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2025-08-03 11:59

#1253 科学系ポッドキャストの日:色覚異常について発見した偉大な科学者の話

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今月も「科学系ポッドキャストの日」に参加しております。今回のテーマは「色」というので、自身が「色覚異常」であることに気づいて、それについて発表した、偉大な科学者、化学者についての話をしております。統一原子質量単位の単位の名前にもなっています。さて誰でしょう。たまにはオタクな話以外に、こんな話するのもいいですよね。「科学系ポッドキャストの日」の8月のプレイリストは、こちらになります。https://open.spotify.com/playlist/3jmTsAGKP6ePNaKPEP0n95?si=wmaFz5SUQGeoOrBpJes5ug&nd=1&dlsi=96d3e21eb06c4add

サマリー

今回のエピソードでは、色覚異常に関するテーマと、その研究を行ったジョン・ドルトンという科学者が取り上げられています。ジョン・ドルトンは原子説を提唱し、色覚異常を発見したことで知られている偉大な科学者です。

科学系ポッドキャストの日の紹介
はい、おはようございまーす。本日の放送は2025年の8月3日、日曜日です。
本日は第1253回目のお話となりまーす。このチャンネルは福島県郡山市在住の特撮アニメ、漫画大好き親父のピョン吉が響きになったことをダーダーと話をしていくという番組です。
よろしくお願い致します。
今月もですね、科学系ポッドキャストの日に参加しております。この番組はですね、毎日ですね、ボソボソーとオタクの話をしている番組なんですがね、
まあそういう番組ではね、参加してもokっていうので参加させていただいております。 科学系ポッドキャストの日っていうのはですね、毎月10日あたりにですね、
科学に関する共通テーマを設けましてね、みんなでその共通テーマについてポッドキャストで話をしていこうという企画です。
今回はですね、高橋クリスの明日のファクトリーオートメーションラジオ工場自動化ポッドキャストさんのホストです。
テーマはですね、色。興味深いテーマありがとうございます。 色っていうね、あれこれね自分が話せる話を考えてみたんですよね。
今回はですね、色覚異常、いわゆるですね、昔色毛と呼ばれていたもの、それについてね、調べた人物についての話をしてみたいと思います。
色覚異常ですね。今回はですね、短い陣典みたいな感じなんでね、引用論文などはありません。
さて、統一原子質量単位っていうのをご存知でしょうか。 統一原子質量単位です。
質量の非SI単位なんですよ。 1960年に質量の12の炭素原子の質量の12分の1と定義されたものです。
SI単位っていうのは国際単位系のことです。 みんなが同じ単位で話をしないと議論がかみ合わないよねっていうので定められているものです。
統一原子質量単位は、質量の国際単位ではないんですね。 ご存知のように、質量のSI単位はキログラムなんですよ。
キログラム。その1000個集まったものをトンと言います。 この1トン、2トンっていうのも非SI単位なんですね。
時間の分だとか、あるいは体積のリットルなどもSI単位ではないんですよね。
併用しても良いという、科学の世界で使っても良いと認められている単位なんですね。 その仲間なんですよ。統一原子質量単位。
なんで統一原子質量単位なんて単位が必要なのか。 これについては眠くなるので省きます。面白いんですけどね。
単位なんでね、現在その単位の呼び方があるんですよ。 その呼び方がダルトンって言うんですよ。ダルトン。
今回の話の科学者の名前からもらってダルトンと言います。 例えばね、圧力を示す単位パスカル。
転休法でお馴染みですね。あの圧力を研究したパスカルさん、その名前からもらって付けた単位です。 また、力を表す単位ニュートン。
これはバイオリン引力論、アイザック・ニュートンさんから名前をもらっているんですね。 というわけで、その分野の貢献者の単位の名前にしてるんですね。
つまり、原子の重さの単位の名前になるくらいですね、科学の発展に貢献した人物というわけですよ。
ダルトン。 またですね、今回のテーマ、色に関係したって言うとね、色覚異常ってことですが、英語ではね
色覚異常、カラーブラインドネスと呼びます。 その中でもですね、特に赤と緑の色を識別する能力がね、低下している人。
そういう先天的な赤と緑の色覚異常。 男性では20人に1人、女性では500人に1人いるって言うんですよ。
ごくよくある症状ですね。 これはですね、英語ではドルトニズムって言います。
ドルトニズム。 ドルトニズムをね、これについて研究を始めた、この科学者の名前をつけた語源なんですね。
さて、そのようにですね、色々と科学に貢献した人物なんですが、わかりますでしょうか。 出場の単位、ダルトン。色覚異常のドルトニズム。
その人物は、というとですね、イギリスのジョン・ドルトンさんなんですよ。 ジョン・ドルトンさん。
ジョン・ドルトンさん、お名前覚えてますでしょうか。 高校のね、科学の教科書によく登場している人です。
1766年からですね、1844年までですね、77歳まで生きた方です。 イギリスのね、科学者、そしてあと物理学者、そして気象学者の方なんですね。
ジョン・ドルトンさんがね、科学の教科書に載るのね、何をしたかというとね、色々あるんですよ。 代表的なものを言えばですね、物質の最小単位は原子、アトムであるというですね、
現在ではごく当たり前の概念である原子説を発表した人物です。 原子説、原子論の父だとかね、近代科学の父とも呼ばれている方なんですね。
また、気象、天気についても研究していたので、気象学の創始者の一人としても数えられています。 そんな方なんですね。
さて、そのドルトンさん。 貧しい織物子の子として生まれましてね、小学校しか行ってないんですよ。
ドルトンの業績と影響
小学校卒業後はね、全て独学で研究した人物なんですね。 彼はですね、イギリスでは珍しいですね、クエカ教徒なんですね。
クエカ教徒っていうのはね、キリスト教会が発生した信仰宗教だったんですよ。 そのためですね、当時のね、大学などに行って学ぶことが難しい環境だったんですね。
そのためですね、本当はね、法律家だとかね、医者になりたかったらしいんですけどね、進学できなかったんですね。
その中でですね、小学校終わった後にですね、兄と共に塾の経営を始めるんですね。 というわけで、12歳の時にですね、その塾のね、先生をしていたそうです。
先生がいなかったからっていうのは大きな理由みたいですかね。 12歳で塾の先生。よっぽど頭が良かったんでしょうね。
そして21歳からね、天気の記録を日記に書いていくんですね。 死ぬまでにですね、57年間、毎日毎日天気の記録を取り続けるんですね。
このデータが元になりましたね。 1790年から1830年まででですね、その期間中、太平洋の活動がとっても活発だった時期があったということが分かりましたね。
で、ドルトの名前を取りましてね、ダルトン極小記と呼ばれています。 これはですね、気象学の方のね、名前を残すほどの成果を上げている人なんですね。
そして27歳でですね、マンチェスターアカデミーというところに行きましたね。 で、数学とね、自然科学の講師を務めるんですが、まあ33歳の時にですね、アカデミーが経営になっちゃうんですね。
そしてそこを辞めまして、今はですね、亡くなるまでですね、家庭教師とかね、塾の先生をしましてね、生活をしていた民間の研究者なんですよ。
その33歳のね、アカデミーを辞める年にね、出したのはね、四季学以上の論文です。 お母さんにですね、青い靴下を買ってあげるつもりだったんですね。
人が間違って赤い靴下を買ってきてしまったという経験からですね、どうも色の見方がね、自分は他の人と違うようだってことに気づいたらそうなんですね。
それでね、自分自身とかね、お兄さんとか親族の人たちにそれについてね、色々と調べていきまして、そして自らがね、先天の四季学以上ってことを発見しまして、それをまとめたらしいんですね。
それで四季学以上、ドルトイズムの世界で発見したってことになるんですね。
で、37歳の時にはですね、ドルトンの法則、別名分圧の法則を発表します。 今後機体の全圧は各成分機体の分圧の和に等しいという法則です。
詳しい説明はですね、眠くなるので省きますけどね。 まあ熱力学のね、現在の工学の基礎となる大事な法則です。
この時ですね、後に発表する原子炉についても考えつきましてね、アカデミーで発表するんですが、
そう聞いていたのがね、たった9人だけだったらしいです。 2年後のですね、39歳の時に倍数比例の法則を発表します。
化合物の中の元素の質量比が簡単な整数比になること、その後も発表したんですね。
これもですね、説明すると眠くなるので省きます。 この頃はですね、元素を表す記号が必要になりましてね、
元素記号を考案しています。 〇2点で水素、黒丸はね炭素という感じですね。
現在のH2OとかCO2とかに、そういうのはね元素を表す方式と違ったものです。
でもね、元素を記号として表すということで、科学が非常にこれによってわかりやすくなりました。
そして、その際に原子量についても考えつきます。 現在の炭素12を12として、その比で表す、その原子量ではなくて、一番軽い元素、
水素が1としたものです。 しかし、現在と相手は同じなんですね。
この原子論を誕生したことによりまして、ずっとの後にメンデレーフさんが周期表を発掲する、そのきっかけになるんですね。
そして原子論の口頭発表から5年後、1808年、原子論は猶予割次となります。
科学哲学の新体系という本なんですが、そこで原子論が発表されたんですね。
この原子論は、自然界を説明する仕組みとして非常に優れているというのが定着したわけですね。
ラボガジオの質量保存の法則以来の大発見とも言われています。 そんな原子説だけでなく、分圧の法則、倍数比例の法則、原子量、元素記号などなど、
現在の科学につながる、いろんな発見をしていった人なんですね。
一方で、この科学反論は、一番単純な1対1で必ずくっつくはずと思い込んだりとか、
あるいは、アボードルが分子説を発表した時には、自身の最小単位は原子だというそれに囚われまして、否定的な考えをしたりしたり、
しかし偉大な科学者だったことは確かなんですね。 そんなふうに、とっても活躍した人なんですが、
それなのに、日本においては、ジョン・ダルトンなのか、ジョン・ドルトンなのか、
ダルトン、ドルトン、日本での表記が混在しているのは、どうにかしてほしいですよね。
というわけで、今回は原子説を唱えたジョン・ドルトンを、自身の四季角以上に行き過ぎまして、四季角以上も発見した人物であったというお話でした。
同じように見ていると思っていてもね、人によって見方が違っているんだ。 それをみんなね、普通に考えたら素敵だなぁと思いますね。
はい、それではまた、もしよろしければ、ぴょん吉の男の話をお使いくださいね。 本日もお聞き下さいまして、
誠にありがとうございました。
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