時の2011年とか2012年に
ちょうどキャラ弁とか
男性が弁当を作るみたいなのが流行ってて
始めた時っていうか
そうなんだね
だからやっぱりそれで
今までお弁当って女性が
女性のイメージが強かったのに
男性になってきてるから
やっぱり社会的に
ジェンダー的なことが変わってるんじゃないかとか
やっぱりそういうところに
タッチしてくるんですよね
それはだから女性が働く人が増えて
男性が家の中で
社会的な動きもあってってことね
それとかちょっとニュートラル
なんていうんですか
女性的な男性が増えたとか
なるほどね
面白いね
ですよね
弁当って深い気がするな
確かにね
この健康状態とか
僕も犬飼ってて犬が
飯をがっついて食う時と
ちょっとなんか一旦休憩する場合とか
いろいろ大丈夫かなって思ったりするしね
15:00
ある人は弁の様子を見て
子どもの元気かどうかを
わかるっていうのもあって
ちょっと弁と弁は違うけど
そういうので健康状態
わかる
面白いな
どうですか
でも哲学をやってる彼と
そういう会話も面白かったね
喧嘩が面倒くさい
喧嘩が面倒
感情的に何かこう言うと
それはどういう前提で
それを今言ったの
とか聞かれるし
ノジカルに反応される
そう
一回しかも
ついこの間あった話ちょっとしてもいいですか
どうぞ
ジャケットがあって
その色がどう見ても
結局結論はカーキ色だったんですよ
カーキ色
カーキ色ってどれだっけ
カーキ色なんか緑っぽい
ブルードっぽい感じの
ネズミ色っぽい
ネズミ色っぽい感じの
でジャケットがかかってて
あそこにジャケットかかってるよ
緑色のって言ったんですよね
そしたら
緑のジャケットなんて持ってないって言うから
いやそこにかかってるよ緑のって言ったら
いやそれはゴールドだって言って
ゴールドじゃないでしょ
どう見ても緑がかかってるから緑でしょってなって
じゃあわかった
あなたの立場は意見はこうだから
しかもこういう理由でそう思うんでしょ
で僕はこう思う
じゃあもう一つの第三者に聞いてみて
集計をとってみて
どっちが
そう
それなんかいちいち
なんて言うんだろう
面倒くさい感じだね
そうそう
でも私も折れないんですよ
私も最終的にだからカーキ色で
お互いの色に対する知識が少ないから
こういう喧嘩になったんだねって
知識をもうちょっとつけなきゃいけないよね
みたいな
でもその話でいくとさ
多分その人の目の状態とか
あれにもよって違うから
多分ね全員違うと思うけどね
細かく言うと
なんかそうですよね
やっぱり色なんて
色なんて
色毛の人とか極端な話
そうそうそうそう
全然違うからね
そう
でもなんだろう
でも俺嫌いじゃないですよ
俺そういう話好きなタイプなんで
私もでも彼に訓練されたっていうか
ずっとだから知り合って
16歳の時からなんで
17年知ってるんです
17年
でもどっちかっていうと
男性の方がそういう
そうですね男性的な
理屈じゃないけど
話し好きだよね
そうなのかもしれない
18:00
そういうのもあるのかもしれない
どう思う
面白いですね
何の話してたんだったの
何の話してたんだっけ
カナダに行って
4年行ってて勉強して
その後に
卒業された後
その後に
その卒業する前に
スウェーデンにもちょっと
語学で短期留学をしてた
それは
本当はフィンランド語が
学びたかったんですけど
彼がフィンランド人なので
でもフィンランド語がなくて
スウェーデン語があったんですね
でも全然フィンランド語とスウェーデン語って
かなり違うんですけど
英語に近いから
スウェーデン語のほうが簡単で
2ヶ月くらい短期留学して
ロシア人のスウェーデン語しか話さない
ルームメイト
と生活して
卒業して
日本に帰国
スウェーデン語ってちなみに
どれくらい違うんですか英語と
日本語とは
違うと思うんだけど
結構違うんですけど
文法は
一緒
日本語だったら動詞が
英語と一緒
彼は何かを食べる
日本語って動詞が最後に
くるじゃないですか
彼はバナナを食べると
英語と同じで
食べるバナナになる
スウェーデン語も
違いって言ったら
意外と
日本語では
スウェーデン語が
もちろん
スウェーデン語も
英語は
スウェーデン語も
英語は
スウェーデン語が
1つの文字で
1つの文字で
スウェーデン語が
スウェーデン語が
1つの文字で
だったら、ザ・ブック、本のザ・ブックって言うじゃないですか。
でもスウェーデン語だと、そのザがブックに組み込まれた形になるから、
ブッケンみたいになるんですよね。
だからその漢詩っていうものが前に、
ザ・ブックで漢詩を前につけるんじゃなくて、後ろにつける。
だからブックっていう言葉がたくさん変化していくんです。
変化しちゃうんだ。なるほどね。
じゃあブックも違うし、複数形とか。
それは難しいな。
そうですね。だからまあ似てるって言ってもバナナぐらいでしたね。
バナナ、バナナ。
21:00
忘れちゃいました。
モチベーションは何だったんですか?スウェーデン語。
モチベーションは、北欧が好きで、
アルプスの少女とか、北欧が昔からとにかく好きで。
だから北欧の人と話してみたいなって思った。
実際スウェーデンに行ったら、外国人だから英語で話しかけられるんですけどね。
いやでもすごいな。その時点で日本語、英語、スウェーデン語を話せるってことですね。
その時は、はい。今もう全然スウェーデン語も驚いてしまったっていうか。
使わないと忘れましたね。
使わない。
すごいな。それでじゃあ帰国、日本に帰国。
それはでも何で、日本に戻りたかったんですか?
やっぱり父がずっと日本にいて、母はまたマレーシアで仕事があったので、
みんなお正月とかに会う感じだったんですけど、
やっぱりちょっと家族、妹もまだ学校とか、
マレーシアに母とマレーシアにいたので、
日本にずっと離れてると、逆に日本に対して憧れみたいなのがあるじゃないですか。
もうね、9歳の時に出てたらね、それは半分以上人生外にいるわけだもんね。
そうですね、人生の半分以上。
逆にじゃあ日本ってどんなとこなんだろうみたいな、好奇心みたいな。
ありましたね。
なるほどね。
じゃあそれはもう就職ってことですよね。
そうですね。
キャリアフォーラム、東京のキャリアフォーラムに行って、
そこでもう決まって就職して、
勝者は営業だったんですけど、大変ですよね。
それは別に営業をやりたいなと思って入ったわけではない?
いや、父が勝者だったんですよ、ずっと。
勝者で働けば海外と日本の架け橋的な、常に両国と関わって仕事ができるし、
やっぱり父の働き方、僕は父からいろいろアドバイスもらえるだろうと思って。
先輩でもあるしってことね。
そうですね。やっぱり嬉しそうだったんですよ、私が勝者に決まったって言ったときに。
語学も活かせるしね、ってことですね。
やっぱりそれが大きかったと思います。
24:00
入って、そこの体質がすごくトレディショナルだったんですよ。
社名は言わない方がいいですかね。
言わない方がいいですね。私は別にいいんですけど、一生言わないでおきます。
でもすごく、研修あるじゃないですか、最初の新人社員の、あれはすごく感謝していて、
やっぱりそういうところで電話の受け答えとか、早く電話に出るとか、
基礎的なトレーニングね。
そう、基礎的なトレーニング。
言われた3ヶ月のあれは、やっぱり今働いてても海外で、
どこでも通用する、ある意味、社会人にはなれるから。
なるほどね。そうなんですね、僕そういうの受けたことがないんで。
じゃあ結構いろいろ教えてもらったんですね、最初に。
そうですね、人が見てないと思ってもコピー機の後ろ姿で
ジャッジされてることを忘れないようにみたいなことを言われました。
どういうこと?コピー機に立ってる時の後ろ姿ってこと?
そう、後ろ姿が、みんな誰か新人っていうのは、
みんなちょっと社員の方って新しい子だってなるじゃないですか。
見られてないと思っても意識してないと見られてるから、
社会人としてしっかりしてくださいっていう意味を込めて言われてたと思うんですけど、
そういうのを言われる方もいたし、やっぱりすごいお辞儀の仕方とか角度とか、
あと電話の取るスピードとかも練習しましたし。
それが今でも役に立ってるってこと?
役に立って、すごい電話取るの早いです、私。その仕事。
確かに電話で知ったらすぐ出たような気がするな。
なかなか、そうですか。へー、トラディショナルですね。
すごいトラディショナルでしたね。
その仕事自体はどうだったんですか?楽しかったんですか?
すごい新鮮でした。やっぱり私が扱ってたのが鉄道機材で、
日本の鉄道機材のレールとか車輪とかを売ってるんですけど、
日本のJRとかあるじゃないですか。
そういう実際の現場の方を見に行く機会なんてないじゃないですか、鉄道の。
だから電車マニアの人とかも本当に夢のような部署だったと思います。
あとレールってずっと使ってたら傷がいったり摩耗していくので、
27:01
そういうののどれぐらいでもレールが傷ついてるのかっていうのを測る機械があって、計測機があって、
それをヨーロッパ、オーストリアから仕入れて売ってたんですけど、
すごい高い計測機なので、どういうふうに説明してそれを買ってもらうのか。
やっぱりでも日本人って安全第一っていうか、本当にそういうところがあるので、
そこは別に説明しなくても、やっぱりみんな必要と需要はあるだろうっていうことで。
だからすごく学ぶのは面白かったですね。
ちなみにそれいくらぐらいのものなんですか、何千万とか。
いくらぐらいだったかな、500万円だった気がする。
なかなかね、でも社会人になりたてでそういう金額のものっていうのが、なかなか大変ですよね、たぶんね。
そうですね。皆さんすごく優しく、私の部署の方は支えてくれて、
ただ、いろいろな他の部分でのジャパニーズカルチャーに衝撃を受けましたけど。
例えば、マイネーシャとかそういうの?
マイネーシャもびっくり。
そうですね、マイネーシャもそうでしたし、
シュミレーションゴルフに連れて行かれたりとか、
ゴルフのスクリーンがあって、映像を見ながら色々付けてやるっていうのを。
付き合わされたってことね。
そうです、付き合わされた。
それが毎日、毎日4日とか、シュミレーションゴルフは4日はないんですけど、
飲みに行ったりとか、
接待ね、接待ね。
社内だけですよ、社内の部長とか。
社内で?
そう、別にお客さんがいるときは仕方がないっていうか、
それが一つの構築、関係をするじゃないですか。
それはいいんですけど、やっぱり部長が席を立ったらみんな席が立つみたいなところがあったので。
なんだそれ。
それはめんどくさいですね。
そう、他の友達に話しても結構それは、
やりすぎじゃねーみたいな。
そうですか。
なかなかでも、海外で暮らしててそれを体験するっていうのは結構な衝撃だよね。
そうですね、結構衝撃でしたね。
やっぱり同期の人にも、
同期のほとんど90%男の子ばっかりで、
みんな体育会系だったんで、相談をしても、
そんなもんだよってみんな高校で先輩とかに、
すごいどつかれたもん俺みたいな。
根性みたいな?
そうそうそうそう。だから私、根性足りないのかな。
いやでも違うよなみたいな。
そういう違和感があって、
結局でも部長もいい方だったので、
30:03
私がいろいろ胸の内を話したときに、
その方も海外にいたことがあったらしいんですけど、
やっぱり自分の娘にも、ずっと海外5年以上いたら、
もう日本での就職は進めないみたいなことを言ってて。
なるほどね。
やっぱりカルチャーショックあるんですよね。
部長も部長で上から言われてるだろうしね、いろいろあるわね。
いろいろあると思います。
管理職も大変ですからね。
何年くらいいたんですか?
すごい短かったです。1年くらいですね。
こんなもんなんですね。
それは、私が新入、社会人研修受けてるときくらいに、
父が名古屋に住んでたんですけど、
私は試研修で東京にいたんですね。
その前くらいからちょっと調子が良くなくて、
結局病気を患ってることがわかったんですね。
体調が良くなかった。
体調が良くなくて、発血病だったんですけど、
急性だったので進行も早くて、
その父は名古屋の病院で入院していて、
週末とかに東京から会いに行ったり、様子を見たり。
お母さんと妹さんはまだマレーシアにいたの?
そうですね。ちょっと一旦引き上げて、
やっぱり看病というか、みんなでしてたんですけど、
そういうこともあって、
結局調子が悪くなって、
みんなで、私もできるだけ父のそばにいたいし、
聞こえます?
聞こえます、はい。
週末は東京にいたけど、週末は名古屋にお母さん、看病というか、
お見舞いに行ってたんですね。
はい。
毎週末行ってたら新幹線高いので、
もちろんバスとかもいろいろ乗ったりしながら、
結局病気も病気なので、あまり長くないと言われて、
休職をしてたんですよ。
10ヶ月ぐらい経ったときぐらい、8ヶ月ぐらいかな。
会社に入って、
休職して父とずっと病院に毎日通うように、
名古屋の父が住んでたその家に私も行って、
してたんですよね。
だから1年ぐらいで、結局退職をして、後は父と過ごそうっていう。
33:00
どれぐらいの期間だったんですか?
1年半ぐらい、病気がわかってから1年半ぐらい東京生活をしていて、
もう少し細かく言うと、私が入社する前ぐらいから状態が悪かったのはわかってたんですけど、
48歳だったんですね。若くて。
亡くなられてしまったということですか。
48歳か。
そうですよね。
私妹がいて、2人娘がいる、2人娘じゃないですか。
2人とも大学卒業して、父も夢があったので、
自分で海外でビジネスしたいじゃないですけど、
よく思うのが、商社で働いてる人に多い気がするんですけど、
ある程度サラリーマン生活が終わったら、海外で屋台とかやりたいとか、
日本の食品を売りたいとか、そういう話結構聞きません?
ありますね、よくあります。
父もそのグループで、海外でやりたいみたいなことを言ってたんですよね。
味噌売ったら受けるかな、日本の文化を、とか話をしてたところで、
しかもすごい毎日ジョギング行くような、あんまり弱音も吐かない感じの日本男子みたいな感じだったんですけど、
だから周りがすごいショックを、本人ももちろんショックを受けますけど、周りがびっくりして、
その東病中っていうのは、会話とかは普通にできるもんなんですか?
会話は、抗がん治療が始まると、いろいろ副作用が出て、
辛い時はもちろん、ちょっとお話しするのも難しかったんですけど、
でも落ち着いてる時は病状が、熱とかも出てなくて落ち着いて、
それこそ今のコロナじゃないですけど、抵抗力が落ちてる時に、
そういういろんな病気にかかりやすいので、
精発しちゃうってことね、
そこが危なかったので、
本当にアルコール消毒して入ったりとかも、
あとスカイプで話すだけにする日とかもあったし、
抗がん治療って怖いですね。
怖いなと思って。
大変な時期でしたね。
大変でした。
でも大変だったけど、
やっぱり思ったのが、昔の人って、
家族の死とか友達の死とか、戦争もあったし、
身近に感じてたのかなと思うんですね。
36:01
死っていうのは起こること。
だけど今あんまりデジタル化とかバーチャルな世界のことが
いろいろ進んでることもあると思うし、
意識がいってるのもあると思うし、
今のあとどっかの学校とかの教育でも、
あんまり死について触れないみたいなことを聞いて、
もちろん私が自分の体験から言うと、
私ちょっと顔が父に似てるんですけど、
本当に死に目にあった時に、
自分の死に顔にも見えたんですよ。
で、すごくそれが、
なんて言うんですかね、
ショックとかじゃん、
なんて言ったらいいかわかんないですけど、
そういう、そうだよなみたいな、
人っていつか死ぬんだなっていう。
だから、
実感したというか。
そう、実感したんです。
だから、私が思ってるこの西条由加っていう、
西条由加はこうでこうみたいな、
いろいろ板倉さんも生きてるじゃないですか、
そのアイデンティティで。
でもそれはそうやって自分で生きてるわけで、
いつかそれが全部死っていうのでなくなった時に、
自分は何かこう、
何か人に覚えてもらえることをしたいなと思ったんですよね。
自分が思ってる西条由加を、
人に本当に伝えられるような努力をしてるのかなと思ったし、
ちょっといろいろ言い訳するところがあるので、
自分の悪いところで。
言い訳してたらもったいないなと思って。
なるほど。
そうですね。
だから父から、ある意味そういうプレゼントっていうか、
違うように見れるようになった感じがします。
いろんなことは感じたと思うんだけど、
自分の中で何かしら変化みたいなのもあったんですね。
はい。
ありました、かなり。
ちなみにその時って結婚はされてたんですかね。
結婚はしてなかったです。
日本に行って、アメリカその後ですよね。
父が亡くなって、
すごい落ち込んで、
今だからこういうふうにプレゼントで学びましたとか言ってますけど、
やっぱりその時って、
いろいろ友人とか声をかけてくれても、
やっぱり思っちゃったんですね。
素直に聞けなくて、
でもやっぱり前、
ダメだな、どうしようって思ってて、
思いついたんですよ。
老人ホームでボランティアしようって。
39:00
だったら老人の人だったら、
ある程度お年を召されてるから、
家族とかも亡くしてきてる。
そういうので自分の気持ちも分かってくれるだろう、
だから老人ホームでボランティアすれば、
心が癒される気がして、
その時京都に住んでたんですけど、
京都にある長岡教師の老人ホームでボランティアをして、
そしたらやっぱり俳句を書いてくれたりとか、
人からやったりとか、
感謝されるのってすごくパワーがもらえるんだなと思って、
自分は大したことしてないのに、
ぽっかり空いてた、
父を亡くしたお父さんみたいな、
死の後の世界ってもうあるのかなみたいな状況のところで、
ありがとうっていうのをもらって元気が出たっていう。
そういう状況のところで、
そういう状況のところで、
っていうのをもらって元気が出たっていう。
そうなんですねー。
そうなんですねー。
いや、そうじゃないとあれまくるっていうか、
もともとあまり落ち着きがない感じがして、
でもそういう状況のところで、
あんまり落ち着きがない性格なので、何かしてないとっていうのが常にあって。
バイトとかも、ケーキ屋さんとかでバイトとかもしてたんですけど、やっぱり。
中村 心の中はちょっと違うなっていうか、
あれだったんだ。ボランティアをやることで、自分の心が回復したというか。
そうですね。やっぱり癒されたんですよね。
癒されたんだね。
いやー、ちょっとなんかいろいろ深いな。
話に夢中になって、全然進行を忘れてたんですけど。
いやいや、すいません。私も脱線しちゃいました。
どうですか。ちょっともっともっと掘り下げたいんですけど、ちょっとね、じゃあ一旦ここで次のセクションに入らせてもらいます。
はい。それは海外でいろいろお過ごしになってて、育ってきて、日本で就職したらギャップありますよ。
だよね。
だってみつさんも日本の工場で働いてたことがあって、アメリカに来たからどっちもわかる感じですもんね。
42:04
まあ工場だからね、あんまり人間関係はなかったけどね。
あ、そうか、逆にそうか。
機械の歯車のように動いてればいい。
あー、なるほどね。
その経験しかなかった。まあバイトとかはしてたけどね、もちろん。
うんうんうんうん。
まあね、そりゃまるちゃんも違うし。
9歳から海外に出ててね、日本に行くとまたそれはそれで新鮮だと思うけど。
接待みたいな、でも今はもうあんのかね、そういうの。
どうだろう、でもあると思いますよ、まだまだ。
まあ会社によるんかね。
変わってきてはいるだろうけど、それでもやっぱ飲み会とかは絶対あるだろうし。
でもなんか最近は若い子は断るらしいじゃんね。
そうね、私の世代ぐらい、私は結構断ってましたから。
あ、そう。
私の世代以下ぐらいからは結構行かない人多いかも。
うーん。
変わってるかもですけど。
うーん。
まあいいも悪いも、ノミニケーションっていうね、あれありますけど。
やっぱり仲良くはなるとは思うしね。
まあそうですね。
まあでもね、そんな。
夜先にお父さんが白血病ってことでね。
入院されちゃったっていう話にしたけど。
そうですね。
老人ホームでボランティアをするっていう、そこへの発想の切り替えがすごく斬新だなって。
面白いなって思ったし。
そういうふうに、新しいことに挑戦していこうっていうふうに思うことが大事なんでしょうね。
でも実際、俺さ、その身近な人が死に目にあったっていうか、死んじゃったっていうのは、
じいちゃんぐらいでさ。
それが心にすげえ衝撃なんだろうなっていうのは想像はつくんだけど、
実際にそういうふうにね、ボランティアをすることで心が癒されるっていう方向に動いていくっていうのがすごいよね、人間って。
すごいですよね。
お老人の方はね、戦争も経験してるし、
日本の今の姿じゃないものをたくさん見ていらっしゃるから、
そういう方々に語っていただくのは非常に大きいですよね。
しかし今の生きてる先輩の方々ってすげえ激動の時代を生きてるよね、本当に。
いや本当ですよ。
戦争があってさ。
45:00
そうそうそうそう。
高度成長期があって、バブルがあって。
バブルがあって、バブルはじけて、
コロナがあってね。
いや本当そうですよね。
すげえ時代だよね。
いや俺らの時代、俺らはバブル終わってからだもんね。
さわりちゃんももっと後だもんね。
ミッキーさんはバブル期?
知らない。
ちっちゃい頃か。
生まれてはいたと思うけど。
あーそういう感じか。
全く実感がないよね、そういうバブってたかも。
あれはちょっと感じてみたかったですけどね。
そうね。
それこそ、私の祖母とかは今90なんですけど、
小さい頃に戦争、第二次世界大戦を経験していて、
アメリカという敵と戦ってたわけじゃないですか。
あーそうね。
で、そんな彼女は去年アメリカに遊びに来たんですよ。
そうだね。
そうだからそういう国にまず孫が住んでる、
そして自分が遊びに行くなんて絶対考えられんもしなかったと思うし。
そうだよね。
80年とか70年でこんなに世界は変わるんですね。
それがさ、でもおばあちゃんの視点でいくと日本にずっといた人の視点でさ、
例えばゆかさんみたいに他の国に行ってまた見る視点って違うよね。
そうと思います。
これってだから面白いっていうか、面白いっていう言葉があってんのかわかんないけどさ、
本当にね、いろんな人がいろんな価値観を持っててさ、
常識も違うしさ。
そうですよね、それでいいんですよね。
ゆかさんも自分のその、自分の存在みたいなものをもっと
世の中の人にっていうような話をされてましたけど、
そういうご自身の経験だからこそ考えられる自分の視点とかっていうことが、
価値がありますかね。
そうなんですよ。それを伝えるための番組でもあるのでね。
だってね、そうやって、今さおりちゃんいなくなったけど大丈夫かな。
大丈夫です。
ちょっと電波があまりよろしくないみたいで、今日はね。
そうそう、今日はね、ちょっと機嫌が悪い。
だから俺がちょっと言いたかったのは、今のゆかさんみたいに、
日本で生まれて、9歳でマレーシアに行き、大学でカナダに行って、
その後日本に行って、その後ニューヨークなんですけど、
そんな人生を送ってきてる人いないじゃん。
多分。
そうね。
いろんな視点を持っててさ、環境が全然、人それぞれもちろん違うからさ、
特に得意だよね。
そうですね。
価値だよなと思うよね。
逆に日本でずっといる人は、日本でずっといるからこそわかる視点っていうのがあるので。
48:04
そうそう、それもあると思います。
職人さんがかもし出す背中で語るみたいなやつとかね。
そうね、あれはもう絶対日本じゃなきゃ出ないと思う。
あれもすごい。背中で酒が飲めるんだよ、たぶん。
一言ボソって言った、その言葉を魚に、酒を飲むみたいなさ。
今回ちょっと今変な方向に行きそうになったけど。
ワビサビとかっていうのはね、本当にアメリカのカルチャーでは全くわからないと思う。
わかんないよね、だってたかなか200年の歴史ですからね。
なんで白と黒だけなんだとか、ピンクとか赤とか足そうってなっちゃうからね。
そうね、いやー面白いお話でした。
いろんな人がいますね、いろんなことがあって、いろんなバックグラウンドで。
はい、いろんな思い出ですね。
次回は。
はい、次回がそういった思い出、起業まで至るんですけど。
ちょっとその前にニューヨークに渡り、他の仕事もして、その後に起業っていう形で。
起業してからの仕事のお話をちょっと掘り下げて聞いております。
はい、ということで来週もお楽しみにしています。
お楽しみに。
私もお楽しみにしてます。
はい。
リアルアメリカ情報。
イェイイェイ。
このコーナーではロサンゼルスから最新のビジネス生活情報をお届けしていきます。
はい。
みつさんに質問。
質問なんだ。はい。
ケミオ知ってます?
ケミオ?
うん。
ケミオね、なんか記事を読んだけどね、チェックしなきゃと思いながらチェックしてません。
ケミオとは何でしょう?
人の名前だよね。
彼は何をしてる人でしょう?
知らん。
YouTuberとかじゃなかったっけ?
その通りです。YouTuberはモデルとかタレントとかいろいろやってるけど、YouTuberかな。
そうなんだ。
そう、あのね、私も同僚に、というか友人にこれを言われて、ケミオって知ってる?って言われて、え、知らない?ってなってからチェックし始めたんですけど。
いつ頃からなの?ケミオ。
ケミオブームは最近なんですけど、ケミオがYouTubeを始めたのはもう10年くらい前なんですって。
10年前って相当前だね。
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彼が中学生の時から始めてるので。
すごいね、それも。
でね、このケミオ知ってる?っていう質問をすると、その人の年齢層、ジェネレーションがだいたいわかるっていうもんなんですけど。
マジで?怖いね。
そうそうそうそう。私の30代とかにすると多分わかんない。
まあね、わかる人もいるけど。
で、ケミオっていう面白いYouTuberの人がいて、どんな感じかっていうと、
俺見たことないな。かろうじてその記事を読んだだけで、ふーんと思っただけ。
ハーフなんですよ、日本人。日本とヨーロッパとイランかな?どっかのハーフですごいイケメンなんですけど。
あのね、雰囲気だけね、ちょっと音が聞こえるかな。
地球上のみなさんこんにちは。K.E.M.I.O。ケミオでーす。
みたいな人なのね。
これでずっといろんなことを話してたりとか、視聴者からの質問に答えたりとかする、
お姉じゃないけど、彼時代もゲイだから視聴者のいろいろな悩みに答えたり、
いい男いない!みたいな話をしたりとか、面白い24歳なんですよ。
私もこれにハマって、若いね。これにハマっていろいろ見てたんですけど、
Z世代、今の一番若い子たち、ミレニアム世代の更に先かな?に大人気のユーチューバーなので、
もう私たちがわからない世代じゃないですか。
そうだね。わかりたいけどわからない。
そこ!そのわかりたいけどわからないをどうやったら解消できるかっていうところの答えが、こういう方々にあるわけですよ。
なるほど。
見ないでしょ?普通。
今ニューヨークにいるんだっけ?
そう、そうなんです。その通り今ニューヨークで生活してるので、
彼の動画を見たらアメリカでの生活の現状とかもわかるし、
アメリカの情報も手に入れられるっていう部分もあるんですけど。
え、じゃあちょっとインタビューの打診をしてみたりしたら面白いかな。
うん。
シカトされるから。
うん、すごいお金かかるんじゃないですか。
そうか、そうだよね。すいません。
でも、それが叶ったら何十回も聞きますけどね、それ。
でも、恋愛話とかをしてるの?
するし、いろんな視聴者からの質問に答えたり、
あとは、リラックマの発音をGoogleが拾ってくれないっていうのにしてひたすらやり続けるとか、
そういうくだらないことをしてるんだけど、でも面白いですよ。
それは面白い。
リラックマとか、リラックマとかずっと言ってるんですけど。
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データベースに入ってんのか、その単語は。リラックマみたいな。
入ってないけど、一応リラックマっていうらしくて、
でも全然理解してくれないっていうのをずっとやり続けるとか。
っていうような、ちょっとくだらないけど面白い。
でもここにポイントがあるのは、そういう若い子たちの思想を理解するとか、
彼らに向けてマーケティングをするっていうためには、
こういう方々たちのことを理解しなきゃいけないところです。
そういう視点でその記事を読んでふーんと思ったんですよ。
ほんとその通りで。
ではちなみにですね、現在YouTube、日本のYouTubeで登録者が多いランキングというものがここにあるので、
ちょっとざーっといっていくので、みつさんが知ってるものがあるか。
いきますね。1位、1位って知ってるかな?みつさん、ちょっと想像できます?
YouTuber?
ヒカキンじゃないの?
違うの?
あれ?
はじめしゃちょー。
あー知ってますよ、名前は。見たことないけど。
私も名前は知ってるし、友人の子供たちがはじめしゃちょーとかヒカキンとか言ってるよ。
で、2位、ヒカキン。3位、せんも、もあし、し、わかんない、もう読み方もわかんない。
で、次、日本人の子供たち。
次、フィッシャーズ。次、木下ゆうか。この人知ってます?彼女、私。大食いのかわいい女の子。
知らない。
次、トラベルサースティー、東海オンエア、エーベックス。
エーベックスもね、普通に会社ですけど。
寿司ラーメン、米津玄師、ヒカキンゲーム、ジョンズキッチン、水溜りボンド、光、ユニバーサルミュージックジャパン、
ベイキンTV、ベイビーバス、気まぐれクック、ミニチュアスペース、わんろくろく。
音楽もちょこちょこ入ってきました。
アーティストがそうだね。全然知らんわ。
そうなの?私も全然知らんなと思って。
っていうような世の中の流れなので、そこもチェックして幅を広げていかなきゃなと思っている次第です。
そうだよね。
でもけみおは面白いんで見てほしい。
あ、そう。見なきゃなと思いながら、俺あんまりね、YouTube見ないんだよね。
だからスクリーンはあんまり見ないんだよね。
みきさんはポッドキャスト派ですね。
ポッドキャスト派なんだよな、そうそう。
でも全く話題についていけないのもいかんからなと思いながらもね。
あ、そうね。
特にこのコロナ期間を経て、YouTubeとか動画配信する方々のクリエイターっていうのの需要がさらに高まりましたから。
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そうですね。
そういう意味でこれを機に、YouTuberとかInstagramとかそういう方にちょっと目を向けるのもありかなと。
ちょっと今更かもないですけどね。今からやるのは相当な努力が必要ですよ。努力というか。
あと光るもの、才能なり。
そうそう。自分で始めるかどうかは置いておいて、始めていらっしゃる彼らの情報を得るっていうほうがいいかもですね。
お金とかで考えるなら、動画編集の仕事をしてその人たちを手伝ってあげるとかね。
なるほどね。
そういう方向で考えたほうがいいと思いますよ。
今からYouTuberやって、稼げんぞ、たぶん。
いやいや、恐怖が多すぎますからね。
何か光るものがあれば別ですけど。
ということで、今回のリアルアメリカ情報をお届けしました。
はい。
締めのコーナーです。
さおりちゃんは、グロッサニストア、スーパーに行ったときに、透明のビニール袋あるじゃん。
はいはい。
今はコロナの状況下だから特になんだけどさ、開けらんないじゃん。
透明なビニール袋が野菜の置いてあるところとかにあってさ、それ一枚ピリピリって取るでしょ。
それを袋を開けるときにさ、手が滑ってさ、乾いてたら、袋開けれなくない?
透明のビニール袋。
それなに?質問?それともみんなの状況説明?
それをどうやって開けてるの?っていう質問。
あー、それですね。
みんなは。
前はさ、ちょっと汚いかもしれないけど、手をさ、つばつけてさ、やったりした。
今さ、コロナバイラスがついてるかもしれないからさ、マスクしてるじゃん、その前に。
で、これどうやって開けるんだと思いながら、ずっとそこで開かねえなーと思いながら、コショコショしてるんですけど。
そうかそうか。
コロナだからあるあるみたいなね。
いや、そのコロナじゃないにしても、あれみんなどうしてるんだろうと。
あー、それの質問にはですね、私は答えられないんですよ。
え、なんで?
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私はね、一回も手が乾燥したことがない人間なんですよ。
あー、じゃあ手が湿ってるのか。
むしろね、いつもベタベタしてるんですよ、手が。
じゃあ、あれがすごく開けれるんだ。
もう、いくらでも開けれるし、手をなめるっていうのが全然わからなくて。
いつもなんかこう汗かいてるな、湿ってるなーとか思って。
あー、そういうタイプね。
初デートの時の手を握る瞬間の緊張の仕方?
なるほど。
人の10倍。
ほんと。
分かる分かる。
分かるでしょ。
俺は乾燥してるカサカサの方なんだけど。
あー、そうなんだ。
湿ってる人がいて、湿ってるって思われてるだろうなって思ってるだろうなって思ってる。
いや、それそれとかもそのレベルじゃないから。
普段から湿ってるのに、そんなね、デートの時のドキドキなんてもうなんかもう、
びしょびしょじゃないけど。
もうなんか汗がにじみ出るんじゃないかってぐらいなので。
そこの質問にはちょっと理解ができない。
余裕で開けれるんだ、じゃあ。
むしろ開けましょうがぐらいの感じですけど。
開けれなかったら沢ちゃんに電話して呼んで。
呼んで、呼んで。
えー、でもどうするんだろうな。
もうずっとやってるんだ、あれカシャカシャカシャカシャな。
えー。
もう困っちゃってさ、ネギをほうにいったらさ、ネギがちょっと湿ってたりしてさ、
湿ってる水分をちょっともらいつつ。
ごめんとか思いながら。
すごい地味な活動ですね。
地味な工夫をしてるんだ。
濡れてるものを探すんだよ。
え、ここの手の甲とか、手の甲っていうか、全体的に乾燥するもんなんですか?
甲の方が余計カサカサじゃない?
あ、乾燥する?
え、ほらこの、なんていうの、腕とかでシュッてやれば腕同士で開けられるとかない?
腕でどうやって開けんの、それ。
腕の内側と内側に。
でもその前に腕もどこも乾燥してるよ。
え、ほんと?
そうか。
そう、だからね、困るんですよ。
多分困ってる人がね、いっぱいいると思う。
やっぱパッケージの裏についてる水分っていうのが一番いいんじゃないですか。
パッケージの裏って何?
わかった、冷凍食品を先にカゴに入れといて、
その冷凍食品の結露で開ける。
だって入り口がだいたい野菜じゃん、先に。
じゃあネギ。ネギが解決方法ですよ。
そうね、だから困ってる人はね、みんなネギを探すとね、ちょっとネギが湿ってたりしますから。
っていう話でした。
すっごい特定な工夫でした。面白い。
確かに手湿ってる人いるよな。
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いやもう、あ、だからでも、めったに手乾かないんですけど、乾燥しないんですけど、
このコロナで手を洗う機会がすごい増えたのと、
あとサニータイザーで消毒するでしょ。
だからよりハンドクリームを塗るようになりました。
だからそうですよ、ハンドクリームを塗っておけばいいんですよ。入る前に。
ハンドクリーム塗らないもんなって。
ショッピングに行く前に車の中で一回ハンドクリームを手につけて、湿らせた状態でスタートすれば。
ハンドクリームはないもんだって。
ネギでとりあえず解決。
今回お届けしたリアルアメリカ情報のインタビュー、
あ、間違いました、インタビュー、リアルアメリカ情報の内容はブログに掲載しております。
podcast.086.comまたは1%の情熱物語で検索してみてください。
皆さんからのお便りやiTunesのレビューもお待ちしております。
今、この番組オリジナルステッカープレゼントしておりますので、
ぜひぜひホームページに覗いてみてください。
はい。
じゃあそんな感じですかね。
本週も聞いてくださってありがとうございました。
ありがとうございます。
また来週お会いしましょう。
じゃあね。