00:05
はい、今日のテーマは、自分だけで積んだ石じゃない、私たちは本当に一人でここまで来たのでしょうか? そんなことを少し考えていました。
自分だけで積んだ石じゃない。 自分だけで頑張ってきた。
頑張ってきた分も確かにあるよね。 だけど、最初の頃はきっと誰かに手助けをしてもらいながら、
石を一つずつ積み重ねていたんじゃないかな。 お母さんやお父さん、周りの大人たち、兄弟や友達、たくさんの人の手があってここまで重ねてこられた。
もしかしたら、自分が生まれる前からもう積まれていた石もあるのかもしれない。 親や先祖、そして名も知らないけれど、確かに生きていた誰かの命。
その人たちが懸命に生きて石を積み上げてきた。 その上に今、私たちは立っている。
目の前にある風景、見えているもの、この体、この心、全部、誰かの積み上げてきた石の上にあるのかもしれない。
だから感謝しながら今日も生きていこうって思った。 一人じゃない、今だって、今を生きている、誰かの支えがあって、こうして呼吸ができている。
いつもありがとう、そんなことを思った。 今日この頃でした。
はい、少しほつくしていければと思うんですけど、 自分一人で頑張ってきた。自分で頑張ってきた。
もちろんその部分も大きくあると思うんですよね、その 自分が頑張ってきた。
自分で頑張らないといけなかった部分もすごくあると思うんです。 ちゃんと頑張ってきた。ただその、頑張れる自分を作ってくれたというか、育ててくれた。
環境だったり、守ってくれた人、 支えてくれた存在がきっとあったのかなぁと思って。
赤ちゃんの頃は一人では生きられなかったように、 大人になった今も実は見えないところでたくさん支えられているのかなぁとも思います。
水が出ることも、電気が点くことも、道があることも、 多分全部が誰かが積んでくれた石なんですよね。
そして、今多分何か思ったり何か考えたり、心の中の大丈夫だったり、やってみようっていうような、そういう思いとかも全て、誰かから受け取った言葉や温もりの積み重ねかもしれないなぁと思って。
なんていうか、石は一人で積むものじゃなくて、手渡されながら重なっていくものなのかなぁとも思ったり。
03:02
だから、なんていうか、自分なんてって小さくならなくていいし、 全部自分だって背負いすぎなくてもいいというか、
なんていうか、私たちってそういう受け取って繋いでまた次へ渡すっていうような、 その途中にいるような気がするんですよね。
だからこそなんか自分だけでじゃなくて、そう思えたら少しだけ肩の力が抜けるような気がしました。
でもやっぱそれって、なんか、引いてみないと見えないことだなぁとも思ったんですよね。
なんか自分がなんか特別だって思いたいんですよ、僕は。
なんていうか、どうしても、その、そういうなんか、どうしてもみんなとは違うんだって思いたい自分も多分いると思うんですけど。
でもなんか、人っていう単位で一人で見たときに、なんか本当にみんながいてくれたからこそ、なんていうか、みんなの特別っていうか、なんていうか、もう、
特別じゃないのなんてあるのかなっていうか、なんか特別になりたいとか、こうなりたいとか、こういうふうにみんなから認められたいとかっていうなんか、
なんていうのかな。
そういう、みんなからチヤホヤされたいっていうもちろん気持ちもあるんですけど、でも、その中にこういう、その、自分一人で立ってないというか、なんか自分だけが抜けたいんだっていう思いがなくなるのかなと思ったんですよね。
そういう、僕だけが積み上げてきた石じゃないっていうか、僕だけが思ってここにいるんじゃないっていうか、生かされてるっていうか、ただた、今、こう息をしてるだけでもというか、こう触ってるだけでも、なんかそういうふうに誰かの見えない力というか、そういう思いとか愛とかっていうのを受け取りながら生かされてるんだなっていうのを思うと、
まあその、ね、なんていうか、人に優しくとか、なんか自分だけがじゃなくて、なんかみんなで、こう、一緒になって生きていくんだっていうのを感じられるのかなとも思った。
はい、今日この頃でした。
じゃあ最後に一言言って終わろうと思います。
あなたが立っているその場所は、たくさんの石の上。
今日もその上で、優しく一歩を。
今日もここまで聞いてくださり、ありがとうございます。
それじゃあ、またね。