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こんにちは、たまです。
こんにちは、まりかです。よろしくお願いします。
今日はですね、私が最近身近であった話を ちょっと話したいなと思っていて、
特に明確な、こうあるべきみたいなゴールは 決めてないながら走り出すんですけど、
この間、友人、みんな子供がいる人たちで、 たまたま子供がいない状態で大人だけで飲み会というか、
したことがあったときに、すごい結構衝撃的なことが あったので、それなんですけど、
私って、いろんなアーティストとかがすごい好きで、 ライブに行ったりとか、謎解きに行ったりとか、
自分のやりたいことをやるためにも、 とにかく時間を持ちたいみたいな人間なんですけど、
友人の一人が、音楽を普段、自分のためだけに 聴かないっていう話をされて、
子供のためにかけるとか、みんなで聴くとかはあるけど、
自分が自分のために聴く音楽の時間を持たないっていう人がいて、
ちょっと私からすると、あまりにも衝撃があったので、
ちょっとそれをね、この間タマさんにシェアして盛り上がったんですけど、
あと他に、私がライブに行ったとか、 謎解きに行ったみたいな話を、
時には娘を実家とかに、義理の実家とかに預けて見に行ったりするんですけど、
それを言うと、おしかつをしているのが羨ましいとか、 好きがあるって羨ましいとか言われるんですけど、
私からすると、好きでやっていることを褒められるというか、
ラーメン食べたら、ラーメン食べるのすごいねって言われている感覚というか、
何を褒められているかわからないっていうのが結構最近多いので、
なんとなく私の考えからすると、
お子さんを持つと子育てか、もしくは仕事かとか家事かみたいな、
そういう時間で100%を占めてしまって、
自分が自分のために使うとか、自分の好きについて考えるっていうことが、
あんまりもしかしたら世間の親御さん、特にママなのかもしれないけど、
多いのかなっていう感覚は持ちました。
衝撃が未だにって感じなんですけど、
お仕事と子供さんがいらっしゃると、脳のキャパは確かに埋まるだろうなっていうのはわかるんですよね。
だけど音楽って、だからこそオフに持っていくために、
私にとっては必須のツールなので、
あとは許す範囲で趣味のお出かけをするとか、
お仕活をするとかっていうのも、そのうちの一つっていう感じなので、
それないままでずっとオンってことみたいな、
オフはどうしているんですかっていうのをすごい聞いてみたくなっちゃいましたね、正直ね。
職業人としての私とかママとしての私とかはあっても、
私としての私っていう時間がないっていうと、こういう状態なんだろうっていう。
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なんかよく聞くのが、子供が何とか才になるまで美容院に行ったことがないみたいな話とか。
そういう人いらっしゃいますよね。
それはモラハラではとか思ったりするんだけど。
それを平然と皆さんが喋ってるのとかを見ると、
結構それが大多数というか、結構分かり合いやすい例なんだなっていうのが、
何が違うんでしょうねっていう気はしますけど、
でもなんか私が子供に妊娠出産した時に思ったのは、
やっぱり親が、私に献身的になる、自分の親が献身的になるが故に、
やっぱり疲弊していたり、苛立っていたりしているのを見ていたので、
私は子供が生まれても私であり続けたいっていう意思は結構強く持ってたんですよね。
たまたま幸い近くにどっちの両親もいるっていうのもあって、
0歳とか1歳とかから単身でお願いするみたいなことがたまたますごい恵まれながらあったので、
じゃあ私はどうするみたいなことが常に絶やさずに炎を持てたっていうのは、
レアというか相当恵まれているだろうと言われたらそれまでなんですけど、
でもやっぱり子育てって一瞬というか何十年かあるかもしれないけど、
その後自分の人生があるので、その時に自分は何がしたいとか、
何が好きっていうのはない状態で子供が育っていくとどうなるんだろうとか勝手に思ったりはします。
何だっけ、巣から旅立っていってしまう子供がいなくなった後にすごい鬱っぽくなっちゃうとかっていうのも、
それも自分というものをケアするタイミングがなかったっていう、
その結果そうなっちゃうのかなって私も子供いないので実感としてはちょっとわからないんですけど、
想像するにそんな感じなのかなとは思ったりして、
子育ても壮絶だしなーみたいな聞くしなーというのもあるので。
本当に一番大変な子育ての時期でもそれだからこそ片耳でなんかボイシーを聞いたりとか、
音楽聞いたりとかしながら寝かしつけたりとかやってたので、
何が人を分けるんだろうってちょっと不思議な感じがします。
そうですねー。
母親なのにやっていいのかなみたいな気持ちがあったりするんですかね。
世の中的にそれはね、母親なのに子供を置いて出かけてるなんてみたいな風潮はまだ全然なくなってはいないので、
その辺の見えない母親像みたいなのの圧が結構根深いのかなという感覚はあります。
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根深いですね。
あとなんか旦那さんは何をしてるんだろうみたいな。
いるんで、いましたよねみたいなね。
シングルで育ててる方もいらっしゃるんで、そこはもちろんバラエティがあるだろうなとは思うんですけど、
なんか旦那さんも同じぐらい趣味もなく、好きなこともなく、子供と仕事にオールインっていう感じなんだったら、
それはそれで結構殺伐としてるなって思うし、
なんか情緒教育とか大丈夫なのかなって思うし、
でかといって旦那さんは好きなことも趣味もしてるってなったら、なんで教育しないのかと思うし、
なんなんだろうそれみたいな。
英語でよくハッピーライフはハッピーライフって言うんですけど、
奥さんが幸せだと人生、家族としても幸せみたいな価値観は上がるんですけど、
それはなんか真反対だなってすごい思ってしまって、
だから自分の幸せとか、私としてのやりたいこととか、
ちょっとした幸福なことっていうのを大事にした方がいいと思うんですけどね。
なんか献身的とか両妻献母とか、
やっぱり日本にはそういう母親としてあるべき、
前回なんですけど、あるべき姿みたいな、
なんかそういうのが強いのか、令和の今になったとしても。
本当は推しのYouTubeとかについて語りたいんですけど、
みんな見もしないから、面白さが共有できなくて。
ちょっと寂しい。
前回の、これの前の回のホットキャストの時も思ったんですけど、
なんかこう、自分をなくすことってそんな尊いこと?
っていうのは私はすごい問題提起したくて、
なんか私海外にいた時期があって、
帰ってきてからずっと思い続けてることなんですけど、
自分が強いことは悪です、みたいな。
自分がやりたいことを言うのはわがままです、みたいな。
だから周りからの期待値とか圧とかに合わせたとか、
期待ロールとかに合わせて自分を自由自在にフィットさせていくことが求められてます、
みたいなのが割とあると思うんですけど、いまだに。
自分を殺して生きることってそんなに尊いですか?
直近のウィンターオリンピック、冬のオリンピックで、
中国の選手、オーストラリア系のハーフの人で、
すごい有名になった若い選手がいるんです。
スキー、アルペンスキーかなんかの。
YouTubeでその人のインタビュー見てた時に、
自己犠牲を深刻化することは悪だって言ってたんです。
めっちゃそれって思ったんですよ。
その人はオリンピック選手としても活動しながら、
アメリカのすごい良い大学に行きつつ、
ちゃんと卒業もして文部領土で両立してた人なんですね。
両立のコツって何ですかって聞かれた時に、
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自己犠牲を深刻化するべきじゃないっていうのが、
今日言いたいことですね。
私4時に起きて頑張ったのにこれ、みたいな。
自分的に頑張った自己犠牲に対するペイっていうのは、
すごく人は期待しちゃうけど、
でも4時に起きてあなたはそれでハッピーだったの?
だったら自分がハッピーな形で、
自分のやりたいことを戦略的に組み替えてやっていく方が、
幸せじゃない?みたいな。
自己犠牲を深刻化しすぎてない?っていうのを問題提起して、
すごいぶっ刺さったんですよね。
私の話に関しても、人の自由ではありますけど、
自己犠牲をして、自分の楽しいことは全部捨てて、
でもそれで子育てでっていうのは、
自己犠牲を深刻化しすぎてませんか?っていうふうに、
問題を提起したいと思いました。
それで言うとちょっと違うかもしれないけど、
私やっぱり小さい頃からこうしたい、こうありたいっていうのは、
すごい強い人間だったんですけど、
昔の平成の初期というか、
やっぱりみんなが右って言ってるんだから右に行きましょうとか、
人と違うことをすることに対して、
すごい画が強いだったりとか、空気が読めないだったりってこと、
相当言われてきた人生だったんですけど、
ここ最近になって、自分を持ってるのが羨ましいって逆に言われるようになって、
世の中どうしたみたいな、私は変わってないぞっていう感じなんだけど、
それが結構面白いので、
世の中がちょっとずつ変わってはいるんだろうけど、
まだまだみんながこうすべきだから、みんなこうしようねっていう、
見えない鎧みたいなのが大きいのかなっていうふうに思ったりしています。
確かに時代はちょっと変わってきてる気配はありますよね。
周りの人を大切にするのはもちろん大事ですが、
自分のちょっとした幸福とかも大事にしながら、
ぜひ皆さんも。
本日は以上にしたいと思います。ありがとうございました。