はるか
ではでは、やっていきましょうか。はい、やっていきましょう。 今日はですね、ゲストに来ていただいております。渡辺弥生先生という方ですね。
なんかあの僕らのTeacher Teacher村のDiscordでも、書籍が話に上がってたりしたよね。 そうそうそうそう、怒っている子どもは本当は悲しい。
はるか
感情リテラシーを育むという本が話題になっていて、 もう今さ、ニュースとか見ると精神的に追い詰められたりとかしてさ、
命を落としてしまったりとかっていう子どもが増えてるって言うやん。 そんな中で、この本の中では感情に気づき調整し、
適切に表現する力が大切だっていうふうに書いてあって、 このアプローチから家庭でできることがたくさんあるだろうなっていうふうに思ったし、
渡辺弥生
自分もできることたくさんあるなと思ったので、今日はゲストにお呼びさせていただきました。 ややびさん。はい、はい、こんにちは。
こんにちは。こんにちは、お願いします。 今日、お招きいただきました。本当にありがとうございました。
はるか
どこまでお役に立てるかわからないですけど、よろしくお願いします。 よろしくお願いします。
渡辺弥生
ややびさんは、普段どこで何をされてるんですか? 普段は、東京の山手線の真ん中に市街とか飯田橋っていうところがあるんですけど、
そこのキャンパスの、すごい高層ビルの、26階建てのビルの11階にいるんですけどね。
そこで何を、研究をされてるんですか、教育の。 そうですね、研究したり、授業に行ったり、
はるか
いろんなことをしてますね。 法政大学でも心理学科で教授されていて、ハーバード大学とかカルフォルニア大学でも客員研究員もされているっていう。
渡辺弥生
そうですね、大学にもよるかもしれないんですけど、だいたいサバティカルって7年に、本当は1回ぐらい、やっぱりちょっと勉強しなさいみたいな、自由な時間。
授業とか会議離れて、そういう機会があって、今まで私は、そのハーバード大学にいらしたセルマン先生とか、カリフォルニア大学のサンタババラ校にいる
シェーン先生とか、教えてもらいたいことがいろいろあったので、そこに行かせていただく機会があったっていう感じですけどね。
今日は、そんな弥生さんにいろいろとお聞きしたいことがあって。 一つでもお役に立つことがあって頑張りますので、よろしくお願いします。
はるか
ありがとうございます。
今日は2つ聞きたいことがあってですね、よく最近、保護者の方々に、うちの子がうまくいかないことがあると、すぐ切れると、暴れたりとか、叩いたりとか、大声で泣いたりとかするっていうのがあるので、
これを本当の意味で、自分で感情をコントロールできるようにしていくために、家庭で何ができるだろうかっていうところをお話し伺いたいっていうのが一つと、
もう一つが、最近はやっぱり学校に行ってない不登校と呼ばれてる子たちが多くなってきていて、その中で、行きたくない理由がない。
あとは理由を聞いても何も答えてくれないっていう状態があって、これ一体何が起きていて、家庭ではどんなことができるんだろうってことを2つ聞いてみたいなと思っておりますので、よろしくお願いします。
はい、わかりました。
はるか
お願いします。
じゃあちょっとその切れるの、本題のところに入っていきたいんですけど、大人から見ると急に切れたとか、突然爆発したみたいな感じる場面が多いんですけど、
子どもの内側にはどんなプロセスが起きてるのかなっていうのをお聞きしたいです。
渡辺弥生
子ども側と親側で区別して考えた方がいいかなと思ってるんですけど、親側の方はやっぱり、親も忙しいからずっと子どもを見続けてるわけにはいってないと思うんですよ。
だから親が子どもを気にする時っていうのは、子どもが怒ったりひどいことをした時にあれって思うわけですよね。
子どもが上手に遊んでる時とか、すごく誰かに優しくしてる時とかは見逃してることが多いと思うんですよ、静かだから。
で、兄弟喧嘩したり何か起きたら、何事?みたいになっちゃうので。
なのである意味親は、例えば兄弟だったら、昨日ぐらいから弟がこのおもちゃを貸してくれないとか、いろんないざことがちょこちょこちょこちょこあったとこは見逃して、バーって喧嘩した時だけどうしたの?ってなるので、大人からすれば急に切れたっていうふうには思いやすいと思うんですね。
渡辺弥生
で、子ども側はやっぱり自分が、昨日一昨日ぐらいから弟のあれを自分はちょっと悔しいと思ってるなとか、
今日はなんだ弟は偉くママに甘えられて、自分だけずるいじゃないとか、いろんな気持ちをちっちゃくちっちゃく重ねてるけど、
子どもは自分の気持ちを恐れて冷静にプロセスを認識する力が弱いので、
突然なんかもう知らないけど、いろんな気持ちが混ざっちゃって、それうまく言えないから感触みたいな感じになっちゃうんじゃないかなと思うんですよね。年齢にもよりますけど。
はるか
そっか、じゃあ外側から見たら、例えば弟に何かされたからガーッと怒ったように見えてる、その一つのきっかけで怒ったように見えてるけど、実はいろんな出来事が重なって爆発みたいなことが起きてるかもしれないってことですか?
渡辺弥生
ほとんどそうだと思います。やっぱり基本は大人も子どもも構って欲しいっていう、マタリングって言葉があるんですよ。What's matter with you?みたいにどうしたの?みたいに。
要はとにかく大人でもそうですけど、自分の方に関心を向けといて欲しいとか、注意を向けて欲しいって気持ちが基本強いので、
子どもはできればもうママやパパにいつも注意して関心持って見てもらいたいっていうのがあるわけですよね。
だけどそれはなかなかうまく日常生活の中では、せっかく積み木でこれ作ったのに見てくれてなかったとか、今日の食べ物はこれが食べたいって言ったのにとか、
子どもなりにいろんな悔しいとか寂しいとか、構って欲しかったのにとか、そういう気持ちが溜まってきて、でも何の言葉もちゃんと知らないと、もう行動で表すしかないみたいな。
はるか
子どもたちは客観的に観察していると、いろんな背景が積み重なって感情が爆発したっていう風に観察者としては見れるんですけど、
子どもはそれ自覚してるんですかね、切れた後に。
渡辺弥生
子どもはその本の中でも時間的展望って言葉があるんですけど、やっぱり幼稚園の時とかはもう今日も明日もないっていうか、例えばさっき絶好しても今仲良しみたいに、
過去を見通す、思い出す力とか、未来を考える力が弱いので、そこら辺が難しいところですけど、小学校ぐらいになると少し1週間とか、2日ぐらい前のことがこうだとか、
こんなことしちゃうと、明日もこんなになっちゃうとか、少し時間を見通して考えられるような力は育ってくるので、そういうのもちょっと育ててあげられるといいですよね。
はるか
一見背景がいっぱいあるっていうのがあるから、一つ一つ聞けば子どもから出てくるって思っちゃうけど、実際は子どもたちはこういうのが積み重なって自分が切れてしまったんだって自覚してないじゃないですか。
だから理由を聞けば済むだけの話じゃないなっていうのを今感じて。
渡辺弥生
大人もそうなんですけど、怒ってるときにやっぱり、なんで怒ってんの、怒っちゃダメじゃないって言われても、しっきりしないですよね。
大人でも怒ってるときに何か悲しいことがあったのとか、嫌なことがあったのって言われたら、優しい人だなって思いますよね。
だからその子どもが怒りという行動で出しちゃってる背景に何か悲しいことや寂しいこととか、不公平だと思ったのか不安だと思ったのか、そういうことがあったんじゃないって優しく聞いてあげられるといいんですけど。
面白いです。
はるか
なんでって聞かれると、自分が理由を説明しなきゃいけないような感覚になるんですけど、何があったんだろうねって探ってみようかっていうふうに言ってもらって、過去をいっしょに遡ってくれて、
あ、こんなことがあったんだね、その前にはこんなことがあったんだねっていうのを一個ずつ整理して、この積み重ねで怒り爆発したんだねが整理されるとまずすっきりするっていうのが一つと、
もう一個は次から、少しずつではあると思うんですけど、次からこのちっちゃな段階で表現しないと積み重なって爆発しちゃうなっていうのをちょっとずつ理解できそうな気がしましたね。
渡辺弥生
とにかく子どもって安心していたいっていうか、安心な環境にいたいっていうのはあるので、だから怒ってるときに怒っちゃダメとかって塞がれるよりは、
なんか悲しいことがあったのとか、なんか緊張したかとか不安だったのって言われたら、そうだみたいな、言葉では言えなくてもそうだぐらいの確認はできると思うので、
なんで不安だったんだろう、やっぱりこれがうまくいくかどうか失敗したら嫌だなって思っちゃうもんねとか、そうすると子どもの間に、そうか自分はやっぱり失敗したくないから不安なんだって、
意外に自分の考えていることとか感じていることって自分の中の細胞から生まれてこなくて、人から教えられてきたものがつながってきて、自分というものが分かってくるところがあるので。
はるか
そしたらそれこそいっしょにその怒りにつながった背景を解きほぐしていくみたいなイメージのほうが近いんですかね。
渡辺弥生
そうですね、それで安心できるとしゃべろうとするし、そうかこういうことがなんか嫌な気持ちになったんだとか、きっとでも大人もそうだと思いますよ。
でもなんでこのモヤモヤして昨日からイライラしているんだろうみたいな、机叩く人もいるかもしれないし、大人もけっこう自分の気持ちが分からないまま悲しくなってなんか暴走したりする人もいるくらいですから。
それを誰かが、いやこういうことで今イライラしてるんじゃないとか、こんなことが意外と落ち込みの原因だったりするよとか、もし分かってもらえるようなことが来たら、そうかもしれないとか、そうするとちょっと理解してもらった人が現れると人間って安心ができるので、
安心できると今度どうしたらいいんだろうってようやく行動とか理由とか考えられてくるみたいな。
ひとし
なるほど、子どもがそういう感情を言語化するのができるようになるっていうのはもうそれを根気強く続けるみたいなイメージですか。
渡辺弥生
そうですね、結局子どもの脳細胞の中から単語が出てくるわけじゃないので、子どもはもう0歳1歳の時から言葉が出てくるまでもいろいろ活動して体験している中で、
何さっき悔しかったのかなとか寂しかったのっていろんな言葉がいろんな人が振りかけてくる中で、子どもがこの体験は悔しいってことなのかなとか、寂しいってことなのかなってどっかリンクしてくるんだと思うんですよ。
渡辺弥生
そうすると3歳4歳になったら、僕寂しかったんだよって自分で活用できるようになるっていうか。
なのでずっと親が無口すぎると周りに誰もそういう言葉のサワーをもらえないと、もう言えないままになっちゃいますよね。
はるか
僕は感情流度っていう言葉が印象的だったんですけど、一見怒りっていう表面的なものを見て怒ってるんだねしか捉えられないと思うんですけど、そこに実は悲しさとか悔しさとか嫉妬とかいろんな感情が小さく粒であって、それをいかに小さいうちに捉えられるかみたいな。
渡辺弥生
そこが重要だっていうことがすごく印象的だったんですけど、いろんな感情を細かく見つけていく力みたいなのって、さっきの経験とともにセットで言葉にしていくもそうですけど、どんな方法とかっていうのがあったりするんですか。
極端な話、例えばもうお父さんはやばいしか言わない、お母さんはめんどくさいしか言わない、娘はうざいしか言わない家庭って、毎日もう今日やばいなとか言ったらもうめんどくさいこと言ってるって言って娘はうざいみたいなね、そういう3つしか言ってない日常生活で365日いたらやっぱり心が豊かにはならないじゃないですか。
だからもうちょっとお父さんがやばいじゃなくて、今日朝からこういうことがあってちょっとつらいんだよね、今日プレゼンしなきゃいけないからお父さんも緊張しちゃってるんだよねって言った時にお母さんが、そんなにいろんなことやらなきゃいけないのって本当に大変ねとか、それは重圧だわとかいろいろ言ってるうちに娘も、
そんなことパパの社会でもあるんだとか、そうやってちょっとずつ大人がもう少し細かく自分の気持ちとか生活の様子を言うようにすれば、別に何か教えてあげようと教育しようと思わなくても、だんだん心のヒダが豊かになってきますよね。
ひとし
できそう。できそうです。
はるか
いやもう今自分の頭の中にやばいしか浮かんでないのがちょっと怖いですよね。
でもなんかやばいって言っちゃうけど、便利だもんなやばいって。
ひとし
言っちゃうけどなんか今はるかが言ったやばいはあのいい意味のやばいなんだなとかはなんかわかるやん。
やけんなんかそれを解きほぐすみたいなのを過程でやっていくといいんだろうなっていう。
はるか
確かに。
どんな風にやばいのって。
ひとし
どっちのどのどのやばいって。
やばいは4つのゾーンがあるってその本にも書いたんですけど、
渡辺弥生
心地よくってエネルギーが強い楽しいとか嬉しいのやばいもあれば、
心地が悪くて不快でエネルギーが強い怒りとか嫉妬とかのやばいもあるし、
エネルギーが弱くてがっくりくるうつうつとか、なんかがっかりみたいなやばいもあるので、
なので今のSNSのラインとかだと、
子どもは100年とってやばいって言ってるのを例えばおばあちゃんだったらやばいのって悲しく受け取ったりとか、
エスコミュニケーションが起きてるんですよね。
だからあのやばいっていう、なんかやばいってなんかお互い共感してるように一瞬錯覚するんだけど、
実は相手の気持ちをあんまりわかってない中途半端な言葉なんですよね。
はるか
そっかそっか、やっぱり細分化大事ですね。
僕は自分を振り返ると、かなりアニメと漫画から学んでるのが大きいなって思うんですけど、
感情をいっしょに体験して、それを言葉で表現してるのをずっと使ってたんですけど、
アニメとか漫画とかも一定効果あったりするんですかね。
私は今のやっぱり思春期とか青年期の人たちの心をやっぱり理解していく仕事なので、
渡辺弥生
もっと自分が歳とって年齢ギャップがきちゃうから、
映画が趣味なので勤めてアニメも見に行くんですよ。
だからワンピースのバレエのやつ何でしたっけ。
はるか
ハイキューですか。
渡辺弥生
ハイキュー。
ハイキューも見るし、エヴァンゲリオンとか鬼滅の刃とか全部見て、
基本的にはやっぱり今の若い人たちも悲しいんだなっていうか、
鬼滅の刃でも急に鬼になるわけじゃなくて、いろんな苦労が人間の時あるわけじゃないですか。
それでもうなりたくないのに鬼になっちゃってみたいな、
すごい究極の悲しさを表してると思いますし、
そういう意味ではアニメや映画を作る方々も、
まさに見る人の感情、気持ちが豊かになるよっていうか、
考えられて作られてるなとは思ってますけどね。
ひとし
僕今一個できそうなこと思いつきました。
映画僕も好きでよく見に行くんですけど、
大体面白かったなって終わって映画館出た後、
いや面白かったねぐらいじゃないですか。
どこが面白かったってシーンの話はするんですけど、
その時どんな感情になったかとか話さないなと思って。
内側の方。
なんかそっち話すのは子どもとできそう。
子どもはまだ1歳になったばっかな感じですけど、
今後できそうだなって思います。
渡辺弥生
話すといいと思いますよ。
いっしょに小学生ぐらいだったら、
いっしょに映画見たりとかして、
少しこれ小学生に難しいかな。
あんまり怖すぎるのはいいと思わないですけど、
でも子どもがやっぱりこう思ったみたいなの聞くと、
これを見てこう思うんだみたいなの理解できるし、
お母さんはこんな風に感じたんだけどねって言ったらへーとか、
会話も進むし、
渡辺弥生
すごくいいと思いますよ。
何でもアートを見るでも映画を見るでも、
絵本でも何でも。
渡辺弥生
お話もねけっこうしゃべりかけてきてる時ってあると思うんですよ。
だけど親の方が忙しいから後にしてってさえぎっちゃってるけど、
渡辺弥生
意外となんか話しかけてきてるとは思うんですよ。
そういうのを意外と面白がって聞いてもらうと、
例えば2歳ぐらいの子だったら、
石鹸なんか何かホッチキス持ってブーンとかやり始めたら、
ホッチキスなのに飛行機っていうイメージを持つようになって遊ぶようになったんだなとか、
これって他の動物にはできないっていうか、
それはホッチキスじゃない、飛行機じゃないよ、バカなんて言う人いないですよね。
お母さんだとやっぱりホッチキスを飛行機だと思ってブーンって遊ぶようになるって、
けっこう表彰っていうかイメージを獲得できたってすごいことなんですよね。
できてる時にすごいな子どもってこういうことが急にできるようになったんだとか、
あるいはAKBとか古いかもしれないけど、
踊ってるのを見て真似しちゃったりするじゃないですか、子どもが。
その模倣力ってすごいわけですけど、
決してテレビ見ない1時間後2時間後でも踊りを再現できたりするのは、
渡辺弥生
演体模倣って言ってすごい記憶で保持できてるわけですよね、その踊りのイメージを。
それをまた再現できるっていうのはすごい力なので、
すごいなーって感動してもらえると子育て面白いと思うんですけど。
はるか
うわーちょっとその回じっくりお聞きしたいです。
子どもがこんな認知的に発達してんだって眼鏡持つと、
一個一個の成長に感動できそうで。
ひとし
なんか具体的に言語化するための、
子どもが言語化力を身につけるためのアクションとかってより、
なんか観察して成長実感するとか、
そっち側のことをAOAさんはすごい好きそうだなっていうのを。
渡辺弥生
そうだよね、だからわざとそれを伸ばそうっていうのは、
でも勉強みたいになっちゃうから面白くないので、
生活が要するに楽しく、
まず親が楽しんで、
自分もいろいろこう心豊かに生活できてるなっていう風に、
子どものことを考えるのであれば、
まず親がその気持ちを豊かにする方に、
ちょっと遊んでもらってもいいとは思ってるんですよ、親の方が。
そうするとコーヒー一杯でも、
やっぱり香りがあると幸せになるなとか、
豆の入り方だけでも違ってくるならみたいな、
そういう余裕が子どもとしゃべるときに、
今度声に現れるんですよね。
笑顔でいる親にならなきゃとかって思いすぎると、
引きつった笑顔になるんですよね。
言葉もミス化しちゃうっていうか、
お母さんは本当は怒ってるけど、笑おうとしてるっていうのは子どもは分かるので、
やっぱり本当に親の方が楽しいと、
言葉のトーンが楽しい感じで聞こえるんです。
だから意外と声って影響力あると思う。
多分ラジオとかでもこうやって、
渡辺弥生
何か生活でイライラしてると、
楽しくやってますとか言っても、
なんかちょっと楽しく聞こえなかったりあったりすると思うんですけど、
本当に私自身が楽しければ、
言葉が上手にしゃべれなくても、
楽しい抑揚できっとしゃべれてると思うんです。
そういう意味では一番隠し通せないのが声のトーンとか調子ですよね。
はるか
面白い。
渡辺弥生
でも自分の子育てでもやっぱり、
感情豊かにいいと思いながらも、
子どもでクソしか言わないみたいな時期ってないですか?
はるか
ありますよ。
渡辺弥生
なんでその一つしかも汚い言葉にまとめるかなって思う。
でもその時期なりの、
渡辺弥生
その言葉が一番自分の体験を表現してるんでしょうね。
だからもうちょっと気を解いて、
何を言ってるんだかわかれればいいなみたいな。
はるか
面白い。
なんかクソって自分が言った時に、
クソって言わないと言われるより、
渡辺弥生
あそこになんか詰まってるんだねみたいな感じで、
はるか
面白がってくれたら、
なんか話しちゃいそうだな。
渡辺弥生
特に子どもも何か言って、
親に叱られそうみたいなのもやっぱり気配を感じると言わなくなっちゃうから、
叱られない、受け止めてもらえるっていう安心感は必要ですよね。
はるか
そっか。
叱らない、怒らないと思うと難しいけど、
何があるんだろう、探しに行こうはできそうな気がする。
渡辺弥生
できそうだし、そのプロセス自体が親子のコミュニケーションになるので、
すごくいい時間になると思うんですけど。
はるか
かなり学び深いです。
次のテーマに移りたいんですけど、
今は子どもの爆発したみたいな、
表出したものに対するアプローチだったんですけど、
最近は何も言わない、とにかく沈黙と行動しない。
例えば学校に行かずに家にいて、
どうして行かないのって聞いても何も話さないとか、
そういう状況があるっていうご家庭が多いんですけど、
何も話さないみたいなところには、
どんな感情の状態があるんですかね、子どもたちには。
やっぱり自分でどうして自分もしゃべれないのかっていうのは、
渡辺弥生
まだ分かんないところもあるかもしれないですけど、
恥じっていうか、自分の弱みを出すっていうのは基本的に恥ずかしいっていうところがあるし、
それで行った後に何か起きちゃうみたいな不安とか恐れっていう気持ちもあるだろうし、
自己防衛っていうのもあるんですよね。
しゃべらないことで自分を守るっていうか、
一個言い出したら自分は止めどなく何かなっちゃうみたいな怖さがある。
だから自分を守るための一つの、
バーっとさっきの攻撃みたいに出る人もいるけど、
言わないことで自分を守ってるみたいな人もやっぱりいますよね。
ひとし
僕はそっちのタイプだなと思いますね、自分のことは。
爆発はしないんですけど、
静かに黙って自分を守るっていう。
はるか
ひとしはじゃあ、なんかもう蓋開けちゃったらバーって出てきそうな感じの自己防衛なのかな。
ひとし
確かにどうなんだろう。
いや、なんかもう干渉されたくないみたいな感じなのかな。
関わり、ちょっと一人になりたいみたいな。
何なんだろうね、これは。
やばい、これやばいしか言えないやつだ。
渡辺弥生
やばいですね。
はるか
やばいを細分化しましょう。
やばい状態が何かあるのか。
はるか
そういう自己防衛みたいになってしまってる場合、
関わる大人は何ができるんですかね。
まあ、しゃべらそうとは思わないっていうのはありますよね。
しゃべらそうと思うとやっぱり思春期なんか特に大人の魂胆が見えるから、
渡辺弥生
しゃべらそうとしてるなっていうのがわかるので、
無理にしゃべらなくてもいいっていうか、
でも味方であるし、何か理解できればいっしょに理解してあげたいみたいな。
ダメな自分を見せても弱い自分を見せても、
それでも丸ごと大好きだよと思ってくれてるかっていうのを
けっこう小学校後半ぐらいから試してるとこあるので。
えー。
はるか
試すんだ。
自分がこういったときに親は見放しちゃうんじゃないかとか、
渡辺弥生
親からすると絶対大好きって決まってるのに、
なんであんたそんなにいちいちそんな切れたりないかしないとわからないのみたいな話に
親側は思っちゃうかもしれないけど、
子どもはいつもそういうことって不安なんですよね。
何か見放されちゃうんじゃないかとか、
いい子じゃないと受け入れてもらえないんじゃないかって、
どっかすごい大学生でも思ってますよ。
この会社で決めないと親はがっかりしちゃうんじゃないかとか、
いつも成績が良くないと、
私立だと親も見るので成績をがっかりしちゃうみたいな、
そういう一喜一憂してる人もいるので、
どういうことをしてても丸ごと、
あなたの存在は私は大好きみたいな、
アイビームをどこかでうまく伝えてないと。
はるか
アイビーム。
ひとし
僕今話聞いてて、さっきのヤバイが言語化1個できました。
はるか
なになに?
ひとし
やっぱジャッジされるみたいな感覚になると、
ジャッジされたくないって。
はるか
面白い。
ひとし
多分、利害関係が強い上司部下とか、
親子もそうなる時あるかもしれないですよ。
なんか自分が不安を言ったり、
自分の内側を理由を言うことで、
それがジャッジされるような意図が見えちゃうと、
ひとし
嫌だってなる。
その点数化されるのがすごい嫌になっちゃう。
みたいな感じがあるのかな。
過去の経験にも相当ひも付いてると思うんですけど、
それでできないことの理由を素直に言ったら、
すごい悪い評価が下されてまた怒られる。
はるか
それは甘えだとか。
ひとし
甘えだとか。
はるか
怠けだみたいな。
ひとし
そういう過去の学習を何回やってるかで、
言いたくないってなってるのかなって思います。
渡辺弥生
親は焦って、この子をいい子にしたいとか、
すごく焦っちゃうから、すぐ解決方法とか、
昔はもっとこうだったんだから、しっかりできるはずだとか、
いろいろ解決法を言っちゃうんですけど、
そうすると今おっしゃったように、
なんか裁かれてるなとか、
今の自分はダメだってことじゃないみたいに、
とがめられてるって気にしちゃうんだと思うんだよね。
はるか
じゃあ、いわゆる思春期の問題行動みたいなのっていうのは、
無条件に自分受け止めてくれるかどうかの、
試し行動でもあったりするんですね。
渡辺弥生
絶対試してるという子はあると思いますよ、子どもは。
だから、うるさいって言ってバーッとドア閉めた後でも、
親の様子を伺ってますよ。
はるか
それ大変ですね、親は。
渡辺弥生
親大変だと思うんですよ。
親はね、親になるってことを学んでるっていう風に
発達力で言われてるんですよ。
親って、やっぱり14歳3ヶ月の親なんて練習できないじゃないですか。
4歳5ヶ月の親とかだって、1回きりじゃないですか、すり過ぎたらって。
だから、親になる前に親の練習をやれてるわけじゃないから、
だから親はすごく親らしくちゃんとしなきゃいけないと思いすぎずに、
その時の親に今なってるんだみたいな感じで、
渡辺弥生
共に考えて生きていこうみたいなぐらいでいいと思うんですよね。
答えは親も持ってるわけじゃないので。
ひとし
やよいさんは自分自身で子どもとのコミュニケーションに困った時に、
そういうポジティブに自分も学んでるんだに転換できるもんなのか。
渡辺弥生
もちろん人間だから、特に自分の家庭とかになると、
なんでこんなに部屋がくしゃくしゃなの、片付けられるのかなとかね。
この緑の箱にはこれを入れて、赤い箱にはこれを入れてとか、
渡辺弥生
いろいろ心理学で学んだようなことも利用してる。
なんでこの箱活用されてない?
はるか
リアルだな。
渡辺弥生
この理論はうまくいかないとか。
もちろん試行錯誤なんですけど、
でも基本的にはさっきのアイビームっていうか、
別に生きていければそれはそれで受験だって落ちることもあるだろうし、
うまくいこうともあって、うまくいきすぎちゃったら調子に乗るかもしれないし、
うまくいかなかったらすごい大変な挫折感を味わうかもしれないけど、
でも本当に生きてるってことが大事だから、
それはまたいろいろ考えようみたいな気持ちはいつも伝わるようにはしてたつもりですけどね。
はるか
そっか、じゃあけっこうもうそこが土台というか、
無条件にアイビームを子どもに伝わるようにするみたいなところが土台で、
いろいろイライラしたりとかうまくいかないこともあるけど、
はるか
そこに帰ってくるみたいな感じなんですか?
渡辺弥生
イライラもだから自分自身がもうダメだ、
今日の仕事は今日できない、眠たくなっちゃったとか、
いろいろ口で言ってるから、
だからもうまあいいやみたいな子どもが真似して、
まあいいやとか言い出したら、私の責任だとか思いましたよね。
そういう意味じゃ感情流動?
いろいろ自分でブチブチ言ってるから。
それがいいかどうかは別にして、
そんなことも子どもは見たりとかして、
渡辺弥生
自分なりに親もこうなんだなっていう一つのモデルにはなってるので、
反面教師になるか、いいモデルかどうかは分からないですけど、
一つのモデルではありますよね、親は。
はるか
そんな弥生さんでも、
ちょっともうアイビーム、今は無理だわみたいな時期あったりしました?
渡辺弥生
割と私自身はなんか自分で、
さっきの漫画を読むわけで、
いろいろ自分で吸収することもあるし、
こういうこと大事だなとか、
さっき言ったいろいろ発達心理で、
なるほどこういうことが分かる。
例えば、思春期なんかで洗面所から長く出なくて、
家族もみんな歯磨きしたいのに、
なんで一人そんなに閉じこもってるのとかってありますよね。
渡辺弥生
だけどそういうのも思春期の想像上の回収って言葉があって、
ニキビが一個おでこにできただけでも、
10代の子って、
世界中の人が自分のニキビを見つめてるみたいな気になっちゃうとこあるんですよ。
渡辺弥生
ニキビをなんとか親のファンデーションで隠したりだとか、
一生懸命鏡の前で、
なんとか自分をイケメンかかわいい状況になるのに、
時間かけてるんだなって思うと、
ちょっとかわいいかなって、
少し余裕ができる。
はるか
かわいい。
この発達段階、こういうふうな認知になるよねっていう、
渡辺弥生
見方で生きると愛おしくなる気がするのは、
一つの成長って思えると。
自分の子ども時代もそうだったなっていうか、
けっこう親の言うこと聞いてないし、
渡辺弥生
なんだかかっかしてたなとか、
自分の子ども時代を割と思い出せる人は、
ちょっと感が良くなるんじゃないですかね。
はるか
じゃあちょっと戻ると、
今口に出すことができない、
もう塞ぎ込んで黙っちゃってる子に対しては、
無理やり説明させようとするのは、
どんどん反発しちゃう。
じゃあどんな状態でも受け止めれるよっていうことを伝える。
っていうのを今、方針として見えてきたんですけど。
渡辺弥生
そうですね。
あとその、無理やり話せる、話しなさいっていうよりは、
しゃべってる時もあると思うんですよ、
なんか一人言でも。
そういうしゃべってる時に寄り添えるかどうかっていうか、
渡辺弥生
だからしゃべれたねっていうところに、
あんまり敏感にさせるよりは、
このゲームがなんか面白いんだっていうか、
知らなかったとか、
ちょっとこう寄り添えるようにすると、
自然としゃべっているみたいな。
はるか
さっきの観察力とか、面白がり力につながりそうですね。
実はもうしゃべってる時があって。
渡辺弥生
あといっしょにどっか散歩に行くなり、映画に行くなりすると、
別にしゃべらなくても、
いい感じだなって思う時間ってあるじゃないですか。
いっしょに笑ったりとか、
わーって言ったりとか、
そういう中でだんだん時、
安心感が解きほぐされてくると、
だんだん言葉を言っていこうかなっていう気になったりすると思う。
はるか
分かってきました、分かってきました。
そっか、だから不登校って学校に行かない理由を説明させるために、
なんかしゃべらせようとか説明させようとすると、
それはもうどんどんしゃべりたくなくなっていっちゃうんだけど、
しゃべること自体を楽しむというか目的というか、
はるか
そこを、だからそうですね、
なんかこう策略を持ってしゃべろうとしたら、やっぱしゃべりたくなくて。
渡辺弥生
見抜いてますし、選挙は。
はるか
見抜くんですね。
だからその会話自体を本当に楽しもうっていう、
こちら側のスタンスなのかもしれないですね。
渡辺弥生
だから不登校のこの学校のスクーリングに行っても、
なんで不登校になるの?とかお題は聞かないですよ。
何か作ってきた展示会があったら、
これって何で作ったの?とか言ったら、
粘土とかね、いろいろ言ってくれるから、
粘土で作れるの?とか言って、
もう別にしゃべってますよね。
はるか
確かに。
ひとし
なるほど。
はるか
一旦目的、意識を抜いて、
どっかに導こうみたいなのを抜いて、
会話自体を楽しむみたいなのは、
やってみれそうなんですけど、
けっこう親御さんの葛藤として、
とはいえあと1ヶ月で、
高校の進路を決めなきゃいけないみたいなのあるじゃないですか。
タイムプレッシャーみたいな。
そことの葛藤、難しいなと思って。
だからやっぱり、
渡辺弥生
あと1ヶ月でこの子にこれさせなきゃいけないって、
親側は根担を抱きますよね。
はるか
はい。抱いちゃいます。
渡辺弥生
でもそれはすごく親の立場としてはわかるんですよ。
でもその根担は絶対見抜かれる。
だから本人は一番プレッシャーを感じてるのは事実なんですよ。
本人が全然意識してないはずはないんですよ。
渡辺弥生
一番本人が学校に行かなければいけない。
だから昼夜逆転するのも、
昼間に起きてると学校のことが気になるわけですよ。
夜は気にしないで住むところがあるから、
だから実はしゃべってないけど本人は一番気にしてるんですよね。
だからもうそれ言ってないけど気にしてはいるってことは、
もう理解してあげればいいと思いますよね。
だからその上で後のこの1ヶ月をいかに安心して、
やってみようかなみたいな気分に、
ママやパパはなんだかんだ言って私のこういう気持ちをわかってくれてるみたいな。
でも日常生活を大切にしてくれてるとか、
渡辺弥生
さっきの怒られるわけじゃないとか、
咎められないという安心感が大事だと思いますよ、試験前なんて特に。
ひとし
難しい。
はるか
だからもう安心感をすっ飛ばして、
タイムプレッシャーに勝つことはやっぱりできないから、
そこにまずフォーカスなんですかね。
渡辺弥生
親はどうしてそうしちゃうんですかね。
出かけでもね、後がないのよって背中に言ったりするじゃないですか。
はるか
でももう子どもはそんなこと言われなくても後がないっていうのも分かってて、
渡辺弥生
さらに言われることによってガクってきますよね。
はるか
確かにな。
僕は祖母と人生で1回だけ喧嘩したことがあって、
それが僕センター試験の当日朝だったんですよ。
ずっと自分が一番気持ちを整理して当日迎えたんですけど、
当日の朝にずっと祖母が落ちても大丈夫だからねって、
ずっと声かけてきたんですよね。
そこに僕を励まそうという、
センター試験頑張らせようという魂胆あったわけじゃないと思うんですけど、
そういうふうに目を捉えちゃって、
初めてそこでうるさいって言っちゃったっていうのがあって、
その日を思い出しました。
ひとし
僕はスポーツやっててバスケやってたんですけど、
フリースローを打つときって決めたほうが絶対いいじゃないですか。
ひとし
絶対決めろよって言われてもいいや、決めたほうがいいやって分かっている。
言われたらプレッシャーがどんどん増えていくみたいな。
渡辺弥生
だからそういうときって何言ってもちょっとどれも否定的に捉える可能性ありますよね。
失敗してもいいぞって言われたら失敗すると思ってるのかって思っちゃうかもしれないし。
はるか
難しい。
ひとし
僕は人によると思って、僕は失敗してもいいぞは割といい。
肯定的に受け取るタイプですね。
のびのびいけるかもしれない。
渡辺弥生
だからもう自分の思う通りやれんのかでも、
人によって個人差はあるから、
親は親で、おばあちゃんだってね、
せっかく安心させようと思って落ちても大丈夫だよって言ったけどね、
うるさいって言われて、孫にね。
すごいショックだったかもしれないけど、
でも人生ってそんなもんですよ。
人と人とは違う人間だから。
だけどやっぱりおばあちゃんも、
それはそれで、もうちょっとこう言った方がよかったかなとか、
反省したり落ち込んだり、また思い直してっていう、
そういうプロセス自体が人生だから、
いつもこう言ったら100%成功の答えですみたいなのがあるわけじゃないので、
それぐらいのなんていうか、
親としてはこういう番組でもね、
何かスカッとした答えをね、
こういう時は10って言えばもうみんな喜びますよみたいなね、
答えが欲しいって思われてるかもしれないですけど、
でも基本そんなロボットみたいな人はいないわけで、
その中で修復できるっていうか、
たとえうまくいかなくて怒ったり泣いたりってことがあっても、
さっきはごめんねとか、
お母さんはこういう気持ちで言ったんだけど、
いや、なんか咎められると思っちゃったとか、
いくらでも修復するってことが人間はできるので、
1回で解を出そうっていう、
渡辺弥生
そういう感じじゃない方がいいと思うんですよね。
ひとし
めっちゃいい話。