自分迷子になるのはなぜ? #4
2026-05-01 17:08

自分迷子になるのはなぜ? #4

第三世代コーチングを軸にプロコーチの育成を行う、ICF認定コーチングスクール「CAM Japan (キャムジャパン)」の講師たちが、今の時代に生きる私たちの「答えのない問い」をテーマに対話するポッドキャストです。

私たちの毎日にあるちょっとしたモヤモヤや気になることを、コーチング研究やコミュニケーションの視点から考えてみませんか?

忙しい日々の中で、立ち止まって一緒に味わい考えていくきっかけのお時間をお届けします🤲🍵

【公式WEBサイト】
https://camjapan.jp

【パーソナリティ】
浅井 元規:コーチングスクールCAM Japan代表
小島 唯:コーチングスクールCAM Japan講師

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皆様のひとときにお邪魔します。問いを味わう時間です。 このラジオは、今の時代に生きる私たちの答えのない問いをテーマに対話するポッドキャストです。
私たちの毎日にあるちょっとしたモヤモヤや気になることを、 コーチング研究やコミュニケーションの視点から考えてみませんか?
忙しい日々の中で、立ち止まって一緒に味わい考えていくきっかけのお時間を、私、ユイとモトキでお届けします。
はい、本日もよろしくお願いします。
お願いします。
今日は4回目ですけれども、前回のエピソードでは、自由とは、自由って不自由なんじゃないか、みたいな。
なんか、そんなお話もしたかなと思っていて、
結構そういう話題もコーチングでよくね、出てくるなっていうのを、あの時も話していて思ったんですけれど、
今日はそこからの繋がりというか、これもちょっとコーチングでもよく聞くなと思った問いを一つ持ってきてみました。
はい。
はい、ということで、本日の問いは、じゃじゃん。
本物の自分とは何だ?ということで、どうでしょうこちら。
結構コーチングでも、自分の本質を見つけたいとか、
私、ちょっと今、自分迷子なんです、みたいなお話とかって、結構あるような気がしてて、
本物の自分って何なんだろう?っていうのが、そのふと思ったことなんですけど、
モトキさん、どんなことが浮かびますか?
なんか、自分探しとかもよく、昔、前から、その自分探しって言葉結構前から聞きますよね。
自分探しの旅に出るみたいなのもそうだし、
あと、なんか自分らしさっていうことは、なんかより最近、本物の自分とかも含めて聞くようになってきているけど、
なんか、よくよく考えてみると、本物の自分があるってことは、今は偽物の自分なのかな?
なんだろう。なんか、ちょっと引っかかる表現だなって、思いますね。
ですよね。なんか、パッとイメージしただけでも、例えば、家でゆっくりしている時の自分と、
たぶん、お仕事をしている時の自分ととか、
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何か、今こうやってモトキさんと喋っている自分ととか、
一緒だけど一緒じゃないしな、みたいな。
いろんな自分いるし、全部自分だけど、
どれが本物というか、今の自分本物じゃないのか?みたいな。
なんか、そう考え始めると、結構、ぐるぐるするなって思います。
味わい深い問いですね。
でも、なんか、こうして改めて考えてみると、
よく本物の自分みたいなことが出てくる文脈には、英語ではオーセンティックセルフみたいな、
違う訳で言っても、ありのままの、そのまんまの、
自然体の、みたいな、そういう表現でもあるかなというふうに思うんですけど、
なんか、こうやって、今ふと思ったんですけど、
日本社会の中に本音と建前とか、何かを演じるとか、
なんか、その文脈に合わせて、
その自分を変えていったり、あるいは隠していったり、
なんか、語に対語に従うじゃないけれども、
あと、調和を重んじるがゆえに自分を出すのではなくて、
引くことが美徳みたいな、なんかそういうふうな視点があるときに、
なんか、もともとのオーセンティックセルフは結構、
逆の考え方というか、なんかその、
ありのままで自然体、そのまんま、あなたはすぐそこにいるみたいな、
でもなんかその感じだけども、なんか日本の中では、
それがわからない自然体、自分の自然体ってどんな状態かわからなかったりする、
ちょっとその文化背景による認識のギャップがあるから、
本物の自分って何なんだろう、自分ってわかんない、みたいな、
なんかその瞑想モードが始まる。
でももともとのオーセンティックセルフは、なんかそんなにそれは生まれない。
自然体でいいんだ、わかるわかる、じゃあこうやろうかな、みたいな。
演じなくていいというか、なんか頑張りすぎないというか、
なんかそういう相手に合わせるとかじゃなくて、
ありのままの。
なんかそこはちょっと文化背景による同じ、
まあ翻訳だけども、似たような言葉を使っていても全然違う影響が生まれているかも、
っていうのは今ふと思いましたね。
なるほど。
確かに、内と外とかありますもんね。
そっか、と思うと、
なんかその文化によって、私たち考え方や感じ方もやっぱり影響を受けているし、
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そういう考えや価値観を持っている自分は、
これも本物の自分なのか?
またそこに戻ってきちゃった。
なるほど。
コーチングの中でもね、もちろん、
理想の状態はどんな状態なんだろうかとか、
本当に自分らしくいられるとしたら、
どんな感じになってそうですか?みたいな問いを、
例えば、元にしながらクライアントさんとその状態を探求してみたり、
イメージを膨らませてみたり、味わってみたり、
でも同時に、
最近のコーチングの研究とかだと、
そもそも関係性だったりとか、
社会との関わり方や環境、
それこそ今言ったような文化とか、
そういったものによって、
自分という存在は作られ続けているみたいな、
そんな考え方も出てきていたりもしますよね。
そうですよね。
他社や環境や文化やそういう影響で、
自分が構成されていっている側面を考えると、
そもそも自分で自分を作るとか選ぶとか、
その解釈自体は、
元々の背景からすると、
ちょっとずれるのかもしれないなとか、
そういうもんじゃないのかもなとかもそうですし、
あとはよくある、
無人島に1人だったら、
自分がどういう存在か分からないみたいな、
自分が性高いのか低いのかも比較対象がない、
分からないみたいな、
なので他社や環境の中での、
人との関わりの中で、
自分というところのユニークさであったり、
特色、特性みたいな、
そういうものがもう少し見えやすくなっていく。
でもそれって文脈が変わると、
また違うタイプの人たちがいるから、
本当のアイデンティティというか、
自分らしさみたいなところって、
また変わっていくかもしれないし、
とか思うと結構その環境関わり、
人との間で作り上げられ、
また変動性のあるというか、
変わり続けていったり、
その時その時で、
みたいなそんなものが、
本物の自分というか、
自分迷子だから探さなきゃってことというよりは、
そこに今あるものでもあるみたいな。
そうですね。
確かに。
迷子だって思うと、
どこか別の場所に自分というもの、
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本物の自分があって、
これを見つけに行くみたいなイメージですけれど、
今この瞬間自分を作っているって思ったら、
今作ってるし、これまでも作ってきて、
それが積み上がって今があって、
今も作ってるし、
この先もそうやって作っていけるんだみたいな。
じゃあどうやって作っていこうかな、
何が材料になるのかなみたいな。
なんかちょっと違う視点から、
自分を考えることができるのかもなっていうのを、
今思いました。
そうやって思うと、ある意味、
自分探しの旅みたいなとこで、
ちょっとインドに行くみたいな、
よく出たがあると思うんですけど、
あれってそこに自分を探しに行くというよりは、
そこにいるからとかあるからってことというよりは、
違う環境、違う他者と関わる、
交流する場に身を置くことで、
自分の中にもともとあったかもしれないけれども、
自分もあんまり見たことなかったというか、
違う感覚を持つ自分とか、
違う思考が人たちとの対話や、
また環境に触れることで立ち上がってくるみたいな、
それを何か、あるいは発見や、
自分探せたみたいな、何だろう、
いう解釈に消化させているけれども、
結局やっていることは、
他者が環境によって作られているもので、
環境を描いてみると、
違う自分の側面にも、
違う光の当たり方がするから、
見えやすくなっていく。
結局、今の自分、また環境に関わる自分に、
結構意識を向けていったり、
関心を向けていったりしていくと、
そもそも何か、もう既にそこにあるものでもあるんだろうな、みたいな。
そう思うと、
何か自分、何て言うんですかね、
人と違うところとか、
違うから、さっきもユニークさがっていう話がありましたけど、
その違いもまた楽しめるというか、
そこが何で違うんだろうとか、
何で私はこれが気になるんだろう、
これ好きなんだろう、みたいなところだったりとか、
人と何か比べちゃうというよりも、
それがあって初めて、
鏡のように自分を見ることができるみたいな。
そう思うと、
違いも楽しめそうだなと思ったり、
そんなことを巡りますね。
いいですね。
その違いを楽しむとか、
そうすると他の人の違いもある意味、
一緒に喜べたりとか、
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それはそれで違いなんだなと認識できたりとか、
みたいなことに繋がっていくし、
改めてこの自分迷子になるのなぜだろうとか、
本当の自分って何かって思うと、
どっかに見つけに行かなきゃいけない、
今の自分は偽物だみたいな、
まだそこにいない自分みたいな、
そんな風になっちゃうけども、
今に意識を向けていったり、
今体験していること、
今話している目の前の人との体験に
意識を向けていくとか、
先に何かをすることでというよりも、
今の人との間の中にある、
また自分のその感覚に、
好奇心を向けていくこと自体が、
自分を構成し続けていったり、
発展させていったりするもの。
確かに。
今を積み上げていった先に、
未来の自分があるんだなって思うと、
未来の自分を描くこともいいんだけれども、
今がその材料になる今みたいなのが、
ずっと続いていくんだなって思いますよね。
自分って今どんな環境の中にいるんだろうとか、
どういう関係性の中で、
どんなことに間違いを感じたり、
自分らしさを感じたり、
それをどんなふうに自分が、
私っぽいなって思って受け取ってるんだろうとか、
そんなところに意識を向けていくのも、
ある意味、自分を作っていくプロセスというかね、
なのかなって思いました。
それを楽しみつつね、
やっていくって大事だと思うし、
そうすると目の前の人にしっかりと意識を向けられるし、
同時にどこかで自分が見つかったという感覚、
一定そういう感覚を得ることはあると思うんですけれども、
事象としてそういう状態ってあんまりないというか、
自分って固定されるものではないので、
1秒後には違う経験をして、
また違う部分が自分に入ってきたりとかすると思うと、
自分は見つけた?
迷子の張り紙があって、
この猫見つけた?みたいな、
そういうものではなくて、
今の自分が表現する自分らしさはこれかな、
でもこれは変わり続けていくし、
言葉の使い方とか、言語化の流度とか、
解像度とか、自分の中のしっくり度も、
いろんな文脈でどんどん変わったり、
しっくりする時もあれば、
しっくり来ない時もあって、
今、ただしっくり来てないターンなんだな。
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でも好奇心を向け続けていったり、
それを大切にし続けたり、
違いを楽しみ続けていったら、
またふっと見えてくる時は、
来るからがんばって、
チラシを電柱に貼って、
自分探してますってしなくても、
もうちょっと肩の力抜いてもいいんじゃないというか。
確かに。
そうですよね。
しっくり来てないなって思っている自分も、
自分ですっていう感じですもんね。
なんかそう思うと、
本当に自分って固定化されたものじゃないから、
いい意味で、これからいかようにでもなるというか、
これからも自分というものを作り続けていけるみたいに思えると、
ちょっと楽しみというか、
私もこういう人だからずっとこういう人間なんだろうなみたいな感じの、
諦めみたいな感覚が少し薄れて、
自分をこれからどんな風に自分作られていくんだろう、
ワクワクみたいな、
そんな感覚にもなるかもなって思いました。
いいですね。
はい、ということで、
これを聞いてくださっている皆さんは本当の自分とか、
今作られているご自分のこととか、
どう思うでしょうかね。
ぜひぜひいろいろな感想やコメントなどをお寄せいただけたらと思います。
はい、この時間が皆さんが少し立ち止まって味わうきっかけになったら嬉しいです。
それではまた次回一緒に対話していきましょう。
本日もありがとうございました。
ありがとうございました。
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