2025-11-02 10:23

第4959回 哲学雑談記憶なくなったら自分なのか 記憶作れなくなったら…哲学進化するのか

特別支援学校に転校して大学に行った彼女、普通学校から引きこもりになった俺。

発達障害当事者です。そして宗教2世でもあります。ハイブリットなこの生きずらさによって起きた過去にあった学校や家庭での事件や悲喜こもごもな話を赤裸々に語ることによって、特性や特異な考え方をすることを知ってもらいたいです。

発達障害の特異な感性ゆえに世の中の理解できないことや、宗教をやめてから哲学的に考えてきたこと、そして音声配信者としての苦悩などの話もPodcastでしています。

発達障害専門家、当事者、興味がある人が発達障害を考える材料になればと思い、日常の考え行動を細かいところまで話しています。番組登録よろしくお願いします。コメント待っています。

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サマリー

このエピソードでは、記憶と自我の関係が探求されており、哲学の進化について考察されています。特に、記憶を失った場合の自己認識の変化や、ブッダの見解が議論されています。

哲学の進化
今回は哲学雑談会なので、気楽に聞いていただければと思います。
まず、倉木の持論からなんですけど、
哲学を少しかじっていたら思うんですけど、
ソテレス・プラトンの頃から比べたら、
こんな哲学の素人でさえわかるくらい、明らかに進化しているんですね。
ニーチェあたりとか、関東のあたりになったら、
ソクラテスの頃とはまるで違うわけですよ。
倉木は全然、ソクラテス・プラトンの頃のことは、
哲学の土台になっているのもわかるし、
でもね、どちらかというと完全にソクラテス派なんだけど、
イデアがどうのこうの、腹立ってきてしょうないんだけど、
そういう違いはわかるんだけど、どちらにしても興味が湧いてこないというか。
でもですよ、こんな抽象的な学問ですから、
時代によって進化することなんてあるのかと思ってたんです、特に哲学なんてね。
一応、真相真理、そんなものはないと思っているけれども、それを追求する学問で。
普遍的なことですよ。時代によって進化したりするのかなと思うから。
この違和感って何なんでしょうね。
でも間違いなく時代によって進化していると思うんですよ。
でもそんな時代によって進化したりすることがあるくらい、
そんなアリストテレスは中途半端に物事を考えているわけじゃないと思うんですよ。
こんなね、クラキュがちょっとかじった程度で大きな違いがわかるくらい、
そんな進むことってありえないはずなんですよね。
もう詰めて詰めて論事から考えていく学問ですから。
いや医学の場合は別ですよ。
医学なんて未だに半分は疑似学だと思っているから。
何でだろう、だからそれは医学の宿命ですよね。
どうやったってもううん、そうなってしまう。
でも逆に哲学っていうのは、始まった頃からここまで一貫して、
どうやったってもう答えが出るようなこともないくらい、
もう深く試作しているようなものだと思うから、
そんな進歩を明らかにしているって捉えられるのってどうなのかなと思ったんですよ。
記憶と自我の探求
あとこれも最近はクラキュなりの哲学したことなんだけど、
セメウスの船だっけ?
セメウスの船だっけ?
セメウスの船だっけ?
セメウスの船だっけな。
の試行実験をちょっと考えていたら、
これね哲学的にも脳科学的にも、
人間というのは細胞って入れ替わるわけだし、
ちょっとね移植、
移植をするってことに関しては、
まだちょっと話が変わってくるかもしれないけど、
細胞をすべて3ヶ月もたってば入れ替わるわけで、
でもその人と言える理由ったらやっぱり記憶なんですよね。
じゃあ記憶をなくしていけばね、
人間どうなってしまうかですよね。
これまぁ、まず記憶がなくなったら、
確かにそこの人の好きだった人、
過去に学んだことすべて忘れてしまうのであれば、
すべてや何にしろ大方忘れてしまうのであれば、
その人でないとも言えるけども、
ただね、痛みを感じたりっていう意識があるわけですから、
そこに一人の人物がいるのは間違いない。
ただ、記憶をなくす前のその人と、
記憶をなくす前のその人と、
同じ人間なのかというと、
その人からしてみたらね、
別人だと捉え、
昨日までの自分と別人だと捉えるしかないだろうし、
そう捉えるだろうし、
ただですよ、やっぱり、
DNAは変わらないわけであって、
あとそこに痛み苦しみを感じる人間が
現像しているという事実も変わらないですし、
そこが一番重要なんじゃないかなと思うんだけど、
ただここでですよ、
こっちの枠楽器にとっては大問題、考えるべきことで、
自分としてはね、
記憶?
イコール自我だと思っているんですよね。
自我と事故と我とか自分とか、
定義がちょっと分からないけれども、曖昧すぎて。
イコール記憶だと思っているんですよ。
自分を照らしてみているもの。
でもね、まだまだ分からないことも多いんだけど、
それを持っていても、
明日も今日も明後日も痛みを感じたり、
楽しく思ったりする自分がいるわけですけれども、
大事なことを忘れていたことに、
今日気づいたんですよね。
この感覚、自分はこうやっているっていうのは、
今言ったように、
明日も楽しんだり苦しんだり、
一秒前も苦しんだり楽しんだり、
これって自分の記憶じゃないですか。
記憶から作り立てられるものですから、未来だって。
どう考えてもここに自分というものは存在しているんだ。
っていうのはやっぱり記憶からできるんだなと思ったんですね。
つまり誤解ですよ、自分の。
この世界にそんなものはないのと同じで、
どう考えてもここに自分がいるだろうっていうのは、
幻想でしかないんですね。
生まれておらなければよかったって考えを犯して、
これで証明できるんですね。
じゃあ、ハヤとかカとかカエルみたいに、
全く記憶とか感情がなくなって、
カエバ。
カエバが文能なのかと考えちゃったけど、
それはちょっと考え過ぎかもしれないけど、
記憶全体ですからね。
カエバってものがなくなったら、
この今一瞬を生きるだけ。
カとかハエと全く同じですよね。
未来は過去もなく。
完全にもしそうなったらですよ。
他の部分は今までであろうとですね、
もしカエバなんてものを取ってしまって、
そんなことはできないわけですけど、今の科学じゃ。
それで生き延びることはできないだろうけど。
でもそういう人もいるのかな?いや、わかんないけど。
そういう人もいるかもしれないけど、
完全にもし記憶を作り出すとして自分の記憶、
長期記憶もなくしちゃうのであれば、
3秒前に悩んでたことも、
3秒後に自分が生きてて悩んでることも
わかんなくなるんで、
やっぱり自我なんてもならなくなるし、
生まれてこなきゃよかったとは絶対ならないわけですね。
生きてるって感覚がないから。
でもブッダは人間ってただこういう存在なんだと言ってるわけですよ。
心っていうのは単なるシステムでしかないと。
単に何かを感じて、それに反応してる。
単なるそういう機関でしかないと。
内臓が気づいたら取り込んで消化して栄養を取り入れて
やってるように、感度が自然と起きてるように。
心も今そう思いましたね。
内臓と同じですね。
でも内臓と違ってそこに自分ってものを感じてるわけだけど、
自分の精神ってものを見出すわけですけど、人間。
それは記憶ってものがあるから。
そう捉えてしまってる。
ブッダはそれをただの幻想だと言ったわけですけど。
記憶は勘違いさせてるんですね。
とはいえ、勘違いとはいえ結局記憶してるから
やっぱりここに自分ってものを感じてしまうし。
それはもうあんまり意味がない。
それはもう人類のテーマでしょうね。
ただいま話した事実は変わらないと思いますよ。
肺とか肩と同じことで。
ブッダの教え
心ってのはシステムでしかなくて。
自分の記憶があるから
こうやって自分は生きてるという感覚があるけど
そもそもこんな自分なんてものがないってことですからね。
ブッダが言うのは。
やっぱりこれも勘違いなんでしょうね。
それでは明日っけ。
10:23

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