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2026-01-07 07:38

TTT/共感は集まるのに、本人不在⁉️理解だけが増えていく構造/

共感が集まるテーマほど、
 

なぜか「当事者」だけがそこにいない。
 

『絶対謝らない人』という本が重版されたという話題から、
 

「届けたい人にほど届かない」という現象を考えます。
 

この手の本が増やしているのは、
 

行動の変化ではなく、理解の共有なのかもしれない。
 

誰が悪い、を決める話ではなく、
 

理解だけが静かに増えていく構造について。
 

The Thinking Track。

 

◆関連リンク🔗(Stand.fm)

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『絶対謝らない人』が絶対に読まない本の話

https://stand.fm/episodes/695ca2f7d073e064d1207cdf

👆モノローグ仕立て
 

サマリー

『絶対謝らない人』という本が発売され、大きな反響を呼んでいますが、著者がこの本を読むことは難しい構造について考察しています。共感は得られますが、その対象者には届かず、最終的には被害を受けた人々が理解を深めることになることが示されています。

本の影響と対象者の不在
絶対謝らない人っていう本がさぁ、発売直後に大反響で、
即10判を決定したんだそうですよ。 でね、ふと疑問に思ったのが、
ところでその、絶対謝らない人ってこの本読むのかな?という疑問。
The Thinking Track 気になったテーマを深掘り。
あらためまして、今回のテーマ、共感は集まるのに本人不在⁉️理解だけが増えていく構造
ということを話していきます。
うん。 興味持ちました私、タイトル。そしてキャッチコピーとか、ちょっと概要もね、
広告を見て、のこのこ、今風だなって、身の回りに皆さん、いるいるそういう人って共感する人多いんじゃないかなと。
まあだから売れるんでしょうけども。 でも、その人に気づいてほしいと思ったところで、実はその人に、
で、想定読者とは違うのかなと。 その人によって被害をもたらされている人が共感していっぱい買ってる本なんじゃないかなっていう気もしたんですね。
で、どうなんでしょうってAIに聞いてみました。 結論から言うと、タイプによって大きく違う可能性があるっていうことで、
一つは、 一つのパターン。自分のことをある程度客観視できる人の場合は、
まあ客観視できてるんで、自分が謝れない傾向を自覚していたりとか、改善したいという意欲がある。であれば、
どうして自分はこう振る舞ってしまうのかなという自己分析、心理的背景を知るために読む可能性があると。
あと心理学とか自己理解に興味があるんであれば、こういった本を読んでちゃんと自分を見直す機会にするのかもしれませんと。
もう一つ、届かなそうな典型的な絶対謝らないタイプの人はどうかと。
心理的、心理学的な見立てとして、この本で多分扱っているであろう謝らない人、それは自分に非があることをまず認めたくない。
あと、謝る、謝罪することを弱さとか勝ち負けの負けって感じてしまう。
で、プライドとか自己正当化が強い傾向にある。
そういう説明がなされているそうです。
となるとどうなるかと。
そもそも自分が自分のことを言われている、自分がそういうタイプだと気づいていない。
本のタイトルとか内容自体を自分への指摘として受け取れない、読まない、あるいは拒否する、否定する。
もしくはこれ人の話でしょって読み飛ばす。
心理学的には自己防衛のために自分に都合の悪い情報を避ける傾向があるあるなんだそうです。
この2つのタイプまとめますと、客観的に自分の行動や心理に関心がある人は興味を持つ可能性がある一方で、
典型的に謝れない人そのものは興味を示しにくいのではないかと。
つまりあるあるとか共感は、読者に興味があって読んだ人に刺さっても、そう言われている本人、本人自身が自分への指摘と捉えて読むことはないでしょう。
もしくは否定するケースは結構あるあるではないかという見立てでした。
読んだ人の感想あったら聞きたいんですけどいかがでしょうか。
構造の深掘り
この本ね、だから届けたい人ほど届かない選手権優勝候補みたいな。
届けたい情報ほど届いて受け取ってもらいたい人には届かない法則みたいな。そんな感じでしょうね。
じゃあなんで届かないのかはちょっともうちょっと深掘りしてみましょう。
ありがちな構造として一つ目はまずタイトルが刺さりすぎると。
だってタイトルいいですよね。絶対謝らない人ってすごい強いラベル。
当事者ほど俺はそこまでじゃねーよ。失礼なタイトルだなぁなんてね。回避スイッチってものが入っちゃう。
二つ目、読み手多くは被害者側なんですよ。手に取る人は。
謝ってもらえなかった人とかね。モヤモヤをずっと溜め込んできた人。
なんであの人こうなの?って理解を促進したい人。それ読み手ですよね。
読むことで救われる側。
二つ目。三つ目は当事者は
問題が存在しない世界にいるってことです。
典型的な絶対に謝らない人って
問題は相手のせいですよ。お前が大げさなんだろうって。こんな大げさのことじゃないよとか。
あと摩擦があってもそれは相手の受け取り方でしょ。向こうの話でしょ。自分ごととして捉えない。
結局都度のつまりは、だから改善する必要がないじゃん。
学びの対象にはなりませんね。みたいなことが起きてしまう。
皮肉ですよね。その皮肉が広がって共感レビューが増えていく。重版がかかる。
でも盛り上がっても盛り上がってもモデルとなった本人には届かない。読まない。
結果どうなるか?わかるわかる!っていう共感の時は拡張していく。膨らんでいくというわけです。
ちょっと切ない繁盛なベストセラーな感じもしますね。
ただ意味があるとするのであれば、この本の役割はありますよ。相手は変えられない。相手を変えることはできなくても、
困っている、被害を受けている本人自身が自分の消耗を減らすことにはいくらか支えになるのではないか。
相手に期待しすぎない。理屈で説明したって無駄だ。
謝罪っていうのは人間の証明っていうことのほどではないってことを知れるわけですから。
読み手の世界を楽にする本と言えそうです。
はい、今回はこの辺りで。最後にお断りです。この配信では身の回りでセイラージーが感じたこと。
今回は新聞の広告であった本のタイトルを元に、ネットやAIなども得た情報も参考にしながら構成しています。
正確性についての保証はいたしかねますので、くれぐれもご自身で最終判断をしてください。
疑わしき情報やお気づきの点がございましたら、お知らせいただけると助かります。
Bringing joy and insight to your ears. This has been Seiraji-Kentoo.
素敵な謝らないや謝るビューション。
ばいばい。
07:38

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