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個人開発者研究家という謎の仕事を試していく話をしてみんとす
2026-09-02 41:01

個人開発者研究家という謎の仕事を試していく話をしてみんとす

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00:17
はい、シゴクリラジオ大橋です。よろしくお願いします。 このシゴクリラジオは、パーソナリティである私、仕事クリエイター大橋が、仕事づくりに関して話をしていく番組となっています。
番組は、YouTube、Spotifyでも聴くことができます。 お好きなプラットフォームで聴いてみてください。 YouTubeで聴くという人はあんまりいないかもしれないですけど。
YouTube自体は、宣伝でもないですけど、顔出しとかはやっていないですけど、声は今出していますが、書き出しというか、ホワイトボードみたいに書いて説明するみたいなのをやっています。
そこまで住み分けはしていないんですが、ポッドキャストはシゴクリという感じですが、考えたこととかを言っていたりするので、AIの話もしていますし、もしよかったらYouTubeもチェックしてみてください。
今回のテーマは、友人と話して出てきたキーワードというか、アイディアといったらパクったみたいな感じですが、僕が気づいたみたいなところなので、いいんじゃないかなと思いますが、
個人開発をしたいとかするとか、それはすごく僕の中ではどうでもいいと言ったら怒られますけど、作るとか作らないとか別にいいですし、作っていただければいいと思うんですけど、楽しいじゃないですか。
そうじゃなくて、個人開発している人、つまり個人開発者を観察する、もしくは個人開発者という人たちを研究する、要は人ですよね、対象者。
よく言っているかわかりませんが、社会学みたいな、人類学とかでもいいんですけど、文化人類学でもいいんですけど、フィールド調査みたいな、現地調査みたいなのがあったりします。
僕がやっているわけではないですけど、専門的な教育を受けたわけではないですが、社会学というのは面白いものだなと思っています。
なんで僕が社会学とか面白いかと言っているかというと、極めてシンプルな話でして、僕個人が今話していますけど、これ多分聞いているのはあなたですよ、皆さんですよね。聞いている方がいないと成立しないんですよ。
変な話ですけどね。僕が喋って全く反応なくて、もういいやってなることもあるじゃないですか。それをある種変態と言っていますが狂気としてずっと喋り続けているわけなので、もちろんそれができる人もいればできない人もいるし、多くの人ができないかもしれないし、正直比較どうでもいいなと思ってきているんですよ。
03:19
最近そんなこと言っていますよね。どうでもいいみたいな比較で。ぎなりじゃないですよ。いろいろやってきてそうなっているので、ぎなりどうでもいいとかならないと思うんですけど、比較まみれで。
そういう状況の中で、このポッドキャストの社会と言っているのは、要は人との関係性ですよね。関係性というのはちょっともたいかもしれないですけど、要は一人じゃなくて二人。
僕自身と聴いているリスナーのあなたがいればあなたなんですが、効果不効果は、この番組は聞いているあなたと私で作っているわけではなくて、僕がいろいろ仕込んできて話して、リスナーのあなたが多分いらっしゃるんですが、あなたは別の他のリスナーさんもいらっしゃると。
嬉しいことに。効果不効果ではもちろんないですが、こうなことに。ありがたいですね。そこでいろんな方が一応聞いていただいているという状況がまさにコミュニティであり、社会だなと思うわけですよ。
逆に言えばリスナーのあなたが聞くことで、僕側が元気というのは変なんですが、聞いていただいてありがとうございますということで続けられる。ある種のフィードバックとは言わないですけど、弱いフィードバックをし合うという。
図書館でみんな勉強していると自分も勉強しなきゃみたいなやつとか、ピアープレッシャーと言いますかね。ちょっとしたお互いの圧みたいな。LINEツアーつけっぱなしでしゃべらないけど勉強するみたいなやつ。学生さんやられている人もいるかもしれませんが、そういうやつみたいな。
オンライン自主室というのもそういうのがあるみたいですよ。自主室をつなげてズームつなげてるんだけど別に話すわけじゃなくてプレッシャーみたいな。音声はオンにして映像はオフにしてるんじゃないかなと思いますけどね。分かんないですけど。両方オンにしてもいいかもしれない。そういう感じをイメージしています。
話戻します。そもそも僕に自分興味ないとかは正直あるんですけど、自分が考えるっていうのはあるんですけど、こういう人いたんだよねとかこういう人面白いよねっていう方が割りかし好きですね。
割りかし。だからそれを自分に取り込んでもいいし、取り込んを思わなくてもいいんだけど、とりあえず観察してそういう生態系というとペットみたいな動物扱いしてるわけじゃないですよ。それは失礼な感じもするんで。
06:09
それはないんですけど、人としてはこういう人がいるんだな、この人はこういう考え方をしていたりこういう立ち回りをするんだな、それがいいこともあれば誤解されることもあるんだろうなっていうのを、僕自身もそれもあるんでしょう。
なんかペラペラペラペラ喋ってみたいなね。もういいわみたいな思うんですけど、勝手に持っとけみたいな。特定の誰かにぶつけてるわけじゃなくて、そう思う人もいるんじゃないかって話ですけど。
というわけでその生態系と言いますか、社会にいる、どこでもいいんですけど所属しててもいいし所属しなくてもいいし、こういう傾向があるみたいな仮説ですよね。
そういうのを立てたりして考えるのが好きなんでしょうね。
という意味で、最近やってることを話しながら、今回たどり着いた個人開発者研究家という、仕事にはなってないですよ、話を少し共有できていければいいかなと思います。
リスナーのあなたも個人開発者研究家になっていませんよね、というところで話はそんな風に終わると思いますが、引き続きご興味のある方は聞いてみてください。今回もどうぞよろしくお願いいたします。
はい、シゴクリラジオ大橋です。よろしくお願いします。今回テーマとしては、個人開発者研究家という話です。
それは誰がという話と話していれば、僕がですね、友人と話をしていましたと。何の話かというと、個人開発者の人で、ノートとかですが、
何かやってる人を見かけたり、Xとかもそうですよね、広告見かけたら、個人開発者限定ではないんですが、個人であろうが、一応サイト見たりサービス見たりで使ってみることもあります。
そんなノリで、Xだろうがノートだろうが、インターネット上ですが、見かけてそれを見ていくということを普段からやっています。
それがいいかどうかというのはよくわからないですが、僕は結構面白いなと思っています。個人開発者という人はいろんな立場の人がいるので、別にITエンジニアとかゲームクリエイターとかという人じゃなくて、
どちらかというとそうじゃない人の方が発想が柔軟だったりする気もします。別にゲームクリエイターとかディスってるとか、ITエンジニアとかディスってるわけじゃなくて、
柔軟というのは言い方が悪いですが、アウトプットが優れているかはわからないですが、アイデアとしてやる、もしくはそれをやり切るということができるかもしれない。
言い方は悪いんですが、全然違う視点や全然違うやり方を考えられるのは素人、もしくは全然違う業界の人なのかもしれません。
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専門家であるということ、その道に詳しいということは確かに有利なような気がしますし、ベタにロジカルに考えていったらそうなんですが、
でもそれでいっちゃうと常に先行をしている人に敵わないじゃないですか。つまらなくないですか。
僕は思うので、別に一発大逆転がいいとかそういうことじゃないですけど、
例えばノートとかで開発されている方がいるので、サービスとかゲームとかアプリとかあるのでコメントをしているわけですよ、僕が直接。
まずそれをコメントすることがどうかという、是非はないんですが、なんでコメントしているんだろうなと思ったんです。
別に同じことじゃなくてもいいんですけど、ノート記事とかでコメントとかします。そもそも。
しない人が多いんじゃないですか。たぶん。しなくてもいいですよ、別に。
だけど世の中にコミュニケーションというのに、植えていると言ったらおかしいんですが、フィードバックですよね。
コミュニケーションというよくない。フィードバック。作ったゲームや作ったアプリを触ってほしいという人がいるわけです。
しかも切実に求めるのは個人開発者の人たちで、状況ってどういうものかというと、簡単に言えば作ったものを誰も触ってくれない状況が起きるんですよ。
これは何も作ったことがないという人が簡単に想像できる話でもあると思いますし、
作れば売れるよねみたいな、それは断言しておきますけど甘いですが、ただその甘い考え方が悪いというよりも、
経験したり何かやってなかったら分からないからそう考えるのもおかしくない。
ですが、別に経験しなくても作ったものがすぐ売れるなんていう風に思っていない方も一定程度いらっしゃると思うので、そういう言い方をしています。
だけど、作ったんだけど、売れない。お金を取るアプリやサービスだったら売れない。
もしくはその手前のところで、そもそもダウンロードされなかったり、インストールされなかったり、プレイされないっていうね。
僕もゲームプレイのビュー数とかプレイ数とか話しましたけど、話しますよね確かね。
気になる方はもしノート記事で僕のほうがアップしてたりするので、その辺をちょっと漁ってみてくださいという風になります。
作ったものを誰からもフィードバックを受けないと、海で無人島で一人で生きてるみたいな感覚になるんですよ。
ものすごい寂しい言い方なんですが、でもそんな感じがします。
例えば介護業界で働いている人がAI面白いなと思って、それで何か作り始めるっていうね。
12:08
作ったものを見てもらいたいんだけど、介護業界で働いているとそういうものに興味がある人が周りにいなかったりですね。
そもそも声をかけて使ってっていうような、友達と言うとちょっと違うんですが、同僚でもいいし、そういう人がいないんですよ。
そういうのって何だろうなと思ったら、飲み友達とかゲーム開発友達とか何でもいいんで、そういう友達を作った方がいいんでしょうね。
っていう意味で、僕は友達になれるかちょっと分からないんですけど、友達というよりもコメンテーターですよね。
コメンテーターというとテレビっぽいんで、あれですが、別にコメントをするために生きているわけじゃないんで、役割として。
コメントをしたいわけじゃないんです。コメントをしていても面倒くさいですけど。
何をやりたいかというと、そういった個人開発者でフィードバックがないとか、フィードバックがあまり受けないという方にフィードバックをしていきたいわけです。
これは断言というか明言しておくんですが、別にお金を取っているわけじゃないし、お金を取れるともあまり思っていないわけですね。
それだけでは。だけど、何かを使ったレビューとか、ストレスマーケティングになりますけどね、褒めるだけとかね、お金をもらってという。
レビューというか見てね、これってどうなんだろうねというふうに、コメントというと軽いんですが、
友人に実際に僕がコメントしているものを客観的に見てもらったときに、
これはちょっと言い方が悪いんですけど、あまり良くないコメントみたいなのがあると。
コメントというのは様々あるので、あまりコメントと言っているから軽い意見だよね、軽いものだよねというふうに受け取っていただかなくてよくて、
例えば限定的に言えばノートのコメント機能は500文字まで入れられます。その500文字パンパンに入れているわけです。
500文字パンパンに入れているって確かにコメントなんだけど、ツイッターで言えば140字でいけば3ツイートぐらいなので、
そこそこそこに芸としてもあるんだけど、詰め込めばそこそこの趣旨のことは伝えられるんですよ、多分。
だから文字数じゃないんですよね、きっとね。
で、良くないコメントというのは、別にこれがダメというわけではないですけど、
やってみました、とか。やってみましたって別にダメじゃないけど、やってみてどうだったかを聞きたいんじゃないですか。
それを書こうよ、みたいな。
オンラインコミュニケーションというのを得意とするか不得意とするかを置いておいて、どこまで書いていいかわかんないっていう人もいるんですよね。
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もしくはLINEみたいなチャットコミュニケーション、LINEとかがいいですよね、チャットですよね。
相手の応答を単文ですよね、一文で、一文というかもう本当に十文字、二十文字で、スマホ手持ちでパパッと書いているような感じっていうイメージがいいと思うんですけど、
短く数文字で一行でやり取りするっていうのに慣れている。
それをやっていると、コメントってそういうものだと思っちゃうわけですよ。
状況によりますよ、あとケースバイケースで求めているものによるから、それが絶対ダメじゃないですよ。
やってみましたって言ったときに、今度は仮に筆者ですよね、書いた人がありがとうございますって言って、そこからまた感想を聞くんですか、どうでしたか。
なんかめんどくさいですよね、なんかメルカリ、メルカリは別にやってないですけど、メルカリみたいだなと思って、ネビコーションみたいなのがあるらしいですよね。
これはどうですか、ネビキコーション、しないって書いてあるよみたいなのも、書いてても見えない人もいるみたいな、そんな話になってくるんですけど、
ここがちょっとわりと難しいというか、ごちゃごちゃしますけど、やってみましたってコメントを書く、言葉狩りをしたいとかコメントを狩りをしたいわけじゃなくて、
それだとちょっと違うよねって話なんです。別にやってみましたってコメントを書いてもいいですけどね。
仮にやってみましたってコメントをリサーバーが書いたとしたときに、それに何を伝えたかったんですか。
やってみたってことを伝えたかったんですか。だったらそれでいいけど、そうすると筆者側ですよね、書いた人は別にやってみた人がいるんで嬉しいなっていう、そういう人もいると思うんですけど、
それはフィードバックになるのかっていう話になってくるんです。ここがフィードバックの、もしくはコメントの、もしくは言葉にして何か伝えるっていうところのある種の醍醐味だと僕は思ってますけど、
リサーバーのあなたはどうお考えでしょうか、この辺り。なんで僕が言ってるのはそういうやってみましたとか、なんか良かったですとか、
そういう数文字の、簡単って言うとよくわかんないんですけど、数文字の何か伝えるチャット的な何かっていう小さい短いやつはコメント活動としての僕の中にはあまり範疇に入ってない。
それは活動ではないかなと思ってますね。まずやってみたら、話を戻すと、友人からは僕のコメントはそういうのではなく、良いところがあれば良いところがありましたと。
じゃあそれはこういうことが言えそうだという理由なり感じたことを書くと。もちろんそれはわかんないですけどね。言語ができるかわかんないです。こういう印象を受けた、もしくはこういうの。
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で、改善点があればこういう風にした方がいいんだ、こういう印象を受けた。つまり何か提示するにもその理由とか感じたこととか、なるべく根拠、エビデンスを残すわけですね。
もちろん僕の主観ではありますが、特にゲームであればそうなるし、ただアプリツールであればまた違ってきますよね。
ただどういうことを言おうまいがって話になりますが、開発者側は個人開発者側という風に限定しますが、どういう人を想定しているかということになりますし、
想定していなければ想定していない人、もしくは使った人に引っ張られるような気がします。もしくはそれが明確でないので伝わってないのもよくあるといえばありますが、出てきますよね。
例えばこのポッドキャストは楽して生きるみたいな、もう何もしたくないですとか、適当にやっていきたいですみたいな人には聞いてほしくないと言うとちょっとあれなんですけど、聞いていただかなくてもいいかなと思っているわけです。
もう切ってるわけですね。バッサリ。だから何となく聞いていただいている方は、この人なんかいろいろ考えているのか分からないけどやっているかもしれないけど、いいねみたいな、これは僕の勝手な想像ですよ。
思われているから聞き続けていただいている四国フリークの方がどれくらいいらっしゃるか分かりませんが、僕もだから喋っていくという感じです。運命共同体です。気持ち悪いかもしれないですけど。
そういうところで、他視点は客観的。自分の主観ではこうだけど客観的にはこうかもしれない。もしくは対象者という人が決めたらAさんみたいな人はこう、Bさんみたいな人はそう。もしくは開発者であるあなたからするとこういう意図があるかもしれないけど実はこうかもしれない。
そんなコメントをしています。これが好評かどうかを置いておいて反応がある。これは批判しているとかダメって言っているわけではないですけど、コメントに対してノートのルールというかマナーというか、
サホというかネチケットという古い言葉がありますがネットエチケットというやつですね。僕は正直分からないですけど、端的に言えばコメントをしたらコメントは返してくれると嬉しいですよね。コメントをしたらその辺好きとか反応をくれても全然いいと思います。
ここが難しいんですけど、コメントを求めてるって言うんだけど、コメントをしたら好きみたいなものをもらって、ごめんなさい、好きっていうかありがとうっていいんですね。ノートで言う好きはいいんですが、それってコミュニケーションできないわけですよ。
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できないというか、こちらは読みました、こちらは伝えました。相手は言葉ではなくてスタンプみたいなものですよね。それに対してこちらがやるのはちょっと重たいと思っているんですよね。
これはスタンプコミュニケーションとかいいねコミュニケーションみたいなやつで結構難しくないですか。スタンプでやってきたからこっちがさらにやるっていうのは正直めんどくさいわけですよ。この辺り慣れてる方は共感いただける部分はあるんじゃないかなと思います。
だからこれ言い方が間違ってるとは思ってないんですけど、コメントしましたと僕が。そのコメントしてくれる方はいいなって思うわけです。コメントしてくれてない方はあえて僕がそこから責めてなんでコメントしてくれないんですかって言ったら気持ち悪い人じゃないですか。
その距離感みたいなのがあるわけです。オンラインで見えないけど。別に僕は友達になりたいわけでもなくて、そういう方にコメントして、そういう作品とかそういうアプリにコメントしていくことでその人たちがフィードバックを受けて励みになったり、もしくは違うものを作ってみようと。
もしくはもう一回やり直してみようとかね。違う視点でこういう風に見られるんだということを気づいていただくみたいな。そんなことをやってるんですよね。実際。
別に数数えてないですけど、結構コメントをしたらコメントをくれる人が多いわけです。それはやっぱりノートっていう生態系というかコミュニティーか。
生態系があれか、エコー、エコー、エコーなんだっけ忘れちゃった。まあいいのか。名前どう忘れしましたけど。そういった生態系というのがあるので、どういうコミュニティーでもいいですけど、そういったところで書いて何かやろうということを読み、そしてもしくは書いている。
AIで書いている人も全然いると思うんですけど、別にそれよくて。じゃあそれに対してこうだよね、ああだよねって言って、別に温度感を伝えるのは難しいんですけど、なんかディスカッションしたいとか、その人に一生ついていきますとか、そんな話じゃないですよ。
もっと軽い話で、野良の在野の通りすがりの人が何か言ってたっていう、なんかそういうの結構僕好きなんですよ。なんか屋台じゃないけど、どっかイベントみたいなのに行って、イベントって非日常じゃないですか。
24:05
格好いい格好した子供がいて、いいねみたいなそういうのとか、さわいもない話をするっていうのが僕はすごく大事じゃないかなと思って。くだらなければくだらないほどいいんじゃないかなって思ってます。
距離感を詰めるっていう意味ではそうかもしれないですね。距離感を詰めなくてもいいんだけど、でもそういうことができる関係って良くないですかって僕は思ってて、だから友達を作るっていう感覚はないんですけど、変態で行こうみたいな話とかなんか言ってますけど、ポッドキャストの話とかね。
なんかもっとそこはフラットでいいんじゃないですかねって話なんですよ。別にコメントしたからその人と関わり続けなきゃいけないわけじゃないし、あとコメントしたところで別に全く絶対返信をしてくれっていうわけでもないですよ。別に求めてないですよ。返信をしてくれる方っていう意味で、開発者の方とかやってる方は何か欲しいから書いてるじゃないですか。
適当にやってないですよね多分。適当にやってたら適当扱いされるから多分フィードバック来ないですよ。で、少なくとも僕はいいじゃん、それに何か感じたんでやった。だからありがたいというか、貴重な時間を使っていただいてありがとうってことは言われるわけなんで、それが社交事例とか家やり欠かせたとかはもう全然置いといて、別にそう思っているなら全然僕は報われるんで、それに対して動向はないわけです。
で、そういう人を文章を読んだり、考え方ですよね。そのやりとりも生まれるんで、なるほどと、そういう視点はなかったですとか、そういうコメントいただけたのが良かったとかね。
っていうのをコメンテーター活動というかですね、やってるわけです。で、これですね、ちょっと長くなりました。そろそろまとめていくんですが、結局これって何だろうなと思ったら、ただコメントしたいだけじゃない、コミュニケーションしたいだけじゃないよって思う人いるかもしれないですけど、正直、これも言葉が良くないんですけど、個人開発者の人がどうとかを、別に僕がどうこうしたいとか、クリエイターを育ててこうなんていうそんな大切な考え方なくて、
楽しそうにしてる人の方が良いと思うんですよ。楽しそうというか、頑張ってる人というよりちょっとまた違うんですけど、良いじゃん自分がアイディアを可能性をAIで感じて、僕もその一人ですよ、感じて作っていくみたいなのって良くないですか、単純に良くないって思って、良いじゃんっていうことで言っている。
これはもう僕の仕事クリエイターというものの根本に関するというか、根幹ですよね、たぶんね、根っこにあるんですよね。チャレンジして良いじゃんって、褒める。褒めるっていうのもちょっと上から見せるんですけど、良いねっていう風に言うわけです。
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良いねのボタンじゃなくて、良いねの数とか正直どうでもいいんですけど、良いねって書いた人、そこが大事というか、誰かに刺さってるっていうのが絶対的に大事なんですよ。
このポッドキャストも言ってますけど、こういう話聞きたいよねとか、こういう、だからまさに僕ですよ、僕みたいなよく分からない人が、生きてても良いよねみたいな、分かります?この感じ。
変態でも生きてて良いよねとか、そういう社会を受け入れてくれたり、もしくは今の話で、少なくとも僕は今の話からコメントした人に怒られたり、疎まれるとかはないと思うんですよね、攻撃されるとか。
多分ね、コメントしやがってみたいなのが来たら、完全に逆並びじゃないですか。だからそういう感じで、別に誰かに、いろんな人に発泡美人みたいな感じで、発泡美人は悪い意味で言ってますけど、誰かで構わず好かれたいみたいな、そんなこと全然なくて、
自分が関係した、だから見たよ、たまたま見たんだよ、そのノート記事。だからコメントしたんで、別に深いことはないよっていうね、で良かったよっていう、そういうの良くないですか。僕はそういうのめちゃくちゃ好きなんで、そういうのがもっとあってもいいんじゃないかっていう意味では、
もしエリスさんのあなたが興味があれば、そういう活動をしてください、別にノート記事にコメントしなくてもなくて、自分のやれる範囲で本当にいいねっていう、なんかないですか、海外だとシャツ着ててそのシャツいいねみたいな、なんかそれはちょっと日本人からすると怖いかもしれないけど、別に自分の着てたシャツ褒められて怒る人いないですよ。
僕も褒められたらありがとうって言いますよね。それがヨレヨレのシャツでもね。馴染んでていいねって。褒めるとこないみたいなね。ジョークもあるみたいですけど。
それを称して、僕は個人開発している人の作品とかアプリとかゲームとかっていうのを見ることも全然好きですし、何だろうねって考えていくと。
自分が活動するところでのヒントになりますよね。人の作品とか人のやつ見てね。それが学びになるっていうのはね、ご存知かね。別に人の考え方っていう部分で本を読むのもいいですし、人のものをいじってみるっていうのはマネ部ですけど、マナ部になるじゃないですか。
これはリスナーの方はもう十々承知だと思います。さらに自分がやってみるっていうのもありますよね。実際にやってみるってことをやらないと体験できない。どういう気持ちか分からないですよね。
孤独の感じって分からないですよ。出して誰も反応がないって。自分のやってるものは無駄なんじゃないかっていう気持ちは痛いほど分かります。
しごくりもそうなんですよね。自分が考えているアイディアやビジネス、人のために立てると思ってるけど、全然かすらんなというか、おかしいなみたいな。その孤独感っていうのをものすごく分かっているつもりです。
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だからそういう人たちというと良くないんですけど、別にその人たちが救われない人というか、全然ダメな人ってことは全然なくて、そうじゃなくて、いいじゃん、もっとやっていこうよみたいな。
もっと軽い感じでやっていこうよって。フィードバックどんどん得ていこうよみたいな。僕ができることになったらやりますよみたいな定義というかスタンスでいると。
そういう個人開発したものとかは、もちろんアウトプットがないと何も言えないですよね。やっちゃえやってくださいってことになりますよね。厳しい言い方すると。アイディアじゃなくて別に形にできるじゃないですか、AIでね。
今ってプロトタイプ、別にそれがすごいしょぼくてもいいから、それを見せてくれればいいわけなんですよ。でもそれは見せられないとか見せない人もいるじゃないですか。
だったらそれはそこまでだから、別に僕のコメンテーター活動の対象にならないっていう。でもものすごく分かりやすくないですか。
それをやってきた人がいて、別に偉そうに構えてるわけじゃないですよ。いいっすねっていう感じの雰囲気というか立場で別に契約して仕事をしてやってるわけじゃないんでその場合ね。
で、やっていくと。この時にその人自身にどう変わってたりどういう人なのかっていうのに僕は多分興味があるんだろうなと思いました。
だから個人開発者の研究、もしくは研究家って言ってるんですよね。冒頭の話したテーマで着手したような気がします。
すごく分かりづらいですけど、個人開発をして、自分で個人でアプリやゲームを作りましたっていうののアプリを見るっていうのは、別にインディ作品とかインディゲームということで全然面白いと思うし、それはいいんですよ。
だけどどちらかというとそれもいい。面白いゲーム作ったっていうのはいいよね。面白いゲームがあるね。でもそれを作った人の方にもやはり同じ以上の興味がありますね。
どういう視点でどういう発想でどういう感覚でこれを作れるのか。だから僕が好きじゃないゲームもあるわけですけど、だから合わないのかなと思いますよね。
だからそれは批判するわけでもなくて、自分が好むとか自分が応援できる人っていうのを選んでいけばいいだけの話なんで、アードコードで言う必要性もないわけですよね。
というわけで僕自身は個人開発者の研究家みたいになっていくっていう話ですね。これは今は別に始まったわけでもなくて、その人との関係性って重たいと思うので、
関係っていうのがものすごくシンプルで、一緒のところにいたら別に友達っていうのも変なんですけど別にいいじゃん。別に敵じゃないよみたいな。その感じですね。
それが伝わるかどうかはもう人次第で、苦手な人は苦手じゃないですか。大臣とかで。で、分かったと。そういうのも分かるからじゃあこっちでこっちからいくわみたいな。
33:01
分かりますよ。話しかけるのが苦手だし、聞き対策っていうのも苦手な個人開発者にされる方めちゃくちゃいると思うので、頑張って、だからそれでSNSとか広告とかいろんなものをやられてる方もいらっしゃると思うので、
それはすごい頑張ってるなと思います。だけど、自分が苦手なこととか自分が頑張ってやることって正直長続きしないし、またやらなきゃいけないのかって思いません?またあれやらなきゃいけないの。
苦手意識あるもんってまたって思いません?ものすごく分かるんですよ。で、残念というか、いい方が不幸かですね。僕みたいな人もいるわけですよ。
謎じゃないですか。コメントしていく人って。僕思ってるんですけど、そんなにいます?コメントしていくことをやろうみたいな人って。
もちろん、リスナーの中で本当に書きたいな、本当に気持ち伝えたいなと思ってコメントする人もいるとはもちろん思いますし、コメントが溢れてるところもありますから、いいんですけど、
なんかそういうのではないというか、全然関係なくて、別に関係ないですよ。その人が有名な人とか全然関係なくて、無名の個人というか、僕と一緒ですよ。
市政の人ですよ。一般の人、市民というかですね、住んでる人。自分のアイデアがあって、もしくは形にして作ったんで見てくれよって。めっちゃよくないですか?って僕は思うんで。
だから質とかは別に全然別の話ですよ。別に正直なところ、言い方は分かるんですけど、それがすごい面白いってことって、玉石混合なんですよ。
全然面白くないなっていうのもあるし、面白いなっていうのもあるし、でも何かやっぱりフィードバックの仕方で全然ダメですねって言ったら、相手も腹立つじゃないですか。
こういうところがいいんじゃないですかって。だからそのセットですよね。だからそれは僕が文章を添削するときもそうだし、ビジネスや仕事の職域の話もするときもそうですけど、
何かダメですよねって言ってダメ出しして終わるってやっぱり微妙なんで、こういう風にしていったほうがいいんじゃないですかっていう話になりますよね。
そういう風に個人開発者の人たちをいろんなパターンを知っていくと、ぶっちゃけて言えばそれが僕の個人開発もしくは何か作って仕事をしていく精度を上げると本当に思ってます。
パターンを知らない人が多いんですよ。こういう感じで。
多くの人が個人開発者もしくは個人開発をしてて、自分のこともしくは他の人がどうなってるかっていうのも、
もしかしたらアンテナだって知ってる人もいるかもしれないですけど、そんなに興味ないんじゃないですか。多分。
他の人がどうやってるか知ったところで、多分ですよ。僕の読みとしてはそれがプラスになるかマイナスになるか正直分からなくて、
あんまりプラスにならないんじゃないかなっていう。他の人はこうだったから、
良くないのが他の人は成功してたりもっと売れてたりするみたいな、ネタ見みたいになっちゃうんですよね。ネタ見とか嫉妬とか。
36:03
同じようなもんじゃんみたいな。だからあんまり良くないんじゃないかなって僕は思ってます。
っていう風に自分にも返ってきますけど、そういう感じで思っちゃうっていうのは良くないから、
そこは多分調整した方が良いと思うんですよね。こういう人もいますよねぐらいの風に僕がフワッと伝えたり、
そこで気づいてもらうとか、これは結局抽象化すればこういう風になるわけなんで、
あと魔法はないと思うんで、そんな人いないと思いますけど、一発でこうやって上手くいくみたいな話は一切ないですよ。
仕事ぶりっぽくまとめると、結局これを報酬をいただかないし、別に僕の完全なるって変ですが、
たまたま気が向いたらやっている、ある種の趣味性が高いような、偶発的な、再現性が低いって思ってるかもしれないけど、
思ってる方もいらっしゃるかもしれないですけど、そういうような状態でやってるわけですね。
一発花火というか、適当にフワッとやってる。だけど仕事っぽくするならば、まず報酬をいただけるかって話になるわけですよ。
この行為にお金が付くのか、もしくはお金を払ったいと思う人がいるのかどうか。
これはやっていく中で確認していくしかないですよね。直接聞けるかどうかわからないですけど、
相手がこちらから何もせずにお金を払いたいって言ったら、多分それは真実でしょう。
だけど価値提供しなければいけないんで、だから僕はコメントしていって、それを検証しているような感じにはなるかもしれないですよね。
それで価値を感じられなくてお金を払うまでもなかったという人が多いなら、これは仕事にはならないでしょうね。
個人開発者という人がお金をたくさん持っているとは思わないから、多分それは法人とか、
もうちょっとずらしたところに対象者をした方がいいかもしれないし、
個人開発の人でも初めてやるとか経験が浅いという人よりも、結構やっててさらにこういうところを欲しいとか、
経験をしている人向けの方がいいかもしれないし、その辺りは正直わからないです。
やってて何か上手い形になるかもしれない。だからもっといろいろ構造を作れるわけですよ。
そのフィードバック自体に対価を払うと、コメントアドバイス、コーチングじゃないけど、
なんかそういうふうになるわけですけど、それもいいんだけど、生々しすぎるのもあるから、
それこそね、やれてないですけど、祝福リーコミュニティみたいに入ってもらって、
安心安全の場みたいなのがあるから、そこでメンバーシップとか、
そういうことを回避、月回避みたいなのを取る方が楽ですよね。
ノートでもいいですけど。そこはわからないです。
だけどそういう形でコメントをしていくと、もしかしたら仕事になるかもしれませんよね。
っていう僕の今の実践みたいな話です。
これもあまり肩力を入れて、なんかやるぞみたいにやると微妙になるんで、
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ぼちぼちそういうふうにやってきながら、僕が飽きるかって話ですよね。
再現性って意味では、別に一人の人にやって終わりましたって話じゃなくて、
全然知らない人にどんどんコメントしてるし、全然違う反応を得たりしてるんで、
別に悪い感じではないんじゃないかなっていう、今の検証状況です。
それってね、いつも言ってますけど、自分が続けられるものじゃなかったり、
全然やりたくないなっていうものをやってて意味ないんで、
なるべく自分がやって、その人が喜んでもらえるかなみたいなところを
やっていったほうがいいかなと思います。
これを多分ですが今のところ感じてるのは、コメントを受けた個人開発者側の人が
すごくありがたいなと思っていただいてるんですよ、きっと。
言葉をいただいたところだよね。
でも僕は、これ何度も言ってますけど、ろうせずというか、
そこまでに実はぶっちゃけ苦労してやらねばとかはなくて、
軽い本当に挨拶というかですね、お疲れ様ですぐらいとか、
感じでやってるっていうところがポイントかなと思います。
これはですね、この四国ラジオ聴いてる方だったら何となく伝わるところですが、
だから僕のリソースというか燃費というかは軽いわけですよ。
もちろんそれをずっとやってくださいとか言ったら困るんだけど、
なんかそういう感じですよね。
だからここって多分いいポイントじゃないかなっていうのを
実践の話としてお伝えしました。
これがどうなっていくかわかりませんが、
もう話さなくなったらやってないし、うまくいかなかったということでご了承ください。
もしうまくいってこういう風になりましたって言ったら、
まさにこういう話したところの回で僕が整理できて、
まさに個人開発者研究家って言ってたなって思い出してもらえればいいかなと思います。
四国っていうのはこういう風にやっていくんじゃないかなというところでした。
というわけで今回は以上となります。
少しでもヒントになれば幸いです。
だいぶ長くなりましたが、ここまでお聞きいただきましてありがとうございました。
以上失礼いたします。
41:01

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