レトロゲームの復活プロジェクト
皆さんこんにちは、クムです。今回紹介する本はこちらです。
レトロゲームファクトリー。こちらは新潮文庫から発売されていて、著者が柳井雅香さん。
この番組ではゲーム系の書籍とかを紹介しているんですけども、この本はレトロゲームファクトリーっていうタイトルの通り、レトロゲームに関する物語になっていて、
ちょっとこの裏の方に書かれているものを読んでいきます。
過去を愛しちゃ悪いかよ。過去のゲームを最新企業に移植する会社レトロゲームファクトリー。その社長、早枝直樹とプログラマーの白野隆義の下に大口の依頼が舞い込んだ。
伝説的ファミコンゲームUGOコレクション10本の復活プロジェクトだ。
だが開発者は最後の作品の権利のみを買い失踪していた。一体なぜか横取りを狙う大企業を抑え封印ゲームを復活させよう。
現役プログラマーが送るお仕事小説というふうに書かれていて、このレトロゲームファクトリーという会社の社長が早枝っていうキャラクターで、
この人物が36歳、あともう一人のプログラマー、この白野が21歳で、この白野の方は小説の中ではコウギーって呼ばれていてですね、コウギーってワンちゃんのコウギーですね。
僕が好きな犬種がコウギーとサモエドさんなので、ちょっともうそれだけで勝手に親近感があるんですけど、この表紙のイメージ通りのキャラクターがこの白野と早枝二人になっていて、
時代感とすると、この小説が発表されているのが2018年、平成30年って書かれてますね。
舞台が横浜、僕も今横浜に在住しているので、なんか自分が住んでいる土地が舞台になっているっていうこともあって、すごく親近感がわくというか、東急東洋線っていう言葉も出てたりとかするぐらいなので、なんかそういう意味でも興味を引かれています。
この後ろ説明だと仕事小説というふうになっているんですけども、仕事小説といえば仕事小説なんですけど、めちゃくちゃ難解な物語とかそういうのではなくて、すごく理解しやすい話が展開されていて、レトロゲームファクトリーっていう本のタイトルにもなっている通り、レトロゲームがこの小説のキーとなるというか。
ハイエダも36歳で、シラノに至っては21歳ということで若いんですよね。一応この本の中にはスマホとかも出てくるので、設定とすると現代だと思うんですけど、ハイエダは自分が子供の頃にファミコンとかで遊んでいたっていう描写があるんですけど、シラノの方は21歳だからどこでレトロゲームに興味を持ったのか。
シラノはレトロゲームが好きなんですよね。どこでレトロゲームに興味を持ったのかっていうところもこの小説を読んでいくと分かるんですけど、やっぱりレトロゲームっていう言葉自体が改めてこの小説を読むときにレトロっていう言葉を考えるきっかけにもなったんですよね。
未来だったらフューチャーだし、過去だったら英語でパストっていうので、レトロとパストはまたちょっと違うよなとか。レトロの意味が大自立だとちょっと難しく書いてますね。復古調であること、またそのさま感覚っていうふうに書かれてて、ちょっと意味が難しいのでもう少し解釈を加えると、過去のスタイルとかデザインとかを時代、現代に再解釈をして取り入れることと言える。
あともう一つレトロに近い言葉としてノスタルジーっていう言葉もあるんですよね。ノスタルジー、ノスタルジア、こちらも大自立の意味だと異国において離れた故郷を懐かしむ気持ち、京都に対する哀愁とかそういうものをノスタルジア、ノスタルジーっていうふうに表現すると。
これももうちょっとわかりやすい表現にすると、過去に対する懐かしさとか、戻れない時間への感情、感情を表すみたいな。だからレトロとノスタルジアはまたちょっと似て非なるというか、意味が違うと。レトロは過去にあったものを現代に再解釈して取り入れることっていうふうになっているので、この物語でも過去にあった伝説的ファミコンゲームを現代のものとして異色復活させるっていうプロジェクトがことの本体になる。
小説を書いている柳さん、柳さん自身が現役プログラマーということで、僕自身がプログラムを自分で書く人間ではないから細かいところはわからないんですけど、実際のプログラマーさんが描く現場の雰囲気というか、そういうのも描写されているので、やっぱりこの辺がなかなか他の小説にはない独自性があるというか、面白いポイントかなというふうに思いました。
プログラマーの奮闘とノスタルジー
あと、そもそもなぜレトロゲームにこのシラノとハイエンダの2人が魅せられているのかとか、ファミコンゲームを現在に蘇らせる意義というか、その辺りとかも注目するポイントだし、あとは著者の柳さんが現役プログラマーなのではだなというふうに思ったんですけど、
ゲームの過去のファミコン時代のプログラムを見て、要はシラノという若手のプログラマーが現代にファミコンゲームを復活させるプロジェクトを進めていくんですけど、その中で過去の作品のプログラムを読み取って、そのプログラムを元に当時のプログラマーの思いってこういうことがあったんじゃないかとか、当時の意図とか時代背景とかを汲み取っていくというところが、
すごく面白い表現だなというふうに思いました。
例えば写真とか文章とか、そういうのを見て、この人はこういうことを言おうとしていたのかなとか、そういうのを読み取るっていうのは、毎日用生活の中でも結構あると思うんですけど、プログラムを読み取って、もちろんプログラマーとかエンジニアの方からすると、そういうのって日頃からやっていることなのかなって思うんですけど、
僕はプログラマーでもないので、そういう人間からすると、こういうプログラムを読み取って、その人なりの当時の考えとかが別のプログラマーが見ると読み取ることができるんだなとかっていうのが面白かった。
プログラマーがプログラムを使ってコミュニケーションを取るような感覚というか、そこで印象的だったのが、僕は過去に料理人の人と話をしたことがあるんですけど、
その料理人の人は海外でシェフとして働いているという方なんですけど、その方は日本人だから海外で、英語も正直そこまで得意じゃないと。
そこで言っていたときに、女性だったんですけど、彼女が言っていた言葉がすごく印象的で、私は料理でコミュニケーションを取るからねっていうふうに言っていたのがすごく印象的でですね。
だから言葉はもちろん大事なんだけど、言葉だけじゃないところ、文章とかもその文章の上巻を読み取るとかそういう表現がありますけど、このプログラム、ゲームにおいてもそのゲームから見えているものからだけじゃなくて、
このプログラムの上巻というか、ゲームの中に表現されているものの上巻というか、そういうのを読み取るっていうことの描写があったのがすごく面白かった、ユニークだなって思いました。
あともう一個思ったのが、今の僕の年代からするとレトロゲームってやっぱりファミコンとかスーパーファミコンとか、そういう少なくともプレスより前のゲーム機が自分にとってのレトロゲームっていう感覚なんですよね。
改めてレトロってなんだっていう、レトロの定義、これもいろんな考えはあると思うんですけど、レトロゲームの一般的な定義と考えられるものは、おおむね20年以上前に発売された家庭用もしくはアーケードゲームを指すことが多いと。
例えばファミコン。ファミコンは1983年に発売されていて、スーパーファミコンが1990年。ゲームボーイが1989年。ゲームボーイのほうが1年早いですね、スーパーファミコンより。
プレイステーションが1994年なので、プレステからは自分の中では、僕の中では現行機、現行機というかレトロゲームではないっていう分類なんですけど、プレステがレトロゲームに入るかどうかっていうのも結構人によって違うんじゃないですかね。
僕がプレステ遊び始めた頃はもう小学校高学年ぐらいからだったので、やっぱり幼少期、本当にちっちゃい頃に体験したっていうわけではないので、だからそうなってくると子供時代にプレステ遊んだ人にとってはプレステもレトロゲームに入るのかなとか、あとハードウェアの特徴による定義っていうのもありますね。
ドットウェアのグラフィックだったりとか2Dスクロールといった、今の現代のスペックから考えると技術的制約が大きい時代の作品が対象というふうに、そういう表現もありましたね。
レトロゲームの20年前がレトロゲームっていう定義でいくと、もう20年前だと2005年、今日現在が2025年なので、2005年がもうレトロゲームに入ってしまう。2005年のゲームって何があったんですかね。ちょっと調べてみましょうか。
2005年、今から20年前に発売されてヒットした主なゲームっていうのをちょっと調べてみると、ドラゴンクエスト8、これが厳密に言うと2004年の末に発売だけど2005年もヒットしたと。あとキングダムハーツ2、あと脳を鍛える大人のDSトレーニング、これも懐かしいですね。
これも懐かしいですね。ニンテンドッグス、あとモンスターハンター2ドス、これも2005年に発売されて話題になったと。世界的にも成功したタイトルだとゴッドオブウォーとかバイオハザード4、コールオブデューティー2とか、この辺とかも発売された時代だと。PS2とかその頃の時代ってことですよね。
だからそう考えたらやっぱり20年前がレトロかっていうと、やっぱりそれよりかはこのハードとかの自律的な制約の中で作られた時代のゲームっていう解釈のほうが僕の中ではすごくしっくりきますね。だからその定義で言うとPSとかもそうなのかな。
過去と現代のゲーム文化
この小説の中身をいろいろ話をするとネタバレになってしまうところもあるんですけども、そこには触れずに。ただこのファミコン時代のゲームに魅せられた人たちが現代にいて、その現代でいろんなトラブルを乗り越えていくっていう小説になっていて。
ちょっとこの本の帯というか、裏に書かれているお仕事小説っていう表現がちょっと少しもったいない気がしてですね。なんかここが過去と現代の狭間で戦うレトロゲームって、この小説の中に出てくる代替者があるんですけど。
その代替者にいる橘というキャラクターがいて、このキャラクターがこの小説においての悪役なんですけど、その橘の主張とすると新しいゲームを遊んだほうがみたいな、レトロゲームよりかもっていうそういう表現もあったりとかするので。
過去を大切にする人たちと今のゲームを発展させていこうとする人、しかもそれもどちらかというとお金をいかに稼げるかっていうところに目線を置いて活動している人と、でも過去にいいものがあるわけだからそれを今の時代に伝えていきたいっていう人たちの話があって。
僕はどちらかというと過去にあるものを伝えていきたいという気持ちのほうに共感ができるので、そういった意味でも自分が年齢を重ねてきているということもあるんですけど、やっぱりこの過去に良かったものを現代に伝えていく。
ゲームだと過去にあった作品をリマスターとかリメイクとかして発表発売するっていうことは今普通に行われていることなので、それはゲームだけじゃなくて、映画とかでもシリーズものがリバイバルみたいなことをされたりとかリリアルされたりとかいろいろあると思うので、
過去に生まれてきた作品とかを現代に伝えながら、でも現代は現代で新しいものを発展させていくっていう、お互いのいいところを見つけて届けていけるといいのかなっていうふうに思いますね。
ぜひ手に取って読んでみられてください。