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就職氷河期から税理士へ!行動派女性の挑戦
2026-09-28 22:54

就職氷河期から税理士へ!行動派女性の挑戦

就職氷河期を突き進み、主婦から税理士へと転身を果たした一杉奈津加氏が登場。行動力でキャリアを切り拓いた彼女が、中小企業の事業承継を通じて日本経済を支える熱い情熱と今後の展望を語ります。


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サマリー

熊本出身の一杉夏香さんは、就職氷河期の中で東京の生命保険会社への就職を目指し、不合格を意味する連絡が来ない状況でも自ら本社へ電話し、熊本から飛行機で面接に向かって入社を勝ち取りました。結婚・出産・育児を経て家族を優先するため退職した後、名刺を失い自分を説明する肩書きがなくなったことに強い喪失感を抱きます。転機を求めて子どもを連れて図書館に通い、目を閉じて選んだ本を読み、感動した著者へ手紙を書く行動を重ねました。 夫の実家の家業を手伝うことをきっかけに簿記を学び、3級、2級、1級へ進み、税理士を目指すようになります。主婦として勉強環境が整わない中、子どもを背負い、手をつないで公園で勉強し、30代から受験を始めて40歳頃に必要な科目をそろえ、会計事務所で実務経験を積んで開業しました。保険の知識は、顧客の手元にお金を残す手段としても役立つと話します。 今後は中小企業の事業承継に力を入れたいと考えており、中小企業の廃業は日本経済の衰退に直結すると捉えています。事業承継では株や店舗の権利を移すだけでなく、社長の頭の中にある「儲かる秘訣」という知的財産を後継者が理解し、実行できるまで支援する必要があります。支援は早くて3年、長ければ10年に及ぶ長期戦だとも説明しました。

就職氷河期に東京の生命保険会社へ
今日もゲストにお越しいただいております。 じゃあ、自己紹介していただいてよろしいでしょうか。
自己紹介。はい、自己紹介です。
これは、市杉夏香っていうんです。
あ、市杉夏香さん。はい、市杉夏香です。
市杉夏香。どういう漢字なんですか、市杉っていうのは。
漢数字の市に杉の木の杉です。
珍しいですね。あ、珍しいです。
どちらの方が。はい、珍しくてですね。
あの、これ主人のせいなんですけども。
あの、主人は東京都練馬区。
おー。の、もう自分の地元の人で。
で、その練馬区に、まあ少しこう、あの、いる。
あら、そうなんですか。
そういうところです。
え、夏香さんはご出身はどっちなんですか。
私は熊本県。熊本県。
熊本県。はい。
ほう。はい。
ほう、熊本大変だったじゃないですか。
あ、そうそうそう。あ、そう、そうです。
ちょっと今回市内の方は、そんなに被害はなかったと聞いております。
え、熊本で生まれになって。
そうです。
で。
そのまま大学まで熊本におりまして、
当然、山本さんもご承知の通り、もう超氷河期世代。
あ、そう、たまたまなんですよ。同世代というかね。
もう超氷河期世代のちょうどピークなんです。
まあ、なんですけど、その時、私は絶対東京に就職するぞと決めまして。
どんなに氷河期であったとしても、相手だって今まで500人取っていたところが50人になったところで、
50人は欲しいわけですから。
まあ、確かに。
その欲しい人材として。
選ばれる。
選ばれるのではなくて、あなたも選んでいるかもしれないけど、私もあなたを選んでいるんですよという姿勢で。
すごいな。
思い込めと、もうそういうふうに自分を思い込めというところで、東京へ乗り込みたんです。
どういった勉強をしてきたんですか、大学の時は。
勉強はですね、教育学部なんですけど。
今、お仕事は何なんですか?
今は税理士ですね。
今はってことは、いろいろ減ってきてるんですか?
あって、大学を卒業する時にどこに就職するかなんですけども、
私はもう保険会社に就職をしたいと心に決めておりまして、
と言いますのも、お金が一番動く時はどういう時か。
お金が一番動く時はどういう時か。
パチンコで勝ったとかそういうことじゃないってことですよね。
そんなことじゃないですよ。
そんな具合なんですけど。
分岐点ですよね。生まれたりとか、結婚したりだとか、亡くなったりだとか、そういう節目の時ですよね。
はい。なのでもう、冠婚葬祭の時が一番お金が動く時。
で、その冠婚葬祭に一番関わるのが保険会社だと。
まあ、そうか。
はい。なのでその保険会社の保険、その保険が世の中に果たしてる役割の大きさに、大学生の時に素晴らしいと。
保険という仕組みは。
システムが。
はい。システム自体が素晴らしいと。
これは、だから私保険会社に行きたい。
で、その時には損害保険会社ではなくも、生命保険会社に入りたいと。
もう、強く心に誓いまして。
というのも、損保は実費払いなんですけど、製保って定額払い。
最初に決めた金額で払う。
もう素晴らしい。そもそも相互扶助っていう。
考え方が素晴らしいと。
そうなんです。
不合格通知を待たず熊本から面接へ
その時に当然、営業で入るか、総合職で入るかという選択肢がある中、
営業で自分が入ってしまったら、自分の思いは、今目の前にいるお客様にだけお話する。
けど、総合職で入れば、自分の思いを仕組み化して、全国にお届けできる。
という風に、20代の時からそれを考えたんですか?
そう、考えまして。
ですから私は、生命保険の総合職として入るし、私もあなたを選ぶ側ですと。
へぇ~!
それで?
そしたら、当時もなんですけども、一時試験とか電話がなかったら落ちてるということらしいんですよね。
一時試験、二次試験とか、電話がある日まで連絡がなかったら、それは落ちてるということを意味するらしいんですが、
私は知らなかったんですよ。
で、電話がなかったんです。
おかしい。電話がないはずないと思い浮かんでいるので、おかしいよと思って、すぐ本社に電話したんですよ。
電話しようよ。
電話ないんですけどって。
そうしましたら、人事部の方がちょっとお待ちくださいとおっしゃって、
今日の午後来てくれるなら面接しますとおっしゃられたんです。
で、私は熊本です。
で、時計見て、今飛行機で行ったら間に合うと。
すぐ行きますと言って、すぐ大手町の本社に行きまして、面接を受けて、
その後すぐ次の面接、次の面接となって、なんとか入社に行き着いたんですが、
後から聞きましたら、電話がないってことは落ちてるってことだよということを知ったと。
でも勝ち取ったわけですね。
勝ち取りました。
すごいですね。
すごい人ですね、この人。
思い込みでなんとか。
今だとないですよね。
本当ですね。
たぶん人事の方もびっくりですね。
この人落ちたのに電話してきて。
当日、熊本から行ったってことでしょ。
そうですそうです。でも飛行機で2時間。
そうですけど、よく行きましたね。
でも行っちゃえば、面接はもうこっちのもんだっていう、
今のトークを聞いていただいたらわかると思いますけれども。
とにかく会えればっていうところで。
退職と名刺を失った喪失感
保険業をされて、今までも税理さんですね。
どれくらいされたんですか。
90年間保険会社にいまして、その間に結婚、出産、育児休暇もいただきまして、
ただいよいよちょっと夫と私の発霊が別々に出てしまいまして、
これはもう別居をするか、私が遠方から通うかどっちかしかないという選択肢の中、
私の人生の優先順位が家族を優先するが当時の優先事項でしたから、
もうなくなく辞めたというところです。
でも本当に辞めたくなかった。
なぜかというと、辞めると出せる名刺がなくなるんですよ。
私というものを相手に一言で私こういう人間ですと言えるものがなくなったことが本当にショックでした。
当時は名刺一枚あれば、それこそ、
例えばドコドコ保険会社の市杉ですと言ってピンポンできる環境にありましたけど、
名刺がないってことはピンポンできないんですよね。
ピンポンして市杉ですって誰?みたいな。
それが本当にショックでしたね。
すごいですね。
図書館と手紙で次の扉を探す
次の自分が何か全力投球できるものを探さなきゃいけない。
でもそんなにすぐ見つかるわけない。
どうしよう、悩みまして。
まずしたことといえば、自分の強みと弱みを紙に書き出しまして。
これ今日インタビューじゃなくて講演会でしたっけ?
講演会ですよね。
当時2人目も生まれてましたので、2人目を背負って毎日図書館に行きまして、
目をつぶって本を取るんです。
どうして目を閉じるんですか?
平井けん、瞳を閉じて?
目を開けちゃうと自分の好みの本を取っちゃうから、
目をつぶってとにかく本を取る。
取った本を読む。
感動したら書いた著者にお手紙を書く。
だいぶ行き過ぎてるじゃないですか。
行き過ぎ?
行き過ぎだけにだいぶ行き過ぎております。
実際どれくらい書いたんですか?
10枚ぐらい書いて。
期待しますよね、返事。
返事は期待してダメですよ。来ないでしょ。
来ないです。
来ないですよ。
私、ちゃんとこの日は空いてますと。
そこまで書くんですか?
だいぶ行き過ぎてますね。
この日は空いてますというお手紙まで。
すごい強い。それがいくつぐらいですか?
ですから33枚。
それ、あってどうするんですか?
お気持ちを直接お伝えすれば。
手紙だけにとどまらず?
はい、そうなんです。
思いを?
思いを。というのも、直接思いをお伝えすれば
そこにコミュニティが生まれるから
次の扉が開くんじゃないかと。
私のこのどん詰まりの。
いや、どん詰まってないでしょ、もう。
いや、どん詰まりの。
詰まってないですよ、どう考えても。
でも、お返事来ずに。
いや、来ないですよ、それは。
お返事来ないなというときに
簿記から税理士を目指す
ゼンリスという仕事に出会ったと。
え、なんで?そこは何か突然ですね。
そうなんです。
なんでですか?
夫の実家がちょっと家業、小さいながら授業をしておりまして
暇だったら、ちょっと経理に手伝ってくれんという流れで。
でも、分かりましたと。
でも、やるならやるでね。
ちょっと勉強してからやらないと。
いや、行き過ぎたんじゃね、また勉強が。
それで、ゼンリスの仕事を取ったんですか?
そうなんです。
取れないでしょ、なかなかだってこんなの。
まずはですね、最初に取った本は
当然、中小企業の人の経理の本みたいなのを読みまして
その時に初めて世の中、母規というものがあるらしいというのを知りまして
で、商業高校の方は母規を勉強してるらしいというものを知りまして
私も商業高校だったんですよ。
そうなんですか?
そうなんですよ。
え、私なんか33で初めて母規を。
いやそう、僕松山商業だったんですよ。
そうなんですか。
そうなんですよ。
じゃあ、電卓?
そう、電卓版は尊益分岐点とかでしょ?
そうです、そうです。
で、これはすごいと。世の中これはすごいのがあると。
これは手取りがよく勉強するには、日商母規3級を取った方が多分手取り早いぞというところで
日商母規3級取って。
でも3級があるってことは2級もあるだろうと。
そうですね。
あ、2級ある。
2級取った。
じゃあ、2級取って。
2級があるということは。
え、1級も取ったんですか?
1級がある。
子育てをしながら税理士資格へ
え、じゃあ1級取った後は?
ネットで調べましたら母規の最高峰は税理士ですみたいなのがネットで出てきましたので、
じゃあもうこれは税理士になるんだと決めまして。
ご主人のご実家の事務はやってるんですか?その間。
それはもう大した作業ではないので。
それは心配になりますよ。ネットで最高峰とか調べてる間に。
ちゃんとやってくださいよ、それは。
それはやりまして。
で、税理士になって。
ただ、主婦が税理士になると言いまして、周りの理解は当然得られないので、
勉強できる環境があるわけではないので。
止められないでしょ。もうみんな知ってるでしょ。
選んだ場所は公園で勉強するしかないというところで、
下の子は背負って、上の子は左手につないで、右手で公園で勉強を。
それがだから、二宮金次郎の代わりの銅像になってるんですね。
銅像が今ね、東京ではね、増えてるんですよね。
行き過ぎ像がね。
行き過ぎ像が。
銅像が今増えてるとか増えてないとか。
行き過ぎ像が増えてるとか増えてないとか。
そうですか。で、実際に撮られて。
それで、なんとか指一本、なんとか引っかかりましたね。
いや、そんなことないでしょ。
いやいや、それもあれでしょ。
いや、私、受かってるはずなんですけどって電話かもしれない。
あれ?合格認証来ないんですけど。今すぐ送ってくれます?
すごい頑張り屋さんですね。
いやいや、もう本当に指一本、なんとか引っかかりました。
それがいくつぐらいのときなんですか?
30キャレンジを始めまして、40のときに一応ウェルシーシカースとなるものが揃って、
その後ちょっと実務経験が必要になりますので、
実務経験を会計事務所で積ませていただいて、去年開業に至ったという。
税理士さんとしての勉強とかって、保険のお仕事は役立ってますか?
保険系の知識とか。
勉強には直接役立ってはないんですが、
税理士の仕事って、お客様にどういか手元にお金を残してもらうかっていうところも
一つ腕の見せ所と思ってまして、
お金を残すという一つの手段として、保険っていうのは非常に有効ですね。
これまでの子供とか、子育てというか、
いろいろ経験されてきた方って、なかなかない独立のされ方なんじゃないですか?
でも意外とですね、税理士になられていらっしゃる方って、
今までのキャリア、本当に驚くべきキャリアを組んでいらっしゃる方も一定数いらっしゃるんです。
本当に面白いですよ。
それこそ私、前にお会いした方で、前職QRコードの開発をしてた方?
変わってた。
その後、東京の方なんですけどね。
ちょうどこの間、NHKで見ましたよ、QRコードの。
やってました。
要はフリーに、彼らは権利をフリーにしたんですよ。
だから無料でみんな使えてるでしょ。
そうなんですよ。
いろんなキャリアがありましたね。
あとは、もう大学生の時点で受かっちゃってるとかですね。
すごい、本当に世の中すごい人がいっぱいいる。
いやいや、十分すごいと思いますけどね。
中小企業の事業承継に取り組む理由
これからどういうお仕事をされていきたいんですか?
もう一つが事業承継。
事業承継っていうのは、要は事業を継いでほしい?
そうですね。後継ぎ問題というところが。
なんでそこにやりたいという思いがあったんですか?
日本の経済ってほぼ中小企業で支えられている。
中小企業が廃業していくということは、
日本の経済がそのまま衰退していくことに、
直結、間接的にではなくも直結してるんだというのが私の理解。
市杉さんは今国会議員なんでしたか?
そのうち。
何党ですかっていう感じで、国会答弁を聞いてるのかなと思いましたけど。
でもそれぐらい中小企業は大事だというふうに。
中小企業が日本の経済を支えてるんだと。
ですからそこに関われる仕事、税理士というのはそこに関われる喜び。
日本の経済を支えてるのは中小企業です。
その中小企業に関われるということは、
私たちの仕事っていうのは間接的に日本の経済を支えてるんだという認識です。
すごいですね。正義感とやる気に満ち溢れた。
ありがとうございます。
超広いんですね。
助けに行こうみたいな熱意とやる気に満ち溢れてますね。
日本の高度経済成長を支えていらっしゃった社長方々が今もう70代を迎えられて、
でもやはり今もって社長を頼りというところもあるんですけれども。
できちゃうし、まだ元気だしね。
まだまだ若い者には負けとれんというところもあるしね。
ただやはり会社もどんどん新しい課税を入れていくことで企業が発展していく。
企業が発展していくということはそこに雇用が生まれる。
雇用が生まれるということはそこに当然県にも税金が入る。
税金が入れば県や行政が潤う。
そうするとできることが増えるんですよね。
できることが増えると住んでいる人たちも嬉しいというストーリーです。
いやー、そういうふうに本当に世の中を良くしたいという。
そういうふうに私は捉えているということです。
すごいなあ。
知的財産としての儲かる秘訣を引き継ぐ
どうですか、実際事業生計された方は喜ばれていらっしゃいますか?
事業生計自体が単発ですぐパッと終わるわけではなくて、
早くて3年、長くて10年くらいはサポートをし続けるという長期戦な仕事でもありますので、
今何かすぐパッと成果が出るというようなものでもないんです。
ラーメン屋は、じゃあ俺も辞めるから次はお前に任せるわ。
という感じかと思ったんですけど、そうじゃないですか?
そこ。そこ。思うでしょ?
私も最初思っていたんですけど、
事業生計で何が一番大事かというと、知的財産をどう引き継ぐかなんですよ。
知的財産とは何かというと、儲かる秘訣。
ですから、はいじゃあ明日から社長シフトチェンジね、
株も移した、店の権利も移した、ではうまくいかないんです。
その儲かる秘訣、おそらくそれってマニュアル読んでも分かるものではない。
社長の頭の中に入っていて、それを文書化して引き継いだとしても、
それを本当に後継者が理解して、それを同じようにできるまでが大事。
なるほど。かつその時代がね、ちょっと変わってきているから、
社長の意見もちょっとだからアップデートしないといけないところもありますしね。
これは難しいですね、確かに。というのに携わられているんだ。
に携わっていきたいというところですね。
めちゃくちゃいいお仕事ですね。
どうやって密着していったか、もうちょっと事業生計のこととかもね、
これからも伺いたいなと思いますけども。
お体にはお気をつけて。
すごい頑張り屋さん、行き過ぎている。
本当は今日、実は私がお話を伺うと言ったら、
今日はお話したい内容をメモしていただいていて、
頑張ってきたことから下ネタまでご用意いただいたんですけど、
すみません、全部伺う時間がなくて、
今日はここぐらいにしておきましょうかね。すみません。
ありがとうございます。
ということで今回は、税理士事業生計室で行政助手の資格を持っております、
チームセントラル税理士事務所の所長一杉夏香さんにお話を伺いました。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
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