今回のお話は「新米Webディレクターの頭の中ラジオ」のパーソナリティ、しおりさんゲスト回の3回目であります。実は心を持たないで育った少女しおりは、いかにして心を取り戻したのか。ザ・ノンフィクションばりのお話なのです。
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感想
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サマリー
しおりさんは、接客業から工場派遣へ移り、長期休暇や鹿児島への釣り旅行を求めて夫と転職した経緯を語る。工場では自動車部品のラインで昼夜交替勤務を経験し、地方の寮生活や高収入の一方、閉鎖的な職場文化や派遣労働の不安定さも見てきた。コロナ禍に在宅で働ける仕事を探す中、求人票のHTML・CSSを手がかりに、スキルで収入を得るウェブ業界を目指した。さらに、幼少期から母親に敷かれた音楽の道を歩み、東京音楽大学でピアノを専攻していた過去が明かされる。自分の意見を持たず母親の判断に従っていたしおりさんは、大学で友人関係や音楽への違和感に気づき、親のために音楽をしていたと自覚する。そこから家を出て反抗期のような生活を送り、警察に何度も迎えに来てもらう時期を経て、自分の人生を取り戻していった。番組ではこの変化を「音楽サイボーグ」から「人間しおり」への過程として振り返り、経験の積み重ねが現在の吸収力や逆算思考につながったとまとめている。
工場派遣で働いた7年間
おはようございます。
toksatoですよ。
一週間ぶりだもんね。
いつもどおりだよね。
さっそく始めましょう。
今日の話題は、
toksatoとくさと)の
Guest talk ine
of the
guest talk mine
the guest talk mine
一緒に言ってください。
一緒にね。
一緒にね。
一緒にね。
組は 住宅ウェブ製作で12年その後事業会社で9年以上
数人数十人数百人数千人の会社に在籍していたり 業界も印刷出版派遣アパレル不動産系から
果ては専門学校の教員までと無駄に幅広く経験を積んだウェブディレクターが 酒はマヨニャンと言ってる番組です
お酒はマイオン 沖縄で飲み倒してくるよ
いやこれ配信してる頃も飲み倒して帰ってくることだけどね多分ね はいというわけでえっと
毎週恒例ではないが ウェブキュレーターポッドキャスト終わった後の恒例ですね
お便りを読み上げるということでウェブキュレーターポッドキャストで当日にお読み したお便り
今日は2枚目 ラジオネームビバリーコードさん
おはようございますおはようございます? はてなんてんだよね当日これを拾ったら時間なくなると思って拾わなかったんだけど
おはようございますこんにちはビバリーコードですっていうね あそういうことか今おはようございますなのかなこんにちはなのかなっていう意味ね
あ全然気づかなかった 今読んだらそのままじゃんね
いやおはようございますでしょ十字判断も ウェブキュレーターポッドキャストで2026のご出演おめでとうございます
トップバッターですね 今日も酒がうまいにゃーを聞けるんですかね
もう聞けた後かな これ当日聞いた後でしたねはい
何度かお便りを送りさせてもらって取り上げていただきありがたい限りです お便りのコーナーに行く前に一人語りのオープニングだけで時間を半分以上使い切ってたりして
a 使いましたよ予定通りね 話は余計のお世話やといつものように乗りつっこみを楽しみにしております
最近お便りをくれてなかったですが毎週欠かさず聞いてますからね カッコ私は関西の人間なので大阪の飲み歩きの回とか聞いてで面白かったです
また近々お便りを送りしましたねーでは感じた 送りますねーって
はいありがとうございます ビバリコートさんねー
あれだねあのつい 23週間ぐらい前に
あのなんだっけあのサービスインクさんの若手の 眩しい奴非常に眩しいラジオ
非常にそのなんていうの清い悩みのラジオね web ウェブディレクターツークか
はい尾野さんと石田さんだっけあのわかって2人のね あそこにも日和リコートさんお便り出しましたよね
ほんとマジ当日見た気がする本当に何かあの web クリエイターポッドキャスト界隈の なんか有名だあのあの
歯磨き職人みたいになってるねビバリコートさんね ああビブル子さんそちらにも行ったみたいな
一周回って野良猫みたいなんですよね あらそちらてもあのさ食べたのみたいなああありがとみたいな失礼かな
してるだね ってかそうなのねそビューリコートさん関西の人なのね
大阪の飲み歩きねー いやー本当に
ゴールデンウィーク えっとお盆か休暇
そしてシルバーウィーク もう
要するに今年入ってそのいわゆる大型連休に入る旅に行ってるからね また行きたくなってるからねいやー大阪楽しいよ
楽しいわー またねー
ビールちょっと嫌いなりをかけたけど僕ね 本当はなにビンビール安いんだろうね本当でびっくりしたこの前
川崎のあの丸大ホールっていう丸丸大ホール本店っていうホールでも本店でもね 店がね本店なんだけど
その話どっかでしたよね 行った時にもう大瓶750円だったからね あら大瓶って言ってる私大瓶って言わなくなってる
いいの大阪に行ったら大瓶って言うから うわぁどうでもいい
ここからねあの大阪に居た時の話もしたいんだけどね それしてると長くなっちゃうから
美割事さん含む皆さん楽しみに みなこさんもね
オープンどっかのオープニングであの大阪にと大阪でもいろいろあったのよちょうど なんかねなんだ発見というか面白さというか
何これと思って 大阪と思ってギュッとしてるよねいろんな意味だね
まああのまた後日ねあの時間に余裕ある時の話するんで今日はこのあたりでやめ ておきましょう
なぜならしおり3回をあと2回で追えるとなったら結構長いことに気づいて むむっと
めめめちょっとジョンジョンカビラチェカビラ自衛か めめめ
いいんですとかってねはいそうね うーんそうねオープニングからしおりさんのゲスト会に行ってもいいんですか
いいんですいいんですかいいんですってねはい 映画を作りたいウェブディレクターのラジオスタートです
カビで自衛だよなぁ さてではそのちょっと私はもっと前の情報を聞きたかったので
あのウェブディレクターになる前は何をなさったんですっけ えっとこれウェブクリエイターポッドキャスででも言ったんですけど本当にその
ウェブディレクターの直近 正直前はあの派遣の工場作業員をしてました
はい どれぐらいの期間なさつなんですか
うわぁトータル4年ぐらい 結構長いなぁ
あ4年どころじゃないですね そこの
うーんって4年やっててその前に2年 1年とかだったんで4,5,6,7年ぐらい
は工場でしたねずっと 4年の前に2年1年別の派遣先
そうです 派遣元が違う? 同じ派遣元で移動になってる あーなるほどなるほど
って感じです なるほど7年は長いですね
まあまあですね 僕はあの前も言ったと思うけど工場派遣のその会社に勤めていたので
僕はその派遣する側ですけど なので
実は非常に親近感のある話で お世話になったかもしれないですね
いやなってないです 社名言ったことあるけど 別に社名言ってもいいんだけど
UTグループUTMっていう会社ですね 今はたぶん工場派遣でナンバーワンになってるはずですけど
私のいた会社ともう一社 契約してるところがあったと思うんですけどそこはUTMでしたね
あっそうなんですね 知り合いはUTM所属の方が何人もいらっしゃいました
なるほど これを聞いているほとんどの人は知らないと思うが
工場派遣においては僕が入社したのは2017年で その当時でやっとナンバーワンになったぐらいだったかな
まだ競合にそのちょっと前までは負けてたんだけど そのぐんぐん伸びていって 今はもっと伸びてるらしいんですけど
その頃ですね もう僕全然工場派遣なんか知らないね あれで入りましたけど
ちなみにナムラさんの番組で話した話とか 僕がボロボロ泣いたっていう話とか
ブログでその1の意味を知ってるかみたいな たまに読み返すんですけど
たまに読み返してまた泣きそうになってるんですけど あれは工場派遣の話ですね
はい 知ってます いっぱい聞きましたんで
7年工場派遣やられていて だからでもそうか 1年2年4年というのは
その移動というのは基本的にはその派遣元の指示で 移動になってるってことです
そうですそうです 生産なんて言うんだ ちょうどコロナとかもあったりとか
あと普通になんて言うんだ 派遣元 車関係の部品を作ってたんですけど
車関係が生産があんまりかんばしくないから 生産をちょっと止めるみたいなことがあったりとか
完全にもう工場を止めますみたいな ライン停止しますみたいなときに
派遣義理するわけにいかないので 他の工場に移動させるみたいな
そういったので石川から富山みたいなので 県外の引越費用とかも負担していただいて
引越しで移動みたいな そういったタイミングがありましたね
お部屋は派遣会社の契約してるお部屋ですか?
いや 新しく派遣会社に借りていただいた感じですね いい部屋でした
そうなんですよ 工場派遣って結構量付き案件とかが多いのでね
そうなんですよ
7年ってだいぶ長い
自動車の系列というか部品というのは 1年か2年の頃の話ですか?
そうですね ずっと車関係の部品かもです
そうなんだ 部品だから車体ではない?
ではないです 車体のラインではないですね
エンジンの中の一部分の部品かなっていう感じの
工場派遣の業界においては 自動車産業が一番強いというか
玉数が多くて派遣の ただ特に車体本体の方は
すごい廃力仕事で めちゃくちゃ大変だっていうのが
そもそもUTMは僕が入社した頃は そんなに自動車の車体本体はやってなかったんですよね
ただ半導体が今もそうだけど ちょっとオチになった頃に
これは我々は自動車業界に 売っていただければならないみたいな話で
だけど行けども行けども体力がないみたいな
それ専用の人取らなきゃいけないみたいな 採用マーケティングをしていたことがあったので
懐かしいなという でもパーツだとそんなに体力はいらないんですか?
そうですね 体力がいらないことはない
一番最後に4年やってたところは 8時20時で4日間
2日休んで その後20時8時の夜勤でまた4日間やって
そんな感じで ちょうど私が入ったラインが
もう1日2万歩ぐらい歩く 歩き回るような感じで
結構きつかったです 体は
だけど時給良かったし 夜勤とか入るとやっぱりすごい稼げちゃうので
たくさん稼がせていただきました
それは周囲は同僚さんたちは女性は多いんですか?
女性いらっしゃいましたね 結構多かったです 女性の方が多かったんじゃないかな
男性もまあまあ多いけど 私の周りが結構同世代
ちょっと上だったかな のお母さんとか
普通に独身の女の子とか 結構いらっしゃいましたよ
結構でも 僕も工場派遣の派遣会社の中にいた頃に
あれはいい取り組みだと思うんですけど 派遣先にお願いをして
採用するにあたってはどういうところで働いているのかとか 知らなきゃいけないので
工場に見学にツアーを組んで行ったことがあるんですよ
一つは自動車 バス会社でしたね
一つは これあんまり言っちゃいけないんだけど
iPhoneの何かを作っている それこそ石川県でしたよ
大正寺っていう駅の
一時期その地域の 当時まだレオパラスが生き生きしていたので
レオパラスの弾がなくなったっていう 有名な人を送り込みすぎて
ぐらいのところに行ってたんですけど
どっちも片方が半導体に関わる
iPhoneに関わるところなんで 体力は全然いらないんですよ
なんかその代わりすごい精密機器なので
エアダスターみたいなので ゼシュワーって現れたり
空気でバシャーって
バイオハザードみたいな世界で
科学工場で防護服みたいなの着て
すごい黄色いランプがいっぱいあるところで
もう会話もできないぐらいの
あれでしょうね フルで全身を覆って 見えるの目だけみたいな
あるある
そこで働いている人に聞いたことがある
もっと働いていて本社に来た人に
ちょいちょいうんこ漏らすやつがいるっていう
抜くのが間に合わなくて
抜かないといけないから 大変ですよね
っていうほうとバス会社のほうは
もう完全に超体力仕事をガッシャンガシャンつなげる
いやー大変
結構やめていきますみたいなことをニコニコして言ってましたね
工場の人が体力仕事耐えられなくて
だけどその両方とも地方に工場が石川県なので
一歩出たらもうその山々と
本当に天気が良かったので
真っ青な青と
これはこれで楽しいだろうなみたいな
そうですね
私の場合やっぱりやっぱり田舎が好きなので
海で釣りしたいしっていうのがあるので
やっぱり環境的にはすごく良かったけど
まあまあ雪は降るし
北陸って結構曇ってるか雨か雪かなんで
冬とかは
そうそうそう
そういった意味ではまあ辛い時もありはしましたがね
でもほら電車通勤ないでしょ
ないです
全部送迎付きだから
そうそうそうですよね
バスついてたりするから
なんかその名前出したけど
UT時代にはキャリアパスを描こうっていうので
本社に働ける
それで何人も来てるんですけど
執行役員の方々ほとんど工場上がるらしい
そうなんですね
それで年収も何倍にもなる
執行役員とかになったら
あの人たち多分年収2000万とか3000万とかもらってる人たちなので
その中でガツガツしてますよ
もう数字数字追われるという
絶対になりたくないと思ったけど
本社に来る
五反田に本社があるので
オフィスはすごくキラキラした
もういないと思うけど
当時はラブラルとゴールデン・レトリバーが走ってたんですけど
広報犬として
そうなんだ
すごいキラキラしたとこなんですけど
それでも来たがらないって言ってて
なんでだっていう
年収も上がるのにと思ったけど
見学に行ってよく分かりました
この生活して
友達みたいな同僚がいて
結局仕事終わった後も一緒に飲んで
また次の日も働いてるみたいな
僕も地方で働いてたのがよくあるので
よく分かるんですけど
そういうでも生活をなさってたとしたら
なんで
話がなくなりましたね
工場からウェブ業界を目指した理由
なんでウェブディレクターになったん?
いや僕が
工場派遣が分かりすぎて
乗りすぎたんだけど
なんでそこから
転職しようと思ったんですか
転職は
そうだな
これ自分の自己紹介会とかでも
もしかしたら話したかなと思うんですけど
やっぱり工場派遣で
4年、7年
1年、2年、4年やったので
また次も
あの
工場かってなった時に
自分の年齢が
その時、当時27
28とか29とか
そのぐらいだったので
また次も工場か
ってちょっとなってしまったんですよね
でやっぱり
すごい稼げるけど
やっぱり長時間働かないと
稼げないってことは
やっぱり自分にスキルがないから
なのかなとかって思って
でやっぱり次
働くんであれば
ちゃんと自分のスキルで
稼げるような仕事をしたいみたいなのを
思って
それでいろいろ調べたんですよ
当時やっぱりスキルなしなので
脳なしなので
脳ではないでしょ
なんて調べたかな
工場の時給
今の時給は落としたくないとか
って思ったんですよ
で、その時やっぱりちょうどコロナ禍でしょ
それこそ2020年とか
21年とかの頃ので
超コロナ禍で
やっぱり生産もどんどん減っていって
家にいる時間、自宅待機みたいな時間が増えちゃって
なるほど
で、何かやっぱりしないと
いけないなとかって
思い始めてて
で、その頃やっぱりリモートワーク
在宅勤務みたいなのが
流行り始めた頃ですよね
で、それで
家で働いてみたいみたいな
これウェブクリエイター
ホットキャストでも言ったんですけど
家で働いてみたいとかって本気で思って
で、家で働けるかつ
工事給みたいなのも
いろんな求人を見てて
で、それでウェブの業界があるってことを
知って
ここ行くって決めて
出発したみたいな感じです
あ、でもそれって
あんまりオピレに言えないかもしれないけど
いわゆる当時の
まあ僕が
ナムラさんがやんや言ってる
あまりよろしくないタイプの
そのスクールというか
プロモーションとかに乗った話ですよね
そうですそうですまさに
そうです
キラキラウェブ
キラキラウェブデザイナーに
私もなるってなって
そうのめり込みましたね
そうです
あ、でもじゃあそのときはウェブデザイナー
志望だったんですか?
たぶんもともとの一番最初は
もしかしたら
クォーターかもしれなくて
で、えっと工事給
在宅勤務とかリモート
とかって調べたときに
なんかいろんな求人が出てくるんですよ
で、その中に
HTMLとか
CSSとか、今やもう全部意味わかるし
っていう感じなんですけど
当時の自分が見たら
全然わかんなかったんですよ
その募集要項に書かれてる中身が
で、この
内容を
理解できるようになったら
私年収上がるかもしれないとかって思ったんで
そこになんか可能性を感じて
じゃあこの
HTMLとかCSSを
できるようになろうっていう
考えでその業界に
行こうと思いました
そのHTMLとか
わからなくて
わかったら年収が上がるかもという
それは何かの求人っていうこと?
そう、求人を見て
これができるようになれば
この、そう
年収が目指せるんだ
っていう風につながって
じゃあこれできるように
わかるようになろうっていうので
勉強を始めましたね
なるほど、だから簡単に言うと求人ということは
それがわかればこれぐらいのお給料を出しますよ
という条件が書かれているわけで
そうですそうです
ということはそれがわかればいいんじゃんという話になったと
そうです
そういうことです
じゃあ当時から逆算志向なんじゃ
あーそう言われても
そうなのかもしれない
求人と社長の言ってることはそんな変わらんでしょっていう
そうっすね
求人がこう言ってるっていうのと社長がこう言ってるっていうのは
本質的に今同じこと言ってたでしょ
なるほど、あー考えたことなかった
そうおっしゃる通りですね
その求人っていうのは
いわゆる普通のリクナビとか
グリーンとかそういうところで
見た求人?
そう、普通にインディードだったのかな当時は
インディードで検索してましたね
へー
なかなか筋がいいな
なるほど
いやそれそう思わないもん
そう思わない思わない
みんなもうそれをわかればたじゃなくて
こうなればキラキラするんだみたいな
いっぱいお金もらえるんだってなって
じゃあやみこもり私がんばる
私それになるみたいな
ただそれだけでHTMLが理解するとか
そういうまず単語読んでねーしだいたい
クロスの人は
そういうことか
でもそんなキラキラしたいとかではなくて
求人見てこれがわかるようになれば
これが目指せるんだっていう
入りはそこでした一応
あーなるほど
結局ある種
キラキラウェブデザイナーの
プロモーションに乗っているが
まあ乗ってはいるけど
踊らされてはないんですね
そうですね
詐欺まがいのものに乗っているわけじゃなくて
ではなくわりとこれできるようになれば
ここが目指せるんだっていう
本当に
じゃあこれをシンプルに目指そうっていう
考え方でしたけど
でもキラキラはしたかったかもしれないですね
その欲望自体はいいんですよみんな別に
僕はもう一切思ってないが
でもいいいい
それはすごいことだな
ありがとうございます
でも例えば工場派遣で
コロナがあったからなのかな
例えばその
本社採用とかもあるじゃないですか
派遣から派遣先に行くとか
そういう可能性は全然考えなかったんですか
なかったですね
それは
自分がそもそもそんな可能性が
その会社にはなかったのか
自分がそのつもりがなかったのか
そのつもりもなかったので
手に職つけたいみたいな
そっちが優先だったんですよね
自動車の末端のパーツだとそうかもしれないけど
自動車工場で働くって
かなりのスキルじゃないですか
そうなのか
え
特に車体本体まで
行くと
ボディとかまで行くと
もう鼻型だって
工場派遣の人たちに言わせると
鼻型だっていう
特にトヨタは
とんでもない鼻型だって
わかるわかる
派遣でも正社員となったら
実際年収もいいですしね
トヨタは超エリートが行く工場
工場マンだみたいな
えーみたいな
いう話があったんで
そういう道もあったのかなと思ったんですけど
そもそも
自分のスキル
組み立てとかそういったのではなく
家で働きたかったんで
工場派遣はやっぱり家ではできないんで
でも
工場派遣で働く人って
こういう人じゃないんだけど
正社員になろうよ
クライアント先に転向しようよ
とか
言わないとわからないので
みんなだいたい今のまま
ずっと続くと思ってるし
大力仕事なのに続くわけないじゃんと思うんですけど
でも今が良ければいいや
って人たちがほとんど
9割ぐらいそういう人なので
そこに染まらなかったんですね
染まらなかったし
それをちょっとやっぱり
嫌だなぁ
と思いながら
見てはいました実は
その中にいて嫌だなって
思うのはなかなか得意な人ですよね
だと思う
浮いてましたもんやっぱり
みんなやっぱり仕事だけして
帰るって感じだったけど
当時はド金髪だったし
すっごい派手にしてたし
そういった意味でも
浮いてましたね
金髪の人はいっぱいいたんじゃないですか
そうでもない
あんまり言いたくないけど
お風呂入ってないよね
みたいな
男性はそういう感じの雰囲気
多かったですね
セルフネグレクトな人が多い
女の子そんなことなかったんですけど
やっぱり工場の人
っていうイメージ
があんまり好きじゃ
なかったですね
治安の悪いところから来てる人たちも
いっぱいいるし
工場ってどうしても派遣だろうが
正社員だろうが
昭和かっていうような
条件関係があったりするとか
わかる
すっごいわかる
わかりますね
新卒から
定年まで
その工場で勤めてなんぼみたいな
正社員の方とか
そういう方がほとんどだったんで
やっぱり
派遣ってだけで
すごい嫌な目で見られるし
すごいそれは思いましたね
特に地方だから
地方そのものがやっぱり
ちょっとそういう
閉鎖的な社会なので
さらにそこに工場勤務となると
和をかけて
村かっていうぐらい
本当に
それはすごく
言いづらかったですね
長年やりましたけど
慣れなかったです最後まで
工場派遣とか機関工なんて
飛んで当たり前
いなくなった当たり前みたいなところも
あるので
聞いてる人は世界が違いすぎてわからない
僕もその
工場派遣の仕事するまでわからなかったんで
そういう世界なんだみたいな
結構つらいですよ
つらいとかも思わない人たち
の集まりなので
そうだよな
すぐ
出社しなくなったりとか
いきなり来なくなるとか
なんか私の
同じラインでも本当に1日来て
次の日来なくって
派遣元の方
派遣先の方が
行ったら置き手紙が置いてあって
部屋空っぽになってたみたいな
はいはいはい
行きましたし
イルスを使うので
そうそうそう
派遣の営業担当マネージャー
営業担当は
外のメーターを見るって言ってましたね
そうなんだ
借金取ると同じ
電気のメーターが動いているところにいるやんみたいな
うんうん
ドンドンって叩いても
でも
暴力で開けちゃいけないから
大丈夫か俺らめっちゃ心配してるぞ
大丈夫かいいか今から開けるからな
って言って開けるんですって
あーなるほど
お前の方が心配だからって言って
そうすると出てくるって言ってましたね
あーそうなんだ
執行役員の人が言ってました元エビアマネージャーの人が
だから敏腕なんですよ
なるほど
そういう人を叩き上げてるから
そう結構まああるあるなんですけど
工場派遣って
これ多分徳里さんと名村さんのコラボ会でも
お話あったんですけど
その料付きって言ったところももちろんあるし
入社委員金とか出たりするんですよ
はいそうですね
それが大きくてで半年頑張ったら
あ違う3ヶ月頑張ったら
4ヶ月目にいくらとか
半年頑張ったらいくらとか
1年頑張ったらこれだけ
っていうそれ結構大きかったんですよ
今どうなのかわかんないですけど
私の時とかは
3ヶ月目で10万
で半年で
30万
でさらに1年で
さらに30万みたいな
ちょっとしたボーナスみたいな
のがあったりするので
それもらっても
さよならみたいな人も
めちゃくちゃいっぱいいたので
だから派遣に何も期待されてない
どうせ辞めちゃうでしょあなたみたいな
そういう目で常に見られる
っていうのがありましたね
まあでも
そういう世界ですかね
さっき自分で言いながら
その世界ダメだったのって言いながら
そういう世界ですからね
コロナで出勤が減れば
お給料も減る中で
家でできる
コロナだからね
家でできる仕事を探すとなると
よくそれでウェブデザイナー
当時だからキラキラウェブデザイナーが
流行ったからなのかもしれないな
他の仕事は全然目に入らなかったんですか
もう
たぶん一番最初に目についたのが
そのウェブの
ウェブ関係の仕事だったので
もうこれだとなったらそうなっちゃって
もう他のは
何も考えなかったですね
なるほど
ちょっと時間もあれなんだけど
もうちょっと聞きたくて
私は全然何時でも大丈夫なんで
いや僕も大丈夫なんですけど
今も特殊な業界にいるので
明日も朝遅いので
ちなみに
こんなこと誰も聞いてないんだけど
言ってしまうと明日は午後半休を取っていて
もう半日出ればいいんですよ
あーすごい素晴らしいですね
もうね
今日もとささんあれですよね
本当連休明け抜けないですよね
ってみんな言うから
でも俺明日半休だから
俺はこのまま
連休明け抜けないまま逃げ切るつもりだよ
あーみたいな
とくささんだけはダメでしょみたいな
ちゃんと仕事知ってくださいよみたいな
なんでだよみたいな
ダメですよ
従業ポジションにいる人だからみたいなことを
言われて嫌だよとか言って逃げてきたんですけど
まあはいどうにもなります
最高
はい
なので
工場派遣はおそらく
言葉を選ばずに言うと
UTAIM
僕はUTグループ親会社にいましたけど
基本的には
五体満足であれば
誰でも働けるが
代わりに地方に行かなきゃいけないという
弊害はそれぐらいで
あと慣れさえすれば
いっぱいお金もらえるし
何の手に職もない人はね
月収40万とか
いきなりもらえちゃうんで
と思うんですけど
まあそうすると
おそらく好き好んで
工場派遣に行ったわけではないと思うんですけど
接客業から夫と工場へ転職
工場派遣の前は
何をなさってたんですか
どんどん遡られていく
その前は
接客
本当にその前は接客業かな
ですね
あの黄色い
帽子の車
貨用品店
に
いましたね
そこで接客販売をしてたのが
工場派遣の前かな
って感じ
結局自動車なんて
多分車好きは好きでしたね
なんか
たまたま
たまたまかもしれませんが
そんな感じです
それは今ごめんなさいどれくらいやってたんですか
それは2年くらいかな
でも結構やってたんですね
でもバイトだったんで
あーアルバイトだったんで
バイトでしたバイトでした
そこからなんで
工場派遣に
アルバイトと派遣ってそんな遠くはないけど
そう
なんだ
休みが欲しかった
アルバイト休みあるでしょ
アルバイト休みはあるんですけど
やっぱ接客のお店なので
基本的にやっぱり
月間とか
連休は絶対取れなかったんですよ
そうでしょうね土日は
なかなか休めないことも多いでしょうし
しあとやっぱ
長期休暇にすごい憧れたんですよ
お盆休みとかゴールデンウィークとか
まさにそんなとき書き入れ時なんで
工場はね
工場ってか普通に
お店も
工場は長期休暇ありますよね
あるあるめっちゃある
なので
長期休暇に憧れたみたいなのがあって
工場派遣に行きました
工場派遣も普通に
今ね当時もそうだけど普通にね
あの求人メディアに載ってますからね
普通にそれで見つけたってこと
そうですね
で
その黄色い帽子の
買い用品店で
旦那と
知り合ってたので
で
一緒に働けそうな仕事に
二人して転職しよう
みたいになって
であれですよ徳津さんのカップル同シフト
とかあったじゃないですか
流行ったでしょ
それで入りました工場には
確かに
カップル応募なんて
たぶん工場派遣ぐらいしか見たことない
そうそうそうそう
ていうので
入りましたね
なんたる安直な
いやでも逆にその仲のいい
二人で
応募できる仕事なんてたぶん
それぐらいしかないはずね
やっぱりあれ自由あったんだ
あったと思いますよ
そうそうそう
でしたでした
でも
旦那さんも
長期休暇が欲しい
あと土日休みたいとか
土日休みたいのと長期休暇
欲しいねっていうのがあって
その当時鹿児島に
行きたかったんですよ
鹿児島に
行ってみたいよねみたいな話になって
で鹿児島に行くために
仕事をやめよう
って言って転職をしたのが
本当のきっかけ
ブラジル人みたいなね
ワールドカップのために仕事やめるみたいな
4年に1回やめるみたいな
そうそうそうそう
ていうのが本当の一番最初の
転職の工場に入ったきっかけ
鹿児島に行きたいっていうのは
鹿児島に住みたいじゃなくて
旅行に行きたいでしたね
釣り旅行をしてみたいね
みたいな話になって
鹿児島に行きたい
で鹿児島に行くために
仕事をやめるという
ことをしてました
当時アルバイトだと旅行も
行けなかったってこと?
連休がそもそも取れなかったので
もちろん希望休出せば
行けるんですけど
2人して休んだらね
それだけちゃんと入ってたら有休休暇も
本来はあるはずですからね
だけど
黄色い帽子の
言っちゃいますけど
私がホールというか
お客さん対応して
旦那はピットだったんで
旦那もその店の
けっこう偉い人だったんですよ
ピット長だったんですよ
ピット長ってアルバイトなんだ?
旦那は正社員でしたよ
まさに入りたてのバイトと
ピット長の偉い人の
社内恋愛ですよ
ややこしいでしょ
どストレートですよ
それでやっぱ2人して休んだら
嫌じゃないですか
まずいじゃないですか
っていうのがあったんで
辞める時期もずらして
計画して
辞めて
旦那さんは正社員の職を
手放してとか
まだ工場派遣に?
そうそう
私が鹿児島行きたいって言ったがために
いいやつだな
いいやつだな
結局
工場派遣始める前に鹿児島に行けたんですか?
行けました
愛知県から下道で
30時間かけて行きましたよ
すげーな
もうちょっと金を貯めてって
あれはなかった?
なかった
ケチな旅行をしました
愛知から下道ってどうやって
四国は通らない?
四国通ります
福岡北九州ぐらいから
入って
そっから
右方面
熊本方面
に下っていって
っていう感じのルートで
高速がそっち側からしか繋がってないはず
高速そもそも使ってないんで
下道でした
高速使ってないんで
常識という固定観念に
てっきり九州からは
高速を使ったのだと
そんな感じでした
ただ熊本からのが宮崎通ると
とんでもない山を越えなきゃいけないはずだから
僕は宮崎に一日住んでたので
そうなんですね
さっきポロッと地方に立っているの
宮崎県都の城市
わーすごい
後藤列島でしたっけ
あそこは行ってみたいなと思ったんですけど
ちょっと遠すぎて
断念しました
長崎じゃないですか
一応あれは
そっかそっかすみません
恥ずかしい話した
宮崎は青島ぐらいかな
そんなに離島はないはず
だから陸のことと言われるぐらい
高速もつながってないし
っていうようなところ
飛行機はやっと増えたけど
でも下道で
当たり前だけど
マイカーで行ったわけですよね
マイカーで行きましたね
いやーそれは大変だ
しかも鹿児島って一番南やん
そう
福岡ならまだしも
そっからまだまだあるで
そう
でもなかなか遠かったですね
釣りと発信の可能性
それ釣りのために行ったんですか
そうですそうです
アホですよね
そんな感じでした
そんなに釣りが好きなんですね
旦那さんと知り合って
初めて
って感じですね
そうなんだ旦那さんの人なんだ
そうですそうです
自分の意思では初めてないですよ
いやなんで別にいいでしょ
恥ずかしがる趣味じゃないでしょ
別に
そんな感じです
タイトルに釣りが入ってるくらいだから
そうですね
タイトルとか
自分のお名前に
よっぽど釣りが好きだってことですね
だいぶ影響は受けましたかね
今もいっぱい行ってるんですか
今もぼちぼち行ってますよ
昨日
昨日じゃないや
連休中水曜日か
最終日か
最終日も
今長岡市なんですけど
山形の一歩手前くらいまで
行って
夜中の1時に帰ってくる
ハード
連休の最後に
今までぐーたらしてたのに
最終日になって
最終日なんて絶対に休むと決めてたから
えらい
無理無理無理
出かけたら次は持たないもん
夜寝ずに行って
おさま詰めやって
昼間ちょっと車で
1時間2時間寝て
そっからまたぶっ通しでやるっていう
なかなか変態ですよね
それもうちょっと発信する気はないんですか
発信?釣れたらもちろん
あげますけど
釣れないんでね
もうちょっとそのなんていうの
釣りのうんちくを
もっと語るとか
いやーだってね
webのアカウントでそんな発信は
どうなのってなっちゃうじゃないですか
別にいいでしょう
無理やりwebディレクションにつなげればいいんですよ
強引に
そういうことですね
でもその自分のアイデンティティじゃないですか
そうですね
釣り人としてwebディレクターを
もっと語ればいいのに
っていう気はしますけどね
他にはない切り口なので
なるほど
もったいないなと思って
わかりましたちょっと考えます
勉強になります
ジェルシャットのカミオルさんなんか
カミオルさんが
ソロのポッドキャッサーをやってるって
私は今回初めて知ったんですけど
うんうんうん
やってるんと思ってね
ガジェットいっぱい
そうそうそうそう
でもね音楽好きなのか
毎週そのね
スノーというのかわからないけど
音楽先生AIで作った音楽
垂れ流してるじゃないですか
垂れ流してるじゃないですか
すごいですよねあれ
ああいう風に
今回の釣りスポットみたいなことを
オープニングで言えばいいのに
それ考えたんですよ
今週の超過みたいな
超過だとダメよそれは
結果だからダメ?
左右されちゃうじゃん
ないときどうするっていう
ないの基本
もっと小ネタをね
行った場所とか超過じゃなくて
行った後のグルメとかさ
そっかそっかそっか
釣竿とルアーの話とか
してみるとか
全然あってもいいと思いますけどね
なるほど
結構最近はロットビルディングも
してたりするんで
それが全然わかんない
ロットビルディングってなんすか
釣竿を作ることブランクスとか買って
材料を買ってきて
材料を取り付けてみたいなことを
自分で釣竿を作ることとかあるんですよ
えーそれ選び方とか
失敗談とか
あるでしょきっと
そっかそっか
コンテンツの山やん
そっか勉強になります
いえいえもったいない
ポッドキャストでいたら生きてればできるんだ
みたいなことをこの前堂々とつべえてしまったから
そう言ってましたね
思いますけどね
わかりました
検討します
そろそろお便りのコーナーに行きたいんですが
ぜひぜひ
私はまだ聞きたいことがあって
おー
DMで言ってた
あれた時代がある
的なことを
それ言います?
何言って
一体いつそこにたどり着くんだろう
と思いながら
聞いてるんだから
そこだけダイジェストで見せられて
切り取りで見せられた男なんだから
どうやってそこに
一体いつ出てくるんだと思いながら
そんな面白い話ないでしょ
音楽大学と母親に敷かれた人生
あれですよ
徳澤さんにDMで言ったんですけど
大学の後
新卒の頃から
聞いてもいいかもみたいな
ウェブディレクターになる前
何してたのみたいなこと聞きたい
事前に徳澤さんに情報を
頂いてて
新卒から聞いてもいいかもみたいな
新卒が
そもそも私ないんですよ
まともに働いたことがないんですよ
で
自分の
自己紹介会とかでもチラッと言ってるんですけど
音楽の大学にもともと行ってたんですよね
あーなんか聞いたかも
東京の
東京音楽大学っていう
ピアノ専攻みたいなところに
いたんですけど
その大学を一応4年の
8月で私辞めてるんですよ
で
なんて親子な
本当ですよね
私立ですよ
本当に
やってるよね
感動されてもしょうがないな
本当に
どこまで
どう話すかなんですけど
3、4歳でピアノを習い始めて
小、中、高
大学ずっとピアノしか
やってない
今はずっと
お母ちゃんに敷いてもらった
レールの上を歩くような人生だった
わけですよ
やっぱりなんでもかんでも
お母ちゃんの
物差しというか
自分の今こうやって徳里さんと
話をしてますけど
こんな話せるような
自分の意見を持ってるような
人間じゃ一切なかったんですよね
で
どういう感じだったかというと
当時
栃木県日光市というところに住んでました
日光市から
宇都宮駅というところまで
車で送ってもらうわけですよ
送迎してお母ちゃんに送っていただいて
その車の中で
しおりちゃんは今
お財布にいくら入ってるんですか
ってお母様に聞かれて
ママ今私5000円
入ってたよママみたいに言って
何歳の頃
これは18とか
大学の頃なんで
20歳ちょっと前
私の脳内では
8歳か9歳くらいだったんだけど
そうそういう子だったんですよ
5000円だよ
ママみたいなこと言って
それしかないの
何買ったらいけないわみたいに
車の中で言われて
ポンって数万円その場でもらえるみたいな
そういう生活だったんですよ
普通に
お金に困ったことも一切なかったっていうところで
そんな生活だったんで
友人関係だったり
細かい生活とか環境のことまで
お母ちゃんの助言ありきだったんで
友達と話してるときも
なんか噛み合わなかったと思うんですよね
自分の意見とか聞かれ
しおちゃんはどう思う?みたいに聞かれても
お母ちゃんだったらどう答えるかなみたいなのを
考えながら答えちゃうみたいな
っていうような感じだったんで
具体的なやり取りとか
覚えてないんですけど
噛み合わなかったと思うんですよね
どんどん
友達が離れていっちゃうなみたいな
感覚はあって
学校つらい
行きたくない
って思うようになってから
なんか
自分何のために音楽やってるんだっけ
みたいなのを
考えるようになっちゃったんですよ
たぶんそれが
私何のために音楽やってるんだっけ
の考えが一番最初の私の
思考
考えたことだったと思う
自分なりの
自分で
自我を持ったというのか
そこで初めて
疑問に思う
それを考えるということを
初めてそこでしたんですよね
それが20歳
21歳とかかな
それが本当に人生で一番
初めの気づき
とか思考で
その時から友達に
何々ちゃんは何のために
音楽やってるの
っていうのを聞いて
ポジティブな友達は
意見だったと思うんですけど
私はそこで
親のために音楽やってるな
っていう結論に至って
自分のためにやってないみたいに
気づいちゃって
そこからも一切
音楽ピアノは一切触らなくなって
家に帰らなくなったんですよ
自然と
反抗期と自我の芽生え
そこから
本当に
飛行に走るようになって
いわば本当に反抗期
そこで
本当に
とんでもない悪い
人たちとの付き合いが増えていっちゃって
21から
23、24
初めぐらいまでは
家もないぐらい
公園で寝たりとかするような
ロクでもない
生活でも
何回
警察屋さんにお世話になったかっていう
そこで
20年
20年間何も考えて
こなかった分を取り返す
かのように
これ全部本当のこと
言っちゃうと
特撮さんがアカウントがなくなってしまうような
ことを
いろんなことをやってしまったので
それはよろしくない的な話の方?
大変
大変
そうな感じの
人生だったのが
あったっていう話です
こんなんでよかったですか
小中高までは
何とも思わなかった
何ともなかったです
反抗期みたいなものはなかったです
一切
大学は
東京だから
実家から帰ったわけじゃないですよね
実家から帰ってましたよ
そうなの
だから
日光の実家から
車で出発して
宇都宮駅まで
電車も使わずに車で送迎してもらい
そこから
新幹線で帰ってましたね
新幹線
それでもきっと親御さんが
もう出さなかったんでしょうね
出さなかったですね
おそらくその時には出さないということにも
違和感はなかったということですね
全くなかったです
だから考えなかった人生なんですよね
不思議と
それはじゃああれですか
小中高ま大学もそうだけど
そういうなんか
本って人とかにも出てる人だったわけですか
そうです
ピアノのコンクールとか
コンクールか
コンクールとか
コンサートに出させてもらうとか
は普通にしてましたね
あれじゃん
ピアノの森に出てくる人やん
ピアノの森に出てくる人
いるよ絶対そういう人確か
そんなキャラいたよね
むしろだいたい親の言いなりの子がいっぱい出てくる
そうですね
そうだと思う
主人公が破天荒で
コンクールに受からないみたいな
天才なんだけどみたいな物語ですからね
っていうのがたぶん
それが21から24ぐらいの間の出来事ですね
一体でも大学に通う中でどのタイミングで
ちょっと私おかしいかもみたいなのに
気づくんですかね
気づいたのは友達がいないっていう時に
なんか私おかしいのかもってなった
小中高も友達はいたの?
いや、高校はいなかったかな
いなかったさらっと言うな
爆笑問題のオタみたいな
高校はあまりいなくて
小中はいましたいました
それは全部公立?
そうですそうです
で、高校も私立だ
高校は私立なんだ
高校は私立です
私立というのは地域の私立と
もはや越境のレベルの
地元の友達がいない私立もあるじゃないですか
地元の友達はいない私立ですね
越境まではしない
県内でも地元の私立ではなく
ちょっと街の方の私立
なるほど
なるほど
小中だとね
もはや言っちゃうんだけど
何も考えなくても友達できる
幼児みたいなそのまま来て
コミュニティがそのまま卒業しても
一定数中学校に来るから
そうですね
近所の子供たちが一緒に育つだけなので
高校の時になんで気づかなかった
私友達いないんじゃないって
気づかなかったですね
それは友達いないことに気づいてないのか
寂しくなかっただけなのか
友達いないことに気づいてなかった
みんなが多分離れていくことに気づいてなかったですね
それぐらい考えてなかったんだなっていう
恥ずかしい話ですけど
そうですね
大学に入って
友達が
できないとか離れていく
できて
グループにはなったんですけど
そこからやっぱり
離れていくなっていうのに
気づいたのが
大学でもそれでも3年の
4年のある前ですね
サイボーグから人間しおりへ
こんな話聞いてる楽しい?
なんかすいません
僕はめっちゃ面白いですよ
本当は
いつ自我が芽生えたのかという
半分サイボーグの話を聞いてる
あんたいつ自我を持ったの?
みたいな
あれですよ
配膳ロボットみたいな感じだった
と思う
配膳するだけ
だけど
私なんで配膳してるんだっけ
みたいに気づいて
暴れて店に飛び出したみたいな
そんな感じですね
私人間だったはずみたいなね
もしかしたら
いつの間にか友達も全然いないし
っていう
そうそうそう
そんな感じでした
今だってある種の吸収力というか
先ほど求人情報を見て
そう思ったとか社長の話を聞いて
っていう風に
得られた情報に対して
情報をそのまんま受け取るんじゃなくて
ではどうしたらいいかということを返す
リアクション能力があるわけじゃないですか
それが
でも一体どこで
全然繋がらないじゃんと思って
子供の頃からそうなんだともかく
一体いつどこから
サイボーグから普通の人間になったのかっていうのは
確かに
難しいどこでっていう
大学が一つの転換期だったんでしょうね
そうかもしれない
なんかおかしいみたいな
のに気づいたけど
でもどうしたらいいかは
多分分かんなかった
で
行き着いたのが
親元を離れねばならない
みたいな
そこでしたね
私はもはや親の窮屈だったみたいな
発想ですよね
そう
そう
今全然
仲良く
話はするんですけどね
でもそれってその人生をたどると
どう考えても一回
修羅場があるはずなんですけど
親とは修羅場はなかったんですね
もちろんですよ
何回お世話になったと思ってんすか
警察屋さんに
でもその時にちゃんと親御さんが来てくれる
来るですね
来ましたね
何回来たんだ
5,6回来て連れ戻されて
で
やっぱり連れ戻されたらされたで
やっぱ対策はされるんですよ
家を出られなくする
みたいなのとか
家に鍵をつけるとか
そういうのあるんですけど
でもうまいことをすり抜けて
何回でも
飛び出しましたね
それはですね
サイバー口じゃないから
ロックかけたところで
人間はいくらなっても
出てきるでしょっていう
そうなんですよね
何回も
冗談じゃなく鎖で繋がない限り
絶対に逃げ出したら
さすがに親御さんもそんなことはしないだろうしね
申し訳ないって感じ
親御さんもどっから気づいたんでしょうね
この子の人生があるという風に
多分そうですね
本当に何も言わなくなったのは
結婚してからですね
今の旦那と
それまではやっぱり
うまくやれなかったです
どうしても
そりゃそうでしょうね
反抗期がだいぶ遅れてるから
そう
何とかして家に戻ってきて欲しかったとは思うんですけど
今の旦那と結婚して
何も
やっと何も言わなくなったなっていう感じがありますね
へー
大学生の頃に
それに気づいたというのは
やっぱりあれなんですかね
高校生と大学生の違いって
しおりさんは例外として
普通の人はだいたい
箇所分時間が増えるというか
世代の遊んだりとか
時間が増えるじゃないですか
そうすると
みんながそうなってるし
それに付き合えない子がだんだん
距離を置かれるっていう
私も帰らなきゃいけないんだよみたいな
うつつれになるみたいな
そういうのがあったんですかね
どうですか
高校ではなくて大学でそれが気づくというのは
多分そういう
ことなのかな
なんですかね
みんなが楽しそうに音楽の話をしてるんですよ
モーツァルトは
こうだよね
みたいな
そういう世界なんですよ
みんなやっぱり
音楽の大学で
音楽しか知らないので
高校は別に音楽
専攻の
ではなかったです
それはでかいな
そこでなんか
音楽の話を楽しくしてる
で
私はそんなに音楽楽しくないな
みたいな
ところから
私がついていけなくなったのもあるかもしれない
逆だ大学生の自由奔放じゃなくて
同じ道を歩むものが
どうやら
私と違う楽しみ方をしているという
なんでこんな
生き生きしてるんだっていう
なるほどね
そうかもしれないです
僕
専門学校出身で
ゲームデザインのコースだったんですよ
実は結構
専門学校の中では
最初の1年は
割と成績が良くて
当時の専門学校は
大学に行けないようなやつが
集まったとこだったから
普通にテスト勉強したらオールAだよみたいな
おーすごい
この人たちは本当に勉強できないんだなみたいな
思って
返してたんですけど
多分
入学して2週間くらいで
俺もゲーム作るのやめよって
思ったことが2つあって
1つが
あの
結局プログラミングじゃないですか
ゲームのプログラミングって
ウェブのレベルじゃなくて
本当にアクションゲーム作るとなると
キャラクターがパンチ
1発撃つ
3Dポリゴンも含めて
それに平気で1ヶ月とかかかるわけですよ
何十行何万行とか書いて
それでキキとして喜んでる姿を見て
俺無理だと思って
そんなに一生懸命プログラミング
プログラミングテクスチャ高いんですよ
診断テストによっては
だいたい全員本位って入るんだけど
あなたは若干プログラミングテクスチャが高いですよ
みたいな
多分向いてると思うんですけど
性格が多分向いてなくて
いや俺無理と思って
こいつ何そんな楽しそうに言ってんの
みたいな
もう1つは当時ですね
ドリームキャストっていうゲームが
ハードがあって
当時ユカワセガの人が有名になったんですけど
そこに
プレイステーションとかだと
もう無くなったか
カードを挿して
そこに
データを保存するんですよ
メモリーカード
プレイステーションだとメモリーカード
ドリームキャストには
メモリーカードじゃなくて
なんて名前だったかな
えっとね
ドリームなんだっけな
それ自体がゲームができる
ミニゲームができる
記憶だけじゃなくて
っていうものだったんですよ
それが本体のゲームと連動してたり
今考えると画期的だけど
本体のサブゲームがこっちにできて
それが成長させると本体にも影響する
みたいな
っていう
そのメモリーカードみたいなものが
どうしても
しばらくして動かなくなって
これ一体何が起きてるんだと
その
さっきまで動いてたものは
どうにもこうにも動かなくなるし
時々つくし
だからそれを
クラスのやつに聞いたら
3秒で
あ、電池切れだねって言われて
え、そうなんて
俺が一週間もないんだのに
3秒で答えを出すのって
それで
今考えたらそうだと思うんだけど
当時わかんなくて
それを見た時に
あ、俺無理と思って
俺この人たちと戦えない
俺はゲームを作る
少なくともプログラミングじゃなくて
そういう人たちを取りまとめて何かをする
企画を立てるとか
運用するとか結局それがディレクターにつながるんですけど
と思ったんですけど
しかし
私はそれで飛行には走らないか
私はね
走らないでほしい
でもだから
同じ道を志していたはずが
その中
喫水の本物に出会ってしまって
私は違うんだって
そこで気づいたわけですね
そして自我を取り戻すための
飛行の旅が始まり
親に反抗し
自由を得て
私にも権利があるんだみたいな
そして多分いろんなことをやって
そこででも
吸収力を
したいって言ったんでしょうねきっとね
かもしれない
なるほど
どうやってそこまで吸収力を得たかはまだ見えないが
さすがにお便りに
いきましょうか
はい
経験が現在の逆算思考を作った
というわけでエンディングでございますけれども
いかがでしたかね
皆さんね
今回のしおりさんの
話もまあ面白かったなと
僕も思って
聞いていたんですけれどもね
何て言えばいいのかというか
話の流れとしては
前回がウェブディレクターに
今どんなことを
言っているのというところから
今回はウェブディレクターになるまでの
お話でしたね
なんというか
サイボーグしおりから
人間しおりになるまでの
ヒューマン
しおりになるまでの
いかにして
心を手に入れていったかみたいな
音楽サイボーグだった
しおりはいかにして
心を手に入れたのか
みたいな
だんだんピノキオみたいになってきたけど
でもその人に歴史あり
という感じもしますし
そういうでも
ある種の波乱万丈というか
右右曲折があるからこそ
やっぱりそういう経験が
あり途中で工場派遣に
やられたとかね
僕も工場派遣の派遣会社の方にいたので
非常に親近感のある話だったんですけど
まあね
あの
番組というか
ゲスト会の中でも
工場派遣というのがいわゆる
一般の人がよく知っている世界ではない
という話もしましたが
そういう世界を通っているからこそ
見えてくる
もしくは頑張れるとか
いろんな世界が見えてくるわけで
その辺も一つ
しおりさんが構成している要素の
重要な
一つなんでしょうね
うん
まあでもただ
つまり
現状を見据えて
じゃあどうしたらいいのか
相手目線で評価されるには
どうしたらいいのかというところが
前回では
社長さんとの
やり取り
今の会社のね
なんか鍛えられていったみたいな話だったんですが
実はそうではなくもっと前からじゃん
というのはね今回わかりましたね
さてそれは次回
明らかになるんでしょうか
こんな枚振りしているが私は忘れています
どんな話だったかなみたいな
明らかになるんだっけと思って
でもまあ今の会社だから
ということじゃないというのはねわかりましたよね
うん
ねそのこれ
HTML CSSとかこれができるようになれば
この距離をもらえるんだと思うという
その逆算の仕方がね
まあなかなかできない
素晴らしいことですよね
はい
ぜひ感想のお伝えでもいただける
すでにいただいているんですけど
ちょっと時間もないので
来週またお呼び
お呼びすればいいかな
と思っています
あとですね
残念ながらこれを収録している段階で
まだ出てないんですが
おそらくこれが配信されるときには
もう配信されている
この回が配信されている頃には
もうすでに配信されている
そう思うんですけど
同じことを2回言っただけだったな
僕がしのりさんの番組の方に
ゲスト出演した回が
多分第1回が配信されている
ちなみにどうせ4回くらいなんじゃないかな
まあ仕事も喋ったので
しかもね
あいいやそれは終わってからですよ
全部の回がね
まあでも今まで僕はこうやってオープンに
表で話したことがない話を
かなりしたので
結構際取り話をしたかなと思ってるんだけど
まあ僕のキャリアとか
何があったのかっていう話を
まあまあセキュララに話しているので
なんだかんだ言ってね
僕結構たぶん腹板状な
キャリアを歩んでるんですよね
それも楽しみにしていただければな
と思います
はい
ちょっと長くなったので終わりましょう
終わりますよ
ではまたいつかどこかで会いましょう
バイバイ
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