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どうも、みなさんおはこんばんにちは。たてねこです。えっと、今日は、見えないものを見ようとして、それがあなたにとってかけがえのないものなのかもしれないっていうことについてお話ししていければなーっていうふうに思います。
えっと、ここでは、最近なんか満たされないなーだったり、なんか普通にお金とかもらって暮らしてるけど、なんか満たされないんだよなーだったり、こうじゃない感というか、これじゃない感がある人に向けてちょっとお話ししていければなーっていうふうに思ってます。
その題名をね聞いてね、いやそれ超有名なあの人の歌詞にもあるじゃんって言うと思うんですけど、ちょっとそのことって結構生きていく上でというか、人が人生っていうことを考えたときに、あの一番というか大切にすることなのかなーっていうのをちょっと思ったので、今回お話ししていこうかなーっていうふうに思います。
えっと、なんていうかまあ個人的には、目に見えないものをその見ようとしたときに、初めて人って動き出していくのかなーっていうのをちょっと最近思っていて、そのなんていうかお金だったり、その周りにあるようなものっていうのをあるけどなんか満たされない。
これって目に見えないものを見ようとしてないからなのかなっていうのをちょっと思ったので、今回はねちょっとこのことについてお話ししていこうと思います。
はい。じゃあそもそも、その見えるものの幸せって長続きしないよねっていうことなんですけど、まあそれって多分皆さんすごい一番経験あるんじゃないかなーって思うんですけど、なんか新しいものを買ったときとか、そのまあ今までずっと欲しかったものを手に入れたときってすごくその時って幸せを感じるかもしれないんですよ。
なんですけど、なんか数日過ぎるとその嬉しさってだんだん薄れていくんですよね。
そのなんていうか、買ったときって瞬間的にそのバコーンって幸福度が上がるんですけど、その時間経過とともに徐々に加工していくんですよね。その嬉しさというか幸福感というか。
でもこれってすごいその当分摂取と同じ感じだなと思っていて、その急激に血糖値が上がって、で、その急に下がるみたいな感じだと思うんですけど、なんかこの幸せの感じ方だと、なんかその都度幸せという当分を摂取しないといけなくなっちゃうので、なんかその分虚しさだったり、もう幸せじゃない、なんかすぐにその満たされてない感っていうのが襲ってくるのかなって。
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ふうに感じました。
じゃあそもそも見えないものの幸せってじゃあ何ですか?伊達猫さん用っていうことになると思うんですけど、ちょっとあるその一般的に言われているものっていうのをちょっと挙げていこうかなと思います。
まあそれっていうのも、その愛、ラブですね、だったり、まあその誰かの役に立っている、だったり、あとはそのお友達とか、まあ職場だったり、まあ何でもいいんですけど、ゲーム友達とかでもいいんですけど、まあその仲間意識が芽生えたり、友情を感じたときっていうのだったり、あとは動物の世話をしているときだったりですかね。
これらって目に見えない何かを感じたときなんですよね、その感じるのが。
で、そのときってその心がだんだんあったかくなってくるというか、さっきの目に見えるものを手に入れたときのその瞬間的なバコーンっていうのじゃなくて、徐々に徐々にあったかくなってくる感じなんですよね。
これが私的にはその見えないものの正体で人が一番満たされるときなのかなというふうに思っています。
じゃあその人が満たされるものってまあ幸せっていうふうに多分言い換えることができると思うんですけど、そもそも人の幸せの根源というか元々のものって何なんだろうっていうことになると思うんですよ。
じゃあ何だろうかっていう。
じゃあ本当に目に見えないものが人を満たすのかっていうことを考えてたんですけど、
でもこれって思ったんですけど、昔ってそんなに今みたいなものがなかったと思うんですよ。
今はその時代や時間がすごい経って、ものだったりいろいろなものが増えてると思うんですね。
目に見えるものっていうのが世界の中に。
でも人が元々持ってるこの幸せだなって感じるものって早々変わんないんじゃないかなっていうのをちょっと思ったんですよ。
人が動物である以上、そんなすぐに幸せのアップデートって来ないような気がしてて。
そんなすぐに人の根幹たるものって変わっていくんだろうかっていうのはちょっと疑問に思ってしまってて。
だからこそ先ほど言った目に見えないものっていうので、昔から今まで満たされて人っていうのは幸福を感じてきたんじゃないのかなっていうふうに思います。
じゃあちょっと思ったんですけど、それって幸せって目に見えてる浅いものじゃなくて、もっと深いところで見えないものなんじゃないかっていうことをちょっと思ってて。
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本当に満たされるものってさっき言ったみたく目に見えないものって感じてたというか、これを持ってるから幸せっていう思いはもちろんあると思うんですよ。
その所有感だったり、見ることによって満たされてる感があるっていうのももちろんあると思うんですけど、ただもうちょっと深いところに触れるってなるとちょっと違うのかなと思ってて。
そのもののものだとなんかちょっと表面的な満たされ方というか、なんかその喉が乾いてるのにお風呂に入るみたいな感覚なのかなってちょっと思うんですよ。
本当は心の中を潤したいのに表面だけ濡れてるみたいな。それだと本当は体の中に水を入れてあげないといけないのに、表面に水をあげているだけで本当に体の中は乱されてないんじゃないかみたいな。
水分補給とお風呂を浴びるってちょっと違うことなのかなっていうのを感じていて、だからこそ先ほど言った目に見えないものを感じるっていうことが体の中を満たす、水を飲むっていう行為になるのかなっていうふうに思いました。
だからこそ本当の意味で自分を満たしてあげるのってやっぱり目に見えないものだったり、自分にとってその見えないものが何よりも大切で心が温かくなるものじゃないと人って満たされないんじゃないかなっていうふうに思います。
だから目に見えないものを見ようとした時が本当の意味で満たしてあげるスタートになるのかなって思いました。
でもなんかここまで話してきて、じゃあどれが人にとっての幸せなものなんだよっていう絶対的なものを僕はちょっと提示してこなかったんですけど、
でもこの絶対的な幸せってこれがあれば絶対みんな100%幸せっていうのってないと思うんですよ。
これが例えばそのハチミツを食べて幸せっていうのがあったら80%の幸せを感じる人もいれば60%の人もいるっていうちょっと極端なレイヤーを出しちゃったんですけど、
でも本当にそれに近いかなと思っていて、だからこそ絶対的な幸せっていうよりもその幸せっていうもの自体がその思いだったり、
場所だったり自分のおかてで出る状況だったり価値観だったりですぐに変わってしまうからこそちょっと不確かなものすぎるなというか、
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でもそれでもみんなつかみたくて感じたくて満たしたいって思っちゃうんですよね。
でもそれすごいなんていうか人が人であるためのものっていうかなんかその鍵を追うこと自体がなんか人間である証明のような気もするんですけど、
でもなんていうかそれってすごい見えないものって身勝手でその勝手なものかもしれないんですけど、
でも本当にそれを感じることができるのって人それぞれ違うのであなた自身ってことなんですよね。
だからこそなんていうか満たされるんだ幸せになるんだっていうなんていうかそういう思いを目的にするというよりかは過程というか、
だからこそなんてゴールに据えるのってなんていうかそのその瞬間瞬間の心の波一つ一つを感じるっていうか、
それをなんていうか味わったりその堪能するっていうことがその目的というかまあ人が大切にすることなのかなーっていうのをちょっと思ったりしました。
今回はねこういうふうに思ったよっていうことをちょっとお話しできればなーっていうふうに思いました。
皆さんはいかがでしょうか。私はこう思ったよっていうのが教えていただければと思います。
本日は以上になります。それじゃあまたね。