はい、今日のテーマは、 説明しすぎ社会について話そうです。
はい、説明しすぎ社会。
これはね、私が持ってきたテーマなんですけど、 これ、話そうって思った理由が2つあって、
1個は、なんか私これ、どうしても探せなかったんですけど、 前見たツイッターの投稿で、あるコスメについて、
なんかね、箱に説明書きが書かれてて、 それが、この商品を使い終えた後は、
新しい商品を買ったら、この商品を捨ててくださいねって、 もしくは、なんか箱はなんか残しておいて、
この新しい商品を買ったら、この箱は捨ててくださいね、 だったかを忘れたんですけど、
そういう類の話があって、
確かなんかその投稿文に、なんかこれはなんか、 消費者をバカにしすぎではみたいなことを書いてたような気もしてて、
本当にもう忘れちゃったんですけど、 チャッピーに聞いても、どうしても探せないってことだったんですけど、
これはなんかあんまり良くないのではみたいなことを思って、 なんか過剰だよなって思ったんですよね。
で、あともう1個は、同僚と話してて、 ゲームの話になったんですけど、
これはね、確かね、同僚とこの前ユーハッチュルで話した、 根付け社会について話してる時に、
なんかその物の値段が上がってる感じする、 みたいなことを聞いてたんですよ。
そしたら、ゲームの値段は確実に上がってる、 みたいな話をしてて、
そうなんですよね、なんかスイッチが新しくなって、 なんか新しくなったことで機能も増えたけど、
なんか同時にソフトの値段も上がっちゃった、みたいな。
そうそうそう、ハードの部分の機能も増えたと同時に、
ソフトの部分の値段も上がっちゃったのは、 なんかなんでだろう、みたいなことを同僚が言ってて、
で、その中で、その流れで、そのなんかね、 ゲームのことを聞いてたら、
その同僚が、なんか、っていうか最近のゲームって、 なんか親切すぎ、みたいな。
って言ってて、
なんかね、そのゲームは、そこで話してくれたのが、 パラロマサイトっていうゲームで、
知らない。
そう、知らないですけど、本書七不思議っていう、 なんかね、日本の怪談を集めたゲームらしくって、
よく調べたら、2023年のゲームアワード、 なんちゃらゲームアワードみたいなやつで、
マジで知らんわ。
そう、知らないんですけど、
もうなんか、そこのショーのラインナップは、 他にポケモンGOとかもあったりして、
あ、なんかそれ、
カスト。
そうそう、なんか並ぶぐらいの、 すごいやつなんだって思ったんですけど、
でね、なんかそこのね、話が気になったから、
なんか同僚は、なんかね、チュートリアルを終えた後も、
普通なんかゲームってチュートリアルの中で、 いろいろこういう風に進めるよって、
説明してくれると思うんですけど、
それを終えた後も、なんか本編に入っても、 ヒントが多すぎるみたいなことを言ってて、
それってなんか、なんでなんだろうって、 私はすごい気になったんですよね。
なんかその、もうなんかその人が、
なんか文章読めないとかも言うから、
そういうところで、もうなんか、
ゲーム側からあえてヒントを与えるようにしてるのかな、 みたいなことを思って、
ちょっと調べてみたんですね。
これもちょっと紹介してみたいんですけど、
これ2の記事で、パラノマサイトのプロデューサーと、
ディレクターに話し聞いてるのかな。
で、その中で、いろいろこういう経緯で作りましたよ、 って話があったんですけど、
まさにね、その、
ヒントを与えるっていうところについて、 書いてるところがあって、
なんかね、移住員さんと対談してるんですけど、
移住員さんがね、このゲームはヒントの与え方が絶妙で、
まずちょっとヒントをくれて、
その、わからない人にはどんどんヒントを与えて、 先に進めるようにしてるけど、
ヒントを見ずに謎を解いたプレイヤーに対しては、
ちゃんとそのゲームの中で褒めてくれるっていうのを、 やってるらしいんです。
そしたらね、このね、プロデューサーの話が面白くって、
ヒントの提示方法をちゃんと狙って設計してて、
一回で正解したらちゃんと褒めるようにしてると。
でも基本的にはほぼ答えを与えるようにしてるって書いてて、
なんかね、でその中でね、その監督の中の狙いとして面白かったのが、
ゲームにある程度のストレスも必要だと思うけど、
それでも今の時代はストレスを感じる要素ができる限りなくした方がいいじゃんって考えて、
だからより上手い人を褒めるっていう風にしました。
誰もがエンディングまでいけるのが当たり前で、
その中でも上手くやった人を褒める。
それがね、なんかね、めちゃくちゃ面白いなーって思って。
で、これがね、私は、この2つの話から、
なんか説明しすぎ社会じゃない?みたいなことを思ったんだけど、
ちょっとよくよく考えてみると、
コスメの話とゲームの話はちょっと潮流が違うかな、みたいなところも思ってはいる。
なんかこういうところが他にも、
他の場面でもこういう現象って現れてないのかなとか、
そもそもなんか、それはなんか私の勘違いで、
昔からそうだったではとか、
そういうとこもちょっと話してみたいなって思いました。
なるほど、面白いですね。
ちょっとしょうごさんのほうからね、聞いてみたいんですけど。
いやー、そうねー、むずいなー。
なんか1個目のほうの話は、
まず思い浮かべるのは、なんかそんな詳しくないですけど、
アメリカとかって訴訟社会だから、
パッケージとかめちゃめちゃ説明書きが書いてあるみたいなことをたまに聞く気がしていて、
めっちゃウロ覚えでしょ。
そうそう、めっちゃウロ覚えでしょ。
全然明らかにそんなわけないだろうみたいなものに対しても、
これは電子レンジに入れないでくださいみたいな話とか、
そういう、ちょっとあってるかわかんないけど、
そういう話とかで、やっぱりそういうリスクを回避するみたいな意味での説明書きというか、
事前に説明するみたいなのは、
まあやっぱあるわよねーっていう感じはするね。
そうだね。
だし、まあそれが、なんだろうね、
ちょっと一旦はそこまで踏み込まないけど、
まあでもAIとか出てきたりとか、
いろいろ契約ごとがどんどん増えてきてるような気もしていて、
そういう契約書とかさ、読んでる人いんの?みたいな、
最初のこれ読んでくださいみたいな、
ちょうど最近そういう機会があるから出てくるんだけど、
あんな契約書読まないと先に進めないUIになってるけど、
あれ、ちゃんと読んでる人どのくらいいんの?みたいな話とかも含めて、
そういうのはあるよなって思ったのが、
まず前者の話で、だからなんというか、
説明しすぎみたいなのはあるんだろうという気はする。
で、後者の話は、ゲームの話は、
確かにね、なんかね、俺後者の話は、
なんか説明しすぎの話もそうなんだけど、
UX的な話に聞こえるんだよねっていう感じはすごいしていて、
体験設計。
要は最後の方に言ってくれた話だと思うんですけど、
なんていうか、やっぱりだから、
人が気持ちいいと思う体験ってどういうものなんだろうっていう話かなと思っていて、
で、ある人にとってはめちゃめちゃちゃんと説明してくれる、
ヒントをたくさん出してくれるっていう方が心地よいから、
そういう人に対しては説明を出す。
けれど、そういうのがうざったい人に対しては、
あんまり出さないみたいな、
なんかそういう話なのかなという気がしていて、
なんかそういうふうに聞こえたんですよね。
そうですよね、なんかなんだろう、
アルゴリズムによってそれが実現、
なんか今はできてる、
うざったい説明っていうか、ちょっと待って、これは違うな、
説明が、うざったいっていうか、
人によって説明を変えるみたいなのは、
なんかアルゴリズムによって実現できてて、
ちょっとなんか違うかもしんないけど、話し始めて違うかなって思ったけど、
ネットフリックスとか、
なんかおすすめするときに、
ネットフリックスで動画選んだら、
普通に何秒か動画再生してくれるんだけど、
その動画っていうのも、
人によって違うらしいっていうのをこの前初めて知って、
びっくりしたんですよ。
このユーザーがこういうシーンが好きだろうから、
このユーザーにはこのシーンを流すってなってるらしいんですよ。
俺ネットフリックス多分、
1回ぐらいしか契約したことないから、ちゃんと見たことないんだけど、
それはあれか、ティザー的に、
ちょっと紹介する場所が人によって違うってことなんだ。
なるほどね。
そうなんだよね。
面白い。
面白いと思って、
アルゴリズムの話じゃなくて、
このゲームは開発の時点から、
そういうふうにしてる、
ヒントを、
ユーザーの進め方によって、
ヒントを出すか出さないか、
っていうのをやってるって感じなのか。
なんだね、それは面白いな。
でもどうだろう、そこ分けて考える必要があるかは、
どうだろうなと思ってるけど、
俺の言葉で言うと、アルゴリズムっていうよりかは、
パーソナライズっていう話なんだろうなと思っていて、
個人に対した設計というか、
それはもちろんアルゴリズムは、
そこの要素の一つだと思うんですけど、
Netflixなんかもそうだし、
これも確かにそうですよね、
そういう話な気はするんだよな。
パーソナライズについては確かに思うところが結構あるんだよな。
それは気になるな、パーソナライズの話。
ちょっと話しそれちゃうから。
いいけど、
一回そっち行ってみる?
戻ってもいいけど。
パーソナライズみたいのは、
マジで全然ちょっと外れてくるから、
一旦余談的に挟む。
身の回り一般の話で考えても、
仕事の考えてもそうなんだけど、
やっぱり人によって見てるものが違いすぎるっていう話、
がもう可視化されなくなっちゃっている。
さっきのNetflixの話一つとっても、
私が見ているものと、
他の人が見ているものは、
これは何なのかな?
マスメディアを我々が経験してきたからそう思っちゃうかもしれないけど、
直感的には同じようなものを見てると思ってしまうのだが、
実は全然見てるものは違う。
それはXとかも含めても全然いいんだけど。
やっぱりきついよなと思ってて。
それはNetflixみたいな話はいいんだけど、
俺はマジで思うのは結構仕事の話とかで、
情報システム目線で見ると、
例えばこれが使えないんだけど、
みたいな問い合わせが来たときに、
あなたが見ている画面ってどうなってます?
みたいなのが全然わかんないんだよね。
カスタマイズによって、
自由度が高いから、
全然違うし、人によって環境も違うし、
人とかなのが、
本当にもうわかんなくなっちゃってて、
それはもう、
管理者権限とかでどうにかなる話じゃない、
みたいなことがあって、
この間、ちょっと余談的に話すと、
マジで困るなと思ったのは、
マイクロソフトの、
マイクロソフトってシェアポイントっていう、
サイトを作るサービスみたいなのがあったりしますけど、
そのシェアポイントの中にニュースっていう機能があります。
そのニュースっていう機能は、
みんなに周知したいものとかを載せる、
掲示するもので、
そのニュースを掲示すると、
裏でViva Insightsとかって、
そういう機能とかが走って、
Teamsとかに通知をしてくれるみたいな、
よく言えば便利機能みたいなのがあるんだけど、
その通知が一体誰に、
どこまでの範囲に通知されてるのか、
よくわかんないなと思って、
問い合わせてみたら、
それはアルゴリズムが勝手に判定するんで、
マイクロソフトとしてもどこまで通知されるかわかりませんって言われて、
マジかみたいな。
もちろん普通は難しいけど、
別に通知は
ありがたいと思ってくれる人もいれば、
JTC的な考え方で言うと、
あんまりにも広範囲に勝手に通知されると、
めんどくさいわけですよ。
それに対して通知きたんですけどみたいな問い合わせが来たりとか、
なんでこれ私のとこに来たんですかみたいな、
そういうのがあって説明ができないから、
それとかはマジでむずいよなと思ってて、
ちょっと話し逸れちゃったけど、
本当にコントロールできないんだよね。
説明もできないからみたいなのが、
パーソナライズみたいなのが
さらに今後進んでいくって考えると、
管理みたいなのができないよなって、
思ってるっていう話です。
めっちゃ面白い。
誤解が許されなくなったっていうか、感覚的には、
今までは別に誤解をされていても、それを訂正することができたっていう気がするんだけど、
人間関係がある程度密な状態の中、密って言い方があるかも。
人間関係の中だったら、誤解されてるなって気づけるタイミングがあると思うんですけど、
テキストがバッてばらまかれると、誤解されてるかどうかの判別がもうつかなくなるとか、
それを訂正するのにすごく労力がかかるとか、そういう話な気がちょっとした。
なんかちょっと全然違うかもしれないけど、またこれ別のもう1個のテーマで話そうって思ってたけど、
なんか誤解があった時に、職場の対話のことで話そうってしたのか、
誤解があった時に、例えば私は今外中さんに指示をする立場にいるんだけど、
私より外中さんの方がそもそも仕様を分かってて、
私が分かっていない状態で、そういう時に私がちょっと間違った指示を出しちゃったりしても、
それはそれですぐ解消されるっていうか、これはどういうことだろうっていうのを私はずっと考えてるんだけど、仕事をしながら。
回っちゃうんだよね、私が分かってない状態でも回っちゃうみたいなところがあって、
これは何なんだろうなって、私はこれに対して、外中さんに対して説明をしていて、
ただその説明も私はAIと一緒に壁打ちをしてやりながらやってて、
それっぽい仕様書を作って外中さんに投げたりしてるんだけど、
それが私が、これはまた別のところで話そうってした話だから、軽く話したいんだけど、
それはね、説明というものを私はこの人にしてるけど、
その説明っていうのも、AIが作ったものを外中さんに説明するっていう、
この私の労力じゃないな、この仕事っていうのはこの仕事においてどういう意味があるんだろうみたいなことを考えたりもしてる。
話に飛びすぎちゃったな。
戻したほうがいいかもしれない。
いやいやいや、戻したほうがいいかもしれない。
何だろうね、説明しすぎちゃった。
とりあえず話を最初に戻すと、これは直感ね、本当に説明しすぎなんだっけっていう風に思った自分もいる。
説明しなさすぎなのではって思った自分もいるのだが、
それは何の話?
それは思うことあります。
直感、直感。
直感で直感でね。
今考えてるんだけど、直感的には本当に説明しすぎなんだっけみたいな。
むしろ説明されてないことが多いのでは、今思い出した話だと、
深く話すつもりはないけど、政治の話とかね。
もはや説明する気はあんまないんだろうなみたいなことを感じることは全然ある。
そう、私もこれを持ってきた時に思ったのが、説明責任を果たすっていうのがかなり使われてて、
ポスターとかでも使われてるし、公約のように掲げてはいるけど、何も説明してないよなっていうのはめっちゃ思う、確かに。
それはわかるんだけど、自分の稲割の話で言うと、
何かね、何だろうな、それで回っちゃってるっていうのがあるんだよな、説明しなくても回っちゃってるみたいな。
仕事もそうだしっていうのはあるけど、でもどうなんだろうな。
何だろう、これはね、また別のところで話そうってしたことがありますね。
職場の対話はなぜすれ違うかの話で。
人とのコミュニケーションって、そのメタコミュニケーションの部分を説明しなさすぎだなっていうのをめっちゃ思った。
この前友達と話してて、その友達って自分の話をずっとするのね。
で、こっちからの深掘り、こっちに対しての深掘りって何もないなってずっと思ってて、
私がずっと聞く側だったんだけど、この前その友達がね、私は人への深掘りの仕方がわかんないから、
ずっと、でも人への深掘りの仕方がわかんないから、
でも会話はしたいから、で、私のことは知ってほしいから、
とりあえずその場に投げられるそのヒントとして、こっちが深掘りできるためのヒントとして、
自分のことをとりあえず何でもいいから話すようにしてるって言われて、
なんかね、それで私はなんかすごくハッとして、
あ、そうだったんだみたいな、で、なんかその人とのコミュニケーションの仕方がわかった気がしたんだよね、そこで。
それが、その言葉がなかったら、私はなんでこの人ってずっと自分の話ばっかりするんだろうとか、
なんかまた話変わったけど、なんでこんなコロコロ話変えるんだろうみたいなことを思ってたんだけど、
なんかその人は一旦なんかその場に自分の話を投げて、相手の反応を見て、
なんか良さそうだったらそのまま話を進めるし、
なんかそうじゃなかったら別の話に切り替えるようなことを言ってたんだよね。
だからなんかそこで、あ、なんかその人がそう、
一段上で思ってること、てか前提がわかれば話しやすくなるのかなみたいな、
でもそれを普通の会話で話す機会はないから、
それによって、え、なんでこの人ってこういうコミュニケーションの取り方をするんだろうみたいな疑問が生まれて、
それがなんかすれ違いとか、なんでこの人と話し噛み合わないんだろうみたいなことに繋がるのかなって
思ったんですよね。
そういう意味では説明をしなさすぎではあるかも。
なるほどなあ。
まあこれあれだね。
次話そうと話してもって話にやっぱりちょっと直結してきちゃうけど。
とりあえず次のテーマで一番話そうと思った話は、
コモンセンスっていうキーワードで、
何が我々としては共通化されていて、何が共通化されてないのかみたいなことが
結構重要な話があった気がしていて、
まあ今の話も、全部が全部説明すればいいかって話で言ったら絶対そういうわけなくて、
そんなメタな話しすぎても、逆に何がしたかったのかわかんなくなっちゃうし、
まあ普通に、もっとシンプルに考えても時間がかかるし、
みたいなところの、その塩梅がやっぱ難しくなってる気はすごくして、
その説明しすぎって思う方向については、
やっぱなんかそれが過剰に言い訳がましく前提みたいのが説明されてるって思っちゃうケースは、
自分にとってはそう思っちゃうケースはそういうふうにいるんだろうし、
逆に説明しすぎって思うときは、
まあだからなんかその共通理解がされてないんだかみたいな、
なんかもうそういうところから入っちゃうって話なのかな。
メタ的な説明が有効な時とそれが逆に冗長な時って何が違うんだろうっていうのは、
どういうところ、どういう画面でそれがなんか変わるんだろうみたいなのは結構気になりポイントだな。
いやもうケースバイケースなんじゃない。
ケースバイケース。
ものすごく、ものすごくケースバイケースで言うと、
もうなんかそれは本当の意味でのケースバイケースな気がするんだよな。
なんかそれを一つの理論というかそういうものでくくれるのかな。
見つかないな。
自分で考えた時もなんかAIの話もそうなんだけど、
いやもっと説明しろよっていう時と、
いやお前長すぎんだよって思う時とかは、
なんか別にすごく論理的な何かがあるわけじゃなくて、
単純に自分のコンディションだとか、
なんかそういうものとものすごく密接に関わっている気がして、
そういう意味では最初に話した余談に戻ってきて、
やっぱりだからそうだからこそパーソナライズというか、
本当にその人のその時の気分とかに適したものを都度生成してあげるのが、
なんていうのかな、心地よい説明というのを求めるとしたら、
それが一番いいんだろうなとは思う。
けど心地よい説明でいいんだっけと思うみたいな。
答えが出ないですね、なんか。
何に答えを出そうとしているかって思うんだけど、
いやもうあんまり説明しすぎ、説明しすぎじゃないんだと思うんですよ、
だからそういう意味では別に。
説明しすぎと思う時もあるっていう、
ただそれだけで逆に説明しなすぎって思う時もあって、
それはなんていうか、この説明が正解ですっていう説明ってないんだと思うんですよね。
その分量的な話だとしても、内容的な話だとしても。
だから、
なんかあれだよね、あれぐらいだよね。
料理の作り方。
料理の作り方?
料理の作り方って、レシピか、レシピぐらい。
説明、過不足ない説明って。
分量が決まってて。
いやいや、それは異論。
レシピだって、料理ができない人からしたらあんなレシピ見てもできないんだよ。
あんなのできないよ。分かんないよ。
そうなんだ。
じゃあ過不足ない説明ってわけではないんだ。
ないでしょ。
あれはだって、一定の料理の技能がある人に向けてレシピは書いてるでしょ。
そういうことね。
そうか、このエピソード一つ取っても説明っていうのは、人によって全然違うんだって、その受け取り方は。
だと思いますね。
いやだから、例えば分かんない、レシピ。
例えば、かつらむきしてくださいって書かれてて、分かる人は分かるだろうけど、俺は分かんないからググんないといけないわけですよ。
ていうのは、適切な説明なのかっていうのは、難しいよね。
それは別に、それが悪いと思わないけど、それはある程度分かる人に向けて書いてるんだっていうことだと思っていて。
初心者向けのレシピ本だったら多分、その横にかつらむきとはみたいな、そういう説明書が多分書いてあると思うけど、
それがいわゆるレシピ本に書いてあったら絶対うざいんだろうと思うから、みたいなね。
なるほどね。
いやー、なんかそういう、それもなんか面白いんだよな。
かつらむきっていうのはさ、その一つかつらむきっていう単語があればさ、
知ってる人はいろんなものを推測するから、
その知ってる人の間ではそれが一番有効な説明の仕方なんだけど、
それはなんか、どうなんだろうね、なんだろうな。
それがいろんな場だと、職人の場だとかつらむきで通じるから一番コミュニケーションコストが少ないんだけど、みたいな。
うん、まあそうそうそうじゃないですか。語彙を、なんだっけな、あかしさんかなんかがポストしてて、
語彙を増やしていくことはすごい大事だみたいなポストをしてた気がしていて、
ものすごくそうだなと思うんだけど、やっぱりその語彙を獲得することは、なんか概念を獲得することと似ありなんだと思っていて、
それによっていろんなコミュニケーションができたり、多分それによって思考が広がるというか、
いろんな考え方ができるっていう意味ではやっぱりそうなんだろうなっていう感じはすごくする。
かつらむきを知らない私としては、いろんな向き方があるということ自体にあまり思考が広がらないわけですけど、
そういうのを知ってる人からすると、それはそうだろうし、多分その向き方にもきっとすごく意図があるはずで、
こういう時はそれがいいとか、いろいろあるみたいな話だと思うんで、みたいな。
そうなんだよな。AIによってもう一個話そうと思ったテーマで、
AIによって考えることができなくなってるっていうのがあったんだけど、
それでも話そうと思ったから通じるかもしれないけど、
AIによってそういうかつらむきイコールこれであるっていう概念を人間が獲得することが難しくなってるっていうか、
その機会がなくなってるんだよみたいなことを思ったりもするんだよね。
AIが文字数が多すぎて、中小化してそこで考えられる人と考えられない人の差がどんどん広がっていくんじゃなかろうかみたいな。
AIって何だろう、概念を中小化して投げてこないっていうか、
概念をそのまま言葉で記述して投げてくるような気がするんだよね。
それでさ、人間が、この雰囲気ちょっと伝わってほしいんだけど、
なんかね、AIってこの世にある物事を性質上、言語化、言葉にできるものを言葉の形にして説明してくるみたいな、
なんて言えばいいかな。
それはそうなんじゃない?
だからなんかそれ使ってて、
例えばプログラムとかでさ、私が今、
AIに指示を投げたっていうか、こういう風に作ってっていう時に、
なんか私ね、めちゃくちゃ疲れてる時だと、
AIにこういうことを作ってっていう時に、
一回中小化をして、
例えば繰り返し処理があった時に、
こういう風な自分の中で繰り返しの処理の本質っていうか、
なんて言えばいい?
を一回中小化して、それを投げるっていう、
投げるとそのAIそのまま作ってくれるんだけど、
なんか私めちゃくちゃ疲れてる時とか、
繰り返し処理があった時に、
あくまで具体の指示を出しちゃうのね。
こういうことを1回目にやって、2回目にやってみたいな。
それってなんか、
その投げた時に、
中小化のコストはAIが払ってくれって、
それを返してくれるんだけど、
なんかその定時のやり取り、
私が疲れてる時にやってるやり取りを、
AIと繰り返しやってても、
なんかもらえるものは同じであって、
ってことはなんかその定時のやり取りに、
ってか言葉のやり取りに閉じちゃって、
閉じちゃうことっていうのが、
なんかめっちゃあるのかもしんないなって思ってて、
それは、あれ私どこに行こうとしてるんだろう。
あんまピンとこなかったけど。
まあわかんない。
ぶった切ると、
まあやっぱり基本今のAIは、
全ての言語をただ学んでいるだけだから、
なんかそうなんじゃないっていうか、
なんか若干手触りがないっていう、
やり取りになるケースは、
まあなんかあるんだろうという気はするけれど、
まあ時間もあれなんで、
あれですけど簡単に言うと、
でもなんかやっぱり、
中長期的に少し考えると、
やっぱりでもAIは、
なんていうのかな、
最初の話に戻って、
多分自分が求める適切な分量、
なんかソースは1個で、
ソースは1個に対して、
例えば僕がさっきのレシピでもいいんですけど、
なんか料理を作るというもののソースは1個に対して、
ホームさんに適した説明量、
説明内容にAIが翻訳する。
で、俺のような初心者に対して、
適切な分量に説明内容、
分量を翻訳するみたいなことが、
普通に技術的にはものすごくできるはず。
おそらくそういうふうになっていくんだろうなと。
それは今は言語空間だけを学習してるから、
ちょっと空虚なのかもしれないけど、
今後フィジカルAIみたいな話もありますけど、
物理空間にAIが出てきて、
どうなるかっていうと、
またちょっと話が変わってくるんだろうなーっていう感じはする。
そうだね。
それがいいのかはわからない。
全てのインターフェースにAIが挟まることになるから、
それは本当にそれでいいんだっけみたいなことは、
ちょっとあんまわかんないなっていう気はする。
それはなんか気になるな、面白いな。
そうなったときの世界がどうなってるかはちょっと面白い。
説明する人なくなるからね、その世界において多分。
人は多分何かを言って説明すんのは、
全部AIになるっていう世界において、
何がどうなるのかあんまりよくわかんない。
面白い。
よくわかんない、イメージができない。
わかんないけど、面白そう。
はい。