2026-02-24 37:42

#69 元JリーガーGK荻野賢次郎の壮絶海外録|共同生活、監督と衝突し電撃退団…セレッソ大阪から渡ったシンガポール・カンボジア、波乱万丈のサッカー人生(荻野賢次郎・中編)

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5人目のゲスト・元セレッソ大阪GKの荻野賢次郎さんとの中編!

代理人もつけずに単身で海外へ渡った荻野選手。シンガポールでぶつかった「ベテランの壁」、そしてカンボジアで経験した壮絶なサッカーライフを赤裸々に語ります。

「給料が安すぎて、日本語学校でアルバイト」「1部屋10人以上での共同生活」「監督との衝突し、電撃退団」…
波乱万丈すぎるキャリアの裏側とは?

海外で戦うゴールキーパーというポジションの特殊な難しさ、そして現地の人々との温かい交流まで、サッカーファンならずとも必聴のエピソードです。

🗣️ ゲストプロフィール
荻野 賢次郎(おぎの けんじろう)
京都府出身、1991年生まれ。
京都府立峰山高校を卒業後、セレッソ大阪へ入団。
2013年にアルビレックス新潟シンガポールへ移籍し、3シーズンを過ごす。その後、MIOびわこ滋賀(現:レイラック滋賀FC)で1シーズンプレー。
続いてカンボジアへ渡り、アジア・ユーロ・ユナイテッド、アンコールタイガーFCでプレーするなど、海外でキャリアを重ねる。
帰国後はFC徳島に移籍し、4シーズンにわたって在籍。2019年から2022年にかけては全国地域チャンピオンズリーグにも出場し、2022年に現役を引退。

⚽️ 経歴
2000–2003 野田川少年サッカー少年団
2004–2006 与謝野町立江陽中学校
2007–2009 京都府立峰山高等学校
2010–2012 セレッソ大阪
2013–2015 アルビレックス新潟シンガポール(シンガポール)
2016 MIOびわこ滋賀
2017 アジア・ユーロ・ユナイテッド(カンボジア)
2018–2019 アンコールタイガーFC(カンボジア)
2019–2022 FC徳島

✍ 今回のトークテーマ
・手応えはあったのに…契約に繋がらなかったJリーグトライアウトの現実
・なぜ代理人をつけなかった?Jリーガーの契約事情と当時の価値観
・ある日突然かかってきた海外からの電話と、その正体
・監督が若手よりベテランGKを使いたがる理由
・「ゴールキーパーは我慢と忍耐」監督の言葉と、我慢できなかった自分
・日本復帰後もJFLで阻まれた、経験豊富なGKという分厚い壁
・お金をもらいながらプレーするため、次の挑戦の地にカンボジアを選んだ経緯
・「キーパーは要らない」と宣告されながら、片道切符で渡ったカンボジアでの練習参加
・Facebookで見つけたセレクションに飛び込みで参加し、唯一の合格者になった話
・練習に謎のアフリカ人軍団が押し寄せる、カオスで特殊なチーム環境
・「尖っていた」当時を振り返る、監督との衝突と電撃退団の真相
・フィールドプレイヤーとは違う、結果が全ての外国人GK枠というポジションの難しさ
・決まりかけた契約が「ビジネス選手」のせいで破談になった顛末
・屋台の店主や靴職人まで、現地の人々と深く交流したシンガポール時代
・「なんでそんな給料でサッカーを?」現地の人から問われた仕事へのシビアな価値観

👉️ 前編はこちら
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🌸 荻野賢次郎さんのチャントはこちら
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✅️ 村中 翔一(むらなか しょういち)
旅×サッカーをこよなく”愛”する39歳。サッカー業界10年(東南アジア6年・日本サッカー4年🇸🇬🇲🇾🇰🇭🇲🇲🇯🇵) 。 妻と婚前・新婚世界一周旅・日本一周・東海道約500キロを徒歩など。2024年から静岡県富士市に移住。

✅️ 若林 玄樹(わかばやし げんき)
愛知県出身。33歳。心のクラブは名古屋グランパス。2011年に東日本一周、2014-15年に世界一周の旅を行う。サッカー以外では映画とモータースポーツが好き。メンバー唯一の真っ当な会社員。

✅️ 岡田 浩弥(おかだ ひろや)
サッカーと旅を軸に越境してきた37歳。シンガポールでは6年間、プロクラブの広報・マーケティングや代表チームのプロモーションに携わる。帰国後は国内でクラブ運営やスタジアムを拠点としたまちづくりに従事。現在は妻と多拠点生活を送りながら、岡田伝記株式会社の代表として“サッカーと旅の可能性”を探求中。1999年から清水エスパルスを応援している。

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サマリー

このエピソードでは、元プロサッカー選手の荻野健次郎氏をゲストに迎え、彼の海外でのサッカーキャリアについて深掘りします。セレッソ大阪での契約満了後、代理人をつけずにシンガポール・アルビレックスへのトライアウトを経て移籍した経緯が語られます。海外でのトライアウトの難しさや、当時のJリーグにおける代理人の普及状況についても触れられています。 シンガポールでの経験では、ゴールキーパーというポジションの特性上、ベテラン選手との競争や、若さゆえの波のあるプレーでは起用されにくいという壁に直面したことが明かされます。我慢や忍耐が求められるゴールキーパーの役割に対し、自身の性格との葛藤も語られました。その後、カンボジアへ渡り、プノンペン・クラウンでの練習参加を経て、アジアイエロー・ユナイテッドに入団。給料の低さから日本語学校でのアルバイトをしながらプレーする過酷な生活や、多国籍な選手が集まる特殊なチーム環境についても語られました。 さらに、カンボジアサッカーの環境の違いとして、上位と下位の差の激しさ、グラウンドコンディションの悪さ、そしてコミュニケーションの難しさが挙げられます。特に、外国人ゴールキーパーとして、チームが負ければ自身のパフォーマンスに関わらず責任を問われやすいというジレンマに直面した経験が語られました。アンコールタイガーへの移籍後も、監督との意見の相違から契約途中で退団。最終的には、カンボジアでのビジネス的な契約問題に巻き込まれたことをきっかけに、結婚を機に日本へ帰国した経緯が語られました。海外でプレーする上で最も重要だと感じたのは、やはり「我慢強さ」であり、自身のキャリアで足りなかった要素だと振り返っています。

海外挑戦の始まり:シンガポール・アルビレックスへの道
行くと旅に出たくなるサッカーを見たくなるサカ旅。 この番組はサッカーを愛する3人がサッカーと旅についてダラダラと語り合うポッドキャストです。
パーソナリティの若林です。 パーソナリティの岡田です。 村中です。
はい、よろしくお願いします。 今日はですね、ゲスト回の第2回というところで、
ゲストに小木野健次郎さんをお迎えして、今回もお話し聞いていきたいと思います。 小木野さんよろしくお願いします。
お願いします。 第1回はですね、概要欄にリンクを貼っておりますので、まだ第1回を聞いていない方はぜひこちら聞いてください。
はい、お願いします。 前回、第4問まで前回お話を聞いてきましたので、今回は第5問から引き続きお話を聞いていこうと思います。
第5問ですね、シンガポール・カンボジアに行った経緯、 行こうと思った理由を教えてくださいというところで話を聞きました。
まずセレッソで3年で契約満了となったところで、最初に声をかけてくれたのはシンガポール、アルビリレックスに行けたシンガポールだったというところだったんですね。
そうですね、ほんまにトライアウトを受けて、自分的には結構トライアウトマティックが良かったと思ったんですけど、
やっぱそのトライアウトって、その時のプレーだけじゃないじゃないですか。
ああ、なるほど。
野球のトライアウトも、試作館のトライアウトも、その時の出来というよりかは今までの経歴だったりもちろん、それプラス、よく言うのが代理人だったり。
僕、当時代理人のこととかもあんまり知らなかったので、代理人もつけずに単身でやってて。
で、もちろん代理人がいないってことで直接声をかけてくれたのも、もちろんなかなかいないし。
で、そこで声をかけてくれたのがシンガポール。
そうですね、電話がかかってきて、海外の番号だったんで、何やこれはって思ったんですよ、最初は。
でもそのトライアウトの時に電話番号を書くんですよ、電話番号の時。
で、この時期で一人で出たほうがいいなってことで、出たらシンガポールでした。
ちなみにセレッソの時は代理人はいたんですか?
いや、うまいんですよ。
ああ、そうだったんですか。
今でこそ結構いろんな選手代理人つけるじゃないですか。
はいはいはい。
やっぱり僕の当時15年前ぐらいっていうのは、まだ若い選手でも若手の有望株はつけたりしとったんですけど。
ああ、なるほど。
僕らみたいにあんまり試合に絡んでなかったりっていう選手だったりはあんまりつけてなかったんじゃないかなと思って。
で、実際その、ちなみに当時みんな若くて。
はいはい。
イケイケだったりするのもあって、みんなそのクビになったことがない。
ああ。
クビになった後のどうしたらいいかっていうアドバイスをなかなか先輩たちからは。
ああ、なるほど。
みんな若くてそういうの知らないじゃないですか。
はいはいはい。
それがやっぱJ2とかのクラブとかになると、J1組になってJ2に来てっていう選手たちもいると思うんで、そういうところはこうしたらええよって言うかと思うんで。
やっぱりなかなかJ1の勢いのあるチームです。
そういう感じはあんまりいなくてですね。
そういうのか。
ああ、だから代理人もつけてなかったですし、代理人をつけなあかんってことすらあんまり知らなかった。
なるほど。
はい。
え、岡田さんこのアルビシンガポールでトライアウト受けるような選手って代理人つけてる人っていたりするんですか?
トライアウトってこれあれだよね。Jリーグの合同トライアウトってことだよね。
そう、Jリーグの合同。
ああ、そういうことか。
なるほど。
受ける選手はどうなんだろうね。つけてる選手もいるだろうね、Jリーグの。
つけてる選手もいると思いますよ。
それならいそうですね。
今なんてほんまJスピーやJFL、地域での選手もつけてる人いますからね。
ええ、そうなんだ。そうなんすか村中さん。
まあ、いるでしょう。でも別に東南アジアでプレーしてるサッカー選手もつけてたりするしね。
海外なんかは逆に今はもう代理人つけないけへんのちゃうかなぐらいじゃないですか。
それはもちろん代理人出していきましたし。
なるほど。そのあとシンガポールで行ったっていうところですけれども、
ゴールキーパーの壁と海外での苦悩
やっぱりなかなか最初の海外経験だったんですけれども、
だと思うんですけど、そのあたりは苦労、最初のシンガポールは苦労したとか、
逆に順調に行けたとかっていうとどういった感じでしたか。
基本順調なことはないですね。やっぱりプライベートはもちろんこういう私性格で楽しくさせてもらったんですけど、
サッカーはやっぱりキーパーって。
はい。
じゃないですか。
うん。
やっぱどこ行ってもベテランの選手がおるし。
確かに。
だから当時僕が行ったときも、2013年も原さんっていうベテランの選手がいて、
もう前回とかで200試合ぐらい出たベテランの方なんですけど、
やっぱり自分の方が若くて動けるし、
って思ってても僕も30になってわかったのは、ベテランの人って安定してるじゃないですか。
うん。
ゲームも作れるし、監督としては計算できる。
若くて勢いはあるけど波があって計算しにくい選手ってゴールキーパーじゃ使いにくいじゃないですか。
うーん。
だからなかなか若い選手で、今でもJリーガーとかでもなかなかJFL行ったり地域リーガー行ったら出れてないキーパーもいっぱいある。
レンタルで。
J3、JFL、地域リーガー行っても出れない選手もいるんで、それほどキーパーって経験だったりっていうのは重要なポジションで。
まさしくその壁にぶち当たってましたね、自分も。
うーん。
2年目には半分以上出たんですけど、3年目の2015年にまた野沢さんが来られて、もちろんJリーグで何百試合も打ってたような。
来られてそこでもうやっぱ痛感しましたね、ほんまに。ゴールキーパーはやっぱ経験が必要だっていうところで。
うーん。
難しいポジションですよね、やっぱり。
なんか言われるけど。
ゴールキーパーって我慢なんですよ。
あー、なるほど。
我慢なんです。当時のアルビシンガーの監督にも言われたんですけど、我慢、忍耐なんですよ。
ただ僕ってこういう性格で結構いろんなところに行きたかったり、良くも悪くもいいところでもあるんですよ。
いろんな人と交流したり、いろんなことを経験したり、いろんなことをしたい。どちらかと言ったらあんまり我慢は得意じゃないタイプだったんで、
なかなかそういうところでグッと堪えて我慢して、チャンスを待つっていうことができなかったんで。
だからちょっと次のチーム行っちゃおうだって、新しいカップに行っちゃおうっていう。
うーん、なるほど。
その3シーズン所属した後にミイオビアコ市外に戻るってことですよね?
そう、ミイオビアコその時に、日本に戻る時にいろいろ練習参加もさせてもらって、
JFLのチームだったりのチームも含めて。
それはジミニリーグが厳しかったんで。
で、そこでもミイオでもキーパーの先輩が、これまたJFLで何百試合も出てるような。
そこの会場も崩せなかったし、数試合は出れたんですけど、やっぱり良い時と悪い時の波だったり。
今思えば自分が監督でも大きいのが計算できへんなっていう。
あー、自分でもそう思ってますね。
思ってますね、やっぱりそこは。
やっぱりそんな元Jリーガーになって良いところはもちろんあるんですけど、
やっぱりそういうゴールキーパーっていう、そういう場所なんで。
だから逆に我慢して我慢して、サンガのゴールキーパー、太田選手わかります?
はいはいはい。
彼なんかはもう、僕セレストにいた時に練習参加もこられてたんですよ、大学の時に。
そっからJ2やJ3をてんてんとしとるまで我慢して我慢して、
たぶんチャンスがサンガで掴めとった。
太田選手みたいにやっぱりゴールキーパーってのは我慢。
引退する人がやって花開くんちゃうかなって思いますわ、本番に。
そうですよね、太田選手はなかなか確かにJ2とかでもあんまり出場経験ない選手でしたもんね。
ゴールキーパーってそういうところが僕は大事だと思う。
僕みたいな人たちはこっちに行くもん。もちろんね、いろんな経験にはなると思うんですけど、
我慢っていうところもやっぱりキーパーは必要かな。
なるほど。なんかあれですね、僕らも何回かゲストの方出ていただいたところもあるんですけど、
それこそRBシンガポールで一緒にやって、一緒かわかんないですけど下野さんとかにも来ていただいたんですけど。
違いますけどもちろん何回か交流はさせてもらったこともあります。
このゴールキーパーという特殊性でちょっとやっぱりなんか話が聞いてる感じ違いますね。
キーパーはやっぱり違いますね、ほんまに。
全然なんか違います、僕も。そう感じます。聞いてて、お聞きしてて。
ちなみにその後またもう一度カンボジアに行かれるわけじゃないですか。
それはどういう経緯だったんですか?
カンボジアでの挑戦:アジアイエロー・ユナイテッド
JFLでも数試合しか出れなくて、うまいこといかなかった。
言ったように我慢強くないというところで、もう一回新しい環境、一回やりたいなっていうところで。
でもやっぱり日本でJFLで出れなかったってことは、他のJFLのチームが行ってもなかなかうまいこといかんだよなって自分の中で思ったんで、
その中でもう一回ちょっと日本じゃ多分お金はもらえないと思ったんで、
もう一回ちょっとお金をもらいながらプロとしてサッカーできるっていう環境で、
いろんなリサーチとか調べた結果、カンボジアが当時可能性はあるんちゃうかなっていうところで、
村中さんも。
岡田さんも、プノンペンクラウンのGMがなんかされた、誰でしたっけ日本人の。
ノリさん?
そうだ、ノリさん、ノリさん。
ノリさんにちょっと当時のIFシンガポールの監督さんの奥山さんから話しつけてもらって、練習参加だけとりあえず。
プノンペンクラウンっていうチームは強いチームなんで、外国人キーパーはいらんと。
外国人決まってるから外国人キーパーはいらへんけど、カンボジアになれるっていうことで練習参加の受け入れができるよってことで、
とりあえずそこで行かしてもらって、片道だらけ航空券買って、
でももともとダメって分かったんですよ、このチームが。
契約までにはいかないよってこと?
もともと知ってたんで、2週間くらい参加させてもらって、
そのうちにギリギリとガボしといて、
ならしといて体の。
で、体が調子よくなったってことで、切り上げて違うチームに練習参加して、
その後、その違うチームも外国人がいっぱいいたんですよ。
はい。
どうしようかなって思った時にたまたまFacebookで、
そのセレクションをやるよっていう前の最下位のチーム、アジアイエロー・ユネイテッドなんですけど、
やるよってところで、ほなじゃあ行ってみるかってことで、
何もつけもなくとりあえずセレクション会場に行って、
最初から最後まで残ったのが多分僕だけだったから、そのセレクションで残ったのは。
そこから入団が決まるみたいな感じですか?
そうですね、入団がそこから1ヶ月くらいずっと練習参加して、
で決まって、まあでも決まるんですけど給料がめちゃくちゃ低くて。
笑っちゃダメだけど。
めちゃくちゃ低かったんですよ。
言ったら悪いですけど、Under-18の日本代表にもなって、J1でもプレイ経験あったのに、
100%日本人で一番金額が低かった。
村中さんあんたは想像できると思いますけど。
そうなんですか村中さん。
いやでもわかんない。
それわかるよ。
わかるけど、実際の金額が大きいのかわかんないけど、相当低いって言う中低いだろうねっていう。
でしょ?EUとかだったら当時めちゃくちゃ低いじゃないですか。
その中でもやるしかねえなと思って。
他のチーム行っても契約できる保証もないし。
とりあえずもオファーもらったから。
めっちゃ低い金額だったけどやるしかねえと思って。
これはWikipediaには日本学校の講師のアルバイトを行いながらプレイって書いてあるんですけど。
これ本当ってことですか?
給料が低くて。
どうしようかなってところで。
たまたま日本語学校でアルバイトができるって言ってもらったんで。
午前中は日本語学校でアルバイト。
その後にサッカー。
結局日本から飛び出してきてプロになりたいと思いながら行ったのに。
海外で仕事するってなかなか。
そうですね。
これもエピソードだなと思って。
当時住んでたのもカンボジア人10人ぐらいとタコ部屋で住んで、
自分のプライベートなんか一切なく過ごしてました。
選手とかってことですか?
いや違います。日本語学校に結宿してる生徒たちです。
同じ空間で同じ部屋?
同じ空間で同じ部屋です。
10人以上おったんちゃうかな。
俺の方がちょっと恵まれてたんだ。
俺もカンボジア人とシェアしてたからさ。
1人1部屋ありました?
1人1部屋、一応あって。
日本人の方が持ってた会社の従業員のアパートみたいな、寮みたいなところ。
安く貸してもらっててさ。
でも洗濯機も一個だったから、みんなで使ってたからすごい山盛りになっててさ。
僕らはほんまに、多分僕だけですよ、そんなことしてたのは。
いやそうですよね、すごい話だな。
ちなみにこのアジアユーロユナイデッドは、カンボジアの都市でいうとどこに?
一応プノンペンです。
プノンペンにあるんですね。
大きいのの時は、僕の時はセントラル会社とかホームアドベンツの中で全部プノンペンにやってたんだよ。
そう、そう、そう。
なんかどっかに作ったんすけど、カジアも。
使わずに。
使わずに。
まあまあまあそんな感じでプノンペンに。
大学のチームなんですよ、部隊が。
大学はプノンペンになって。
なんかこのアジアユーロユナイデッド、エジプト人がいるイメージがあるんだよね。
そうですよ。
いたんだ。
彼のせいでいろいろ僕もありましたからね。
長いよね、そんなエジプト人長くない?
いや、1回向けてて。
選手ですか?スタッフ?
フォワード?
僕がどこか中盤くらいだったと思う。
攻めの選手ね。
だいたいさ、東南アジアだってアフリカンと日本人、アジア人のみだったけどなんかエジプト人がいたって。
このアジアユーロユナイテッドっていうチームはね。
結構特殊なんですよ。
ほんまに。
言える範囲で。
意味わからんくらいアフリカ人が連中来るんですよ。
選手じゃないのに。
エリア人だったり、カメルーン人、リベリア人、どこかわからんような。
大学のチームと関係があるのかな?
アフリカンのチームってあったよね?
アフリカウォールスターみたいなチームがあって。
それは一体アマチュアっていうか、リーグちゃうんですけど。
アマチュアリーグみたいなところであって、そこの選手たちも結構来るんですよ、練習に。
なるほど。
だから紅白線が海アフリカ人みたいな。
特殊だなあ。
そうなんですよ。結構その追ったチームが特殊で。
そのおかげでいろんな交流はさせてもらいましたけどね、本当に。
そんな結構特殊なチームで。
で、箱部屋で。
そっちはみんな、給料低いって言っても家賃払ってなんとか生活はできてるって。
今はだいぶいいって言ってますよ、みんな。
今は逆にアジアユーロユナイトとか消滅して、そういうチームは消滅していったんですよ、給料の低いチームが。
で、ちゃんと給料払えるチームが残ったっていうイメージは。
それで1シーズンプレイして、アンコルタイガーに移籍っていう形ですよね。
カンボジアサッカーの環境と外国人枠の難しさ
そうですね、タイガー、日本のオーナーのチームなんですけど、そこでオファーもらって。
そのタイガーはもちろんちゃんとサッカーだけでも生活できる給料もありましたし、
それなりの生活はできるようになりました。
さすがにここは1人部屋を用意してもらってって感じですか。
カンボジアが当時は、今はわからないですけど、当時はチームからあんまり部屋用意っていうのがなかったんで。
自分で借りるみたいな。
借りても全然いけるぐらいの楽しい給料はもらってましたし。
日本のチーム、日本人のオーナーということで、チームとしてはもちろんしっかりとしてます。
でも、アジアユーロユーナエティブのほうがカオス具合がちょっと。
タイガーといったら好きでしたけどね。
いや、この話は聞いたことがないなと思いますね。
みんなサッカーの集中したいですもんね。
わかりました。ありがとうございます。
じゃあ次の質問ですね。
カンボジアサッカーと日本サッカーの環境やプレイスタイルの違いっていうところで、
やっぱり上位と下位の差が激しくて。
特にキーパーだと削られたりとか。
やっぱり上位と下位。
ジェニーグって周りに見ると上位と下位差がないじゃないですか。どこの国でも。
やっぱりスペインとかでもリアルだったりバレスだったり強くて。
カンボジアももちろんスーツチームが強くて。
スーツチームで買い争いをするみたいな。当時は。
実際僕の1年目にいたアジアユルイナイテッドも、
ほんまにあといっぱいでもしたら広角消滅っていうところでチームが。
やっぱり当時はグラウンドも悪くて。
雨が降りたら田んぼみたいになるし。
僕のカンボジア時代のプレーションを見てもらったら、
田んぼみたいなのしてるとこもあるし、スナバみたいなのしてるときもあるんで。
カツが繋がらないんですよね、どうしても。
後ろから繋いでいこうって言って繋いだと言っても、
真っ直ぐポコッとなってダメなんで、結局僕がいたときは、
やっぱり前のアフリカ人強い選手に当ててっていう作家でした。
今はでもだいぶ外国人の質も変わって、
日本代表経験のある選手も今カンボジアにはいますし、
結構マジレリーグに乗ったような外国人も今はいます。
今はレフトがかかっておってますけど、僕がおった当時は、
ほんまにそんな感じでしたね。アフリカ人を前に3人おいて、
そいつらで何とかしようっていう。
やっぱりその中で外国人キーパーとして戦うのはほんまに難しかったです。
コミュニケーションの部分は?
コミュニケーションの部分ですけど、負けたら、どんだけキーパーが頑張っても負けたら負けじゃないですか。
1-0で負けば5-0で負けようが負けは負けじゃないですか。
だからどんだけ僕が出て、どんだけ止めたとしても負けたら、
オギノでしたけど次はディレナリオ。
それだったら前にもう一人アフリカ人を置きますよ、外人を置きますよ。
そうした方が点は取れるチャンスもあるからね。
結構いいプレーしても外されたりはしましたね。
そういう外国人のゴールキーパーの難しさもそこで経験できましたね。
だからゴールキーパーってフィールドプレイだと全然違うんですよ。
さっきからずっと言ってますけど、やっぱりこれは海外でもまた違った。
どんだけ活躍しても外国人枠争いにどうしても負けたりすることはあります。
このアンコールタイガーでは2シーズンプレーされたんですよね。
実は2年契約だったんですけど、1年プレーして2年目のプレーシーズンでちょっと監督と褒めて。
それもまさしく同じですね。外国人ゴールキーパーをいらないって言われた途中で。
練習試合で急失点したんですよ。
負けして、僕が急失点したのもダメなんですけど、
僕からしたらディフェンスちゃんとしてくれよって思いもあるし、他の外国人含めて。
でもやっぱり急点決められたら負けたってことは、外国人キーパーとしては難しさ。
だって僕が監督でも外国人キーパーだして急失点したら嫌なんですよ、外国人キーパー。
そうじゃないですか。
それだったらもう1人増えると2外国人いるじゃないですか。
そうですね。確かにそうですね。
だからそれはさっきと一緒で、どんだけ外国人キーパーの難しさですね。
特に日本はそれでも強化してもらえるじゃないですか。頑張って止めたり、
ゴールキーパーのおかげでゲームが作れてたら。
でも東南アジアってのはそういうんじゃなくて、
特にカンボジアは当時の、どんだけゲームを作ってどんだけ忍びたとしても負けやおまけなんで。
うーん、なるほど。
監督とちょっとそこで合わなくて、チームはもちろん引き止めてくれたんですけど、
ただ、僕もさっき言った通り我慢ができない人間なんで。
それだったらやめたるわ、言うて。
外国人の監督でした?
スペイン人。
結構熱い監督なんで、ガッてなるタイプでワーって言ってくるんで。
でもなかなか日本人、なかなかないじゃないですか。
そこまで熱くなれる人って。
いい意味でも悪い意味でも。
そこでビッグバーって言われて、いらないってことだったんで。
こんなちょっと契約が残ってるけど、やめますって言うと。
僕もやっぱり尖ってたんで、当時。
尖ってますね。
帰国と海外で求められるメンタリティ
だいぶ尖ってるでしょ。それでやめて。
で、そこから日本に帰るんですけど。
日本に帰る前に実は1チーム決まり出かけてたチームがあって。
それはカンボジアですか?
カンボジアで、カンボジアで。
で、それはまたナイジェリア人たち、アフリカ人たちがいろいろ原因で亡くなっちゃったんですけど。
最初のチームと僕で話ができてたんですよ。
ただ、アフリカンウォースターズの監督みたいなのが間に入ってきて、
オギロちょっと待ってと。
変にしてやるから契約待って。
変に間に入られて。
僕はそれでも契約は決まったけど、
さっき言ってたエジプト人のジェームエイドがビジネス選手って言うて、
お金を払って契約する選手。
選手がお金を払ってチームに。
なんぼか払って、プロにではならないような選手をチームに入れるっていう。
という悪いビジネス。
プロサッカーリーグとは思えないビジネスがあるわけですね。
当時はあったんで、
それのビジネス選手のお金が決まらないとオギロの給料が決まらないと言われてた。
なるほど。
ウィンドウ閉じても決まらへんわ。
そんなんでされて、こっちももう未来だして。
せっかくこっちが決めかけとったのに勝手に入られて契約ぐちゃぐちゃにされて、
アギクになってたらビジネス選手だとか言われて。
でもその中でスタートするんだったらもう日本に帰ろうと思って。
一回さっきしたやつ一回日本に帰って。
当時付き合ってた彼女たちの彼女とも結婚が決まってたんで、
それだったらしっかりと日本に帰って結婚生活をしたいなっていうところで日本に帰りました。
ありがとうございます。
逆に今オギロさんから見て、
外国でスキーパーをやる上でそのリーグに適合とか外国に適合していくって何が必要だと思います?
どういうメンタルというか。
やっぱりそこも我慢強さじゃないですか。
なるほど。
やっぱり外されるんですよ。どんなリープレーしとっても。
そこで浮き沈んでしない選手。僕はどうしてもそこで浮き沈んでしちゃったんで。
なんでリープレーしたらなんで出さないんだよって結構僕は言ったり態度を出したりするんで。
なるほど。
そこはやっぱり我慢できる選手。
だから監督にいらねえって言われてもそこで我慢できる。
僕みたいにもじゃあ僕は行こうって言っていくんじゃなくて。
だからやっぱりスキーパーは海外にしろ日本にしろ忍耐力ですね。
大事なのは。僕に足りなかったところがそこだと思います。
なるほど。わかりました。ありがとうございます。
海外生活の思い出と価値観の違い
次の質問ですね。
第7問で海外生活で良かった思い出や苦労したことを教えてくださいというところで。
良かったところで言うとローカルの人と仲良くなってたっていうところをおっしゃっていただいたと思うんですけど。
シンガポールの時もおったじゃないですか。周りに岡田さんも多分植中さんも分かると思うけど。
オーカーセンターって言うて。シンガポールってそこら中にフードコートみたいなのがあるんですよ。
はいはい。
選手もそこに食堂があって。アルビ食堂。そこで食べるんですけどそこの近くに結構選手のこと応援してくれてるとか話しかけてくれるローカルの人たちがいて。
みんなは話しかけられてもちょっと喋ってバイバイぐらいだったんですけど。僕はもうどっぷりそこに使っちゃって。
そこで言うたらあんまり良くないですけど、ビール飲んだりみんなと一緒に。
あとは違うパン屋の看板娘にいつも話しかけたりしとったら、オーナーが出てきてそのオーナーの人と仲良くなって、オーナーの人にスパッと言われて行ってもらったりとか。
これ何だっけですか。岡田さんと村上さんそういう選手っているんですか?現地の人と仲良くなるのって。
それこそアルビレックスシンガポールのホームスタジアムのジュローニストスタジアムの周りのフォーカーセンターにいる人たちと、ここまで仲良くなった選手はオギノ以外で聞いたことないけどねって。だって試合まで来てくれたんでしょ。
言ってくれました。靴直す職人の人いるじゃないですか。
懐かしい。
それ。
いるよね。確かなんかいろいろ直してくれるおじさんいたよね。
いるんですよ。うちのオッサイ選手のいるコンドミニアムとアルビ食堂の間にある靴直してくれる職人がいるんですけど、その職人とその職人の周り、バクテーって言うて、スーパーみたいなのを経営してるおじさんとも仲良くなりましたし、
その周りの何人も仲良くなって、そこで一緒にバクテーもただで壊してもらったりとか、そんなことばっかりしてましたね。
で、俺らが応援してくれて。でも、そんなワイワイした感じですけど、結構シビアで彼らは。
お金はもちろんそんなにもらってなかったんで、なんでそんなお金もらえないのにサッカーするの?って結構言われましたね。
やっぱりシンガポール人ってそういうビジネスに結構シビアなんで、日本人とどちらかと言ったら夢を追いかけたり、夢を追いかけてそこでお金もらってプロになって給料が低くてもすごいねって感じじゃないですか。
でもやっぱりシンガポールのとき言われたら、お前は日本人なんだから日本で帰って仕事した方が絶対儲けられるだろうと言われて。
サッカー選手への価値観っていう違いはありましたね。仲良くなったんで、そういうとこは結構ちゃんとシビアのとこは言われました。
これはカンボジアも一緒で。カンボジアでサッカーしてるときにもちろん仲良くなったんですよ。周りのちょっとしたお店やってる人と仲良くなって。
そういうとこまで飯食いに行ってたら、なんでサッカー選手なんやって。カンボジアでサッカーしても、多くてもこんだけしかもらえんのねって言ったら、自分でビジネスやったりしたら、日本で帰って仕事した方がお金もらえるぞって。
だからやっぱり日本人とカンボジア人とシンドポル人の価値観の違いっていうのは教えてもらいましたね。楽しい中でもそうやって現実を教えてもらったり、いろんな自分の価値観にプラスに上がったりしましたね。
ちなみに言葉とかは、言語とかはどうしてたっていうか。
英語つかない英語でやってました。
問題なくコミュニケーションできるぐらいは。
一応新学校だったんで、大学受験までやってたんで、中学英語ぐらいはもうちょっとできるんです。
カンボジアもですか。
カンボジアもたまたま英語が通じる人があったんで、その人。仲良くなって。今もインスタとかフォローしたりはしてるんですけど。
最初に声かけてくれて。最後騙されそうになったんですけど。そこがカンボジアっぽくていいかな。
逆に苦労したことっていうと、自分の意見というか主張する難しさというか。
契約もナイジェリア人に入られてぐちゃぐちゃになったじゃないですか。そこもだからもうちょっと自分で主張してはいらんと、俺らで自分でやるっていうかさ。
契約も決まったかもしれんけど、もう押されてしまって。
だったりもあるし、プレイ中もさっき言ったように、そこでちょっと謝ったりとかすると自分のせいになったりとか。
それはでもあれですよ。もちろん質の高い外国人選手だったら理解はしてくれると思うんですよ。謝ったとしたら大丈夫だみたいな。
ただ当時はそんなに質のいい外国人は見なかったんで。特にしかもあんまり強くないチームだったんで。
そこが難しかったです。やっぱり外国人との価値観の違い。それは痛感しました。
確かに。難しいところですよね。やっぱりキーパーというポジションだからこその難しさも合わさってありますよね。
フィールドだったらまた違いますね。ゴールキーパーとフィールドの違いっていうのがまた。
確かに。ありがとうございます。
番組の締めと次回予告
ちょっと第2回の方はお時間が来てしまいましたので、ここで終わりたいと思います。
第3回も引き続きお話を聞いていきますので、小池さんよろしくお願いいたします。
お願いします。
お時間になりましたので、今回はここで締めたいと思います。
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それでは次回の配信をお楽しみに。聞いてくれた皆様ありがとうございました。さよなら。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
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