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#30 簿記2級をもう終わらせたいんですよ。
2026-09-06 34:22

#30 簿記2級をもう終わらせたいんですよ。

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テーマなし、無から話し出す雑談回です。

結果としてはお堅めの資格、勉強の話になりました。

前半はますだの性格がすごく良く出ているな〜と思いました。
なぜ、彼女は2級を追い求めるのか・・・。
共感できる方、ぜひlistenからコメントいただきたいです。絶対本人喜びます。

後半は自分の興味の話ですね。

自分なりに整理しながら話せたかな、と思いつつ、やっぱりいつか、どこかで「自分の哲学」を持たねばな・・・と。
久々に少し聞き返して思ったことでした。

感想

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サマリー

今回の雑談回では、簿記2級の勉強を続けることの難しさや、ITパスポートの取得について話しています。勉強が得意ではないという悩みから、効率的な学習方法やモチベーション維持の難しさについて語り合います。後半では、哲学や現代思想に関心を持つリスナーが、自身の興味や人生観について深く掘り下げて語り、学びに対する多様なアプローチや価値観について考察を深めます。

雑談と資格勉強の始まり
まあ、たまには無から話してみてもいいんじゃないですか。
無から。何も決まってないんですよね。
そう。 テーマが。
でもそんなもんじゃないですか。本来の雑談というものは。
まあね。
最近は何か勉強してますか?
そう、今日の朝に、ITパスポートの教科書を読んでいるのを見て、
勉強しているのがいいな、自分も勉強したいなって、
年に1回、2回思うかどうかのことを思っていたんですよ。
私は最近ちょっと仕事が忙しくて、いろいろそれどころじゃなくなってしまっているので、
っていう感じだったんですけど。
ですね。簿記の勉強をサボっています。
はい。2足の終わらず状態なんやと思って。
難しくて。
そう、僕も3球取ればいいのに、2球を背伸びしてすごいチャレンジしているから、
それは難しいというか、物量が全然違いますから。
分かってるんですよ、本当は。ガッとやってね。
ガッとやって、取って、終わらせるのが一番楽じゃないですか。
話聞いてた?3球取りって言ったんやね、俺。
ちょっともう、もったいない。3球の勉強を今からして。
3球の勉強をした上でやってるんですけど、今。2球の勉強を。
2球の、雑に言ってしまうと2球の勉強をやって心折れているぐらいだったら、
3球はちょっと勉強したらいけるでしょうっていう感じではあるよね。
いろいろ気になるところがあるんでしょうけども、
でもどうですか?ITパスポートはあれなの?本当に最近見出したの?
昔ちょっと読んでたけど、最近見出して、
今年の年末からちょっとの間止まる?試験が受けられなくなる期間があるみたいなのがあるから、
やるんだったら多分秋ぐらいまでに取っておきたいなと。
取る必要があるのかなと思いつつ。取るんだったらもう10月ぐらいまでには受けておきたい。
受かっておきたい。だからそうなんですよ。
木に球もITパスポートもめっちゃ頑張ってやったら全然不可能じゃないと思ってて。
ガッとやって終わらせるのが一番気持ち的に楽なのは分かっているんですが、
両方とも物量が多かったりするので、そもそも勉強が得意じゃないからというのはあるかな。
やっぱりアンキーとか使ってやるといいんじゃないですか。
ITパスポートはアンキー使ってやったらいいんじゃないですか。アプリのやつね。
いやもうそれもめんどい。
カード作るの。
めんどい。テキストガッと読んで、ネットに過去本が解けるサイトがあるんで、
それをたぶんひたすらやってするのが一番楽。
そうね。できると思うけどな。
簿記2級へのこだわりと学習方法
木をね、ボキに球を終わらせたいんですよ。
ボキに球をな。一回サンキューとって、アイパスとってみたいなのでもいいと思うけどな。
あんまりおらんと思うよ。この並びでITパスポートからでもなく、ボキサンキューからでもなく、ボキに球から行こうとしてる人も。
サンキューの勉強はしたよ。
でも取ってないでしょ。
取ってない。試験受けてない。
普通ボキサンキュー取って、2球行くか、ITパスポート行くかと思うけど。
2球取ったほうがいいよなっていう気持ちがありますね。今就活中なんで。
そうね。それあったらあるに越したことはないと思うけど。
ボキはさ、どういう勉強をしてるの?今。
CPAラーニングっていう無料で講義動画見れるサイトがあって、そこで講義を見て、そこが出してる、対応してるテキストと問題集があるんで。
それは勝って?
勝って。テキストの例題やって、問題集の基本編の問題解いて、今やっていってて。
商業ボキと工業ボキって2つをやらないといけないんですけど、工業ボキが手つかずなんですよね。
商業ボキっていうのが3球からの内容の流れでいくんで、そっちを進めてて、今。
商業ボキのいっちゃんの山みたいな連結回帰って難しいところで止まってるんですよ、今。難しくて。
そこまでの分の教科書の例題と問題集の基本問題は解いてても、ちょこちょこできるようになってきている。
ちょこちょこできる問題も増えてきている。
山のところがやっぱり難しくて、講義動画を見直さないといけないしとか、問題解くのもすごく時間かかるしっていうので、おっくんになって止まっちゃってて。
工業ボキってまとめてやったほうがいいらしいんですよ。
それがもうちょっとだるいなってなって止まっていて。
もうこれで分かってるね。一気にやったら絶対それが一番楽。忘れへんし。
前にやったこと忘れへんうちにガッとまとめてやって、もしみたいな問題を何個も解いて、忘れへんうちに固めてしまったほうが一番楽。
やり直す手間がかからんのでね。一番楽なの分かってるんですよ。
ただ、むずいしめんどいし。
100言われて100全部分からんわけじゃないのがちょっとにくいところで、5ぐらいは分かってる気がする。
ちょっと日本語分かるところもある。
ただ分からんところが多いから、こういうのってまとめてやるのが一番楽なんです。分かってるんです。
時間もあるのでね。
哲学への興味と自己分析
勉強法としては学校と同じようなやり方でやりやすいタイプ?講義を受けてテキストがあって問題集があってみたいなのがある?
そうね。
講義の動画とか見れるときにメモとったりするの?そこまでもきっちりやるの?
メモそんなにとってないかも。それよりも1.5倍速とかして、その分がって集中するようにしてる。
なるほどね。
10倍速やったら、やっぱ長いなとか。
ちょっとだれる?
だれてくるんで、1.5倍速で若干先生を早口にすることで。
1.5倍って結構早いと思うよな。
早口にすることで、本当にがって集中して、今理解せないって思わせてやっておりますよ。
なるほどね。
1個聞いてて思ったのは、商業簿記の難しいところはAIに聞いてみてもいいんじゃない?
やっぱさ、そのやり方やったらさ、学校やったら先生いるから休み時間に教えてくださいって言えるけど、それが今いないじゃない?
いないね。
AIを使うときに自分が大事だなって思うのは、AIがそれを知ってそうか、詳しそうかっていう。
例えば、なんでAIがプログラミングとかすごい上手かっていうと、世の中のプログラミングのコードみたいなのがインターネット上にいっぱい上がってるわけ。
それを全部学習してるから、そのAIのプログラミングが上手っていうことになってるかも。
インターネット上に情報がいっぱいテキストの形で上がってるものっていうのは、そのAIが得意そうだなって判断できるわけ。
っていう観点で言うと、ボキの2級は確かに情報減るかもしれないけど、ボキ自体は日本人がいっぱいいるわけじゃない?すごくメジャーな資格じゃない?
これね、ちょっと思うのが、たぶん講義動画を見直したほうが早い。
見直して、「ここで止まってたんや。」とか、「ここが分からんかったんや。」っていうのに、「あっ!」ってなったほうが入る気がしていて。
さすがにその一番難しい山のところは1.5倍速は速すぎるんで、もうちょっとスピード落としますけど。
でもやっぱり、1.5倍速じゃなくて若干速くして、グッて集中させようっていう作成は変わってない。
たぶんね、動画が結構ちゃんとした動画、本当にプロ講師がやってるちゃんとした動画なんで、見直したほうが早いんですけど、見直すのってだるんや。
まあね、それはそうだよね。
だからあれかもね、問題集とかで分からん問題が出てきてとか、解説がよく言ってることが分からんとかになったら、今はね、写真撮ってやりますからね。
どくさんはさ、今勉強したいものとかあります?
勉強したいものか、まあ自分はさ、今やっぱ本読んで、最近読めてないけど、本を読みたいなっていうのはあるよね。
自分はそれで言うと、いまいまで本を読むことを通して勉強したいなって思うのは、やっぱりジャック・ラカン。
ジャック・ラカン。
ジャック・ラカンはなんかすごい惹かれるものがあるよね。
それと、あとはフランスの現代思想の方はどこかで読んでみたの、
フランスのドゥルーズとか、ちょっとパッと名前出てこないけど、ドゥルーズ&語りとか、やめて出てこないんだけど、その辺りの本とか。
自分多分前も言ったことあると思うけど、千葉雅也さんにすごく影響を受けていて、なんでそんなに影響を受けているのかもあんまりよく分かってないんだけど、
だからそういう意味では千葉雅也さんの本も読みたいなね。
動きすぎてはいけないとか、タイトルがいいもんね。
やっぱり自分の中の哲学のイメージが結構千葉雅也さんの言っていることと合っているんだと思う。
分かりにくいものというか、自分ってすごい中途半端な人間だなっていうのがまずあるわけよ。
一つのことに全部投入するというよりかは、いろんなことをちょっとずつやっていたりとか、
どこまで行っても一つのことに全力でやりきれない。
逆にいいふうに言うと、どこかで自分を俯瞰している、自分がいるみたいなところが結構常にあって、
それが自分のその中途半端さというのはコンプレックスでもあるんだけど、逆にもしかしたら他の人から見たら長所に見える時もあるのかなというふうにも思うわけよ。
でもそれってさ、良さとして分かりにくいじゃない。
世の中で良いとされる人間、雑に言うとね、就活で評価される人間っていうのは、
一つのことにやりきったとか、一つのことに黙々と打ち込んで長いことやって成果を出してきたみたいな人が評価されるっていうイメージがあるわけ。
っていうことがあるからこそ自分はコンプレックスに感じる時があるんだけど、
千葉雅恵さんの例えば動きすぎてはいけないっていうタイトルっていうのはまさに中途半端だと思うわけよ。
だって動いてはいけないでもないし、動けでもないし、動きすぎてはいけない。
要は何を言っているかというと、ほどほどに動けと言っているわけだって言い方を反転させると。
っていうのはやはり中庸というか中途半端っていうものに対するポジティブな光の当て方をしているっていうところで、
そこに自分が今の世の中の風潮に対する違和感みたいなものにすごく同じような感覚を千葉雅恵さんが持っているのかもしれないという、
そういうところを感じるんだよね。っていうのが自分の今思っている分析かな、千葉雅恵さんに惹かれるという意味では。
学びの本質と受動性
すごいよ、勉強のレベルが高くない?
勉強のレベルっていうか、自分別に勉強の話をしましたと思ってないからだけど。
考えたい?知りたい?
知りたいなのかもね。自分はまだ全然そういう自分の哲学をどう思うっていうレベル感に達していると全く思わないし、
そもそも千葉雅恵さんが結構勉強マッチョというか、今はそれこそ効率効率、勉強の効率みたいな感じの風潮だけど、
そうじゃなくて、いわゆる体育会系的なしっかりと時には詰め込んで勉強するみたいなのが、
絶対その地肉に代わるというか、大事だよっていう考え方をしている人っていうのもあるから、
そういうところも含んで全然自分が勉強できてるっていう自覚はないから、
そういう意味ではまだまだなっていうか、インプットというかね、しないといけないなって、しないといけないっていうか、
まあ一生そういう感じのレベル感なのかもしれないし、どこかで考えたいこと考えるっていうのもあるだろうし、
でもまあ、自分がそもそもね、自分のことについて考える人だと思うから、そこは並行して自然とやっていくんだろうなって思うけどね。
すごいなあ、すごいって思っちゃった。
そうかな、なんていうかな、なんかやっぱり、ちょっとなんか受動的なのかなと思うんだよね。
なんかこれはもう完全にフィーリングの話でしかないんだけど、
多分千葉雅也さん自身がそういう主体的に何かを働きかけるっていうことじゃないこと、受動的なこと。
要は例えば、急に雨が降ってきたから傘をさすみたいな、
そういう周りのサプライズ的な出来事に自分がどう反応するかみたいな、
なんかそういうことに一つ大切な価値観を置いているような気がして、そこはすごく共感する部分があるというか、
なんかそのジャック・ラカンとかああいうそういうなんだろうな、精神分析的なものとかっていうのも、
なんか基本的にはそうだと思うんだよね。
それはなんていうか、雨が降ってくるっていうのは外じゃないですか、自分の外じゃないですか。
多分それが自分の中から出てくる、自分の中からサプライズが出てくるっていうのが精神分析な気がするんですよ。
っていうものに対して自分が自分で驚いて、じゃあ自分はどう反応するかっていうところに、
今後の自分の人生がもしかしたら関わってくるかもしれないっていう。
なんかそういうのが精神分析のエルナビーの一つの言い換えなんだとすれば、
それはなんかもうすごく、もちろん科学的な根拠は必ずしもあるわけではないんだけど、
でもやっぱり自分の中から自分の想像つかないものが出てくるっていうのは、
とても重要なことに思われるじゃないですか。
自分でも気がついてない自分という要素が現れ出てくるっていうことは、
それはなんかものすごく大事なことだなっていう、そういう感じはしますね。
こんな話で大丈夫?
資格勉強の諦めと学びの多様性
うん。
なんか、ITパスポートとポキニ級の勉強を継続できない自分のちっぽけさが。
でももうジャック・ラカンなんて、ジャック・ラカンはそうか、
中心症をちょっと読んでたから半月ぐらい放置だけど、
もう一つ自分、人間の条件を読み直してるんですけど。
えっと、誰だっけ、パンダ・アレット。
うん。アレもね、もう一ヶ月は放置してますね、余裕で。
難しいな、だって。
最初読んだ時も、一年半かかな、一年半で読めたかな、
一年半で読めたら結構偉いなって思うレベルやけどね、自分は。
っていう感じだったから、だからなんていうか、もう制限を設けないってことだよね。
自分にいらないストレスをかけない。
ストレスが別にかかってる時にはやらないっていうのを
自分に対して許してあげるっていうのができて、
一応通読はしたかになれるようになった。
やっぱそれは自分にとっては、一つ学校教育できたものから解放された瞬間だとは思う。
それはもちろん向き不向きの問題だけどね、会う人会わへん人いると。
すごいな。
資格勉強で言うと、UI、UX、ユーザーエクスペリエンスのやつなんだけど。
ユーザー体験。
そうそうそうそう。
っていうやつの勉強しようとしてたけど、やめたな。
だから結構資格勉強は諦めてる。
自分は統計検定の教科書も買ったことあるから、でもそれも全然放置してるし、
あとは色彩検定もそうか、デザイン系とか統計、データ系とかみたいなんで、
2、3校本は買って、本買ったら自分追い込めるやろって思ったけど、追い込めずみたいなことになってはいるから、
全然損なっていう感じですよ。
頑張らないとな。
全然ジャンルが別じゃない?勉強。
そうな。
興味の移り変わりと人生観
でもいい刺激はお互い与えられるといいよね。
例えばマスターだって、今は働くっていうところがメインに来てるから、資格勉強の方に注目しがちだと思うけど、
絶対またそのうち人文書的なところに興味関心が来るときが絶対来るだろうし、
自分だって社会人になってから哲学教に乗って人間の条件読んだらハマったって言うとおかしいけど、でもやっぱり面白いと思って読んでたつもりやし。
何が興味あるかがわからんのよね。
それは自分の場合は仕事しだして仕事での悩みがきっかけだったと思ってるから、そういうのはあると思うな。
自分は仕事をしてて違和感を感じる人だった。
今自分が思ってることって、本来この年齢、今26歳だけど、本来この年齢ならある程度もう折り合いをつけているであろうことを、
未だに思春期だったり、もっと若いときに折り合いをつけることができてないから、それの課題をまだずっと引きずってるみたいな感覚があるんやと思ってて。
だから幼すぎて、勉強とか人文書に答えを求めるもんじゃないのかなみたいな。
自分の課題というかもやもやしてることって、多分自分の中で折り合いをつけないといけないことなんだけれども、
その課題をまだちゃんと達成することができてない。年齢の割に。
ここで困っている。
でも読んでたら勝手にヒントを集めるもんだと思うし、別に誰かの言葉の受け売りで自分の課題が解決することってあまりないじゃないですか。
気持ち上もやもやという意味でね。やっぱりそういう言葉を沿用して自分の気持ちのもやもやに折り合いをつけていくもんだと思うし、
そういう意味ではね、今そういう本をたまたま見てないっていうだけで、そのうちまた見出すやろうし、そういうものと一緒になって考えていくんじゃないかなって。
自分はそうだと思うし、あなたもそうじゃないかなと勝手に思ってるけどね。
勉強し続ける人モデルみたいなのは、あまにく人間に対して持たない方がいいと思うね。勉強が趣味でみたいな人いると思うけど、レアケースの人間いるやん。
勉強を趣味にする人々
例えば大学教授が勉強が趣味でって言ったら、まあそっかーって思うよな。最近で見るのは、東波多科学さん。心理学者で可能性理論とかやってる人。
臨床心理師かな。やってる人かな。
勉強の哲学って、東波多さんがメインの編集をやった雑誌のひとつで、その回は東波多さんがメインの編集をやりますっていうんで、
勉強の心理学というテーマでやったやつがあって、それに東波多さんと勉強の哲学を書いた千葉雅也さんの対談だったりとか、
っていうのがいろいろ収まってるやつがあって、それを勝手に読んだりとかもしたんだけど、その中で東波多さんは勉強が趣味ですと。
だから本を読むし、本を書くこともあるからその時に勉強をするし、みたいな話をしてたんだけど、そういう人が勉強が趣味っていうのはもう別枠じゃないですか。
他に想定されるケースとしたら、やっぱりサラリーマンで資格勉強をし続けるっていうタイプの人とか、そういうところがあり得る範囲で想定されるけど、
やっぱりそことか、本当にただただ趣味でいろいろ本を読みますみたいな人とかってみたら、レア中のレアだとは思うんですよ。
大体の人は資格なんて必要になってから、しゃあないなと思って勉強するわけだし。
そんなもんなんかね、私が世の社会人がどういう生態なのかを全く知らないので、働いたことがなくて。
だからだって自分だってそうだからね。
基本情報はとってたからな。
基本情報はとったし、あとボキサンQもとったけど、その後、自分はその時は勉強続けたいなって思ったわけ。
せっかく自分勉強できない人っていう感覚がすごく強かったから、社会人だってやり方をちょっと見つけられたかもって思ったりもしたから、
それをちょっと続けたいなと思ったけど、やっぱりさっき言った通り中途半端な人間やからさ。
いろいろ拡散的だから、言い方を変えると。
だからそっちのほう、こっちやりたいなって思ったほうに流れていっちゃうから、そういうふうになってはいるんだけど。
でもじゃあ逆に言うと、勉強やりたいなって思った時にやったらいいんじゃない?って思ってあげるようにしている。
うん、ということね。
それやっぱり考え方として、自分は気に入ってる。
自分に常に課題を課し続ける人生は、自分はしんどいかもっていう。
やっぱりそういう人が世の中に多かったり、あるいは学校と同じように会社でもそういうのを重ね続けるような人がいるんだとしたら、
それはなんか、ちょうどなんていう、その環境がね。っていうふうに思うかな。
はい。
資格取得への現実的なアプローチ
そういう感じですか?
はい。
それは何のリアクション?
何も考えてないなっていう。
何も考えてないことはないでしょ。
何も考えてないな、やっぱ資格はもうちょっと取っちゃわないとなっていう。
そういう話やったな。多分逆の話をした気がするけど。
自分って今、そういうレベルじゃないというか。
時間あんねんからやったらええやん、みたいな感じなのかなっていう。
まあ、それもさ、今さ、マスターが何を持ってるかって言ったら、働きたい。長く安定して働きたい。やるものからさ。
そこにこれが関わりそうだって思うやつを勉強したらいいんじゃない?
そうね、そうね。
まあ、そういう意味では、もしかしたら募金2級はオーバースペックかもしれないし、
とりあえず募金3級を抑えておいたら、まあまあ、取らへんよりかは意味あるんじゃねっていう。
まあそれはITパスポートでも一緒だけど。
うーん。
どっちか取っておくだけで全然いいんじゃねっていう気はする。
気持ち。マスターの気持ちに一番寄り添ってくれる資格を取ったらいいよ。
募金2級は本当にマスターの気持ちに寄り添ってくれますから。
まあ別に評価するのは他の人だから、だから別に募金2級がオーバースペックかどうかって、
どういう職種かにもよるし、よるけれども、
まあ大体のところは専門職じゃない限りはオーバースペックかもねっていう気はします。
はい。
まとめ
じゃあなんか勉強の話になりましたけど、
まあそんな感じでいいんじゃないでしょうか。ではでは。
はい。
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