2026-02-14 1:16:58

Vol.386 小菅祥之(実業家・経営コンサルタント)2/4

spotify youtube

今まで知らなかったけどものすごく自分好みのバンドやアーティストを見つけることって、数年に一回くらいしかない最高に心が震える大切な時間だ!そんな最高な金曜の板倉です、こんにちは。

「1%の情熱ものがたり」前回に引き続き、97人目のインタビュー。
東京・新宿に生まれ、転勤族として各地を転々としながら育ち電車の運転手やスポーツ選手に憧れた幼少期。高校生時代に自ら見つけ出した交換留学制度でアメリカへ渡った経験が、人生の原点となる。伊藤忠商事、Qualcomm Japan、Amazon Japanといった誰もが知る大企業で責任者を歴任。常にビジネスの最前線で活躍し続けてきた華麗なキャリアの裏側には、会社に泊まり込むほどの激務や大企業の看板を背負うがゆえの葛藤もあったそう。40歳を目前に、それまでの地位を脱ぎ捨てて選んだのは、北欧・フィンランドへの移住と独立起業いう大きな決断。現在は、経営コンサルティング、日本食レストランの共同オーナー、そしてサウナ・スパ事業の展開と、マルチに事業を動かす実業家となった。国際結婚・離婚を経て、シングルファーザーとして二人の息子を育てる日々。決して順風満帆ではなかった状況でも「何がなんでも自分の足で立つ」と前を向く強さを感じました。かつて点だった経験が一本の線に繋がる“Connecting the dots”を体現し、異国の地で「隠れた宝」といわゆる「上り」の道を探し続ける小菅さんの、静かに燃える情熱と温かな愛に満ちた素敵なものがたり。

転校が多かったこと、高校でのアメリカ交換留学、そして社会人となり超一流企業での数々の経験。おそらくここでは語り尽くせるはずもなく、一部を切り取ったお話でしたがまさにドラマの様な面白さ満載でした。

投稿 Vol.386 小菅祥之(実業家・経営コンサルタント)2/41%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

サマリー

今回の「1%の情熱ものがたり」では、実業家・経営コンサルタントの小菅祥之さんへのインタビュー第2弾をお届けします。幼少期は転勤族で各地を転々とし、電車の運転手やサッカー選手に憧れた小菅さん。高校時代に交換留学でアメリカへ渡った経験が人生の原点となります。その後、伊藤忠商事、Qualcomm Japan、Amazon Japanといった一流企業で責任者を歴任しましたが、40歳を前に北欧フィンランドへの移住と独立起業という大きな決断を下しました。現在は経営コンサルティング、日本食レストランの共同オーナー、サウナ・スパ事業など多岐にわたる事業を展開しています。国際結婚・離婚を経てシングルファーザーとして息子さんを育てる日々の中で、「何がなんでも自分の足で立つ」という強い意志を感じさせます。過去の経験が一本の線で繋がる「Connecting the dots」を体現し、異国の地で「隠れた宝」を探し続ける小菅さんの情熱と愛に満ちた物語が語られました。 番組では、小菅さんの幼少期からアメリカ留学、そして一流企業でのキャリアについて掘り下げました。特に、ロータリークラブの交換留学制度を利用してアメリカへ渡った経験は、小菅さんにとって人生の大きな転換点となったようです。異文化との触れ合いを通じて、自身の価値観や考え方を深く見つめ直し、その後の人生の基盤を築きました。また、Amazon在籍時の激務や、フィンランド移住のきっかけとなった結婚生活についても語られました。フィンランド人の元妻との結婚、そして離婚を経て、現在はシングルファーザーとして息子さんたちを育てながら、新たな挑戦を続けています。

バレンタインデーの思い出と近況報告
1%の情熱物語
海外に住んでいる日本人は、日本人総数のわずかに1%。
この番組では、海外進出や起業を果たしたビジネスオーナーや経営者、
また各業界のプロフェッショナルな方々へ対談形式でインタビューをしていきます。
日本の未来を背負うグローバルなプロフェッショナルたちの仕事哲学と、
そこに燃える情熱に迫ります。
こんにちは。
1%の情熱物語386回です。
みなさん、お元気でしょうか。
元気でしょうか。
今日、配信予定日がですね、2月の13日なんで、
明日、バレンタインレイという日だと思うんですけど、
ちょっとここで、ゆなさん情報というか、ゆなさんの深掘りをしたいなと思うんですけど、
バレンタインデーの思い出って何かありますか?みたいな、ちょっと振ってみようかなと思ったんですが、
その前に、考える時間を与えるためにですけど、
日本のバレンタインデーってさ、俺が子供の頃とかは、
日本にいた頃は、完全に女性が男性にチョコレートを渡すっていう日だったんですけど、
なんかそれって結構今、どっちでもいいじゃんとか、友達同士でもとかって、いろいろ、
どういう状況なんだろうかというのを聞きたかったんですけど。
しかに、
2年前ぐらいまで日本にいたじゃないですか、ゆなさんね。
はいはいはい。
女性が男性に送るっていうのは、真似強く残ってると思うんですね。
それはやっぱ、基本的にはそうなんだね。
やっぱり最近の傾向としては、
自分にご褒美のチョコレートを買いましょう、とかがある気がします。
なるほど、それ何チョコなんだろうね。
何なんですかね、ご褒美みたいな、自分をいたわるみたいな。
ご褒美チョコか、ギリチョコ、友チョコとかさ、いろいろそんな話をした記憶があるんだが、自分チョコなのかな。
最近はやっぱり、
女性も、昔に比べると当たり前なんですけど、
自分の足で立って、自立するっていう部分がすごく大きくて、
そういうイメージとか。
バリバリ働いている女性の方なんて、もちろん多いですし、
じゃあ自分のためにお金を使いましょう。
自分のために、頑張っている自分に、いいチョコを買ってあげよう、みたいなのが多いですね。
そうなんだね。
それは彼氏がいたりしても、自分に買うのかね。
そうだと思います。
彼氏にあげないで。
チョコレートだけじゃないですけど、
例えばご褒美ジュエリーとか言って、自分にジュエリーを買うとか。
なんか、やっぱり自分の機嫌を自分でとるみたいなところが、すごく最近は多いなって感じてて。
そうなんだ。
でもいいですよね、バレンタインっていうタイミングなんで、
どこのチョコレートメーカーさんも、すごく力を入れて、いいチョコレートいっぱい出すじゃないですか。
そうだね。
それを見て、どれを食べたいかなって。
自分に買う、みたいな。
なんか日本の、かすかな記憶だけど、デパート?百貨店?なんていうの?
サイジやってますよね。
そう、ワンフロア全部チョコレートみたいな、あれすごいよな。
あれすごいですよ。
ほんとにすごいですよ。
なんか見たことあるよ。
各デパートもやってますし、
サロン・デュ・ショコラっていう、もうめちゃくちゃ有名な、フランスでやってるチョコレートの祭典みたいなのを日本に持ってきたものがあって、
それを新宿の伊勢丹でやってるんですけど、もう大騒ぎですよ。
いや、ほんとあれそうだよな。トレードショー並みに、展示会並みに集まってるもんね。
そうですそうです。
そうですね。
日本中のチョコレートが一気に見れるってことだね。
そんなユナさんのバレンタインのおみやげ、おみやげじゃねえや、思い出を聞こうかと思ったんですけど。
思い出?
ごまかされそうなんですよ、このまま行くと。
ないです、ほんとに。
私、女子校だったんで。
ほんとに小学校から高校までずっと女子校だったんで。
小学校?
さっき、みつさんがおっしゃってた、トモチョコです。
先生にあげたりしなかったの?
基本的に、お菓子持ってっちゃダメじゃないですか、学校って。
そりゃそうか。
だからみんな、こっそりチョコレート持ってきて、こっそりみんなで交換するみたいな感じでしたね。
でも、バレンタインの日だけは、よかったような気もするけどな。
高校生のときは、結構大丈夫だったかもしれないです。
先生とかにあげて、ごまかすみたいな。
小学校のときも、いっぱいもらった記憶があるからね。
俺は、バレンタインチョコちょうだいねって言って回ってたから、友達と一緒に。
すごい。
もらえないとつらいから。
やっぱり、男の子は気にするんですかね?
バレンタインって、ちょっとそわそわしたりするんですか?
まあまあ、そわそわするよ、あの日は。
してたと思うよ。
そうなんだ。
でも、俺はね、わりともらえたほうなんだよね。
俺、年頃兄貴がいて、兄貴と比べるんだよね。かえって、お前と。
たしかに。それは気になりますね。
それに勝ちたいから、俺、チョコちょうだいねって言って回ってた。
なるほど。
じゃあ、今年いくつもらったか、ちょっと報告待ってます。
今年、久しくもらってない気もしないでもないですけど。
つかだって、アメリカは渡すほうだから、もう。
あ、そっか。
もうね、文化的に。
そっかそっか、たしかに。
どっちかというとね、どっちでもいいんですけどね。
そんなこんなでね、みなさんも素敵なバレンタインデーをお過ごしください。
そうですね。
では参りましょうか。
小菅祥之さんの幼少期とアメリカ留学の原体験
はい。
はい。毎回一人の方のインタビューを4回に分けてお届けしています。
1%の情熱物語。
今回は実業家経営コンサルタントの小杉義之さんにお話を伺っています。
今回は2回目のエピソードですね。
はい。先週までが、小杉さんがね、3つの会社をやってらっしゃるということで、その活動内容とかをね、伺ってたんですけども。
あとフィンランドの話かな。
最後にね、すごい経歴ですってことで、伊藤中将寺クアルコムジャパン、アマゾンジャパンというですね、この超一流企業の、しかも責任者を歴任されていたという経歴なんですけど。
その方がなぜフィンランドを?ってみんなハテナだと思うんですが。
まあ、お生まれから独立フィンランドで起業するに至るまでの話を聞いております。
はい。それではお楽しみください。
はい。
はい。じゃあちょっと今から過去のお話を伺っていきたいんですけども。
はい。
先週最後にちらっとお話したんですけど、すごい経歴を、で、今フィンランドにいらっしゃるわけなんですけども。
ちょっと時系列で聞いていきたいんですが、まずお生まれはどちらになりますかね。
生まれは東京の新宿ですね。
へえ。大都会だ。
まあ、新宿の外れのほうというか下落ち合いのほうなんですけど。
そう、まあ僕ちょっとあまりわかんないですけど、まあでも都会というイメージしかないんですけど。
はい。
どんな子ども、どんな幼少期を過ごされましたか。
幼少期はですね、まあ父親が転勤族だったんで、生まれは東京なんですけども。
川口にちょっといたりだとか、あと福岡、横浜、そのあと、
最後は埼玉県の所沢市なんです。
なんでこう、大体3年おきぐらいにいろんなところを点々として過ごしてたっていう感じではありますね。
小学校も3回変わってるのかな。
じゃあ結構転校が多かった。なかなかつらいですよね、転校って。
いやーでも結構アウトゴーイングなほうだったんで、すぐ引っ越ししてもすぐに仲良くなったりだとかいう感じではありましたね。
ただちょっと、福岡にいるときは若干いじめられたりとか、東京から来たやつ。
ちょっといじめられたりとかいうのはありましたけど、全般的には楽しい幼少期を過ごさせていただいたって感じはありますね。
なんか有名とかありましたか、子どもの頃。
特になかったんですけど、電車がすごい大好きだったんで。
そうなんだ。
いつか電車の運転手になりたいっていうふうに、ちっちゃい頃思ってましたけど。
そっちのほうですね、乗り鉄のほう。乗り鉄って言わないか。鉄道好きっていろいろタイプがあるらしいけど、実際運転したかったんですね。
そうですね。あとはサッカーとか大好きだったんで。
福岡市の選抜に選ばれて中国に遠征してみたりとか。
おーすごいっすね。
スポーツ大好きな子どもではありました。
じゃあその頃はサッカー選手になりたいなとか思ったんですか。
そうですね。サッカー選手になりたいなと思ってたんですけど、僕ディフェンダーだったんで。
小学生のディフェンダーって、とりあえず体の大きいやつが当てがわれる。
僕ちょっと体大きかったんで、ディフェンダーになって。
小学校のサッカーってどちらかっていうとディフェンダーと攻めがくっきり分かれてて、守るやつは守るだけ、攻めるやつは攻めるだけみたいな感じだったんです。
ちょっとつまんなかったんで、ディフェンダーで。自分も点取りたいなと思って、中学からはバスケットボールにのめり込んでずっと高校までやってたっていう感じです。
そうなんですね。じゃあ背高いほうでいらっしゃるってことですかね。
いやー背もそんな高いもん。今175cmなんですけど、そんなに高くなかったんですけど、でも埼玉にいた頃は一応県単位会で3位ぐらいまで行ったのかな。なんで結構強かったですね。
すごいですね、なんか。
でもそれが結構生きて、その後高校でアメリカ留学とかもしたんですけど、その時の経験とかすごいバスケやってたのがやっぱり生きてきたりとかしましたね。
あー確かに。バスケやればもう言語は越えますからね、アメリカだと。
そうなんですよね。たぶんよくご存知のようにアメリカってスポーツできるとできないで、だいぶ扱いが違うじゃないですか。
そうですね。
特に高校とかそうだったんで、なんか日本人がバスケ上手かったりするとみんな結構友達とかも作りやすかったりしてくれて。
ちょっとね、思ってくれますよね向こうがね。
そうですか、それはでも。
じゃあアメリカ、高校留学?何年ぐらいいらっしゃったんですか。
高校留学。それは1年だけの交換留学でしたね。
で、その後?
そうですね。すごい良い制度っていうか、ロータリークラブってご存知ですかね。ロータリークラブっていう法治団体があるんですけど、シカゴで始まった法治団体なんですけど、
いろんな、たとえば派遣同僚組織病院立ったりとか、自主起訴したりとか、そういう法治団体の一部の中に留学のプログラムがあるんですよ。
すごい良い制度で、一応選抜があるんですけど、東京で15人ぐらい選ばれて、
で、普通留学って留学するだけじゃないですか。でもそこって留学する前と留学してる最中と留学した後が全部あって、
留学する前に選抜された子どもたち、いろんな学校から集まってくるんですけど、東京の。
で、それが半年とか1年間ずっと一緒に過ごすんですよ。いろんなアクティビティーに。
キャンプ行ったりだとか、東京に留学してる留学生の世話したりだとか、
浦仙家の道場に通わされてお茶習ったりだとか、結構志を同じくするような友達がいっぱいそこでできて。
自分の高校外から集まってくるってことですよね。
それはいいですね。
で、それで男女15人ぐらいが一緒に1年間ぐらい過ごして、そうすると仲良くなるじゃないですか、同棲大学。
で、それが世界中に散らばってくるんですよ、留学時代に。アメリカ行ったりスイス行ったり。
別のとこに行くんだ、それが。
いろんなとこに派遣されるんですよ。それでまた1年後みんな戻ってきて、
今度大学生になると、ボランティアとしてそこに来日してる留学生の面倒みたいだとか、
そういったキャンプをオーバナイズしたりだとか、そういったアクティビティにずっと参加してくるんですよね。
で、その大学時代終わると就職活動とかになると、やっぱりいろんなOBとかバーッと出てきて、
就職のアドバイスくれたりだとか。
ミヤクミヤクとずっと何十年もやってるんですよ。
すごく一家制の、ただ留学してお金払って終わりじゃなくて、しかもタダで行かせてもらって、
しかもお小遣いももらえるっていう制度なんで、
みんなさんに私勧めてるんですけど、子供がいる方に、この留学制度すごいいいですよって言ってますね。
めちゃくちゃいいですけど、でもクオリファーしないといけない条件はあるんですよね。試験だったり、成績とかもあるのかな。
そうですね。一応その試験いろいろ受けさせられて、面接何回かやって、受かるっていう形ではありますね。
でも素晴らしいですね。本当に世界に散らばっていった後に、その国どうだったみたいな話もそこでできるわけですよね。
そうなんですよ。それでいろんな国に行ったね、友達と。
また留学中にも同じような、いろんな国から集まってきた人たちとの交流もあるんで、世界中に友達ができるっていうか。
めちゃくちゃ視野が広がりますね、本当に。
そうですね。すごく私の中では、留学団体に属して、留学前留学、留学後ってことで、
留学後も私、学生の委員長みたいなのやってて、みんなの世話とかしてて。
だから僕にとっては留学団体での経験っていうのが、結構今でも自分のベースになってるっていうか。
多分その留学をしなかったら、おそらくその大学の受験、付属高校に行ってたんですけど、
受験してもうちょっと視野を広げようとも思わなかったでしょうし。
自分の、私の人生の原点になってるところでありますよ。
それって小菅さん、ご自身が選ばれたんですか?それとも親御さんの促しがあったんですか?
いや、完全に自分の意思で。当時仲良い友達がいて、遊び放棄って言ってたんですけど、
二人で学校の中に留学オフィスみたいなのがあって、いろんな留学プログラムを紹介してるところがあったんです。
そこのそばを二人でフッと通ったときに、
あれ?留学とかしてやなみたいな話を友達としてて。
高校生とか?
そうですね。結構おぼっちゃんこいってたんですけど、その友達も僕も結構平民の出身というか、
そんな親が何百万もポンと出して留学とかさせてくれなかったみたいな。
いろんな留学プログラムを見ると200万かかります、300万かかりますって書いてあって、
一つだけ無償って書いてある。
しかも毎月お小遣いくれますとか書いてあるんですよ。
もうこれしかないんじゃないの?みたいな話になって。
二人で受けて、僕だけ受かっちゃって、その友達は次年度に受かりはしたんですけど、
それがきっかけっていうのもあったし、留学生を受け入れてる高校でもあったんで、
あれ?なんか面白そうだなっていうのはありましたよね。
素地はそこで作られていたというか、なんとなく外国から来てる人もいるなみたいなのがあったってことですね。
そうですね。
いや面白いな。僕もなんか、
英会話のイーオンだったかな?なんか忘れたけど、
そこに入会すると、二人用のキャンプテントがもらえますっていうキャンペーンをやってて、
そのテント欲しさに親に英語習いたいんだけどって入ったことがありますけど、
それを思い出しましたね。
でもそれで今LAに住まわれてるんで、何がきっかけになるかわからないですよね。
そうですね。テントはもう使い倒しましたけどね、キャンプに行きまくって。
そんな感じで海外には高校時代から行ったりとか、知見があったわけですね。
そうですね。高校時代は留学して、留学生ともいろいろ交流がありましたし。
そうか。皆さんに何か衝撃を受けた出来事、人生の転換期となったエピソードがあればっていうのを聞いてるんですけど、
それを言うとしたらどれになりますか?高校の留学とかは。
高校の留学がたぶん一番の転換期だと思いますね。
そこでワシントン州の結構固い中っていうか、森の中みたいなところに派遣されて、
その街にもアジア人一人だけでした。
やっぱりそこで考えさせられますよね。
なんでアメリカ人ってこんな考え方するんだろうとか。
常識が日本と違いますもんね。
そうなんですよ。なんで自分はこういう考え方するんだろうかっていう。
あんまり田舎でエンターテインメントも少ないんで、モンモンとしていろいろ考えるんですよね。
だからそこでの異文化とのぶつかり合いみたいなのはもしなかったら、
たぶんそのまま付属の大学に行って、
そのままサラリーマンになってみたいな感じになってたと思うんですよね。
大学は受験して出たんですけど、日本の大学に行ったんですけど、
やっぱりそこで社会学とか比較文化学とかを学ぶことになる。
そこは英語で授業をやる学部だったんですけど、
留学したときの経験から、
やっぱり人の考え方を形成するのって環境だったりするじゃないですか。
その環境から得た情報っていうのを自分にインプットして、
自分で価値観作って、そこの価値観を通して物事を見るじゃないですか。
そういうプロセスって面白いなと思ったんですよ。
どういうふうに人が社会に影響を受けて、
どんな考え方を持って、どんな価値観を形成していくのかっていうのを、
そういうのに興味あるなとぼーっと考えてたら、
高校時代にいろいろ調べたら、それが社会学であったり、
社会史であったり、比較文化学であったりするんで、
そういう勉強を英語でできる。
しかも自分の英語を伸ばしたかったんで。
受験してそこに入ろうってことで入ることになりましたし。
やっぱり留学の経験があったからこそ自分に英語が身について、
その商社とかにも入れて、海外のビジネスやったりだとか。
その後、アメリカ系のテックカンパニーとかに就職して、
文化の摩擦に遭いながら仕事をしたりだとか。
結局フィンランドまで移住してしまうだとか。
やっぱり線で繋がってるっていうか、
留学の経験が脈々と今まで続いてきてるなって気がしますよね。
そう考えると、高校のローカーかわからないけど、
留学情報が張り出されてるときの2人で、
これ無償じゃんって見つけたときの瞬間って尊いですね。
そうですね。
ただもっと掘り下げていくと、もっと過去に原点があって。
人生の転換点となったアメリカ留学と価値観の形成
これ就職活動のときに、面接のときにもとうとうと語ったんですけど、
所沢っていうところに住んでて、東京の郊外というか離れたところですね。
下りの電車見ると、やっぱり行き先があんまりつまんなかったんです。
さらに田舎のほうに行くんで。
上りのほうを見ると、池袋とか都心に行くわけですよね。
30分ぐらいで。
ある日、高校受験そろそろしようかなっていうときに、
地元の駅のプラットフォームに立ってて、
下りのほうを見るとちょっとつまんなそうだなと。
上りのほうを見ると楽しそうだなと。
俺はこっちに行ったほうがいいって言って、
上り電車に乗って通える高校を探して入ったんですよね。
そういうことか。
だからやっぱり常に自分が置かれてる立場が全てじゃないっていうか、
もっと広い世界があるんじゃないか、もっと広い世界があるんじゃないかっていうのは、
やっぱり常に小っちゃい頃から考えてて、
上りのほうに行ったほうが楽しそうだなって。
で、高校入ったらちょっと留学とかして外の世界見てみたいなと。
戻ってきたら、このままエスカレーターで登っていくのは大学行くのつまんないで、
自分の映画を見てやろうって言ってまた受験して出て。
で、日本の就寝雇用の会社に入っても、やっぱりもっと面白い世界があるんじゃないかってまた出てくる。
多分そういう性格なんでしょうね。
面白そうなほうに、それを常に追求し続けているってことですかね。
というか、やっぱり、より広いフィールドがあるんじゃないかとか、
より大きな世界があるんじゃないかとか、より違った価値観の世界があるんじゃないかみたいなところに、
やっぱり惹かれていくんですよね。
だから、やっぱり違う考え方をしている人とか、
もう少し大きいフィールドとかに引っ張られていくというか。
今のパートナーもアーティストなんですけど、やっぱり全く違うフィールドなんですよね。
それで、私はバリバリビジネスで、パートナーはアートの世界に生きている人で、
そうなると、やっぱりそこのアーティストとしての考え方とか、仕事の仕方とか、
あとはアートの世界の仕事のシステムだとかいうのは、
やっぱりすごく効いてて楽しいですね。刺激的なんですよね。
やっぱりそういう異質なものに惹かれていくというところがあるのかもしれないですね。
好奇心なのか。視点が違うとやっぱり面白く見えますもんね。
同じものを見てても、ああ、そういう見方してるんだみたいなところが。
異文化とかもね、比較文化学とかも通じるところがあるかもしれないですけど。
一流企業でのキャリアとフィンランド移住のきっかけ
伊藤中、クワルコムジャパン、アマゾンジャパン。
このKindle Direct Publishingですね、アマゾンジャパンさんのときの。
これもめっちゃ気になるんですけど、日本事業責任者ってトップじゃないですかと思ったんですけど。
ちょっと言うと、あんまり風呂敷広げてもっていうところがあるので正確に言うと、
Kindleっていうプラットフォームがあるじゃないですか。
あの子の電子商店プラットフォームがあって。
このプラットフォームって2つに分かれてて、
1つは出版社の人たちが出版をして、電子書籍として出版するプラットフォームと、
個人の人たちが出版社をすっ飛ばしてダイレクトにパブリッシングする、出版するっていうプラットフォームがKindleの中に内包されてるんですよ。
アメリカ、もうちょっと私が持ってるデータが古いんですけど、
アメリカとかで言うと半分以上のKindleの出版されてる本が、作者が直接Kindleに出版してるんですよ。
たとえばスティーブン・キングとか。
この辺とかはもう自分たちの名前があるんで、特に出版社なんかもういらないんですよね。
まあ返さなくても直でやったほうがいいってことですね。
そうすると印税が、普通の本だとたとえば10%くらい入ってくるんですけど、
Kindleの自主出版、ダイレクトパブリッシングのプラットフォームを使うと7割戻ってくるんですよ。
おお、全然違う。
そうなんですよ。
なんで、それがおいしいと分かってる人たちは、もう出版社なんか通さずに自分たちでやるわと。
そちらの自主出版側のプラットフォームの責任者をやってたってことですね。
Kindle全体の責任者ではなくて、サブプラットフォームの日本責任者ってことですね。
それでも大きいですけど、そうなんですか。
なんかでも僕も過去に本出せるんだとか思って、やろうとしかけたこともありましたけどね。
途中で辞めましたけど。
そうなんですね。
それで結構稼いでる人らしい。日本でも結構いますね。
YouTubeのようにね。
そうですよね。ただ影響力ある人が出せば稼げるけどってことを話したとは思いますけどね、結局のところ。
いやーそうですか。そんなすごい経歴なんですけど、フィンランドっていうところはどこからつながっていくんですかね。
これちょっと紐解くと、フィンランド人と結婚してたんですよ。
それはどこで?日本でですか?
日本で。ちょうどクワルコムで働いてる頃に結婚して。
そこも先ほど言ったロータリークラブという講師団体を通して、フィンランドから日本に留学してたこと結婚してたんです。
なので学生時代から知り合いでもあって。
それでその流れで日本で結婚して。
で、クワルコムに7,8年働いてたんですけど、結構大きなプロジェクトをやっていて。
いろんな政治闘争的なものにも巻き込まれて。
社内のですか?
ロビー活動的な?
政治も絡んだような事業みたいなのがあって。
それに真血注いでやっていて、争いにちょっと負けてしまって。
そのプロジェクトに世界中で関わった、日本が最後の砦みたいな感じだったんですけど。
それが失敗に終わって、何百人ってリストラされたんですよね。
私も日本の担当で最後の砦だったんで。
いわゆる電波事業っていって、放送免許とかを取り。
昔ルパード・マードックがテレビ朝日買収して、
ホリエーモンが地上波の波、フジテレビ買収して取りに行くみたいな。
同じような話をクアルコムもやろうとしてた時期があったんですよ。
日本のKDDIとかと組んで。
放送免許ってすごくハイリーポリティカルというか、
総務省が権限を持ってて、それを付与したりするんですけど。
すごく政治案件というか、
外資が入ってくると、日本の放送免許を持ってる人たちは排除しにかかるんですよね。
それで総務省を舞台にして、政治家とかも絡んで、
すったもんだ7,8年やって。
ものの見事に敗北して、日本の日本勢に蹴散らされ、
身も心もボロボロになっているときに結婚し、
それでそうですね。
昇進のままクアルコムを責任取ってやめて、アマゾンに入ったっていう感じがありますね。
なんかドラマに出てきそうな生き様と言いますか。
すごいです。放送局からスパイが来たりとか。
すごいあり得ない話になりますね。
そこに影響力の塊があるわけですもんね。
メディアを取れば世論をコントロールはできないかもしれないけど、それに近いことが。
でも怖いですよ、本当。
いわゆる日本って、いわゆるナミ取り記者っていう人たちがいるんですよ。
ナミ取り記者っていうのは、
テレビ局とか新聞社の政治部の記者がやるんですけど、いわゆるロビーストなんですよ。
館長とか、要するに記者のバッジ持ってるとどこでも入れるんですよね。
そういうところで取材とかインタビューと称して、政治家とか官僚とかにアプローチしてロビー活動をするナミ取り記者っていう人たちがいるんですけど。
自分たちの周波数がナミっていう意味なんですけど。
そういう意味か。
それを利権を強固にするために、もしくは外国勢とかに奪われないためにロビー活動をしてる人たちがいるんですけど。
そういう人たちに、僕も若かったんで、コロッと騙されて、
あなたの味方ですから、みたいな形でアプローチされて、いろいろ話をしてたら、
その闘争が終わった後に呼び出されて、
君たち本当に日本のナミ取れると思ってたの?と。
そのプロジェクトを全部潰したのは僕らだから、みたいなこと言われて。
ほんとドラマみたいだな。
あなたたち本気でそんなに取れると思ってたの?みたいな。
もう君たちからもらった情報は全部流して潰させていただきましたよ。
はっはっは、みたいなこと言われて。
怖いけど、ある意味強いな、日本。
そうですね。
もしかしたら定備局が寝返って自分たちの陣営についてくるんじゃないかと思って、
結構いろいろ一緒に活動してたんですけど。
何歳ぐらいの頃ですか、それ。
それは30代ほとんどっていう感じで。
でもやっぱり、クワルクムって会社すごい少数生でやってて、
若いのを担当にポンと置くんですよ。
日本のマーケットに毎月全部見ろみたいな形で。
商社でデッジボーコンみたいな仕事をして、
やっと外回りとかし始めて面白い仕事をできる頃に、
日本のクワルクムって伊東中の人たちが作った会社なんですよね。
そうなんだ。
そこの人たちと一緒に仕事をしてて。
伊東中にいるときにクワルクムの人たちと仕事をしてて。
それで誘われて入ったっていう感じ。
大抜敵って感じですね、そうなると。
若いんで楽しいんですよね。
他、商社の若い人ってそんなに活躍できなかったりする。
大きいフィールドを与えられて責任を与えられて、
思う存分暴れてこいみたいな感じでやってる。
むちゃくちゃ楽しかったですね。
いきなり飛び級しちゃったみたいな、自分だけ。
楽しそうだな。
もちろんいろいろ大変なことは同じ分あると思いますけど。
でもやっぱりこちやほやされるんですよね。
講演会とかに呼ばれて、
すごいテクノロジーを持ってる会社の日本の責任者ですみたいな感じで紹介されて、
みんな名刺交換のために長蛇の列、講演が終わるっていう。
こう来て、いろんなメディアにも取り上げられるわけですよ。
かなり天軍になってましたね。
そうなんだ。
30代だとそうなるのかな。
でも天軍になってもいいと思いますけどね。
でもその記者の肩に転がされちゃったってことなんですね、結果的に。
そうですね。
ドラマみたいな。
本当ですね。
本当にドラマみたいな世界ですけど。
そこからでも奥さんは結婚されて、
お子さんも日本で生まれたってことなんですかね。
そうですね。
物理的にはフィンランドの病院のほうが、
たとえば父親も一緒の部屋に泊まれたりだとか。
結構田舎の病院で産んだんで、
産むときだけフィンランドに来て、
私も休み取ってきて、
そのときちょうど転職の時期だったんで、
確か半年ぐらいいたんじゃないかな。
アマゾンに行ったときですね。
確か半年間ぐらいずっといて、
子ども生まれるとこも見届け、
少しフィンランドで過ごして戻ってきてっていう感じがありました。
物理的に子どもはフィンランドで生まれてるんですけど、
日本で。
上の子はフィンランドで生まれた。
下の子はフィンランドで生まれたって感じです。
移住のきっかけってのはどこなんですか。
どのポイントで。
移住のポイントは、
これも元嫁に聞かれたりしてるとまたあれなんですけど、
やっぱりアマゾンがすごいきつかったんですよね。
むちゃくちゃきつくて、昼夜なしみたいな。
私、日本のボスもいたんですけど、
もう一つアメリカにもレポートラインがあって、
そのレポートを受けるのが、
ジェフ・ベソスの下の8人いるSVPがいるんですよ。
シニア・バイス・プレジデントがいて、そのうちの人なんですよ。
わあ、すごい。
アマゾンってすごいフラットな組織で、
そういう人にレポートするんですけど、
その人に会えるのが、
半年に1回とかなんですよ。
半年に1回30分しか会えないんですよね。
直で会うのが。
そうですね。
当時電話会議とかだったんですけど、
オンラインでね。
そうですね。
たまに日本にも来たりとかしたんですけど、
アマゾンってすごくて、
よくいろんなメディアで言われてますけど、
基本的にはミーティング30分なんですよ。
電話会議が始まると、いきなりミュートから始まるんですよ。
よし、じゃあミュートって言ってピュンって押すんですけど、
そのミーティングのために、
だいたいA4の5ページのギューッと凝縮した、
例えばこのプラットフォームをこういう問題があって、
こういうふうに解決してきて、
半年間練りに練った5ページのドキュメントを抱えて、
それでそのミーティングに臨むんですよ。
しかもミーティングも、
I thinkとかI believeという言葉は絶対使っちゃいけなくて、
お前の意見なんか聞いてないと。
ミュートさせられてますからね。
お前の意見なんか聞いてない。お前がどう思うかどうでもいいと。
エビデンス出せと。
なんでこれがだめかっていうエビデンスを出せと。
っていうのを、やっぱりアマゾンの巨大なデータベースに、
データアナリストがガーッ突っ込んでて、
半年間ぐらいでエビデンスを探すわけですよ。
これが不具合が出てる原因はこれとか、
ユーザーが離れていってる原因はこれっていうエビデンスを、
そのユーザービヘイビアとかから見つけ上げて、
ほんとちっちゃい修繕だったりするんですよ。
でもそれがグローバルのシステムに影響を与えるんで、
結構上の人たちが見て、
それを練りに練って凝縮して、
エビデンスも揃えた5ページを持って、
その半年に1回の30分のミーティングに臨むんですよ。
その半年間ほとんどみんな寝ずにそれを作り上げて、
そのドキュメントを、
当時20分だった?
ちょっとどっちか忘れましたけど、
20分ぐらい読むんですよね。
10分で読んで、20分で決めるのかな。
電話会議が始まるとミュートにされて、
ずーっと読むんですよ。
はい、時間終了って言ってアンミュートして、
エビデンスがちょっとでもおかしい数字とかあると、
やり直しって言って、また半年後なんですよ。
半年後なんだ。
それつら。
外向きの仕事をしたかったんですけど、
やっぱりアマゾンの社内の中を通すのがすごく大変で。
それが、その大変さは下の人もわかってるんですか?
もちろんわかってますね。
だから小杉さん頑張ってくださいとか言われて、
ダメだったみたいな。
また半年後だって言って。
また半年後でごめんみたいなんで。
で、ある日私が会社に通うときに、
バッグにパンツとか下着詰めて、
もう泊まるっていうのがわかってるんで。
それで会社に通ってたら、
フィンランド人の元嫁が、
フィンランド人の私から見て、
あなたのその行動がどれだけおかしいかわかる。
って言われて。
確かにそのときにハッと思って。
この生活続けてちゃいけないなと思って。
あとはその、
元嫁がずっと日本に住んでるっていうのも悪いなってちょっと思ってたんですよ。
ああ、そっかそっか。フィンランド出身の方ですしね。
なのでちょっと試しに、
フィンランドに、
住もうかと。
ということでフィンランドに移住してきたっていうのと、
それはもう退社と同時に?
退社と同時にですね。
ってことですか。
あとはちょうど40になった直後ぐらいだったんで、
海外維持をするとか、
独立して自分で会社をやるとか、
多分最後のチャンスだと思ったんですよ。
これを50代とかになってやろうと思ったら、
多分あんまりもう元気もないだろうなと思って。
体力的にもね。
そうですね、これが最後かもしれないということで、
もう永夜でこう出てきてっていう感じですね。
それを辞めるときっていうのはなんか、
すんなり行くもんなんですか?
そんな責任者というポジションだったと思うんですけど。
でも外資ってそういう世界じゃないですか。
なるほど、ドライな感じですか。
ドライな感じなんで、もうやりますバイバイっていう感じではありません。
後悔はないですか?
後悔はそうですね、
あのままずっとAmazonにいれば定期的に株はもらえるんで、
ずっと株もらい続けてやるっていうのも選択肢はあったかもしれないですけど、
でもちょっと当時あまりにもちょっと、
日本で完結するオペレーションやってるところは、
どちらかというとちょっと楽だったりするんですよ。
Kindleとかかなめの部署っていうのは、
ダイレクトリポートがアメリカとかだったりするんで、
すごくきつかったっていうのはありますよね。
もっといっぱい色々話聞きたいんだけど、
時間的にそろそろ次のセクションに行かないとなんですけど、
退社してフィンランド移住して企業っていうのはもう同時に起こったっていう感じなんですね。
無収入で移住するってのもすごく怖かったんで、
サラリーマンやってる間に、Amazonで働いてる間に、
移住する直前に東京に家買ったんですよ。
もともとAirbnbとか何軒かやってて、
でもちょっといろんな規制の制度の刷新とかがあって、
全部畳まなきゃいけなくて。
最後、一軒家だとやりやすいっていうのがあったんで、
東京に一軒家を買って、
Airbnbを移住とともに始めて、
最低限の収入が結構いい。
そんなにすごい良い収入ってわけじゃないですけど、
生活していくぐらいにもちょっとあったんで、
そういうベースを作って、
移住してからフィンランドで会社を作ったりして、
また会社を起こしてっていう感じがありますね。
なるほど。ありがとうございます。
本当にドラマのような濃い人生ですね。
そろそろ次のセクションに行きますけど、
来週なので、仕事の掘り下げをしていきたいと思います。
いろんな経験されて、すごい人生ですね。
俺さ、このロータリークラブっていう話が出たんですけど、
これ知ってましたか?
全く知らなかったです。
ライオンズクラブとかさ、なんか聞いたことあるなっていう、
なんとなくのあれはあったんだけど、
俺もちょっとお話を聞いて、
なるほどなと思ってさ、めっちゃいいじゃんと思ったんだけど、
世界中の人たちで繋がってて、
交換留学とか定期的に、
中学校とか高校なんて特にさ、
俺は特に田舎の方だったからさ、
その学校の奴らとの世界で、世界が終了してるんだよね。
生きてる世界がさ。
それがもう全てだったんだけどさ、
そうじゃない世界の外の人、しかも外国の人とか、
年代も違う人とのコミュニケーションも取れると思うんだけどさ、
そういう場所があるって、すげえいいじゃんと思ったんだけど、
なんで知らんかったんだろうと思って。
だから、小杉さんが留学したいねって言って、
そういう機会を自分で見つけたってのがすごいんですよね。
学校の廊下に貼ってあって、これ無償じゃんっていうのを発見したっていう話だったんですけど、
でもね、俺も結構高校2年ぐらいでみんなが受験を始める頃に、
俺もアメリカ行きたいって一人で思って先生に聞いてみたんだけど、
俺の場合はそんなもん知らんわって言われて、
何の情報も得れず、悶々としてたからね。
そこで人生違うよなって思ったりもするけど、
その前から多分違うと思うんですけど。
すごいですよね。
やっぱりそこで、自分の生きてる学校だけの世界じゃないところに身を置くことで、
いろいろ、本当に世界が広がったんだなって思いますね。
ご本人もおっしゃってましたけどね。
でも本当にそれを見つけて、ちゃんとそれを実行したっていうところまでがね、
見つけて素通りする人がほとんどだと思うんだけど、見つけたとしてもね。
そうですね。見つけてから行動を起こすまでにもう一歩労力が必要だから。
もう一歩どころか、もう何十歩もたまると思うんだよね。
親を説得しないといけないとかさ、いろいろあるじゃんね。
親がそこに前向きだったらいいかもしれないけど。
すごいですよね。
あと、高校で一年間留学して、その時にバスケがやっててすげえよかったみたいな話もあったんだけど。
これもね、めっちゃ納得って感じなんだけど。
やっぱスポーツとかね、音楽って言葉を、言語を越えていってくれるから、すぐ友達になりやすいとかね。
うん。
えなさんもね、テニスすれば絶対負けないでしょ。
まあまあまあ、普通の人には負けないかもしれない。
そうだよね。
まあまあ、負けないからいいってもんじゃないけどさ、なんかそれでやっぱ友達になりやすいよね。
まあきっかけになりますよね。
ね。言葉いらないからな。
まあでもそういう、自分はバスケやってるからっていうのを、使ってコミュニケーションをとったりとかする。
きっかけになるもんね。
努力っていうか、そういうご姿勢があったから、バスケが生きたっていう。
まあそういうことね。
そういうのは、なんかすごいなと思いました、ほんとに。
全部つながってるなっていう。
そうね。
いやしかしだよ、めちゃくちゃ働いてたっぽいよね、話を聞くに。
会社に泊まるぐらい仕事してたっていう。
結構なね、責任ある仕事をしてたんだろうなっていうのは伺えますが、
エリートとなると、完全にエリートですよね、これ。
そうですね。
飛び急してる感じするもんな。
まあでもなんかその、あの、のぼりの電車に乗るとワクワクしたんですよっていう話を聞いて、
ああ、この人は就職活動とかで、絶対うまくいくタイプの人だなって感じに思っちゃって。
そうね。
なんかすごくこう、情景を私たちに想像させてくれるっていうか、
そういうことですね。
言葉も持っていて、仕事で働くっていう、その体を動かすこともできて、すごいなと思いました。
はい。
いや本当にこのね、頭が良い人ってあの、例え話が上手なんだよね。
今、夕菜さんが言ったみたいに、こう想像させてくれるよね。
うんうん。
いや俺もね、これ最近気づいたというか、
あの、まあ上手、その恋愛とかもそうだけど、
はい。
まあビジネスピッチとかも多分そうだけど、いかに素敵な未来を想像させるかで変わるじゃん。
うん。
まあ女性に対してもそうだけどさ、この人といれば素敵な未来があるはずだって思ってもらえるような話をしないといけないわけで。
多分、あれ俺なんかイヤホンが切れた。
おっ。
あ、聞こえてるか。聞こえてるわ。
はい。
で、多分その会社の面接とかも、あれだよね。
うん。
こいつをいれたら、きっと幸せな未来があるっていう風に思ってもらえるかどうかだもんね。
そうだと思います、ほんとに。
この人と働きたい、この人と働いたら楽しそう、みたいなことですよね。
だからそういう話し方ができてるんだよな。
興味あるな。
ほんとに。聞いてて楽しかったです。
ね。
はい。
まあ、ということで、なぜフィンランドにっていうのは、意外と単純な理由というか、結婚相手がフィンランド出身の方だったという結論なんですけど、
まあ、ただね、そこでもいろいろありつつという話でしたが、その話したっけな。
まあ、今最初から知ってるか、シングルファーザーでいらっしゃいますので、
はい。
まあ、離婚もされてるんですけど、まあ、移住して離婚したけども、まだフィンランドにいらっしゃるっていうね、状況的にはそうなんですけど。
まあ、ただ自らそれを選んでるっていうところなんですけどもね。
いやー、ほんとになんか濃い人生生きてますね。
濃いですね。
はい。
じゃあ、そんな感じで、今なんでフィンランドにいるまでっていうところまで言ったんですけど、来週が仕事の掘り下げですね。
哲学的な話、仕事に対する姿勢とかモチベーション、その辺の深掘りをしております。
では、次回も楽しみにしています。
はい。
リアルアメリカ情報:コーヒー文化とカフェ事情
リアルアメリカ情報。
よっ。
このコーナーでは、最新のビジネス生活情報をアメリカからお届けしていきます。
お願いします。
お願いします。
はい。
みつさんは、今コーヒーを飲んでますか?もしかして。
はい、今コーヒー飲んでますよ。今ちょうど。
コーヒー。
この、ヨナさんがしゃべってる合間と思って、急いでるようなんですけど。
なんと、コーヒーを外に飲みに行ったりはしますか?カフェに行きますか?
あー、まあ、行きますよ、たまには。
おー。
まあ、でも、コーヒーだけを飲みに一人で行くことはないかもしれない。
あ、そうですか。
ミーティングとかがあって、行ったりするけど。どういう。
私、カフェに行くのが大好きなんですよ。
はあはあ。それじゃあ、コーヒーめがけていくんだ。
ほんとに何もない日も。
うーん、なんか、コーヒーを飲むぞっていうわけでもないんですけど、
まあ、でも、一日一杯なんか飲みたいなーっていう気持ちと、
あと、そのカフェで過ごす時間も好きで、気分転換になるので、すごく好きなんですけど、
サンフランシスコ、このベイエリアって、すごくコーヒー屋さんが多くて。
コーヒー屋さんって、カフェが多いってことね。
カフェとかがすごく多くて、
調べたら、サンフランシスコベイエリア発祥のコーヒーショップがすごくたくさんあったんですよ。
へー、そうなんだ。
はい。例えば、ブルーボトルコーヒーってわかりますか?
うん、それだけ今浮かんだ。
あ、さすが。
それしかわからん。
さすがです。
ブルーボトルコーヒーは、まあ、日本にはたくさん店舗があって、
ありますね。
すごく人気だと思うんですけど、
このベイエリアのオークランド発祥みたいなんですね。
オークランドってどこだっけ?
こっち側だっけ?
サンフランシスコは半島のようにあって、
湾があって、その逆側なんですね。東側。
湾を渡った側ね。
はい、湾を渡った東側にあるんですけど、
なんかオシャレなイメージが。
ベイブリッジってのがあった。
でも、ちょっと治安が悪いって言われてる地域もあるんですけど、
頭がいいで有名な、ユーシーバークリーとかも近くにあるので、
かわいい町も近くにバークリーはあり、
オークランドってとこはちょっとガチャガチャしてる感じのところですね。
そこ発祥だったりとか。
あと、バーブコーヒーってわかりますか?
わからない。
バーブコーヒーも、東京に店舗がいくつかあって、
バーブコーヒーってどういうスペルかな?
すごくオシャレで、
V、V、V、E、R、V、E、です。
V、E、R、V。
バーブコーヒー。
っていうのがあって、
これは、アメリカサーフィン発祥の地と言われているサンタクルーズ。
発祥のコーヒーショップで、
そうなんだ。
サンフランシスコにも店舗があるんですけど、
すごくオシャレで、コーヒーもおいしくて、
東京の六本木とか、エビスとかにも店舗があって、
すごくオシャレなコーヒーショップで。
LAにもあるっぽいな。
ほんとですか?
ぜんぜん知らんかったけど。
すっごくいいですよ。私大好きで。
サンフランシスコから車で1時間半くらいのところに、
サンタクルーズっていうのがあるんですけど、
地域があるんですけど、
そこに、発祥の地なんでいくつか店舗があって、
つい先日行ったんですよ。
すごく素敵で。
それは海の近くにあるんだ。
海の近くの店舗もありますし、
私は街の中の店舗に行ったんですけど、
すごく素敵で、よかったですね。
そういう、日本ですごくなじみのあるコーヒーショップが、
実はこのサンフランシスコの近辺の発祥で、
誇らしい気持ちになり。
そうなんだね。
あとは、フィルズコーヒーってわかります?
それは、P-H-I-L-L-Sですか?
あ、そうです。
なんとなくわかりますね。
あんまり行ったことない気がするな。
茶色っぽい黄色っぽいマークのところなんですけど、
これもサンフランシスコ発祥で。
そうなんだね。
これは日本にはないかな。
でも、コーヒー豆にこだわってる人多そうだもんな。
めちゃくちゃ高いスプレッソマシーンを持ってる人がいそう。
コーヒーを飲みながら仕事するっていう文化なのかな。
ライフスタイルの人が多いんだろうね、きっとね。
テック系も多いしね。
そうです。
家の中でコーヒー飲みながらやってるんだろうね。
と言いつつて、俺もそうだけど。
みんなそうだよな。
そうなんですよ。
ただ、日本のカフェ、
例えば、ブルーボトルコーヒーとっても、
米エリア発祥なのに、
日本のブルーボトルコーヒーのほうが、メニューが充実してるんですよ。
スターバックスもそう言われてるよね。
そうです。
そうです。
だから、コーヒーとかカフェに重きを置いてる部分っていうか、
使い方みたいなのは、アメリカ人と日本人って全然違うだろうなって思うんですね。
アメリカ人は作業しに行ったりとか、ガンガン電話して、ガンガンミーティングして、パソコンカチャカチャしてるけど、
日本人は、
もうちょっとなんか、
静かにしとかないといけないというか、ちょっと気使うもんね、周りのことをね、日本だと。
日本だとね、あんまり電話したり、ミーティングしたりはしなかったり、
かわいく、おしゃれして、写真撮るとか、イメージがある。
おしゃべりをするみたいなイメージだね。
はい。
まあ、なんか居心地がいいのは、やっぱりアメリカのカフェな気がするな。
私も好きです。
大雑把で、何も気にしなくていいみたいな、格好とかもね、適当にいいし。
私も本当だから、カリフォルニアとかサンフランシスコに住んで、一番の楽しみは、本当カフェ巡りみたいな感じで。
そうなんだね。
じゃあ、その環境が好きなんだね。
環境が好きです。
コーヒー自体も好きなのかな?
コーヒーも、はい、好きで。
そうです、だからすごく楽しくて。
日本に帰ったら、またちょっとこう、メニュー比べてみたりとかもしますし。
まあ、そういうことね。
ちょっと高いですけどね、コーヒー一杯7ドルとかするんで。
高いな。
ですよね。
1000円だった。
6、7ドルするんで。
で、実は、ベイエリアはコーヒー文化が発展しているのでは?っていう。
なるほど。
はい、お話です。
すごいね、3つも出てきた。
バーブカフェ、ちょっと気になったんで、行ってみます、今度。
行ってください。とってもおすすめです。
結構遠いな。
まあ、いいや。
はい。
ほんとにおすすめです。
行ってみます。
日本のバーブもおすすめですし、カリフォルニアのバーブもすごくおすすめです。
なんかでも、地図を見たら、確かにこれ見たことあるかもなって、今思いました。
なんかのVのマークとか、見たことないですか?っていう。
まあ、フォントがそうオシャレな感じのね。
そうなんですよ。
じゃあ、今度行ってみますね。
ぜひぜひ、みなさんお試しあれ。
ということで、リアルアメリカ情報でした。
はい。
留学経験とアイデンティティの揺らぎ、異文化理解
では、質問コーナーです。
はい、質問なんですけどもですね、
ちょっと小杉さんの話でもあったと思うんだが、
留学したときの、自分のアイデンティティって、一回なんかぶっ壊れる感じするじゃん。
はい。
というか、自分と向き合うみたいな。
そんなことってありましたか?っていう質問なんですけど。
そうですね。自分と向き合うか。
まあ、日本で暮らしてた常識と、こっちに来て、外国の人と接触、交流をすることによって、
あれ?この常識って、変じゃね?とかさ。
私、間違ってたのかな?とかさ。
そうですね。いっぱいありますよね。
全然ちがう。
私の場合は、今回、サンフランシスコに大学院で留学してるんですけど、
今、1年半以上、もうすぐ2年ぐらいなんですけど、
その前も、留学はしたことなかったですけど、すごい幼い頃にヨーロッパ住んでたりとか、
妹がアメリカの大学卒業してたりとか、
けっこう海外には、免疫があるというか、自分はなれてるつもりだったんですけど、
やっぱり、いざ一人で住んでみると、全然ちがうことがたくさんあって、
やっぱり、アメリカに住んで、一番思ったのは、
自分の意見をしっかり言わないといけないなっていうのが、一番の勉強になった。
これは、日本でこれが通用するかって言ったら、また別だと思うんですね。
日本のほうが、相手のことを考えてとか、そういうところが必要だし、
ガツガツ行きすぎたら、出る杭は打たれるじゃないけど、
ちょっと周りとの温度差を極めて、みたいなとこあると思いますけど、
アメリカだったら、何をするにも、自分の意見を言わないと、
受けられるはずのサービスすらも受けられないとか、じゃないですか。
それって、だから、それも日本では、遠慮して言わなかったことが、
よしとしてたんだが、そうではなかったってことか。
文化の違い。
違うなって、
例えば、意見を言わないことに対する捉えられ方の違い。
日本だったら、意見を言わないと、受け入れられてると思われると思うけど、
例えば、誰かが何かを私に言ってきたときに、うんうんって聞いてたら、
しっかりそれを受け止めてるように感じられるけど、
アメリカだったら、何も意見をこっちが返さなかったら、聞いてないと思われる。
それでも、実際そういうことがあったの。
なんか、ゆうなさんがこっちに来て、
なんつうんだろうな、
私、ちょっと間違ってたかも、みたいなふうに感じたことが。
間違ってたかもとまでは思わないんですけど、
例えば、授業でグループプレゼンテーションをやりますってなって、
グループワークがあったときに、
みんなで、4人とかで何かのプロジェクトをやるってなったときに、
みんなが言ってることを正しいと思うし、
私もその意見で賛成だから、
何も発言しないでいたら、
発言してくれないと、聞いてる?みたいな感じで。
そんな強くは言われないですけど、
ゆうなは聞いてる?みたいな、意見はないの?みたいな感じで言われて、
賛成だよって意見を伝えることも、
自分なりに賛成ですよ、こういうところが賛成だと思いますよって伝えることも、
必要なんだな。
言わないとわかんないってことだよね。
日本だったら、うーんって聞いてたら、勝手に議論が進んでって、
乗っていけるけど、
組み取ってくれるってことだよね。
そういう意見を言わないことが、逆に失礼にあたるみたいなことを、
怒られたこととかはないですけど、
なんか、違うんだなっていう、
文化の違いとか、教育の違いみたいなところで、
体感したっていう感じですかね。
だから、どちらもわかるし、私も理解できるので、
私、日本で育ってきたから、
日本のみなさんの感じ方もわかるから、
このアメリカスタイルを日本に持ち帰ってやろうとは思わないけれども、
だけど、違うんだなって気づいたみたいな。
日本のスタイルこっちで通用しないんだなとは気づいたって感じです。
これでも、どうなんでしょうね。
例えば関西の方が、関西弁を貫く人っているじゃない、中に。
俺、愛知県出身で、高校卒業して大阪に行って、
なんちゃって関西弁を使いたくなるわけよ。
それはもう、馴染みたいっていうか、
ここに行ってはここに従えみたいなところもあるんだけど、
そうすると、余計浮いちゃうみたいな。
お前、なんちゃって大阪弁喋ってんじゃねえよみたいな感じになるんだけど、
それのどっちが良いとか悪いとか、正しくないという話ではないと思うけど、
自分が今までやってきたものを貫くべきなのか、
そこに、豪に行っては豪に従うべきなのかってどう思いますか?
まあ、今はみなさんはアメリカ式にしているわけだよね。
そこの部分はね。
日本の部分も残っているのか。
うん、残っていると思います。
まあ、そりゃそうだよな。
まあ、だから、やっぱりそれで育ってきてないんで、
なんていうんですかね。
なんですかね、関西弁とかとはちょっと違うかもしれないけど、
違うかもしれないけど、意見は言わないと、サービスの受けられないこともあるじゃないですか。
まあ、損をしたりする。
壊れてるとか、
不利益をこむる、そうだね。
誰も直しにこないとかね、あるね。
はい、そうです。言わないとやんないとか。
価値が悪いのに、こっちのせいにさせられるとかね。
そうです、そうです。とか、そこあるから、
日本みたいに遠慮してちゃダメなんだなって思うんで、必要なときはやらなきゃって。
まあ、そうだね。
とか、
いや、なんかね、そこ、そりゃそうなんだけど、
このね、俺が今、掘りたかったのはね、その揺らぎがあるじゃない、絶対に。
こっちの言うことも分かるし、こっちの言うことも分かるし、私はどっちに行けばいいんだろう、みたいなとき。
それで困ったこととか、あるかなと思ったんだけど、ちょっと難しいな、なんか。
まあでも、そういうことが日々あるよね。
留学とか。
なんかでも、諦められるようになってきたんで、やっぱり。
あきれるってこと?それは。
諦める、みたいな。
なんか、例えばその、ほんとに、じゃあ、入ってるはずの商品が届かなくて、
あー、そうね、さっきも。
電話するとかも、電話するとかも、日本だったら、なんか絶対に向こうが丁寧に対応してくれるけど、
なんか、なぜかその、向こうが喧嘩越しで来るとか、あるじゃないですか。
あるある。
だから、こっちも強く主張しなきゃいけない。
だから、やっぱりもう場面場面で、なんか、ちょっと諦めて、こっちもほんとに、日本だったら優しく言ってあげようって思うんですけど、
もう、もう無理だっていう感じで、諦められる。
吹っ切れるという感じか。
吹っ切れる。
でも、そのサービスが、なんか入ってるはずの商品が入ってないとかも、
あー、もうまたですね、みたいな感じになって、諦めもつく。
だから、なんか揺らぎっていうよりは、なんかこう、フレキシブルになった。
許容範囲が広がったってことか。
そうそうそう、そんな気がします。
こういうこともあるよね、が。
視野が広がるっていうことなのかな、そういうことが。
最初にこういう、
こっちも許せるし、っていうことになるってことか。
最初に、あ、これって違うんだ、で、こうちょっとダメージを受けて、
あ、自分の常識ってちょっと今までと違うんだ、こっちでは通用しないんだって、
一回撃たれた後に、そこからなんかこう広がって、
幅がね、
寛容になるっていう、
そういうことですね。
感じかな、と思いますけど、
まあ、いまだにやっぱ、がっかりすることもありますし、
ありますね。
いまだに驚くこともありますけど。
まあ、でもそれが、でもそういうことだな、
自分のアイデンティティがそうやって、あっち行ったらこっち行ったしながら、
作られていくんだろうな。
まあ、おもしろいですね。
はい。
答えになってるんでしょうか?
いや、わかんないけど、ちょっと広がって、
お収集つかなくなってきたので、そろそろ終わりました。
わかりました。
番組エンディングと次回予告
はい。
では、きょうのですね、本編とリアルアメリカ情報の詳細は、ブログに掲載しています。
podcast.086.com、podcast.086.com、
または、1%の情熱物語で検索してみてください。
1%の情熱物語は、日本を飛び出し、世界で挑戦していく人を応援します。
ご家族、友達、同僚などへのご紹介、大歓迎です。
リスナーコミュニティー、情熱の部屋、ぜひ覗いてみてください。
では、今週も聞いてくださってありがとうございました。
ありがとうございました。
ありがとうございます。
それでは、また来週です。
じゃあね。
01:16:58

コメント

スクロール