クレクレちゃんの定義
人生ついでにゆるっと覚醒してみちゃう?
こんにちは、こんばんは。 霊性開花の専門家、リアルスピリチュアリスト橋本ゆみです。
この番組は、ビジネスや人生を変えていきたい方に向けて、エンタメでもファンタジーでもない リアルなスピリチュアルで人生を切り開いた
ゆるっと覚醒マインドをお届けします。
今回のテーマは、クレクレちゃんなる人。
聞いたことありますかね?
クレクレちゃん。
詳しくわかんないけど、いただき…いただき…なんとかちゃんって。
なんか、逮捕された女の子だっけ。
いただき女子、なんていう言葉もちょっと前、ちらちら見受けました。
クレクレちゃんっていうのは、
テイカーって言ったりしますよね。
テイカー…だね。
持ってく人。
持ってく人、エネルギーヴァンパイアも似てるかなと思います。
これ前回ちょっとね、後半、運命に出会いたい人っていうところでね、
前回の話が長くなったんですけど、
言いたいことは自分の人生を、
自分で監督なり、脚本家なり、
自分で作っていける資座を持って、
その意識で生きるといいよ、そんな話だったわけです。
これがね、人生の主役、役者っていう選択をしていくと、
ストーリーの中にやっぱり踊らされていく人になるので、
踊りながらもね、その踊りを作っていける人になるといいよね、みたいな。
そんな風に考えてんだよねっていうような話でした。
で、そこでちょこっと最後の方出てきたのが、
誰かに何かをすることは自分の幸せになる、こういう話をしました。
人生における幸せ
幸せって、ずいぶん昔にそのテーマで話した記憶はあるんですけど、
幸せって比較の上に成り立っている、という風に私は行き着いちゃったんですね。
行き着いちゃったっていうか、考えれば考えるほど、
幸せっていう概念がもうすでに二元性の世界、
いい、悪い、みたいな世界で、
幸せがあったら、幸せっていうものが浮かんだ瞬間、
不幸せ、幸せではないが同時に存在する、
ということは、比較をすることによって幸せっていうのは、
幸せ基準は比較によって成り立つ、こういう風に考えたわけです。
どう考えてもそうなっていくんです。
なので、もうそれで定義しちゃったんですね。
それで考えると、
幸福とか幸せっていう言葉にあえて当てはめることはできるが、
本当に無償のほにゃららじゃないけど、
見返りがなく、やってあげたいっていう言葉じゃないと、
多分伝わらないから言うんですけど、
そういう風にね、やってあげたいっていう気持ちが見返りを一切なく、
ただ自分がやりたい、むしろやる、
そのウィルレベルでやってあげたいってやつなんですね。
ちょっとこの言葉にとらわれてしまういがちな方は、
ちょっとハテナが浮かぶんだと思うんですけど、
わかりやすく言葉に置き換えたらやってあげたいなんだけど、
そこには裏も表もなく、
二元性ではなく、本質的な、
もうやるでしょみたいな、やるしかない、
やらない選択が浮かんでない状態の、
やってあげたいなっていう感覚があるんですね。
それでちっちゃい時の方が多かったなーってある時気づいたんです。
なんかね、お母さんが、
お母さん?
うん、お母さんが、
お母さんが、じゃないな、おばあちゃんなんだけど、
うちの場合は、おばあちゃんがね、
申し訳なさそうに言うわけですよ、
これやってくんない?とか、
みちゃんこれやって、みたいな、
まぁいいよ、みたいな感じなわけね。
で、そこには別に、
やらない選択がなくていいようなんですよ。
どうしようかな、みたいな時もあるよね。
なんかやりたくないなっていう時に、
やってって言われたらしょうがねえな、
とか、やってあげたんだから、
なんか返してちょうだい、みたいな気持ちになるよね。
だから二元性になった途端に見返りをみんな求めたがる。
私もありますよ。
だけど両方あるんですよ。
一元性の、やるしかないところから、
人に何かを渡す、やる。
自分がやりたいからやる。
それだけ、みたいな。
でも、なんだろう、
それで相手がうれしくて、
喜んでくれて、
それですごい私はうれしいんだけど、
でも相手の方が、
そのことによって何かお返しをしたいとか、
うれしかった表現をね、
してくれる時っていうのは、
それもまたうれしいから、
ありがとうって受け取ります。
やっぱり、ちっちゃい時に、
おばあちゃんとかその、
友達が譲り合う謎の、
謎の儀式をずっと見てきて、
ここは私が払う、
いやいや今日は私が、
いやいや今日は、みたいな。
謎の儀式を見てきてですね、
それが奥ゆかしさっていうのでもあって、
美徳だった時代があるわけだけど、
なんかね、なんだろうな、
純粋にそうしたいと思ってやってくれている行為に対しては、
人間関係の価値観のずれ
純粋に、
ありがとうで受け取るでいいんじゃないかなって思うわけです。
で、なんだろうな、
そうしていると、
ある日、
こんな、こんな人に出会うんです。
あの、
いつも、
なんだろう、いつも、
なんかそんな風に言ってたかな、
いつも君は、
うーん、
なんて言ってたんだっけな、
持っていくよねっていう話なんですよね。
ちょっと言葉忘れちゃったな。
その、自分自身がね、
やりたいなと思うから、
この人にこれやったらこの人喜ぶだろうなと思って、
やりたいなと思うから、
おせっかいにならない程度に、
いろいろやるわけですよ。
で、向こう、相手の人も、
なんかしてくれてるから、
普通にありがとうで受け取るわけですよ。
で、そうすると、
相手の方がね、
うーん、見返りを期待していたケースなんですよ。
に遭遇したんですね、昔。
なんか想像できますか?
要するに、私は特に見返りを求めてなくて、
自分でやりたいと思ったことはやって、
で、お礼言われたら、
お礼っていうかね、笑顔で言ってくれたら嬉しいし、
お礼言われても嬉しいし、
お礼言われたくてやってるわけじゃなくて、
本当にこれやったら喜ぶかなっていうことを、
本当に純粋にやるだけなんですね。
で、逆に相手からしてもらったことは、
同じように考えちゃったんだよわけなんでね。
仲良い人だったから。
同じように考えて、純粋に受け取っていったわけ。
で、そしたら、
なんかね、なんかのタイミングで、
なんだろう、
ありがとうって言ってるんだけど、
なんかね、もっと感謝しろみたいな感じに相手がなって、
なんかね、もっと感謝すべきだぐらいになって、
モラハラか?みたいな話なんだけど、
なんだか私の感謝じゃ物足りなかったらしく、
で、結構取っていくよねみたいなことを言われてですね、
どういうことか最初本当にわからなくて、
何を怒っているというか、
何を私は今言われてるんだろうと思って、
あれ、お礼も言ってるしなって、
感謝もしてるしな、
感謝が足りないみたいなことを言われたのかな、
ちょっと忘れちゃったな、もう昔で。
何が言いたかったかっていうと、
結局人間関係の中で価値観のずれっていうのが起きたわけですね。
そしたらね、私の表現だと期待に応えてなかったんだなと思って、
そしたらどうしたらいいのかなって考えるんだけど、
結局その人は常にずっと感謝をし続けてほしいみたいな感じだったんですよね。
あとはだんだんわかってきたのが。
なんかね、その相手の方は私をくれくれちゃんっていう風に思ってたみたい。
そうなのかもしれないなと思って、
そうか、くれくれちゃんかと思って。
私の想像してたくれくれちゃんは結構依存体質というか、
私の定義は、私のくれくれちゃん定義は依存からくるくれくれなんですね。
普通に欲しくてちょうだいっていう分には別に、
欲しくてちょうだいだからいいじゃんって思うんですね。
もちろん程度はあるよ。
その程度は人それぞれじゃないですか。
ご飯ちょっとちょうだいって言われたら、
ご飯ちょっとちょうだいっていう人はマジムカつくみたいな人に言ったら、
これはアウトじゃない?
一口ちょうだいっていうのがめちゃくちゃ嫌だっていう人も世の中にはいるわけで、
一口ぐらいならいいだろうっていう価値観でいくとズレるわけですよ。
これは正解ないね。
私のいうくれくれちゃんは依存からのくれくれちゃんが一番大きいんですけど、
ケチな行動の考察
依存からのくれくれちゃんを今まで見てきて、
あれなのはやっぱケチな人が多いなって思ったんですね。
お金だけじゃなくていろんなことにケチ。
どっかの放送でも言ったんですけど、
自分にケチつけることになるからケチな人生になるっていう話をした回があります。
お金とかも節約する。
これ高いな、割に合ってないなとか思うことはありますよ。
でも、そうは思っても別にそれ以上はないわけ。
でも、そういうところが細かい人と言えばいいのか。
そこまで気にする?みたいな。
わかんないな、うまく言えないね。
基準が難しいよね。
でも、人から見て関西の人だと安い方が価値があるみたいな。
安くいいものを買うことに価値があるっていう文化もあるから、
値段とかじゃなくて、
ただやっぱりケチくさいっていうのは、
何か自分が損しないように働きかけるっていう意味かなと私は考えています。
自分が損をしない。
割り勘とかなってきて、
1円とかの単位で割り切れないとか出た時に、
1円も割らなきゃくらいな勢いの人ってたまにいるじゃないですか。
学生の時は社会人で見た時はないけど、
学生の時は学生だからわからなくはない。
だがしかし、みたいな。
昔、経営者の人で、
4人でご飯食べて私ぴったり出した後に、
たぶん誰かが足りなかったんだろうね。
そしたら経営者の人が、
みんなで割ろうみたいな話をしだしたんだって。
いやそれ違くねって言うんで、
すごいぴったり私出したから、
会計のずれには私加担をしていないのが明白であるって主張したわけです。
でもその経営者の人がさ、
誰かわかんないからみんなで割ろうよみたいな。
いうわけですよ。
たぶんこのエピソードで、経営者の人から見たら、
私ちゃんと払えましたよっていう橋本は、
ケチなやつだと思ったと思う。
皆さんがどう感じるかわかんないよ。
そういうふうに考える人はいるっていう話なだけです。
その時に私が思ったのは、
その経営者でお金いっぱいある人なわけですよ。
他の人は別にそんなにお金いっぱいある感じじゃないわけよ。
そしたら、もし私が経営者だったら、
そんなん気にせず自分が払うなって思ったわけ。
経営者だったらっていうか、自分が主催の立場だったら。
私が主催ではなくて呼ばれていった場所なんですよね。
だから当時の私はその人ケチくさいなって思ったわけ。
ここは正解はないですよ。正解はない。
結論どうしたかっていうと、
みんなで誰かの分を補ったっていう。
私は追加で払うっていうことが起きたわけです。
結論はそれです。
でもそのプロセスの中で、
たぶんケチって話だと、
向こうからすれば私はケチに見えただろうし、
私からすればお金持ってる人が出せばいいんじゃないかなという
独自の価値観、物差しからお金を一番持ってて、
しかも主催者だったからその人が払えばいいのに、
お金持ってるくせにっていうケチだなっていうね。
当時はそのように考えたわけです。
周囲との関係への影響
ちょっと話を戻すと、
依存的な人がやっぱりクレクレちゃんと呼ばれてるような気はいたします。
周りを見ていても。
クレクレと奪っちゃう人っていうのはまた違くて、
よく男女関係で女性は略奪愛とかが多いなんて話を聞きますね。
女性の方がそういうのが多いらしいです。
人のものがよく見えるっていうのは、
これはクレクレとはちょっと違う感覚があるんですが、
それも一つのクレクレちゃんかもしれません。
とにかくね、
今日の話は何かっていうと、
やっぱり自分がクレクレちゃん、つまりケチん坊になってないか、
つまり損してやしないかって考えちゃう癖は、
見直すといいよっていう話です。
見直すといいよと。
もちろんね、損しないように働きかけるのは当たり前です。
当たり前ですよ。
それは当然、損したくないもん私も。
でもそれが過度になってしまうと、
1円誰が持つぐらいの話になっていくわけですね。
割り勘の時に、派数出た1円、誰が余分に払いますかみたいな。
なんかそういう、しょうもなくもないけど、しょうもないよね。
いい大人がやってたらちょっとしょうもないよねって思っちゃうよね。
そこをね、人がどうじゃなくて、やっぱり自分がある種、
自分にケチを出してると本当にケチな人生になってしまうのが、
それこそが損だから、気づいたほうがいいなと感じたわけです。
これは本当にね、催眠的な呪いがみんなかかってますよ。
私もかかってるなーっていう時いっぱいありましたね。
前ちょっと祖母の呪縛がみたいな話をした時があるんですけど、
まあ本当にね、両親、お金とかだったら、
その家の収入、お父さんの収入とか、すごい関係してきます。
すごい関係してくる。
うちはすごくスタートが、ネズミは出るわ、けいむしははうわ。
ネズミの糞の中で寝てるみたいな状態で、
まあ本当にね、ネズミやばいんでね。
あんまりネズミ出るところで暮らしてる人いないと思うんですけど。
本当にやばいんでね。
寝てると、ちょっと話したくないです。
寝てると天井でネズミの大運動会ですよ。
そんな中で寝てたわけですけど。
喘息になって。
話戻すと、ケチなことしない方がいいよというところでね。
そのケチな自分っていうのは意外と気づかない。
かなら育った環境でね、培われてきている。
特にお金なんかは顕著で、
家の収入とかお父さんの収入とか、
お金のやりくりどうしてたかっていうのは、
無意識的に刻まれてるので、
まあ特にね、40代後半ぐらいからかなっていうのは、
そこを越えていくフェーズに入ってきますね。
30代はちょっとね、模索しちゃう時だと思います。
結構受講生でも30代から40代、
ちょっと足かかるみたいな、前半だね。
の受講生さん達っていうのは、
いろんな社会っていうのと、
自分自身っていう間の狭間のね、
葛藤っていうのが結構あるんですけど、
そこもね、深いところから開放していくから、
それぞれのやり方がだんだん花開いていく。
40、真ん中ぐらいから50、真ん中ぐらいまでの方っていうのは、
本当にね、今までの人生でいろんなものを越えていく。
越えていくのは、
人生の変化と成長
自分の想像の延長にはないんです、絶対的に。
そこから飛び出したところが本丸なので、
その年代の受講生のご感想をいただくと、
こんな人生になると思わなかったとか、
予想外の自分になってますとか、
こんな風に成長できるなんて、
こんなステージに立てるなんて、
っていう感想をよくいただきます。
それぐらいね、変わっていくんだよね。
面白いことに。
60代以上の方も毎回いらっしゃって、
その方々っていうのは本当にね、
なんていうのかな、今までのものを統合して、
さらに新たな人生へっていう。
なんかね、柔らかくなるんですよね。
まださ、40,50代って、
何か稼ぐことじゃないけど、
自分の志のことで仕事っていうのをやっていくわけなんですが、
だんだんやっぱり、
他者に向けてが60代越えてくると、
多くなっていくなという。
簡単に仕分けしただけで、
それがもっと早い人ももちろんいる。
いろいろです。
というわけで、また、
最近はね、
結構ふわっと話を広げてはいますが、
要点は途中途中で、
ここですよーって話してるんで、
軸ここねっていうのを話して、
その周りにエピソードを話してるっていう、
そういう構成になってますので、
一見ふわっと聞こえるかもしれませんが、
自分がね、聞いてて、
なんかここ、このフレーズみたいなのがあったら、
そこだけね、心に止めといていただければなーなんて思います。
というわけでね、
今日こそカードを引くよ。
今日こそ引くよ。
夜聞いてくれてる人は明日のメッセージ。
朝聞いてくれてる人は、
今日のメッセージで引いていきましょう。
ちょうどあれじゃない?
東北にいる頃じゃない?
ちょっと楽しみだなー。
制限解放のワークショップ。
これは本当にね、
メンターから、
それやりたいですって昔言った時に、
橋本さん、15年かかりますよって言われた。
自己成長と価値観の変化
カウンセラーになりたいですって言った時も、
橋本さん、1人前になるのに10年かかりますって言われた。
でね、18年やってるんですよね。
だからね、やっとできるフェーズに入り、
その先生が言った10年、15年っていうのは、
長いように感じたけど、
本当にあっという間でね、
着実に歩んできたものを、
また他の方にお渡ししていけるっていうのは、
すごくありがたいことだなーなんて思っています。
本当ね。
さてさて、
なんかね、
自分の中で、
気持ちが物理的にか、
終わるものがあると思います。
価値観が変わる、
ガラッと変わる体験をする人もいれば、
何か、
もう終わりだ、
終わりだって言って、
今まで培ってきた何か考えとか、
技術とか、
よしこれからも、
一からやり直すぜ、ベイベー、
みたいな感じですね。
それをね、
人に伝えたり、
何かね、
自分ができることを教えていったりするのも、
すごくいいし、
その姿勢が、
教えなくても、
誰かには伝わっていて、
例えばね、
上司が、
こいつ失敗したけど、
自分で何とかしてやろうとしてるな、
みたいなのを、
ちゃんと見てくれてるとか、
あるいは、
自分が上司であれば、
そういう部下に対して、
何か働きかけるとか、
とにかくね、
価値観の切り替わりっていうのが、
すごく大きいんですね。
これは、
精神的な部分が、
大きいなというふうに読んでますが、
物理的にパソコン壊れるから買い直す、
こういうのも含まれます。
ちなみに、
この収録をしている私はですね、
本日パソコンを、
ちょうど買い替えに行きます。
ちょっとね、
だいぶ重たくなって、
なんかね、処理速度というか、
変な不具合も起き始めてるので、
このタイミングでちょっとね、
買い替えようと思って。
パソコンをね、
だいぶ使って、
まあだいぶというか、
それ以上に使っているものもあるんだけど、
まあちょっとね、
変えようかなと。
なので、
そういうデバイス関係が、
壊れるということも、
ちょっと暗示にありますね。
暗示、示唆されています。
もう強制終了みたいな感じがね、
強いんです。
でもそこで嘆くことなかれ、
今までの何か生かされてきますのでね、
逆にね、
この強制終了がないと、
ちゃんと自分の内側にあるエッセンス、
リソース、
それをね、
使えないのかもしれない。
なので、
特にそういうのないなって人は、
断捨離おすすめです。
身の回りの整理。
まあ捨てるが一番かな。
捨てていきましょう。
どんどん。
どんどん捨てていきましょう。
まあそうすると、
おのずと見えてくるものがありますし、
あとね、
今ビジョンで見えているのが、
捨てるとやっぱりそこに、
運気、空気、
御縁、流れてくるようになりますので、
ぜひぜひ、
特に何もないわっていう人は、
物理的に、
能動的に、
自分から運命、
動かしちゃってください。
動かせる日ですよ。
そしてね、
それをやっている人には本当にね、
天からサポートが得られやすくなります。
まあその天からのサポートは、
実際の人物の可能性もあります。
いやあ、楽しみですね。
まあ毎日楽しいよね。
来年に向けてというか、
2030年に向かって、
自己成長っていうのが、
すごく大きな、
すごく大きな、
まあ深いか、
とても深いところで、
人類、
集合、
無意識的に、
それはずっとそうでしょって言ったら、
そうなんだけど、
運気を高める断捨離
今回、
このね、
あと4年か、
この流れはね、
結構、
結構大きなうねりなんですよ。
だから皆さん、
体はね、
意識されるといいと思います。
というわけで、
今日のお話が、
あなたの人生の扉を開くヒントになりましたら、
嬉しいです。
また、ポッドキャストのラジオ番組、
魂に目覚める魔法の知恵袋も、
あわせて聞いてください。
来年以降、
いろんなお知らせ届くと思います。
そうだ、
12月21日は、
オンジーパー瞑想会で、
当時のね、
瞑想会になりますのでね、
ぜひぜひ、
ぜひぜひ、
こちら、ほんと年1回の、
スペシャル開催です。
来年のメッセージなんかもね、
おみくじ的にお渡ししたりしてますので、
ぜひご参加ください。
その情報は、
メールまわ、
とっておいてくださいね、
ということで、
またお会いいたしましょう。
ではまた。