1. たべものラジオ 〜食を面白く学ぶ〜
  2. #271(s29-13)憧れのイギリス..
2026-01-08 41:57

#271(s29-13)憧れのイギリス料理サンドウィッチの始まり〜New Style Sandwich〜

イギリスから海を渡り、アメリカで「魔改造」されたサンドイッチの物語。かつてイギリス貴族が嗜んだ繊細な一口サイズは、産業革命期のアメリカで、空腹の労働者を支える「巨大で温かい」料理へと変貌を遂げていく・・。

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サマリー

このエピソードでは、イギリスからアメリカに伝わったサンドウィッチの進化を探求し、特に19世紀のアメリカの産業革命が食文化に与えた影響を考察しています。労働者のニーズに応じて、巨大で満腹感のあるアメリカンスタイルのサンドウィッチが登場し、それが飲食文化をどのように変えていったのかが紹介されています。また、サンドウィッチの起源と進化について語られ、特にイギリスからアメリカに伝わったサンドウィッチのスタイル変化に焦点が当てられています。庶民が白いパンを手に入れられるようになった時代背景や、サンドウィッチレボリューションの影響についても触れられています。 産業革命に伴う製粉業の発展と全自動製粉工場の確立によって、より多くの人々が手軽に白い小麦粉を入手できるようになった経緯が語られます。その結果、ビーフサンドイッチの無料提供が可能となり、サンドウィッチ文化の革新が促進されています。 掛川ガストロノミーシンポジウムの開催とその目的、食のエコシステムについての重要性が語られ、越境コミュニティの重要性や参加者同士の交流の必要性についても触れられています。

ニュースタイルサンドウィッチの起源
はい、では前回からの続きです。で、今回は
ニュースタイルサンドウィッチ
ニュースタイルサンドウィッチ
イギリスからアメリカに伝えられたサンドウィッチです。
これはあの、前回の最後にお話しした通り、
料理本で紹介されたというのもありますし、
イギリスからの移民がたくさん来たということもありますし、
そもそもですね、アメリカ東海岸、特に北部の方が県庁ですけど、
イギリスに憧れてるんですよ。
憧れている。
ずっと。本国に。
本国にね。
アメリカの当時の開拓前後の人たちから見ると、
俺たちは汗水を垂らして開拓してるっていう、
チャレンジャーな感じじゃないですか。
これに対してイギリス本国のロンドンにいる人たち、
ビジネスマンであれ貴族であれ、
ビジネスマンでもジェントリーとか呼ばれる人たちですよね。
その人たちはもう、文化的な生活をしてらっしゃるわけですね。
文化的。
オシャレなんです。
憧れなんです。
みたいな感じに見てますから、
それは早速取り入れたいなと思うわけです。
これはスシのシリーズでも出てきましたけども、
大体社会の階層で一つ前に流行った上位階級の人たちの
職に憧れを持つっていうのは再現性のある現象ですよね。
確かに。
同じことがロンドンとニューヨークなどのアメリカとの間でも起きると。
ということですね。
産業革命と食文化
ただ、前の時代を踏まえて新しい社会に移る時には
大体真改造されるものなんです。
真改造ね。
なぜならば貴族階級と労働者階級では生活スタイルそのものが違うからなんですよね。
だってさ、和歌を読んでる平安貴族みたいな人の末裔たちとね、
江戸で建物を建ててるデイクが同じ生活してるわけないじゃないですか。
デイクがね。
あるわけないんですよ。
食べる量も違う。
肉体も違う。
ということでそれに合わせた食文化というのが発展していくわけですが、
これはアメリカでも同じことが起きます。
特に19世紀、1800年代というのは前回も少し触れましたが、
アメリカが工業化を進めているアメリカの産業革命の真っ只中です。
いろんなものが工場化していく時代なんですね。
食品加工業みたいなものが出てきて、
この辺りから後にケチャップ工場ができるとかね。
ハインツですよね。
もっと後ですけど、ケロックのコーンフレークみたいなのは工場で生産されるとか、
チョコレートが工場で生産されるとか、そういう時代に向かっていくところです。
まさに。
労働者は自宅を離れて通勤をして工場で働くということが起きますね。
そうすると仕事が終わったところで、
帰り道の工場労働者はとてもお腹を空かせています。
何せこの時代の工場労働者というのは、
機械がベルトコンベアで運んでくるまでにネジをキュッと回すとか、
そういう仕事じゃないんですよ。
映像化されたものがいくつも出ているので、
気になったら見ていただくとわかりますが、
例えばハインツのケチャップ工場ですね。
大量の工場労働者がいますが、
彼ら彼女らはどんな仕事をしているかというと、
ケチャップの原料を鍋に入れて煮るという作業を、
何十個もの鍋を並べてやっているわけですね。
人間が機械。
人間が機械。人間がやってたことを機械化したんだけどね、のうちにね。
手作業で瓶詰めをして、手作業でラベルを張って、
手作業で蓋を閉めると。
梱包するのも運び出すのも全部が人間でやるというのが基本なんです。
それは皆さん体力使いますよね。
仕事帰りの工場労働者はみんなお腹を空かせて、
ヘロヘロの状態になっていきます。
これはアメリカだけでなくイギリス、ロンドンも同じでしたが、
帰りに居酒屋に行くわけですよ。
おー、居酒屋。
イギリスの場合だとビールのシリーズでも少しご紹介をしましたが、
ポーターハウスみたいなところがありましたね。
ポーターハウスね。
そこでポーターと呼ばれるエールの一種が大人気になってという話をお伝えしたと思います。
詳しくはビールのシリーズの回を何回目かわからないけど何話をお聞きくださいというところですね。
居酒屋に行って一杯やるというのが、
一般的な工場労働者の帰りの姿ですよ。
あんまり変わらないね。
今でもあんまり変わらないですよ。新橋を見てごらんなさいって感じです。
確かに。
大体みんな一緒なんです。
すごいもんね、人数がね。
お腹減るじゃないですか。
減る。
例えば工場労働とかしてたとしますよ。
農業でもいいですけど。
仕事帰りです。
徒歩なり電車なりで帰りますね。
当時はまだ車がないですから。
お酒飲んで飲酒運転とかありませんからね。
一杯やりましょうって言ったらまず真っ先に
ビール注文した後、
つまみ食べ物どういうものを食べたいと思いますか?
油の多いものとかね。
他には?
他には。
タクのことだからたぶんいきなりご飯頼むのかなと思ったけど。
お米も頼むね。
つまりお腹減ってるんで、
ビールも美味しいけれども、
お腹に溜まるものが欲しいわけですね。
そこで居酒屋たちは
お客さんにたくさん来て欲しいので
サービスメニューを作ります。
無料提供です。
要は広告としてね。
こういうものをサービスするから
うちいいよって、うちでお酒飲んでねっていう
PRをしていくわけですね。
それの代表格になったのが
ビーフサンドイッチ無料。
あの4代目サンドイッチ伯爵で
荒らせられるジョン・モンター・ギュウコーが
食べていたあのビーフサンドイッチをですね
アメリカの居酒屋で
無料提供するんですね。
へー、なんかすごい大盤振る舞いな気がするけど。
そこにワーッと寄ってきて
ビールが飛ぶように売れていくと。
集客のためですよね。
このビーフサンドイッチ
居酒屋版ビーフサンドイッチの形状が
実にアメリカ。
一つ食べれば満腹になるほどの
巨大なサンドイッチが簡単に山積みされており
それらは客に食べられて見る見るうちに消えていった。
と書いてありました。
へー、でっかいんだ。
でかいんです。
まあ確かに一口である必要性全くないもんね。
だいたいその
イギリスの貴族が食べていったサンドイッチっていうのは
3センチ四方とか5センチ四方とかそんなもんですよ。
あーちっちゃいね。
居酒屋に並んでいるこのビーフサンドイッチはですね
日本で言ったらボリューミーなカツサンドぐらいの勢いですよね。
そうだよね。
一つ食べれば満腹になるほどのっていうか
相当でかいよね。
思い出してください。
江戸時代屋台で大人気になった
にぎり寿司はどんなサイズ感でしたか?
あーめっちゃ高かったね。
そういうことなんですよ。
あーやっぱねお腹減るんだよね。
これが農業中心社会では発展していなかったら
こういうことなんです。
通勤という概念、肉体労働という生活スタイルが
ミックスされると
そこに働く人たちを対象にした
食ビジネスというのが発展する。
結果でかい方が喜ばれる。
得盛りです。
得盛りだね。おかわり無料とかと一緒だね。
そしてお腹が減ってる時は
早いの嬉しいですよね。
早い、安い、でかいなんです。
うーん。
これはあの、某牛丼チェーンも
元祖はそこから来てますから。
へー。
だいたい築地の市場の中の
朝食出してるお店ですからね元が。
某チェーン店?
うん、吉野屋とか。
あと転職の大人屋さんもそうですね。
あ、そうなんだ。
めちゃくちゃ早かったですから。
へー。
僕が東京で働いてたら20何年か前に
朝の仕入れで築地に何度か足を運びました。
その当時はもう当然吉野屋も大田屋もなかったですけど。
別の店がいっぱい入ってましたけど。
まあ早い。
へー、早いんだ。
ドア開けるじゃないですか。ガラガラガラって。
席に着いたら出てくる。
早っ。
注文したら20秒以内とかで出てきましたよ。
そんな早いの?
だっていつから準備してるんだろうと思って。
僕食べながらカウンターの中を覗いて見てたんですよ。
ホールで働いてるおばちゃんと中のおっちゃん達が
手元を見ながらチラチラチラチラ外を見てました。
ガラスの向こう側を。
入りそうだなと思ったら1とかって言ってました。
早っ。
入店する前から準備始めるんですよ。
入ってきて注文したらすぐ出てくるんです。
そうなるね。
ご飯は常に大盛り。
これはだって市場で働くような人たちですから。
早くて多くて。
もちろん美味しかったですけど安い。
みたいなことが労働環境では起こりがち。
これが今回サンドイッチの魔改造を呼び起こして
大型化する。
つまりアメリカンサイズの始まりですよ。
これがアメリカンサイズの始まり。
アメリカンサイズの影響
ありとあらゆるものがでかい。
食べ物がね。
今でもハンバーガーでかいですよね。
日本のものに比べたら。
でかいね。
ピザもでかいですよね。
そういうことなんです。
ピザね。
日本であのサイズ見ないもんね。
あとコーラとかのあのサイズもね。
これちょっと余談ですけど。
アメリカンピザとイタリアンピザって違いますよね。
違うね。
日本ではアメリカンピザの方が多いですけど。
パン生地がすごくずっしりと重くて分厚いタイプね。
イタリアンピザっていうのは比較的薄いものが
好まれる傾向にありますよね。
もちろん分厚いのもありますけど。
確かに。
それはね、肉体労働で産業革命期に発展した
このアメリカンサイズの文脈で生まれたものだから。
そういうことなんだ。
いずれピザの話もどっかでやろうとは思ってますけど。
やっぱり詳しく調べてないですけどね。
今わかるのはこの文脈の中でイタリアからの
大量移民受け入れますから。
19世紀後半ですね。
そのイタリアの内部闘争の中で。
特に南部の人たちがやってきますから。
イタリア南部で発展した食文化が
アメリカにやってきますんでね。
そのような感じでどんどん多国籍になりつつ
アメリカナイズされて大きくなってくっていう感じなんですね。
ピザの話したらきっと
食べられるサポーターのコミュニティのディスコードは
例の方々がピザラッシュになるようになる。
そうでしょうね。
もうそれしか出てこなかった今。
その時にはきっとオフ会はピザパーティーでしょうね。
今回はハンバーガー。
なんならサンドイッチ。
今はサンドイッチ。
もう一つマカイザの特徴があってですね。
あったかいものが喜ばれるようになるんですよ。
あったかいもの?
これ何なんだろうねと僕もいまいち掴み切れてないんですけど
お腹減ってビール飲んで疲れてる時には
冷たいものよりもあったかいもの食べたいよねみたいな
感覚になるんですよね。
そうなんだ。
確かに理屈抜きにして感覚的にわからないでもないかなとは思います。
僕もそんな感じするもん。
体力消耗してるからとかもあるでしょうし。
しかもアメリカのランチとか
ランチボックスってさ
本当に持ってくだけじゃん。
リンゴの丸かじりとか。
あったかいもの食べられないじゃん。
なかなかね。
ってなるとやっぱり夕食ぐらいは食べたいよねみたいな。
そうですねせっかく飲食店に行ってるんだったら
あったかいもの出してくれよってなりそうだし
これの本で読んだ限り
サンドウィッチの起源
どこの地域の話をしてるのかわからないくて
ざっくりこんな傾向があるよねって
広域の話をしてるのかもわかんないですけど
ただサンドイッチが流行り始めた場所っていうのを
僕なりに想像してみると
東海岸の北部から中部辺りにかけてだと思うんですよね。
都市名で言ったらマサチューセッツとかボストンとか
フィラデルフィアニューヨークとか
その辺りのような気がするんですよ。
そうすると夏はさておき
冬はなんていうのはかなり寒い地域になりますから
当然あったかいもの食べたいっていうのもあると思うんですよね。
朝なんかも寒いからねアーチの方って。
そうですね結構冷え込みますからね。
あったかいのは日中だけどもね。
理由はよくわからないので想像するしかないんですけれども
基本的にあったかいのがいいよねということになって
前回お話ししましたけどサンドイッチに挟んでいた具材っていうのは
基本的に全部冷たいものだったんですが
このタイミングであったかいものを挟むようになります。
イギリスで貴族が食べていたサンドイッチというのは
冷たいハムとかね。
ソーセージも焼いてあるけど冷めてるものとかを
使ってたわけですよ基本的にはね。
それがアメリカで改造された結果
ホッカホカのソーセージを挟むっていうね。
ビーフステーキみたいなねスライスした牛肉のスライスなんかも
あったかいの挟む。
あとミートボール好きですねアメリカの方ねミートボールとっても大好きですからね。
アメリカも好きなんだね。
源流はイギリスとかあっちの方ですけど
やっぱアメリカも大好きで。
今でもそうですがそういったものを挟む。
サンドイッチチェーンのサブウェイでもミートボールロングフードとか売ってますもんね。
白いパンの憧れ
サブウェイにあるんだミートボールって。
ありますミートボールあります。
頼んだことないな。
そうですか割と定番メニューですけど。
こういったものの中にハンバーグが混ざり始めるんですよ自然と。
もう一つはパンも形にこだわらなくなっていきます。
形にこだわらない。
もはや四角や三角にカットした
一口サイズで薄いのがいいよねっていう概念から
どんどん外れていきます。
初っ端で外れたからね。
もうお貴族様ではないので。
豪快に食べて汁がボタボタこぼれてるのを
皿で受け止めるくらいの世界観ですから。
もう四角い食パンはもちろんで小さいのもありますけども
ロールパンを使うバリエーションもあれば
長いコッペパンを使う人もいれば
ベーグルで挟むっていうパターンも出てくるわけですよ。
この四角い食パンを使った
ハンバーグを挟んだサンドイッチのことを
スライダーって言ったりね。
今でもスライダーって売ってる
ハンバーガーチェーンアメリカにありますよ。
ホワイトキャッスルっていうのが
元祖ですけど。
1.5センチのちっちゃい
ハンバーガーですね。
人によってはそれはハンバーガーと呼ばねえんだ
っていう人もいますけど僕からすると歴史の
ハンバーガーですね。
これはもともとイギリスで発祥した
パーティー用ミニサイズサンドイッチの
流れを組んだ
ハンバーガーサンドイッチで
スライダーっていうのもありますし
丸いロールパンを使った
っていうのが今のハンバーガーの形になってきますよね。
あとは
細長いコッペパンを
二つに切る
もしくは切り込みを入れて挟み込む
いわゆるホットドッグで
あったりとか
サブウェイでやってるようなサブマリン型
サブマリンっていうのは潜水艦ですよね。
潜水艦形状
したサブマリン型
っていうのが出てきたりとか
ベーグルで言うと
スモークドサーモンとクリームチーズ
挟んだサーモン&ロックス
っていう
美味しいよねあれ
あれどの地域が
やっぱりあれも東海岸ですよね。
共同料理として有名ですけど
あれもだってベーグルですから
ユダヤ系移民の影響なので
ベーグルってそうなの?
そうですね。ポーランドとか
あっちの方からやってきた文化ですね。
へえ
ハンブルクの
郵便会社を使って
移民してきたりとか
あとはポグロムとかね
ウクライナロシアあたりで起こった迫害の
影響で移民がやってくるって話
だいぶ前にしましたけど
そういう人たちがニューヨークにやってきて
ベーグル文化っていうのを
アメリカに根付かせていきますからね。
本来のベーグルと
今アメリカで売ってるベーグルは全然違うものになってますけど
違うんだ
茹でなくて蒸したりとかしてますからね。
ベーグルって茹でるの?
茹でます。茹でてから焼くんです。
へえそうなんだ。
だからああいう食感になるんだ。
表面がカリッとして中がもちっとしてるのが
本来のベーグルなんですけど
今機械化をするときに茹でてると
効率が悪いので蒸すっていう風になってますし
焼きも甘いので
表面そこまでカリッとしてない。
スーパーで売られるような状態になっているので
本当に
原流のベーグルが好きな方からすると
あんなものベーグルじゃないっていう風に
言ってる人もいるそうですね。
確かに。
ヨーロッパの方のベーグルは割と硬いよね。
サンドウィッチレボリューション
アメリカンベーグルって感じになってますよね。
別物だねもうね。
はい。
さて
ここで問題になるのは
このパンが変わったというところなんですけど
実はこのパンが
大きく変わったことが
サンドイッチレボリューションに
大きな影響してるんですね。
サンドイッチレボリューション。
ニュースタイルサンドイッチレボリューション。
横文字ばっかりなんだ。
横わかんないけど
ちょっとね疲れてきて口が回らなくなってきて
発声も悪くなってきてるんですが
ちょっと頑張っていきますね。
憧れの白いパンを
庶民が食べられるようになってきた
時代でもあるんです。
この時代が。
前回のお話で
庶民のパンは茶色くてずっしりと
詰まっていてボソボソしていて
酸味が効いているというお話をしましたね。
19世紀の
アメリカでは
ぼちぼち白い小麦粉が
食べられるようになってきているんですよ。
そうだね。
元々のところから
ちょっと遡ってお話をすると
古い時代
エジプトとかね
古代エジプトとかローマ時代とかまでいくと
細かく小麦を
粉砕するというのは非常に
大変で
イシウスが発明される前なんか
ものすごい大変そうな
銅像残ってますけどね
埴輪みたいなのが残ったりするんですけど
異物でも発掘されてますね。
そのうちに
回転式のイシウスが
出てきて業者は水車を
使うこともできるけど
一般家庭では手作業でぐるぐる回すみたいなことをやっていて
古い時代で
フスマとかハイガーを除去するんだけど
だいたい50%ぐらいが捨てられてしまう
ような状態なので超高級品と
いう感じになっていく
わけですよ 古いなんだ
古い手作業
手作業すぎるよね だって他にないの
やりようが
やりようがないのか
水車みたいな大掛かりのものは業者しか
使えないので基本的に
各家庭で行う場合には
手作業になりますよね
ああまあそうか 何でも
そうですけど大体のものはね
ただやっぱりその白い
パンに対する憧れっていうのは
古代からずっとあったらしくて
こんな一文が
書いてありましたね
単なる食べ物を超えた価値観があると
単なる食べ物を
超えた価値観 はい
ヨーロッパ文明圏においてはやっぱりそういう価値観が
あったそうです
これはちょっと洋書の翻訳を読んだので
著者の方の感覚が
そうだとも言ってましたけどね
ちょっと僕にはよくわからないですけど
日本人で置き換えればやっぱり白いおまんまん
がいいよねっていう憧れに近いのかも
わかりません ああまあ確かに
日本もそうだね はい
で金銭的に余裕が
あるのであればそれが誰であれ
貴族であれ労働者であれ
貧しいパンは
買わない 貧しいパンは
買わない もうお金に余裕
さえあればどんな人物でも
その茶色くてみっしりとした
すすま入りのパンを買いたいとは思わないよ
と ああよっぽど美味しくないね
まあね本当貧しい
ところだとね
ゴミ混ざっちゃってる
とことかあるからね
ああはいはいはい
で一部地域一部時代に限られますけど
馬の
餌用のパンっていうのも作られて
いたんですよ
ああそうなんだ でその
多少わらが混ざっててもいいじゃないですか
どうせ馬が食べるんで
でふすまが入ってても当たり前だけどいいじゃないですか
でタンパク質摂らせるために
豆とか入っててかえって栄養価高くて
馬も元気でいいですよね
ただ人間が食料が足りない時は
それ食べちゃったりしますから
わら食べちゃったりしますんでね
地域によっては
それが状態であると
ふんわりと軽くて白い小麦粉の
甘いパンっていうのは
非常に人気が出るのは分からないではないかなと
思います
これが西洋社会
って書くっていうのか分からないですけど
当時の人たちの白いパンに対する
憧れの源流ですね
白いパンがいいなって
みんな思ってるよく分からない
ムーブメントとして価値観が
形成されていたわけですよ1000年以上に
渡って
これがついに18世紀後半
1700年代の終わり頃から
19世紀にかけて
技術革新があって
小麦粉が民主化していく
という流れになります
一つの要因はまず農業革命ですね
これは何のシリーズで
やったんだろうずいぶん前に
触れたので覚えてないかもしれませんが
ノーフォーク農法
覚えてますか
ノーフォーク農法聞いたね
ヨーロッパ社会で
農業が革新していくのは
これのノーフォーク農法が出てくる
一つ前は
三歩式農法
これが四歩式になって
ノーフォーク農法とか言われてたんですよね
ビールかな
ビールの時でしたっけね
家畜を飼う機関と
クローバーとかメカのものを植える機関と
雑草の機関と
あと何だっけ
麦か
みたいなのが循環していくような
のがあったり
あとは資本主義的農業経営
っていうのが出てくるわけですね
資本主義的
もう大事主というかジェントリー
とか言われるお金持ちが
農場経営を行って
会社員のようにして
農業従事者を雇うと
日本でも
最近ある農業法人みたいな
大規模化していくんです
平田博言うとお金があるんで
システム化して統括して
効率よく管理をするっていう業務を
貴族階級がやるようになる
地主階級がやるようになると
生産量が必然的に上がってくるんですね
結果として
社会全体に出回る
小麦の量が増える
ということがありますね
それから次
産業革命です
産業革命っていうのは
産業革命と製粉業の発展
もちろん機械化されることで
製粉の技術があるんですけど
一つ大きな要因としては
食料品の市場が
大きくなることなんです
人口の
大半が農民で
あれば食料を買う
っていうのは少ない
わけです
そうなんです場合によっては
例えば日本とか他の国々
どの国でも同じですけど
自分が作った作物と隣の人が
作った作物をブツブツ交換する
わけですね
交換じゃなくても融通関係をする
こないだもらったからお礼に
みたいなことが自分に起こり得たわけですね
そこにお金が挟まる必要はなかったんですけど
産業革命が
起こったことによって
前回と今回でずっとお話をしてますけども
労働者が通勤をして
働いて金を手に入れて
その金で食料を買うっていうのが
普通になりましたよね
お金を持って
食料品を買うという
マーケットがどんどんどんどん
肥大化している時代なんですよ
これがあるおかげで先ほど
言った資本主義的農業経営の
地主が
儲かるということができるわけですね
このバックボーンがあるから
佐藤の私立で出てきた
プランテーションみたいなのが
勃興してくるわけですよ
そういう時代ですちょうどここは
もう一つ
産業革命によって
工場ができて
集約型労働っていうのが
確立しますよね
一箇所に人口がぎゅっと集中する
これによって
都市に住む人口が
爆発的に増えると
つまりマーケットがどんどんどんどん
肥大化するっていう状況が起きてますね
これマルクス
エンゲレスが書いた
ロンドンの状況でね
神社のパンと言われたジャガイモみたいな話を
ジャガイモの会でしてますけれども
あれがやっぱりニューヨークとかでも
起きてるって話ですよ
ニューヨークも起こったんだね
っていう産業的に
農業が行われることによって
小麦の生産量が
増えかつ
オリバー・エヴァンスの全自動製粉工場
小麦を買う人の人口も増えるから
小麦ビジネスが成り立つ
環境ができましたと
こうなるとあとは製粉と
流通さえ整えば
産業はブレイクしますよね確実に
確かに
この製粉工場を
考え始めた人っていうのは
古くは結構昔からあってですね
17世紀前半とか
16世紀後半ぐらいから
やろうとしてる人たち
パラパラいるはいるんですね
製粉機械
そうですね機械で一番最初で
登場してくるのはラメリ製粉機ってのは
1558年って言われてるので
1558年
日本で言ったら戦国時代
信長がまだ存命の時代ですね
めっちゃ早いね
そのぐらいからいろんな工夫が
されているんですけど
この製粉の技術で革命的だったのは
1785年の
出来事で
オリバー・エヴァンスという
アメリカ人が
全自動製粉工場を
確立させます
工場を作っちゃった
そう元々オリバー・エヴァンスっていう
人は何やってたのか僕もよく
わかんないんですけど
1782年
オリバー・エヴァンスの
お兄ちゃんが
工場を作って製粉業を
始めるんですよ
弟のオリバーは
工場建設の
監督みたいな
役割として雇われるんですね
それが1785年
なんですよ
監督してる時に
自分でいろいろと知恵を絞って
システムを考えていろんなものを発明して
なるべく労働力を
削減できるように
全自動化できるような工夫を
盛り込んでいくわけなんですよ
なんでかっていうと
ちょうどさっき言った農業革命や
産業革命の影響があって
このデラウェア州
一帯あたりで製粉業が
大ブームになったんですね
デラウェア川って大きい川が流れてるんで
水車が使えるじゃないですか
川を使った流通ができて
大都市のフィラデルフィアやニューヨークに行けるので
ビジネスとしてすごい最適地なんですよ
で農場も
そんなに遠くないところにあるから小麦粉も
いっぱい手に入るから粉にするっていうのは
ビジネスになっていいということで
やって
この回の冒頭で申し上げた通り
工場ってのは多くの人手が必要なんでやっぱり
人がたくさん集まって
製粉をやるっていうのをやってたんですけど
もうね人がやること
だから品質にばらつきが出る
技量の差ね
うまい下手もあるし
丁寧な人もいれば雑なやつもいるみたいな
まあ確かに性格的なところは
あるだろうね
粗挽きの部分が出ちゃったり
古いが不十分だったり綺麗なやつがあったり
茶色のが混ざったりとか色んなことあるわけですよ
しかも製造工程が
ちゃんと分離されてない
状態なんで僕らでいう料理屋の
キッチンがね
複数コピーされてただ広くなっただけ
役割分担がちゃんとしてない
要は工場ではない
分業制ではない
分業制にちゃんとシステム化されてない流れ作業とか
できてない状態なんですよ
効率も悪いし
動き回ることになる
あっちから持ってきてこっちから持ってきてって
パスすりゃいいのにパスじゃないから
こっちのテーブルでは
麦の入った袋を持ってこなきゃいけないし
ちょっとごめんよって歩くわけじゃないですか
その隣のテーブルでは
古いに欠けてる最中だと
何が購入するか
分かりませんよね
品質が低下するし
場合によっては穀物のもみ殻みたいなのが
入ったりとか
泥がちょっと飛び跳ねて入っちゃったりとか
するわけですよ
下がコンクリートだったり板敷きとかそういうわけじゃないです
ドマですから
そういう状態だと
よくないんで
オリバー・エバンスは一生懸命頑張って
なるべく人が
いない状態でやろうっていうので
全産業で
世界初の無人化に成功します
無人化?
工場の無人化
やけに時間かかってるなと思ったけど
無人化はすごいね
この後機械の発展ってのはまだ
20世紀まで続くんで
もっともっと変わっていくんですよ
石薄の形状がどんどん変わって
電力に変わっていくんですけど
何よりも革命的だったのは
ハンバーガーの誕生
この無人化なんです
へえ
即人性を排除
そして
彼が行った無人化の中で
社会には大きなインパクトを与えたのが
製造ラインのデザイン
っていう考え方なんです
監督として
工場全体の製造ラインを
あらかじめきちんと
デザインするっていうのを
今まで人類はやってそうで
あまりちゃんとやってこなかった
これをオリバー・エバンスが
きちんと計画して形にして
この後
工場だけではなくて
このシステム、デザインを
そのままパッケージングとして
他の会社に売りに行くんだ
これを売りに行くんだ
何軒も回るんだけど
結構みんなそんなのいらないよ
高林建造が断られたみたいなことが
起こるわけですね
ただ
これは麦のシリーズやるときに
お話しますけど
とある製粉業界が
集中してる街があって
集中するじゃないですか
メッカみたいなところができるんで
そこの一人のジョセフ・タットナル
っていう工場主が
ちょっと話聞こうか
それできるんだったらいいじゃん
やってみてよって言ってお願いをしたの
エバンスに
したらめちゃくちゃよくて
当時の金額だからよくわかんないけど
1年で37,000ドル浮いたよ
37,000ドル
今でもすごいよね
結構額だね
37,000ドルですから
450万から500万とか浮いた
現代の換算でですよ
だけど当時
時給1ドルとかじゃないですからね
時給1ドル超えてくるの
1900年代の
1920年代とか30年代とかの
話なんで
まだ時給1ドルないような時代ですよ
時給が1ドル以下
うん
そんな時代の37,000ドルが
節約になったって言ったらもう
経営者としては目がキャーンって
なりますよね
これによってこの地域の
製粉工場のほとんどが
オリバーエヴァンス式に変わっちゃうん
ですよね だからここが
製粉の中心地に
後々なるんですけど
こういったことが起きると
いうことで一般
庶民が手軽に
白い小麦粉を手に入れられる
ようになるんですね
工場化によって
これがあるから
話ぐるぐるっと戻りますけど
居酒屋とかバーで
大きいサイズのビーフサンドイッチが
無料提供できるようになるんです
あんな高級品できないでしょ
できないね
前回の話だとそれが
全自動製粉工場が
どんどん広がっていったよみたいなことが
あったから無料サービスで
提供できるようになる
これでサンドイッチが
どんどんどんどん魔改造される
状態ができたのでこの中に
ハンバーガーステーキ
サンドイッチっていうのが
サンドイッチの一ジャンルとして出てくる
っていう感じですかね
そういうことね
でもこの時はもってはやした
というか
人気だったのは白い方だったね
パンが だってねそうなんですよね
高級品が
身近に食べれるようになったら
そうなるよね そうなりますね
これ本の中に出てきて
茶色いなって確かになって思ったのは
昔は
お金持ちや貴族上流階級が
白いパンを食べ
庶民は
ふすま入りのパンを食べていた
現在では
庶民が甘くて
ふんわりした軽いパンを食べ
上流階級は
健康のために
茶色いパンを食べる
という感じですね
確かに茶色いパンは
手詰まってる分高いからね今ね
そうですね
そんな感じの社会の変動です
行ったり来たり上下入り変わったり
面白いね そんな感じです
さあ
これでついに
ハンバーガーが出てくる土壌が
ほぼ揃いつつ
あります あと一個ですハンバーガーの
登場する土壌は
まだあるんだ
次回
ハンバーガーに行きたいのですが
その直前の
労働者の
生活環境と
社会環境っていうのをちょっと
お話をしようと思ってます
つまり彼らが普段どんな
食生活をしていて
健康状態がどうだったのか
それはやがて社会問題になって
いきます今でもありますね成人病
だとかメタボリック
シンドロームが社会現象になった
ようなことがやっぱりいつの時代も
起きましてそれは
社会全体や国全体でどうにか
しないといけないといったムーブメントが
必ず起きますそういった状況が
あるからこそ出てきた
食文化の中に
ハンバーガーというものが
入り込んでくる
そこでついにハンバーガーが
生まれてくるところですね
生まれてくるところ
これはちょっとここまで
で終わりなんだけど
一つ相談があって
皆さんいらっしゃるんで
どうしようかと思うんだけど
イベントのお知らせです
第2回
掛川ガストロノミーシンポジウムの開催
掛川ガストロノミー
シンポジウムを開催
します
2025年にも
行いましたが
翌年2026年2月の
23日に
掛川ガストロノミーシンポジウムを
開催します
まだプログラムについては
これから調整をしていくので
決まり次第公開して
いきますがやることはやりますね
前回の時にさ
会場に来られた
方々から
もう途中からこれ継続しよう
やろうやって
いつやるのってずっと言っていただいて
すごかったねみんなの熱量が
終わってしばらくして
熱が冷めた後もあれまたやるんだよね
っていうお話もいただいておりましたし
僕もこの
シンポジウム自体は継続することが
非常に大事だと思うんですよね
で今回は
次回はですね
今年の前回の開催を受けて
掛川氏
であったりとか行政の方ですね
とか各種団体が
結果を見て
興味を持ち始めたっていうのもあるので
また違った形で
進化をした形を
お見せすることができるんじゃないかな
と思っております
基本的なスタンスとしては学びの場になります
食の世界で活躍する方々
しかも大手企業に
限らずですね
現場で働く労働している
方々などのお声を
直接聞いて
いろんな視点を持ち込んで勉強していくということですね
ローカルに根付く
食のエコシステムが
どうなっているのか産業がどうなっているのか
食文化がどうなっているのか
というのは食べ物ラジオでも
扱いきれないようなミクロな世界が
待っています
これは書物ではどうしても学べないところなので
生きた声を
聞くことがすごく大事だと思います
そしてこの
シンポジウムで僕がすごく
すごく強く思っているのは
越境のコミュニティ
なんですね
カテゴリーを超えるということです
案外
できそうで難しいんですこれは
例えば食をテーマにした
イベントをやると言って
フードテックと冠をつけた
瞬間に料理人の
参加率が下がる傾向に
ありますこれはもう簡単で
職人の人たちは
フードテックは
俺たちのジャンルじゃないって思い込んで
しまう傾向にありますね
同じように食のテーマだよ
って言って物流の会社が
俺のことだって思うことは
少なくてこれはもう
声をかけて来ていただいて
関わることがあるんだ
俺の知見が使えるんだ
っていうのを実感してもらうことがやっぱ大事だ
と思いますそれは
多くの人が知って
君のことだよって別の人から
一声かけていくというような
人から人へのコミュニティが
非常に大事だと思っているので
その一つのきっかけとして
やり始めたことですので
次回もまた開催をいたします
2026年2月
23日もちろん
オンライン配信も行う予定で
ございますと
去年言われたんだけど
掛川って
冠についているので
掛川のことしかやらないんじゃないかみたいな
イメージが
どうやらあったみたいなんですけど
掛川を
軸にしただけで別に掛川
の人じゃないといけないみたいな話では
ない全然関係ない
むしろ全国でどこでも
必要な話だと思います
僕の
夢野望なんですけど
僕がやるわけじゃないんですが
〇〇ガストロノミーシンポジウム
っていうのが全国各地で
行われて50箇所で
いろいろやってますよみたいなのが
成立するといいなと思ってるんですよね
本当だね
ネーミングミスったなと思って
順番がちょっとね
ガストロノミーシンポジウム掛川にしておけばよかった
そうだね
作っちゃったんでね
なんで例えば豊橋ガストロノミーシンポジウム
とかねやってくれると
とっても嬉しいなと思ってますので
そういったお声も
いただきたいですし
そういうのをちょっと僕もやってみようかな
という方がいらっしゃったら
視察の意味も含めて聞いていただければ
嬉しいです
ちなみに昨年
今年のやつか
今年のシンポジウムの
アーカイブ
まだ販売しております
オンラインで
掛川ガストロノミーシンポジウムで
検索していただければ
チケットの売り場がありますので
そこからアーカイブのチケットも
未だに購入できますので
なるほど
もし先に参考として知りたいという方は
もちろん会場に来てもらった方が
確実に熱量というものが
伝わるので
何十倍も楽しいと思うんですけど
もしさらっと先に
見ておきたいという方がいらっしゃれば
そちらのアーカイブを
見ていただくこともいいかなと思います
越境コミュニティと交流の重要性
現地だとね
休憩時間にいろいろと
他の方々とお話できたりとか
今回も
シンポジウムが終わった後に
交流会の場は設けようと思ってるんですよ
あれは大事だね
やっぱインプットしたことを
ベースに語り合うとかね
交流するっていうのがすごく大事だと思うんですよ
アウトプットしてこそですから
そういう場も一緒に楽しめ
楽しみたいという方は
ぜひ現地にいらしていただけると
いいなと思います
お待ちしております
ミナモン こんにちは
食べラジオサポーターのミナモンです
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