読書会と『ライ麦畑でつかまえて』への熱量
こんばんは、サリーです。
アパート3号室へようこそ。
今日はまた、本の話をしてみようと思います。
サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』を読みまして、その感想についておしゃべりしてみようと思います。
今週末に、読書会アパート3号室の課題本になっていて、今回は過去最多ですね。
私を入れて23人で読書会をやるんだけど、全部で5人と4人のグループで5つのグループに分けて、感想をおしゃべりするという感じになります。
過去最多でしたね、ライ麦畑。やっぱり人気だし。
前もちょっとここで話したかもしれないんだけど、その、ライ麦畑についてのその熱量の高さが、他のちょっと課題本、過去の課題本と違うなーって感じてて、
なんかもう、バイブルみたいにずっと持ち歩いてましたっていう人とか、やっぱこれだけはどうしても語りたくて参加したいみたいな人とか、
思い入れがある特別な作品だっていう人が何人もいるっていう感じで、ちょっとね、こういうのは今までなかったですね。こういう感じの雰囲気は。
過去最多っていうのもそれを表しているのかなと思ってて、私の感想についてね、ちょっと今日はしゃべってみようかなと思ってるんだけど、
中学時代の読書体験とホールデンへの第一印象
ちょっと前に配信したこととちょっと内容がかぶるかもしれないけど、まあそこは多めに見てください。
えーっとね、この本初めて読んだのが、私が中学校の時ですね、中学生の時で、本当に当時流行ってて、周りでもね、よく話題に上がってたんですね。
ライ麦畑読んだ?みたいな感じで、みんな読んでたんですね。で、その時読んだんだけど、なんか印象はあんまりその時は良くなくて、
ホールデンっていう16歳の少年の一人称で語られるお話なんだけど、その堅い口調というかね、文体が、なんていうんだろうな、口が悪い感じの印象なんですよね。
なんか、なんていうんだろうな、インチキ野郎とかね、クソったれーみたいな、結構そういうスラングみたいなのが結構いっぱい出てくるっていうので、
うん。なんで、なんかちょっとね、こう、なんていうか、近寄りがたいヤンキーみたいな、そんなイメージ持ってたんですよね。ホールデンという主人公に対して。なんかちょっと怖いし、あんまり関わりたくないな、みたいな感じの、そういう人物の印象だったんですよ。
で、内容もあんまりちょっと覚えてなかったんだけど、で、今回40年近くブリに読み返して、全然違う印象を持ちましたね。そこが、今回の再読の中では一番大きいかもしれない。
34年ぶりの再読で感じたホールデンの純粋さ
すごく、この子純粋な子なんだなっていうふうに思いました。私がこういうふうに感じられるようになったっていうのは、やっぱり年取ったからなんだろうなって思ったんだけど、ちょうど今息子、長男が16歳なので、このホールデンと同じくらいの年齢なんですね。ということもあって、ちょっとより身近に感じたっていうのもあるのかなと思うんだけど、
このホールデンという少年は、大人の社会、大人たちのことをインチキな存在っていうふうに見てるんですよね。両親からもあんまり認められてないっていう感じだし、学校でも大学になって、いくつもの高校を転々としてるんですよね。
ニューヨークのお話だから、学校のあれがどうなってるかわかんないけど、その当時の学校をいくつも転々としているっていう感じで、居場所もないわけですよね、当然。
そんな中でも、時々信頼に足るような学校の先生とかに会ったりするんだけど、そういう信頼してた先生の男を訪ねていったら、ちょっと裏切られるようなことがあったりっていう、そういういろんな経験を重ねている中でも、ますます誰も信じられないみたいな感覚になっていくっていうのは、自然なことのようです。
そういうふうに私は感じたんですけど、彼はすごく遠征的で、悪態ばっかりついていたりとか、わざと下世話なことを話題にして茶化すような感じの態度をしたりとか、ぱっと見すごく反抗的な少年のように映るんだけど、
でも、それってやっぱり彼が思っている大人たちのインチキな世界に巻き込まれたくないみたいな、そういう拒絶、拒否、そういうものの現れなのかなっていうふうに感じましたね。
ホールデンが惹かれる無垢な存在と大人になりたくない理由
何もかもが嫌だっていうホルデンなんだけど、その中で唯一心を許しているのが妹なんですよね。ホルデンの妹。その妹に会いたくて、夜中、自分の家に、高校退学になってから夜中行くんだけど、そこで妹に、うんと好きなものは何なのって聞かれるんですよね。
あなた、そんなに何もかも嫌いみたいに見えるけど、あなたのうんと好きなものは?って聞かれるのね。その時に、自分が何を好きなんだろうって立ち止まって思い返すんだけど、そうすると自分が惹かれる存在っていうのがすごくはっきりとしていて、
例えば、最愛の弟を病気で失っているんだけど、その弟の存在だったりとか、あとは街中で出会う、ボロボロのカゴにお金を集めている募金活動をしているガマさんの姿を見て、そこで自分も寄付したりするんだけど、そういうガマさんの存在とか、
あとはジェームズ・キャッスルっていう同級生がかつての学校にいたんだけど、彼は本当に自分が言った発言を撤回したくないという、自分を絶対に曲げないという信念を持った少年で、その少年は窓から身を投げて自殺したりするんだけど、
そういう嘘とかごまかしがないような人のために生きているというか、そういう無垢な存在を好きだなと思うし、壊れていない純粋なものみたいな、そういうものをきちんと見分けていて、
ホールデンはそれにすごく大切だなというふうに感じているんですよね。だけど同時にそういう純粋さっていうのが、このインチケな世界ではいずれ失われていってしまうということも気づいてしまっている。だからこそ大人になりたくないっていうふうに思っているんじゃないかなと思うんですよね。
だからホールデンは大人になりたくないという年齢を重ねたくないということじゃなくて、そういう大人の社会というか、そういう嘘とかダサいものを身につけたり、子供の時は持っていた大事なものに蓋をして生かさるを得ない、そういうあり方、生き方に対してすごく嫌悪感を持っている。
っていう感じだなって思いました。
反抗的な態度の裏にある純粋さの守護
中学の時とかになんかちょっとヤンキーっぽい人とかいたりしたけど、あとはやっぱり反抗期みたいなところもありますよね。このぐらいの年の少年少女というか。
こういうふうに悪態ついたりとか周りを拒絶したりするっていうような姿っていうのは、一見すると反抗的に見えるけど、なんかそれって実は自分の中の純粋なものを守ろうとしているっていう、そういうことなのかなって思いましたね。
だから中学校の時に読んだ時は、私はそういうホールデンをちょっと近寄りがたいみたいな感じで、距離を取りたいみたいに思ってたけど、今は全然違う見え方をしてますね。
大人の社会ってすごく理不尽なことも多いし、それに対してふざけんなよって思う感覚って、ある意味すごく真っ当だし、そういうふうに反抗的な態度に出るっていうのは、それは純粋だからこそなのかなっていうふうに思ったり。
でもその純粋なままで生きていくっていうことはできないから、どこかで折り合いをつけて大人になっていく必要があるんだけど、ホールデンはそのことに気づいているけど、どうしても今はちょっと受け入れられないっていう感じですねって思いましたね。
イノセントな子供たちを守りたいという願い
その感覚って何かなって思った時に、よく川上美恵子さんの作品とかにも描かれている、イノセントっていう言葉が浮かんだんですよね。
無垢というか、純粋というかイノセントっていう言葉が持つ、そういう感覚を私は思い出したんですけど、大麦畑で子どもたちを捕まえる人になりたいっていうホールデンの思いっていうのは、子どもたちが純粋さ、無垢なイノセントを失ってしまう前に守ってあげたいっていうような思いなのかなっていうふうに思いましたね。
だからこの物語はホールデンのものすごい強い孤独と年齢特有のしんどさみたいなものが描かれているんだけど、年をとった今私はそのしんどさがちょっとわかるなって思ってしまう。
なので今回読み直してみて、昔はちょっと見えなかったものが見えてきたような感覚がありますね。本、一冊の本って、その時の自分に置かれている環境とか年齢とかによって、こんなにも受け取り方って変わるんだなっていうことを改めて感じました。
読書会への期待と作品の普遍性
今週末ね、読書会でその熱い思いを皆さんがどういうふうに語るのか聞くのがめちゃくちゃ楽しみですね。
はい、ということで今日はライムギ畑で捕まえてのお話をしてみました。最後までお聞きくださりありがとうございました。
パート3号室のサリーでした。それではまた。