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雷鳴龍馬チャンネル ライブ
2026-06-06 05:52

雷鳴龍馬チャンネル ライブ


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みなさん、おはようございます。 雷鳴龍馬です。
今日は、ちょっと変わったカタカムナからの一つの着想を、みなさんと分かち合いたいと思います。
いろんな本を読みますよね。その中で、なんでこんな風な音になるんだろうと思ったことありませんか?
今回、ふと疑問に思って、カタカムナ的な思考、検討をしたんですが、それをちょっとみなさんと分かち合いたいと思います。
木という漢字があります。ウッドですね、木です。
この木という読みは、影という言葉と一緒になって、木陰になりますよね。木陰とは言わない、木陰。
なんで木が木になるんだろうということに、ふと疑問を抱いたんです。
そして調べてみますと、木という音自体に立ち上がるとか、生命とかエネルギーとか、そういった意味合いがあるそうです。
木という音は、そこに宿る場であるとか、包容、包み込む、そういった状態を意味する、包含しているということですね。
そういう言葉、音だそうです。そうしますと、木陰というその雰囲気を醸し出すものと木陰という音が醸し出すもの。
やはり、情景として木の陰にいる状態、見える状態はやはり宿る、包み込む場と思えるので、やはり木陰の方が適しているのかなというふうに思った次第です。
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こういった日常を使う言葉、そういったものをふと疑問に思う。どこから来たんだろう、どうしてだろうというのは、今まで一度も疑ったことがなかったんですね。
変な話、不思議だなあと思いながらも、そう読んでるから、周りもそういうふうに常識として読むから、しゃべるから、話すからということで、日常の中から自然と学んだ気がします。
特に方言というのは、周りの人たちが、年長者の人たちがそういうふうな言葉を使うので、耳からいつの間にか入ってきた言葉じゃないでしょうか。
そこにはそのどちどちに感じられる人たち、感じられる物事、感性、そういったものが方言というのにつながってたんじゃないでしょうか。
私自身もそういった目で、方言や言葉の変化、そういったものを日本語の奥深さ、そして情緒、わびさび、そういったものが含まれているのではないかという視点で、今後も見ていきたいというふうに思います。
今日は多分皆さん感じ考えられたことのない世界だと思うのですが、日本語の音というものに一つ事例を紹介させていただきました。
今日も一日健やかにお過ごしください。ありがとうございました。
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