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#27 中学英語に過度な期待を寄せる風潮
2026-07-12 10:36

#27 中学英語に過度な期待を寄せる風潮

中学英語だけでOKとか、中学英語だけでペラペラに、のように、中学英語が語学のすべてを解決してくれるかのような過度な言説を出す人がいます。この動画では、「そんなわけがない」というある意味で当たり前の話を、じっくり尺をとりながら説明しています。


中学英語に過度な期待を寄せる風潮 / 中学英語だけでOKという言説への違和感 / 基礎ではなく特殊 / 学校英語が狭くなる構造的理由 / 大人が中学英語に戻ることの違和感 / TOEIC・英検も狭い / 自然言語としての英語 / 狭さをメタ的に捉える / 無知の知 / まとめ


プロフィール:

フリーランス産業翻訳者。新潟県新潟市生まれ。東京工業大学(現:東京科学大学)大学院修了。2019年よりフリーランス産業翻訳者として開業し、現在に至る。専門は技術、IT全般。愛称は「そっちゃそ」。副業として語学指導や発音指導も手掛ける。趣味はキャンプ、登山、ドライブ。ご意見・ご感想は公式HPのお問い合わせフォームからお気軽にどうぞ。


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00:04
こんにちは、そっちゃそです。 この番組そっちゃその語学ラジオでは、
語学学習というテーマを軸に、 その本質やあり方について哲学的に考えていきます。
ここで扱うエピソードは、もともと YouTube に公開した内容をもとに、音声コンテンツとして再編成したものです。
映像がなくても理解できるように設計していますので、 通勤中や作業中など長な時間にもぜひお楽しみください。
それでは今回のテーマに入っていきましょう。
こんにちは。今回なんですけど、また久しぶりに 英語、語学系の話をしたいと思います。
今回は、キーワードは中学英語という話なんですけど、
中学英語って言うと、よく使われるんですけど、
簡単な英語、楽な英語、そして最近だと、 万能っていうのは中学英語だけでOK、
中学単語、中学フレーズ、中学の文法だけでOK みたいなことを説明されることがすごく、
少なくとも僕の視点から見ると多いなと感じるんですよね。
書籍とか動画でもそうですけどね。
それで、たぶん中学英語でOKって言われると嬉しいっていう、
そういう、中学英語だけでOKなんですねって喜んでしまう人が すごくたくさんいるのではないかなって僕は感じているので、
今回動画にした感じです。
これは、まずそんなに良いことではないと思うんですよね。
まず端的に言うと、中学英語で何でも解決するわけがないじゃないですか、
っていうのが僕の一番痛いところで、
にも関わらず中学英語だけでOKっていう、
ある意味根拠が何もない、根拠が何もないような言説を信じてしまう土壌があるっていうのが、
すごくマクロな問題だと思っています。
今回はこの中学英語っていう話を、
具体的には中学英語でOKですと言ってしまう人と、
中学英語でOKと言われた時に喜んでしまう人が世の中たくさんいるよねっていう話、
そしてそれが問題だよねっていうのを話してみたいと思います。
まず中学英語について言いたいのは、
中学英語って狭いんですよね。
狭いっていうのは範囲が広い、狭いっていうその狭いで、
特殊って言ってもいいと思います。
中学英語は特殊であるっていうふうに説明してもいいと思います。
このように説明すると、中学英語というと、
その後の語学学習人生の糧になる基礎基本になるのではないでしょうかっていうふうに思う人もいると思うんですけど、
03:01
これはそうではないっていうのが僕の見解です。
基礎ではなく特殊、特殊、英語で言うとスペシフィックですよね。
中学英語はスペシフィックだというふうに考えていいと思います。
何でかっていうと、学習指導要領っていうのがあるように、
義務教育とか小学校、中学校、高校で、
教えるべきことと教えないことっていうのの線引きがすごくそこで決まってるんですよね。
ここの部分は言わない、触れない、教えない、言及しないっていうのが決まってて、
もうその時点で確かに学校って狭いんだなっていうふうに感じませんか。
別にその学校で教えないことがあるこれに関して、
何かその学校側が意地悪をしているとかそういうことじゃなくて、
それをきっちり決めないと、正解のやり取りをする場所と正解のやり取りをする現場としての学校で、
教えたい放題を教えたらちょっと困るじゃないですか。
群がれますし、全国ずついろんな人がいるわけで、
その人たちにまんべんなく教えるという責務の学校になっているわけですから、
ここまでやりますよっていうのをちゃんと決めないといけなくて、
かつここまでっていうのは確実にこれが世の中の正解ですよっていうふうに確定することができない、
確定することをしないといけないんですよ。だから狭いんですよ。
それは何か良いとか悪いとかじゃなくて、
そういう学校っていうしばしば儀式的というか手続き的になってしまいがちな場所における、
そういう特殊な環境における妥協といったら変ですけど、
今のところこれが最適だよねっていうのが学校というわけですよ。
それは特殊になる理由です。
本体の学校、本体というか今回のメインの話である学校英語に対して過度に進化化して、
学校英語だけで中学英語だけで全てを解決してしまうっていうのは、
この時点ですごく変だなって思いませんか。
学校英語は特殊であって狭いと今言ったんですけど、
それは後の理由があって狭いんですけど、
その狭い学校英語に対して過度に行きたいって思いっきり逆走してるじゃないですか。
だから素直に考えたら広い方向に行きたいんですよね。
枠の外に行かないといけないんですよね、広く情報を回収するためには。
広く情報を回収できるってすごく当然有利なんですけど、
これは大人の方が当然有利ですよね。
大人って行動の自由度が高いですから、自分で選択できる範囲も広いです。
中学生にはできないようなアクションを取るオプションを持ってますよね。
例えば実際にワークなどの現場に行くって中学生にはちょっと難しいですけど、
大人だったら多分そんなに苦労しないですよね。
外国に行くことも、外国の現地でおしゃべりすることもそんなに苦労しかないはずですけど、
06:03
そういうことができてしまうんですよ。
これは当然良くて、そういうことをした方が当然広くはなりますよね。
そのような広いオプションを取りに行くことができるという大人の特権があるにも関わらず、
逆走してしまう、中略英語に戻ってしまう、すごく変なんですよね。
これが今回の話で最も言いたかったところです。
あとはトイックとかもそうで、トイックも狭いんですよね。
トイックと英検も全く同じで、正解不正解を客観的に確定しなければいけないという要請がある都合上、
出る範囲をすごく狭くしないといけないんです。
具体的にはトイックって誰が受けても偏りがないようにしないといけないですから、
宗教とか政治とかそういう話は絶対に出てきませんよね、問題の中で。
そうするとその時点で宗教や政治に関する話を聞けないという確定ですじゃないですか。
トイックの中ではそういう話が出てこないというのはもう決まっているので。
当然話題もそうですし、こういう限定的な話しかしないよっていうのはもう決まっているんですよね。
それも狭くしてしまうという、全く中学英語と同じ話です。
英語の話をしますけど、英語って自然言語じゃないですか。
自然言語っていうのはまず言語がありきで、エスペラント語とかプログラミング言語とは違って、
まず言語は世の中に自然にあって、それを研究して追求してその真理や法を解き明かすのが自然科学なんですけど、
その対象が言語なわけですよ。
順番としては言語ありきで、能書きというか理屈は後からくるわけですよね。
能書き理屈っていうのは文法とか語彙とかそういうやつですよ。
その時にさっきの中学英語の話につながるんですけど、中学英語っていうのは脳に咲く自然言語があって、
それを狭くして文法とか語彙として体系化したのを、またさらに狭くしてめちゃくちゃ狭い状態にしてから提出するっていうのが中学英語なんですよね。
もうこの時点でめちゃくちゃ狭いとは思いませんかね。
それを全てのことの真理を表す全てのように感じてしまうのはものすごくミスリーディングな気がしませんか。
そんな感じですよね。
狭いものを見ている時にこれは狭いっていう感覚をメタ的に自分で把握するのはすごく大事になると思います。
そうすると必然的に、中学英語だけでなんとかしようとしてしまうのは無理だなとか、
中学英語だけでなんとかするってなかなかこっけーだなというふうに感じるはずなんですよね、自分で。
今回の話はそんな感じですね。
まとめると、狭いものを見るときに、これは狭いなっていうのを自分で感覚として言えなきゃダメなんですよね。
09:08
だからこれだけでOKなわけがないっていうふうに自分で納得しないといけないんですよ。
無知の知と同じだと思います。
無知の知という哲学的な言葉がありますよね。
自分が知らないという状態を知っているという状態なんですけど、これと同じで、知ってる知らないの範囲があって、知ってる範囲にこれがあって、知らない範囲にこれがある。
あるいは、今目の前に提示されているものが、自分の目の前に提示されている事物が、どれくらいの範囲の物音に対応しているのかというのを考えて、それをメタ的に認知して、
今私たちはこれくらいの具体性あるいは抽象性の高いものを見せられているという感覚を持つのがすごくいいのではないかというふうに僕は考えています。
今回の話は以上になります。
最後までお聞きいただきありがとうございました。
noteやkindleでもラジオで扱っている内容をより体系的に整理したコンテンツを発信しています。
さらに深く学ぶ方は概要欄からチェックしてみてください。
それではまた次回お会いしましょう。
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