善でも悪でもない。 これもブッダの言うとこの空ですからね。
無限的に考えない。 善か悪か決めるんじゃなくて
善でも悪でもない。 でも多分この説明の
仕方自体 多分ねー
こう説明するしかないんだけど 空っていうのは
善でも悪でもないって言う ことともまた違うと思うんですけど
クラキのイメージだとね本当に何にもまっさらな概念なんて存在しないじゃって
空を説明しようとした時点でね
あれなんだけど。ただ この後は話します。今は話しますか
でもですよ空自体やっぱり 人間が作った概念でしかないわけですよ
となると
ブッダもお弟子さんに 伝えるために空という表現をしたけれども
ブッダは悟ったのは悟ったんだけど
それを空という言葉でいくら表そうとしたって その悟りの状態を表すことはできないってことですね
だからブッダの教えを実践できないと言うつもりはないけどどうやったって まあまあ
ブッダもそれ言ってますね。生きてる間はもう煩悩はなくならないだと
まあその通りだってただ
やっぱり人間って どうやったってこの頭で理解した
この世界でしか生きれないなぁと 思いますね
空ってことは概念なんかないってことだとかいったところで空自体が概念だし
ブッダの悟りというのはその 理想としてはねこの
空であることを理解しなきゃいけないんだけど
どうやったって人間ってのは 物音を
頭で理解しなきゃいけないんだけど その前にこれをまず説明しなきゃいけなかったんですね
頭で理解しなきゃいけないというのはいかに いかなることかって
ここで話すことは全部持論なんで どこかで聞いた話とかじゃなくて
だから自分としてはすごい自信を持ってね
言ってるんですけど 例えばここに
ベッドがあって 目の前にベッドがあって自分がここにいて
で
目の前に果物が置かれててとか 壁があってとかストーブがあってクーラーがあってとかいわゆる
について考えてもらうと っていうかまぁ誰だって
目の前を見たら何か物があると思うんですけど その目に見える全ての物って
人間がそう定義して というか
うーん
名前をつけているわけですよね これはベッドだとかストーブだとか
だけども 他の動物からしてみたら
その名前なんてわからないし でも名前の問題じゃなくて例えば電車
明日から電車っていう言葉なくしますって言われても 概念自体は残るんですね
人を運ぶもので乗り物でとか やっぱり概念は
そういう意味では先に
あっての名前だと思うんだけど だからこういった概念を作って
それを認識しているだけですぎない 人間が単にこれを自分だとかストーブだとか
ベッドだとか言ってるに過ぎないわけですよね
じゃあ何なんだこれは何なのかとか言うと まあ言ってみれば全て物ですよね
生物は物ですからね でも物というのも概念でしかなくて
物だなと人が認識しているわけです じゃあ何なのかと考えるとやっぱり宇宙なんですよね
それを 何だろうなこれは自分の家にあるものだとか
そういった概念で理解している けれども
そもそも全ての
形あるもの これ形っていうのも概念ですから
そもそも他の物との境なんてないわけですね これが誰の家だとかこれが誰の家だとか
ここは何々区だとか何々市だとか 人間が
そういう境を作っているだから 国とか都道府県の境を作る
っていうのがわかりやすいんだけどそれと同じね これはストーブだと
ここにいるのは腕と足があって自分だと 人間が勝手に境を作ってるだけであって実際はそんなものは
幻想に過ぎないわけですね こうやったら頭で理解するしかないんですよどうしても人間って
うん 生きやすくするためにこうやって理解しているわけだけど
単に頭で
物事を区分けしているだけなんですね だからその物以外もそうです
この人は良い人悪い人と
単に区分けして理解しようとしてるけどそもそも 良い人も悪い人もそんなものは
ないし そこに実体なんてないから 本当はこの人良い人なのか悪い人なのかとか言ったところで意味がないんですよね
でさっきの話に繋がるんですけど さっきの話ですね
じゃあこれでブッダは
ああそれで結局ですねじゃあ
自分とか 他のものすべては結局宇宙なんだと
いうことなんだけど でもこの宇宙ってこと自体概念なんですよね
でブッダ 何度言ったか人間とかストームとかベッドとか
これ概念でしかなくて宇宙なんだと じゃあ宇宙というのも概念なんだ
だから何だなと言ったかというと 全ての存在は空だと言ったわけですよね
でも思うんだけど 結局宇宙だとか言ったところで概念でしかないなら単に抽象化
させてるだけだしそれに意味を感じる 感じるんですよクラクヤでも
まあ 例えば善悪で判断しないとかもそうだけど
だからやはりブッダの悟りっていうのは
ものを抽象化させて
見てるのは間違いないんだろうなとは言ってもさっき言ったように 空だって結局概念なんですよね
だから全くもっと同じことと言えば同じことだし まあでも少しでも悟りの
状態に近づこうとすれば まあそうやって抽象的に
人を人間でもなく動物でもなく生物でもなく 物でもなく
宇宙でもなく空だと抽象的に
捉えていけば 捉えるようになればそういった訓練を積み重ねれば悟りに近づくってことですよね
話ずれるんですけど
スポーツなんか 記録が出たら続けて記録を出す人が増えるなんて
よくわからないけどどういう原理なのか それで言うと
ブッダしか悟ったことない人であれば あまりにも遠い人すぎて
自分も悟れるんじゃないかと思って修行してる 人ってどの程度いるんですかね
多分相当半信半疑だと思いますよ 自分は悟れると思う人はいないでしょうね だってこの2500年の間
誰も悟ってないんだから いや誰か悟ったんだろうと信じてるのかな
そんなことは聞いたことないですね 一応ブッダ以外悟った人はいないっていうことになってるだろうし
これもクラキの辞論なんだけど 無の教授とか言うし
全く何も考えてないような 何も捉えてないようなイメージだけど
でも 前話した森
ってのは結局木が集まってるだけだとか だから森なんてのも
そこに実体はないんだとか そうやってブッダってめちゃくちゃ頭いいし
めちゃくちゃ 真剣に何かを考え続けた結果
の何か悟りな気がするんですよね さっき宇宙は概念だという話もしましたが
それに関することで言うと
クラキは物理だ 科学 サイエンス全般 自然科学全般
そうだって言っていいかもしれないけど ただ数学はどうかな 物理学なんかは
人間が頭でこの世界を捉えた 人間の都合のいいように
捉えただけの学問だと思ってて ある程度普遍性はあるかもしれないけど
でもそれも人間の中での普遍性っていうのかな
なんでそう思ったかっていうとですね まずは他の動物が全く違う捉え方で
この世界を見ているっていうのと どうしても人間の頭には限界があるっていうのと
あとはこの100年って
この全宇宙について分かってるなんて なわけねえだろっていう思いと あとはですね
ここが一番重要なんだけどクラキにとって あの
宇宙ってどうなってるか 一応膨張してるって言われてるけど
でもいろんな説があるんですね 宇宙の奥にはまだ別な宇宙があるっていう説もあれば
膨張なんかしてないっていう説もあったり でもこれが本当にね
もう物理学者でさえこんな頭で
考えて理解できるようなことではないんだろうけど その
説明のされ方としては 宇宙の向こうには
物理学的にはないことになっていて
だから考えても意味がない
物理学的にはその膨張してて奥には
奥のことはもう説明しようがないので 何かあるというわけでもないというわけでもない
とはいえ
物理学の理論から言って 理論上は
というかまあアインシュタインの理論から言うと
宇宙は現在どのぐらいの広さで
っていうふうに定義付けするしかないみたいな それ聞いてるとね
自分たちでそうやって物理学というものを作り
この世界を理解しようとしてんだけど 物理学の範囲の中で
無理くり これこの前も話しましたね
人間に 都合の良いように
捉えてるというか特に量子論なんていうのは
どう考えても人間に都合良すぎる理論としか思え
思えないような理論らしいんだけど ちょっとこれ以上話すと
何が何だかわかんなくなりそうなんで このぐらいにしておきますが
つまり何が言いたいかというと 宇宙っていうのはただのやっぱり概念でしかない
っていうことですね この世界は宇宙がすべてみたいな
それ以上でもいいかでもないみたいに思ってるけども
それ人間の捉え方でしかないってことですね だから仏陀はこの存在は空だといったわけですよ