大学を卒業されたのがおそらくもう25年くらい前ですよね。
そうなんですよね。
最初に入られた会社はどういった会社?
経歴にも載ってますけど三菱電機っていうところで。
携帯電話の授業に。
というか1年目は研究所だったんですよね。
研究所でリアルタイムOS周りのすごいマニアックなことをやってましたね。
OSわかるってみなされたのか何かわからないですけど。
組み込み用のメモリダンプツールを作ったりとか、
何度フラッシュのローム焼きツールを作ったりとか色々やってましたね。
これ新人がやることじゃないよなって言われながらも、教育主任が鬼みたいな人だったんで。
すごいですね。研究1年?
研究所って言っても携帯電話をやってるところに配属されて、そのまま携帯電話の開発の方に。
開発ってどんな?
デバイスドライバー開発とか。
デバイスドライバーって物を動かすためには何か制御しなきゃいけないじゃないですか。
通信方式があってデータ取ってそれをどうするのかっていうようなところを全部作ってたってところですね。
1年目2年目はそんなところでドライバー作ったりやってたんですが、
3年目からプレイヤー兼リーダーでガイチュウさんが2人3人ついて、
1つの機種のドライバー全部任せるわみたいな。
3年目でそんな感じです。
僕じゃあ使ってたかもしれない?
マジですか?
D-501、D-502はやってましたよ。
D-501って細長いやつ?
スライド式のやつ。
くるくる回るスピードセレクターっていうのはあれ自分がコードを書きました。
D-502かな?
倉庫してるうちに三菱携帯アーメンだっていう話になりまして。
会社その時に辞めようかな、他から来てくれって言われてるよなと思いながらも、
辞めたら戻れんなと思って。
移った先でしばらく頑張るかと思って、
FA事業、名古屋に行きまして。
がっつり工場の装置の中にあるPLCとかHMIとかFAプロダクトを作ってました。
作ってるっていうのもソフトウェア、OS周りずっと担当だったんで、
ソフトウェアからハードウェアから見るよっていうような立場で。
BIOS関係のリーダーずっとやってて、
そこから商品企画とかなんとかかんとか。
企画もやられてるんですね。
企画もやりましたよ。
企画もやるけど、いろいろとすった問題ありまして、
FAって三菱電機の中では儲け頭なんで、利益を落としちゃならんと。
なので新しいこと考えろって言うんですけれども、
結局はなぜ今うまくいってるのにそれを変えなきゃいけないんだっていう、
いろいろご意見がありまして。
ジレンマ的なやつですね。
俺一人で調整するって無理だよなっていう。
誰も味方いないのかっていう。
そういう状況もありましたよね。
営業とかはされてないんですね。
技術として現場知るという意味でちょいちょい出張はしてましたし、
海外もいろんなとこ行きましたよ。
真冬のノルウェー行って。
2月にノルウェー行けって。
何もその時期選ばなくても、あんた時期いいときに行かせてよとか思いながらも。
いや今なんだとかって言われて。
行ったら飛行機飛ばずに。
オスロ着いたら夜中の2時で、
俺これホテル行けるのかなとか思いながら。
ドランメンっていうところまで行ってくれって言われて、
どこだよそれ、どうやって行くんだよ調べろみたいな。
どうですアラキさん、このなんやかんや楽しそうに喋ってる出口さん。
始まる前は話すことないですけど。
おっしゃってたんですけど。
めっちゃ出てくるじゃないですか。
今の話だけど、いろいろ質問が湧いてしょうがないですね。
そこ掘り下げたいけど、アラキさんの編集が大変になるから。
気にせず。
アメリカとかインドとかも何回か行って。
またこれも雪で飛ばずにナリタに一泊したりね。
テレビに取材されたりね。
そうなんですか。
困ってますっていうコメント求めてるんだろうな、この人たちに。
卵とニワトリどっちが先かわからないですけど、
出口さんの周りにいろんなことが起こります。
起こりますね。
いろんなことがあるから出口さんが呼ばれてくのか、
そっちの可能性ももちろんありますけどね。
いろんな意味で足りないところをやっていくってさっきおっしゃられた。
そういうところから始まってるな。
残阪整理って言ってたんですけど。
残阪整理みたいな。
でもあれですね、生存力というか。
世界中どこでも好か不好か好き嫌いないんですよ、食べ物に。
それいいことだと思う。
どこに行ってもおいしく生活できるっていう。
才能ですね。
インド行ってもベトナム行ってもタイ行っても。
これからは仕組みとして人増えても安心して人増えても大丈夫と言えるような組織づくりをしたいなと思っていて。
それがインテグレーションの意味なのかなと思いつつ。
一人の人が何だかんだ言う意見は重要なんですけれども、やっぱり組織としてチームとして働けるように。
正直今まで個人の突破力で持ってたようなところもあるので、組織として強くなれるようにしていきたいですね。
私も今お伺いしようと思ってたんですけど、チーフインテグレーションオフィサー、何をやっているんですか?
何をやってるんですかね。何をやりましょうね。
でも何でもってことですね、そういうインテグレーション。
昔からソフトOSまでやってたので、ソフトもハードもある程度見てましたよと。
ソフトをやりながらハードの図面を見て、これおかしくないとかって指摘された思いが初めてだと言われたときはちょっと嬉しかったです。
お城とか見て、ISKCとかの波形でこれ読んで、ちょっとこれおかしいんじゃないとかっていうのもやってましたし。
そういうようなところもありますけれども、仕組みを作るとか足りてないところを気づいちゃうというか。
そこを気づいたからには何とかせなあかんなと思って。
例えば絶対的に人が足りてないなら人を入れるし、仕組みがないなら作ろうと思うし、というようなところをこれからやっていくのかなとは思います。
ソフトをメインの人でお城とかまでわかるって、それは出口さんがどこで学んだことなんだろうって思ったんですけど。
それも必要あるから自分で。携帯電話をやってた時に全部学びました。問題が起こった時に何かわからなかったら端から全部自分で調べようということで。
ハードチームに行って使い方を学んで、一緒にお前やっとけって言われたやつと一緒にどうやるのって見て学んで、こうやるのかって言って、これくらいだったらできるわって思ったまま全部自分でやるってやってました。
まさにあれですね。何でもやります。
技術の領域に閉じず。
技術が何だとか企画が何だとかっていうよりも、原点は使ってよかったねっていう言葉をもらえることなんで、それは別にプロダクトだろうが最終的にはサービスだと思うんですけども。
ユーザーエクスペリエンスというか、そういうようなところも加味した上でいいもんだねって思える。
そこに足りてないものは何でもやるよっていう形で。
なので妻もそこの専門家なんでちょっと手伝ってて。
今日もインタビュー聞いていただいてるんですけど。
先ほどいらっしゃいましたね。
奥様はプラットフォームの方をお手伝いいただいておりまして。
出口家総出で自由語を支えていただいている。
夫婦の会話とは思えないような会議がなされていることもたまにある。
出口さんが言うとやっぱり重みが違いますね。
実際にやってきている人だから。
ただ目指すべきはあいつ何やってるんだろうなーって言われつつも
いなくなったら実は大変だみたいな影で支えられるようになれたらなと思います。
今までもそうかもしれないですけど
インテグレーションとか調整とか仕組み作りとか統合してやっていくっていうのをやってる?
そうですね。足りてないところ。
いいものを作るために足りてないところをどうしようって考えて道筋を作ること。
まだまだ完成ではないですよね。
全然ね。
優吾はそもそも拡大していくから