淀川花火大会と「普通」への気づき
スーパーナチュラルハイテンションズ。 こんばんは、水野です。おはようございます、あすかわです。
いやー、あのー、前回お便りいただいた元ヤンさんが、我々のステッカーをいきなり貼ってくださいましたね。
娘さんのね、携帯電話に貼っていただいたみたいで。 嬉しいね。嬉しいですね。まぁあの、
娘さんは大丈夫なのかっていう懸念はちょっとあったんですけど。 まぁまぁ、あすかわさんの娘さんのおしゃれなイラストなんで、
ギリ大丈夫かもしれないです。 可愛かったよ、でも。
可愛かったですね。なんかすごい良い感じでしたね。 はい、すごい嬉しかったです。
でですね、行ってきました。 与党川花火。
えっと今年も大盛況だったのかな? 今年も相当人多かったみたいですね。
何万人とかは見てないですけど、多分例年40万人ぐらい来るそうなんで、まぁ今年も多分同じぐらいだったんだろうなって。
やばいね。 うーん。
ちょっと聞かせてくださいよ。楽しみにしてたんですよ、僕も。 語りますよ。
いやでもまぁまぁ、あのなんて言うんだろう。花火自体は正直イベント自体に何か意味があったっていうよりは、大阪に来てから自分の変化みたいなのが結構ここで結実したなってちょっと思ったんですよね。
ちょっと話してみたいと思うんですけれども。 どう?やっぱ5分でいいでしょ、花火は。
いや、ダメなんですよ。 ダメっていうことも分かったんですよ。
あ、マジで?どういうこと?どういうこと?ちょっと教えてよ、それもまた。
花火5分はダメなんだっていうことを僕は身をもって知ることになったんで。
それも含めてちょっとお話お願いします。
はい。
まああのまぁ、淀川花火ってすごい、さっき言ったみたいに毎年行く人すごい増えてて、まぁ毎年もう今45万人、6万人とか来場してるみたいな、すごい大きなイベントなんですけど。
で、やっぱ花火自体は19時から始まるんですけど、そこでちょうど梅田越えて淀川の橋を渡るところで、あの淀川の河川敷が見えるんですけど、もう多分5時半ぐらいでマジで河川敷が動いてるんじゃないかぐらい人
いて。
はいはいはいはい。
でも戦争でもやってんのかなってぐらい本当に大群がいて、ちょっとこれまずいかもしれないと思ったんですよ。
で、西中島南方に降りても、あの駅のホームがもうぎゅうぎゅう詰めて、でちょっと彼女はですね、まぁ6時半くらいに駅に着くっていうことだったんで、僕1時間くらい待ち時間があったわけですよ。
で、その間に花火見ながらお酒飲んだりおつまみ食べたりしたいなって思ってたんで、駅の近くのコンビニに寄って彼女分の缶チューハイと自分の分の缶ビール2本買って、あとおつまみもいくつか買って、
で、結構ベンチで座ってても自分の横、もう浴衣を着た若い男女だったり家族連れだったり、そういう人たちがいくつもいくつも通り抜けていくみたいな感じで、ちょっとすごい混むなと思ったんですけど、
なんかね、こうそういう人たち見ている間に、なんか結構感慨深いなと思ったポイントだったんですけど、なんか一昔前の僕だったら、冷笑してたわけですよ。そういう人たちっていうのは。
大学生とかその頃だったら、いわゆるこう、普通のカップルでなんかテーマパークとか花火大会とかパッケージされた体験みたいなのに行って、決められた通りに楽しむみたいなのってすごいなんか工夫がないなとか、
ちょっと個性がないなとか思ってたんですけど、
現状、いざ自分がそういうふうになってみると、これすっごい幸せなわけですね。
えーそうなんだ。はいはいはいはい。
なんか自分の気持ちとしてすごい幸福感があって、なんかその時に、昔そういうデートとかを冷笑してた頃の自分みたいなのって、結局なんか個性を求めてたわけじゃなくて、人並みの体験ができないってことに、なんか嫉
妬してたんだなってことが、なんかその時ふってわかったんですよね。
普通の恋愛して普通に付き合って普通にデートしてっていうことを、僕は全然できない方だったので、学生時代とかは。
なんかその時のことを思い出して、いやーあの時のあの自分の曲がりっぷりは、なんかすごいカウンターっていうか普通になれない反抗心みたいなものだったんだろうなって、ちょっとその時思ったんですよね。
で振り返ってみると、なんか大阪に来てからの3年間って結構、言ってみれば普通になるための3年間だったっていうか、要はそのニートだった、名古屋時代から大阪に出てきて、サラリーマンになってシェアハウスに住
んで、ちょっとだけですけど他人との適切な距離の取り方みたいなのを学んでいって。
でおそらく生まれて初めて伊勢のことを心の底から好きになって失恋して、でも身だし並みを整えたりするようになっていくうちに、なんかだんだん普通になれないと思ってた自分がいつの間にか人並みのことをできるよう
になってたっていうことにすごいちょっと嬉しかったんですよね。
まあまだ彼女来てないですけど、いろいろ思い返してその待ってる間に、なんかちょっとそれは嬉しかったですね。
いい話だね。
で結構ニート時代とかも、一番一緒にいてくれた、時間を過ごしてくれた高校時代からの親友がその日にLINEで自分の新求姻を開いたっていう知らせを届けてくれたりして、ちょっとよかったなと思いながら、結構
そのダブルで多幸感がある瞬間だったんですけど。
恋人と花火を楽しみ、社会とのつながりを感じる
そんなこんなして、自分一人で感慨にふけてるうちに、6時半になりまして、彼女が来ました。
彼女はですね、普段スカートを履かない人なんですけどね。
その日はですね、真っ黒のスカートを履いてましたね。
へー。
真っ黒のスカートで、ただ竹はちょっと長めで、ひらひらがいくつも段になってる、ちょっと変わったデザインのスカート履いてて、良かったですね。花火大会バージョンというか。
良かったね。
僕もその日真っ黒なシャツと真っ黒なズボンだったんで、お互いクロックロで手繋いで歩きながら、30分くらいかな。
西中島南方の駅の近くで、花火が見やすい場所を探してうろうろしてたんですけど、結局その河川敷に入る直前の土手のそばに落ち着きまして、
まあまあ花火見れそうだし、人もたくさんいるから結構定位置なんだろうなって思って、2人で椅子とかもないですけど、近くの池垣に背中をぴったりつけて乾杯してですね。
おつまみ食べながらお酒飲んでましたね。
いいねー。
これも良くないですか。この中杯と缶ビールで乾杯して花火を待つっていう時間も、僕すごい新鮮で良かったんですよ。
うーん、いいね。
いやすごい、なんか初めての体験でしたけど、ほんと1時間くらいですよ花火は打ち上がってて。
途中その目の前の金網に子どもたちが花火見たさに昇り始めて、ちょっと視界が遮られて見えなくなった時とかに、彼女がやっぱ関西人だなと思ったんですけどボソッと、
あーもう見えない、なんかチェック柄の花火しか見えへんみたいなこと言って、子どもたちがチェック柄の服着てたんで、ちょっとそれもくすって笑って、いい体験でしたね。
なんかあれだよね、花火を話で形容するのはすごく難しいのかもしれないですけど、花火以外のイベントみたいなもの、そういったものの情景とかさ、置かれてるシチュエーションがやっぱり楽しかったんでしょうね。
ゆうとさんの話聞いてると。
花火自体っていうよりは、花火に自分の好きな人と一緒に行けてるっていうことと、今まで自分が全然混じり合わないと思ってた他人たちがみんな同じように花火楽しんでるのを見て、ちょっとそこで、
その、なんていうんですかね、僕基本やっぱ人嫌いじゃないですか。他人嫌いなんですよ。結構遠征的っていうか、もう世間と距離を置きたいみたいなタイプなんですけど、なんかそこでそういう孤独感みたいなのが和らい
で、初めてこう、社会とちょっと繋がることができたなぐらいまではちょっと思いましたね。
その花火大会。だからその普通になるって、20代の前半の頃とか、もう死んでも嫌だみたいなふうに思ってたんですよ、やっぱり。僕は普通、なんて個性的な人っていうよりは、その普通にどうしてもなれないっていう
か、普通ってものに手が届かないタイプだったんで、憎んでたんですよね。その普通の体験みたいなの。
はいはいはい。
でもなんかこうして、ある程度大人になって変わった自分の身で体験してみると、なんか全然幸せっていうか、すごい充実感あったし、彼女と一緒にいけてるっていうことに対してすごい多幸感はあったんですよね。
結局はすごい楽しかったということですか。
いや、もうこれは僕はすごい成長ですよ。花火。花火すらもう克服してしまいましたから。
お相手のおかげですけどね、多分。やっぱ一緒に行く人は大事ですね、これ。
彼女のおかげで花火克服できたんで、次はですね、ユニバに行こうかと思ってますね。
ラスボス。デート会のラスボスみたいなのがすごくなったんで。
テイムパークまで行けたら、自分のデートコンプレックスみたいなのも払拭できるんじゃないのかなっていう気持ちもありますし。
人間関係に共通の普通はない
ちょっと引っかかったのがさ、水野さんが言う普通の人っていうのがちょっと引っかかっててさ。
別に花火大会行くことが普通の人のデートだったりとかさ、普通の男女の営みだとは思わないしさ。
僕の中で普通って、特定の普通っていうか、実際にそういう普通があるわけじゃなくて、概念としての普通っていうか。
普通ってやっぱ表面的かなとは思うんですけど、結構デートとかカップルになった人って、いわゆる普通みたいなところを一つのモデル化された恋愛みたいなのを目指すじゃないですか。
っていう意味でも普通ですね。いわゆるデートとはこういうものだとか、カップルとはこういうものだみたいな。
そういう、実際にこういう普通の人たちがいるっていうよりは、自分の中で普通認定されてた体験みたいな感じですね。
でもそれを遠ざけてた自分が、今はそれをむしろ楽しめるようになってる。
結局自分も昔軽蔑してたはずの普通っていうものに対してすごい憧れを持ってて。
自分で意識はしてなかったけど、自分が試みてたことって自分の中での普通に至るための努力だったのかなってちょっと思ったんですよね。
いや、なんか面白いなと思ってね。
節々に出てくる普通っていうことがね、そういうもので体験とか人との付き合い方をなんか感じてたのかなと思うとさ。
そうですね。
案外僕はちょっとあんまり感覚的になかったもんで。
でもさ、その普通っていうのってさ、大多数なのかな?
いや、今考えてみると大多数ではないのかもしれない。
てか多分大多数じゃない。
てか僕が思い浮かべる普通の中にどっぷりハマってる人って多分いないでしょうね。
いないでしょうね。
デートによってはそういう庭園パーク行ったりとか、一瞬いわゆるみんなが思い浮かべるデートの形になる人たちもいるかもしれないけど、
でも実際によく見てみると、同じカップルって言葉で括ってても、やっぱ人間関係って人それぞれじゃないですか。
体験は違うわけじゃないですか。みんなね、それぞれね。
そう。
それこそ花火に対する体験も違うし、歴史も違うわけじゃないですか。
そうですね。前話した、なんで好きかってところまで考えないと相手のことをよく知れないんじゃないかみたいな話したじゃないですか。
結構それに近いなと思うんですけど、恋愛経験があんまりなかったんで、いろんなケースを見て一般化できると思ってたんですよ、恋愛って。
恋愛も夫婦も友達も。
あらゆる人間関係の中にはスタンダードがあって、いろいろ見ればそれを最大公約数的にわかるはずって思って、だからいろんな人の話聞くんですよ。
恋愛も結婚も。でもね、いろんな人の話聞いてきて思ったんですけど、最大公約数とかないですね。ないなってことがわかりました。
一般化しようっていう試み自体が間違ってるような気もしていて、最初だからそれにちょっと気づきかけた頃って結構絶望したんですよ。
本当にわかんないなって思って、その人間関係って。参考にしていいものも参考書がないなって思って、本当にわかんないなって思ったんですけど、
自分を否定するとかもできないんで、自分が変であっても一期一会というかもう唯一無二の関係としてやっていくしかないなってことは最近ちょっと思ってますね。
どうですか?そういう経験あります?一般化したいなとか。これ難しいな。いわゆるカップル、いわゆる夫婦の形みたいなものについて考えたことってあります?
正直あんまりないんだよね。ただ、そういったものって自分を縛ることになるとは思うんですよ。今想像してみてもそうですけど。自分の夫婦のあり方だったりとか。
例えばですけど、自分が年を重ねていくにつれてですね、どんどん弱気になってきてるんですよ。自分はもう50代っていう大台が見えてきてて、普通の50代っていうふうに感じると会社に勤めてて、ある程度の役職を
持ってて、いろいろ社会的地位だったり社会的信用みたいなものの普通を最近考えるようになったんですよね。
でもそれって自分を縛る足枷でしかないんですよ。そういった面では自分と相手とかそれが複数になればパラメーターがめちゃくちゃあるので、やっぱり普通なんてやっぱりなくて、自分が本当に何をしたいのか、何が楽
しいのかっていうやっぱり基準を大切に持っていかないといけないのかなっていうふうに最近ちょっと感じたりもしてるんですよね。
自分はそういったことに縛られないで生きてきたつもりが、今になってその普通であることだったりとか、そういったことに疑問を持ち始めてきててね。
普通の50代ってどんな感じなんだろうとかさ。でも話聞くとさ、みんなそれぞれ同じような悩みを持ってたりとか、同じような未来への不安を持ってたりとか、普通なんてないんですよ。置かれてる環境全然違うんでね。
だからなんか水野さんの言う、普通普通っていう出てきた言葉って、やっぱり水野さん自身を縛ってたものなのかなって思いましたね。
そうですね。なんか自分の今のレベルっていうか心境としては、今までの自分が普通って言って切り捨ててきたものを色眼鏡なしに一つずつこう体験してるっていうか、
多くの人が中学生とか高校から大学ぐらいの頃に時間をかけて体験していったものを、本当に10年遅れですけど20代後半から30代前半のこの数年間で集中的に、
履修じゃないですけど急ぎ足で色々忙しなく体験してきた感があって、なんかその中でやっぱり僕自身もあんまり同世代がどうとか思わなくなってるし、他のカップルがどうとか何歳で結婚するとかもあんまり気にしなく
なってきている感はあって、
ただやっぱりそのためには自分にとって概念として普通ってしてきたものを改めて経験し直す必要があったのかなって思ったんですよ。
水野さんの話を聞いててさ、結構本当にいろんなこうしがらみと言ったらおかしいけど、いろんな思いを感じて生きてきたんだろうなーっていうふうに感じた。マジで。
すげー大変そう。
いらぬことばっかり考えちゃうんですけど、自分に呪いをかけちゃうタイプなんですよね。これやっちゃダメ、これやっていいっていうのを自分に対して常に自問自答してるタイプで。
そこから解き離れたいなぁと思ってるんですけど、言ってみればちょっといわゆるカップル、いわゆる夫婦、いわゆる友達みたいなのに対して憧れを抱くっていうのも、
まあ今ほとんど温身不通になってますけど、自分がすごい生きづらさを感じてた自分の母親の考えみたいなのを受け継いでる部分があって、実はすごい似てるんだなっていうのは思ったんですよね、改めて。
ちょっとそれは確かにそうかもしれないですね。自分に縛りかけすぎっていうか。
なんか水野さんが今までいろんなことをこのポッドキャストでも喋ってきたじゃないですか、その都度その都度人生の生きづらさだったりとかさ、社会での生きづらさだったり人間関係との生きづらさだったりとか、いろい
ろ話してきたじゃないですか。
水野さんが抱えてた生きづらさがわかる話だったり。
そうですね。確かにそうかもしれない。一旦が見えたかもしれない。
全然違う話に着地しそうなんだけどさ。マジで。
でもそれを気づかせてくれたのもやっぱりお相手の人ですから。
いやーほんと素晴らしいね。
本当に感謝してます。
なんかでもこうやって話すと、なんていうのかな。
これはこれで、自分のために相手がいるみたいな話になっちゃうんで。
それは本意ではないんですけど、やっぱり相手と自分がいて1対1でお互いに楽しむっていうのがやっぱり一番いいので。
今回だと自分の気づきのために彼女が存在してるみたいな話になっちゃうんで。
ちょっとそれは話し方がちょっと違ったかもしれないですけど。
自分ごとに引き寄せて考えるとこういうことになるかなぐらいに聞いてもらえると嬉しいです。
いやほんとだね。
平均という幻想と自分を縛らない生き方
これさ、すごい面白い話を僕さ、ちょっと思い出したんだけどさ。
これアメリカのパイロットの話なんだけど、アメリカの空軍で戦闘機を10万時間飛行させるごとに23.6機の戦闘機が破壊されてしまって、
事故が発生した機体を分析しても事故につながるような故障が見つからなかったんだって。
で、その時空軍が事故の原因を操縦席がパイロットの体格に合ってないことが原因であると考えて、
パイロットの体格の平均値に合わせた操縦席を戦闘機の設計企業に発注しようとしたんだって。
そこでさ、実際に4,000人以上のパイロットを対象に指の長さ、目から耳までの距離など140項目以上に及ぶ身体測定を実施したんだよね。
4,000人以上のパイロットの中に平均値ってどれくらいいたと思いますか?
えー?パッと思い浮かんだこと言っていいですか?
はい。
ゼロ人?
ゼロ人なんですよ。
うーん。
平均値って4,000人の体格ですよね。140項目合わせると。誰も平均値なんていないんですよ。
うーん。
その話を思い出しましたね。
誰しも平均的なものを思い描いていても、平均的なもの自身がすごく幻想的なものなのかもしれないね。
そうですね。本当そうだと思いますね。
これは僕にとってもすごくいい学びであって、やっぱりいろいろ感じる年頃になってきたんでね。
普通の年齢の重ね方なんていうのはね、標準値みたいなものにやっぱり自分を縛っちゃダメだなっていうふうには思いましたね。
うーん。
確かにね。
花火デートの判定と次のテーマパーク挑戦
でもね、僕一番聞きたかったことがあるんですよ。そういえば。5分で花火帰っちゃうやつのことを何回聞きましたか?
聞きますよ、それ。言わないでおこうと思ったんですけど。
いやいや、教えてくださいよ。ぜひね。教えてほしい。
朝川さんのために思って言わないでおこうと思ったんですけど。
いやいやいや、聞かせてください。
あのね、僕自身は前々回か、花火デートの話の時にね、僕は5分でいいタイプなんですよね、花火っていうのは。
水野さんの今回お話ししたお相手ですよね。
っていうのは毎年花火に行かれてるわけじゃないですか。
はい。
その方の花火に対する思いみたいなのは僕知りたかったんで、水野さんにね。
まあ5分で花火飽きちゃう人間がいるんだけど、その人に対してどう思うかを聞いてくださいって水野さん頼んだったんですよね。
その結果はどうだったんですか?
その結果はですね、まあ5分だとさすがにちょっとこれはもう勝負が見えてたんで。
勝負が見えてたので、15分という設定にしまして。
あ、ちょっと情報してくれたのね。
はい。ちょっとあの、少し下駄を吐かせましたね。
ありがとうございます。気に使って。
気に使っていただいて。はいはいはい。結果は?
あの、相手の人に、そういえばさって言って、俺の友達にさ、花火15分で帰るバカ野郎がいるんだけど。
いやいや、バイアスかかってるじゃん。ちょっと待って。それもうバイアスかかってるじゃん。
本当に。
もうちょっと待って。ちょっと待って。
クソしょうもねえ奴がいるんだけどさ。どうしようもねえ奴がいるんだけど。
はいはいはい。そしたら?
そしたら、もう二度と行きませんそういう人とはって言ってましたね。
あの、一回行って5分で花火帰ったら、マジなんで来てくれたんやろって思うし、もうたぶん二度と誘わないと思うそういう人って。
と言われましたんで。はい。
たぶんね、これから花火大会に行くときは、アスカさん気をつけましょうね。
気をつけます。
これ花火大会だけの話じゃないですからね。ちなみに。
いやいやいやいやいや。本当ですね。
そっか。でもまあ水野さんにとってはね、花火デートは素敵だったってことだね。
よかったですね。よかったし、なんか、あわじしゃデートのときもそうだったですけど、
とにかく、相手の人のおかげで結構恵まれた結果になることが多いので、
すごいそこは嬉しいっていうか、すごいなって思ってますね、相手の人。
いや、でもさ、人間関係において基本だと思うよ。
相手がいるからこそってやっぱり思えることが、
どんなシチュエーションにあったとしても一番大切なことだと思う。
捉え方によっては相手のせいでっていうことになる可能性だってあるわけじゃないですか。
その行いがどんなことでも、相手がいてくれるからっていうことと、
相手がいたからっていうことに変わりかねないので、
やっぱり水野さんがそういう相手と今一緒に時間を過ごせるっていうのは、
すごい幸せなことだよね。
改めて、確かに。
まだ日が浅いですけどね、お会いしてから。
ほんとちょっと時間かけてね。
いや、またまたね、いろんな素敵なエピソードがあればまた聞かせてくださいよ。
そうですね。これからも恋愛堂は続くので、期待していてください。
はいはいはいはい。
というわけで、今日は花火大会デートのお話でした。
じゃあ次はね、テーマパークだね。
テーマパーク、ちょっといつになるかわかんないですけど、いずれは挑戦したいですね。
それをまた楽しみに待ってます。
そうですね。
そんな感じでね、今回は与堂川の花火大会デート、大成功ということで。
大成功という方がないでしょう。
僕はみずんさんの過去の生きづらさを知ってしまいました。
身をもって。
そうですね。
今回は体験しました。
まだまだありますよ、こういうエピソードは。
いやいやいや、今日の話でね、全部わかった。
全部わかっちゃった、マジで。
衝撃でした。
結構ね、聞いてて衝撃だった。
なんでね、今回のことをわかったんだね、みずんさんのことが本当に。
ちょっとある意味、僕も。
なんでこれからの話はね、もう少しね、ちゃんと身をもって返答できるかなと思います。
気使わしちゃってる?
いやいやいや、気使うとかじゃなくて。
いやー、大変だねと思った。
でもそれが過去のことになろうとしてるところじゃないですか。
これから先ね、話していくうちに、もしかしたら僕も若いうちそういうことがあったかもしれないっていうね、ことを思い出すかもしれない。
いろいろずっと考えてたんですけど、やっぱりちょっと思いはたる節がないんですよ。
でも、なんかさ、若いうちってやっぱあるじゃないですか、そういう葛藤だったりとか。
ジレンマとか、それこそ自己肯定感の低さだったりとか。
そうですね、その話をしたいですね、いつかは。
そういうのもね、自分を探るきっかけにもなるような感じがした。
楽しみにしてます、これからも。
ぜひぜひ、よろしくお願いします。
というわけで、今回は本当に大耳をご失礼しました。
いやいやいや、いい回でした、本当に。
よかった、なんかすごい感じたもん。めちゃくちゃ感じたもん。
何か昔を思い出してくれるリスナーさんがいることを信じて締めくくりたいと思います。
そんな感じになりますね。
それでは、みなさんバイバーイ。