1. 余白のエクリチュール
  2. 「ちゃんとする」をやめたあと..
「ちゃんとする」をやめたあと 〜アパートメントの美学から証明写真ガチャまで〜
2026-06-12 41:17

「ちゃんとする」をやめたあと 〜アパートメントの美学から証明写真ガチャまで〜

#57 / 丁寧とかちゃんとしてるってなんだろう? / 批判的日常美学について / vol.363 : Deliberate Humanness ちゃんとしてなさの価値  - Lobsterr / 身の回りの「丁寧な暮らし」 / 他人の「ていねいな暮らし」が自分の「ふつうの暮らし」だった? / 美を生活と混同しちゃってる?/ なぜ「丁寧な暮らし」はしんどいのか? | FAVVY - センスをめぐる探求ノート - / 何かを”選ぶこと”の重要性 / そもそも”少しずつ納得のいく選択を重ねること”自体が難儀? / 自分なりの丁寧さが見えなくなっている? / 部分から全体 or 全体から部分 / “ちゃんとしない”とは?/ Canva、2026年のデザイントレンドを発表:「デザインされた不完全」の年 / The ‘Messy Girl’ Apartment Aesthetic is the Current Runway Mood(「散らかった女の子」風のアパートメントスタイルが、現在のランウェイのトレンドです。)| Vogue Arabia / いろんなムードが合流している / やっぱりAIの影響は大きい / “綺麗さ”や”正しさ”が合意できない / ”完成”を考えないほうがいい? / ガチャ「赤の他人の証明写真」が月4万個のヒット なぜ“スターおじさん”まで誕生したのか / 知らないことが共通言語になる / もっと多様であるべき / 雑多さへの価値づけのムード / 仕事における”ちゃんとしてる”はまた別の回で / あなたにとっての丁寧さってなんですか? / どういうところで”ちゃんとしてなさ”を感じますか?


参考リンクはこちら→⁠https://app.notion.com/p/2026-06-12_-57-37a1d2f9389a80ccac23f65765d55875?source=copy_link


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▼「余白のエクリチュール」(通称:よはちゅる)とは?

異なる時間や場所を生きてきた2人が、まだお互いをよく知らないところから始めたPodcast。

発信が溢れる時代だからこそ、“聴くこと”に価値を置く。様々なテーマの感想や解釈を起点に、埋まりきらない“分かり合えなさ”さえも楽しむ余白をあなたも。


▼クレジット

やぎしょーご Shogo Yagi @sho5_midday ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://x.com/sho5_midday⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠

𝑃𝑜𝑚𝑃𝑜𝑚 🍮@pompomreading ⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://x.com/pompomreading⁠⁠⁠

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サマリー

このエピソードでは、「丁寧さ」や「ちゃんとしていること」の意味について掘り下げています。現代社会では、AIによるコンテンツの大量生産や「丁寧な暮らし」への憧れが、かえって人々にプレッシャーを与えたり、美と倫理の混同を生んだりしています。一方で、完璧さを求めない「ちゃんとしてなさ」や、不完全さ、生活感のあるものに価値を見出す動きも出てきています。例えば、デザイン分野では「デザインされた不完全」がトレンドとなり、ファッションでも「メッシーガール」のようなスタイルが注目されています。また、他人の証明写真のガチャガチャがヒットするなど、完璧ではないもの、むしろ「知らないこと」が新たな共通言語や面白さとして受け入れられる現象も起きています。これらの動きは、AIによる完璧なもののコモディティ化や、多様な価値観が合意しにくくなった現代社会の状況と関連していると考察されています。最終的には、「完成」を目指すのではなく、多様性や不完全さの中に価値を見出すことの重要性が示唆されています。

「丁寧さ」と「ちゃんとしていること」への疑問提起
はい、始まりました。 余白のエクリチュール、略してよはちゅる。
えー、今回のテーマは、「丁寧やちゃんとしている、ちゃんとしていないって何だろう?」について話したいと思います。
よろしくお願いします。
はい、お願いします。
はい、えーと、これはですね、私が個人的に気になって持ってきたんですけど、
そのなんか、丁寧から普通の暮らしが生まれているぞ、みたいなのが気になって持ってきたんですけど、
前回のよはちゅるで、本当って何だろうっていうことを話しました。
で、それが、えーと、しょうこさんがそのポッドキャストエキスポに参加して、
今そのオーセンティシティとかが結構重要になってきてるっていう話の中で、その話になったんですけど、
なんか、その話とこの丁寧さっていうのは、当初は想定しなかったんですけど、
それがちょっとつながってくるかもな、みたいな感じで、ちょっと前回から引き続いて考えていきたいと思います。
はい、お願いします。
はい、ですね、これが私がなんで気になったかっていうと、
まずね、私その批判的日常美学ってやつをずっと積んでて、ちょうど読めたんですね。
で、それがまあなかなか面白いっていうか、まあちょっと私の所感としては、ちょっとこれ、この本はちょっとね、なんかツッコミどころいろいろあるんですけど、
え、そうなんだ。
それはまあちょっと置いといて、とりあえずね、これはその丁寧な暮らしが賛美されてきたけど、
そこからちょっと脱却して普通の暮らしに戻ろうみたいなことを書いてるんですよね。
で、その丁寧な暮らしっていうのはコロナ禍で出てきた概念だと思うんですけど、
おうち時間をちょっと楽しくするために、まずは身の回りから整えていこうみたいな、そんな感じなんですけど、
なんかそれがちょっと行きすぎて、今その美と倫理が混同されているから、その癒着を解こうっていうふうに、その人はずっと言ってるんですよ。
で、まあ人はそのちゃんとすべきっていう時に、美と倫理が混同されている。
例えば、その食べ物を残すのが悪いっていう価値観があって、なんかその人は実際食べ物を残した時に、食べ物を残すのは悪いって、
別の美学者の、その人、著者の人、ナンバユキさんって美学者なんですけど、別の研究者の人に言われた。
そしたらその人が、それはなんか美的に、美的な眼差しなのか、それとも道徳的な眼差しなのかどっちかみたいなことを問いただくと、そこからなんか議論が深まったみたいなことを言っていて、
なんかその食べ物を残すのが悪いっていう価値観があるけど、それはなんかそもそも食欲旺盛な男性がその外食の基準になってるみたいなことを言ってて、
なんかその美的に悪いとか道徳的に悪いっていうのが、なんかその突き詰めると、それってその社会構造がそうしているから、
もっとその、なんか手前のそういう良い悪いの話じゃなくて、みんなもっとその社会構造のことを考えようよ、みたいな。
で、なんか自分たちがそこに抵抗していこうよ、みたいなことを書いてるんですよ。それをなんかいろんな観点から見てて、そうそう、自炊とかファッションとか労働とか、いろいろ書いてるんですよ。コミュニケーションとかね。
で、なんかそんなところで、あの丁寧な暮らしから普通の暮らしっていうのに、なんか戻るというか、
新しく生まれるかわかんないけど、そういう動きが出てるなって思いました。で、それとまた別でですね、私はその、
なんか、この批判的日常美学だけだったらあんまりその、語ろうと思わなかったんですけど、その先週ちょうどね、ロブスターの記事で、ちゃんとしていなさの価値っていうのが出てました。
で、これがなんか感論するから面白いなって思って、今回ポッドキャストを題材に選んだんですけど、ここではAIによって今それっぽくて綺麗なものが大量生産されるようになった。
で、そのなんか流れに対抗するようにテイストスロップっていう言葉が出てきてるらしくて、なんかその今も完璧さそのものがAIによってコモディティ化してるから、
デザインとかカルチャーとかの領域で、手書き感とか粗さとかノイズみたいな、最適化されてない人間の痕跡みたいなものがこれから価値になってくるよみたいなことが書いてました。
で、なんか私はこの2つを見たときに、なんかちょっとその、なんだろうな、この2つって、ちょっと力学は違うけど、同じ方向に向かっていってるなみたいなのを感じて、
その基本的そう、日用美学では、丁寧さとか美と倫理の癒着から距離を取る、その反動から普通の暮らしが出てきてる。
で、そのロボスターまたちょっと違って、そこにAIという文脈が乗ってきて、そのAIが綺麗すぎるから人間らしさを大事にしようという意味で、ちゃんとしなさを肯定する動きが出てるみたいな。
それがなんかね、なんか別の流れから同じところに向かって、なんかその川が流れるように合流するように生まれてきてるなっていうのがなんか面白いなと思って、ちょっと今回話してみようと思ったんです。
で、まあその中でそうそう、お互いの具体例だったり、なんかしょうごさんのその観測してるところで、ちゃんとしていないが、なんかどこに現れてるみたいな話を聞きたいなって思いました。
個人の「丁寧な暮らし」と他者の認識のズレ
なるほど、面白いですね。
はい、ちょっとこれはね、面白いんですよね。
でもまあ一旦の所感っていうか、なんかその丁寧から普通の暮らしもそうだし、このAIのところの話も、まあそうだよなって感じはするっていうのはまず一旦のあれだよね、所感っていうか。
うんうん、前提としてはね、まあまあそういう流れがあるようなところですよね。
なんか、そうね、私が他に持ってきた、なんか具体例とかもあるんですけど、なんかそっちに行くか、自分の。
一旦まずそっから、一旦。
何だろう、自分の生活の話に行くか、なんかその他の世の具体例に行くかって迷ってて、でもなんか自分の生活の話はあんま面白くないんですよ。
でも一旦そっちの話しましょう。そっちをまずちょっと挟んでみましょう。
まずじゃあ自分の話。
自分の、はいはい。
自分のあんま面白くない話なんですけど、なんかその丁寧な暮らしっていうのを、なんか自分はその、まあ同僚と話してて、丁寧さって何だろうねみたいな話を聞いたんですよ、なんか同僚にね。
で、そしたらなんか私は、私はやっぱなんかその人によって丁寧さって違うんだなって分かったって話で、なんか私はね、その植物、なんかその家に植物置いたり、お香炊いたり、なんかドリップコーヒーでコーヒー入れたり、いい器を使ったり、ストレッチするとかっていうのをめっちゃやってるんですよ。
で、その生活に取り入れてて。
へーすごい。
なんかその、それがね、なんか私は普通だと思ってて、でもなんか。
へー。
そう、だからなんかあとはね、なんか私が、なんか思う丁寧な暮らしにするには、なんかあとはね、もうめっちゃ高いインテリアを買うとか、野菜を全部オーガニックにするとか、なんかそっちの方法しかないなみたいなことを、なんか自分で考えたみたいな話で。
で、なんかね、その友達と、友達じゃない、その同僚と話してて、同僚に何が丁寧な暮らしだと思いますか?とか聞いたんですけど、なんかその同僚は、まず自分はめちゃくちゃ丁寧な暮らしをしたいと思ってるって言ってて、でもなんかそれができてない。
へー。
そう、なんかね、自分が思うのは、えっと、紅茶を入れながら読書をすることが丁寧な暮らしだと思ってるけど、現実はもうそれに反して、自分は夜遅くまでゲームしちゃって、起きるのは昼すぐみたいな。
そうなっちゃってるから、なんか何も生産できてないことがすごく、なんか嫌になるけど、でもなんか惰性でやっちゃうみたいなことを言ってて、じゃあなんか何かを生産することがあなたにとっての丁寧なのかな、みたいなことを言ったら、あ、そうそうって言ってて、なんか自分をなんか高めたり、豊かな時間みたいなのを得るのが丁寧な暮らしって言ってて、
なんかそれを聞くときに、私、その人が思う丁寧な暮らしは、私が思う普通の暮らしだなって思ったんですよ。それがなんかね、レイヤーが違うなっていう話。それはなんか自分の中でその結論に至って、別になんか面白くないなって思ったんですけど。
それは俺からするとめちゃめちゃ面白い話なんだけどな。
あ、そう?
なんだ、なんだ、その話なんだ。
そうなの?
なんか、待って、なんだなんだ、その感じ。
あ、でもちょっと待って、私一個、もう一個具体例ね。
私ね、なんか会社に入って1年目に、めちゃくちゃそのとき、もうドリップコーヒーにハマってて、インスタントコーヒー全く飲めなくなってて、その会社に入って1年目でね、なんか毎朝朝からドリップしてコーヒー持って行ってたの。
やば。
ギュッと、ギュッと入れて、なんかね、それがなんか私、今思ったらやばって思って、なんかあれはでもなんか自分にとっての普通の暮らしではなかったなみたいな、あれはちょっとなんか無理してたかもみたいなことを、今振り返るとは思ってない。
なんかね。
あ、面白いなあ。
いや、それめっちゃ面白い話だけど、それなあ。
本当?私もこっち問題から先に終わらせちゃおうって思ったんだけど。
いや、わかんない。そういう意味だと別に、僕そもそも丁寧な暮らしはよくわかってないんですよ。
だから別に丁寧な暮らししたいとか、したくないとかも思ったことがないし、別に自分の暮らしが丁寧かとか普通かとかもあんまり考えたことがないし、興味もないんですよ。
なんか言ってましたね、前もね、なんか普通になんか暮らせればいいみたいな。
言ってたっけ?
なんか言ってた。
そうかも。
生活に美はあるみたいな話で、なんか私は機能的な美には興味あるのってしょうこさんに聞いたら、別になんかそれはないみたいな、言ってた。
でも今の話は、なんだ、なんかめっちゃ面白そうなんだけど、どこから言ったらいいのかわかんないんだよな。
ぽんさんのそれはだから別に丁寧、自分としては普通だと思っているが、客観的に見たら丁寧な暮らしなのかもって思ったって感じ?
そう、なんかね、これもなんか今回のを、そのポッドキャストやるにあたって、丁寧な暮らしってなんだっていうのを調べたんですよ。
そしたら、なんかいろんなとこが出してるじゃん、なんかその主婦向けのなんかね、とか、なんかその美相手とか出してて、そしたらなんかね、植物、開芽植物を置く。
スイッチをする。お光沢。なんか自炊をする。
なんか全部私やって思って。
あ、そう。すごいね。
それはなんかね、面白かった。いや全然面白くないんだけどなんかね。
でもほとんど意識をせずにやっていたことが、世の中でいう丁寧な暮らしだと気づいたみたいなことなのか。
そうそう、なんかね、丁寧にしようと思ってなくて、ただただ自分の身の回り、自分の気持ちをちょっと高めるとか、自分が普通に暮らしてて暮らしやすい生活を整えたいだけみたいな。
それをやってたら、それがなんか世の中で言うことの丁寧だったみたいな。
そういうなんかイメージ、自分の中で。
それね、それがなんか面白いな。
やっぱり人、世の中の人は整えたいとかっていうこと自体が、やっぱりなんかそんなに思ってないっていうか、自然にはあんま出てこないんじゃないかな。
だから丁寧な暮らしみたいな話に寄せて、なんかやろうとするんだけど。
でもそれは現実の生活とはギャップがありすぎて、結構挫折するみたいなのが、さっきの例でもあった話なのかもしれない。
本当は紅茶をちゃんと飲みたいけど、現実は普通にゲームしちゃうみたいな。ギャップがありすぎるみたいな。
そうそう、なんか批判的日常美学についてで、別の生活美学者の青田さんって人がいるんだけど、その人の話を聞いてて、その人はVlogを見て、なんか丁寧すぎてちゃんとしすぎてて、逆に辛くなるみたいな。
自分がなんか、そこで抑圧を感じちゃうみたいなことを言ってて。
なんばさんが言うには、それはVlogは生活アーティストの作品だから、それを自分の生活に取り入れようってするんじゃなくて、
それはもう美を生活と混同しちゃってるから、それはもうアーティストの美として鑑賞するもので、自分の生活とは切り離しなさいみたいな。
そういうことを問いてたんですよね。
そういう話なのかなって思ったんだけど、一般的にはそうなのかなって思ったりはして。
むずい話だな、結構むずい話な気がしてきたな。
ほんと?
ちょっと関係、なんか通じてないのかな。結構むずい話な気がしてきたけどな。
今の話と関係してるかもしれない、関係してないかもしれない話を一応差し込んでおくと、
僕がこの丁寧な暮らしっていう話を聞いて思い出したことの大きな一つが、
「丁寧な暮らし」のしんどさと選択の重要性
みやこさんっていう人がいて、ニュースレターを出してらっしゃる方がいて、
結構ずっとやってるPR&ブランディングコンサルタントということで、
そういうブランドとかそういうのを考えてるニュースレターがあって、
その中のニュースレターで、2025年6月21日に、
なぜ丁寧な暮らしはしんどいのかっていう、結構まさしくな内容を出してらっしゃいましたと。
結構面白い話を書いてて、ちょっとうまくまとめられないんで、
ポストされてたのをそのまま読むと、
手作りの食事、オーガニックな素材、無駄な空間、
一見シンプルで自然体な暮らしのはずが、なぜかプレッシャーに感じてしまう瞬間があることも。
もしかするとそれは、選べる人だけが実践できる豊かさになっているからかもしれません。
みたいなことを書いていて、
これはそんな感じするなって思うんですよ。
へー、そうなんだ。
だからまずそもそも、
フォームさんが今やってることって、
他の人からすると、まずそもそもそれがかなり、
ちょっと言い方あえて悪いかとすると、
交渉というか、やっぱりそれそのものが結構贅沢なものな感じで、
なんかそれを目指そうとするとプレッシャーって思う人は、
結構いるんじゃないかなーみたいな。
そうなんだ。
そういうのは改めて聞いていても思うんだけど、
でもなんか思うのは、
ツイッターとかで風呂キャンセル界隈とかがあるのは、
まあそうなんだろうなって、
そういうところなのかなって思う。
なんかそういう、そっちの方が、
なんかラジブ生活であるみたいな人がいるんだろうなみたいな。
うーん、そうね。
そういうことかな。
うーん。
なんかちょっとうまく読み込めてるかわかんないんだけど、
この記事でも言ってるの。
だから選ぶっていうこと?
何かを選択するっていうことが多分大事っていうか、
そう書いてあるね。
自分の状況は優先順位にあったやり方で、
少しずつ納得のいく選択を重ねていくこと。
それがきっと自分にとって無理のない丁寧な暮らしにつながるのだと思います。
っていう締めの言葉が書かれていて、
これは多分そんな感じはするんだよなーって感じなんだけど、
だからそのそもそも少しずつ納得のいく選択を重ねるっていうこと自体が難しいっていう人が結構いるっていうのが、
今のプロフローキャンセル界隈の話だとか、
さっきのこうちゃんの話な気がするんだよなー。
なんかそれはどういうこと?
めちゃくちゃ選択肢が自分と離れているところにジャンプするのは、それは厳しいけど、
それ以前にもっと積み重ねるのも大変っていう。
そういう話?
いやいや、いいお女性引いてくれたんだけど。
でもその話で、さっきナンバー3ちょっと一個前の話でも思ったんだけど、
なんかその積み重ねる選択肢が見えなくなっている感じはするのかもなーって思いました。
何を言ってるかというと、だからその丁寧な暮らしということの話をしたときに、
いわゆるすごく丁寧な暮らし、紅茶を入れるみたいな話だとか、
すごいストレッチをするみたいな、
それとか、インフルエンサーみたいなのがすごい近くなっちゃってるから、
SNSとかのアルゴリズムで。
そういう本当に綺麗なもの、さっき言ってたアーティストみたいなものしか丁寧な暮らしっていうものはないんだみたいな、
なんかそういうふうに考えちゃう地場が強くなってる気がしていて、
本当は別にそんなのじゃなくても、もっと身近なものの中に、
そういう典型的なものじゃなくて、自分なりの丁寧さっていうのがあるはずなのに、
理想とされる丁寧な暮らしみたいなものばっかりがフューチャーされちゃうから、
それをしなければいけないみたいな話になって、
それは自分との生活とギャップがあって、プレッシャーに感じてみたいな、
そういうふうのループになってそうな気がしたって感じかも。
めちゃくちゃショートカットされた丁寧さしか提供されてないんだ。
だから、
そういうこともいいかと。
ポムさんは自分、そういうのをあんまり考えずに、
自分で考えてそこに行き着いただけであり、
普通の人は多分そういう積み重ね方があんまりできなくて、逆なのかもしれない。
ポムさんはあるいはボトムアップ的に、今のいわゆる丁寧な暮らしっぽいのにたどり着いちゃってるから、
普通の暮らしだって思ってるのかもしれないけど、
他の人からすれば、そもそもあんまり何が丁寧なのかがよくわからない中で、
世の中的にはこういうものが丁寧だよって言われて、
そこと今のギャップがありすぎて、
それをいきなりやろうとしたら挫折みたいな。
なるほどね。
確かにそのなんか、わかるわかるわかる。
めっちゃなんか自分の実感あって、
丁寧さえ行き着くための道筋が全然違うんだろうなって思った今。
世の人は丁寧っていう虚像があって、
まずそれがあってそれにたどり着こうってするけど、
私はそもそも丁寧というイメージとか虚像すらまずない状態で、
人はトータルとしての丁寧っていうのを求めて、
そこから部分を積み上げていくけど、
私はそれがなくって全体像がなくって、
まず部分があったんですよ。
植物がなんか置きたい、緑がまず私大好きだから、
グリーン大好きだから、それを置きたい。
で、コーヒーも大好き。
で、もうなんかいろいろ突き詰めていくと、
やっぱりインスタントじゃなくてドリップがいいっていう、
自分の味覚の問題としてね。
だし、実水も、
私、この前も言ったようなチェーン店嫌いとか、
外食マジで嫌いとかいうのがあるから自炊したいとか、
そういう個別の事象が積み上がって、
私は丁寧に行き着いちゃったみたいな感じ。
そうなんじゃないかな。
そうなんだよな。
なんかただただ好きなものを積み上げていったって感じだけど、
なんかそれが、
でもなんだろうな、それって何なんだろう。
世の中の人は生活っていうものに対して、
自分の好きっていう先行を、
先行にあんまこだわりないのかもしれない。
私はなんかこだわりがあって、
それを積み上げていくけどみたいな。
そうね。
それはそんな感じもするな。
そうだな。
どうしよう。
これはどの話に繋げていこうかな。
いや、ちょっと難しい。
でもなんだろうな、それは何なんだろうな。
何の話なんだろうな。
だからこそ、
丁寧な暮らしから、日常、普通の暮らしみたいな話になるのは、
わかるっていうか、
理想なんかを追ってるから、そんな風になるわけで、
そんなのやめて、ちゃんと目の前のことを見ろよっていうのが、
ナンバーさんの言ってることだとしたら、
それはめっちゃわかるなっていう感じがするんだよね。
そうなんだよね。
「ちゃんとしてなさ」の美学:デザインとファッションのトレンド
これはね、暮らしはそうなんだけど、
暮らしはもう私の話になっちゃうから、
あれなんですけど、
他の例で言うと、
そういう、なんだろう、ちゃんとしないこと?
ちゃんとしないっていうことの例を出すことで、
ちゃんとするってなんだろうみたいなことを考えたいと思ったんですけど、
それを私がいくつか調べたやつで、
ファッションとかデザインのところで、
それが出てきてると。
デザインだとキャンバーってあるじゃないですか。
あれが毎年出してるかわかんないけど、
2026年のキャンバーのモードとして、
なんだっけな、
インパーフェクト、インパーフェクトバイデザインみたいな言葉だったと思うけど、
そのパーフェクトなものを目指さないって、
なんか生成、キャンバーっていろいろ生成してくれるけど、
それも綺麗なものじゃなくて、ちょっと雑なものを、
なんか肯定していきたいみたいな、
なんかステートメントみたいな感じで出してるんですよ。
で、それはなんか一個あるなっていうのと、
あとはファッションで言うと、
Vogueの記事で、
メッシーガールっていうのが、
なんかねクリーンガールっていうのと対比されておかれて、
で、なんかね、
アパートの美学が今のランウェイのムードですってタイトルなんだけど、
これね、面白かったの。
アパートの美学って。
なんかね、最近のランウェイは、
全体像を持った女性のシーンを解き起こして、
散らかり女の子、
これ翻訳してるから、
多分ちょっと抽出じゃないかもしれないけど、
散らかり女の子、アパートの美学を生々しくハイファッション的に表現するムードに置き換えつつある。
なんかクリーンガールの典型は、
後ろに撫でつけたお団子とか、
で、それはなんかね、完璧であるっていうイメージで、
ファッションの定石だったんだけど、
それが今壊されてる。
ビリーアイリッシュが挙げられてて、
なんか、なんだろう、
ちょっと雑、
飾り気のない感じ、
飾り気のない感じで、
生活感のある空間の本物らしさを重視してるみたいな話があったんです。
面白い。
アパートの美学って言ったらめっちゃ面白いなって思って、
そう、なんかね、
要はマンション的なのとは違うんだろうね。
ちょっとなんか雑で言うと、
サーマン的なのとはちょっと違うんだよね。
そう、そうなんだよね。
意図的な混乱っていうのをしてる、
意図的にだらしない感じ、
非対称の歪んだニットを作ってるみたいな、
プラダとかディオールとかは、
それが今なんか目立ってるみたいな感じ。
これはね、なんか面白かったんだよね。
逆になんか間違ってたもの。
面白いんだけど。
なんか、
めっちゃね、これね、
写真とかに見たらよくわかる。
ちょっとね。
どういう話をしようかなって感じなんだけど、
なんだろうな、
いろんな話からそうなってる気がするんだよなって思っていて。
そう、そうなんですよ。
実際ここでもね、
女性が磨かれてない自分というのを正当化するための手段として、
ファッションがあるみたいな、
使われてるみたいな話があって、
これってそう、
本当になんかいろんなところから来てるんですよね。
女性がその完璧さを求められてて、
なんかその、
外でも働き、
家でもその家事という、
労働を行なしみたいなところが、
ちょっと解体されてきた結果みたいな。
結果というか、
いやむしろ逆で、
それをその肯定する、
そういうなんか生活を肯定するために、
ファッションで、
それをそういうなんか、
今そういうモードなんだよっていうのを示してるみたいな。
うーん、そうね。
それが正しいかな。
そう、そんな感じですね。
AIと価値観の変化:完璧さのコモディティ化と多様性への希求
なんかこれはね、
面白いんですよね。
なんか、
今2つ思ったことがあって、
やっぱだから、
なんでそういうことになってんだろうね、みたいな話で、
でもそれはロブさんにも書いてある通り、
やっぱAIは1個大きいんだろうな、
っていう感じはしていて、
本当にAIで、
なんか少なくとも、
電子空間のものは何でもできるようになっちゃってきてるから、
なんか、
そのクオリティを
上げるという方向性で、
勝負していっても、
もう違いが生み出せなくなってきてると思うんですよね。
そうなんですよね。
そう。
うーん。
それは色んなレイヤーで、
多分そうなってきているんだと、
思う。
うーん。
いろんなレイヤー。
そうね。
本当に別に金をめっちゃかけて作ったものとしても、
なんかその、
デジタル空間で見えるものは、
別にAIで作ったものと、
多分そんなに差分が見えなくなっちゃうから、
なんかそれで、
ラグジュアリーとかも多分そうだと思うんだけど、
なんかそれで何かこう、
違いを生み出すみたいのは多分、
結構難しくなってきてるからこそ、
そういう、
ランウェイみたいなところでも、
そっちじゃない方向で、
どう見せるかみたいな、
そういう話。
だからAI、
本当に、
ドラゴンさんが書いてる通りかもしれないけど、
AIでそれっぽいものがたくさん出てきちゃってるから、
それと同じようなものを見せても、
多分しょうがなくて、
なんかもっと違うものを、
見せたいみたいなところから、
じゃあもうそもそも壊しちゃえばいいじゃんっていう、
なんかもっと全然、
未完成なものにしちゃえばいいじゃんっていう、
発想は、
なんかめっちゃわかるなー、
っていうのが、
一個。
もう一個は、
これはだからやっぱ、
政治的なところの話もあるのかもしれないけど、
リベラル・サハーみたいなところが、
これまで、
積み上げてきた理想みたいなのが、
トランプみたいなところの話で、
ぶっ壊れちゃってるんで、
なんかこう、なんだろうな、
本当に、
これが正しいものです、
これが綺麗なものです、
みたいな、正解、
がない、
ない世の中になってると思うんですよね。
ないっていうか、それは合意できない、
合意できないものになってると思うので、
それよりも、
そっちを目指すよりも、
もっと多様な、もっと違う、
そもそも世の中はもっと多様だったんだよね、
っていう考え方が、
新しいかもしれないけど、
だから、完成であることを目指すよりも、
完成じゃないところで、
どんなことがあり得るのかっていう、
多様さを目指すみたいな、
なんかそういう話は、
めっちゃ普通にありそうだな、
ロブさん書いてる通りだな、
すごいな、完璧さそのものが、
コモディティ化している、
完璧さはコモディティなんですよ、たぶん、
100%でしかないから、
コモディティだから、
もっと下でのグラデーション、
88%、84%とかみたいな、
そういう中での、
個性みたいなところの方が重要じゃん、
みたいな話は、
そりゃそうだよねって思っちゃうから、
なんか、
ごめん、話してて思ったけど、
未完成って、完成っていう概念があるから、
未完成っていう概念があるわけで、
なんか、
それがそもそも違うんじゃない?
って気がしてきたな、
完成っていうものを考えない方が、
いいんじゃないか、
っていう気がしてきた、
勝手に話が進めてるけど、
ちょっと待って、
私追いつけてない、
ごめんなさい、
100%を目指すってことじゃないですか、
一つ言い換えると、
それがそもそも間違ってるっていうか、
100%なんてことはないんだと、
それを目指さない、
それってどこに
現れてきてるんだろう?
それってどこに
現れてきてるんだろう?
違うな、
それはもう現れてるんだよ、
世の中のいろんなところに。
それってどこに
それがいわゆる、
完成という概念があるから、
未完成っていう言葉を
使っているんだと思うんだけど、
靴してるみたいな、
アパートみたいなのも別に、
なんだろうな、
それはそれで一つの
在り方なわけじゃないですか、
それは今まで、
もっとそういうきれいなものを、
完成品みたいな風に
捉えていたから、
それとはちょっと違う、
単なる脱然としたものだっていう
見方ができるわけであって、
そうそう、
その二項対立が
なくなって、
必要ないんじゃないかというか。
えー、
なんか面白いな、それは。
「赤の他人の証明写真」ガチャと「知らないこと」の価値
えー、
なんか、
ちょっと待って、これがね、
私ちょっと繋がるか
わかんないんですけど、
なんか私がその、
一個面白いなって思った事例と
もしかしたら繋がりそうで、
なんかその、赤の他人の
自動、なんか照明写真っていう
ガチャガチャ知ってますか?
知らない、そうなの?
私なんかね、これがね、
すごい衝撃で知ったとき、
そのガチャガチャがあって、
それがその、赤の他人の
知らない人の照明写真が
出てくるんですよ。
へー。
そうそうそうそう。
それって、なんか
完璧さを目指してない
っていうことかなって、
なんかちゃん、
なんかその、
商品として、
なんか、
綺麗な美しい俳優を
の写真が出てきますとかじゃなくて、
なんかすごい普通の人で、
普通の
照明写真が出てくるっていうのは、
なんかそれが人によって、
めっちゃ売れてるんですよ、これが。
めちゃくちゃ売れてるとして、
今見てるのも書いてある。
そうそう。それはなんか人が、
その、完璧を
目指さないっていうか、
なんかその、
商品側も、
なんていう、なんか
ちゃんとしたもの出さないみたいな、
でもそれがウケてるみたいな。
ちょっと、散らかっちゃった。
いやでも、いやわかる。
めっちゃわかる。俺が今見てる記事、
ガチャ、赤の他人の照明写真が
月4万個のヒット、なぜスターおじさんまで
誕生したのかって書いてあって、
なんか、えーって思って。
そうなんですよ。
なんか、私これを
知った時に、その、これって
その、人が
その共通言語が
なくなった、この今の時代
において、でもこれって
なんか盛り上がれるんですよね。
なんか盛り上がってる、JKとか
めっちゃ盛り上がってるらしくて、
なんかその、知らない人
だけど、その知らないから
面白いみたいな、なんかその、知らないことが
共通言語になるんだなっていうのが
まじでめっちゃ面白いなって
これを見た当初、思ったんですけど。
これは面白いかも。
けどなんかこれって、別の文脈で
解釈すると、その
なんか、ちゃんとしてないことが
ちゃんと、なんだろう
そっちからも語れるなって思って、
それがね、なんかね、すごいね
面白い現象だなって思ったんですよ。
いや、これは面白いかも。
これ知らなかったな。
何だろう、何だろうな。
それはね、何なんだろうと思って。
これ、しかも
これはなんかまた、AIの話で
言うと、これってもう
文脈なんてもう全くないんですよね。
なんか本当に
知らない、全く知らない
人で、別にその人の
人生も知らないし、ただただそのなんか
情報としては顔だけがあるみたいな
感じで、なんかそれが
受けてるのはなぜみたいな
意味がないから受けてるのかもしれないけど
まあ、そうね。
面白いね、これね。
なんかちょっとだから、どこまでこれを
意味を見出すことに
意味があるのかみたいな
ちょっとお問い合わせしたけど、みたいな話はちょっと難しいなと
思いつつ
なんかこれ
仕事における「ちゃんとしていること」と生活の区別
一個前のエピソードで話したかったけど
話せなかった話が
一個だけあって
あの
言う気が
するんだよな、みたいな感じ。
人がなんか
それぞれのインボールを持ってる
っていうのは、そういうことなんだろうな。
人によってその
違いがいろいろある。
いろいろある。
面白い、面白いちょっと
それはなんか、全然
なんか、あれ、ただの初感だけど
そのポッドキャストの
アガイはめちゃくちゃ見たいね。
いや、でもこれは
わかんない。ちょっと面白いのかどうか
わかんないけど。
かなり人を選ぶ。
人を選ぶから。
ロングフォーム、ロングフォーム。
いや、何だろうな。
話を戻すと
丁寧とかちゃんとしてるって何なんだろう。
何なんだろうね。
いや、そうはね。
ちゃんとしてるがね、結局ね
なんかね
うーん
なんかね、これってね、私考えた中で
その、なんか日常のちゃんとしてるとか
全然よくわかんなかったんだけど
結局結論じゃなかったんだけど
なんかその、仕事でいう
ま、ちょっとこれはね、また別の回にしよう。
その、なんか
仕事によって
ちゃんとしてるとか、その美っていうのも
なんか、そう、関わってきてて
それはなんかちょっとね、結論が出そうな
気もするんですよね。
それはまあ、でもちょっと仕事界ですから。
まあ、そうかもしれないね。
仕事とかビジネスみたいな話と
生活みたいな話は
うーん、まあなんか
一旦は分けて考えたほうがいいのかもね。
うーん、そうそうそうそう
そんな気がしている。
そう。だからちょっとまた
別の時に話しましょう。
はい。
リスナーへの問いかけと今後の展望
じゃあ、一旦は
そんな感じでいいですか?
はい。
なんかね、結論は出なかったけど
まあ、まあいいでしょう。
いや、ちょっと難しい。
話は破産しすぎたかもしれないけど
まあ、でも
はい。
ということで、今回はここまでです。
今中ではディスコードにて2人の放送後の感想を書いていたり
エピソードの中に出てきた参考リンクを載せていたりするので
ぜひお気軽に覗いてみてください。
お好きな場所であなたの感想も
聞けると嬉しいです。
Xではハッシュタグはひらがなよはちゅる
グーグルフォームでもお便りも募集しています。
ディスコードとも合わせて
概要欄にURLを記載していますので
ぜひお待ちしています。
スポーツフォワード使いの方はコメント欄でもお待ちしています。
どんなのがいいですか?
えっと、まずね、その
アナウンサーの丁寧さって何ですか?
っていう
生活の実感の話も聞きたいし
あとはその、今ちょっとしょうがさんと話した中で
ちゃんとしてないってところが
なんかいろんな
AI以外の
文脈でも出てきてる気がしたから
なんかどういうところで
ちゃんとしていなさを感じたかとか
なんかそれってどの流れで
感じたかみたいな
どの流れが関係してるみたいな話聞いてみたいですね。
はい。
じゃあそんな感じでお願いします。
じゃあここまでお聞きいただきありがとうございました。
次回もぜひお会いしましょう。さようなら。
ありがとうございます。
41:17

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