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#26_Interview:「何もしないってリスクだ」ミカン農家×ロボット営業 ― 元COO中川が語る「現場で動く」キャリア論
2026-05-25 48:10

#26_Interview:「何もしないってリスクだ」ミカン農家×ロボット営業 ― 元COO中川が語る「現場で動く」キャリア論

採用情報は⁠⁠⁠⁠⁠⁠⁠こちら⁠⁠⁠⁠⁠⁠

【今回のエピソード】

営業アドバイザーの中川健太さんをゲストに迎え、ソニーでの営業・プロダクトマーケティング経験からロボティクス業界への転身、そして熊本のミカン農家×ugoというユニークな働き方に至るまでを深掘り。

同期40人中ただ1人営業に残った原体験、熊本地震で「何もしないことがリスクだ」と気づきキャリアを切り拓いた経緯、そしてugoの「人の良さ」というカルチャーや営業採用への想いを語ります。


【出演者】

中川 健太(営業アドバイザー)

感想

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サマリー

本エピソードでは、元ugo株式会社COOで現在は熊本でみかん農家を営む中川健太氏をゲストに迎え、そのユニークなキャリアパスと働き方について深掘りしました。ソニーでの営業・プロダクトマーケティング経験から、熊本地震を機に「何もしないことのリスク」を痛感しキャリアチェンジを決意。その後、ロボティクス業界へと転身し、最終的にugoに参画。ugoでは営業組織の立ち上げと仕組み化に尽力し、会社の成長に大きく貢献しました。現在はフルリモートでみかん農家と両立しながら、営業アドバイザーとしてugoの事業拡大を支えています。中川氏は、現場での経験を重視し、メンバーの個性を活かしながら組織を成長させるリーダーシップスタイルを語り、ugoの「人の良さ」というカルチャーや、ロボット営業の面白さと将来性についても熱く語りました。特に、スタートアップにおける営業の重要性や、未経験者でも挑戦できる環境があることを強調し、採用への意欲を示しました。

オープニングとゲスト紹介
こんにちは、ugo Robotics Radio。本日もよろしくお願いいたします。
ugo株式会社の遠藤です。
アシスタントのあらきです。よろしくお願いいたします。
本日もよろしくお願いします。
今日のアイスブレイク、私から感じなんですけど。
遠藤さん、普段フルーツとかって食べますか?
フルーツ食べますよ。
何が好きですか?好きなフルーツは何ですか?
りんご。
コンビニでよくりんご買って食べてます。
すごいヘルシーな。
私、一人暮らし初めて思ったのが、果物って食べないなって思ったんですよね。
実家って果物めっちゃ出ません?
確かに、実家にみかんちょいっぱいありました。
みかんいいですね。みかん自分で買ったことないけど実家にはあるものみたいなイメージですね。
意識してみかん食べていきたいと思っているので。
なぜならば?
なぜならば、今日はみかん農家の方をゲストにお呼びしております。
融合ロボティクスラジオ史上初の農家からのゲスト。
ということで、ゲストをお招きしたいと思います。
本日のゲストは営業の中川健太さんです。よろしくお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
熊本でみかん農家をやっておりますので、お呼びいただき光栄でございます。よろしくお願いいたします。
唐突にみかん農家の話になったので、なぜ中川さんがゲストなのかっていうのを簡単にご説明させていただきたいんですけども。
中川さんは2025年10月までですかね。
12月ですね。
12月までCOOとして、チーフオペレーティングオフィサーとして融合で参画されていたという方でいらっしゃいます。
現在は故郷である熊本に、熊本でのご実家のみかん農園を継がれて、土に触れる仕事をされていると。
で、融合にはフルリモートで参画いただいて、仕様のご経験なども活かしながらですね、融合の舵取りにも参加されていただいているというところでございます。
ありがとうございます。
はい。なのでなんですよ。2つの顔を持つ。
そうですね。
そうですね。かなり特殊な働き方をさせていただいておりまして。
面白いですよね。
面白いですよ。
代表の松井さんにですね、この話をした時に、やめる感じになるのかなと思ったんですけど、松井さんの方からありがたく引き続きちょっと力を貸してほしいということでしたので。
で、みかん農家がメインではあるんですけれども、空いた時間とかでできることをですね、今融合のためにやっているというところですね。
とてもとても心強い。
本当ですよ。
もう中川さんがその話をされた時、社内はもうけんたショックに。
けんたショック。
けんたショックに生まれました。本当に。
ありましたか。
ありましたね。
昨年の12月か。
そんな中川さん、今でも融合にお力をいただいている中川さんでございますが、社会人の最初の頃、学生の終わりというかですね、大学の卒業の頃から社会人の最初の頃、どんなことをやられたか。
中川氏のキャリアの始まり:ソニー時代
自己紹介も含めてですね、お話いただければと思うんですが。
ありがとうございます。なんか就活以来に話しますね。
面接とか。
面接。
僕はですね、2008年に大学を卒業をしてですね。
その2008年の4月にソニー株式会社、今だとソニーグループ株式会社になるんですかね。
の方に新卒で入社をしたというのがキャリアですね。
学生時代は、私は小学部でビジネスの勉強がしたいなというので、小学部に入ったんですけれども。
あるあるなんですけどね、やっぱり高校で理系の科目に挫折するというですね、人が文系に行くという大体の流れがありますので。
多文に漏れず、私も高校入ってですね、物理とか数学についていけず、もう文系だなというので、2年から文系コースに入り。
元々はやっぱり先ほど言ったように熊本地方はですね、国立公立市場主義のカルチャーですので、国立大学を目指してやってたんですけれども。
力及ばず私立の大学の方に行って、そこでビジネスの勉強をしていたというところですね。
勉強はあんましてないんですけど、単位はちゃんと取りながら、3年生のゼミはですね、国際マーケティング&コミュニケーションみたいなゼミがあって。
要するにやっていたことは異文化コミュニケーション、要するに物理的な距離と文化的な距離をどう乗り越えて組織をマネージしてビジネスを推進させるかみたいなのをテーマにゼミで勉強をしていたというような形ですね。
そういうのがあって、就職はグローバルにビジネス展開しているメーカーと、あと商社ですね。
マスコミもちょこっと受けましたけど、基本的にはこの2つをメインで受けて、ご縁があったソニーの方に入社をしたというところですね。
ソニーではどういう製品というか。
ソニーではまだ、今現時点でのソニーと僕が入った頃のソニーは全く違う会社と言っても過言ではなくてですね。
売上規模自体はそんなに変わってないと思うんですけど、僕が入った頃も8兆とか9兆ぐらいの会社でしたけれども。
ほぼ8割、7割、8割はエレキ商品、要するに家電ですね。テレビとかカメラとかレコーダーとかそういうのでほぼほぼ売上を占める会社でしたので。
私もそのエレキのビジネス部門の方で国内営業という形でキャリアをスタートさせたというところですね。
具体的に言うと家電製品売るんで、家電製品どこで売ってるかというと家電量販店ですよね。
カメラとか電気とかありますけれども、新入社員の1年は2年間はそういう店舗営業をやっておりまして、日々電気屋さんに行き、
うちの商品ここに展示してくださいよとかですね。あとは年末商戦とかそういった時には土日は自分も店頭に立って売ったりですね。
そういったことを1、2年の頃はやってましたね。
直接お客さんに、店舗の人というよりもエンドユーザーさんに接する機会とかもあったり。
そうですね、もちろんそうですね。なので1、消費者として電気屋さんとか行ってもらうといいんですけれども、要するに接客をする人。
今はどうなのかわからないですけどね、昔はやっぱりメーカーのベストとかユニフォームを着た人がいましたけれども、
あれはメーカーの社員さんであったり、メーカーさんが契約をしている派遣の方であったりというのが、自社の製品を売るために店頭に立つというのは昔は盛んにやってましたので、私も一販売員として売っておりました。
じゃあもう最初キャリアのスタートからある意味営業職をスタートされて。
そうですね、営業職としてスタートしたという感じですかね。
そこからのキャリアの変遷というのは基本的には営業職をずっとは生まれてきたんですか?
そうですね。営業とか企画系ですかね。その2年間ですね、いわゆる現場での営業をやって。
ソニーって会社はですね、2年間若手はそういう全国の営業所に行って、2年後にヘッドクォーターに戻ってきて、それぞれの部署に配属されるっていうのが、今はどうかは知らないですけど、僕らの頃はそういう育成のやり方だったので。
私は2年間終わった後、帰ってきた先がですね、量販営業本部っていう、それまでは店舗の営業やってたんですけど、いわゆるその○○電機とか○○カメラっていうのはもう本社が、本社企業があって、そこはいわゆるバイヤーさんですね、マーチャンダイザーっていう人が各メーカーから仕入れるっていう職種があるんですけど、
そのバイヤーさんとの商談業務みたいなところをやる部署に移動になりました。
基本的にはですね、みんな企画系とかマーケティングとか、いわゆるメーカーでいうと花型ですよね。特にソニーみたいなすごいブランドが強いところだと、そういうマーケティングとか企画とかってやっぱり花型の部署なんで、僕の同期も営業職だと40人ぐらいいたのかな。40人中、僕一人だけ引き続き営業だったんですよ。
みんな手を挙げていくんですか。
基本的には希望は聞かれるんですけど、人事が。よくある2,3年のサイクルでいろんな部署回るってやつですね。だいたいみんな、例えばテレビのマーケティングとかカメラのマーケティングとか商品企画とか海外マーケティングとかいうのに行くんですけど、私は引き続き40分の1で、なぜか引き続き営業で。その時はだいぶ腐りましたね。
いやー結構それはそれなんか。
なんでなんみたいな感じだったんですけど、やったらやったら楽しかったは楽しかったですけどね。今思えば。
腐ってる中川さんは想像できないんですけど、一方でその、どのあたりが楽しかった?そこからのなんか。
なんて言うんですかね。僕なんかやっぱ現場でわちゃわちゃしてるのは結構好きなんですよね。仕事をするのって。
だから営業所、現場の営業行った時も営業所のおっちゃん達とか店舗の人とかとわちゃわちゃするのも好きだったし、どっちかというとヘッドクォーターの上の上流部分。だから企画とかマーケティング、結構商売で言うと上流部分なんですけど、そっちはどっちかというとシステマチックなんですよね。
なんかスマートでシステマチックみたいな。営業側はどっちかというとそういうなんか、わちゃわちゃ喜怒哀楽みんな激しいみたいな感じがあるんで、僕はなんかそっちの方が好きだったんで、そういう営業のおっちゃん達と日々ですね。
なんかうまくいけば喜ぶしみたいな。失敗したら飲み子かみたいな。そういうのが結構あってたんで、まあ楽しくいけたかなっていうところでしたかね。あとはまあ、なんだろう、ファイヤーさんとの結構商談って結構タフなんですよね。
やっぱり厳しい条件とかも言われるし、僕の答えというよりはメーカー会社としての答えて商談していくんで、要するに必ずしも向こうの要望に対してマッチしないみたいなところが多々あったりして、結構タフなんですけど。
その当時はですよ、もうすごい嫌だったりはしたんですけど、今思うとまあそういう経験も非常に良かったなっていうのは思いますかね。
なるほど。じゃあもうその頃になんて言うんですか、コミュニケーション能力というか、結構磨き。
そうですね。だからまあ人事からもそういうのはあったんでしょうね。
たぶん中川さんだったらっていうのもあったんでしょうね。
そうそう。でああいうのはね、基本的にはその部署から、じゃあ今度は若手を何人欲しいとかいうのが多分あると思うんで、じゃあその枠が一つあったときに、じゃあこの40人の中で誰がいいかなみたいな人事を見たときに、まあこいつなら大丈夫だろうみたいな感じで、たぶん言ったと思うんですけど。
中川さんだから超えられたのかもしれないですよね、それ。
そうね、だからやっぱり結構ね、僕もやっぱりマーケやりたくてソニーに入ったんで、そういう意味だと結構モチベーションは下がりましたけど、まあね、ただ仕事始まってしまえばね、もう目の前のことで精一杯なんで、まあまあ良い日々だったなという感じですかね。
それを3年間やりましたね。
すごい。
入社して丸5年ずっと営業って感じですね、ソニーに入ってからは。
で、その後は。
その後はですね、晴れて。
晴れて。
プロダクトマーケティングという。
おめでとうございます。
花形の部門に行きまして、で私はハンディーカム、ハンディーカムって知ってますか、荒木さん。
育ってます。
育ってます。
今のもう若い方たちはハンディーカム的でもうんって感じかもしれないですけど、まあビデオカメラですね、のプロダクトマーケティングの部署に行って、そこも3年ぐらいやりましたね。
でまあ、そこはやっぱりいろんな経験もさせてもらって、だから5年、6年目だからまだ27、8とかでしょ、なのに結構なんか重大なことをやらせてもらえるんですよ。
わかりやすく言うと、やってる業務っていうのは、僕は国内の担当だったんで、国内のマーケットに対して、いわゆるものを作る企画事業部ってソニーでやってましたけど、事業部側からラインエンドの商品ラインナップはこれですみたいなのが出てきたときに、
ガラッとその製品変えてくれとかできないんですけど、ちょっとした機能変更追加とか空張りをこうしてくれとか、日本で売るためにっていうのがあるんですよね。
そういう商品のラインナップを決めるときに、例えば国内の今の現状のマーケットを分析して、こうだからこういう機能欲しいとか、こういう空張りがいいとか、ラインナップが決まったら、まさにマーケティング戦略ですね。
どの層のターゲット層にどういうプロモーションをして、あと店頭はどういう店頭でプロモーションをして、どんだけ売ってくんだみたいな、そういうマーケティング戦略を作ったりするのを、もちろん先輩とか上司の指導を仰ぎながらですけども、基本的には一人で主体的にやらせてくれます。
大丈夫かって思うんですよ。
なんで、めちゃくちゃ裁量もありますし、例えばカタログを作るとか、ウェブページ作るとか、媒体に広告出すとかっていうのも、それぞれの専門の部署が制作とかやってくれるんですけれども、そこの承認とか、これでいきますよとか、チェックしてくださいとか、このデザインでいきますよみたいな承認は全部自分が出すみたいな感じを、
20代後半でやらせてもらったっていうのは、良い経験だし、良い会社だなって普通に思ってましたね。
大企業っぽくないと思いました。
その当時、僕が入社した時に、ソニーマーケティングっていうソニーの販売会社なんですけど、その社長さんが言ってましたね。少数精鋭とは、精鋭が少数なのではなくて、少数だから精鋭になるのだみたいなことを言ってて。
だから僕のハンディカムチームも、実質そういうプロダクト、自分のプロダクトブランドを持ってやる人は、3人とか4人でやるんですよ。国内のマーケットを見るので、結構少数なんですよね。
ただその分、結構やることは範囲も広いので、やりがいもあるし、成長もさせてもらったかなっていう感じですかね。
やらざるを得ない。
私たち一人部署。お互い一人部署なので、非常に刺さる。
よくあるのは、リソースが足りませんとかあるじゃないですか。今の話を聞いていると、そういうことじゃねえんだなって。
そうですね。リソースはあると思うんですよ。実際、広告代理店と調整する人とか、ウェブ制作会社と調整する人っていうのは専門の部署があるんで、あれなんですけれども。
ただ結構広きに渡るし、やらなきゃいけないみたいな。他にやる人いないからみたいなのはありますかね。
すごい見る範囲が広いんですね。
広いですね。ああいうナショナルブランド、予定通りに進まないと大事故になるわけですよ。
プレスリリースで発売日、例えば4月1日って言ってるのに間に合いませんとか、もう許されないです。
反則物ができてませんとか、許されないんで。製品が店頭に届きませんとか、もう本当許されないんで。
そういうのは、自分一人だけじゃないですけど、そういう環境もあるので、やらねばなるみたいな感じのプレスリリースでしたね。
そのご経験があるから、融合の中でもすごい具体的にスピード感あってっていうところが持ちなんだなと、今聞いてて思いました、改めて。
そこからどういう経緯で融合になるんですか。
話せば長いんですけど、まとめると。
ソニーは非常にいい会社だったし、今でも好きな会社ですね。
お勧めしたい会社、働きたいという人にはすごくお勧めしたい会社なんですけど。
ただ、皆さんもご存知の通り、家電という市場自体がもうだいぶ幸ってますよね。
今もそうだし、僕がいた頃なんかもうやっぱり前年の8掛け7掛けみたいな、8割7割ぐらいで市場がどんどん縮まっていくみたいなところだったんで。
やっぱりそこに将来性を見出せなくて、他の部署に移動をしました。
自分で移動できる制度がソニーはあるんですけど、全然もう違うBtoBのイメージセンサーの事業部の方に移動をしたんですけれども。
そこも1年ぐらいやったかな、そこも1年ぐらいやってソニーは辞めましたね。
キャリアチェンジの決断:熊本地震と大企業からの転身
その時はきっかけはね、熊本地震があったんですよ。
あれ2016年とかでしょ、16か15ぐらいでしょ。
あの熊本地震が地元熊本であった時に、結構キャリア感が変わっちゃって、何もしないってリスクだなみたいな、と思っちゃったんですよね。
だから30代前後って結構モヤモヤするじゃないですか。
将来どうするかなーみたいな、このままこの会社でいいのかなーとか、なんか思ったりする。
僕もそういうたまたま時期だったんですけど、あの地震があって、何もしない、動かないって結構リスクだなみたいなのがあって。
同じ会社にいるってことがイコールにもしてないっていう認識だった。
この会社で本当にいいのだろうかと思ってるんだったら、そういう行動した方がいいなっていう。
感動ですね。
なんていうんですかね、結局わかんないですけど、明日ああいうまた地震が来て、終わっちゃうかもしれないわけですよ。
そういうことを考えた時に、やりたいと思うんだったらやろうみたいな感じでしたね。
素敵。
思い切って外に。
外に出ようというのを決めてっていう感じですかね、キャリアチェンジしようと思って。
キャリアチェンジの際は、大企業はいいやっていうのがまず一つあって。
それぞれ良さがもちろんあると思うんですけど、根本的に俺大企業向いてないなっていうのは7年間ぐらい働いて思った感じですね。
なんで大企業はやめようと。
ちっちゃい会社で、より業務全般的に関われるようになりたいなっていうのがあったのと、あと2016年、17年ぐらいってちょうどIoTとか言われだした年なんですよ。
なんでそういうテック系のほうがいいなみたいな。
僕もソニーのときはやっぱりプロダクトマーケットとかもやってたときに、いわゆるエンジニアが作ったもので、いわゆるそういう家電製品、デジタル家電とかもセニーってハイテクなんで、
それをいかにユーザーさんに分かりやすく伝えるかみたいなのがすごく好きだったので、なんでそういうテック系に行こうと。
テック系だったら家電みたいにサチリはしないだろうみたいなのもあって、たまたまご縁があったのが、アスラテックっていうロボットのソフトウェアを開発してる会社で、そことご縁があったので、そこにジョインしたという感じですね。
アスラテックでは何年ぐらい。
アスラテックは何年ぐらいだろうかな、5年弱ぐらいだったんじゃないですかね。
事業開発でずっとやらせていただいてたんですけれども、基本的にはね、結構、住宅開発とかがメインだったりはしたので、どっちかというと量産品の商売をやりたいなっていうのがあったのと、
あとはね、僕ずっとソニーの頃から海外志向が強くて、結局海外駐在とか行けなかったんですけど、自分で英語の勉強とかずっと続けてたんで、そういうインターナショナルな環境がいいなみたいなのもあって、また別のロボットスタートアップに転職をして、
その後もう一個外資の会社挟むんですけど、それを経てユーゴにジョインしたという形なんで、ソニー終わった後は基本的にロボティックスを主軸にしてはハイテク系の営業とか事業開発をずっとやってるって感じですね。
ugoとの出会いと参画、営業組織の構築
ユーゴとの出会いはどこで。
アスラテックにいた時にですね。
どなたに。
松井さんと会ったのがあれいつなんだろうな、20年頃な前じゃないかな。なんかそういうロボットの業界団体の飲み会かなんかの時にお会いしましたね、松井さんと。
そうなんですね。
だから出会ったのは結構古いですよ、松井さんと。
その時は自分がユーゴに入るとか全然思ってもなかったんですけど、そこが最初の出会いでという感じでしたかね。
じゃあその直近での転職のタイミングでは、当時知ってたユーゴに行きたいっていう形でこちらに。
そうですね、さっき言った通りユーゴの前の会社がですね結構短期での、言ってしまえば使用期間での退職だったので、なんかね次の機会見つけるのも大変だなぁみたいなのを思ってですね。
で、松井さんとあとは今CSをやってる羽田さんの方にご連絡して、なんかポジションないですかっていう話をして、ぜひぜひというので入ったって感じですかね。
聞くところによると連絡が来た時点で内定だったんで。
冗談ですけど、ちょっとやめようと思ってるんですよねって連絡したら、はい内定出しますって言うので返信が来たんですけど。
面接はなく飲み会だったみたいな。
そうですね、お食事をして、ぜひうちに来てくださいというので。
来るこの間なんかもういつから来るみたいな質問になってたって。
そうですね、ありがたいことに。
人脈は大切にした方がいいですよ、皆さん。
どこでどう繋がるか。
どこでどう繋がるか。
そうですね、本当に。
UFOに入られてからは営業職ずっとやられてたんですかね。
そうですね、最初入った時からずっと営業職で。
入る前に松井さんとか阿田さんとお話をする中で、自分自身が次やってみたいってことは、営業のチームを自分で作りたいっていう話をしたんですね。
なので、1からそういうチームを作って、多分僕がジョインした時のUFOってもう01のフェーズは終わってたんで、1からどう5になり10になり100にするかみたいなフェーズだったんで、それを実現できるチームおよび営業のプロセスっていうのを自分で作りたいですっていうお話をしてたので、そういうミッションを持ってジョインしたというところですかね。
どこら辺が印象的だったとか、何かエピソードあります?苦労とか良かったの?
苦労は、まあでも自分がやりたいことをやってるだけなので、そんな苦労とかあんまり感じてはなかったですね。
中村さんはそういうふうに捉えながらさそうなんですかね。
日々楽しくやってたりはしましたかね。
あとはなんか僕すごく昔から大切にしてるところは、なんかね、非常の空論じゃないですけど、こういうあるべきだよねっていう考えと実際の現場のオペレーションって必ずギャップが出るので、そこを柔軟にというか柔軟に行き来するみたいなのを僕はすごく大切にしてるんですよね。
だからこうあるべきだよね、こういうオペレーションの方がいいよねっていうのはあるんだけど、じゃあこれ実際現場で回した時に自分の頭の中でシミュレーションをして、ここが踏ん詰まるなとか、このピース足りてないなとか、そもそもそういう人はいねえなみたいな話があったりはするので、
そこを行き来しながらどう回していくかみたいなのを考えるのがすごい好きだし大切にしてるので、そういうのを日々やってるって感じでしたかね、ずっと。
その頃、荒木さんが見ててどんなふうに見えてましたか。
そうですね、本当に中川さんが入る前と後で、うちの営業の仕組みというか、本当にガラッと変わって。
変わったんですか。
本当に基礎となる基盤をすべて作ってくれた監督者でやられるので。
本当にそれまではセールスが請求書どうなってんだとかっていうのは日々喧嘩していたような状況がちゃんと整理されて、当たり前なんですけど、やっぱ当たり前を作るっていうのはなかなかあの状況で難しかったっていうのもあるので。
そうですね、リソースもスタートアパーラルでリソースも限られたりはするので、そういう中でどうしていくかっていうところですかね。
よく聞くのが、やっぱり俗人化をどう仕組みに変えていくかみたいな話ってあるじゃないですか。
そういう場面に行き当たる時とかもあったりはしましたか。
僕はやっぱりこう仕組み化とかオペレーショナルにするっていうのは常に念頭においてですね。
やっぱり融合自体が成長していく会社ですので、今の組織のスケールじゃない。
それはもう年々でかくなっていくっていう想定なので、遠藤さんが今おっしゃったようにいかに俗人的なところなくし、オペレーショナルにし。
どちらかというと営業自身は顧客に集中するっていう状況を僕は作りたかったので、それ以外の雑談をどう仕組み化して排除するかっていうところを念頭にやっていたって感じですかね。
結構周りは思想とかはすんなり受け入れてた感じですか?
そうですね。受け入れてたかどうかはちょっとわかんないですけど。
割とそういう、わかんないですけど。
穏やかに変わっていけた感じですかね。
そうですね。そこはリーダーシップみたいな話なのかなと思うんですけれども。
自分自身が引っ張ってですね、こっちに行くぞとか、こっちに行くぞ、こうやるぞみたいなのをしっかり共有して進めていくっていう感じでしたかね。
ただ独裁的だったわけではなくて、ちゃんとさっきの理想と現実のギャップみたいなのは常に確認しながら、こういうふうにやろうと思うんだけどどうかね、何か課題起こるかねみたいなのは常にメンバーの皆さんと話をしながら進めていったって感じなので、腹落ちしながらみんなやってたんじゃないかなと思いますけど。
アラキスさんからもさっきありましたけど、中川さんのスタイルって変わっていく局面でのリーダーシップスタイルって結構環境をぐがらっと変えていくんですけど、でも目線はこうだっていうことよりも、ちゃんと周りと視線というか、視座というべきなのかわかんないですけど、
隣にそっと座っていながらこっち行こうぜみたいなのをやっててくれているなみたいなのがすごく思うんですけど。
そうですね。ちょっと時代は戻るんですが、僕ずっと部活動とかキャプテンずっとやってたんですよ。小中はサッカーですね。高校大学はラグビーやってて、ずっとチームキャプテンとかやることが多くて、その時に培ったものが基本僕のリーダーシップの原型ですね。
どっちかというと個人を個性を活かして組織を良くするっていうのがキャプテンとかはやって学んだことなんで、そこがベースになってるかなって感じですかね。
内発的な動機とかそういうのをやってる感じですかね。
そうですね。モチベーションですよね。いかにモチベーションを持ってもらうようにするかっていうところが大きいですかね。
いやー素晴らしい。
それってどうやるんですか?
ハウトゥーみたいな。
ハウトゥーはね、言語化はできてはないんですけれども、やっぱりそれぞれの良さっていうんですかね。にあったやっぱりアサインメントであるとか、担当とかクライアント割とかっていうところかなと思ってますかね。
じゃあ得意なところをちゃんと理解をして、そこに役割を。
あとはまあこれは人により気だと思うんですけど、マイクロマネジメントはしないという。
基本は主役は営業の皆さんなんで、主役ですね。なので基本的には自分は黒子役じゃないですけど、フィールドでいいプレイができるようにいかに環境を整えるかみたいなところが基本的なスタンスですかね。
僕もね、さっき言ったようにずっと営業やってたんで、営業をやってる方が楽しいんですよ。
自分が営業をやって、お客さんとコミュニケーションして、それに対して課題を見つけて。
U5だったらU5の商品だったらこんな良いことありますよとかっていうやってる方が僕は全然楽しいんですけど、さっき言ったチームを仕組み化するってU5にジョインしたときに半年ぐらいは自分でも案件を持ってやってたんですよね。
ただやっぱり人も増えるにつれて、自分自身がだいぶブロッカーになってんだみたいな感じがあったので。
ボトルネックになるみたいな感じですか。
ボトルネックになってる。だからスピーディーに社内外に対してレスポンスもできないしみたいなのがあったんで、そっから全くやめて、俺は案件はやらないっていう宣言をして、
俺やりませんっつって、もう持ちませんっつって、そういう方にマネジメント業務で黒工の方に徹してるみたいなのはありましたけどね。
個人的には営業やってる方が好きです。
そうですよねっておっしゃられてたんで、結構な一大決心じゃないですか、それって。
そうですね。ただ組織から求められることっていうのもあるので、そういう部分では。
そこは理解をしつつ。
対応して割り切ってっていう感じですかね。
ありがとうございます。
そうやって営業仕組みをしっかり作って、今まさに優吾って3年連続売買成長っていうのがあるじゃないですか。
よくできてきてるよねって思いますね。
でもその成果がちゃんと数字でも現れてるから。
そうですね、売上作ったのは各営業の皆さんなんですけど、まだそういう売上増えるってことはビジネスの規模が大きくなってきて、取引数も増えてるってことなんで、それに耐えられる体制ができてるっていうのはすごく良かったなっていうのは思います。
確かに。
個人的には。
現在の働き方と今後の展望
その仕組みを作られた次で、今中川さんは優吾にどのような形で関わっていただいているかっていう質問がいたんですけど。
そうですね、引き続きそこのチームのマネジメントとかっていうのは引き続き携わらせていただいてますかね。
なので、今はフルコミット、フルタイムではできないので、基本的にはいわゆる営業の売上のマネジメントですね、案件のマネジメントみたいなところを僕の方でやりながら、あとフォーメーションっていうんですかね、っていうところに主に力を抑えてる感じですかね。
去年の12月までのフルコミットしてた時と今って全然関わる時間って、例えば5分ぐらい。
半分ぐらいですかね。半分ぐらいじゃないですかね。
そうなった時に何を残して何を捨てるかみたいなのってどういうふうに選んでこられてるんですか。
そこはもうね、遠藤さんをはじめ優秀な方がジョインされてますので。
なので、もうちょっと言うと、12月まではどっちかというと、そういう営業組織のみだけではなく、つなぎですよね。
営業もいわゆるサプライチェーンで、メーカーってもの調達して開発して製造して売ってアフターしてっていうバリューチェーンがあると思うんですけれども。
そこの横のブリッジのところとかも結構やってたんですけど、そこはやらない。
なぜなら他に優秀な方がどんどん出てきてるので、その方たちがやってるのでそこは全く関与しないって感じですね。
だからどちらかというと営業の組織のみにフォーカスをしてるっていうのが、ビフォーアフターですかね、12月と。
確かに遠藤さんがやられてた部分のところ、中川さんが今までずっとやってきた感じありますね。
片手間でやってきた。
議事録とかも遡っていくと中川さんがそこをちゃんとハンドリングされてたんだなっていうのが残ってたりとかして。
そこはもう一切何もしてません。
そうですね、中川さんの話を聞いたタイミングと遠藤さんが入られるタイミングが本当に同じぐらいだったんですよね。
そうでしたっけね。
そうですね。
そうですね、10月入社ですかね。
そうですね。
中川さんにカジュアル面接、一番最初お会いしたのは中川さんなんですよね。
はい。
そうそうそう。
めっちゃカジュアルとはいえ、こちらは面接という体で行くじゃないですか。
それがまたもう、もういい会社っすよ。
そうですね、面接の時とか僕は非常にフランクに行くというのが心が出てます。
実際入ってみたら全くその通りだなと思って。
そうなんですよ。
ずっとそのプロダクトをしっかり見るチームっていうのは絶対必要だっていうのを僕は入社して1年間ぐらいずっと言い続けてきたんですけど。
ただ自分にはできないっていうか、自分の強みはやっぱり営業が軸足にあるんで、その営業を軸足としてちょっとそこのブリッジのところっていうのは関われるんですけど、
そこメインでやるっていうのはなかったんで、必要だ必要だと言い続けてきて、で遠藤さん。
おお、遠藤さんいいじゃんみたいな。
よかった。
プロダクトにいいじゃんみたいな話だったなっていうのをなんか思い出しましたね。
嬉しい。
はい、課題意識としてはすごく持っておりました。
なるほど、ありがとうございます。
そこからちょっと少し目線を未来に最後伺えればと思うんですけど、今後の優吾をどうしたい、どうなってほしいとか、ちょっと未来の話を伺えればと思うんですけど。
優吾は引き続き成長してほしいですね。やっぱりスタートアップと言わず立派な会社に育っていってほしいなというふうには思いますね。
なので、それができる素養もあると思いますし、あとは今のいわゆる外部環境的にも非常に追い風だと思います。ロボットとかAIの文脈は、そういう追い風もあったりしますので、全然実現できることかなというふうに思ってますので。
私も必要とされる限りはそこに貢献はしていきたいなというふうに思っているというところですね。
機械めな。
ずっといてくれるということで。
もういてくれるものだと思ってますけどね。優吾ってどういう強みがあるとか見えたりしてます?
そうですね。僕もカルチャーね。人はいいんじゃないですか。人はいいと思いますよ。やっぱり組織って人って大事なんですよね。めちゃくちゃ大事で、そういう部分は非常に良いカルチャーだし、なんていうのかな。
真っ当な人が多いですよね。真っ当な人が多いっていうところはあるので、そこら辺は非常に強みかなというふうには思いますかね。
あとはリーダーシップっていうか、松井さんも非常に人柄ですよね。いわゆる既定列な経営者じゃないというか、激しい経営者じゃないですかね。しっかり全体を見ながらバランスを取り、ただ決めるところは決めるみたいな。
決断するところは決断するみたいなところがあるので、そういう経営のリーダーシップっていうのも非常に良いし、それに賛同する良い人が集まってるみたいなところが結構強みかなというふうに思いますかね。
人が人を呼んでいるっていうのが、やっぱり上手い循環しているっていうような。
そこはあると思います。
原木さんの採用のショートとかもあってですね。
様々ですね。
いやいやとんでもないですよ。
皆さんが優秀なので。
急にもう。
そうですね、やっぱり人、人っていうのはすごいなんかしっくりくるなっていうのは思いますね。
重要ですよ。どんなにスキルがあって頭が良くても、それとなんか良いチームって全然違う話ですからね。
なのでそういう意味では良いチームなんじゃないかなというふうに思いますね。
なるほど。分かりました。
そんなあの営業部も今積極採用活動。
はい、積極採用中ですので。
何かその今聞いてくださっている方々へのメッセージなどを最後いただけたらなと思うんですが。
そうですね、なんかね、営業イコールダサいみたいな風潮が。
あります?
前はありましたよね。なんか僕らの頃は、いわゆる訪問販売とかのイメージなんですよね。
飛び込みとかね。なんかダサいみたいなあれはあったと思うんですけれども。スタートアップは営業ですからね。
本当にそうです。
売上がないと死んじゃいますから、スタートアップは基本的には営業が強くないと生き残れないっていうのはあります。
あとはロボットという商材はですね、非常に営業するには難易度が高いです。
いわゆるスペックが決まりきってないっていうんですかね。
なんかAというインプットを出したらBというアウトプットが必ず出ますという代物ではないので、そこら辺の商材の難易度とか、
あとは商材として新しいので認知度もあまりないですし、そういう部分では非常に難しいんですけれども、
ただそこが醍醐味でも、ロボットを営業する醍醐味でもあるかなというふうに思っているのと、
あとまだまだここら辺はいわゆる我々のようなサービス分野でのロボットの営業経験がありますとか、
なんかすごい実績がありますって人は世の中にほとんどいませんので、ここで実績を残すですね、
バラ色のキャリアが将来待っているぞと言うこともありますので、
そういうところに挑戦できる環境は優吾にはございますので、我こそはと思う方はぜひですね、応募していただければなというふうに思っております。
なんか女性の営業とか。
欲しい。
ですよね。
男性しかいないんですね。
そうですね。
そうなんですよ。
うちの会社ね、女性比率が本当に低い。
低いですね。
そこはもしかしたらちょっとリスクかもしれないですね。
そうですね。
なるほど。
経営上のリスクかもしれないんですが、別に男女問わず。
楽しんでいただけるような。
そうですね。
そのカルチャーは優吾にはありますからね。入っていただければ絶対楽しいですもんね。
それは僕もネットに実感してます。
そんな今聞いてくださっている方、興味持ってくださっていたらぜひ。
お待ちしております。
お待ちしております。
お待ちしております。
たくさんいろんなお話を伺って本当に今日はありがとうございました。
ありがとうございました。
本日のゲストは営業の中川健太さんでした。
引き続きよろしくお願いいたします。
どうもありがとうございました。
さよなら。
48:10

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