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はい、今日のテーマは、自己確立の難しさ、自分をちゃんと持つって思ってる以上に大変だよねっていうようなお話です。
自己確立って思ってる以上に難しくないか?最近そんなことを考えてました。
エリクソン先生が提唱した発達段階では、青年期、13歳から22歳ごろに自己の確立が人生の課題だとされています。
でも、僕は思うんです。本当にその年代で自己って確立できるんだろうかって。
今の社会はあまりにも不安定で比べるものが多すぎて立ち止まる土壌が柔らかくない。
心も体も育てながら安定した自己を育てていく。
22歳までに折れない一本の木を育てる。それってかなり難しいことなんじゃないかなって。
そもそも自己ってこれだ!と固定するものでもないような気がしていて。
ただ、何が好きで、何が苦手で、何をしていると落ち着くかとか、それを知る時間はやっぱり必要だと思うんです。
でも今はSNSで比べられて、勉強や就職に追われて、自分を耕す時間を自分のペースで持つことがとても難しい。
それってわがままなのかな?そう思ってしまうこともあります。
ちょっと補足していこうと思うんですけど、
なんていうか、エリクソン先生が言うには、事故の確立っていうのが人生の課題だよねっていうふうにおっしゃってるんですけど、
僕は無理に事故を確立しなくてもいいんじゃないかな?とか思ったりもしちゃっていて、
これができているから正解とか丸とかっていうことでもないというか、
それって他者と比べることでもないような気がしていて、事故を確立することっていうのって。
ただ、事故確立までとはいかなくても、自分を知る時間っていうのはもっとあってもいいのかなっていうふうにはちょっと思っちゃって、
大人も含めてなんですけど、夏休みとか本当はそういう時間のためにあると思うんですよね、自分を知る時間っていうか。
もちろん学校っていう場所ももちろんそういう場所だと思うし、
仕事ってもちろん人との関係でお金をもらってて、
その対価としてお金をもらうっていう場所かもしれないけど、
それでも学びの場というか、自分を知れる場所だとは思うんですよね。
だから、目の前にある宿題とか課題に追われて、どうしても自分と向き合う余白っていうのがないなーってちょっと思っちゃって、
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なんかそれってすごい、僕は苦しいなって思ったんですよ。
すごい苦しいなっていうか。
自分の中の木が、もちろん途中で折れちゃっても、また生えてくることはできると思うんですよ。
根はちゃんと残ってるから。
だからこそ、折れた経験がある人ほど、土の感触を知ってると思うし、
また立ち上がろうって思える時もあると思うんですよね。
折れちゃった分次はしなやかに育つこともできるっていうか。
今は折れることっていうのを許されてないような気がしちゃってて、
折れずにそのまま育てていった方がいいみたいな感覚があるっていうか、
折れたっていいじゃんっていうか、
むしろ折れてからが勝負っていうか、勝ち負けじゃないですけど、
折れてからが人生なのかなと思ったりもするんですよね。
もう一回自分を立て直す作業っていうか、
一回壊して大人とかが周りが言ってきたことを一回ぶっ壊して自分をまた立てるっていうか、
その自己確率って完成とかさせるものじゃなくて、
何回も何回も立て直していって、むしろ耕すっていう感覚に僕は近いのかなと思うんですよね。
だから無理に自己確率しましょうっていう話じゃなくて、
むしろもっとぶっ壊したり、もっと遊んだりしながら育っていくような感覚があるんじゃないかなって思ったっていう。
だからこそもうちょっと余白が欲しいなという、思ったっていう感じですね。
はい、すいません。なんかまとまってないですけど、そう思ったって感じです。
はい、じゃあ最後に一言言って終わろうと思います。
急がなくていい。あなたの木はあなたのペースで育っていきます。
折れても大丈夫。また芽吹く強さをあなたはちゃんと持っています。
はい、じゃあ今日の放送はここまでにしたいと思います。
それじゃあ、またね。