まず思い出すのは、コンプレックスというか、貧しさというか。
はい、お母ちゃんを幸せにするには、起業するしかないんだ。
結構、自分の中の反骨心というか、見とけよというか。
当時から、福利厚生に対しての違和感はあったんです。
こんなのでみんないいんだっていう、これ誰がつかないだろうっていうのは、
何をどうすればカードってリリースできるんだろうから始まったんですよ。
どうやってそれを振ってもらったんですか?
大きく3つやっぱり、攻略しなきゃいけないことがあって。
これも今だから言える。
声で届ける企業家の物語、スタートアップNOW、MCの大稲城です。
本日のゲストは、株式会社miive 代表取締役CEOの栗田 廉さんです。
miive さんは、ビザカードとアプリを活用した福利厚生のプラットフォームmiiveを提供されているスタートアップでして、
2025年の11月、シリーズBのファーストクローズにて約15億円の資金調達を発表されたばかりとなります。
そして今回の配信は、miive さんのご提供でお送りさせていただきます。
栗田さん、よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
今回の配信では、栗田さんの人生の物語、ぜひ紐解いていきたいなと思うんですけれども、
その前に、事業についても1、2分程度で簡単に教えていただけますでしょうか?
はい。僕らmiiveはですね、カードタイプの福利厚生の管理サースみたいなのを作っておりまして、
いわゆる会社がやりたいような、例えば食事補助とか書籍補助とか、
ああいったものを設計運用できるサースを今提供しています。
特徴が、さっきカードってお伝えしたんですけども、
僕ら福利厚生領域のスタートアップなんですが、フィンテックを活用したプロダクトになっているんですね。
ビザのプリペイドカードを従業員の方、皆さんにお持ちいただくっていうところから始まるんですが、
そこにさっきの食事補助ポイントとか書籍補助ポイントみたいなのを渡して、
あとはそのポイント、そのカードを使って、社員の方が町のお店で指定されたお店とか指定された使い方で、
ただお支払いするだけで会社の制度、福利厚生を使っていただけるっていう、
福利厚生のように新しい体験を作っているプロダクトになっています。
会社の方は手間なく設計して、手離れよく運用できるし、
社員の方も本当に使いやすく福利厚生にアクセスできるっていう、そういうことができるサービスになります。
ありがとうございます。
ビザカードをベースで使われていらっしゃるっていうことは、
これはもうビザが使えるよっていうお店だったら、本当にどこでも基本的には使えるっていうものですか?
おっしゃる通りです。世界中のビザのお店を対象にしていただけます。
本当にその中で、例えばあるお客様ですと、
オフィス近くのビザが使えるご飯屋さんだけを対象にして、
例えば従業員の方が出社したら、これ例えばランチ補助。
ご飯が半額で食べられるような、出社しやすくなるみたいな、出社ランチ補助みたいな制度をやったりとか。
例えばビザが使えるお店なので、本当にネットコンテンツも大きいので、
ある会社学び補助とかでも、例えば本屋さんとかリアル店舗だけじゃなく、
例えばニュースピックスさんとか日経新聞さんみたいな、
ああいうビジネスメディアも対象にするみたいな、そういうこともできたりしますね。
いわゆる旧来の福利構成で、
こんだけ何千パターンあります、何万パターンから選べますというよりかは、
ビザなので基本的には全部使えるようなところで、
会社さんがなんでその福利構成を用意するのかって、
思想に基づいた選択肢の中で最適な使い方ができるみたいな、そういうものなんですね。
まさにおっしゃる通りですね。
もう福利構成って本当に100社あれば100通りのパターンはあると思っていて、
もちろん組織ってやっぱり人がそこで集まるというか、
業種業界によってどういうふうに組織をありたいかとか、
組織としてどうなっていきたいかって、パターンはある程度あるものの、
やっぱり思想、それこそ経営層の思想がはっきり出てくるものだと思うので、
それをちゃんと体現できる、反映できるっていうのもそうですし、
あったらあるだけでは意味がないというか、ちゃんとそれが届いて価値になると思うので、
届きやすくしたという、自分の方が使いやすくしたという形にはなります。
ありがとうございます。
この辺りもね、なんでそういうふうな設計にしたのかとかも、
とても気になるところではあるんですけれども、
これもおそらく栗田さんのこれまでの老いたちとか、創業の経緯とか、
聞いていくとヒントが見えてくるかなと思いますので、
この辺りまた追ってお伺いさせていただくとして、
ぜひ栗田さんの老いたち、
幼少期どんな環境でどんなふうに育ってこられたのかとか、
その辺りからまた教えていただけますか。
ぜひ。僕が幼少期振り返ると、まず思い出すのは、
結構コンプレックスというか、貧しさというか、そこでして、
僕もともと自分の人生というか、
企業化、企業を目指すというところも、
小2、小3くらいのときに決まったんですね。
めちゃめちゃ早いですね。
はい、それを言っていただけたんですけども、
きっかけは結構めっちゃシンプルというか、
母親が結構せっかくせっかく働いていまして、
土日とか休日もかけ持ちかな、バイトパートとかして、
育ててくれていたんですけども、
その背中身で育ってきたんですよ。
だから早いお母ちゃんを幸せにしたいなとか、
思っていて、
たまたま何かのきっかけかなんですけど、
長蛇番付けみたいなのがあるじゃないですか。
あれを見たときに、ランキングに乗っている人って、
創業者とか経営者ばっかりだったんですね。
すごい子供心に流れるんですよ。
本当に安直なんですけど、お金持ちになるには、
早いお母ちゃんを幸せにするには、
企業をするしかないんだ、という発想に至りまして、
すごい結構自分の夢というか、
志というか目標が固まったって感じだったんですね。
ちなみに当時貧しかったシングルマザーで、
みたいなこともおっしゃっていただきましたけれども、
お母さんはそうやって働き方をされていた以外に、
栗田さんは正直その環境はどんなふうに思っていたとか、
どんな友達付き合いだったとか、
生きづらかったとか、もしそういうのがあるのであれば、
何かそういうのを教えてもらえますか。
ぜひぜひ。
当時住んでいたアパートだったんですけども、
本当にそれがちょうど小中の通学路に面しているところだったんですよ。
毎日やっぱり毎晩というか、
陶芸校でそこに入って帰っていくとか、
逆にそこから出ていくというところを、
それこそ友達とかに見られるのがすごく恥ずかしくて、
嫌で、
何か例えとしてできているのか分からないですけど、
ボロボロなアパートで、それこそ隣の部屋には、
当時、15、6年前とかなんですけども、
アジア人の方で出稼ぎに来たような方が、
一部屋に何十人も住んでいるとか、
アパートの階段にはその人たちが寝そべっているところにあったりとかしてたんですけど、
そういう環境で恥ずかしかったんですね。
やっぱりその恥ずかしさとかがあくまでコンプレックスで、
結構自分の中の反骨心というか、
見とけよというか、
ちゃんとここから何の後ろ盾もないんだけども、
のし上がってやるみたいなのは、
その時結構自分の中でメラメラとした思いができていて、
さらにこの思いを強めるというか、
くすぐっていたのがもう一つ。
これはあんまり外で向けに行っていないんですけども、
当時ですね、俺も小学生の頃なんですけども、
たまたま僕が住んでいたアパートのベランダから見えるところに、
ほんとすぐ近くに同じ年齢、同じ学年で、
男の子で、同じ名前の子が住んでいたんです。
その子は何だら大豪邸というか、
もういいお家住んでいたんですよ。
そういうのもあって、
かつその子はやっぱり小学校、中学校とかでも主役というかヒーローというか、
終身になる一人じゃないですか。
その子は何だらその下の名前で呼ばれていて、
僕は名字で呼ばれていたり、
そういうのがやっぱりくすぐってくるんですよ。
やっぱりそういうのもあると、
ほんとに負けないぞというか、
人は生まれじゃないし、
ここからどう生きるから決まるんやみたいなのは、
自分の中で結構そういうコンプレックスが加速する部分とかもあったりしていて、
ほんとに過去を振り返ったときに、
そのエピソードが僕の中でほんと強烈なんですよ。
だからメラメラしているし、