登場人物の考察
働き方ラジオ始まります。株式会社セッション・クルー代表、働き方エヴァンゼリストの田中健士郎です。
このラジオは、誰もが自己表現をするように、情熱を持って働く、そんな世界を目指す仲間づくりをしていく
ポッドキャスト番組になります。 皆さん、自己表現していますか?
ドバックは、娘への愛の表し方とかもまた、ちょっと感情移入ポイントになったりしますね。
そうなんだよね。いいお父さんだからな、普通に。
あれも面白くて、聖書の読み方とか非常に当然ながら一定量詳しくはあるんですけど、どちらかというと熱心にちゃんと読んで理解している具合に
女性差別されるとかの根拠ってどこにも書いてないみたいなことを言ったりして、逆にいわゆる教会側の人とか
なんちゃら司教みたいな人の方が世俗的だったりして、アントニーみたいな人の方が理に悟いというか感じだったりして、
本当に信じるっていう意味でも、地動説はダメっていうことを信じるっていう強さがあるわけじゃないですか、ドバックって。
だから一概に非難できるんだみたいな。 そうなんですよね。
だから最初前半見るとドバックはなんてひどい冷酷なやつなんだって思うんだけど、
なんかヨレンタースが出てくるあたりから、なんかちょっと人間味も出てきて、最後は本当に悪いなんてことはないんじゃないかとか、
こうだんだん自分の考え方も変わっていく感じですよね。
ドバックが実は主人公説みたいなのもあります。
ありますね。
すべての、全部に出てくるのはドバックだけど。
ドバックだから軸になってる。
ねえ、そうなんですよね。意外に娘に対して、なんか女性差別とかめちゃくちゃするのかなって思ったらいいじゃないかって言ってもっと勉強してみろとか、
なんかすごい、学ぶことにもすごいポジティブだったりとかして、
なんか、地道説を学ぶことはめっちゃあんなに弾圧してるけど、
星について娘が学ぶことは結構前向きな態度で見てたりとか、その辺もなんか不思議というか、
そのユレンタさんがみたいなね。なかなかのストーリーっすよね。
自然崇拝と哲学
今、出てきてない人で言うと、あれかな。
シュミットさんだ。
シュミットさん。確かに。シュミットさんは。
シュミットさんは謎だよな。
開放戦争の。
排長戦。
シュミットさんは。
開放戦線側だって言うけども、自然を崇拝して朝日を統制してる。
またちょっとユレンタさんともちょっと違うんですよね。
ちょっと違うんですよね。
そうそう、自然。それも一つの派閥だよね、みたいな。
そう、別の人なんですよ。
あのね、基本的によくあるね、そのポテンでも言うけど、理性じゃないですか。修正のヨーロッパのね。
そうですよね。
理性で全部駆動してるんだけど、そこを超えた自然みたいなところを、神、そこに神がいるみたいな感じがシュミットさんのやつで、他の人たちの考え方はちょっと違うんですね、そうすると。
確かに。
まあ、今の時代にシュミットさんは非常に必要な人のような気がすごくしていて、
要は殺し合ったりとかそういうのも全部人間がいるから、殺し合いが起きますよね、みたいな考え方だから。
人間を超えた自然って、割と今の哲学も重要なテーマで、人間も自然の一部として考えるっていうのが多いので。
いやあ、確かに。ちょっと東洋的な感じで近いのかな。なんて言うんだ。
崇拝的な。
東洋的な自然崇拝ともちょっと微妙に違う。
いや、ちょっとなんだろうな、プリミティブというか、なんかそう、感じとしては。そんな気がします。インディオとかね、そういうアメリカン的なものとかにも通じるような、
自然崇拝感覚は、こうしたんですよね。
知識の伝達と託すことの本質
確かに。気になってはいたけど、ちょっと注目度弱くしてたかもしれない。自分の中で。
彼はだから、神教という宗教を信じてないわけですか。
そうそうそう。そうなんですよ。
ちょっと立場違うんですよね。
立場が違うんです。
ただ歴史的に言うと、いわゆる民族宗教で多神教から始まって、いわゆる中世が、理性をもとにして生きる、すべてを神が作ったっていうような信仰になるわけなので、
微妙にこう、微妙に、なんていうんですかね、微妙にネイティブっぽくも趣味とさんはあり、一方、すべてを神が作ったっていう意味合いで、価格信奉者っぽくもあり、法要っぽくはないですよね、すごく。
でも最後にギュラカは、一番最後、アサヒかなっていう。
そうだね。
その瞬間、そこにたぶん神っぽいものを感じて亡くなった気がするんですよね。
すごく感動してると思うんですよね、あの瞬間。
ずっと、アサヒはむしろ嫌いだって言って、論理で説明できるものしか信じないっていう。
絶対一番最後の最後、その光を見て、たぶんすごい感動、神のような感動をたぶん感じながら死んでいくって。
いやー、面白いな。なんか一人一人見てても面白い漫画ですね、確かに。
これでだいたい重要人物は網羅できたんだろうか。
バディーニ、オクジー、オクジー。
オクジーね、オクジーはだから、バディーニとの対峙というか、おかげさま。
そうそうそう。
見ますよね、さっきの文字の話とかでも読めない人もね、ほとんど。
そう、なんかオクジー最初出てきた時は、なんでこの人が主人公っぽい感じなんだろうって思うぐらいに、
なんかいまいちピンときてなかったり、読み書きもできないし、そこまでは割と知性の知がこの物語を駆動しているから、
頭のいい人が時代を作ってきたんだっていう、その正しいものがまだ見えてない時代に、
その時代の頭のいい人たちがこういう考えを作ってついでったんだろうなって思ってるところに、文字も読めない、なんかいまいちよくわかってないみたいな人が出てきて、
この人がなんか意味あんのかなって最初思い始めてみるっていう。
それがなんか途中からやっぱその感動っていうのと、あとこんだけ地道説を正確に理解して、
論文化しても、これでは伝わらないっていう、なんかどっかの場面で子供とかにわかりやすく説明するのも難しいみたいな場での場面が出てきて、
やっぱりなんかその、人に物を伝えるっていうのは理路整然とこう正しく書くんじゃなくて、
ストーリーで感動を伝えたほうが伝わるんだみたいなのに本人も気づいて、で最後、奥地の残した方を残すっていう。
あの辺でやっと奥地、だから奥地が主人公なんだっていうのがなんか見えてくるみたいな。
あれ極めてこう忠誠に、権利に目覚めるとか、そういった忠誠心っぽさがありますよね。
もともと多分信仰によって、来世に期待するような人間像だったと思うので、
あと空を見れないっていう設定でしたよね、確か。
そうですそうです。
逆にね、近世を見た感動っていう、しかも目がいいっていう設定。
目がいい、めちゃくちゃ目がいい。
めちゃくちゃ目がいいんだ。
目がいいのに空は見てなかった、で空を見て感動するっていう。
あと超絶ネガティブみたいなやつ。
この世に期待してないみたいなね。
期待してないですよね。
でも死後の世界を期待して、現世には期待しないっていう感覚がなんか普通みたいなのを、
なんか、あ、そうなんだって。
あれはこの時代は割とそういう感じだったんですかね、なんか。
まあ普通だったと思うけどね。
信仰してる人は基本的にそうだと思う。
そうか。やっぱりこう、天国が素晴らしいっていう。
あくまでヨーロッパだけの話ですけど。
ヨーロッパはその感覚も、ああそうなの、本当にそう信じてるんだみたいな。
これだ、これだ、今、奥地がレイビーさんとかが逃げるところで、
一緒の枠が来て逃げなきゃいけないところで言ってるセリフで、
自らが間違っている可能性を肯定する姿勢が学術とか研究には大切なのだろうなっていうのを。
ありましたよね。
これを奥地が言うっていうのは。
めちゃめちゃ科学的なことを言ってる。
これも大事な言葉だった。
ヨーロッパはすごい大事。
じゃあその後は託す話だと思うんですよね。
そうそうそうそう。
託すことの意味っていうか本質を、これだ、次の記憶。
反論や訂正をされることが託すことの本質っていうのを言ってるんですよ。
すごいこと言ってます?
すごいこと言ってるんですよ。
いや、なんかハッとしましたね、これは。
託すとは何かって考えたときに、普通に考えると、
自分の考えをなるべく近い形で継いでくれるみたいなもんじゃないですか。
保存するイメージじゃないですか。
保存ですよね。
だからなるべくこっちも説明することでしっかり理解してもらって、
同じ考えを引き継いでもらおうっていうのが、
仕事の依頼もそうだし、
基本的には託すってそういうふうに思ってるじゃないですか。
それがむしろ訂正されたり改変されることが託すことの本質で、
むしろ自分が間違ってるってことを肯定する姿勢が大事なんじゃないかっていう。
これってそれこそはパディには完璧主義者というか自分だけの、
自分が天才じゃないけどそっち系の他のやつにはわかんなくていいっていう感じでやってるのと、
そこに対してオクジーが言うみたいな。
これね、よくある学術的な論文って大体同じような構造なんですけど、
基本引用、専権的な研究に基づいてやらないと全く突然思いついたものになってしまうので、
先行研究があって、それを引用して、それにプラス何を付け足せるかっていうのがいわゆる論文のあり方なんですけど、
まさにそれなんで、オクジー君、うおとさんなのかオクジー君なのか、
哲学とキャラクターの関係
大学院に行って論文書いたんで。
論文書いた人。
うおとさんも確か哲学やって中退だったと思います。
あー、そうなんですね。
一般教養として知ってる感じですね、そういうのは。
オクジー君も大事だった。
オクジー君、めっちゃ大事なことをサラッと言うんだよな。
真顔でね。
真顔でちょっと思ったんですけど、それに対してパディには、
それはちょっとまた後で考えるみたいなことを言って、一旦保留したんだよね、確か。
肯定も否定もせず。
でもこの、自らが間違ってる可能性を肯定する姿勢が大事だって言ったら、パディにはまずはそれはめっちゃ否定したな、それだったらやってる意味がないんだよな。
最初は一回言ったんだけど、でも託すことの本質みたいなことを言った時には、ちょっとそうかもって思い始めているっていう。
パディがオクジーによって変化していくっていうのはね、いやー、いいんだよな、この辺が。
好奇心の重要性
やっぱり漫画買おうかな。
ちょっと揃えたくなってきた。
まだまだ、そんな観点で読めるな。
僕、アニメ見てるんで、サカナクションと、そういう底のシンクロはまだ感じられてない。
これからじゃん。
私あとね、キーワードで好奇心っていうのも結構気になると思うんで、
最初の方だっけ、ラファウが知りたいからやる、ただそれだけとか言ってたり、
あと最後の方だっけ、誰が言ったんだっけ、僕は何があろうと君の好奇心を指定しない。
あれ、復活ラファウというか。
復活ラファウがアルベルトに行ったやつ。
アルベルトに行ったやつ。
なんか好奇心ってどの時代でも結構否定されがちなんじゃないかと思って。
確かに。
うん、すごい心強い言葉だなってなんか思ったんだよね。
近い活動してますからね。
そうそう、それはあれですね、確かに。
知が人や社会の役に立たなければいけないなんて発想が、そうだ。
知りたいからやる、それだけ。
で、信じろって言ってね、自分の直感をね。
で、君の好奇心は否定しないって話。
ああ、そこだそこだ。
タウマ全員の話をその前にしてますね。
タウマ全員。だからまあ、タウマ全員とか好奇心とかっていうのもこのうちの大きなテーマの一つですね。
間違いなく。タウマ全員、初めて聞いたけどな。
確かにね、僕はこれで初めて知りました。
タウマ全員。
どうかスカラファー君が教えてくれてるんだね、タウマ全員は。
この、なんか人人口ではなってないですけどね、相当大事な。
うん。このハテナってやつね。
そうですそうです、そうです。
確かに、リサっぽいね。
ね、好奇心も否定しない。
心理の探求において最も重要なことだ。
自分の直感、この世の美しさを、僕は何があろうと君の好奇心は否定しない。確かに。
テーマの多様性
これアニメ版のセリフですよね。
ああ、これアニメ版か、ちょっと違うんだ。
ああ、いや、本当に微妙ですよ。
自分の直感をの次が、世界の絶美、絶対の美って書いてて。
ああ、ちょっと難しい言葉だから変えたんだ。
世界の絶美を。
この世の美しさをって書いてある。
なんだっけ、表紙にハテナが書いてある。
そうなんですよね、そこの話を言うと、漫画の方は、コミックスの方ですよね。
1から7巻までは、全部白い画像が、表紙が白いんですよね。
で、登場人物たちがそれぞれ、空を見上げてるんです。
で、8巻だけが、星空が出てる。
確かに。
色もね、他は白ベースだけど、8巻だけ黒になってる。
白ベースでね、みんな上見上げてるんです。
で、その見上げた先の、たぶん、空が8巻の星になってる、みたいな。
象徴的だね、これ。
ですよ、並べられてすごい象徴的。
で、8巻はカバーをめくると、さっきのタウマ全員のクエスチョンマークだけが書かれて。
1から7巻まではカバーをめくると、書くセリフがブワーって文字がいっぱい、いろんなセリフが書かれてるんですよね。
文字文字しくザーッと。
あー、ほんとだ。
おー、そんな感じなんだ。
これは巻によっても違うんですけどね、書かれ方が。
これが8巻だけなんも、ほんと、薄くクエスチョンマーク、ほんと1巻はこんな感じ。
これカバー取らない人は気づかないよね。
カバー取らない人気づかないです。
うちは息子がカバー取って読むんで、取れてた。
子供は気づくけど大人は気づかない。
綺麗にしたまま読もうとずっとすると。
確かに。面白い。
話がちょっとだけずれますけど、コミックスのこの背拍子とかを並べて、
ドラゴンボールの背拍子が繋がってたっていうのが面白くて、すごい好きだった。
あれだってもうZまでずっと続いてんだよね。
ずっと続いてるんですよね。
今も続いてるんですか、あれ。
最近はわかんない。最近見てない。でも絶対やってますよね。
多分やってる。
初期の最初期版のやつは矢印が2回出てくるってバグがあるんですね。
雑。
ごめんなさい、話を。
でも表紙はそう、面白かったです。
いやー、この知の漫画本を買うかどうか迷う問題みたいな。
漫画って基本的に冊数多くなるから場所を取るじゃないですか。
迷えますよね、より。
いやでもこれ、うごっこさんすごいなと思う。多分終わり方決めて書いてんだろうなと思うんですよね。
あ、そうっすね。うん。
だから、8巻ってなったら終わるじゃないですか。
ね、もう絶対終わるんですよね。
で、ファクトもね、4巻。
うん。いいっすよね。
短くて。
言いたいこととか多分書きたいことってのがあって、それを書いてらっしゃるのかなーって思ったりします。
いやー、すごいっすよね。うごとさん。
この、ネバーエンディングストーリーみたいになってるワンピースとかね。
だいたいね、ヒットするともうそうなってきますね。
あれは別に作者の意図を超えたところでも、
はい。
過ぎてる部分はあるんでしょう。
いやでも、いさぎ寄せて、まあでも、そこで完結させるような、みたいな。
うん。
面白いな。
めちゃくちゃ面白いっすね。
今思いましたけど、7巻の表紙、あれ、アルベールだったら8巻しか出てこないじゃないですか。
8巻だけなんすか?そっか。
うん、そうだね。
そりゃそうですね、最後だけですよね。
7巻の表紙、アルベールです。
えー、なんで?
えー、ほんとだ。
あ、えー、漫画、そっか。
じゃあ微妙に。
いや、絶対出てこないです。
えー、なんだろう。
なんだろう。7巻で。
しかも発見した風な顔してますもんね。
気になる。
うーん。
うん、やっぱその間に出た人は全部出てますけどね、他は。
なるほど。
謎、謎1ですね。
やっぱラファーが2回出てくる意味も分かんないんだよなぁ。
あれは何でだと思いますか?
そこと青年だと。
そう、ちょっと大きくなってるんでしたっけ?
はい、そうです。
ここは割とあり得た別の世界。
アラレルワールド。
アラレルワールド。
野爆さんが死ぬときに、そういう俺は悪役だったんだっていう言い方って、いわゆるメタフィクションっていう。
要は、登場人物が自分でこれは劇だよっていう手法なんですよ。
ああ。
なので、なんかそれを匂わしてるから、結果これがフィクションで、
第8週が、まあリアルじゃリアルの話なのかなという気がしますよね。
なんかそこが別の世界であるってことを伝わるようにあえて。
っていう雰囲気はあるかな。
確かに確かに。
まあちょっと遊び心も含みつつみたいな感じなのかな。
あと関係ないですけど、ピャストファク・ティコブラエ説が一般的ですけども、
実際あのティコブラエの墓見に行くとなんか考え方変わるなっていうのをちょっと前話したかもしれないですけど、
ティコブラエって天文学の人ですけど、錬金術士でもあるわけですよ、中世だから。
ああ、なるほど。
だから墓とか見たけど、めちゃくちゃなんか怪しげな感じ。
なので、なんだろうな。
なんかあんな天道説に人生を捧げてきたみたいな感じで、泣きながら死んでった感じともちょっと違うな、もっと怪しい人だったんじゃないかなみたいなのがすげえ思いました。
実際、毒殺されたっていう説があったりして。
究極はケプラーが毒殺したんではないかっていう説があって、
それはそれで面白い。バディニっぽくてめっちゃ面白そう。
すごい面白いですね。
その辺の無双が止まらなくなるのが面白さですね、この作品。
なるほど。いいですね。
なんかこういろいろまだ考える余韻が残るのがめちゃくちゃいいですよね。
だから結論も一つじゃないし、あとテーマもね、なんか複数ある感じというか。
やっぱりその、何だろうな、分断的な迷いとかそっちもあれば好奇心みたいなテーマもあるし、
あと文字とかもあるし、もちろん地道説の話もありっていう、
なんかいろんなテーマが同時並行であって、それぞれに考えさせられるみたいな深い作品ですね、これは。
わかります。
エンターテイメントと哲学の両立
最初の紹介だけだと、また地道説の話というか。
いやそうなんですよ。
そういうふうな、すごいライトな紹介されてるとあったりします。
全然それ別になんかね、地道説がどうかっていうよりも。
そこはあんまりどっちでもよかった。
地道説はどっちでもいいんですよねっていうと、もうもはや皆さんに説明するのめちゃくちゃ難しいんですけど。
確かに聞いてる方には意味がわからないかもしれないですけど。
哲学書です。生き方を考えさせられる哲学書ですみたいな。
いやでもこれを、こんな哲学書的なものを、なんか誰もが見たくなるようなストーリーにして、
ちゃんとなんかスリルとかドキドキとかもあって、なんかこのバランスがやっぱすごいなって感じですよね。
エンターテイメントですね、ちゃんと。
エンタメとして成り立っているのに哲学的であり、それの働き方あるじゃないですか、前回、前後編で。
やっぱ前半はエンタメとしての普通に楽しさっていうのがあるよねっていうのに、
でも普通だったらそれで終わりで、ああ楽しかったでも、まあしばらくは読まないかなっていう感じなんだけど、
なんかこう何度も読みたくなる感じというか、手元に置いておきたいみたいな、思わせる哲学書的な意味もあって、
この両立っていうのがやっぱすごいですね。
なんか余韻が残り続けるよね。
余韻が残る、本当に。
なんか登場人物一人一人にまたフォーカスしてもう一回読んでみようかなとか、
シュミットについてもうちょっとちゃんと読んでみようかなとか思った。
だからそれこそ、奥地本を残したみたいなことと同じ感じの人がそれを読んで理解したくなるものというか。
いやー、奥地本ね。奥地本読んでみて。
だからそれがね、小人さんは漫画という形で表現をしてるわけですよ。
確かに。
この地の本が割と奥地本的な要素はある気がする。
誰もが楽しくエンタメのように読めるんだけど、実はそこに深い伝えたいことがちゃんと伝わるっていう。
確かに。
いやー、これは。
じゃあ本当にいろんな仕掛けがあるか。
いろんな仕掛けが。
あの、私さっきヨレンタンの話したときに、文字はまるで奇跡ですよっていう好きな言葉があるって言ったじゃん。
あの時に同時に思ったのが、あの時代文字だったけど、
今だとこういう私たちが撮ってるポッドキャストとか、この音声とか声もきっと奇跡ですよってなってくのかなってふと思った。
今はね、残せるからね。
残せるからね。
確かにそうね、音声の元々は残せなかったわけですからね。
そうそうそう、あの時代はね。
文字しか残せなかった。
だから文字っていうものが生まれて。
今はね、声を音声として残せるから、まあこれを聞いた未来の人がね、何か思うのかもしれない。
働き方らしを発掘する人がいるかもしれない。
かもしれない。
まあでも本当にいまだにね、4年前5年前のやつをなんか聞いて感想くれる人とかたまにいるんで、なんか不思議だなと思います。
もう自分の中ではほぼ忘れかけた話とかが多いんで、
はそならしてましたっけみたいな感じが面白いです。
なんかタイムマシンって感じがして。
はい、こんな感じかな今日は。
はい。
一応みんなで振り返っていきましたが、やっぱり改めてね、いろんな読み方ができていろんな学び気づきがある作品だなと思ったので、
まだ読んでない人はもうかなりネタバレしてますけど、でもねネタバレするとかっていう話でもないんですよ、たぶん。
そう。
ネタバレが重要じゃないというか、その結論を知ってたかどうかっていうのはなんか1要素でしかなくて、
もうそれでも何度も読みたくなる、見たくなるような作品なので、逆にこれで興味を持った人はね、ぜひ読んだり見たりしてほしいなというふうに思います。
音声メディアの影響
はい、ということで今日もじゅんりギラーの皆さんありがとうございました。
ありがとうございました。
今回もお聞きいただきありがとうございました。
働き方ラジオを運営する私たちセッションクルーは、ラジオの外でも緩やかに続く対話の場を大切にしています。
例えばセッションクルーバーというスラックのワークスペースを持っています。
働き方ラジオを聞いて、どこかピンとくるものがあった方はよかったら一緒に混ざりましょう。
気になる方は私、田中健次郎かじゅんりギラー、リサ、ミヤ、被災人にご連絡ください。カジュアルにセッションしましょう。