第1回 日常と建築
2025-09-12 16:55

第1回 日常と建築

記念すべき初回配信は、ずばりメインテーマ!

日常の中の建築とは?

どうやったら建築雑談ネイティブな世界になる!?

あらゆるものが寸法設計されてた、、!などなど

プロローグでも触れた「日常と建築」の関係についてゆるゆるお話しする回になってます。


お気軽にお楽しみください〜。

感想

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トーク・オン・キャノピー 〜羽休めの建築雑談 始まります。
マキです。
シュンです。
トッキーです。
今回もよろしくお願いします。
シュン、本日のテーマ、よろしくお願いします。
今回のテーマは、日常と建築ということで、
このチャンネルの趣旨そのままど真ん中という形ですけれども、
プロローグ回で話したような、異色重に並べられるということと、
建築学として、建築の仕事をしている人間たちから見る建築ということとのバランスというか、
ギャップみたいなこととかをザックバランスと話していけたらというのが今回のテーマです。
結構大きなテーマだよね。
大きいね。
大きすぎてちょっとフワフワしちゃいそうなんで、
具体例とかも挙げながら話せたらいいのかなと思いますけどね。
ちょっとプロローグ回を復習すると、異色重の意と色はみんな日常的に会話するけど、
重に関してはあんまり会話されないよねっていう。
そこを同じぐらい会話されたらいいなっていう、シュンの願い。
私たちもね、そういうのがあるといいなってみんな思ってて。
じゃあどうしようかっていうところもあると思う。
確かにね、何すればそうなるのかっていうか、何がその世界につながるのかっていう話はあるよね。
難しい問題だとは思うけれども、
一つはチャンネルの趣旨としてもそういう世界を目指すためにやってるみたいなところもあるから、
こういうのでいろいろな話をいろんな人に聞いてもらって、
あ、そんな面白さあるんだみたいな。
そうだね。
例で言うと、この前ね、中学の時の友達と遊んでいた時に、
その友達はコンサル系の会社で働いてるんだけど、
一緒に街の中を歩いてて、銀座のあたりを歩いてたわけよ。
銀座の隙あばしのところにある交番のデザイン。
結構有名な話があるのよね。
ある。
知ってる?
わかんないかも。
説明して。
トリビアの泉みたいな。
交番が立ってて、一番上に棒がキーンって立ってて、でっかい玉がついてるわけ。
そういうデザインの交番が立ってるんだけど、
それっていうのが実は建築の計画してた段階で、
この一番上にシンボルみたいなものをつけましょうって言って、
模型にマチ針を刺してた。
したらそれがどんどん独り歩きして、
それの通りに図面描かなきゃって言って図面引いて、
それの図面の通りに立てなきゃって言って立った時に、
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マチ針刺してただけのところにマチ針みたいな形のものが立ち上がってたっていうお話があるわけ。
そういうのを街歩きながら話してたらめっちゃ面白いよって言われて、
そういうのを知ってるだけで街を見る目変わるわみたいなこと言われて、
こういうのがちょっとずつもっと広まっていくとかでも一つあるのかなみたいな。
ひわみたいなものとか、仕事してるといろいろそうだったんだみたいなのが、
たまに出てくる超高層のビルのこれってこうなってんだとか、
スカイツリーって神房となんちゃらみたいな話がそうなんだみたいな、
確かに建築的に見るとそうだなみたいなのを、
なるべく平易に話していくみたいなのは一つ大事なのかなみたいな、
思ったのはこの前の経験からあるかなみたいな。
それはすごく面白いよね。
ただ一方で私がこの話について思ったのは、
胃とか食って結構興味を持ちやすいと思ってて、
それは食べるっていうことは自分の舌に直結して、
感覚としてあると思うんだよね。
このコーヒーおいしいな、このオムライスおいしいなみたいな。
あとは着るものも同じかな。
なんかやっぱり自分にまとわりついてるもの。
近い色とか。
そう、色とか好みの色とか。
自分に身につけるもので、それが他人に対してどう見えるかっていう、
結構個人単位のものと思うんだけど、
建築はなぜかなんかやっぱりそこから離れてる感覚はやっぱりあるのかな。
まあ確かにね。
距離感。
距離感。
でも、それに言うと我々とかってよく壁触って歩いたりとかしてる人がチラッと見られる。
あれは距離を詰めてるのかな。
そうかもしれないよ。
感じたいのかな、やっぱり。
それで言うと、子供が気づいたら壁にとんでもなくでっかい絵を描いてしたっていう。
で、親があーみたいな、なんてことするんだみたいな。
そういうことあるじゃん。
あれってなんか子供の方が建築に近いのかもしれない。
距離感がね。
距離感が、そう。
確かに。
懐いてるのかな、建築に。
建築に懐いてる状態なのかね。
わかんないけど。
結構身体で、自分の環境をすごく感じながら大きくなってくるんだよね。
でも大人になると多分、建築の人じゃないと壁は触らないよね。
なかなかそうかもね。
触る人はいないね。
触ってる人とか舐めてる人とか見たことない。
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舐めないでしょ。
それくらい好き。
これはこういう場所だなって。
おいしいとか言うね。
おいしい。
ちょっと話関係なくなっちゃうかもしれないけど、
すごい最近、街張りのヒワとかもあるけど、
設計しててすごいそのタイムになるんだけど。
この世界を見渡すとあらゆるものとかが、
あらゆる人が進む方法を定義して作ってる世界なんだなっていうことに、
すごい感心する時があったよね。
確かに。
普通に地下鉄のホーム降りたときにも、
通常の案内板とかタイルとかエスカレーターとかもそうだけど、
何から何まで全部寸法が与えられてて、
ものができてるみたいな世界に驚くことがあって。
寸法を決めるっていうことは、
物理的な話もそうだけど、
工学的に良いとされてたりとか、
生産性が高かったりとか、
何かいろんな理由があって寸法になってるっていうことに、
それを決めてる人がいるっていうことに驚く瞬間があるんだけど、
その経験みたいなのがシェアできると、
物の見方が変わったりとか、
自分に対する考え方が変わったりするんじゃないかなと。
寸法ってさ、たぶん、
例えば今私たちが座ってる椅子もそうだし、
机もそうだけど、
標準的な人間の身体に対して一番いい状態、一番いい形、
それが多分そのスケール、与えられたスケールっていう。
それって本来であれば私たちに近いはずのものだけど、
そこまでは考えないっていう。
何かそういう話に繋がるのかなって思ってて。
考えなくてもいいように溶け込んでるんだと思うんだよね。
その身体尺ドローン的なことで言うと。
使いづらかったらみんな考えると思うんだよね。
何かこのテーブルちょっと低いな。
これっていくつぐらいなんだろうって思うんだけど、
ちょうどいいからみんなちょうどいいテーブルだとしか思わないというか。
確かに。
設計すればするほど、いい設計をすればするほど見えなくなっていくっていう。
面白い。
ジレンマみたいなのがあるかもしれない。
確かに。
それで言うと今ちょっと自分でも机を例に出したんだけど、
家具は建築と人間のちょうど間ぐらいの距離感にいるのかもしれないね。
それはあるね。
自分の身体を言ってみると今話しているこの机とかも
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自分で使っているといやいや低いなと思ったりとか、
改善点あるなとか思ったりとか。
建築じゃないなっていうのは
自分の身体が衣服じゃないけど触れるから
より経験とか感覚に結びついてくるものだと。
確かに。
徐々にその感覚が広がっていくきっかけになるといいよね。
天井の高さもこんなにちょうどいいなみたいなのを
なんとなくなんとなく考えていくうちに分かるというか。
確かにそうだね。
感情のシェアが難しいのもあるよね。
でも確かにマイホームを建てますってなった時に
マイホームを建てる方はきっと
吹き抜けがあった方がいいかもしれないとか
こういう壁紙使いたいかもしれないとか
そういう感覚はその時に初めて出てくる。
この前もプロローグを書いてもそういう話をしたけど
じゃなくてもうちょっと手前からそういうものを
意識できると
たぶんもっと家作りとかでもそうだけど
もっと前々から意識してると
やりたいことがその時に一気にできるっていうのはあるかもしれないね。
じゃあそのためには。
いろんなところに行った時に
合わせてその空間というか建築も一緒に
味わう習慣をつけていくだけで変わる気がするんだよね。
我々はそれを自然とやってるというか
旅行行こうぜってなった時に
建築の名前ばっかり上がる旅行してるの多分
建築関係の人間ばっかりだと思うんだよ。
あれ多分変なんだよ。
普通の人からすると。
どこどこの美術館に行って
旅行で一席美術館を上げるみたいな。
上げまくってとにかくそこを回って行って
時間ギリギリまでそれやってるじゃん。
じゃないんだよ多分普通はね。
でもその中間ぐらいというか
どっかに行った時に例えば
ご飯食べに行きますみたいな時に
レストランの内装も含めてその全体の
空間とセットで味わうみたいな感覚が
身についてくれば少しずつ拡張していく気がする。
確かに。
今ちょっと例で思い出したのが
ヨーロッパとかは結構警官に対する
規制っていうか
なんていうんだろう
看板とかね
そういうものに対して結構規制が
規制なのかそういう文化なのか
ちょっとはっきりは知らないんだけど
そういうのがすごくある。
それってきっと
文化としてそういうものが良くない。
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警官が綺麗であることが大事だって思ってる人が
その国にたくさんいるのかなってことなんだけど
なんか日本はそこまでではないのかなっていう
興味関心のレベル
そう興味関心のレベルだし
多分文化的なところにつながるのかな
日本が特異なのかどうかってところだよね
日本が特異っていうのはあるかもしれないけど
やっぱり資本主義社会なので
ものすごく焦点としての
押し
そこで看板をいかにどういう風に出すかとか
どういうサインを出すかとか
ところでそこが警官の表に
都市とかはなってしまったりとか
してしまうけど
その在り方ってそれでいいのかって
それは良いとは思うけどね
デザインという目で見たときに
それで果たしていいのかとか
そこに疑問を持つとまた警官とかの
在り方もどんどん変わってくるのかもしれない
警官条例とか何やってるか知らない人も多いしね
なんかみんな
観光地とかに行った時に茶色いローソンとかを見て
茶色いローソンだってなるけど
あれは実はルールが違ってて
背景まで考える人がなかなかいなかったりする
みたいなこと
でもちょっと不思議なのが
日本って建築家の排出数って結構すごい方だと思う
確かに
それは施工者のレベルが高いっていうのと
セットになってるから
いい建築が作れるっていうのもあると思うけど
世界全体で見たときに
日本人建築家で結構名前が
世界中に広まってる人って結構多くて
それと相反して
国民というか一般市民の建築に対する関心は
低いみたいなアンバランスが
起きてる感じが不思議だなとはちょっと思ったりする
確かに
なんかわからないけど
インスタとか見てると
なんていうか
ある空間と私みたいな取り方をしたりとか
ああ確かに
映える空間みたいな話とか
それが伝えてるね
ギャル建築の話してるんじゃないの?
説はある
可能性ある
それは確かに可能性あるかもしれない
徐々に
亀有の大型ミルスが作ったスカックとか
豪華下のやつとかは
かなり建築系じゃない人も
カフェとか行ったりとか
レコードショップに行ったりとか
空間を体験したり
それを何か伝えるみたいなのの
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建築の前段階みたいなのは
やや流行りつつある気がして
場への一歩先に行けたらいいよねそれが
場へだけでってなると
表層だけを消費されちゃうと
ちょっときついなみたいな
写真の画角の中だけで
そうだね
それもそうだし流行りじゃなくなったら
そこで終わっちゃうっていう風な
状況は
建築っていうのはやっぱり何年も経ってた方が
いいんじゃないかなって思うんだけど
すぐ取り壊されるっていうのは環境負荷も
多くなるわけだし
言ってるうちに今15分
羽ばたく時間が
羽ばたく我々が羽ばたく
羽ばたいていく時間が
こんなすぐに回答が出るような問題ではないからね
徐々に考えながらやっていけたらみたいなのはあるかね
でも結構
なんか結構おもろいねこの企画自体が
そうだね
自分たちだけの視点じゃなくて
普通の一般の人から見たらこうだよねみたいなのを
想像しながら話すことで
我々もなんか物を見る
解像度ちょっと上がってるというか
これ聞いてくれた人ももしかしたらちょっと上がっていくんじゃないか
みたいなのが感じられる
紹介だったかなっていう
そうだね
徐々にコメントしてくださる方とか増えたら
すごくいろいろ参考になるよね
じゃあそんな感じで今回は
終わりにしましょうか
いい羽休みでした
いい羽休みでしたいいですね
じゃあこんな感じで終わろう
ありがとうございました
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