ピアノレッスンの重要性
皆さん、おはようございます。わだきなこです。
今日は雑談回をお話ししていこうと思います。
昨日ね、ピアノのレッスンがあったので、
それの感想というか、自分の思ったことっていうのを
アウトプットしていけたらなと思っておりますので、
何卒お付き合いください。
レッスンを通してのテーマっていうのが、
自分の毎日に感性っていうものを、自分の感覚だよね、
っていうものを、もっと大事にしてもやっぱりいいんだよな、
というようなものです。
それがピアノのレッスンを通して、
どういう気づきから、その気づき?
気づきからの気づきって変だね。
先生とのやりとりとか、その辺も含めて
お話しできたらなと思っております。
はい、じゃあ早速しゃべっていこうかな。
私、今、月に2回ほどピアノのレッスンを受けております。
オンラインのレッスンなんですよね。
そういう時代があるんだよね。
昔はピアノって言ったら、たぶんピアノカバン下げてさ、
音楽と感性
先生のところに直接行って、
先生に教えてもらうっていうのが、
今もそれが主流だとは思うんですけれども、
テクノロジーが進化してね、
この先生からピアノのレッスンを受けたいって思ったら、
その先生がされていればの話ですが、
オンラインで、Zoomでレッスンを受けることができるんですね。
私も今、Zoomを通してですね、
先生から1時間レッスンを受けてます。
昔のピアノって言ったら、だいたい30分ぐらいだと思うの。
子供のレッスンとかもそうだよね。
大人クラスもそうだったかな、私が習ってた時。
けど、30分のレッスンももちろんね、
その先生もご用意されてるんですけど、
私は1ヶ月に2回だからね、
がっつり受けたくて、
その先生との吸収できる時間も欲しいっていうので、
1時間でお願いしてるんですけど、
またその大人のレッスンっていうのと、
子供のお稽古としてのピアノっていうのは、
ちょっとまた違うんやなっていうのを最近改めて感じてて、
大人の趣味としてのピアノっていうのは、
別にコンクールに出るっていうわけでもなくて、
私の場合はね。
その人一人一人のピアノを習う目的っていうのがあると思うんですよね。
その目的、ゴールかなに向かって、
なるべく楽しみながらピアノができるようにという形で、
先生が伴奏してくれてるんですね。
もうピアノコーチみたいなもんですよね。
一つの大きな気づきっていうのが、
自分が曲を聴いていて感じたこととか、
音楽をピアノを弾いていて感じたこと、
なんとなくの違和感とか、
その辺は全部信じてあげていいんだよっていうことを、
改めてその先生から教わったんですね。
具体的にどの辺が違和感かっていうと、
今、課題曲がJ-POPで愛子のキラキラを弾いてるんですね。
おそらく来週かその次のレッスンぐらいで、
ちょっと次の課題曲に行こうかなと思うんですけれども、
そこで一つ私が最初に不読みをしているときに、
疑問をちょっとふと、
しかもめっちゃMめっちゃ変やんみたいな感じじゃなくて、
当時の私からしたらなんとなくの疑問だったんだけど、
それが何かっていうと、
サビに入ったときの音の高さが低いなって思ったんですよね。
愛子のキラキラの原曲をご存知の方だったら、
なんとなく伝わるかなと思うんですけれども、
結論先によってしまうと、
時としてJ-POPっていうのを、
ポップスですよね、をピアノで弾くときの、
サビってやっぱり一番盛り上がるじゃないですか。
サビに向かって、だんだんAメロ、Bメロっていうのが構成されていって、
サビでバーンと跳ねると思うんですけど、
このサビの音の高さっていうのをね、
よくよく、
なんて言ったらいいの、オクターブ。
オクターブってこれあれですよね。
ピアノとか音楽をされてない方だったら、
なんだカタカナばっかりやなと思うかもしれないんですけど、
音程の高さをもう1キー上げるみたいな感じかな。
そうそう、だから、
同じ童でも、
低い童と高い童ってあると思うんですけど、
音楽の原曲通りに弾く童のキーよりも、
もう1ステージ高い童で弾くっていうようなイメージですね。
そうすると、高い音ってやっぱり人間の耳に残りやすいから、
盛り上がった感みたいな、それっぽさ感っていうのが出るんですね。
浮き立つんですよね、よりサビのメロディーラインがね。
ただ、私が持っていた、昔購入したキラキラの楽譜は、
編曲者さんのこだわりなのか、
原曲のキーの高さ通りにサビも書いてるんですね。
そうなると、どうなってしまうかっていうと、
愛子のキラキラってサビに入る前に、
ちょっとしたワンフレーズがあるんですよね。
これからサビに行くでっていうような感じの盛り上がりみたいなのがあって、
そこでだんだん曲を大きさを強くしていって、
小さい音からだんだん大きくしていって、
バーンとサビに入る流れがあるんですけど、
それで浮き立つというか、浮き立つメロディーがパーンと来るのかなと思いきや、
ドア開けるで、ドア開けるで、開けるで、行くで、行くでって言って、
ドア閉めたみたいな。
キーがね、音がジャンジャンジャンって上がって、ダンって戻っちゃうんですよね。
だから弾いてて、あれ、なんかドア開けるでってめっちゃそれまでに宣言してたのに、
ドア閉めたみたいなね。
吉本新喜劇やったら、いや閉めんのかーいみたいなツッコミが入りそうなぐらいの、
吉田さんあたりのツッコミが入ってきそうですけれども、
いや閉めんのかーいみたいなね。
そうそうそう。
それでなんかあれって思いつつも、自分の中では違和感ってその程度だったんですよ、
その時はね。
なんかめちゃめちゃ大きなツッコミっていうよりは、あれぐらいの感じ。
やけど、これ多分もう1ステージ、1オクターブってね、
音楽用語でもいいんですけど、1オクターブ高くで弾いた方が、
なんかかわいい感、アイクラシさ感出るのにな、まあいっかと思ってね、
弾いてたら、ちょうど昨日先生が、これ本当は1オクターブ高い方がポップスってねって、
より盛り上がりが出てくるから、すごいもったいないなとは思うんですけど、
今回はこれでいきましょうか、みたいな話になったんですよ。
それで、やっぱり私って、私も同じこと思っとったんですよと、
後出しじゃんけんのようで卑怯ですけどね。
だけどなんかそういうもんなんかなと思って弾いてたんですって言ったら、
先生がその時すごい大事なことを教えてくれて、
音楽っていうのは、そもそももう感覚の世界、
ロジックとか音楽理論とかもあるけど、
でも結局は聴く時にどう聴くか、聴かせるかとか、
自分が弾く時にどんな音を奏でたいかとか、
奏でたいっていう主役が自分なんですよね。
あとは自分がその音楽を弾いた時に、原曲があった時に、
どんな音が鳴っていて欲しいのかとかね、裏でどんな音が鳴っていて欲しいか、
メロディーだけじゃないですよね。
皆さんもあると思うんですよ。この音楽J-POPが好きとか、
このクラシックが好きっていう時に、メロディーラインのここも好きなんだけど、
ここのバックで鳴ってるベースがかっこいいとかね、
ここのドラムのリズムがかっこいいとかあるじゃないですか。
その鳴って欲しい感、感覚っていうものはだいたい合ってるんですよって言ってくれて、
だからこれまでにも実はいろんな違和感っていうものはあったんですよね。
これここじゃなくて、こっちの音の方がなんとなく響き綺麗な気がすんねんけど、
まあいいかって言って、自分の中でのちっちゃな違和感っていうのをスルーして、
とりあえず楽譜通りに弾こうってやっていった結果、後から先生に、
これ実はこっちの方がいいんだよな、感覚的には、僕的にはですけど、
っていう話になった時に、実はそれっていうのがもう3,4回目ぐらいだったんですよね。
だからティナコさんと、自分の感覚っていうのはもう音楽の世界だから、
もうぜひ信じてあげてくださいっていうふうに言ってくれたんですね。
それはだいたい合ってると思ってもらっていいと。
だから自分の中の感じたもの、誤感っていうもの、特に音楽に関しては聴覚になりますけれどもね、
そこの感覚っていうのはもう100%正しいと思うぐらいでちょうどいいと。
それをスルーしないことで自分の感性っていうものが磨かれてくるからっていうふうに言っていただいたんですね。
日常生活の違和感
だから自分の中のこう弾きたい、これがなっていてほしい、これってこっちじゃないっていうものって、
何も音楽だけの話じゃなくて、自分の毎日の暮らし方でもちょっとした違和感ってあると思うんですね。
だけど私たちって時として潜在意識の方がやっぱり優位に立つから、
あれ?こっちじゃなくない?とか正直これちょっと嫌やなって思うことってあると思うんですけど、
でもやっぱり自分たちは今まで通りの過ごし方を優先する傾向にあるんですよね。
人間って変化を嫌うからね。
そうなった時こそ自分の中に生まれる小さな違和感こそ大事に、小さな感覚ですよね。
その感覚を大事にして、それは良いとか悪いとかっていうジャッジではなくて、そうすると苦しみが生まれますから、
自分にとってそれが良いか悪いかは置いといてね。
自分にとってより快適なのはどちらなんだろう?
自分にとってよりそれを選んだ結果ね、自分の心がワクワクするのはどっちなんだろう?
っていうのをピアノを通してね、改めてそうだよなコーチングとか生き方とかあり方でも、
結局自分の中のなんとなくの違和感、本当は私ってどうしたかったんだっけ?
本当の私の心地良さって何だったっけ?っていう、そのきっかけはすごいちっちゃな違和感かもしれないけど、
でもそれを深掘りしていった結果、あ、そっかと、あの時の違和感っていうのは全然どうでもいいことではなくて、
あの違和感がきっかけで深掘ったからこそ、この自分の進む方向の転換っていうものがメッセージとしてね、
メッセージとしてっていうとね、なんか私がすごい力持ってるみたいな言い方ですけど、そういうことじゃなくてね、
そうそうそうそう、あの気づきとかね、そういう自分の中の心に生まれてくるものに、本当に人間ってね互換で生きてる生き物ですから、
多分ね、こうすれば絶対に成功するっていう、たった唯一の正解っていうのは私はないと思っていて、
その人一人一人にとっての幸せってその人が決めるもの。
だから、とにかく他人に言われるものでもないと思うんですよね。だからこそ自分の中で生まれる違和感。
で、とはいえあの人はこう言ってたしなーっていうのも大事だけれども、だけど私はどう思うんだろう。
私はどう思うだけじゃないね。感じるの方がいいかな。考えるになるとどうしても思考型になっちゃうから、
自分ではない情報をあたかも自分の気持ちのように取り入れてしまうこともあると思うので、
なのでピアノと同じで、あれ?なんかここ変やなっていうその感覚、どう感じるかっていうのを日々、
自分の中の違和感っていうのを大切にして生きることで、今までは見落としていた自分の天気とかチャンスとか、
そういうものに気づけるんじゃないか。そしてそれを受け入れることを何よりも許可してあげることがすごく大事なんだなって改めて思ったんですね。
基礎練習の大切さ
というので、今日はピアノのレッスンを通してね、私は今回で言うとね、サビのオクターブの高さの違和感っていうところだったんですけれども、
そう振り返ってみればいろんな違和感っていうのを感じたけれどもそれをスルーしてきた。だけどそれが5回目ぐらいになって、
いよいよ先生にね、怒られたとかじゃないんですよ。もう絶対それ信じてくださいねってめちゃくちゃその感性素晴らしいですよっていう風に言ってくれて、
自分の中でちゃんとセンサーは仕事してくれたけど、改めてそこに光を当てていいんだよっていうのを先生の言葉を通して気づいたっていうようなエピソードでした。
もう一つ、これは何に対しても言えることかもしれないんだけど、課題曲の取り組み方についての姿勢や在り方っていうのも改めてハッとさせられたことがあって、
昔ってね、私が習ってた音楽教室は課題曲4つあったんですよね。4つあって、他にやってるうちに飽きてきたりとか、昔ながらの音楽教室のやり方、
昔ながらって言うとちょっと悪い意味ではなくてね、やっぱり基礎を磨かないといけないから、例えばJ-POPのあれが弾きたいって言っても、それを弾ける技術がないと始まらないから、
技術を磨くために音楽ではない、なんて言ったらいいの?基礎練習みたいな、運動部で言うと走り込みみたいなやつですね。
自分は打席に立ってバットを振りたいんだって言っても、とりあえず走ってこいみたいな、その走り込みの方ですね。腹筋とか筋トレとか。
それは無視したら、絶対その打席に立った時に結局そこの基礎練習が、サボってたのが全部出てしまうじゃないですか。
だからその基礎練習っていうところを、私が大体ね、基礎練習系のやつが3曲で、最後に1個、自由曲、課題曲っていう4曲を小さい時やってたんですよね。
ハノンとかではなかったんですよね。たぶんセルニーとかやったかな、当時。そうそうそうそう。っていうのを何曲か、指先の練習とか、
指の動きですよね、指の動きとか、こういう技術を磨くための曲みたいな。メロディーっていうよりも、もうなんかドレミファソファミレ、ドレミファソファミレみたいな、そういうやつ。
ただね、私は飽き性なので飽きるんですよね。そうなると何かっていうとね、すぐJ-POPが弾きたいっていうふうに言ってね、そっちの気持ちばかりに行くんですよ。
それは全然正直な気持ちだと思うんですけれども、ただなんかその時の、なんて言ったらいいのかな、最後までやりきらんと、いくらそこに飽きたとしても、
それをやり込まないと次にいけないっていうものの、当時のルールっていうのをこじらせにこじらせすぎて、私は今のピアノレッスンにもそれははめ込んでいたからね。
愛子のキラキラもね、3ヶ月ぐらい弾いてるんですよね。1曲だけにしてたんです、課題曲を。最初は期日が決まっててね、ゼルダの曲を2ヶ月で仕上げて、
シドニーで弾くっていう目標があったから、もう課題曲それ1本に絞って、めちゃくちゃ先生に教えまくってもらったんですけど、それが終わって、
じゃあ1ヶ月に1曲ぐらいのなんとなくな目標はあったけど、じゃあ絶対にシドニーで弾くぐらいの期限設定はしてなかったから、なんとなく愛子をずっとこう習ってた感じがあって、
やっぱりやればやるほど完成度っていうのはどんどんゴールは更新されていくから、ずっと愛子をひたすらキラキラを弾くっていうばかりになってくると、ちょっと自分の中で気持ちが飽きてきたというか、
別に愛子のキラキラが悪いっていうわけじゃなくて、私の気持ちがちょっと退屈を感じてきたっていう私の問題なんですけど、そうなった時にやっぱり浮気心っていうのは当然発生してくるわけで、
それやったらなんかちょっとね、他のマリオの曲とか弾いてみたいなーとか、他のね、ひげなんとか弾きたいなーとか、ゆあそびとか弾きたいなーとか、そういう気持ちになってきた時に、
なんかね、昔のレッスンをこじらしている私がいて、あれ、でもこれ愛子のキラキラすら弾けてないのに、他の固い曲なんか打つっていいんだろうか、みたいな。
そんなことね、もう一人の自分にそれ質問されたら、いや弾いたらええかなって言うと思うんだけど、なんでこれ、こういう気持ちになっちゃうんだろうっていうのがあって、
それをね、レッスンの最後で雑談で先生にね、最近あのレッスンの最後の5分10分ぐらい雑談なんですけど、先生と雑談タイムに入るんですけど、
その時に、いやなんかこういうふうに思っちゃうんですよねーみたいなことをしたら、いやもう弾きたいっていう曲があったら、もう全然その気持ちに従って弾いていいんですよって言ってくれて、
なんか自分で許可を下ろすプラスアルファ、やっぱりその信頼している人からの背中の押し方って、やっぱこんなにパワーがあるんだなって改めて思って、
もちろんね、自分で自分のことを信じてあげるのが第一なんですけど、そうやっぱりメンターに背中を押してもらえるってこんなに心がほっこりするんだなーってすごくね、
温かい体験をしたのをプラス、やっぱりその過去のレッスンのあり方っていうのをやっぱり更新していいんだよなーっていう気づきになったんですよね。
ピアノを楽しむ
実際、先生もね、ものすごい有名な方だし、あちこちでレッスンもされてるし、ユーチューバーの方なので、ユーチューブにあげる動画の素材とかもあるわけじゃないですか。
クリエイターとしての一部、顔を持つ中で、やっぱり先生もあるんですかって聞いたんですよね。
なんか飽きちゃうなーとか、正直こっち完成させたいけど、でもこれも弾きたい、あれも弾きたいみたいな。
ありますかって、いやあるあるめちゃめちゃありますよって言われて、なんかそれを聞いてめっちゃ安心するみたいなね。
ピアニストの先生でも、そんな風に思われるんやったら、私も思っていいよなーみたいなね。
なんかありますよね、そのママ同士のあるあるみたいな。やっぱりね、私もスーパーマンとかじゃなくて、たった一人のしかない女、36歳なもので、すごく安心しましたね。
だから私もね、ピアノ再開組やし、やっぱり一番大事にしたいのはね、ピアノを弾いていて楽しいという気持ちやし、先生も同じことを言ってくれたんですね。
だからこそ、いろんな曲を弾いた方がいいって。クラシックを弾きたいとかだったらもちろんそれだけでいいけど、いろんな曲を弾きたいという気持ちが自分の中にあるんだったら、それはもう無視しなくていいと。
それはその通りに言ってくれていいし、その先生のレッスンのコンセプトっていうのが、その生徒さん一人一人の要望に合わせて、レッスンを毎回オーダーメイドで組み立てていきますよっていうレッスンなんですよね。
本当にコーチングみたいな感じなんですよ。その生徒さんのゴールに合わせて、レッスンを毎回毎回オーダーメイドでクリエイトしていくっていう感じだから、別に課題曲が1個がいいって言うやったら1個でもいいけど、
でも2曲3曲って弾きたいんやったらその都度、合コを聴いていても途中で例えばマリオの曲が弾きたくなったってなったら、それはもう全然遠慮なく、どんなタイミングでもいいからもう言ってくださいと。
それは遠慮なくおっしゃってくださいっていうふうに言ってくれて、やっぱりその先生の中での音楽を弾きたいっていう気持ちを大切にしてほしいという情熱がすごく伝わってきて、
自分の中でこうしたいっていう気持ちってやっぱり大事にしていいんだなと。それも違和感じゃないけど、こうしたいっていうこの好奇心っていうのをなるべく潰さずにそれをキャッチしてあげる。
特に音楽とか芸術の世界っていうのは、やっぱり自分の中の情熱を外に出すっていう世界だと思うので、よりそこを大事にして生きていきたいなって思いましたね。
私がコーチだったらクライアントさんに言うんですけどね、そんな気にしなくていいですよって言ってね、全然いいよって言うんですけどね、やっぱり私も一人の人間なので、ことピアノにおいては昔のルールを引きずってたんやなーっていうのを昨日改めて思いました。
だけれどもね、昨日先生のおかげで更新されたので、早速新しい課題曲も加えて弾いていきたいなと思うようになりました。皆さんの中でもね、自分の中の表現とか思いとか違和感とかいろいろあると思うけど、
ぜひその小さな違和感っていうのを無視せずに、なんでその違和感が起きたのかは分からなくてもいいんですよね。そう、分かんなくてもいいんだよね。けど、なんか変やなって思ったっていう違和感メモみたいなのをためていくと、ある日その点と点が線につながる瞬間ってくると思うんですよね。
なので、自分の中の誤感を大切に、ぜひ毎日を過ごされてみてください。ということで、今日は自分の中の違和感を大切にということで、雑談会お話しさせていただきました。最後まで聞いていただいてありがとうございます。あとはおまけトークしようかな。
ピアノレッスンの影響
そう、その先生ね、何回かレッスンじゃないや、このスタイフでも言ってたかなと思うんですけど、瀬戸さんって方に私はレッスン受けてるんですよね。YouTuberの瀬戸和夫さんって方がいらっしゃって、ものすごく真摯な方でとても優しい先生なんですね。
私のようなピアノ再開組にもね、とっても優しく基礎から教えてくださるので、もしピアノをやってて、オンラインのレッスンで先生に何かご指導を受けたいなという方がいらっしゃったら、ぜひ勝手に宣伝するという。でも名前出していいですよって許可をいただいているので大丈夫なはず。
そう、瀬戸さんのYouTubeもすごいんですよね。もうなんかどうやったらそんな音がピアノから出るんだいっていうような表現力が本当に惚れ惚れする表現力で、基本的にゲーム音楽聴かれるんですけど、クラシックとかもたまにされてるんですよ。もうね、カンパネラとかすごいの。
うっとりしちゃうぐらいなので、ぜひね、ピアノをこれを機にね、ちょっとどんなYouTubeか見てみたいなという方は、ぜひ瀬戸さんのYouTubeもご覧になってみてください。ものすごく素敵な音色です。はい、ということで今日はこの辺で終わりにしたいと思います。最後まで聞いてくださった皆様、噛んじゃった。本当にありがとうございます。
皆さんのね、いいねとか、本当に聞いてくださるこの耳をお貸しいただけるっていうことが本当にありがたいですね。それぞれね、皆さん生きていていろいろ嫌なこととかあると思うんですけど、そんな中でもね、自分の気持ちを大切に。何かあったらまた私でよければ、データを送ってくだされば放送でお返しさせていただきますので、遠慮なくドシドシメッセージお待ちしております。
はい、ということで今日はこの辺で終わりにしたいと思います。いつもありがとうございます。それではまた次回の放送でお会いしましょう。ほな、またねー。