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S3E21 ダーナ(与える行為)と心の成長。テイカーからギヴァーの行き方へ
2026-06-04 09:51

S3E21 ダーナ(与える行為)と心の成長。テイカーからギヴァーの行き方へ

【目次 / ハイライト】
・サットサンガで再確認した大切な教え
・「満たされたら与えよう」という思考の罠
・良いことをした時の「ドヤ顔」と泥臭い葛藤
・人間は放っておけば生来「テーカー」である
・子育てに見る「心が痛むほどの自己犠牲」の意味
・与えることで「すでに満たされていた」と気づく
・足し算の生き方から、引き算の生き方へのシフト

【関連ワード】
・ダーナ ・与える行為 ・損得勘定 ・テーカー ・ギバー ・ドヤ顔 ・泥臭い葛藤 ・子育て ・自由意志 ・引き算の生き方

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サマリー

このエピソードでは、ヨガの教えである「与える行為(ダーナ)」について深く掘り下げています。損得勘定に囚われがちな現代社会において、見返りを求めずに与えることの難しさと、その重要性を説いています。特に、子育てのような自己犠牲を伴う経験を通して、自分が既に満たされていたことに気づき、足し算の生き方から引き算の生き方へとシフトしていく心の成長について語られています。

はじめに:ダーナ(与える行為)を再認識するきっかけ
スピーカー 2
ナマステ、みなさんおはようございます。YOGA LIFE smsuun ヨガティーチャーのケンスケです。この番組では、ヨガを生きやすくするをテーマに、ヨガの学びを交えた多愛もないトークを、福岡の山小屋よりお届けしています。
はい、Om Shanthi ヨガで生きやすくするラジオ、オムラジ始まりました。 この番組は、学びに情熱を、生き方にヨガを、YOGA LIFE smsuun の提供でお送りいたします。
本日は6月の3日水曜日、時刻は夜の9時ぐらいです。 さて、今日は早速本題に入っていきたいと思うんですけども、先日
あのサムスンの方でね、開催しているSATさんが、これはムーンデーの日に、 まあ簡単に言うとみんなで勉強会みたいな感じなんですけど、そこで
人間や生き物に手を差し伸べて与える行為、ダーナについて、 改めて深く考える時間があったので、それについてシェアしていきたいんですけど、
僕自身、これまで先生のメイドアンタの勉強会とか発信の中で出てきた言葉で、 与えることで与えられないことを超えなさいっていうのがあって、
ずっと大切に自分の中でしている教えなんですね。 ただ頭でわかっていても、日常生活の中では無意識に忘れてしまったり、
尊徳感情につい流されてしまう自分がいて、 今日のそのSATさんがを通じて、
改めて与える行為の尊さみたいなものを 再認識させてもらったというか、
自分自身の襟を閉ざすような時間にもなったので、 それをシェアしたいんですけども、
損得勘定と「テイカー」としての人間
スピーカー 2
僕たちはこの現代の資本主義社会で生きている限り、 どうしても尊徳感情というルールの中で生きてますよね。
お金を払うからそれに見合ったサービスをもらう。 仕事でこれだけの時間と労力を提供したんだから、
これだけの評価とか対価をもらう。 もちろん生きていく上でそれは必要なことだし、
ことなんですけど、それが当たり前になりすぎてしまうと、 僕たちの思考回路は常に、私は世界から何をゲットできるだろうかっていう、
受け取る側、いわゆる低下の姿勢になってしまうんですよね。 僕自身もすごく心当たりがあるんですけど、
人に何かを与えるとか、手を差し伸べるっていう行為に対して、 今はまだ自分に余裕がないかなとか、
もっと自分がお金や時間で満たされて成功したら、 その時はボランティアとか寄付をしようって思ってしまうことってありませんか?
でもその自分が完全に満たされる日って、 いつまで経っても永遠に来ないんですよね。
なぜならば、その低下として、 もっと欲しい、もっと欲しいって思っている限り、
その渇望感っていうバケツには、 その底に穴が開いてるんで、満たされることは決してないからです。
見返りを求める心と「ギバー」への道
スピーカー 2
さらに言えば、よしじゃあちょっと人に分け与えてみようと思って、 例えばどこかに寄付をしたりとか、
困っている人にちょっとした施しとか手助けをしたとしますよね。
でもその時の自分の心をよく観察してみると、 無意識のうちに、こんだけやってあげたんだから、
すごく感謝されるだろうなって見返りを求めてたりとか、 あるいはちょっと心の中で良いことをしている自分、どうよみたいな感じになってたりする。
だからこそ、せっかく助けてあげたのに相手の反応がイマイチだったりすると、 期待通りの感謝の言葉が返ってこなかったりすると、
え、何なの?ってがっかりして腹が立ってしまったりするんですよね。 これって結局自分の行いに対して相手の感謝というリターンを求めている。
つまり形を変えた取引になってしまっているんですよね。 純粋に見返りを求めずに与えるって言葉にするのは簡単ですけど、
僕たち現代人にとっては本当に本当に難しいことなんだなって改めて痛感します。 でもヨーガの哲学に立ち返るとすごく納得がいくんですよね。
そもそも人間って生きているだけで自然環境や他の生き物、 周りの人々から何かを奪って受け取って消費続ける。
つまり低下、奪う側なんですよね。 僕たちは息をするだけでも空気を消費しているし、食事をするにも当然命をいただいている。
放っておけば人間はどこまでも低下なんです。 じゃあどうすれば僕たちはそこから抜け出せるのか?
それは人間だけに与えられた特権である自由意志を意図的に使うしかないんです。 本能のままに受け取るんじゃなくて、自分の意志で今日はこれを手放そう、
誰かにこれを与えようって決断していく。 この意図的なダーナー、与える行為ですよね。
これを行って初めて人間は低下からギバー、与える側へ成長していくことができるんですよね。
心の成長と「引き算の生き方」へのシフト
スピーカー 2
そしてここからが僕が何度も学んできて本当に大切にしている革新的なところなんですけど、
さっきお話しした自分はまだ満たされていないから、もっと余裕ができたら人に与えようっていう渇望感、
これって実はお金や時間を得ることでは絶対に消えないんです。 じゃあどうすればその渇望感から卒業できるのかっていうと、これは逆接的なんですけど、
自分の懐とか心が痛むほど他者に与える経験をすることなんですよね。
不要になった余り物をポイッとあげるんじゃなくて、自分が本当に欲しかったもの、本当は手放したくない時間とか労力、それをあえて誰かに差し出す。
その痛みを伴うダーナーを通してしか人としての本当の成長っていうのは起きないんですね。 一番わかりやすいのがサットサンガでもマリコさんが話してくれたんですけど、
子育てだと思うんです。 赤ちゃんを育てるときって自分の睡眠時間も自由なお金も体力も全てを自己犠牲的に削って見返りなんて一切求めずにただひたすら与え続けますよね。
もう心が痛むどころか身を削るような毎日じゃないですか。 でもその強烈に与えるっていう経験を通して、
自分もかつて赤ちゃんだった頃に親とか周りの大人の人たちからこんなふうに見返りも求められず、ただただ無償で命を繋いでもらっていたんだって、
自分が身を削って他者に与える側に回った瞬間に初めて自分はすでに世界から十分に与えられていたんだ、満たされていたんだっていう、もうこれは圧倒的な真実に気がつくんですよね。
で、この真実に気がつくと生き方が少しずつ変わっていくんだと思います。
これもマリコさんが話してくれたことなんですけど、朝起きて今日は世界から何をゲットしてやろうかって血まなこになって探すような、いわゆる足し算の生き方から今日自分は世界に何を与えられるだろうか、
何を手放せるだろうかって探していく引き算の生き方にシフトしていくんですよね。
日常生活での実践と継続的な練習
スピーカー 2
もちろん僕たちは今もまさに資本主義のど真ん中で生きてますから、完全にその得感情を捨てるなんてそう簡単にはできることじゃないと思います。
今日学んだから明日からすぐできるみたいな魔法でもないんですよね。
だからこそ、ヨガのマットの上と同じで日常生活の中でも何度も何度も自分の中にあるドロドロとしたような見返りとか、そういったものには気づいて手放すっていう一生をかけた練習が必要なんだと思います。
スピーカー 2
はい、というわけで今日はサットサンガでの再確認から与える行為、ダーナと心の成長についてお話をさせていただきました。
皆さんはいかがでしょうか。日常の中でこれからちょっと人に与えられるかもと思える小さなダーナがあれば試してみてはいかがでしょうか。
スピーカー 1
今日はこんなところで終わりにしたいと思います。
番組からのお知らせとエンディング
スピーカー 1
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皆様からのお便りをお待ちしております。
今回も最後まで聞いていただきありがとうございます。
それでは今日も一日皆さんが心穏やかに過ごせますように、せーの、ナマステ。
09:51

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