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#6 ちゃんと満たされているのに自信がない
2026-09-16 11:29

#6 ちゃんと満たされているのに自信がない

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満たされているはずなのに、なぜか自分なんて、と思ってしまう瞬間があります。友達に「恵まれてるじゃん」と言われても、なんだかしっくりこなくて。

第6回は、満たされているのに自信が持てないというテーマについて喋ってみた回です。できる・できないの話をしていたはずが、いつのまにか自分の存在そのものの話にすり替わっていくこと。評価されることと、自分に価値があることが、気づけばくっついてしまっていること。そんな感覚について話しています。

答えが出たわけではありません。この感覚、自分だけじゃないよなと思ってもらえたら嬉しいです。

―――

わたしと1対1でお話しする場をつくりました。
少しでも興味があれば、覗いてみてください。
 

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サマリー

実家で兄弟やその家族と集まった経験をきっかけに、大切な関係性のために会う機会を作ることについて話します。続いて、周囲からは恵まれているように見えても「自分なんて」と感じ、自信を失う感覚を振り返ります。能力やスキルの評価が、いつの間にか自分の存在価値の評価へとすり替わることや、自己効力感と自己肯定感を切り分ける難しさを考えます。最後に、事実・評価・価値は同じではなく、満たされている基準も人それぞれなので、評価と自分の価値を結びつけすぎないことが大切だと語ります。

家族で集まる機会を作る
こんにちは、受け取りすぎるわたしたちへようこそ。 このポッドキャストは、ちょっと繊細だったり受け取りすぎてしまう私と皆さんの日常のあれこれについて喋ってみる番組です。
何か好きなことをやりながらとか、一息つくときのお供にでも気軽に聞いてもらえたら嬉しいです。 はい、皆さん最近はいかがお過ごしでしょうか。
私はつい先日、結構久しぶりに実家に帰りまして、 兄弟とその家族とも含めてですね、お昼過ぎからたくさん飲み食いしてすごく楽しかったなぁと思いました。
なかなかこう、まあ実家を出てしまうと集まれないし、 兄弟とかもしいる場合はですね、そうみんな揃ってっていう機会ってあんまりもうないんじゃないかなとか、
お正月とかはちょっとそういうきっかけにはなりますけど、それ以外でってなるとなかなか難しいんじゃないかと思うので、
はい今回はまあそんな機会を作れて、作れてそんな機会ができてよかったなぁと思っています。
はい、絶対そうしなきゃいけないってわけじゃないですけど、 もしこうそういう
大切にしたい関係性とかあるんだったら、やっぱり積極的に機会を作れるうちに作っておいた方がいいよなぁと思ったりしました。
満たされていても自信が持てない感覚
はいまあそのところで、今回はですね、ちゃんと満たされているのに自信が持てない、自信がなくなってしまうというテーマについてあれやこれやと考えて喋ってみようと思います。
はい、でこのテーマについてなんで喋ろうかと思ったかというとですね、自分がふとした瞬間に自分なんてと思ってしまうことがあるんですね。
自分を否定してしまうとか、ことが最近多い気がしているんですね。昔からかもしれないんですけど。
で、まあこうなった時に自分なんてって何を指しているのかはちょっとわからないんですけど、
こう友達に行ってもあんまりわかってもらえないというか、なんで全然恵まれてるじゃんっていうことを言われたりとか、
うーん、まあそうか、なんか持ってるもの持ってないものとか、やれてることやれてないこととか、
っていうことでついつい自分の自信っていうものを測りがちなんですけど、多分まあそれもちょっとずれてるんだろうなと思っていて。
で、まあ友達にそんなことないじゃんって言ってもらった時、うーん、そうか自分は客観的に見たらどう映ってるんだろうって考えてみたんですね。
そしたら、うーん、まあ確かに客観的に見たらほんと、なんていうんだろう、まあすごくありがたいことに一緒にいてくれるパートナーも友人もいてくれるし、
うーん、まあ確かになんか自分には何もないっていうわけじゃないなと思っていて、確かにじゃあそこの自覚は一定持ってみようというか、気づけた部分もあるんですね。
でもまあそれに気づけた、あえて言うなら恵まれてるって自覚がある分、余計にしんどいことがある気がしていて、
そんな状態、いわゆる恵まれてる状態なのに何言ってるんだろう自分っていうのが笑い話にできることもあれば、
なんで考えちゃうんだろうって深刻により一層繰り返してまた考えてしまうことも多いっていう感じですかね。
で、まあそう思った時にこの自分なんてっていう感じ、何なんだろうと思って考えてみました。
で、いつもだったらここすごいぼんやり済ませてしまうんですけど、そのまま何回も同じ通りにぶつかることがあるとやっぱりしんどいし、
せっかくこうやってお話できればもあるのでアウトプットしながら向き合ってみようかなと思いました。
能力の評価が存在価値にすり替わるとき
で、自信とかそういう話をするときに最初に出てきがちなのがやっぱり、これは働いてるからっていうのもあるかもしれないんですけども、
スキルとか能力とかの話ですね。どうしても日々周りから評価されるのってそういった部分だったりもするので、
そういうところの中で生きてると、どうしても意識しざるを得ない部分かなと思います。
で、例えばこれはなんだろうな、あれができなかったとか、あの人の方ができるとか、
これ自体は実際に事実として起きていることではあると思います。その能力があるとかないとか、経験もそうですね、そういったものかなと思っていて。
で、それ自体は確かにそうだね、なんですけども、これを放っておくといつのまにか、だから自分に変わってくる癖があるなと思いました。
で、どういうことかというと、能力の話をしていたはずなのに存在の話に若干染み出してきてるなという感覚ですね。
で、なんで染み出してしまうのかっていうと、自分にとって価値の置き場所がそこにしかないのかなっていうふうに考えちゃってるのかなっていうことが一つありました。
例えば、できることとかスキル能力の話ですね。
そういう部分で価値を担保していると、そこのできなさみたいなものが現れたときに存在の方まで一気に揺れてしまうとか、
土台が一本連動しているからこそそこに引きずられてしまう、巻き込まれてしまうということが起きているのかなと思いました。
で、冒頭の満たされてるのに味わえないとかっていうところも同じところから来てるんじゃないかと思いまして、
実感するより先にこれを持ってる自分はそれに見合ってるのかっていう採点を自分でしてしまったりとか、
満たされてるかどうかじゃなくて、それを味わう手前の評価のところで何かつまずいてしまう、なんか持ってかれちゃってるみたいな感覚が近いんですかね。
ちょっとここは何かまとまってない部分なので、どういうこと?と自分でも今思ったりしてます。
自己効力感と自己肯定感を分けて考える
で、この自信っていうものについて話すとき、自己効力感とか自己肯定感って本来別の層だと思っていて、
前者、自己効力感の方は言い換えるとすると、できる感覚、やれる感覚っていうものとして、
自己肯定感はそれとは別でいていい感覚、ありのままでっていう表現もありますけど、そういう感覚なので、全然別の層なんだろうなと思っています。
なんですけど、例えばその前者、自己効力感が自己肯定感の前提材料になってしまうと、そこが一歩の道で繋がってしまうなと思うんですね。
なので、自己効力感、できている自分だから自分を肯定してあげられるみたいな関係性にねじれてしまうことがあるなと思ってまして、
それってそもそも違うよなと思っています。
ただ、小さい頃から、これは自分だけに限った話ではないと思うんですけども、やっぱり何か褒めてもらえることとか、何かうまくやれたとか何かできるようになった時が多かったなと思っていて、
その褒めてもらえると価値を感じられる、価値を感じてもらえるんだなっていう学習になると思うんですね。
最初から自分自身で自分に価値を見出すことなんてできないと思うので、
誰か、多くの場合親なのかもしれないですけど、親とか先生とか友達が価値を感じてくれたってことは自分自身に価値があるんだっていう間接的な自覚にも繋がるのかなというふうに思っています。
で、ここを切り分けられるといいんだろうと思う一方で、なかなか難しいことでもあると思うんですね。
さっき言ったように、そこから学習してくることでもあるし、なかなかね、何もない状態でそこをパッと意識できるっていうのは難しいと思うので、っていう感じですかね。
事実・評価・価値を切り分ける
で、頭では分かっていてもなかなかうまくいかないこともありますし、分かっていることとできることは違うっていういい例なのかなと思います。
例えば、さっき言った事実と評価っていうものも違いますし、さらにその先の自分自身の価値っていうものももちろん違ってくるはず。
事実、評価、価値ですね。これは全部違うはずだなと思っています。
もちろんここに間接的な繋がりは、今の社会というか、今の社会じゃないですね、この人間社会においてはあるにしろイコールではないのは確かなんだろうなというふうに自分の感覚としては思っています。
で、これが分かったからといって、じゃあ自分は大丈夫だなんて思える人はあんまりこのポートキャスト、この後半まで聞かないと思うので難しいよなっていうのはあるんですけども、
でもこの感覚自体が持てるようになるだけでもまず一歩目違うかなと思ったので、今回そんな感じのことを考えてみました。
で、しゃべってみました。しゃべって考えてみました。
はい、そんなところですかね。
今回もポートキャスト聞いていただきありがとうございます。
今回のお話に関しては、なんだろうな、満たされてるのにっていう冒頭で入ったんですけども、何を持って満たされてるかどうかも本当人それぞれだと思います。
例えば周りに人がいてくれることを満たされているということもあれば、自分自身で一人で過ごせる時間が何より大切で、その時間がちゃんと確保できていることを満たされているという感じる方ももちろんいると思いますし、
そんな01ではなくてグラデーションでもあると思うので、自分もこうなんだろうな、一緒にいてくれる存在がいるとすごく嬉しいな、ありがたいなと思う一方で、
やっぱり自分一人で過ごせる、じっくり何かに取り組める時間も本当にかけがえのないものだと思っているので、
そうですね、何を持って満たされているかというとこは一概には言えないのかなと思いますが、
そこの例えば評価とか自分の価値とかっていう話をするときにはそこをくっつけすぎないようにできるといいよなと思いました。
はい、ですね、そのところにしようかなと思います。
このポッドキャスト、コメントとかっていうのはなかなか動線上難しいのかなと思うので、
例えばノートとかインスタグラムなんかもですね、ポッドキャストから食べるようになっているかと思いますので、
そこのところでフォローしていただいたりとかDM送っていただいてもすごく嬉しいので、
ぜひそんな繋がり方もしてもらえたらなと思います。
はい、あとポッドキャストのチャンネルのフォローもぜひよろしくお願いいたします。
それではまた次回でお会いしましょう。
ありがとうございました。
さよなら。
11:29

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