目からウロコの理科ラジオ #めかラジです。 今回は収録トラブルにより新作が出せませんので、過去に公開した第38回
天正大地震1586年で徳川は生き残ったを紹介します。 こちらは2024年2月26日にYouTubeの理系とーくラボラジオ部のチャンネルで公開しています。
もちろんSpotify、Apple Podcasts、Listenにもあります。 当時の番組の名前はまだメカラジではなく、理系とーくラボラジオ部徳王能と通称徳音でした。
メンバーは私カリウム以外のメンバーはラジオ部を卒業しています。 収録当初は歴史をただの暗記で覚えたらつまらないと話しましたが、今の高校は
探求学習で自分で問題を深掘りするという学習体験があるそうで、実際私カリウムの息子は高校の探求のテーマを探していると
尋ねてきたので、この後天正大地震の話を提案しました。 それでは第38回天正大地震で徳川は生き残ったをどうぞ。
理系とーくラボラジオ部徳王能と通称徳音をお届けします。
パーソナリティは、休みの日はだいたい昼頃起きて家事をして1日終わっちゃうなぁ、カズネです。
寝ても寝ても寝ても寝ても寝てもずっと眠いので、生きたまめにした山崎です。
休みの日はいろいろ原稿がはかだるなぁとは思っています、カリウムです。よろしくお願いします。
このラジオはオンラインコミュニティ理系とーくラボに所属する研究員たちがワクワクするような科学トピックや
科学を楽しんでいる人のお話をお届けする番組です。
ということで、みんな眠そうですね。
もう秋口はこういうもんか、だと思ってはいます。
まあ確かに、秋の長夜はなんとやろうという。
なんかもうね、5時とか暗いよね、だいぶ。
いやもう早いですよね、だいぶね、冬の足音がそこまで聞こえてくるような感じが。
うん、でもなんか最近ちょっと暑いけどね、昼間は。
確かにね。
25度超えちゃってするとね、嫌になっちゃう。
でも朝は寒いよ。
昼間外にいないから、基本私は。
まあいいんですけど、普通に自律神経が壊れるからやめてほしいです。
朝と昼でね、10度以上離れちゃうとだいぶ体しんどいらしいからね。
休んだ日、原稿をはかどるんですか?
今回は台本の原稿を書いてたりとか、それとネタかぶせて職場の方で、自主的に書いてる方の原稿があるんで、それも書いたりとかしてて。
へえ、すげえ。
ただ今週はね、月曜火曜、つまり火曜日収録なんですけど、昨日と今日とその前が3連休でしたね、金土日で。
これが5日間連休になってしまいまして私。
子どもが風邪ひいてね。
子どもが風邪ひいて月曜火曜も休みになってしまってね。
でも風邪だったから普通に。
インフルエンザもコロナも陰性だったんで、まあ明日には学校行けると思うんだけど。
というわけで5日間も休みがあったんで、まあはかどったわ。
インフルエンザ流行ってるらしいですからね。
そうそうそう、学級閉鎖とかって子どもの一定小学校で聞きますよ。
マジっすか。
コロナの次は再びインフルエンザが流行りだすっていう。
コロナは一応減ってるみたいですね、最近は。
そうですね。
インフルエンザは逆に1週間ごとの結果を見ると、
先週に比べて今週、あれ?
一番新しいデータは1週間前に比べて1.2倍だったっていう話らしいんで。
ちょっと早いような気もしますし。
何だったら9月くらいからインフルエンザあったもんね、今年は。
そうなんですか。
そうなんですね。
そうそうそう。
ねえ、風邪も多いですよって言ってました、病院で。
マジっすか。
やっぱり気温の変化とか言うのだと思うんですけど。
なんでお互い体には気をつけていきましょう。
そうですね、皆さんご自愛しましょう。
はい。
はい、ということで今回の特報のお供、ぜひ最後までお楽しみください。
今回は私カリウムから話題提供ということで、
日本史を科学の視点で深掘りしてみるシリーズ第2弾、
日本史と天章大地震についてお送りしたいと思います。
ちなみに第1弾はリーフィーディング商工具の話でしたね。
鳥取城、何でしたっけ?鳥取城氷牢攻めみたいな、そんなんでしたっけ?
そうです、氷牢攻めをして腹減りまくったところに大会を振る舞ったら逆に死んじゃったよっていうお話でしたね。
今回も豊臣秀吉の話なんですけれども、
大河ドラマの話で前回もスタートしたんですけれども、
同じ時代の話をして恐縮なんですが、
2023年の大河ドラマは主人公は徳川家康なんで、
その辺は割といろいろ研究されているんだと思うんですけれども、
歴史的な話以上に小ネタもいろいろ拾えるようで、
今回の話なんですけれども、1584年に小牧長久天の戦いっていうのが、
これは多分中学レベルの日本史で出てくるんだと思うんですけれども、
徳川家康と豊臣秀吉の唯一の直接対決にあった戦いなんですけれども、
兵の数は秀吉側の方が圧倒的に優位だったにも関わらず、戦果としては家康側の方が取っていて、
戦いのきっかけを作ったのは織田信長の息子の織田信勝だったんですが、
彼の方が秀吉軍から攻略されてしまって、戦争、この戦い自体は和牧という形で決着してなんですけれども、
秀吉は家康を武力で完全に討伐することを諦めていなかったらしいと。
この戦の翌年に秀吉は官博になっています。
だから実質もう日本でトップの地位を確立したことになりますね。
なんで家康は私に京都の方に来て、真銃しなさいと、
ちゃんと秀吉に使えるということをちゃんと表明してくださいというように要求するんですけれども、
上落している途中でアンサーされたら嫌なんで怖いからと言って家康は拒否しているんですね。
すぐに戦いで終わって和牧の服もしたからこれでいいじゃないですかと言って、
こっちにはノータッチでお願いしますという感じで家康はちょっと逃げていたんですけれども、
それじゃちょっと落ち着かないんで秀吉の方は。
15万人ぐらいの兵を差し向けて何とかぶっ潰そうと思って、
今でいうと岐阜県の大垣城に15万人分の兵を集めておいて戦の準備を始めました。
その次の年、1586年に地震が起こっています。
これは今回題名になっている転生大地震というんですけれども、
実はこの地震まだこんな時代ですから科学的な記録なんか何も残っていないんですけれども、
あちこちでどんな被災状況があったかというのは記録が残っているので、
それを例えばどこでどのぐらい建物が壊れたというのをいろいろ調べていくと、
たぶん内陸型で活断層型の地震でマグニチュードは7から8ぐらい、
震度が7ぐらいだろうというふうに推測されているそうです。
結構でかいですよね。
相当でかいですね。
結構でかいですよね。だいぶでかいですよね。
しかもこれ内陸ですからね。
活断層型でマグニチュードが8って言われるとかなりやばいですよね。
やばいはずですね。
東北のやつは置き合いであったにもかかわらず、
あのレベルの被災があったので、これが直下型だったというのは恐ろしいですね。
たぶん阪神淡路のほうと比較するほうが適切な気がしていて、
同じようなことが起きたという話ですよね、簡単に言うと。
簡単に言うとそっちのほうの地震のタイプですね。
これが起きたのがどこの断層だったのかというのは大体予想がついていて、
だいたい岐阜県から三重県あたりで、
安寺断層とか三保路断層とか養老断層とか伊勢湾断層あたりが推測されているそうです。
どこにあるのかについてはネットで検索してみてください。
これラジオなんで地図とかは表示できませんのでね。
かといって今の読みだけ聞いて漢字が当てられないという問題があったりしますけど、
その辺の断層で多分静岡県とかだいたい何か出てくると思うので探してみてください。
静岡じゃなくて岐阜ですね、岐阜県。
僕の地理力がつけてしまいました、すみません。
ほぼ岐阜県と三重県のあたりにでっかい地震が。
実は今4つぐらい断層の名前を出したんですけれども、
ネットで調べるともっといっぱいあります、岐阜県には。
ただそのうちのだいたいこの4つぐらいだろうと言われていて。
あと記録によるとその地震というのがどこか一つが最初に起こったとして、
その後その近くの他の断層がその動きに誘発されたり、
あとは余震もあったりとかして1ヶ月ぐらい余震続いたという記録があるようです。
えー、1ヶ月?
1ヶ月ぐらいはボコボコボコボコ。
なかなかこれだけ大地震やったらなあ。
被災はどの辺まで記録が残ってますかというと、
今の都道府県の名前で言うと、
富山県、石川県、福井県、岐阜県、愛知県、三重県、滋賀県、京都府、奈良という範囲だったらしいです。
で、これがだいたい秀吉と家康の勢力範囲の境目あたりになっていて、
ほとんどは秀吉側だったらしいんですけども。
なんで、家康の方は岡崎城がちょっと壊れたけど、それほどはなかったらしいです。
で、秀吉側はどうだったかというと、
せっかくさっき表牢を15万人分集めてたって言ってた岐阜県の大垣城、
全壊して、しかも焼き落ちてしまったと。
なんてこった。
あと富山県にあった岐阜根城とか、
滋賀県の琵琶湖の近くにあった長浜城とか、
あと三重県の長島城ですね。
これは織田の部活の方の拠点だったんですけども、
その辺も全壊しちゃって、液状化の現象もあったというふうな記録があったり、
あと伊勢神宮の下空が破損してたという記録もあるようです。
で、これ、地震がすごく激しかったというのもあるんですけども、
今、日本だと基本的には、
建物、でかい建物ってでっかくなくてもいいと思うんだけど、
建物を作るときに地盤の強さとかって大事じゃないですか。
あんましゆるゆるなところを作るんだったら、しっかり柱を埋めたりとかね、
地盤強化材を入れたりとかやるんですけど、
今、そのときはそういう考え方まで及ばなかったんだと思うんですけど、
この辺の方を優先して、水辺の近くにお城を建ててたらしいと。
特に長浜城とかは。
大垣も水の里とか言われてたんだから、
結構、地盤が怪しかったかもしれない。
もちろん、その辺断層があるのは、今調べればわかることなんですけど、
そういうこともあって、地震ですごい大変な被害が出ました。
特に肥料して、交通の面をすごく重視していたって言われてて、
水があると物資を運びやすいし、
あとは道路、道がちょっと曲がっているのだと動きがしづらいから、
道をまっすぐ作り直すっていうのもよくやってたらしいんで、
引いてほしいときは。
そういう発想のほう、だからこそ、
天下取りもしやすかったのかもしれませんね、考え方は。
確かに。
それが地震のときに裏面出ちゃった。
リアケース引いちゃったんですね。
私がこの地震で一つ注目しているのが、
これはですね、岐阜県の白川号にあった海陸母城っていうお城のあったところなんですけども、
今はないんですよ。
ここは鉱山の系の強い内ヶ島氏っていう一族が持っていた領地だったんですね。
金山もいくつか持ってたらしくて、
ここは小牧長久手の戦いのときに秀吉川に降伏をしたんですけど、
金山持ってるし、今後の軍資金の調達っていうのを考えたら味方にしといたほうがいいからってことで、
領地のほとんどはそのまま返してもらうって安堵されたっていう経緯があったんですね。
ところがこの地震でお城と城下町が山崩れで全部埋まってしまったと。
その後土石流も発生しちゃって、跡形もなくなってしまって、
現代においてもこの集落の正確な位置がわからなくなっているっていう。
幻の海陸母城って言われてるそうです。
もうその地震があって400年以上経ってるんですけど、
その辺、山の崩落のあった場所っていうのは今でも岩肌が荒々しく残っているそうです。
まだ行ったことないですけど、ちょっと白川郷遠いんでね、
雪が降る前に一回行ってみたいなと思っておりますけど、
写真で見ると本当に多少は木が残っているって生えてきたところはあると思うんですけど、
まだまだ崩れた跡がそのまま残っているって言ってもいいぐらい、
なかなか恐ろしい写真が今撮られているようですね。
一応ここが跡ですって石碑もあるんですけども、この辺でしかないらしくて。
日本史の授業ではあんまり地震でこうなったって話って出てこないんだよなって思ってる。
私もこの海陸母女の話っていうのは、タイガドラマの関係でNHKが別の歴史物番組とかで扱ったりしているもんで、
それでそういう話もあるのかっていうので、高校1、2ヶ月ぐらい調べてて。
それで掘り起こしたデータだったんですけど。
ちなみにこれ誰も社会の専門の人はいないんですけど、
中学校の社会で教えるときに、なぜ急に秀吉が方向転換したかって、
どういう教え方になってるのかなと思って急に気になったんですけど、誰か知ってます?
織田の部活が結局最初に秀吉と仲違いして、
家康に対して秀吉を何とかしたいから協力してっていうのに起こった小牧永田の戦い。
結局の部活が戦略的に負けてしまったんで秀吉に。
それで小牧永田自体は止まってるんですけど、
の部活が仲違いをしたっていうネタはあるらしい。
秀吉がこうしたいんだけど家康さんも言い分ありますよねって。
なんでこういうふうにしたらどうですかって仲違いして、
人質自治作戦が挙行されたっていうふうな話はあるようなんですけど。
実際それは史実としてはあるみたいですけどね。
どうしての部活がそこで自分が撒いたような種を上手いこと収束させたのかっていうところがあったりもするんですけどね。
僕正直中学校の社会の歴史の授業、日本史の授業何にも覚えてないんですけど。
例えばここの話でこれ普通に考えたら勝ってるのに仕立てに出たように見える脅迫作戦をやってるってことになってるじゃないですか。
そこがなんでやねんっていうのが多分、こういう内容を前提にしないとちゃんと教えられないと思うんですよ。
その史実を貫ねられても面白くないし、ただの暗記芸になっちゃうから、
そういう社会っていうか日本史の授業は良くないかなって個人的に思ってます。
だからといって全部をこのレベルで解説してたら何も終わらないんで。
進まないんですか。
そこはね、難しいんですけど。
だってここのほんの数年の話ですからね。
なんかそもそも歴史を、日本のこれまでの数千年ぐらいの歴史を包括的に教える必要があるんかっていう気はすごいしてて。
個人の思いなんで、さらっと流してください。すいません。
ストーリーがないと覚えるのもつまんないよなって、ただ数字と事件だけを覚えていけばいいんじゃね。
数字と事件だけ覚えても何にも意味がないので、むしろこういうことを一部でもいいから自分で調べてまとめるっていう内容を社会っていうか歴史の授業としてやったほうが、
勉強する人のためになるなと思っています。
少なくとも今の教育指導よりはそうなってないので、そうならないのは理解してるんですけど、そういうほうがいいんじゃないかなって思ってます。
流石に歴史の先生がいるね。
わかる。
そういうのって学校の先生っていうよりかは、やっぱり塾とか予備校の先生ってそういう感じなんかなって勝手に思ってるんですけど。
でも塾はあれでしょ、予備校の子になっていくといかに点数取らせるかっていうスキル付けっていう面がすごく強いからどうかなって気もしますけども。
それはね、僕も塾とか予備校行ってないからわかんないんだけど、多分何パターンかあると思ってて、興味を持たせるっていうのが最優先だっていう意味でいろいろちゃんと面白くしゃべる。
その周辺の情報としていろいろインプットするみたいなやり方はあると思ってて、僕はそういうやり方のほうが好きかなって思ってます。
もちろんちゃんと歴史に関しては、いっぱいしゃべって教えるってなった時に、やっぱり面白おかしくしゃべるっていうのを意識しないと結局覚え切れにしかならないんで、
やっぱり面白いエピソードとかでちゃんと記憶に残すっていうのをやらないとわかんないかなと個人的には思ってます。
逆に数学なんかは適当に解法だけベーってやってたらいいのかなと思うんですけど。
数学もね、理解はできるんだけど、点数っていうとまた別だもんね。あれ練習だよなって。いかにあとちょっと速くするかみたいなところがあるよなって。
そうですね。半分覚え切れなんですけどね。
このパターンはこういうふうに入れていけばいいみたいなのがあるのかな?
基本はそうなんですけど、僕の中ではこれとこれとこれ組み合わせたらこの問題解けるじゃんっていうのを僕はずっとやってたので、
基本的な問題の解き方ってあるわけですよ。予言定理がどうのとかなんだかんだって。
そういうのをどう組み合わせたら今わかってる条件から欲しい値が出てくるかっていうのを考える練習だと思ってやってました。
だいぶ元のテーマから外れだしてますが。
このラジオは数学も社会もカバーできるっていう素晴らしいラジオだということに証明されました。
なんでもござれ。
なんでもござれのそういうラジオですから。
この番組では皆様からのお便りを募集しています。
Xの番組アカウントの概要欄にあるグーグルフォームよりお寄せください。
番組アカウントはすべて小文字で、
コーナー企画へのお便りや番組で取り扱って欲しいテーマ、その他も大募集しています。
皆様振ってご参加ください。
ということで今回の特報の音はここまでです。
お聴きください。ありがとうございました。
お相手はリケートクラボラジオ部のかすねと、
いつも眠いまさきと、
秋から冬にかけての暗さが苦手なカリウムでした。
さようなら。
次回もお楽しみに。
おやすみなさい。