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#36 語学学習の「甘い言葉」に惑わされないためのヒント
2026-07-21 11:41

#36 語学学習の「甘い言葉」に惑わされないためのヒント

ネットをあさっていると、本当に正しい学習法、真の学習法、本物の学習法などなど、本当とか本物などのようなワーディングを使用する、訴求色の強いコンテンツや広告を多く目にします。このエピソードでは、そのような「ちょっと魅力的に映っちゃう」ワーディングでやってくる情報は回避すべきであること、「目の前の現実」からうまく課題を抽出して、これを立脚点にしてうまくやっていくことが大事になることを説明しています。


プロフィール:

フリーランス産業翻訳者。新潟県新潟市生まれ。東京工業大学(現:東京科学大学)大学院修了。2019年よりフリーランス産業翻訳者として開業し、現在に至る。専門は技術、IT全般。愛称は「そっちゃそ」。副業として語学指導や発音指導も手掛ける。趣味はキャンプ、登山、ドライブ。ご意見・ご感想は公式HPのお問い合わせフォームからお気軽にどうぞ。


YouTubeはこちら:

https://www.youtube.com/@trans_souta

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こんにちは、そっちゃそです。 この番組そっちゃその語学ラジオでは、
語学学習というテーマを軸にその本質やあり方について、 哲学的に考えていきます。
ここで扱うエピソードは、もともとYouTubeに公開した内容を基に、 音声コンテンツとして再編成したものです。
映像がなくても理解できるように設計していますので、 通勤中や作業中など長な時間にもぜひお楽しみください。
それでは今回のテーマに入っていきましょう。
こんにちは、今回も語学学習系の話になります。
今回は最近の動画では、いつも僕は主体的にやっていこう、 周りから来るノイズに惑わされずに、
自分の主導権を自分に持ってきてやっていこう、 そういう話をいろんな角度、様々な角度から説得するような、
説得というか説得力を持つようなことを いつも説明しているんですけど、
今回はその大きな流れの一つとして、 周りから来るノイズの一つと言ってもいいんじゃないかという、
本物のとか、本当のとか、真のとか、 全く新しいとか、そういうかっこいいワードでやってくる、
言葉全般に関する僕の考察意見を説明したいと思います。
この本物とか本当っていうのは、 英語学習界隈の人たちとかでもよく目にすると思うんですよね。
本物の英語力、本当の英語力、 真の究極の英語力、今も昔も見るじゃないですか、
どこに行っても一度は見ますよね。
本物の全く新しい、ただ一つの正解みたいな、 そういうワーディングってたくさんありますよね。
実際そのワーディングを見て、なんかこれはすごそうだっていう魅力を 感じてしまう人もたくさんいると思います。
ただ今回の話の筋は、そのようなかっこいい言葉、 本物とか本当とか、
そういうかっこいい言葉を自分自身も乱用しない方がいいし、
そのような言葉をたまたま目にしても、 あまり間に受けない方がいいのではないかっていう、
僕の思考を出したいと思います。
当然まずなんですけど、本物とか本物じゃないとか言うと、
何かが本物であるっていうふうに強く意識すればすること、 そうじゃない方もハイライトされますよね。
本物の英語力とか本当の英語力ってことを乱用したがる、
実際乱用してしまうと、 当然じゃない方にも意識が持っていかれますよね。
何が言いたいかっていうと、本物にすがって、
偽物というか、間買い物を軽蔑するという、 チェリーピーキングな感じになってしまうんですよね。
これが英語学習で、できれば可能な限り避けたい傾向だというふうに僕は考えています。
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いつも僕が言っているのは、英語学習は、
事実を大事にしよう、一時情報を大事にしよう、 みんながどのように英語を使っているかは、
まんべんなく偏りなく観察しようと言っているんですけど、
事実を観察するのと、本物にすがるというのは、 似ているようで違うんですよね。
本物というのは主観ですよね。
主観というか、そうであってほしいという、 その人たちの願いがありますよね。
これが本当だと言っている人は、 これが本当であると言います。
もっと高めに言うと、これが本当であってほしいという、 そういう願いを持ってそれを言っているわけじゃないですか。
これで客観性がないですよね。
対して、事実というのは、単なる真実であって、
これは本物がどうこうとか、 混沌とかそうではなくて、
ちょっと言葉は似ているんですけど、 目の前にありありとある現実、
現実というか、 現実のことと言った方がいいかもしれません。
現実として、事実として、 どうなっているかというのが事実ですよね。
一時情報ですよね。
こっちを大変にして、そこに優劣をつけたり、 格の違いをつけたり、
本物か偽物かみたいな、そういうエゴというか、 主観的な自分の思い込みを入れずに、
現実を普通に見つめる。
ありのままを見つめるというのが大事になるよね、 というのが今回の話の筋です。
また話は戻すんですけど、 本物とか偽物と言っちゃうと、
本物がどうこう、偽物がどうこうと言いまくっちゃうと、
その真実、事実を、 現実を見ないという方に走りがちなんですよね。
繰り返しですけど、本物か偽物かというのは 主観が入っちゃうんですよ。
こうであってほしいという勝手な理想、 勝手な思い込みや勝手な妄想が
本物か偽物かということまで出てきますから、
事実というのは現実を見ればすぐに単白なもの、 すごく単白で、現実を見ればすぐに
把握できる簡単なものなんですよね。
そこを見ることを諦めるとかサボると、
誰かようわからない人が言っている 本物の英語力、真の英語力、究極の英語力など
そういうそれっぽいワードに流されちゃうんですよね。
これネイティブ信仰とかも多分そうで、 ネイティブ信仰ってネイティブイコール正解
というふうに決めつけて、当然ネイティブは間違えるんですよ。
日本語を話す日本人の立場で考えれば分かるんですけど、
日本語を使う日本人も乱れた用法を使ったり、 変な言葉を使ったりするじゃないですか。
それと同じでネイティブだから正解っていうのは 結構危険なんですよね。
当然そういうのご用もありまして、 ネイティブイコール正解とか
そういう最近のナウな言葉を使うのがかっこいいとか、
そういうふうに考えちゃうと、どうしても 事実をテリピーキングしちゃうんですよね。
これは良いこと、これはダメなことというふうに 勝手に妄想して勝手により分けて
都合の良い自分にとって耳障りの良い情報だけを 仕入れちゃうというそういうバイアスが
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意図せずかかっちゃうんですよね。
それが避けたように、語学学習で回避したように という要素の一つです。
ネイティブ進行もそうで、ネイティブのあり方があると ノンネイティブを下げすむというか
多分下に見ますよね。 それが良くないというのがまず一つあります。
これって当然、ノンネイティブイコール 介護官というかそういうふうに考えちゃうと
当然その軽蔑の目線は自分自身にも向けられますよね。
英語学習をしている人は当然英語のノンネイティブ ですから、そうするとネイティブにすがると
ネイティブとノンネイティブの間に勝手な縦の構造 縦の上下関係を作っちゃって自分で勝手に
それで自分が勝手に落ち込んだりするというのが 変な流れですけどそういうのがありますよね。
それが良くないよねというのがその話です。 これは問題の根本をたどると
さっき冒頭で言った本当の英語力、真の英語力 そういう本当とか本物という言葉に
すがりすぎた結果として備わっちゃうというのは そういうのがありますよね。
やっぱり立場を逆にすると おかしいなって分かるんですよね。
ネイティブにすがるというのは逆に言うと 日本語学習者にすがられるじゃないですか。
それなんか変ですよね。 自分が日本人が日本語をしゃべる日本人だと
ですけど当然自分の語法について よく分かってないと思うんですよ。
発音だって発音を披露することができても 音声学的な説明は多分できないですよね。
そういう感じで何かを説明するのと 何か能力を披露できるというのは別で
日本人、日本語ネイティブ、日本人でもできないこと 分からないことがすごくたくさんあるんですよね。
そんな感じで向こうからネイティブが 素晴らしいとすがられた人たちは
実際のところ何もよく分かってない人は 結構あるんですよ。
それのギャップもあります。
だから一言で言うと本物とか本当とか真実とか そういうのにすがりたがる人っていうのは
やっぱり妄想が入ってて 現実を直視していないっていうのは
多分全てなんですよね。
現実を見ると変なことを言ってる人は 変なことを言ってなくて分かるんですけど
それが分からなくなっちゃうんです。 現実を見ないと。
そうするとそれっぽいことを言う 器用であった人に対してメロメロになって
素直に説明する人に対して 変な、何ていうかよく分からない
よく分からないなっていう感じで 興味を失っちゃうっていうのがありますよね。
とにもかく現実を見る。
目の前の現実、事実を見るっていうのは すごく大事なんですよね。
現実と本物って似てますけど
ちょっとワーディングは似てますけど 性質とは全然違いますよね。
目に入ってきた事実と こうであってほしいという信念ですから
全然違いますよね。
問題解決のアプローチとかも こういうのありますよね。
問題解決っていうといろいろありますよね。
目の前に望ましくない状況とか状態があって それが問題である。
この問題を解決したいってとき
まず必ずしなければいけないことって 問題を直視することですよね。
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問題から目を背けるっていうのが似てて
問題を直視するっていうのは 問題を解決するために重要な
重要というか当然やらなければいけない 最初の段階ですよね。
問題を直視しないで問題を解決することって 多分無理ですよね。
それと同じなんですよ。
英語学習もそうで 現実を見るっていうのは
現実を見る実際にどうなっているかっていうのは
例えば足を運ぶなりして見るっていうのを
当然やるべきこととして意識しつつ
本物とか本当とかそういう究極とか
そういうワーディングに踊らされないように するっていう工夫は必要ですよね。
だから問題を直視するっていうのは
当然みんなはどのように英語を使っているんだろうなとか
そういうのを見るとか
あるいは自分自身で誰かに話しかけたり
誰かとコミュニケーションをして
実際にどのように話が展開されていったかな
そういうのを確認して
それで初めて現実を確認しましたよね。
そういう風にして問題を見て
これでいいのかとかこれはまずいのかとか
これはよくわからないけど改善する必要がありそうだな
そういうのを確認しながら展開していく
長期的に時間をかけて展開するっていうのは
いわゆる英語学習の一つの姿ですよね。
いつも僕が言っている仮説思考
仮説思考と重なりますけど
とにかく問題を確認する問題を特には
現実を見るっていうやつなんですよ。
もしその二次情報以降の情報
例えばこれもまさに今やっているのも
僕がやっているのも二次情報なんですけど
また劇の伝聞の話ばかりを聞いて
現実を見ていないっていう場合は
それはワーディングに踊らされる原因になっちゃいますよね。
現実っていうのは事実はブレないですから
そこを足掛かりにしてそこから進めていく
当然他の人の意見も重要になるんですけど
それはあくまでも参考ですよね。
自分でやっていくためには足場が必要なんですけど
それが足場の一つなのが一次情報
事実の情報っていう感じになります。
今回の話はだいぶ抽象的になってしまったんですけど
今回の話は以上になります。
次回の動画のご視聴もぜひよろしくお願いします。
最後までお聞きいただきありがとうございました。
NoteやKindleでもこのラジオで扱っている内容を
より体系的に整理したコンテンツを発信しています。
さらに深く学びたい方は概要欄からぜひチェックしてみてください。
それではまた次回お会いしましょう。
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