路地裏クリエイティブの谷口です。
同じく丸山です。
この番組は、事業会社とPR会社という広告クリエイティブの路地裏にルーツを持つ2人が、企画やコピーなどについて自由に語っていく番組です。
決まった台本は特になし、興味のあるテーマについて気の向くまま喋っていきます。
なお、番組内での発言は基本的に個人の考えであり、所属する企業の立場や見解を反映するものではありません。
それでは早速スタートです。
新年2回目の配信になるかと思うんですが、今回はちょっと去年たまってて、実は回答できてなかったお便りというか、質問、結構来てたんですけど、
僕らも毎回番組の最後に感想や質問はぜひとか言っておきながら、全然番組で取り上げないという、自分たちが話したいことに夢中になってしまってたなという、
ちょっと昨年の反省もありつつ、
また新年ということもあり、去年いただいてた質問にちょっとまとめていくつかピックアップをして回答できればなと思っているので、
そういう回に今回させていただこうかなと思っております。
はい、お願いします。
早速いくつか来てたと思うので、森山さんご紹介お願いします。
じゃあですね、一つ目の質問ということで、特命の方からです。
いつも楽しく聞いております。ありがとうございます。
お二人の2026年の目標などがあれば聞きたいですということで、新年にふさわしい質問ということでピックアップさせてもらいましたけれども、どうですか。
目標はね、先週の回でもね、ロジクリの2025年を振り返りつつ、6年の抱負で、なんかマドカマギカについて話したいみたいなね。
それは抱負なのかっていうのもあるけど。
まあそういう番組の話もありつつね、ちょっと多分個人としてのテーマかなっていう質問の意図的にはね、気がしたので、
番組の話は先週のやつをぜひ聞いていただければと思ってますが、
そうですね、僕は結構、あれはさんも一緒かもしれないですけど、転職してっていうのがあるので、
なんかしっかり現環境で何か成果を出すみたいなところはやっていきたいなっていうのはあるので、
そこの仕事にしっかり向き合うっていうところがベーシックにありつつ、
僕もその30歳に突入するんですよ、2月から。2月が誕生日で早生まれなんですけど、
30歳以降は広告クリエイティブからの越境みたいな、今までってコピーライターとプランナーとかアートディレクターの越境みたいなことの話が多かった気がするんですけど、
なんかこの先考えていたときに、僕は結構経営とかビジネスみたいなところに今は結構関心があるんで、
自分の弱みとしてファイナンスとか財務諸表とか決算とかって結構苦手意識があるっていうか、
ただ、そういうこととクリエイティブをつなげる存在みたいなのってすごい貴重というか敬意だったなっていうのはすごく思ったりもしてますし、
やっぱり事業会社にいるんで、そういう経営の視点とかでいろんな人たちと会話をしていく共通言語を獲得したいなみたいな気持ちがあったりするんで、
もちろんコピー書いたりとかクリエイティブとして純粋なところのスキルは引き続き追求高めつつ、
ですけど、なんかそういうちょっとまたビジネスの上流というかにトライしてみたいというか、
自分の事業としてっていうのはいつかもやってみたいなって気持ちもありますけど、まずは知識として、コピーの本ばっか読んでんじゃないぞと、
ちょっと企業の本読んでみようかなとか、ファイナンスの本読んでみようかなみたいな感じで、
そういうところで得た学びとかもぜひ番組内で紹介できれば、僕の棚卸しもなるからいいなと思ったりしております。
そうだったんですね。なるほど。それはあれですか、クリエイティブからの越境みたいなことというのは、
越境することそのものを支援するみたいな、橋を架けるみたいなことに。
そうですね。なんか表現作ってるフェーズのやっぱり手前の部分のもっとやれることありそうみたいな感覚で、
いい絵を作るとかいいコピーを作るの前にやっぱりいい戦略を描くみたいな、
ストラテジーも極めると経営と近くなってくる気がするんで、
結構そういうストラテジーのところとかもっと強くなりたいなみたいな気持ちなのかもしれないですね。
面白いですね。いつか谷口さんが令和のトライで出ることを見れるのかな。
いや、そういうのは出たくない。
そういうのは出たくない。
嘘を結構見てるんですけど。
ああいうのは見るのはいいですけど、出たくはないですよね。
ポッドキャストでそそぼそと発信してるぐらいがちょうどいいかなっていうね。
大々的に瞬間風速を上げにいけるみたいなやり方あんまり好きじゃないから。
確かに。ちょっと令和のトライ視点的な番組だなと思ってたんで。
だから僕は見てるのかもしれない。
僕は見てるのかもしれない。
真莉愛さんどうですか、報告。
2026の目標、そうですね。
なんか割とフワフワでしたけど、
強いて言えば、やっぱ実務でスマッシュヒットを打ってみたいなっていうことですかね。
やっぱそういうタイミングですよね。
そうですね。
工房とかで得てきた実績を元に、実務でやっぱり代表作というかね。
これやったの自分だとか、これ仕掛けた長本人だみたいなところを30代でどれだけできるかみたいな、
結構そういうチャレンジな感じありますよね。
そうなんですよね。
だから今までずっと工房やってきて、そこをやり続けるのが楽しかったからやり続けてこれたけど、
やっぱそこで知り合った友達とかも、今結構目線が実務の方に向いてるというか。
やっぱりいつまでも工房だけだと難しいところがあるなというふうに思ったりしたんで、
去年ちょっといろんな海外賞に行ってたりもしたんですよ、現地に。
視察というか、勉強のために行ってたやつとか。
やっぱそこの熱を浴びると、この場に参加したいなっていう気持ちが強くなってきたりもするんで、
それに当てられてる部分もあるかもしれない。
なるほど。
思いましたですね。
なので、どちらにせよ形にちゃんとしたもので賞を取る。
賞を取ることが目標というよりも、ちゃんと世の中に響くような、しっかり実装することをしたいっていうイメージですかね。
そこが僕の弱みでもあるなというふうにも自覚してるんで。
そうなんですね。
その弱みっていうのは実装する領域においてどうですか?
どちらかというと、考えることにずっとエクスタシーを感じちゃって、
ちゃんと作りきることにあんまり目向けてなかったかもみたいな。
それよくないなって思って、最近。
よくないなって思って。
よくないなって思って。
反省してるところもあるんで。
そういう感じですかね。
そういう意味ではね、丸山さんのアイデアを結構僕がプロデュースする感じで連携する機会とかもね、
ちょいちょいあったりするから、
そういう、何ですかね、実装に得意な人間とアイデアを出すのが得意な人間とか、
本当は同じチームに複数にいて、総合にフォローできあうと早いですよね。
早い。
必ずしも自分の所属してるチームに、それぞれ自分と違う強みのあるメンバーがいるかっていうとね、
一人で全て戦わなきゃいけない時もあったりするし、
どっちもできるに越したことはないみたいな。
まさにおっしゃる通りですね。
本当に将来、起業するとか経営側に行くとかそんなことは全然考えてないんですけど、僕は。
強いて言うなら、強いて言うならちょっとおもころライターにはなってみたいっていうのが。
ああいう何にも縛られない企画をただただ自分がやるみたいな。
自分が面白いと思うものをただただ純粋に発信するみたいなこと好きなんで、
ちょっとそこへの憧れはありますね。
おもころ配もね、昨年撮られてましたし。
そう、おもころ配やってた時がもしかしたら一番楽しかったかもしれないなと思って今。
ちょっとじゃあ、もしおもころ関係の方がこれ番組聞いてたら、ぜひマルマ君を採用面接受けさせていただければ。
ちょっとライターよろしくお願いしますという感じで。
じゃあ1個目の質問もそんな感じで、2個目いただいた質問にお話します。
こまつさんという方からです。
お二人がコピーライターになるまでの経緯を伺いたいです。
どのように就職活動を進めたか、最初からコピーライターを目指してたか、など教えてもらえたらと思います。
ということですね。
キャリアのね、昔の話って初期の方ではちょっと話してた気がしますけど、
最近あんまり話してないから、この文脈もぜひお話しできればと思いますが、今回は丸山さんからいきましょう。
これ、人のタイプと今置かれている状況のタイプの2×2の4パターンあるかなと思って。
また証言に湧き始めてる。
そう、ちょっと証言が浮かんできちゃうと話しちゃうんだよ。
なんですか、X軸とY軸は。
X軸とY軸は、コピーライターになりたくてなってるタイプ。
別にコピーライターというものをど真ん中で目指してないけど、コピーライターになるタイプがX証言、X軸で。
で、Y軸が広告クリエイティブの中の人、つまり転局を目指すっていうタイプの人が、
もう完全に違う業界、違う領域から、もう一からコピーライターを目指す状況感、環境的要因。
このどっちもの話があると思ってて、僕は割とコピーライターにそもそもなろうと思ってたタイプじゃない。
むしろどちらかというと辞任としては言葉苦手な方という辞任があるんで、あんまりそこを真ん中で目指しなかったのと、
環境要因的には外の人間というか、もともとPRの会社にいたんで、全然コピーライティングとかとはそんなに身近じゃないところだったですね。
っていうところからスタートしてるっていう感じなんですけど、本当に経緯としては、最初僕はめっちゃ企画が好きだなと思って企画をやってたんですね。
企画をやっていく中で、その企画をシャープに伝えるために、言葉って絶対必要になる。
企画を伝えるためもそうだし、企画の中で何を残すのか、企画で何を運ぶのか、ここには絶対言葉が必要なんで、この言葉の開発をしてたと。
この企画をどんどん太く尖らせていくというか、企画を鍛えていけばいくほど、どんどんそれが言葉としてもシャープになっていくというか。
企画と言葉って割とニアリーイコールというか、っていう感じなんで、企画を育てていけばいくほど、コピーもそれに相対して何とかスキルとしては積み上がっていくという感覚があったんで。
その中で、企画の中で言葉を書くということをコピーライティングというふうに言っていたんですよね、外に対して。
そしたら、コピーライターとして一回クライアントさんの前に立たせてもらって、それが実装できたら、それが実績になっちゃうからコピーライターになっちゃうじゃないですか、みたいな感じで。
もうなんか、それこそ佐古さんの回で話した話なんですけど、やっていくうちにコピーライティングというものをやりましたっていう、自称からだんだん実績につながっていって、その実績が肩書きになっていったみたいな。
そういう流れでしたね。っていうのが、あんまり言葉ど真ん中じゃなくて、環境的にも外の人のパターンでは多いんじゃないかなと思うんですけどね。
結構、企画を通すために必要な力だなっていうことが自覚されていったみたいな感じなんですか。
そうですね。本当、もともとは本も読まないし、言葉も目が滑るから、全然コピーライティングとかやりたくないな、みたいなことを思ってたんですけど、企画やっていくうちに、言葉を書かない企画ってありえないから、やるしかねえかと思って始めたっていうのが本音でしたね。
ビジュアル進化で、それが世界の成り立っているマジョリティだった場合は、やってないかもしれないってことですね。
そうかもしれない。
絵作ってたら伝わるんだったら。
そうかもしれないですね。
別に無理にやらなくてもみたいなね。
そうなんすよね。海外で札束入れたガラスの広告とかあるじゃないですか。
あれとかは別に、アイデアビジュアルそのものには言葉はないけど、でもこれをじゃあどういうニュースにするかってなったときに、マスメディアに載せてもらうための言葉とかは結局作らなきゃいけないじゃないですか。
そうですね。
ってなってくると、やっぱりどこにもコピーライティングって必要だなみたいな風に思ったというか。
企画を作る中の言葉の開発のことをコピーライティングと呼んで、クライアントさんにもそう話して、社内にもそう話していたら、いつの間にかコピーライターという肩書になって、
コピーライターとして実績がありますということで、転職活動をしたり、そうやったらそれが正式な肩書になるみたいな。
そういう流れかなと思いますね。
逆にクリエイティブの採用でコピーライター枠取りますみたいなのって、今もうないじゃないですか。
ほぼないですね、今ね。
あったとしても、もう度経験者採用というか、すごいシニアコピーライターしか募集していませんみたいな感じが多いと思うから、なんかそういうことなんじゃないかなと思いましたけど。
コピーをね、書くっていう仕事の意味というか役割がそもそも変わってきてるっていう話がありますよね。
僕の話もあるんですけど、質問に大学時代の就活もみたいな話も書いてあった気がするんですけど、
その辺は前も丸山さんチラッとお話しいただいた気もするんですけど、その時は別に広告業界目指している感じではそんなになかったんですよね。
全然目指していなかったですね。もともと広告はあんまり見てなくて、どちらかというと就活そのものをゲームとして楽しんでたみたいな感じだったんで、
割といろんな業界に自分のエントリーシートを出しまくって、通してもらえるのが面白いみたいな。
そこも仮説検証のやり方としてやってますよね、丸山さんらしいというか。
自分が希望する業界や会社があって、そこに合わせて自分をどう見せにいくかっていうことが多くの人がやっている就職活動だと思うんですけど、
その構造に対しては僕は結構思うところはあるんですけど、それは置いておいて、
丸山さん的には自分がこういうところに面白がっている人間だよっていうアピールをした上で、
それでこいつ面白いなっていう会社がどこにあるんだろうっていう、そういう考え方でやってたっていうことですよね。
素晴らしい。まさにおっしゃっていただいた通りのこと。
だからそれがもうね、自己パブっていうね、自分のパブリシティーをって言ってたりしますけど、
もうその時からやってたっていうことで、思うとPR会社に流れ着くのも結構必然な気がしますね。
確かに。結局肌に合ってた感じがするんで。
なので就職活動も別にコピーライターっていうものをめちゃめちゃ見てたわけでは全然ないですね。
なるほどね。僕は4証言の話だと結構どこにプロットするか難しいなって思ったりしたんで、
丸山さん的に谷口さんこの辺じゃないですかっていうのがあったらぜひフォローいただきたいんですけど、
僕も時系列で大学の就職活動から話すと、僕はそもそも広告クリエイティブと全然僕も触れてなかった大学生活を送っていたので、
ただバンドをやって塾講師は結構楽しくて、塾講師のアルバイトしてたんですけど、
このまま先生みたいなことになってもいいかもなって一瞬思うときあったんですけど、
塾講師をずっとこの先30年間やるかっていうとなんかちょっと自分の人生的には違うかもしれないなと思ったんで、
塾講師になるのはやめて一般的に就職、バンドもなかなかうまくいかなかったので就職しようと思って、
ずっと大学はマーケティング学んでいたので、基本的に僕の就職活動の軸は2Cのメーカーのマーケティングチームを基本的に希望して受けてたっていう感じだったので、
まさか当時の自分はクリエイティブの世界に今いるっていうのは想像もついてないだろうなっていうのがまず大前提あります。
ただ、前からバンドやってたのもそうですけど、言葉は好きだったし、そういう何か人を感動させたいみたいな、
僕のマーケティングって言ってるものもなんかそのリズメで数字を作って、こういうところに市場があるから売って、その仮説検証されたのが気持ちいいみたいな、
それ結構ロジカルなマーケティングではなくて、お客さんを人として見た時にどういうところに悩みがあって、どういうメッセージとかやっぱりその商品のポジショニングを取ると、
その商品がお客さんに受け入れられて、結果売れる、結果ブランドが作られていくみたいな、そういうところに関心があったので、
今思うと実際今やってる仕事とあんま変わんねえなって思うんですけど、そういう感じででも就職をしていて、
偶然一社目で入社した会社のそういう広告宣伝部の中のクリエイティブチームに配属になり、そこからキャリアが始まった感じだったので、
結構最初の1,2年3年目ぐらいまでは、かなりもう全部が新しいことで学ばせていただくというか、何もできないんですけど打ち合わせにいたりとか、
自分なりのアイデア出してみても基本的に全部何も通らないみたいな感じの日々だったので、
基本的にそういうもともとやりたいことの延長の中でたどり着いた場所でもがいてたら、なんか今のことにたどり着いたみたいな感じなので、
あんまりその広告クリエイティブやりたいコピーライターになりたいっていう感じではなかったですけど、
たぶんマレマさんよりは僕のいた組織っていうのは結構広告クリエイティブの純度はかなり高かったので、
広告代理店のクリエイティブ局とかなり近しい事業会社の中でもそういう文化だったので、
名刺にコピーライターとかプランナーっていうのは書いてはなかったですけど、やってること的にはもうそれに近い感じだったので、
いわゆるコピーライターとしてのまずやらないといけないことできるようにならないといけないことみたいなのを、
そこで叩き込まれていたっていう感じですかね、振り返ると。
なるほどね。でもあれですよね、肩書きとしては別にコピーライターではなかった。
なかったなかった。ただの事業会社の広告クリエイティブ担当って感じ。
そんなバックとした感じだったんですよね。
バックとした感じ。なんで、アートディレクションもやんなきゃいけないんですよ。
いわゆる専門職採用みたいな感じに見えて、別にあなたはコピーライターです、あなたはアートディレクターです、あなたはCFランナーです、なんていう職種を分けた肩書きにはなってなかったので、
全員がその担当におけるクリエイティブディレクターみたいな感じで、外部のプロダクションさんとか代理店さんとお付き合いをしながら一緒にものを作っていくっていう感じだったので、
そういうところが僕のなんでしょうね、クリエイティブディレクターって全然自分のことを今の実績で名乗れるとは思ってないんですけど、
立ち回り的にはそういうディレクションをすることの方が多かったりしたので、そういう意味ではチームを組んでこういうことを目指しましょうよってやってる方が結構僕としては楽しかったりするのも、そういうところにもルーツあるのかもなと思ったりしますね。
なるほどね。それ面白いっすね。でもなんかお互いに共通してるなって思うのは、コピーライティングという、競技のコピーライティングという意味での文字を書くっていう業務内容にあんまりフォーカスしてないというか。
そうですね。全体の中でそれもやらないといけなかったっていう感じでは似てるかもしれないですね。
全体とかそれを包括する大きな仕事としてやってて、コピー書かなきゃいけないなっていう風になって、その書いたものの実績を切り出して、いつの間にか肩書きとしてコピーライターっていう感じになる。
そうですね。僕は結構言葉に興味はあったんで、コピーライターになりたいなっていうのはありましたけどね、その軸としては。
なるほどね。
それを目指してやってたっていう感じですね。この辺の深掘りも、今カットしてるけど、ここ話せるなみたいなのもちょっとあったんで、ぜひちょっと僕の社会人1年目3年目ぐらいも詳細またどっかで話したい。
ちょっとおもろい。
結構他の代理店がやってないような仕事を結構やってて、それが僕のすごいベースの力になってるとかあったりするんで、そういうのも話したいですが、他にもちょっと質問がまだまだあった気がするので、あと1、2個ぐらいいきましょうか。
そうですね。ぜひちょっとそこの辺りの話はまた話すとして、では次の質問ですね。山吹色のだるまさんという方からいただいてます。
はい。
2個いただいたので、2個紹介をさせてもらおうかなと。
ありがとうございます。
1個目です。はい、ありがとうございます。
お2人のクリエイティブの熱情に刺激をいただいてます。ふと気になった質問です。ここまで広告や企画の世界にどっぷり浸かる経験や経体験はありますか?企画や広告に興味を持ったり、仕事として目指そうと思ったきっかけがあれば教えてもらいたいです。
ということですね。
ちょっとさっきと似ているところもあります。
うん、現体験ということで。
うん。
こちらは谷口さんから。
じゃあもう1個目のこの質問にまず答えればという。
はい、1個目で。
まず山脇いろんのだるまさんありがとうございます。質問。
ありがとうございます。
多分咲いた質問をいただいてるでしょうを差し上げたいと思います。引き続き番組のネタになるご質問とてもありがたいのでお待ちしております。
僕企画にどっぷりはまるきっかけ、言葉にはまるきっかけは僕単歌なんですけど、バンドの歌詞からきて単歌でそこの延長にコピーライティングがあるっていう感じなんですけど。
なんかあんまりそこは結構パーソナルで喋ってきたことも多少あったりするんですけど、仕事してて自分の企画とかアイディアっていうのがこういうふうに認められるんだっていう、そういう現体験はすごくもう明確に覚えていて。
ちょっとそれお話したいなと思うんですけど、1、2年目ぐらいそのくすぶってして、3年目ぐらいで多分コロナが来たんですよ。
コロナが来て、みんな在宅ワークになって、今まで出社して上司とかとこれどうですかとか話してたことがもうできなくなって、それでかなり仕事がストップせざるを得ないみたいな状況だったんですね。
で、こういう時こそクリエイティブやろうみたいなことを思ってて、当時多分僕もそのタイミングぐらいでGOさんがやってるクリエイティブアカデミーっていうTCAって言われるものの多分第一回があって、そこにコロナの給付金10万円で一般コースが10万円だったんでプラマイゼロやと思ってそこに突き込んでオンラインで学んでたんですよ。
そうやって自分も何か意識だけ高まってた状態だったので、これクリエイティブこそここで何かコロナで何も動けなくなった今こそ提案するべきなんじゃないかっていうのを思って、上司とコンスタントにやりとりがなかなか難しい状況になっていたので、自分の中で思い切ってこういうことが今世の中のお客さんに必要とされてるんじゃないかっていうのを僕と同世代ぐらいの担当者の方と2人3人ぐらいで勝手に何か企画作って、
勝手にSNSの投稿やったんですよ。
コロナ禍にこういうことをやってみたらどうですかみたいなことをメーカー志望で発信してみるみたいな、ちょっとやってみたら上司から電話かかってきて、やべえこれ絶対に怒られると思ってめっちゃビクビクしながら電話取ったのを覚えてるんですけど、
電話取ったら上司から谷口あれやったかって言われて、はい、やりましたみたいな感じで喋ってたらああいうのはもうどんどんやれって言われて、
そういうことが事業にいるクリエイティブで一番大事なんやみたいなことを言ってもらえて、
それがすごい自分の中で自分から動いて周りの承認とかではなくて本当に必要なものだって自分が思ってやったことに対して初めてではないですけどそれぐらいダイレクトに褒められたことが初めてだったのですごく記憶に残ってるんですけど、
そっから僕の何か自分でちゃんと社会を見て今すべきことを提案していくっていうスタンスが生まれた気がして、そっから結構企画楽しいなと思うきっかけになった気がしますね。
それを自分で追い込んでしまった状態だった時にPRの会社だったので、PRの企画の仕事が一個舞い込んできたんです。
新規の案件の相談として。
ここで企画というものに僕初めて触れたというか。
結構今まではメディアへの営業活動みたいなことがメインの仕事だったりもしたんで、
こういうクリエイティブな企画みたいなものをやったことなくて、触れたこともない。
もう当時勘でも知らないぐらいの知識量だったんで、全然そこに対する何もインプットなかったんですけど。
もうこの企画というもの、とにかく何か面白いことを思いつくという作業っていう、
粗い解像度で望んで、でもこれを頑張るしかないと思って。
当時いろいろ仕事もなあなあになり始めちゃってた時期だったんですけど、ここで既視改正しようと思って。
ガーッとこれだけをやったんですよ。
で、もう三日三晩寝ずに一つの企画を作ったんですね。
今だと考えられないけど、三日考えて一つしかできなかったんです。
エイアンだけ。
今になって考えたのは、クリエイティビューやってたら一晩で50個とか100個考えるみたいなのが当たり前って言ったらあれだけど、
そういう世界ではあるじゃないですか。
そんな中で三日考えて、スライド2枚ぐらいのエイアンだけを作って。
かわいい時代ですね。
かわいい丸山くん時代じゃないですか。
これしかねえと思って、でも自分としてはめっちゃ考えたからと思って、これを出したんですよ。
その時の社内のチームの編成が、会社の中でクリエイティブができる、すごいエース的な社員の人と一緒になるっていう、
潜在一愚の機会で、そこでこの企画をパッて一案だけを見せたら、この企画めっちゃ面白いじゃんって言って、
そのチームみんなが買ってくれたんですよ、僕の企画を。
これでいこうみたいな。
これでいこうって言って、これが一番面白いって言って。
で、これが企画とのセンターになって、センターになったことで僕にプレゼンさせてもらえて、
で、プレゼンしたらクライアントさんも目を輝かせて、これやりたいっすねって言ってくれたんですよ。
めっちゃいいっすね。
もう蜘蛛の糸ですよね、僕にとっては。
何もできなかったけど、この一瞬だけ主人公になれたっていう。
3年目で初めて社会人になってから、ようやく1回だけ光を浴びたっていう。
で、もうこれで僕の中の教科学習が始まっちゃって、ここしかないんだ、俺はと。
これで何とかやっていくしかないんだ、俺の社会人生はと。
思って、ちょうどその時に反則コンペが始まるっていう時期だったんですね。
反則コンペの話も全然知らなかったんで、初めてこんな面白いこと考える人がいっぱいいるんだなって思って、
チャレンジをしていったんですけど、その時にアイデアを出したい熱が高まってるんで、
1ヶ月ぐらいかけて、もう僕は1個じゃなくて、2個、3個、いや30個って30案ぐらい作ったんですよ。
30案ぐらい作って、紙に書いて、面白いって言ってくれた上司のことを信じて、
30個全部見せたら、いやちょっと今回全部面白くないかなって言われて。
あの1個は奇跡だった。
あの1個奇跡だったんだってことに気づいて、そこからいっぱい作っていかなきゃいけないんだなってことに気づいてっていう。
そういうループに入っていったって感じですね。
3日かけた企画がクソ企画じゃなくて本当に良かった。
その時に奇跡の一打が打ててたから今があるけど、多分打ててなかったらやってないと思うんですよ。
今も変わらずPRもやっぱ、そもそも社会人向いてないなってなって、
なんかどっかに消えてったかもしれない。
消えてったかもしれない、本当に。
なるほどね。