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本当はどうしたいのか。それができないのはなぜなのか。
2026-10-13 10:24

本当はどうしたいのか。それができないのはなぜなのか。

#離婚 #データ #やりたいこと #意思 #希望 #生き方

https://news.yahoo.co.jp/polls/73654/comments?order=newer

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サマリー

ヤフーニュースで見た「離婚を女性から切り出す背景」をきっかけに、まりさんが、離婚の増減という数字ではなく、本人が本当は望む生き方を選べているかが重要だと話します。離婚したくても、子どもや経済、住む場所への不安から動けない場合があり、法律上の権利と現実に選べる選択肢は異なると指摘します。本人の意思だけで解決できない隔たりには、社会の仕組みや支援、周囲の偏見の解消が必要だと述べます。一方で、望み通りに行動することだけが正解ではなく、自分で考えて腹落ちする選択をし、その選択を正解にしていくことが大切だとまとめます。

離婚の増減ではなく、望むことができない問題
はい、こんばんは、まりです。
昨日、休みの3連休の最終日だったんですけど、
何気にね、テレビを見ていて、こんな番組やってまして、
ヤフーニュースにも今朝載ってて見たんで、今日はそれについて語りたいと思います。
ヤフーニュースの題名が、離婚を女性から切り出す背景みたいな感じで、
私はね、離婚はしたことがないんですけど、結婚はしています。
これってね、うっすら感じてたことであるんですけれども、
もう皆様感じてますよね。
なんか、と思って問題を持ちかけたいと思うんですけれども、
問題って、離婚が増えたとかじゃなくて、
当事者の方々が、ご本人がやりたいことをやれていないっていうことだと思う、
いなかったっていうことだと思うんですね。
この場合で言うと、離婚したいのに離婚できないとか、
ちょっと逆の立場になると、結婚したいのに結婚できないとか、
お友達が作りたいのにお友達ができないとか、
歩きたいのに歩けないとか、
こここそが問題だと私は思うんですよね。
だから、離婚がどうのこうのっていうのは、
ぶっちゃけ問題はそうなんですねっていう感じで、
問題じゃなくて、解決すべき課題っていうのは、
その本人がやりたいことをやれていないってことだと私は思っちゃうんですよ。
それと、やりたいことだけやっておられても社会が成り立たないと思うので、
数字の奥にある本人の意思と事情
そういう社会とのバランスって感じかなと思います。
離婚がどうとか、何でもいいんですけど結婚がどうとかね、
そういうこの数字とか割合にフォーカスすること自体が、
なんだこれって思ってる部分はありますね。
世の中に日々流れるニュースでね、
結婚しない人が増えたとか、引きこもりが増えたとかね、
お友達が少ない人が増えたみたいなね、
そういうの、目に見える現象の増減みたいなのが問題として語られることが多いように思うんですけど、
その奥にあるものが大事なんじゃないかっていう話です。
その人が本当はどうしたいのか、
で、それができないんだとしたらできないのは何でなのか、
この視点がね、なんか重要なんじゃないかなと。
で、離婚が増えることと離婚したくてもできないことっていうのは明らかに違うんですよ。
全然違うと思う。180度違いますね。
そう、離婚をしないっていうことは、結婚をしてはって結婚生活を続けているっていうことだと思うんですけれども、
結婚生活を続けることが幸せというか、いいと思って肯定してる人もいれば、肯定してない人もいて、
もうめっちゃ否定してる人もいるんですよ。
うん。だから、こう、肯定してる人は続けばいいと思うし、肯定してない、めっちゃ否定をされている方は、
もうね、あの、継続しない方がいいというか、結婚してない方がいいと思うんですよね。
選択肢を実際に選べない理由
どっちが正しいとかじゃなくて、その方自身が望む生き方を自分で選べているか、
自分で行動できているか、そこが大事なんじゃないかなと思います。
なんかいろんな事情で、こう、結婚してたらね、離婚できない事情によく上がるのがお子さんのこととか、
まあ経済的なこととか、住む場所の問題とか、いろいろあると思うんですけれども、
なんか、何らかの事情があって動けない、次の行動にアクションできないっていうのが本当にもったいないし、
なんか、機械損失だなと思っていて。
うん。そういう時に、なんか、本人の意思だけで解決できない問題があるっていうこと自体が問題なんだと思います。
そう、さっきちょっとだけ出した、歩きたいのに歩けないなんて一番シンプルでわかりやすいんじゃないかなと思うんですけど、
自分が例えば足を失っちゃったとして、道をゆうゆうと歩きたい、地面を踏みしめたいと思ってもできませんよね。
そのこと自体が嘆くべきだと思うんですよね。しょうがないんだけれど、亡くなったものは。
うん。本人の頑張りとかだけでどうにかできる問題じゃなくて、
なんか、それに変わる社会の仕組みとかが関係することもあると思います。
と、私がね、注目しているのは、ご本人が望んでいることと、実際との乖離、隔たりがあるっていうことで、
そう、なんですよ。
なんか、離婚から壮大な話になっちゃってるんですけれども。
法律上の権利と現実の選択肢の隔たり
はい。テレビで言われてたのがね、20年以上ぐらいかな?
確か、連れ添ったご夫婦の離婚が、全体に占める割合が過去最高になったみたいな話だったと思うんですけど、
なんか、別の調査で、離婚を考えながらも、いろんな不安から踏みとどまっている人たちもたくさんいるんだよ、みたいなのも報じられていて。
で、ここでね、つらっと思ったのが、離婚って今の時代できるじゃないですか。
なんですけれども、離婚っていう選択肢が存在することと、その選択肢を実際に選べることとは違うっていうことですかね。
もう、法律上はね、全然、人間の基本的な権利として離婚はできるんですよ。
でも、その後のことを考えると、生きていけるかな?とかね。
そういう不安があると、やっぱりね、動けないですよね。
と、思いますね。
だから、形の上では自由に見えるんだけれども、現実的にはね、っていう。
現実的にはその選択肢はないよね、みたいなのは、実際の選択肢としての機能はないと思っていて、ほぼほぼ。
絵に描いた餅みたいな感じ。
だから、考えるべきなのは、単に離婚がどうとか、結婚がどうとか、そういうことではないのだと思っていて、
その人、一人が望む人生を選べるように、いろんな支援や環境を整えたり、周囲の偏見みたいなのがあるんだとしたら、
それを消したりすることも大事なんじゃないかな?と思ったりもしました。
自分の選択を正解にしていく
もちろんね、離婚を望んでても、そもそもの望んでる本人が、大丈夫かな?このままでいいのかな?とか思ってたりね。
ゆらゆらグラグラしてるっていうか。
お子さんがいらっしゃったとしたら、お子さんの幸せを考えて慎重になっていたりする人もいると思うんですよね。
これは後になってみないとわからないんですけど、必ずしも望み通りに行動することだけが正解ではないと思うんだけれども、
望んだことを正解にするように自分でやるべきだとも思うんですけれども、
自分で考えてね、腹落ちして選べることが大事なんじゃないかなと思います。
ぶっちゃけどっちでもいいんですよね、何でも。
正解ってないから、自分で選択を正解にしていくしか正解はないんだと思ってます。
ということで、自分が選んだ生き方、時間の使い方と他の人の評価を切り離して考えた方が
だいぶリラックスした人生を生きれるんじゃないかなと思ってまして。
今日はそんな話をヤフーニュースから語ってみました。
まあ、ないもんはないしね。って思ったりもしますけど。
今日も聞いてくださってありがとうございます。
じゃあ、おやすみなさーい。
10:24

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