はい、アートテラー・とにのそろそろ美術の話を。この番組は、私アートテラー・とにがアートに関わる方をゲストにお迎えして、トークを繰り広げるポッドキャスト番組です。
本日は、写真家の青山裕企さんをゲストにトークをしていきたいと思います。
ということで、青山さん、よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
がっつり会うのは久々に。
そうですね。
そうですよね。
もう、本当にお世話になりまして。
その説は。
なんか、なんで私がいるかってね。
あの、とにさんのファンの方は知ってる人だね。
そうですよね。
知ってくださってると思うんですけどね。
これがですね、2020年に発売された東京のレトロ美術館という本でご一緒させていただいた中ということでございまして。
そうですね。
私がそのソラリーマンという、サラリーマンがジャンプしてる作品を撮っていることがおそらくきっかけというか。
で、美術家の紹介版なんですけど、前編とにさんが飛んでるっていう。
そうなんですよ。
これでも本当に青山さんとあれ3ヶ月ぐらい、結局全部33巻巡んなきゃいけなかったので。
結構3ヶ月ぐらい、1週間に2回ぐらいあったりとかは。
結構密なあれだったんですけど、なかなか雑談する機会はなくて。
確かにね、結構忙しかった記憶が。
もうだって開館前に撮んなきゃいけないみたいな感じだから、もう撮ってはい終わりみたいな感じで。
だから、なんか1回打ち上げ的なのあったじゃないですか。
エビスかどっかで。
あそこで喋ったぐらいしかなくて。
今日ゆっくり色々と喋りたいなと思ってたんですけど。
まずなんですけど、この東京ヘトロ美術館の話なんですけど、僕正直最初、十分出るの嫌だったんですよ。
そうなんですか。
もともと1冊目の本が西洋美術史を紹介する本で、僕は白いタキシードでめちゃくちゃ出てくるんですよ、本の中で。
それが叩かれてたんです、ネットで。
で、こいつ出過ぎだった。西洋美術史の本なのにみたいな。
で、別に僕が出たいって言ったわけじゃないのに、なんか多分編集部が勝手にやったんです。
で、なんかもうそれで結構トラウマになって、次が東京のレトロ美術館っていう、なんかざっくりオファーが来て、東京のレトロな美術館紹介しますって言ったの。
あ、これ俺出なくて済むなと思って引き受けたんですよ。
で、最初にちゃんと編集部に、僕出ないですよ、文章書くだけですよって言って、わかりましたって言って。
で、あそこ建築に強い出版社じゃないですか。建築写真家さんもいっぱい知ってるから、安心しきってたら、なんかすごい嬉しそうにその編集者さんが、青山さんが引き受けてくれることになりました。
いや、めっちゃ人物写真家だけど、みたいな。で、これもうすごい警戒して、出ないですよねって結構ねえ押ししたら、大丈夫です。
ただ、最初が東京都庭園美術館なんですよ。その第1回が。
なんか、初映撮るかもしんないから、衣装で来てくださいって言われたんですよ。僕騙し撃ち。
騙し撃ちなんだ。
だから、映んないっていうので行ったら、めっちゃ飛ばされて。
そうだったんですね。それ今知りました。
だから、なかなか言うタイミングなくて。
初回から、初回っていうか、最初にお話をいただいた時から、飛ばせるっていうタイミング。
知らない知らない。
ありっきでしたよ。
だから、俺ほんとそれ知らなくて。
で、なんで僕出たくないかっていうと、なんか自分でもなんですけど、僕本当写真撮りよくないんですよ。
でもおっしゃってた記憶がある。
すごい嫌で。で、あとなんか仕事柄、写真撮ってもらう機会ってあるんですけど。
例えば雑誌とかで、なんか切り抜きで撮りますみたいなので、考えてる方を撮ってくださいとか。
ありますよね。
あとなんか、ここがポイントみたいな感じで、人差し指上げてくださいとか。
あと出発進行みたいな感じで、ちょっと歩いてる感じで。
あります。
あれ言われる度に何枚も撮って、なんかあれあれなのかしないですけど、はいいいですねって何枚も撮った後に言われた後に、じゃあ左右逆でやってみましょうって。
なんで左右逆でやるの同じこと。
まあね。
で、また同じことやるんですよ。で、そんだけ散々すっごい撮って、たぶん300枚ぐらいとか撮って、使われるのが数枚だけど、その数枚の写りがもう良くないんですよ。
もうそれが嫌で。
でも確かにね、そんな機械的な撮影って表情死ぬ感じがしますよね。
そう、なんか笑ってって言われてもなんかみたいな。で、そういうのがあって苦手意識があった中で、いざ始まって、そしたらやっぱアホ山さんがすごいなと思ったのは、じゃあ撮りに行きますってもう決まってないですよね、当日までどういう風に撮るか。
そうですね。
で、まあ僕が岳原さんと喋りながら、僕はこの美術館のこういうところが好きなんですよね。
だから庭園美術館だったらラジエーターの魚がすごい良いんですよね、この魚の表情が。だからアホ山さんが、たぶんそれ一発目なんですよ、撮ったやつ。
とにかくそこにしゃがんで魚を見てる感じのポーズ撮れる、あっますか、ああわかりましたって言ってやって、パシッと撮って、じゃあ次行きましょうなんですか。
今まで本当に写真家さんに撮られるって、もともと一ヶ所につき何百万を撮られるっていうトラウマがあったのが、アホ山さん本当に一発撮りなんですよ、毎回。ジャンプも一発なんです。
そうですね。もちろんトニーさんのジャンプが良かったという前提が本当にあるんですけど、さすがに一発ではなかなか決まんないんですけど。
ただ、もともと撮影はすごい早いっていうか、そのまさにその素材として撮るって、その人間を殺してると思ってるんで、もちろんお仕事でやるって言われればやりますけど、極力減らしたいから。
で、撮れてればオッケーって言ってるんですよ。 しかも、大体の写真家さん一般的なのだと、いっぱい撮った後に見させられるんですよ。パソコンになんかちっちゃいのがピリピリ出てきて、どれがいいですかって言われて、どれかわからんよみたいな、こっちはみたいな。
わかんないですよね。 わかんないです。だけどアホ山さんは、別にいい意味でですけど、見せてもくれないんですよね。僕が本になって初めて見てるんですよ。自分がどんな風に撮られたかっていう。
確かに。見せないですよね。 そうですよね。 見せてって言われたら見せますけど、言われなければ、普段もう全然見せないです。
でもそれがすごい楽しくて。 本当ですか、よかった。 だからもう、最初の1回目はちょっとこう、結構気が重くて言ったんですけど、そっからはすごい楽しかった。
よかったです。僕は逆に建築とかを撮ることがないんですよ。現状その頃も含めて、もう仕事も作品も100%人物なので、逆に言うとトニーさんがもし現場で飛ばないよとか撮らないよって言ったら終わりなんですよ。
そんなにややこしいやつじゃないですか。 で、建築だけを撮るようになったら多分ね、枚数増えてた可能性があります。要するに正解がやっぱり見えないので。人物だったら見えてるから。
で、そうそう。ぶっちゃけどっちかっていうとノリノリだと思ってたんですよね、トニーさんが。
1回目は、でも出さないですよ、大人として。でももう編集者にはちょっとブチギレてる感じ。意味わかんないよみたいな。 そうだったな。でもそうじゃないと、やっぱ来てくれる。だから作戦勝ちでしょうね。
だと思いますよね。 編集の方がね、柔らかい優しそうな女性の方でね、だからなんかそのキャラクターもうまくいってたかもしれないですよね。
だからなんか3人デコボコというかわかんないですけど、なんとなく3人、またアシスタントさんもいらっしゃるけど。でも本当大変な撮影ではありましたよね。
これはカットしてもいいんですけど、低美術館一発目よく覚えてて、美術館は行くんですよ、行くんだけど、なんかやっぱり普段そういう場で撮影とかしないんで、
低美術館って、なんか調度品とかもすごいこう、すごい昔の柄の椅子とかも置いてあって、座っちゃいけない椅子にまず座っちゃったんですよね、俺。
そうなった、そうなった。 1回目、1枚目って1個目で。緊張してたのかもしれないです。
そこに座らないでくださいってめっちゃ怒られるし。 ありました、ありました。でも僕はそこにも回ってないぐらい、HBO写真撮らせていただきました。
お互いちょっと謎の緊張感はあったかもしれないですね。 あったけど、なんか本当に3ヶ月の部活のようにというか、毎週楽しくやってた。
行っては飛び、行っては飛び。 行ってはそう。 暑い季節もあった記憶があります。寒い季節もあった記憶が。だから飛び飛びでやってたから。
一番記憶残ってる会というか、美術館とかありますか。 でもやっぱりその最初の庭園美術館と、でもね結構いろいろ覚えてるんですけど、
でも楽し、やっぱちょっと遠方に行く撮影は楽しかった記憶が結構ありますね。その青梅の方に行って。 青梅の、極童美術館とか。
とかもそうだし、あと、あそこなんだっけな。遠くはないですけど、あれ岩崎千尋さんの美術館とか。
シンプルに美術館自体は好きで、写真をやってるもんですから、写真の美術系のギャラリーとか美術館行きますけど、
やっぱ食用部的にちゃんと、心のそこが楽しみづらいので、シンプルに楽しかったです。見て。
なんか俺一番印象残ってるのは原美術館なんですよ。多分表紙も原美術館じゃないですか。原美術館で、すごい原美術館の学芸候補さんもついてくれて、
すごい楽しい収録だったじゃないですか。 この建物のこういうとこいいんですよねって言って、翌日に原美術館が閉館っていうニュースになって。
あの時どんな気持ちでこの人は。もうこの建物が壊されるの知ってながら。 そうですね。撮ってる時は聞いてなかったですよね。
聞いてなかったです。翌日言われて、どういうつもりだったみたいな。昨日なんかキャッキャッキャッキャ俺ら撮ってたけどみたいな。
で、それが表紙に使われてるから。今はなき原美術館だし、多分東京の美術館で紹介した美術館、多分3館くらいもないですもんね。
秀光美術館さんも建て替わったりとか。だからあれ結構歴史遺産になりそうな気がする。
そうですよね。確かに原美術館ね。僕が一番好きな写真家のぐちりかさん。原美でやってたんですよね。それも見に行ってたから。
確かにね、純粋に楽しく見てたので、確かにびっくりしましたよね。本に出るんですけどみたいなね。
そうそうそう。いいんですか?みたいな話になりましたよね。
でもね、確かに記録として非常に価値もあるかなと思うし。
あとだから、あの時は僕はスーツで全部衣装のだったんですよ。最終日が青梅なんですよ。
で、青梅で撮影したら、もうだからそれまで本当にいろんなとこ移動したからか知んないですけど。で、青梅も結構山のところというか斜面のあるようなところの美術館なので。
全部撮影終わった瞬間に、あれ特注で作ったスーツだったんですけど、お尻が破れて。
あれで、あれを機にあのスーツ使えなくなった。なんか最後の最後でみたいな。
あれは私物ですね。
私物でした。だからなんか本当に終わったんだな。なんか全部ちゃんと終わったなっていう感じ。
途中じゃなくてね。
そう、なんかそれがすごい印象的だった。
スーツもちゃんと分かってたのかもしれないですね。
ここで終わり一体。あれでもすごい面白かったのが、個人的になんですけど、なんか青梅に行くじゃないですか。青梅の玉戸美術館に行くために。
中央線に乗ってくるわけですよ。朝早いんですよね、あの日も。会館前に来てほしいだから。
で、朝とかって新宿から出るときは、すごいサラリーマンもたくさんいて満員電車みたいな感じなんですけど、多分あるところからもう通勤客がいなくなるんですよ。
多分登山客しかいなくなって、で、僕は朝早かったからちょっとうつらうつらしながら向かってたんですよ。で、パッと起きたら結構周りの人が僕を見てたんですね。
もう青梅多分近いんですよ。みんな登山客なのに、なんか俺だけそのスーツ姿でいるから、あいつ新宿でも、なんかそれ新院行くのかなみたいな感じが見るようになるんですって。
確かにね。そうですよね、確かに。
こんなところにスーツ行くやついないから。
これは当たり前になってたけど、結構自然あふれるところにも行ってるから、違和感がすごいっていうか、基本違和感ですよね。
いや、それで思ってたんですけど、青山さんって撮ってるときって、僕はどういうふうに、キャラクターとしての、あれはどういうイメージだったんですか。
でもやっぱり、ソラリーマンとして見てましたよね。
ソラリーマンじゃない。
そうですね。だから作品なんですかね、ソラリーマンとして見てましたね。トニーさんでありソラリーマンでありっていうか。
ソラリーマンではないですけど、被写体として、被写体として見てましたよね。
被写体としては合格だ。
合格ですね。
本当ですか、ありがとうございます。
たぶん現場でもこう話してたんですけど、結構淡々と飛ぶ感じでやってたんですよね。
例えばこういうのって、さっきの指差したりとか、結構明るい顔したりとか、バリエーションに飛んだり、いろんな飛び方を見せるっていうよりは、結構浮いてください系が多めで、
シュール系というか、ただ浮いてるのが面白いみたいなのもあって。
基本僕からは言ってないんですよね。アイディア出して、こんな感じでどうですかとは言わなくて、全部青山さんに従うっていう。
そんなに毎回飛び方を変えようとか、表情を色とりどりにしようってことじゃなくて、やっぱりトニーさんってやっぱり、もともとはやっぱりお笑いというか、
やっぱりその、佇まいは、真面目にしてればしてるほど、やっぱクスッと笑える部分っていうのがやっぱりあって。
あんまり言われたことないですね。
もちろんトークとか、実際会っているとすごく優しい方だし、柔らかい感じなんですけど、
やっぱ本で出会うってことも想定したときに、この人は何者なんだろうっていうふうに、ちょっと謎めいてる感じっていうのを出した方が、
先ほどね、あんまり出すぎると叩かれるじゃないけど、なんかこの人なんだろうっていうふうに、やっぱり興味を持ってもらいたいっていうのもあるんですよね。
それはでもありがたい。結果、でも叩かれはしたんですよ、やっぱり。
アマゾンデビューで書いてあったのは、なんか図書館で借りたわい、本屋で手に取ったんだけど、なんか著者がやたらと出てくるので、買うのをやめました。
買うのをやめたことはアマゾンに書くなよ、みたいな。買ってもないのに。
でも図書館で読んでるわけだからね、買う気ないと思うんですよね。
あと一個意味不明だったので、いまだに覚えてるのは、なんかこの男は美術館を紹介すると言いながら、美術館を背景に写真を撮ってるって言われたんですよ。
だから自分が目立とうとしてる。美術館を背景に行って、だってそれしか無理じゃないですか。俺が背景になることできないじゃないですか。
美術館が前に行って俺が背景になるわけないから、どう撮ったら正解なのみたいな。無理なんだよみたいなことを言われて。
だから本当はね、パターンとして結構引きで撮ったりもしてますよね。
引き寄りはあったりとか、そういうバリエーションは入れてるんですけど、やっぱり建築物、美術館なり建物とか内観を綺麗に見せるということは、それなりにやっぱり寄ったものも必要となるので。
ちゃんと建物、建築を見せようとすればするほどトニーさんもちゃんと見えてくるんですよね。
だから結果たぶん一つの美術館に対してカットはたぶん3カットまでなんですよね、僕は。あとはもう全部建築の寄りだったじゃないですか。
あの時のでも建築、それこそ青山さんそんな建築撮ったことなかったって話ですけど、建築を撮る時のなんかこだわり、なんかポイントあったんですか、あの時。
これはね、でも本当にありがたいことで、おそらくなんで、もっとね、普通そういう専門じゃないので、ここを撮ってくださいとか、ちゃんとリストアップされてたりとか、
ラフとかが書いてあったり、現場でも結構細かく言われるかなと思ったけど、そんなに言われなくて、もちろんここ撮ってくださいって言われることはあったけど、
それはまあありがたいんで、僕は結構自由にものを撮ってました。もう見ていいんですよね。たぶんありとあらゆるものを撮ってもしょうがないですし、
もしおきおきさんのお話の中で出て、ここ説明されてたとことかは抑えましたけど、もうそんなにたぶん、なんだろう、さっきのね、300種類表情とかポーズを撮るじゃなくて、まあ要所要所でちゃんと撮ればいいのではないかというつもりでいましたね。
いやでも本当そうっすよね。だから、あの時って結局何枚か全部撮ったうちの何パーセントが使われるか。
とみたけ そうでしょうね。でもね、さっきもその低美術感の話でも出ましたけど、そんなに大量にカット撮ってないんですよね。だからおそらく一つの美術館でジャンプも入れても、撮っても150か200ぐらいでもあっても多いと思いますけどね。
僕のシーンはだいたい少ないですもんね。5カット6カット撮ればいい方ぐらいの。
とみたけ だから、でも110、200でも多い印象ですよね。もっと少なくても、でも100きってはさえないと思うけど。
あと俺、アヤムさんがすごいなと思ったのが、どの仕事の時も撮影の時も朝が早いのに、さらに早く来てモーニングしてる。
とみたけ あ、そうそうそうそう。もう絶対それが。
あれ、あれなんすか。
とみたけ それは全然美術の話とは関係ないですけど、ただ関係、無理矢理関係していくと。まず関係の話としては、朝が好きっていうことと、あとまあ、ラッシュに巻き込まれたくないっていう。
そっか。
とみたけ その一点。人生で一番嫌いなのがラッシュ。まあインデーション。なのでそれを避けるために生活してるみたいなところがあるので早く行くんですけど。
とみたけ そう。で朝が好きっていうのは、朝の世界が全て好きなんですよ。光も好きで、だから美術の話と繋がって、やっぱ朝日も好きだし、だから朝日に照らされる人間も好きだし、自然も好きだし、建築物も好きだし。
じゃああの撮影がなんか、まあ結果としてほぼ朝だったじゃないですか。閉館後ってことがほぼなかったじゃないですか。
とみたけ はい。
でも多分こういう仕事僕やってるからだけど、閉館後撮影が多いんですよ。
とみたけ ああ、そうですね。
あれだから閉館後だったらちょっとテンション下がってたんですね。
とみたけ ね、多分自然光で撮りたいってところで多分朝を多くにしてもらってたのもあると思うんですけど、絶対それがもうテンション全然下がってますね。
夜の撮影って今ないですもん、ほぼ。
ああそうなんですか。
とみたけ 仕事も作品ももうほぼゼロです。
ああ。
とみたけ はい。
やっぱ嫌なんです、それ。嫌っていうかテンションが下がる。
とみたけ どうなんでしょうね。まあ全然、まあでも、今ねちょっと夜目の時間帯ではありますけど、朝の方が元気ではありますね。
これなんか今それでふと思ったんですけど、やっぱり写真、まあこれちょっと別にバカにしてるわけではなくてということですね。
とみたけ 全然、はい。
でってやっぱり描ける人と描けない人の差があるじゃないですか。でも写真って言ったら誰もが一応撮れるっちゃ撮れるわけ。
とみたけ 撮れます、撮れます。
だからやっぱ写真をシェアしてやっぱ難しいと思うんですよ。絵画とか彫刻とかに比べて。
でもやっぱいい写真って、やっぱ見てて楽しいなとかなんか伝わって、あれってやっぱりテンションが上がってないと写真家自体の。
上がらないとやっぱいい写真ってならないもんですか。
とみたけ もう絶対的にこれ、超確信を言っちゃうんですけど、本当写真屋っていう人に絶対言いたくない話をこういう場だからしたくて。
誰でも撮れるってめっちゃ言ってるんですよ。こんなの商売上がったりだとも言ってるんですよ、日々。
もう全然簡単ですよみたいな。もういいカメラ買えばなんだけど、全然違って、いい写真を撮れる人ってコツが2つあるんですけど。
そのうちの1個はまず前提として、いい時間、いい場所にその場にいることなんです。
でもこれはちょっとね、他の巨匠の写真家も言ってることで、その場所にいれるかどうかなんですね。
それはもうあれですか、運なのか、それともやっぱりリサーチも含めて。
どれも全部なんですけど、でも身も蓋もない話を言うと、例えばすごい著名な芸能人撮ってて、すごい写真家って、その場にいれるからすごいわけですよね。
別にその技術が優れてるわけじゃなくて。
その機会を得られてるという。
その超有名人の前にいれるからすごいわけです。そこに至るまでのプロセスはあるんですよ。
ただそれだけじゃなくて、雑作の朝もいい光の場所にいる。その場所にいるっていうことなんですよね。
だから夜もいい光とか場所ありますけど、私は結構朝が好きすぎるんで、朝相当光を見てきてるから、作品とか撮るときも朝結構多い。
それはもう分かってくるもの、出現率というか。もうこの時間にここに行けばいいものが。
全然分かります。だからそういうのはリサーチなんですよね。
なるほど。
だからたまたま見つけた点にしますけど、もう例えば冬の冬場の朝7時台のこういう場所の光はどうかとかは全部分かるんで。
でもそこは教えないって感じ。
十分。
教えたところで一個の部分的なことを教えることは全然いいんですけど、地の共有というか。
で、二つ目がさっき言ったテンションなんですよね。
テンション。
やっぱり撮るとき、これでもやっぱり対人であることが多いですけど、もちろん対自然でもテンションは関係ある。動物でもとかありますけど、やっぱり撮ってる人が楽しんで、高まって撮ってないと、やっぱりいい写真にはならないと思っていますし、これは結構分かります。写真見てても。
この人、要するに仕事でやってるなんじゃないか。
思い込みなので答えさえできないですけど、どんなに、ここで有名無名とか受けてるバズってるとか関係なくて、見たときにこいつつまんなそうに撮ってんなってすぐ分かる。
それは雰囲気なんですか。
やっぱり、でももちろん風景を垂直並行、建築物とかを垂直並行バスト撮ったようなお仕事の写真で見て、テンション上がってないなとは思わないです。逆に鋭すぎてすごい集中の元にあってなっていうことで高まってるっていうのはあるんですよ。
大体元気とはそういうことでもないんですけど、特に人を撮ってるときは、やっぱりこれって、人を撮ってるってことは絶対カメラマンが写ってて、目に絶対写ってるんですよね。
まず。 見てる意味?
で、これ酔ってたらもう本当に写ってるし、聞いてても拡大しなくてもいいんですけど、写ってるということがちゃんと分かってるかどうかなんですよね。カメラマンとして。
なるほど。
だから往々にして、僕もコロナ前ぐらいまでは、なるべくグレーとか地味な服を着てたんですよ。カメラマンってそれがデフォルトなんですよ。
映り込まない、なるべく映り込まない。
黒子になる。それでも裏返すと、人目に映っちゃうと、例えば赤とか着てると目が赤くなっちゃうし、あとはやっぱり色も被るし、白着て逆にレフ版効果って感じで、あえて白衣を羽織る人もいるんですけど。
僕はもうやめてます。黒、そういうの着るの。もう今日もガラのシャツです。もう何でもいいやって感じで。
これは、なんかオシャレ、これオシャレというか分かんないけど、いいシャツを着てる方が自分のテンションも上がるし、見てる人も黒積んでる服より、なんかオシャレ服の方が楽しいじゃないですか。
取られる側の方が、モデルさんが。
そう、そこに尽きるから。まあでも僕はみんなには黒がいいですよって言ってます。
なるほど。
で、ぶっちゃけ映っていいですよ。もう映っていいじゃないですか。で、って感じじゃないですか。
まあまあ確かに。
で、黒目がちょっとカラフルになっていいじゃないですか。
まあまあカラコンしてるかもしんないしね。
で、嫌だったら消せばいいっす。
はいはいはい。やっぱりその方が出来上がりも全然変わってくる。
だからそんなにね、撮って、人の写真なんだけど、俺がそんな写りたいってわけじゃないんですけど、
そういうのトニーさんの本の中で、美術学紹介のようにトニーさん出てくるって、
でも僕全部あり方としてトニーさんの本だし、トニーさんが紹介してるんだから、それぐらい出ていいと思うんですよ。
だからポートレートとか写真も、やっぱ撮ってる人はどんだけ染み込んでいるか、写り込んでいるかっていうのが、
まあ本質だと思ってます。
なるほど。
自然と物理的に写り込んでるし、やっぱ撮ってる人が笑ってれば吊られた笑顔も出るだろうし、
この現場楽しそうっていう写真。
それはやっぱ、だから他の人の写真も見てても、あ、この現場楽しそうだなってのもわかるし、
わかります。
これ、そんな現場盛り上がってないなってのもわかる。
で、繰り返しますけど、やっぱ写ってる人がめっちゃ楽しそうって限らないです。
なるほどね。
だからさっきの、めっちゃ真顔なんだけど、集中してるなとか、そういう生徒とはあるから、
どっちも、やっぱ高まるっていうのは、動的な高まりと静的な静かな高まりがあるので、
だから杉本博さんとかめっちゃ高まってる写真だと思うんですよね。
あーなるほど。
あれもヤバいですよね。
なるほどなるほど。
そう。
写ってるものは別に性だけど、もうこっちは高まってる。
そうなんです。
あーでもそうかもしれないです。
ちょうど、夏やってる美術館の。
今、絶滅写真かな。
あれって、聖の高まりの極地みたいな写真の隣に歌を読んでるんですよね。
杉本さん自身が。
もうあれは狂っちゃってる。あの歌が動く。あれ写真じゃないんで、あれなんですけど。
もう滲み出ちゃってますよ。
でも確かにそうかもしれないですね。
やっぱね、掃除で狂ってるんですよ。
そこがやっぱ大事になる。
だからあのレトロ美術館の本ってすごく狂ってていいですよね。
レトロにしても笑いもせずに淡々と浮いてるっていう。
だから撮っててもやっぱあれはたまらない本だと。
でも多分僕もだから淡々と撮ってるけど楽しんでたわけですから、やっぱそれは高まってるんですよ、お互いにっていう。
そういう意味では良い本ができたわけですね。
そうなんですね。
良い本ができたのになんか続編の話が来ないですもんね。なんか打ち上げで、そういう話ちょっとなったじゃないですか。
これ全国行けますよねとかなんか言ったのに。
だからこれが収録、公開になった時にちょっと連絡しました。
そうしました。その話聞きましたもんね。
さあ、ということでですね、ここからもう一つちょっと話を聞いて。
実はですね、淡々さんの拠点であるゆかいハンズギャラリーというところで、今更ですけどもお邪魔してますけども、そのギャラリーについてもぜひ教えてもらっていいでしょうか。
はい。そうですね。2015年からオープンしているので、11年になるんですけど、
元々の写真家が2005年から一応名乗ってやっていて、
ずっと写真展を、今商業とかやってるんであんまりイメージないかもしれないけど、最初からずっと一貫して写真展をやってきてるので、
シンプルに写真を見せるのは、当時もSNSもなかったですし、展示なんですよね。プリントなんですよね。
なので、自分でギャラリーを持つというのが最初から夢で。
なので、今もずっとなんですけども、毎日物件を見てるんですよ、毎朝。
それはギャラリーを作り、もう一つ作り。
はい。だからもう多分ね、2005年からじゃないけど、でもね、多分もう78年くらいから、毎日物件見てたんですよ。
へえ。
あれとか、あといくつかあって、ギャラリーの居抜き物件がないかを毎日見てたんですよ。
見つけたらもう借りる。金とかじゃなくて、見つけたら借りるって決めてたんですよ。
で、出会ったのが2015年だったんですよ。
じゃあもうだいぶかかったんですか。
そう、ずっと見てたんですよ。
最終的にここ決めた時の、決め手ってあるんですか。
決め手は出てきたからですね。
ああ、なるほど、この居抜きで。
でもそのギャラリーは、やっぱ写真専門のギャラリーを作りたいってことですか。
一応ですね、このゆかいハンズギャラリーは事務職を兼ねてたりとか、
自分の写真展もやりたい。で、他の写真家も紹介したい。
ただ写真だけっていうふうに決めてはいないんですけど、
そこまで私の青山のとか言っちゃうと寄ってこないと思うんで、
おのずと写真にはなっちゃうなって感じで始めて、実際写真展ばっかりにはなっちゃいましたね。
最初から名前はゆかいハンズ。
そうですね。
青山ギャラリーとかにはしなかった。
ゆかいハンズっていうのは、僕は写真を大学時代に始めたんですけど、
そこでゆかいハンズっていう、当時今はカタカナゆかいハンズなんですけど、
漢字ゆかいカタカナハンズで東急ハンズに名ぞらえた名前でユニット組んで、
そこからなんですね。
学祭に写真撃ったり、お店出して写真撃ったり、路上で写真撃ったりしてたんですよ。
それは本当に同級生の青山勇気の勇と、かすみちゃんと女の子と2人やってたんですよ、最初。
それは勇。
付き合ってないですけどね。勇とかで、勇かで、勇で、ゆかいハンズ。
ああ、そうだったんですね。
そうそうそう。それが最初なんです。
それがじゃあずっと今、野望のように。
そのままの野望です。
っていうことなんですね。
うん。
ここで、例えば写真専門のギャラリー、写真専門じゃないとあれですけど、
なんかこだわりはあるんですか?要するに、絵画のギャラリーとはちょっと違うよ、みたいな。
例えば、こう、出来画をこうしますとか、なんか。
これはでも本当にありがたい話で、もちろんなんか、作りたいギャラリーのイメージっていうのは、
このギャラリー、そしてかなホワイトキューブで、もう、なんだろう、すごく落ち着いた感じの。
だからまあ、かっこいいって感じ。
はいはいはい。
の、射抜きになったんですよね。
だから、これが鶴野由加さんの一発のギャラリーなんです、ここ。
ここ、鶴野由加さんだったとこだったんです。
そうそう。ゆかコンテンポラリーっていうギャラリーだったんです。
現代アートのね、はいはいはい。
そう。鶴野さんの1個目のギャラリーで、そこはまあ2代目、3代目か4代目がうちなんですけど。
うーん。
なので、なんか壁がこう動いたりとか、結構ね、あの。
これは元からなんですか、そのスライド式の壁。
元からです。
あ、そうなん。
全部作ってもらったやつをそのまま、この傾向とも、全部いい感じで。
確かに。で、ここで年間どれぐらい展覧会やるんですか?
展覧会は平均、今11年で120本ぐらいなので、月1ぐらいですね。
おー。
結構やりますね。
でもなんか1個決めてたことがあって。
まあ、もちろんビジネスとしては良くないでしょうけど、
マネタイズを一切意識しないっていうコンセプトでやってるんですよね。
うーん。
別にストレスを感じない。
ああ、やっぱ楽しいんでしょ。
それは夢であったんですよね。
好きな時に好きな作品を好きなだけ展示できるっていうのが、もう夢だったんですよ。
はいはいはい。
だからそれが叶えられれば、そこにじゃあなんか、賃料を回収しなきゃとか、
稼ごうと思った瞬間にやっぱり、全然面白くなくなってくるので、考えないといけない。
これは未だにそうなんですか。
はい。
はーい。
もう多分赤字だと思うんです。計算してないんで。
ただ別にこれじゃないところで仕事すればいい。
はい。
だなってことですよね。
ああ、まあそうです。
そのギャラリーじゃない。
もちろん他の仕事とかで埋め合わせていけばいいので。
他はもう本当に趣味というか楽しいことをやる場所だった。
なのでレンタルもしてないですね。
ああ、貸してくださったりは。
そうですね。他の写真家の方も繋がりとかでやってもらいたい人にお願いしてやってもらったり、
たまに連絡ありますけど、まあまあ大体やってもらったりしてますね。
うーん。
まあまあ、はい。
だから貸し会場にはならないと思うんですね。
そうですね。
貸しギャラリーにはしないっていう。
うんうんうん。
あの青山、今日もアシスタントさんが結構たくさんいらっしゃるんで。
今日もね。
そう言えばその撮影が何回もあったけど、結構毎回アシスタントの方が違ったり。
ああ、そうですね。
アシスタントさんもここでやったりするの?写真店は。
ああ、そうですそうです。一応ルール上なんかうち2年ぐらいで卒業できるんですけど、
最初の1年過ぎたあたりでグループ展をやってもらって、最後2年経ったら卒業個展をやって、
で、そこでいろんな人来もらって、その繋がりで仕事とか。
ああ、そういう感じ。
はいはい。
え、今アシスタントさんで、延べ今何人ぐらい自分の中でいたなって。
今までですか。
今までで。
今までいったらお願いし始めてもう16年ぐらい経ってるんで、最後まで勤め上げたアシスタントでもどうだろうな。
まあ100はいないけど、でも5、60ぐらいはいるはずですね。3、4人は出てると思う。
はあ、そんなに卒業させてるんですか。
させてます。でもさせてるかどうかすごい重要で、途中で辞めちゃう人も結構いるし、そりゃしょうがないんですよ。
別にしょうがないです。いろんな事情があるから。ただ最後まで勤めた人は死ぬまで目止めようって思ってやってるんですよ。
へえ。
まあ別にそんな必要なければ別にいいんですけど、かまう、なんか大丈夫かと。
だからまあでもそれを再現なくも見れないので、だから頑張ってくれたら、やっぱ写真で生きていきたいって人たちなので、はいなんとかね。
目をかけ続けて、まあ一応僕の裏テーマとしては、まあでもまあ今ももうだいぶ年取ってきたんで、まあだいぶ経って老眼になってきた時に支えてもらおうかなと。
でもまあまあ。
5、60人。
なるほど。今は何人ぐらいいらっしゃるんですか。
まあちょうどね、新しいアシスタント採用した時期で、すごいいます。
ええ、どれぐらいいるんですか。
多分20人ぐらい。
AKBみたいな感じ。
そうそう。
何期生みたいな。
ただ全然必要なんです。
ああそういうもんなんですね。
もともと10人ぐらいで回してるんですけど、ちょうど今、もともといたのが12人ぐらいで、そのうち7、8人ぐらいはもう来年、あと半年、1年以内に卒業しちゃう。
ああ。
ゴーって抜けちゃうんです。
ああ。
だからちょっと入れないと、案外、そう20ってなんかすごそうですけど、結構すぐいなくなっていくので。
これは僕はその業界を知らないからなんですけど、多い方なんですか。
全然、絶対にいない。こんなにいない。
そうですよね、そうですよね。
断トツで変。
でも、アジアでなるとここで写真展ができる権利もあるし。
ただね、あんまみんなさっき写真でやりたがってないっぽいんですよね。だから、こうルールにはしてるし、やるって言われたらまあやるって人が多いんですけど、なんか写真展ハラスメントっぽくなってるかもしれなくて。
ちょっと写真展やろうって、今写真展やりますよって人どれくらいいるんですか。
考えます。
いや、やりたいっていう人。
いや、だから、でもね。
やりたいって。
そう、案外。
ああ、そういうもんなんですか。
だからね、今回の採用してる2人今の方に言うけど、今写真展はマストとは言ってないです。
へえ。
言うのはちょっとね、なんか違うんだなって感じ。
でも、青山さんは今でも写真展やりたいって言ったらやりたいんです。
俺やりたいです。
やっぱそういう台。
俺がグループ展やってもいいですけど。
っていうぐらい、だから。
だからなんですか、でもこれも結構言ってるんですよ、アシスタントも言ってるし。
もうこの時代、写真展やってかなきゃ終わりだよって感じです。
いや、マジで。
ああ。
こういう場だから極論言っときますけど、写真展やってない写真家終わりです。
ああ。
終了、だって意味ないっす。
だから街の写真屋さんとかになるならいいけどってことですか。
そう、写真館とかじゃないです。
そういう人はあれだけど写真家としてやるならっていう。
それは商業でやる人も。だって写真展、いや、SNSで作品発表してる人は、
作品発表してることは僕はならないと思ってるんで。
なるほど。
いや別に言いますけど、じゃあ例えばこれってビジネスの話と繋がると思うんですけど、
ちゃんとステートメント書いて、ちゃんと作品として、エディションを切ってやってないですよね。
たぶんその人はSNSの写真はそれで美しいのかもしれないですけど、
じゃあその人に依頼するかっていうと違うというか、たぶん展覧会依頼はいかないですよね。
ですよね。でもそれはさっきの写真展に対するモチベーションとかあんまりイメージがわからないのは、
その展覧会の方が来たいと思ってないんですよね。
ああ、でもそう。
そう、だからだと思うんですよ。だから別に今僕は強く言いましたけど、
別に写真展やりたくない人がもう今後ダメって言ったわけじゃなくて、
結構断絶された感じになっちゃってるね。
私は結構オールドタイプなんで、写真展って思ってるけど、
でもね、結構ここ数年やっぱ写真展全くやってこなかった写真家がやり始めてもいるので、
気づきつつはあると思います。
でも確かにそういう意味で言うと、だから写真、当たり前ですけど写真ってそもそもはカメラで撮って現像して、
その時点で物質だわけですから、展示するものじゃないです。
それが今やもうスマホで撮れちゃうわけですから、データがスタートになっちゃうと、
それをわざわざプリントしてが、もうなんか確かに、もうだってデータで撮ってデータでもう見せて、
SNSに見せて、そこで完結しちゃってはいるっちゃいるんすもんね、っていう。
まあフィルムが流行ってるんですよね。これはまあプロでも流行ってるというか普通にあって、
でもデータにしてるんですよね。
それを、なるほど。
あれ?みたいな。物質、あれ?みたいな。プリントしてたらいいですけどね。
でもやっぱり青山さんは物質としての写真がやっぱり、最終的にはやっぱそっちに行くっていうことな。
古いのかもしんないですけどね。いやいやいや。
もうわかんないですけどね。これはすでに老害化してるのかもしんないけど、でも美術の話で言ったら当然過ぎる話であって、
だからうちのアシスタントの中でも、要するに写真展をやることで目覚めて、なんか作家活動をやっていくって言って出てくる人もいるんですよ。
なるほど。
だからそういう人にとっては、うちのギャラリーまた固定してねとか、まあいろいろアドバイスもしやすいし、
ただやっぱ仕事でやってきた人も多いから、ただそういう人も写真展をやったほうが絶対いい。
なるほど。どっちにしてもっていう。
これはだから写真家を目指す方にはちょっと響くあれでしたね。
さあこれも含めてなんですけど、ちょっとトークテーマが用意されているので、こっちもいいですか。
最初からちょっとずつ出てくる。なぜ飛ぶサラリーマンだったのか。
僕も受け入れてるからあれですけど、青山さんをこれで初めて知った人にとっては、そもそも飛ぶサラリーマンってなんだよってことですね。
僕らの中で当たり前のようにサラリーマンが飛ぶことを。
サラリーマンって言ってるけどなんだ。
さあ改めてこのサラリーマンって何なんですか。
そうですね。サラリーマンっていうのは空飛ぶサラリーマンの相性というか。
雑魚というか。
雑魚みたいな感じなんですけど、2006年から撮ってるんで、もう20年やっていて。
たぶん延べ1000人以上、2000人くらいかな、飛んでいるんですよ。
でもそれは全然すごいことじゃなくて、20年やってるんでって感じなんですけど。
元々大学時代に写真を始めたきっかけが、休学して自転車で日本を旅してる中でカメラを始めたんですよ。
だから一人旅してて、自転車こいでて、北海道とか走ってて風景すげえって感動して、でカメラを始めて。
カメラ持ってないでいったんですよ、まず自転車で。
当時の様子に誰もが持ってるコンパクトフィルムカメラを持ってたんだけど、その感動が映らないわけですよ。
それでは。
現場の街のプリンターで現像して、プリンとしても感動が映らないみたいな。
その時に自転車で旅してると仲間ができるんですよね、同じように旅してる。
それで一緒に仲間になった男の子が一眼レフカメラを持ってて、何それみたいな話になって、
このカメラは見たまま映るんやでって買ったんですけど、見たまま映るんだすげえな感動。
この感動が映ると思ってすぐ買って。
でもいくらぐらいしたんですか、その一発目の一眼レフカメラ。
でも一発目は本当にミコンのFM10というフィルムのマニュアルのカメラなんで、10万もしなかったですね。
でも当時にしては結構頑張った買い物。
そうですね。でもやっぱり風景とかを見とってたんですけど、それと言っても旅先で一人旅なんで、
例えば京都行った時の清水寺の前でセルフタイマーで立って撮るんですけど、
ただ立っててもつまんないから、でタイマーなんで19、8になった時にいつもぼーっと立って、
で、なんかあとあとすまんねえ顔してなって思うわけですけど、ある時にちょっと飛んだんですよ。
まずは自分が飛んだ、一発目は。
それがちょっと面白すぎて、俺こんな面白いんだ、みたいな。自分つまんないやつと思ってたから、自分おもろいかもと思って。
飛んだ時、飛んだ自分を見て。
そうなんです。で旅から帰ってきて、大学復学して、学内でいろんなとこで自分が飛んでる写真を撮ってたんですよ。
だから最初は全部自分なんですか。
そうそうそう。
セルフボートレートで飛んでた。
そうなんです。でそれを友達紹介に見せて、そしたら受けて、俺も飛びたい、私も飛びたいってことで広がってったんです。
それ何年くらいの話です?2000年だったんですか。
そうですね。本当に1999、2000とかその辺ですね。
ああ、だからあれ久保塚もアイキャンフライとか言ってたあたり。
まあまあそうですね。
飛んでた頃なんですね、みんなが。
あの辺にだいぶ近い。でもやっぱり、当時もあれですけど、やっぱり飛ぶっていうのは、たぶんですけど、私も飛んでって思ったんですけど、子供の頃以来やってないんですよね。
子供の頃ってよく飛んでたな、みたいな。
ああジャンプ、確かに確かに。
なんかちょっとした崖から飛んでたなとか、なんかヒーロー的なイメージもあるかもしれないですけど。
飛ぶという講演したいってことですね。確かに確かに。
あとまあ、今ペラペラ喋ってますけど、すごい人見知りで、旅とかでも一人旅で現場で仲良くなる人もいなかったんで、さっきのジジイの人は奇跡的に関西人のノリで。
だから一人で旅してたから、旅人って人撮るじゃないですか、現地で。そういうことじゃなくて、風景と自分なんですね。
それも飛んで、僕も飛びたい飛びたいになって、そこからサラリーマンになるのは、そこが繋がりはどうなったんですか。
結局その友達飛ばせる中で、さっきのうまくコミュニケーションは取れないけど、飛ばせればいい表情を出せることで、結構人撮る楽しさを覚えて。
でもジャンプ写真をそれで撮ってて、上京して2005年に初めて東京で個展やったんです。ジャンプエキスポ2005っていうやつをやったんですけど。
それは友達ジャンプだけ。それはそれで達成感があったんですけど、本当に翌月に父親が倒れて、その翌月に父親が亡くなっちゃったんですよ。
それがサラリーマンの父親だったんですね。その喪失感もあり、父親サラリーマンだったんですけど、車の販売、トヨタの販売やってて。
だけど、要するにずっと平日もお休みの日も仕事してて、朝スーツ着て出て行く。夜中に飲んでくれて帰ってくる、絵しか見てないんですよ。
もう昭和の本当に、いかにものサラリーマンみたいな。
で、亡くなって初めて葬儀をやった時に長男申し出、めっちゃいろんな会社の偉い人から来て、父親の偉大なエピソードをすごい聞かされまして、そんなにすごかったみたいな。
そこを知らずに。
ただ飲んでくれてるだけで、休みの日は寝てるだけと思ってたんだけど、サラリーマンかっこいいかもみたいな感じで、サラリーマンを飛ばせるようになったんですよね。
で、父親を飛ばせ忘れてたんですよね。
結構いろんな人飛ばせてたんだけど、ちょっと身近すぎて。
お母さんとか飛んでるんですか、他の家族も。
でもね、家族はね、全くノーマーク。
いまだにですか。いまだに飛んでる。
なんかでも、今はもう家族を飛ばさない感じで。
もう逆に。
で、父親はもう飛ばせないんで。
その一発目のサラリーマンって誰だった、覚えてますか。
本当の一発目は、友達で、サラリーマンの友達と新宿で普通に夜飲んでた時に、別に撮ろうぜってわけじゃなくて、
ただ飲んでて、ちょっと酔っ払ってきて楽しくなってきて、飛ぶ、みたいな。
感じで飲んだ後に、歌舞伎町あたりかな。で、路上で飛んでるのを酔っ払いながら撮ってて、面白すぎて。
っていうのも相まって、じゃあ次塩止めで飛ぶみたいな。そっからその友達を飲みながら飛ばすようになったりして。
そういうのをまた見せたら、やっぱり俺も飛ぶみたいとか。
最初は知り合いが飛んでたんですか。
ずっとそうです、今は。知らない人っていうよりは、紹介紹介と。
紹介性なんですか。
20年やってて募集かけるんですけど、SNSで。そんなに来ないんですよね。
そうなんですか。みんななんか自然、もうリアルサラリーマンはいないですか。シンバシとかで、あの人飛ばせたいなみたいな。
それは常に思ってるんですけど、それもなんか、さっきのラッシュに巻き込まれたくないんですけども、巻き込まれるとちょっと飛ばせたすぎるっていうのもあるんですよ。
サラリーマンが結構テンション上がるんですよね。
でも今どうですか、このご時世。なんかまず、そもそもオフィスもワーカーも減ってきたりとか。
サラリーマンというものが、多分ちょっとオワコンとは言わないですけど、昔に比べたら、そもそもサラリーマンって呼ばないじゃないですか。
飛ばない。
今、あと会社員の20代の人をサラリーマンと呼ばなさそうだし、なんかもう死後になりつつある。これどうなっていくんですか、このサラリーマン、ソラリーマンシリーズの。
自分が、要するに父親を取ろうとして20代から始めてたんですね。40代になって、自分が父親世代になってきちゃってるんで。
普通に同級生とっててもおじさんを取れるんですよね。さらに父親世代ってリタイアしていくんで、結構退職祝いとかで飛ばせたりしてたり。
あと20年やっていくと縦軸というか、15年ぶりに2回目のジャンプとか、高校生みたいになってくるんで。
独身で飛んで、結婚で飛んで、娘さんできて飛んでとか。そういう軸もできてきて、終わりはない。
ストーリーができてくる。
別にこれはね、本当に、展示で発表したりしてますけど、大事なのはその人が飛んで楽しくて、いい思い出になり。
サラリーマンってそんな光当たらないじゃないですか。
まあそうですね、イメージと。
でもその父親の権があって、サラリーマンってめっちゃ光ってるっていうか、光当てるべきだし。
で、写真家って言うと、かっこいいとは思われないかもしれないけど、興味持たれるけど。サラリーマンとして言っても興味持たれないけど、僕はサラリーマンの方が興味が面白いんですよ。
だから一冊の写真集も取材をして話を収録したりもしたんですけど、やっぱ聞けば聞くほど個性的だし、真面目に電車に乗ってる人も絶対ふざけてるから、みんな変なはずなんですよ。
本当はそうですよね。
会議とかでむすっとしてる人も絶対余裕はじけてるし、ずっと人通ってると逆馬になってるんですよね。
固そうな人ってふざけてるだろうし、ちゃらい人は裏で真面目だろうとか思っちゃうから、サラリーマン見てると面白くてしょうがないんですよ。
じゃあつきないんですね、対象として。
減ってきてとしたら通る価値はありますよね。残さなきゃ。残さねば。
これってでも本当に真面目な話で言えば、制服って、いわゆるセーラー服って日本的アイコンみたいな感じで評価されて、海外の美術の人たちが日本的なものとして。
サラリーマンの背広とかも、もちろん外国の方もスーツ着ますけど、サラリーマンって文化って結構日本的じゃないですか。
日本的だと思います。
海外の方からのリアクションみたいなものはあるんですか。
すごく面白がってくれるし、制服の作品も撮ってるんで、どちらも日本社会における記号的な存在として撮ってるんで、共通性もあると思うんですよね。
ただ、さっきのプリントとかも結構大きくしてサラリーマンも出すんですけど、売れるかっていうとね、あれですけど、面白がって売れますね。
写真集とかは、たまにバイリンガルで作って、結構海外で売れたりはしますね。
ただ、そうですね、作品として売れるかっていうとちょっと難しいところではあります。
で、そうなるともう一つ、今サラと言いましたけど、女性とか少女とか、スクールガール、コンプレックスシリーズ、少女ライサンス、売れるのはこっち。
実際そうなんですよね。
でも難しいところで、売れるから撮ってるっていうわけではなくて、撮りたいから撮ってて、結果的に売れやすかったか売れにくかったかなので、
じゃあ売れやすいからそれをずっとやるとか、大きく展開していく。売れにくいから絞ませるってことは全然違うから、
やっぱね、ちょっとやっぱ天の食なんで、売れなければ売れないほど、もう本格的になっていくので、売れるかって感じでやってるんで。
でもそういうので、でも結構、生前とでかいソラリーマンを、なんか広い壁に並べたりすると、結構その財団がバンって買ってくれたりする時もあるから、
そういう時もあるんで、長くやっててよかったとは思うんですけど、それがゴールではないから。
でも大事なポイントとしては、女の子撮るってのも、先ほどの人見知りって話がありましたけど、女性に対する。
クールカールコンプレックスはどういうシリーズになるの。
制服を着てる女の子が顔が映ってない、ちょっとフェティッシュな作品なんですけど、自分の高校時代のイメージで、教学で同じ教室に半分女の子がいるんだけれども、誰とも喋ることができない男だったわけです。
スクールカーストの真下の方で、ただただの自意識過剰ですね。モテてないし、異自意識過剰で喋れない。
けどめちゃくちゃ興味がある世代じゃないですか。
わかります。僕もそっちですから。
わかります。もうわかります。
なのですごい見てるんですよね。後ろから。
だからどうせサッカー部の男子が女子と喋ってるんですよ。みんなそれですよね。
それを見てるんです。
こっちのそうじゃない男子たちで、なんかトランプとかしてるんだけど、心はこっちにないですもんね。
トランプなんかどうでもよく女子に見てるみたいな。
ゲームマスターみたいな、ノートにゲーム作って、男どもを集めてゲームをやってたんです。
だけど向こうで楽しそうに一群男子と一群女子が話してるのを焼き付けてるんですけど、
でもやっぱどっちかというと目と目が合わないですよ。
合っちゃうと恥ずかしいから、横顔および斜め顔とか後ろとか、だからうなじとか背中とかの写真になるんですよね。
で、たまたま明日、高校以来30年ぶりの同窓会なんですよ。
で、30年くらい経つと、15年前とか10年前にやってたんですけど、その時の男しか来てないんですよね。
要するに女性が育児してる。育児離れして、今回は本当に30年ぶりに会う女性たちが。
高校の。
高校の。
30年ぶりの。
1年、101の。
それは知らないですけど。そこは知らないですけど。
でも顔がほぼわからないですよね。
女子の顔が。
でもパーツはめっちゃわかってるんですよね。
え、パーツとか。大丈夫ですか。
髪型とか。
そういうことですね。
背中とか。
じゃあ明日わかんないんじゃないですか。
いやでも、多分大丈夫です。
はーい。覚えてるもんですか、あのうなじ棚とか。
そうですね。髪型も違うしね。だいぶみんなね、老化してる。
でもマジで気をつけたほうがいいですよ。なんかその、なんかやり方によっては訴えられるかもしれないから。
そうそうそう。もうね、こういうこともね、ルッキーズ軍団で言いづらいんでね。
まあまあまあ。
美術の話なんで。
そうそう全然。
こういうのでも、いかに本当に真面目にやってまして、本当に真面目にこの作品もやってるんですよね。
うんうん。
作品として。
もちろんもちろん。
はい。
ちょっとね。
モデルさんにこういうポーズ撮ってほしいってのは、これは青山さんがこう。
そうですね。ただまあ、ソラリーマンもね、その美術家のトニーさんとのほうもそうですけど、現場でその場のノリでディレクションするんですよね。
別に自然に考えない。
それスクールガールコンプレックスの場合はすごく、もちろん僕が撮ってもらった写真とかソラリーマンも構図として面白いなと思うんですけど、スクールガールコンプレックスってもっとなんか構造美みたいな感じ。
だからもうこっちは事前にコンって書いてるのかと思いましたよ。
絶対コンって書かないぞ。
書かないんですか。
で、書いた時期があって、もう撮り始めて10年ぐらいで。それはね、本当に一番ダメな時期。もう撮るものがなくなって、もう書いていこうって、もう全然ダメですよね。
その通り撮ったらもう本当つまんなすぎて、もう終了って感じで、もうやめます。歳でやめるぐらい。
要するにテンションが上がんないんですね、最初の話になるけど。
やっぱりドキドキしながら撮らなきゃいけないですよね。だから今流石にデジタルになったんですけど、最初はソラリーマンもスクールガールコンプレックスもフィルムで撮っていて、
スクールガールコンプレックスの中盤のフィルムの二眼レフっていう結構古いやつで、まあファインダーが暗いんですよ。ピントが全然合わないんですよね。
その邪魔らしきで、巻きながらピント合わせるんですけど、全然合わない感じが当時の目線って感じなんですよね。
なるほど、自分の高校時代の雰囲気。
そんな鋭くジャストで人見れないんで、瞬間見て残像みたいな感じだから、やっぱりその感じが多分作風として、ピントがジャストであって、すごい鮮明にじゃないんですよね。
その感覚が中盤フィルム二眼レフで撮ってたからってのはありますね。