00:03
だけど、考司さん5年前に会って、私と喋った時に、3時間を切りたいって言ってたんですよ。
それ、マジで今でも忘れますからね。何回も言いますけど。
まだ、まだいける。
3時間、もう一回切りたい。
もう一回切りたい。これ、時間切るのがやつ。
ワーク・ライフ・ラン。こんにちは。株式会社アクテナブルの宮崎亜紀です。
この番組は、仕事のワーク、日々の生活のライフ、ランニングのランを中心に毎回テーマを変えながら、
時にはゲストを招きして、これからの時代を健康的に前向きに生きるためのヒントや説明をお届けする番組です。
さて、今回はゲストをお呼びしての対談会です。
今回のゲストは佐藤優弥さん、大原浩二さんです。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
早速なんですけど、お二人から簡単な自己紹介をお願いできればと思ってまして、
最初に優弥さんの方からお願いします。
佐藤優弥、42歳。職業は都営バスの運転手です。妻と娘2人います。
こんな感じですかね。
ありがとうございます。
じゃあ浩二さん、ちょっと紹介お願いします。
大原浩二、53歳。東京都出身です。隣の佐藤優弥さんと同じ職場で働いておりまして、
辻風にはたまに参加させていただいております。
学生の頃から運動は好きで、今ランニングは特に記録を狙うというよりも、
どちらかというと健康のために走っているという感じですね。
趣味は読書で、料理もたまにやったりします。
今日はよろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
優弥さん、浩二さんって今日お呼びしようと思うんですけど、辻風のハンドルネームで、
お二人とも私も辻風アスリートクラブで一緒に練習している仲なんですけど、
今浩二さんからお話しあったように、お二人は同じ職場ということで、
どういう職場でご関係なんですか。
一応同じ常務員なので、一緒にバスの運転をしている関係です。
同じ職場、営業所が一緒ということもあるので、
バスの特殊な勤務というか、昼休みが長かったりするものですから、
そこで一緒に走っているとかをしています。
今日ね、偉くなっちゃったからね。
なんかこう、二人とも仲いいなと思って。
仲いいですよ。
03:02
なので、今日はそうですね、そういう話も聞ければなと思っているんですけど、
優弥さん、浩二さんそれぞれ、ランニング繋がりで今回聞いていただいて、
それまでのバックボーンというか、学生時代どんなことをやっていたとか、
今ランニングするとか、今の仕事に疲れるまでどんなことをやっていたのかというところを
ちょっとお聞きできればなと思っております。
じゃあ、優弥さんからちょっとお聞きできればなと思っているんですけど、
学生時代どういうスポーツをやっていたとか、その辺りから。
学生時代は本当に小中までしかやっていなかったんですけど、サッカー部に所属していて、
高校とか何もしていなくて、
二十歳ぐらいからフットサルとかボクシングとかをするようになったぐらいですかね。
じゃあサッカー部で、ボクシングのキーワードが出たので、
そうなんですけど、プロのボクサーを。
そうなんですよ。全然弱かったですけど、
二十歳ぐらいから始めて、やめて、二十四ぐらいからまたやりだして、
その時働いていたのがエステティシャンで働いていたんですけど、
普通にプロボクサーになっても面白くないから、
エステティシャンで働きながら、プロボクサーいないかなと思って。
お金もらっちゃうんで、プロでもプロだと。
副業はダメだったんで、上の人に掛け持ってもらって、
ナンディハウスってエステで働いたんですよ。
ありますよね。
そこで、どうせやるならリングネームつけろみたいな。
その当時の部長が。
その時どうしますかみたいな話したら、
じゃあお前はダンディ佐藤でいけよ。
マジですか?みたいな。
それが今ですね。
ダンディ佐藤っていうリングネームで戦ってたんですけど、
キャッチフレーズじゃないですけど、
戦うエステテシャンみたいな。
あれですね、すいません。
いきなりだいぶ吹っ飛ばしちゃったんですけど、
ボクサーやってた、目指す前にちょっと巻き戻すんですけど、
サッカーとかやってた時は、もともと運動は好きだったんですか?
そうですね、サッカーは全然上手くなかったんですけど、
走るのは割と早い子だったので、部活の中は。
06:04
そういうのも多少今つながってるのかなって。
ポジションはどこだったんですか?
フォワードです。
それをしょっちゅうやってて、
全然部活なんかしたくもないと思ったので、高校の頃は。
分かんないですね、またやりたくなるんですね。
運動というかね。
で、高校時代は特に。
全然バイトばっかだったんで。
なんでそこからやろうって。
久しぶりにボクシングを始めたきっかけって何かなって思った。
何だった?そうだ思い出したと思って。
喧嘩とかで強くなるとかじゃなくて、
強い人間になりたかったんですよ。
いろんな意味で。
なんかちょっと臭いですけどね。
どういう感じなのかなって。
精神的にも強いってことですね。
精神的にも強くなれたと思います、本当に。
じゃあ肉体的にも鍛えて。
そうですね、メンタルというか。
逆境にこう。
そうですね。
いろんな意味で。
今までそんなに頑張ったことなかったんですよ。
人生で。
そういうのも欲しいなと思って。
ちょっと一回こう本当に全力で。
全力ではそうですね。
さっき言ったエステティシャンをやりながらボクシングしてる人は多分いないと思ったんで。
いなそう。
そうですね、はい。
それは何か目指しているボクサーのイメージとか。
よく漫画とかもあるじゃないですか。
始めの一歩とか。
ああいうのは。
世界チャンピオン、ジムが大きかったんで。
もちろん世界チャンピオンの方もいましたけど。
私は本当にそういう感じにはなれないって最初から思ってたし。
違うインパクトになる。
ボクサーになるんだったらって考えた時に。
エスティシャンボクサーってあんまりいないなと思って。
そういう感じでやってましたボクシングは。
まあ結構辛かったですけど。
大変ですよね。
弱かったですけど。
じゃあ明日のジョーとか始めの一歩とか、あとは世界チャンピオンとかに憧れてっていうよりも。
今本当におっしゃってるように。
そうですね、何かインパクトが。
そうですね。
どのくらい練習をしてプロになったんですか?
千葉でちょっとやってたんですけど。
その時プロテスト一回落ちて、もう一回何年か経った時に受けようとしたんですよ。
やっぱりどうせやるならと思って。
その時はプロテストであなた受けれます。
09:02
で、大きいジムに行った時に、いやそんなんじゃ受けれないよって。
それから1年半ですね。
そんなんじゃ受けれないっていうのは。
レベル的に。
そうすると多分もっと強い人もいるし。
その言葉もあって、さらに本気になったんですか?
そうですね。
働きながらだったんで、最初は毎日行けなかったんですけど。
職場の協力もあって、最終的にはプロになってリングに上がれたんで。
そこは良かったかなと。
康二さんはそういう話って夕屋さんからよく聞いたりしてるんですか?
そうです。
私の父親が昔ボクシングやってて。
ネックラージムのところでやってまして。
それも橋本もお前もやれなんていう話もあったんですけど。
僕はどうも格闘技は苦手でやったことないんですけど。
会社の体育館なんですけど、そこでスパーリング2分くらいやったんですよ。
マラソンよりきついですか?
体力あるからね。動けますねやっぱ。
サウスポー。
じゃあギアつけて。
僕は手出させてないですけど。
面白かったです。
マラソンよりもきついですか?2分間。
結構動きが走るのと違う筋肉を使うのか。
意外と大変です。本当は3分じゃないですか。1ラウンド3分なので。
2分だけでも結構いい運動ですよね。
確かに。
じゃあトレーニングは何が一番大変でした?
大変?辛いです。
辛いやつ?
辛いのはスパーリングですね。
スパーリングってヘッドギアつけて殴り合うんですけど。
やっぱボコボコにされるんですよ。
相手はチャンピオンクラスの方もいい。
俺なんかは手でやってると思うんですけど、
俺からそれは本気でやっても全然歯が立たないし。
ボディーブローとかで何回ダウンしたか。
マジきついんですよ本当に。
そうですよね。本当に相手を倒すためにやってるわけじゃないですか。
そうですね。練習もそうですけど。
終わった後はなんかすがすがしいんですよね。
何なんですかね。
解放?
何か分かんないですけど。
それはちょっとラーニングに繋がる感じ?
何ですかね。
そうですね。
同じ拳を交えて繋ぐと、
そこからまた会話が自分の中で。
ジムメイトってやつが。
みんな黙々とやってるんで。
最初はどういう感じで話せばいいのかも分からなかったし。
でも私女性社会だったんですよ。
12:01
エステティシャンだから。
そこに変な感じでしたね。
休憩中だけジム行ってた。
休憩2時間もらってたのかな。
特別に。
その間に行ってて。
男臭いところからまた女性にもまれ。
僕スパークリングでは男性と女性と戦って。
楽しかったですよね。
不思議な。
仕事の間を縫って。
ラースター走って。
仕事が昼くらいから当時。
夕方の3時、4時くらいに行ってたのかな。
新宿で私は競泳ジムにいたんですけど。
多くもらったんで。
歩いて行って。
毎日そういう感じでしたね。
同期みたいなのっているんですか?
プロになるって。
一緒に受けたくらいの。
プロテストってガチンコファイトクラブとか見たことありますか?
見ましたね。確かに。
年一くらいなのかなって思ったら。
プロテストって確か月一くらいって言ってるんですよ。
同じくらいの時期に受けてデビューが同期みたいな。
そんな感じですかね。
何人くらい年間プロになるんですか?
何人くらいなんですかね。
何人くらいかわからないですけど、
プロボクサーって全体で3000人くらいしかいないんですよ。
多くないですね。
そうですね。
その中で試合する人は多分、
取って辞めちゃう人もいるんで。
プロボクサーのライセンスを取って辞めちゃう方もいるんで。
今はもうライセンス?
ライセンスっていうのは基本年一の更新なんですよ。
それを更新しないと剥奪っていうんですか。
一応肩書きと言ったら元になるんです。
元プロ。
それでプロでやってたのはどのくらいの期間なんですか?
プロでやってたのは本当に一年くらいですよね。
それは一年で一旦区切りをつけたのは?
最後単価で運ばれて、
もう辞めようと思って。
ノックダウンですか。
次の日仕事したんですけどね。
同じこと3回くらい喋ってる。
後で言われたんですよね。
きっぱり辞めたんですよ。
その時は。
何年かくらいしたらまたやりたくなって。
それは思いました。
その時トバスに入っててもう一回やろうとしたんですけど。
もう一回プロ受けようかなと思って。
15:01
そうするとプロ受けるってなると、
私たちは公務員なんで。
その前に結婚してたんで。
妻知らないのにボクシングしてた時に会ってないんで。
そうなんですね。
引退してから出会ったんで。
妻に言ったら。
辞めとくって。
ラジオだったら離婚してからにしてて。
忘れて忘れられた。
俺そんな生ハンターね。
ちょっとやりたかったからね。
押し込んでアウト止めたんで。
仮に言うんですけど。
そこでいいよってなって彼にプロ受けて。
でもバス乗るって危ないですもんね。
お客さんの運転扱うからね。
プロとアマーの違いって、
今はヘッドギアつけてないですけどグローブの大きさとか。
あれをやった後に踏んでは危ないです。
事故にも繋がるんで。
アマチュアで出られてる方いますけどね。
キックボクサーとか。
別の営業所とか。
なるほど。
アマチュア大会。
前の営業所でいましたけど。
プロは本気でトップ目指してる人とかもいるし。
そうですね。
そういう人と戦う時に本当にすごい。
本当そうですよね。
25歳くらいですか?
26歳で取ったんですか?
なるほど。
26歳で27歳くらいまでかけて。
そうですね。
2戦しかしてないですけど。
2戦2敗です。
すごい。なかなかない人生経験。
いい経験でしたね。
なるほど。
別に2戦2敗の4回戦なんで。
ボクシングは語れないですけど。
ボクシングやってる人からすら本当に申し訳ないぐらい。
プロボクサーでしたけど。
やってる方からすればハァみたいな感じで。
目指そうと思うのがすごいな。
気持ちがあれば大丈夫です。プロボクサーだったら。
もちろん行けますよ。
行ける?
行ける。
いいパッチ持ってきたね。
コーチさんのお父さんはプロを目指してたとかそういうことですか?
父親は大学で通いながらユニクロジムにずっと通ってて。
名門ですもんね。
父親は見たことないんですけど。
コーラ圏ホールによく見に行ったりとか。
18:04
父親じゃないし試合見に行ったりとか。
リングサイドで見たりとかして。
覚えてるもんなんですか?
うーん、じゃないかな。
コーチさん自身もお父さんと一緒にコーラ圏ホールに観戦に?
観戦に行ったりはしたんですけど。
僕自身はやろうとは思わなかったです。
いいパンチ持ってましたよね。
一旦プロを辞めてそこから運動とかやってたんですか?
トバスに入ったのが10年くらい前なんですけど。
前は結構忙しかったんで。
トバスに入って休憩とか長いんですよね。
休憩中に走ったりして。
初めてフルマラソンを走ったのが2004年の時。
ちょうど20歳、21歳くらいか。
初めて走ったんですよ、このルールマラソン。
それから特に走ってなくて。
2016年の東京マラソン。
確か久しぶりに走ったのかな。
それなんで東京マラソン走ろうと思ったんですか?
応募したら当たったんで。
時間あるから休憩中走ってて。
フルマラソンは一回だけ走ったことがあるんですけど。
今はどんな感じなのかなって。
初めて走ったこのルールマラソンってまだプロボクサーじゃなかったんで。
父と一緒に完走するという目標に5時間20分ぐらいあったかな。
東京マラソンはどのくらいのタイム?
あれは3時間56分ぐらいあったかな。
早いですよね、久しぶりにしたら。
どうですかね。
その時は45分ぐらいあったのかな、当時。
なんか垂れちゃって。
東京マラソンに向けて練習したんですか?
そうですね、自分なりに。
ただ別に練習会とか、単発の行くぐらいで。
そういう辻風みたいな毎週は行ったことがなかったです。
そういう単発の練習イベントと。
自分で走る。
その後は、2016年東京マラソンに出た後は。
シーズン1回出るか出ないかぐらい。
4年前に出したPVが3時間19分なんですけど。
それから特にベスト出てない。
今は3時間10分、15分を目指してるんですけど。
21:04
それ何の大会だったんですか?
本当にマイナーなマラソンなんですけど。
東大島マラソンっていう、家の近くの荒川の土手でやる。
30人しか出てなかったです。
マイナーです。
何週もするやつ?
何週もするやつです。家族が家近かったんで。
そこに行くとジェールとか渡してくれるんですよ。
それぐらいですね。
そういうこと?大会中をサポートしてくれるんですか?
グルグル回るから何回もある。
この時間みたいなのを教えておいて。
その前は結構練習してたんですね。
そうですね。コーチさんとも休憩中。
その時はまだ一緒に走ってました。
その頃は辻風に入ってたんですか?
入ってないです。
お二人で他の仲間の方と?
休みの日一緒に箱根の山行ったり。
足柄峠行ったり。
結構走ってましたね。
それが4年前ぐらい。
その後コロナ入りますね。
そうですね。
大会とか中止になっちゃったりとか。
スクーバーマラソンも3年連続で申し込んでたんですけど、
怪我とか家の事情だったりとかで出れなかった。
乾燥したことないですよね。スクーバーマラソンは特に。
それは3年連続スタートできなかったっていう。
一回は一緒に走りましたよね。
で、ハーフで辞めました。
ハーフで辞めました。
総力不足で。
あと2回は怪我とかいろいろ出れなかったり。
それでいつもの辻風には入りましたか?
辻風に入ったのが最初私で、
2024年1月ぐらいだったかな。
24年の東京マラソンに出る予定だったんです。
その前に、
その職場に当時女性で走る人がいたんですけど、
その方は昔辻風に入ってたみたいで。
その人に、そういうチームがあるから行ってみればみたいな。
それが1月だったかな。
それで初めて行ったのがきっかけですね。
それは火曜日の練習?
そうそうそうですね。まだ小田が工事に入る前。
1ヶ月後ぐらいに来ましたね。
24:02
なるほどなるほど。
そういう流れですか。
ありがとうございます。
ゆうやさんは、そういう経歴っていうか偏見を得て、
辻風に入ってきたということで、
次は工事さんのお話も聞いていければなと思うんですけど、
学生時代どういう運動をされていたとか、
その辺りから聞いていただけますか。
私は中学校の時に野球部に入ってまして、
入ったのも単純で、担任が野球部の監督だったので、
野球自体はやったことがなかったので、
たまたま野球部に入って、
中学校の裏に羽木公園っていう公園があるんですけど、
そこで練習前に、1キロぐらいあると思うんですけど、
そこを3週とか、土曜日の練習の時は10週とか、
ランニングをしてから野球で練習を入るんですけど、
そういうのをやっている時に、
野球はもちろんレギュラー3年が取れなかったんですけど、
走るのはだんだん好きになってきて、
高校受験する時に400mトラックがあるところを探して、
そこの学校を受験して受けて、
高校の時はずっと陸上部、長距離でずっとやっていました。
部員が長距離だと10人ぐらいしかいなかったものですから、
陸上大会がありまして、
3000mとか5000mとか1500mとか800mとか出れるんですけど、
大体1種目3名ぐらいしか出れないんですけど、
先輩たち早いので3000mとか5000mとか申し込んでいるんですね。
残ると大体800mしか残らなくて、
誰もやらない競技なので、
キスでいっつも残っていて、
800mしか出れないから800mをやろうということで、
高校時代はずっと800m専門で、
そこなんですね。
出れないところで、たまにマイルリレー、
決戦が出たら出たりとか、
そのまま大学も入って、
大学でも800m専門でずっとやっていたのが、
ほとんどはトラック競技しかやったことがなかったですね。
大学の時に1回川口コマラソンというのが出たんですけど、
その時、一番早かった時は2時間52分だったかな。
27:00
それ以降はもう2時間だよと出したことがない。
スタートのペースはどれくらいだったんですか?
3分で15分くらいで。
ペース間違えた。
いつも1000mの練習を、
1000mで10本とか20本という練習をよくやっていて、
大体3分で走っていたんですよね。
3分で普段練習をやっていたので、
10km以上走ったことがなかったので、
とりあえずスタートして、
25kmくらいで死ぬなと思って、
それで歩き出して、
3分15分ってそのまま行ったらとんでもないタイミングで、
全然途中のまま行ったんですよ。
ダメだと思って、1kmくらい結構歩いて、
それであとはちょっとペースを落として、
3時間切っているんですね。
それぐらいですよ。それが最初のマラソンで。
学生の時ってあまりロードを走っちゃダメって言われてた。
足の骨が柔らかいうちはコンクリートが衝撃が大きいから。
昔は僕らの時は35歳までは
外のコンクリートを走っちゃダメっていうのは
昔言われてたので、そこまではやったことがなかったので。
そこをやって、もう社会人になってからは
本当に陸上の大会自体が出れなくなったので、
あとは市民マラソン、フルマラソンで4回走って、
ハーフを月1くらいで出てたぐらいのペースでやってた感じですね。
そうなんですね。
中学校の野球部、結構走らされる。
そう、昔の野球部でも足腰だから走らされるのがやっぱり。
特にレギュラーじゃなかったので、いつも走ってる。
校舎の周りとか。球拾いもあるんですけど、走るのが結構あって。
それでやると、走るのが割と得意だったんですかね。
野球は下手くそなんですけど。
同じですね。
そういうことですね。
球技はやっぱり苦手だったので。
職場の野球部うまいですよ。
職場も野球部やってますね。
私も野球部やったんですよ。
だから一緒なんですよ。野球部なのに走らされるとか。
それがライミングの体制になっていく。
そうね、ありますよね。
でも冬場だったんですよ、走るのって大体。
季節関係なく。
基本的に最初にトレーニングの練習の前は走るというのがあって、
そこから野球の練習に入ってくるという。
それはすごいな。
だって1キロ×10本なんて、普通に陸上部の練習ですね。
30:02
そうですよね。
そこから野球の練習が始まるんですからね。
すごい。
でもそこで、野球部の中では先頭の方を走ったんですね。
そう、野球の時は全然普通に上位のところにはいて、
長くなる距離に従ってだんだん速くなってくるので、
それぐらい得意だったかなというのは。
その当時だから結構走るのいいなと思って。
というのがありましたね。
なるほど。
それで400トラックのあるところを探して。
多摩の奥地にありまして。
想像のないものなんですか?
400のトラックはあんまりないですからね。
割れてみれば、学校のグランドはあっても陸上トラックってそうですよね。
確かに、都内のほうが特にそうですよね。
多摩センターの奥の方にあるんですけど、
そこまで帰ってわざわざ電車に乗って帰って、
慶応戦で帰ってましたね。
そうですか。
高校時代は大学も高校も800専門ということで、
何か思い出に残っているレースとかってあります?
関東大会で全国ギエルというところまで来て、
2分の壁というのがあって、なかなか2分切れなくて。
練習では1分59とか8とかで出ていたんですけど、
なかなか大会では出なくて。
関東大会の最終の時に1分58が出たというのがあって、
そこまでは出て、あとは全国大会で予選を打っちゃったんですけど。
インターハイですよね。
高校時代の全国大会で。
西京国まで行ったんですけど、
あとはそこは全然レベルのあれが違うんですよ。
でもすごいですね。
800メートル2分だと200メートル何秒かだったかな。
大体30秒。
1本目は50速とかで走る。
次2本目が垂れるんで、1本目は大体56か57で行けって言われて、
次の2周目が2分で、6秒くらい打ちると2分、3秒とか。
大体その辺の攻防で。
垂れてくるんですか?
2本目は速くなかなかならないですね。
1本目が、1本目って1周目?
400メートルを一杯目に行くけど、2本目はやっぱり後半垂れてくるから。
で、ラストの200が勝負という。
そういう走りなんですかね。
200メートル30秒はちょっと信じられない。
めちゃくちゃ速いですよね。
50メートルで行ったら7秒半?
33:02
100メートルの15秒ですね。
7秒半ってことですね。
それを…
すごいですね。
私はトラック1キロは多分3分30くらいが限界なんですよ。
そうなんですか?
3分20くらいっていう感じ。
200メートル44秒とかだと思うんですよね。
だから30秒って信じられない。
信じられないですよね。
その時は本当にやったって感じですよね。
2分を切れた時はね。
かっこいい。
あれはあの時は切れる。
なかなか練習もしたけど、なかなか切れないんですよね。
2分の壁が結構あって。
切れた時はやっぱり練習してたから。
ただ最終の大会の前とか、
決勝戦のスタートの前にトイレに行って、
トイレに行った時に隣に同期生が一緒にトイレに行ったんですけど、
バーっと血尿が出ちゃって。
便器がこうなっちゃって。
大丈夫かとか言われて、
ナイスショットしとけ!ナイスショットしとけ!
バレたら出られるだろうかなって。
全然無理矢理出たんですけど。
それぐらい激しい練習をしてましたね。
体がもうサイオン?
本当にヤバかったみたいな時は。
高校3年の時だった。
スポコンですね。
あの当時の。
それは本当に精神的にも結構鍛えられた感じはありますか?
そうですね。
だいたい800点12、3人でスタートして、
僕らの時はセパレートじゃなくて、
一斉に並んでバーっと行くんで、
ガチャガチャガチャってなるんですけど、
速い人もいるし遅い人もいるし、
競馬のレースと一緒で速ければ。
位置取りが大事で。
速く出ちゃう人もいるんで、
それともちょっと中段から後ろぐらいに構えるとか、
そしたら前の方の4番手とか3番手くらいに行って、
かつレースをするという感じです。
取り方も大事。
そういうのもあって、そういうのもしたから。
3分15で20キロまで走ったら、
箱根起点とかはどうなんですか?
箱根のレベルはどうなんですか?
箱根はやっぱり3分フラットぐらいの刻みで行かないと、
大学の時も箱根起点の大学内の予選があるんですけど、
僕の時代だったんですけど、
130人くらい部員がいて、
基本は20人出れるんですけど、
36:00
補欠を選ぶっていうのがあって、
夜の1時とか2時くらいに湘南海岸のところで
20キロタイムトライアルをやるんですけど、
湘南海岸なんですよ。
で、補欠を選ぶっていうか、
20人は補欠も入ってるんですけど、
もう1個下の段階の。
層がすごいですね、やっぱり大学が大学だから。
それに参加されたんですか?
それ1回参加したことあります。
でもそれはもう全然。
平気当時でも早かったわけじゃないですか。
それでも全然。
半分くらいがセレクションで、
いろんな大学に入ってくるから、
レベルが桁違い。
俺はもう下の方の。
3分15で。
全然全然。
それは何キロのトライアルなんですか?
29時間。
タイムって覚えてます?
タイムね、どれだったかな。
1時間10分って、
そんなにもっと1桁だと思いますけど、
後半の1桁。
早いですね。
確かそんなぐらいだった。
それ1回しかやってないけど。
それじゃあもう本当に、
学生時代はもうガッツリ育児をやられていて。
やってたんですね。
その後、社会人になられてからどんな感じだったんですか?
大学その時、
僕らの1個前の世代からバブルが弾けて、
2年目だったんですけど、
4月就職決まって、
レイト職員の会社に就職しまして、
その後、全然練習してなくて、
会社の5歳上の先輩と10歳上の先輩が、
取引先と一緒に駅伝のチームを作ってた。
年2回鶴見川のところを走る駅伝がありまして、
年2回だからちょっとお前も入るよなんつって言われて、
そのチームに入って、
100人くらいいたのかな、前世紀は。
チーム自体は3チームとか4チームとか出て、
駅伝7区間で42キロフルを走るやつで、
俺も全然練習しないで、
その駅伝チームに参加して、
3チームとか4チーム、
だいたい同じタイムでゴールするように、
早い遅いないように、
最終的には3時間半ぐらいでみんなゴールできるように、
割り振って、
私も最終アンカーの10キロか何かやったんですけど、
その時に、
日大の陸上部が来るからって、
何者入りのセゲロが来るって言って、
俺最終アンカーで、
チーム的にはビリだったんですよ。
あいつ最後抜いてくるよなんつって、
っていうストーリーがあって、
下流まで500メートル間1キロ行って、
39:00
上流戻ってくると、
スタート地点のところで応援があると、
また上流行って帰ってくるんですけど、
その時に、
ずいぶんゆっくり走ってるなみたいな、
日大の陸上部って言ったら、
ゆっくり走ってるなみたいな、
そのまま誰も抜かせず、
そのまま戻ってきて、
むしろ距離もちょっとあるよね。
話と違えた。
あいつは陸上部だったって言ってたのに、
全然違うぞみたいな話になって、
2年間、1年半くらいだったかな、
ブランクがあったんですけど、
全然走ってなくて、
さすがに走れないときはきつかったですね。
そこからはもう、
堕落ですかね。
そこからはもう、
インターの話はどうだったんですか?
見る影もなくなってしまったという、
今の状況ですね。
本当に情けないというか、
ケロは好きで走ってますもんね。
そうそう。
ユウヤさんとか一緒に走ってくれる人がいるから、
気持ちがね、
走りましょうって言ってくれるんで、
今はそこで、
一緒に走ってもらって、
カレーみたいなのがいないので、
多分やってないから、
スモートレーみたいになってる。
そうなんですか。
昔がね、すごすぎたっていうのはあるんで。
確かにそうですよね。
じゃあそこからは、
毎年マラソンはたまに出てるみたいな感じですか?
そうですよね。
フルは年に3回、
毎年ね、北海道マラソンは必ず出てるんですよ。
あ、そうなんですね。
先輩が北海道にいます。
これって何十年続いてるんですか?
25年ぐらい続いてるから。
連続でね。
すごいですよね。
社会人になって2年目ぐらいから出てます。
私も2年前のドーマラには出たんですけど、
30度ぐらいあったらすごく暑かったです。
雨が。
あれもひどかったですよね。
あれ宮崎さんどれぐらいのタイプだったんですか?
あれはね、3時間15分ぐらい。
途中で雨がね、
土砂降りになっちゃって、
すごかったです。
15キロぐらいまででもうやばいと思っていました。
それは目標はどれぐらいだったんですか?
宮崎さん当時の。
その時はサブスリー消えてたので、
夏のマラソンは出たことがなかったので、
3時間5分ぐらいで行けたらいいなと。
雨過ぎでしたもんね。
違うんですね。
きついね、あれ結構。
4分15のペースで10キロぐらいまで行ったら、
もう頭が暗くなる。
危険、危険。
でも北海道マラソンいいですね。
いいですね、俺も結構好きです。
おすすめです。
何がおすすめなんですか?
そんなにアップダウンもないし、
42:02
暑さはあるけど、
気持ちいいですよ。
そうなんですか。
途中ずっと日差しばっかり浴びるところもあって、
20キロぐらいから26キロで折り返してくるんですけど、
その辺はちょっときついけど、
結構出られてる方多いですよね。
多いです。
盛り上がりますね。
シーズン初ですよね、あれ。
夏のあれではないですもんね。
夏の第4週目の日曜日。
あと観光ができるところもあるし、札幌。
あそこも北海道大学の中を走るんですよ。
最後のコンテンツ。
あ、そうなんですね。
今回、筑波は中盤で終わったイメージがあったんですけど、
最後だからちょっと頑張れるみたいな。
だんだん年々タイムも落ちてきて、
昔は4時間だったんですよ。
真駒内でスタートして中島公園がゴールというのがあって、
その時4時間だったんですけど、
今は6時間です。
暑いですか?
6時間だと6時間で走ろうと思えばいいから。
そうなっちゃうよね。
これで、ゆうやさんと同じ職場、
だからこいさんのが先に働いたんですか?
いや、極力も佐藤さんのが長い。
トマース時代は私のが長いんですけど、
どんどん出世しちゃったんで。
出世する前から顔が部長みたいな。
許可取れますか?部長くんですから。
知り合ったのは5年前ぐらいですか?
そうなんですよ。
都営バスでオリンピックができるって言って、
新しい営業所を作ろうって20何年ぶりに作ろうみたいな。
私はそこの2年、できて2年目で行ったんですけど、
小原さん、康二さんはその時に入ったんですよ。
できた後に入ってすぐ。
うちらでやって5年ぐらいですか?
そうなんですね。
そういう順番もあってすごく仲いいんですね。
そうかもしれないですね。
最初から先輩で、
もしかしたらちょっと違ってたかもしれないですけど。
会社のランニングサークルみたいなのもあるんですか?
ランニングクラブ部長ですよね。
部長だと。
なかなかみんなで集まってっていうのは勤務的にあるんで、
集まって時間があれば昼休み走ったりとか。
会社に24時間ブローがあるんで、
45:03
走った後に朝来て入れるし、
朝走ってきてお風呂入ってまた勤務行けたりとか。
昼も別に走ってね。
休みの日とか何もなければ誘って、
職場でお風呂入って。
それはいいですね。
前は僕選べなかったんで一緒に走ったりとかして、
昼間走ってとかで午後また運転やってみたいな感じでやってたから。
走れたら練習はできたんですけど。
仕事とか仕事とかじゃないですよ。
夜の付き合いも増えちゃったもんですけど。
なかなか走るって言い訳なんですけど。
だけどコウジさん5年前に会って、
私と喋ったときに3時間を切りたいって言ってたんですよ。
それまじで今でも忘れないですから。何回も言いますけど。
まだまだいける。
3時間もう一回切りたい。
もう一回切りたいね。
5時間切るのがやってるから。
楽しくね。楽しく。
この前公務員の駅伝出たんですよね。
ずっとそのあるって言うのは知ってたんですけど、なかなか出る機会なくて。
ちゃんとランニングのシャツ作ってるんですけど。
一緒に走って。
で、合計一周を4人4組まで。
私は1組で。
で、コウジさん4組。
頑張って走ってましたね。
4分切ったね。
19分。
辻風のおかげで。
あそこだいたい5キロ弱くらいじゃないですか。
合計一周4.9。
そうですよね。
5キロちょっとないくらい。
今まで20分切ったことなかったんで。
そこで一周でちょっと自分のガービー。
20分切れたんで。
スピードはやっぱ辻風のおかげかなって。
あとはフルのタイムがついてくれば。
それは成績どうでした?
36チーム中最初の私の1組は9位。
すごい。
1位2位は15分台ですね。
15分台でしたね。
あれは早いですね。
15分で2人いたかな。
2人いましたね。
15分40。
で、コウジさんが5棒抜きですか?
5棒抜かれでしたね。
5棒抜かれましたね。
鬼のように抜かれて。
でも25分切れるかなと思ったら25分3秒。
ギリギリ。
ラスト4人で走ってるから。
3人200メートルくらいの手前でコウジさんをケツ叩く。
桜田門の手前くらいで。
直線。
そこでもう垂れそうだなと思った時に
3人が見えて。
うわーうるさい。
うわーうるさい。
あれちょっと頑張ったんですか?
48:02
頑張って。
駅伝楽しいですね。
楽しいですね。初めて会ったんで。
あれ初めて会ったんですよ。駅伝走ったの。
人生で。
最初は助け作ってくれて。
本当にね。
紐の状態で渡されるんで。
分かんないじゃないですか。
うまい。上手。
走ってて思いました。
こうやってやるんだ。
それは分かんなかったですけど。
調整の仕方とか。
ただの結んでたら手立てたら嫌ですもんね。
楽しかったです。来年も頑張りましょう。
なんかちょっと緊張感あってね。
緊張しますよね。
みんな速い。みんなでもないですけど。
速い人が多いんで。
みんな見てるしね。
そうですね。
いつ来るか。いつ来るかっていうね。
あれが結構ね。何分後に来るなーみたいなね。
待ってて驚いてる。
あれいいですよね。あの緊張感がちょっといいですよね。
いいですね。楽しいですね。
13位ですよね。確か。
そう。13位。
1位が教育長ですね。
教育長か。教育長。
早いね。やっぱり早かった。
先生なんですかね。
先生の関係の頭にもいられた。
4分、気を読んでいけたらいいですね。
そうですね。目標にしてたんでそれは嬉しかったですね。
素晴らしいです。
で、康二さんは湯谷さんに誘われて辻風に。
そうです。
それが2024年。
2月か3月ぐらいでしたよね。
入って、小田から始めた。小田のところで練習を始めた。
東京マラソンの打ち上げ聞いてました。
東京マラソンは出ないけど打ち上げで。
打ち上げは聞いてましたもんね。
ありがとうございます。
2人の学生時代の話とかすごい面白かったです。
あと辻風に入るまでのところも聞けましたので、
ちょっとまずこの回はそのくらいで、
また次回入ってからのランニングライフについて聞いてみたいと思いますので、
今回はこれで終わりたいと思います。
どうもありがとうございました。
今回もご視聴ありがとうございました。
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それでは良い一日をお過ごしください。
また次回お会いしましょう。