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はい、みなさんこんばんは。おしゃべりラジオ「アパート3号室」の配信企画ということで、今回は第14夜ということになりました。遠藤周作の『深い河』を課題本に取り上げて、私サリーを含めて1、2、3、4、今日は6人でおしゃべりを、本を読んでね、感想をおしゃべりしたいなと思っております。よろしくお願いします。では、一人ずつ自己紹介をお願いします。
スーと申します。埼玉県から繋いでいます。参加した理由は、これ旦那が持ってた本で、読んだことなかったんですよ。すごいしかも、もう何十年も前の古い版の本で、読んだらちょっと衝撃的に2回読んじゃったんですけど、すごくしゃべりの下手だから聞く方だけにしようかなと思ったんですけど、その場でちょっといろいろお話聞きたいなと思って参加しました。
じゃあ夏美さんお願いします。
夏美です。仙台から繋いでいます。この本もともと私が好きな本で、サリーさんとちょっと話したりしたこともあって、お二人の配信でも言ってくださってましたけど、私のXでのつぶやきを拾ってくれて、課題本にしていただいたっていう流れでしたので、すごい楽しみにしてます。
そういうご縁で、私の都合で日程も決めていただいて、ちょっと参加できなかった方に本当に申し訳なかったんですけど、そういう形で今日来ました。私も普段ペラペラしゃべる方なんですけど、好きだからあんまりうまくしゃべれない気もしてて、皆さんの感想を本当に聞くのを楽しみにしてます。よろしくお願いします。
お願いします。じゃあアサリさんお願いします。
アサリです。仙台から僕も参加してます。よろしくお願いします。
深い川は今まで、今回も含めて周りでこの本の話を聞くことが4回目だなと思って、そろそろ読もうかなと思って読んでみました。よろしくお願いします。
お願いします。じゃあノムさんお願いします。
はい、ノムです。私も仙台から繋いでいます。参加した理由は、学生の時に遠藤周作さんの沈黙を読んで、それも授業か何かで読んだんですけど、かなり衝撃を受けてしまって、ちょっとその時はあまり受け止めきれず、1人では。
ちょっと再読もまだできてない状態なんですけど、他の作品も読んでみたいなっていうところはずっと思っていたので、今回こういう機会があって、ぜひ読んでみたいなっていうので初めて読んで参加したっていうところです。よろしくお願いします。
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お願いします。じゃあ最後、まりこさんお願いします。
はい、まりこと申します。福岡県から参加しております。この読書会に参加したきっかけが、遠藤周作さんの深い川って結構すごく前々から有名だと聞いておりまして、実際に宇多田光さんとか深い川をもとに曲を作ったことがあるみたいな、すごい深い作品なのかなって思い、
ちょっとせっかくの機会だから、読んでみようと思い参加することにしました。よろしくお願いします。
お願いします。ありがとうございます。宇多田光が歌を作ってたなんて知らなかったね。みんな結構驚いた表情をしてましたけど、なるほど。
じゃあね、1人ずつ感想をね、ここから順に話していこうと思いますけど、私の感想から言っていい?いいですかね。それほうが話しやすいよね。
まず、読むきっかけはまさに夏美さんがね、夏美ちゃんが結構去年ぐらいから言ってたよね、確か。
言ってました。好きだったね。
好きでそれで、深い川、深い川言ってて、私も遠藤周作読んだことなかったんだけど、気になってて、これ読書会の課題本にしたいなとは常々思ってたけど、なかなか読むきっかけがなかったんでね。
で、夏美ちゃんがそのXでこの感想を聞きたいって言ってたので、もうこれは今だなと思って、それで課題本にしました。
本当に面白かった。まず最初はね。すっごく面白くて、で、夏美ちゃんがそのなんか私宛にミツコに続いて語りたいみたいなことを言ってたんだよね。
ミツコミツコ言ってるから、ミツコって何なんだろうっていう感じで読み始めて、この存在について語りたいんだっていうのはなるほどなと思ったんだけど、ミツコに対しては否定的な意見が多分すごい出るだろうなと思ったし、
夏美ちゃん自身も多分さりさんミツコってありえないですよねっていう感じなのかなーって思って読んでたらあらびっくり。この登場人物の中で一番ミツコに共感したし、一番自分と似てるというか、そういうふうに思っちゃったんですね。
スタイフで一人で語った話でもちょっと喋ってたんだけど、ミツコがやっぱり自分の中の空虚さみたいなものをどういうふうに受け入れて生きていこうかっていう、もがいているっていう感じが多分この人だけじゃなくここに共感する現代人だったらあるんじゃないかなと思って。
最近読み終わったインザメガチャーチも、あとオシモユも最近読んだんだけど、私はその現代の生きすぎたオシカツってちょっと信仰っぽいなと思ったりしてたんで、やっぱりこういう自分の生活を投げ打ってまで何か一つの対象に人生を捧げるみたいな、そういう生き方をしている人に対して、
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嫉妬っていうか、何て言うんだろうな、なんかやっぱりどこか羨ましいっていうか、自分の満たされなさを大津という存在を通して満たそうとするみたいな、なんかそういうものを感じました。そのミツコの空虚さみたいなものをすごい感じた。
今日は皆さんのちょっと感想を聞くのが楽しみです。私はちょっとミツコについては話したいなと思っております。以上でございます。ごめんね、長くなっちゃった。
じゃあ、スーさんお願いしてもいいですかね。ありがとうございます。私は結構、どの人にも共感する部分があって、最初に奥さんがんで死にそうになるフーファレじゃないですか。私ももういい歳なんで、そういうところで生まれ変わっても私、生まれ変わるから見つけてねって言う奥さんもすごいし、それを本当に探しに行く旦那さんもすごいと思ったんですけど、そこで実際そんな綺麗事じゃないよ。
俺たちが本当に俺は本当にあいつ愛してたのかなみたいなところで振り返るところもすごい面白かったし。その絵本作家の人がなんかあの本音で話せるのはもし本心でもし人間が本心で語るのが神とするならばそれは黒とか旧館長だったそういうところもなんか私ちょっと納得あの共感してしまってやっぱりなんか人に話すときやっぱりどう虚勢張ったりとかなんかやっぱり。
何かないように見えてあるからそこもすごい話しいけどそういうところも共感するなと思ったし。
三つ子も私結構私は結構共感したんですけど三つ子はなんかやばい人だと思うんですよね。なんかその空虚さだけじゃなくってなんか破壊要求があるなんか信仰のあるやつをこう翻弄してぐちゃぐちゃなんかこう。
なんていうのもっと破壊的ななんかそのあの。
官僚のボランティアしてた時も。
足りげなくこうちょっと嫌なことをして。
だからそういうすごく二面性があってしかもそれにちゃんと自覚を持ってやっていてそれにやっぱりずっと苦しんできた人だと思っていて。
その空虚層とかし本当に人はしたことないっていうのもなんか。
そこはちょっと言っちゃダメかもしれないけどいろんな人のところがなんかみんなその。
あの女神のチャームウンダーじゃないけどやっぱり完璧に綺麗な人っていなくていろんなせいだから合わせ飲むって感じだよなっていうのもすごく。
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共感できたしその進行っていう話とか偽善って話とかそのそういうところも。
あと生活と人生は違うっていう言葉とか割とすごくなんかいろいろ考えさせる言葉があって今こう戦争が起きていて無力感にみんな苛まれているところもちょっとそういうところもリンクしてくるところがあって。
だけどその線全部を包み込む深い変わって。
なんだなんかすごく。
またなんかすごくこういろいろなところで今にリンクするし自分にこうぶち当たってくる本だなと思っていろいろお話みんなのお話聞きたいなと思って参加しました。
以上です。
ありがとうございます。
確かにせげたく合わせ飲む。
そうね。
じゃあ夏美さん行ってみますかね。
言い出しっぺの夏美さん。
どうですか。
私これ最初読んだの10代の終わりぐらいで結構衝撃を受けたというか。
あの。
なんだろう宗教のイメージが全然変わった。
なんか清らかな。
なんか正しいみたいな。
なんかそういうペラッとした理解しかなかったのが。
なんかそういうそのさっきスーさんもチャームンダーの話してましたけど。
そういう女神がいるんだとか。
あの芝の女神たちの話とか。
で、フォーツがこうキリスト教徒として生まれ育ってきたんだけど。
折り合えずにこう自分なりの宗教神様を探すみたいな神様を見つけていくみたいなものもすごい衝撃だったし。
なんかこの本で結構その物語の凄さを感じたというか。
なんかその神は愛の働きであるとか。
なんか信じるものがあることの強さみたいなのを読むと感じるんですけど。
なんかそれってこうやって抜き出して言うとすごくチンプなメッセージで。
それをなんかこう私が今そう言ってもなんだろう空虚なんですけど。
でもこの本を読んだらそれが本当にその肉薄して自分の中に実感として生まれるみたいな体験をできたのがこの本で。
なんかすごいその後もその前も物語は好きで小説ずっと読んでましたけど。
これがなんか物語の凄さなんだなって感じた一冊でした。
大津と三つ子の関係ってなんかどうしてもやっぱり結構。
まあ群蔵劇っぽい部分もありつつ割と縦軸になってるかなと思うので。
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そのあたりは今日皆さんの見方を聞きたいなと思うんですけど。
男女っていうだけじゃなくて。
なんか人間と人間として導かれていくみたいな。
それが一方的な関係性じゃないのが面白いなと思ったりしたので。
そのあたりのどうしても読者って三つ子の目を通して大津を理解していくっていうポーズになってるのかなと思うので。
割と三つ子に感情移入してる人もいるのではないか。
どうなんだろうこれは私が女だからなのかとか思ったりもし。
なんかでもやっぱり三つ子の目を通じて大津を理解してそれを通して神様を感じ取りたい触りたいみたいな。
そういう気持ちで私は最後まで読みました。
なんか最後こんなラストにしなくてもいいのになって思ったりもして。
そのあたりの大津三つ子関係を皆さんがどう読んだのかなっていうのを今日は聞きたいなと思ってます。よろしくお願いします。
ありがとうございます。
縦軸っていうのは本当そうだよね。
皆さんとちょっと後でそれ話しますかね。
あたりさんいいですかね感想。
自分は初めて4月になってからこの本を読んだのでした。
読んだ感想っていうか物語の本体の話ではないんですけど。
さっき今まで人生で4回目に会ったっていう話を紹介したんですけど。
大学生の時に仲良かった友達。
社会人になってからSNSで仲良くなった友達。
あと読書会、アパートファン語質じゃない読書会で出会った年上の女性で今回は夏海さんで4回目で。
みんなこの小説について熱烈に語りたいとかっていう感じでもないけど静かに語りたさがあるようなことを自分は感じて読んでみたんですね。
実際読むとすごい勢いでページが流れていくっていうかめちゃくちゃ読みやすい小説で最後までずっと読んじゃったんですけど。
読んでる時はすごい通り過ぎていくんですけど、読み終わった後で思い出すというか浮かび上がってくる。
川の底に葉っぱとか沈んでるのは何かのふとしたきっかけで川の方に立って浮き上がってくることがあると思うんですけど。
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そんな感じで読み終わった後も時折川の底から上がってくるなっていう印象でした。
詩人ですねアサリさん。素晴らしい例えを川にいわゆることをひも付けてみんなこうっていう顔してましたけど。
そんなに4人の人がお勧めしてたっていうのがちょっとびっくりだけど、確かに静かに語りたいっていうのはそうかもしれないですね。
ありがとうございます。野宮さんお願いします。
私もすごく読みやすいっていうのを最初に感じた印象で、やっぱり今現代文学、96年なので最近だと思うんですけれども、
ちょっと最初厚い分厚いですし重厚な感じがしたので、すごく読みやすいっていうのは本当に私も感じた印象でした。
感想はいろんな登場人物が出てきて、その登場人物たちのいろいろな考えだったり大切にしていることを少しずつ覗き見ながら、
それがやっぱり深い川っていう混沌としたいろいろなものが混じっていくっていうその流れの中に合わさって、
本当にこう読んでいる時間も、もう私もスムーズに読めたんですけれども、それ本当にいろいろこう、
どの人の物語っていうのもやっぱり一番三つと一つが私も印象に残ったんですけれど、どの人の物語としても読めるっていうところがタイトルとも合わさって印象的だなとは思いました。
すごく関心を持ったのは、私もやっぱりサリーさんが最初おっしゃってた宗教とかの話で、おしかつとかの話もすごくそうだなと思いながら、共感しながら聞いていたんですけど、
宗教に対して、やっぱり何代宗教とか大きなもので、私も夏美さんおっしゃってたように、
清らかで正しくてみたいなイメージはすごく持っていたんですけど、物語の中で美津子が、私には宗教がありませんっていうところで、アメリカの女性と話すとこで返す場面あると思うんですけれども、
日本人ってやっぱり無宗教ってよく言われるけれども、オーツのように自分なりの宗教を組み立てたりだとか、美津子も宗教がないって言いながら、自分の生き方を探して模索してっていうところの、
個人の宗教というか、宗教と言っていいか分からないんですけど、寄りどころにして生きるものを探したり作ったりみたいなところが、今の私たちにも通ずる部分だなと思って、すごく面白いなと思いました。
あとは、生と死の入り混じったインドの国の描写であったり、川にも普通に犬の死体だったり、死んだ人の肺が流れているところで輪浴するっていう、そこの描写とかも日本ではなかなか感じられない部分ではあったので、
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そういうところがいろいろ合わさったときに、最終的にラストがやっぱり私も印象的で、振り止めもなくなってしまったんですけど、結局描きたかったというとあれなんですけれど、どういうことを描きたかったんだろうなって、独語すごく考えたので、そういうところは皆さんとお話ししてみたい部分だなと思いました。
ありがとうございます。確かにね、これを通して遠藤修作は何を描きたかったのかなっていうのは、本当に読んだ後に、まさにさっきあさひさんが言ったみたいに、私もずっとこう葉っぱが浮かんでくる、何を描きたかったんだろうっていうのは、ずっと何か考え続けさせられちゃうという小説だなとは思いましたね。ありがとうございます。最後、まりこさんお願いします。
はい、私もすごい独語感がじんわり心に響いてくるというか、なんかもう、あさひさんがおっしゃったように、川の方に葉っぱが浮かんでくるような、いろんな、読んでる中で印象に残った場面がちらちら、ちらほら出てきたりっていう感覚で、すごい作品に出会えたなっていう感じがしました。
私、読んでて、大津と美津子の関係性の描写もすごい、何ていうか、いいという表現というか、考え深いというか、深いなっていう感じがしたんですけれど、いろんな登場人物の過去の話とかが描かれている中で、木口という、もともと兵隊で、
戦時中、死にそうになった時に、友人に助けてもらって、肉を食べなさいって言われて、それで助けてもらった友人がいて、その友人との、戦争が終わった後の友人に出会った話が、結構私の中ですごいずっしり心の中に響いてて、
木口が最後のあたり、最後というか、途中でインドの旅をしている間に、病気、マラリアだったっけな、なんか病気にかかって、しばらくベッドで休むことになったんですけれど、その間に美津子さんが、そばで見守ってたんですけれど、
その時にガストンガストンって、助けてもらった友人の、友人が飲酒が激しくて、それもあって病院で入院してたけれど、その入院中にお世話になってた外国人の男性のガストンさんという人がいるんですけど、その人の名前を言うことがあって、
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で、その描写、ガストンガストンって言ってる描写とか、最後のその、自分の友人とガストンさんの関係について、木口が語ってる場面があって、そのシーンがすごく私、もう感動したというか、なんか自然とほろっと涙が出るくらい感動しちゃって、
なので私は木口の話がすごい良かった。もちろん他の登場人物とか、メインとなる大地と美津子の関係性も良かったんですけど、木口の話がすごい良かったなっていう感覚がしました。
読んでてちょっと、すいません話が長くなっちゃうんですけど、読んでて疑問に感じたのが、この深い川っていう作品ちょっと色々調べてみたら、遠藤修作さんなんか褒美を中に書かれた作品らしくて、だいぶすごい思いがこもってるっていうか、なんか結構やっぱり遠藤修作さんの中で結構なんか色々込められた作品だと言われて、
っていうのをちょっとネットの記事とかで見たことがあって、深い川ってなんかいろんな磯部とか沼田とか、三つ子大津以外になんかすごいいろんなものを抱えている人物がいるものの、一方でこいつ嫌だなっていう人物がいて、三少、三少って読むのか、カメラマンの男性とその奥さんがいるんですけれど、
そのカメラマンの男性のせいで、大津が最後死んじゃうんですよね。ほぼほぼそのカメラマンの男性のせいで、でもそのカメラマンの男性はすごく非常識というかひどいやつで、みんなで空港待ってる間にインド人の老婆の方がそのめちゃくちゃ吐いたりしてたんですけれど、それをなんか写真を撮ったりしてる場面とかあって、こいつ非常識やなって思ったんですけど、
なんでそんな非常識なカメラマン男性をわざわざ遠藤修作さんは出させたんだろうとか考えちゃって、なのでなんかその、まあそういう、なんか本当に他の磯部さんと、磯部、沼田、木口さんとか大津三つ子さんすごく魅力的だけど、いやーな思いをするようなダウジョイニーズもわざわざ入れる理由ってなんだろうって思ったので、ちょっとそれについて皆さんに聞きたいなと思いました。
すいません、長くなりました。
ありがとうございます。なるほど、確かにね。この夫婦はみんななんだこいつっていうね、もうわがままばっかりじゃん。あんたたちヨーロッパ行けばよかったじゃないですかってみんなが思ったよね。こんな文句言うつはねむんでこんな嫌だなと思うよね。私もそう思った。この人の存在、違う、ちょっと後で喋りますかね。
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じゃあちょっと一通りね感想が出揃ったので、今まで出たちょっと問いっぽい感じのをさらってみると、そうね。やっぱり大津と三つ子の関係について話したいという感じかな。あとはやっぱりその、信仰というかね、信仰対象がある人の生き方っていうことを、なんか私は皆さんがどう捉えてるのかなっていうのを聞きたいなと思ったので。
あとはそうね、この一冊、この作品を通してその遠藤修作は何を私たち読者に伝えたい、描きたいと思ったのかっていうテーマ的なことは何だったのかなっていうことと、あとその最後のその、なんでこの二人わざわざ出したのよっていう。
このぐらいですかね、遠いね。まあ結構壮大なテーマではあるから、ちょっと皆さんの感想を一通り聞いたところで、私はこう思うわっていう話があったら、ぜひ手を挙げてもらえればと思うんですけど。どうですか。夏美ちゃんどうですか。みんなの感想を聞いてどうでした。
めっちゃ楽しいです、今。
念願叶ってよかった。
好きな本の話をみんながしてくれて嬉しい。
確かに何を書く、いっぱいのものが詰まってて、何がテーマかって本当に多分読んだ時読んだ時で違うし、年齢とかその時自分が死をどれぐらいリアルに感じてるかとか、色々変わるんだろうな、何回も読みたいなって本なんですけど。
私はあのこの、彼は醜くから始まる、何回も繰り返される、あれ聖書の一部なんですかね。
あそこがなんか自分の中で特別な言葉になってて、
なんかあれを最初に出てくるのって多分、三つ子が大学生時代に教会で大通を待ってる時に聖書の一文を読むっていう形で出てくると思うんですけど、
あの時はその言葉の意味がわからない。
キリストがなんでその彼は醜く、みたいなところなのかがわかんないけど、最後の方で出てくるってか、最終章がそもそも彼は醜く異元もなくっていう章のタイトルになってますけど、なんかもう万感込められたみたいな感じで、
27:00
あのこの言葉の意味をなんか実感できるようになったのが、なんか私にとっての深い川の今んところの意味ですかね。宗教ってこうなんだみたいな感じ。
ちょっと読んでみようかね。私がちょっと読んでみましょうかね。
彼は醜く、異元もない、惨めで、にすぼらしい。人は彼を詐欺すみ、見捨てた。意味嫌われる者のように、彼は手で顔を覆って、人々に侮られる。
誠に彼は我々の病を負い、我々の悲しみを担った。
これは彼というのは神ということなんだよね。
多分イエスのことなのかな。
で、それを、この文章を。
なんか最初に読んだ時は、イエス様って立派な人みたいなイメージだったから、異元もない、異元もないとかそんなこと書くんだ聖書ってみたいに思って、あんまりわかんなかったんです。
なんでイエス様がそういうふうに聖書で書かれてるのか。
なんか異元あるだろうみたいに。
知らないけど。でも、最後の方で三つ子が木口とやりとりしている時かな。
どこだったか出てくると思うんですけど。
出てくるね。最後の13章で。
なんかその時には、イエスが彼は醜くて書かれてるイメージがぴったりくるっていうか、こういう人だから人を救えるんだっていうのがしっくりくるようになってて。
最初にその言葉が出てきた時と最後に読む時だと、全然理解が変わってるっていうのが。
この本が私に与えた変化というか。
っていう感じです。
なるほど。確かに私、今本当にこうやって読み比べてナツミさんが言ってることを理解しようとしたら鳥肌がブワーって立ったわ。
本当だね。同じことが、本当に一時的に同じことがこうやって引用されているにもかかわらず、この文章を読む時の自分の印象がまるで違うね。
本当だ。言われてなんか気づいたっていう感じですね。
本当だね。一回これ出てきて、これで確かにこの小説を読んだっていうことの重さがドーンってくるね。
30:01
確かに確かに。だからきっとこのことを伝えたかったんだね。遠藤修作。
思ったりもする。でもなんかもっといっぱい、いろんなものが入ってるような気もします。
そうね。いろんなものが本当に入ってるんだけれども、2回も出てくるってことはどうなの?
あ、3回?スーさんが3回って言ってる。もう1回出てくるんだっけ?
第何章で出てくる?
ページが古いかもしれないんですけど、私のだと71ページが多分最初なのかな?
ミツコの場合。
71ページと286。私の多分古いのですごい。
286だと?
286が旧書の川のところで。
本当だ。もう1回出てきてる。
ここにもう1回出てきてて、最後に330。
そこかそこだと思うんですけど、最初はすごい。
オーツにリンクして、ちょっとみっともなく頼りのないっていうイメージから、
どんどんなんかその、弟子は全部キリストを見捨てて、
見捨てて命を逃げて、
でもそのことによって、後ろ目立たさか何かわからないけど、
そのことによって彼らの心にキリストが転生したみたいなお話があって、
転生って最初、私、生まれ変わりのイメージから始まるじゃないですか。
さっきマリコさんが木口のとこすごい気になったっていうお話してて、
木口とガストンは背中合わせで、
木口の死んじゃった方の人だから、
塚田さんの心の中に神はいるよってガストンが言って、
途中でその2人は背中合わせで、お互い転生じゃないけど、
影響し合ってるんだみたいなお話もあって、
転生っていうのが、私の元々思ってた輪廻転生だけじゃなくって、
人の心に、それもまた宗教に絡むかと思うんですけれども、
心の中にその人が住み込むことも転生って呼んでるんだって思って、
確かに人は無力だし、
この何回も引用されるように滑稽に見えるかもしれないけど、
何百年もキリストはそうやって信者たちの中に転生してきたんだって。
だから、すごく弱いかもしれないけど、
そういう信仰もキリスト教ではないかもしれないじゃないですか。
多分遠藤修作も、
33:01
欧米でいうキリスト教じゃないかもしれないけど、
何かやっぱり神様みたいな玉ねぎという存在があって、
やっぱりそれは、
夏美さん言ってたみたいに、
すごくそれが最終的には愛に繋がるために神はあるみたいななんだけど、
それが本当に私も言葉にするとすごい薄っぺらくなっちゃうなと思うんですけど、
この話だとすごい、でも要約しようとするとそうなっちゃうんですよね。
でもそれがすごく、やっぱり信仰のある方だからか、
すごく私も何も信仰してないけど、
それを私思ってしてもこんなに訴えてくるものがあるっていうのは、
かっこよく綺麗なものじゃないじゃないですか。
キリスト教ではなくて、もっと混沌としてて、
でもだからこそ全てのものを飲み込んで、
全部を受け入れてくれるものなんだよって、
それはやっぱりすごいことだよなって思わせてくれるなって思います。
ほんとね。
そうか、3回出てきてるんだもんね、これもね。
なるほど。
ほんとだ。
そうなんだよね。
要約しちゃうとすっぺらくなるっていうのがすごいわかるな。
確かに転生っていうことの意味もね、そうだよね。
なるほどね。
なんかのむさんはどうですか?
はい、そうだなと思いながら聞いてたので全然まとまってはないんですけど、
そうですね。
本当に今いろいろ聞きながら、
キリスト教の私も、
なんて言うんでしょう、
内容に明るくはないのでわからない部分もあるんですけど、
混沌としていてっていうところだったりだとか、
そうですね、ちょっと今私が考えてたのは、
キリスト教というか宗教がやっぱり、
正解を与えてくれる困った時に何か声を与えてくれて、
自分はそこに従って生きていくみたいなイメージを昔は持っていたし、
今も信仰というところがやっぱり教義とか決まりとかがあって、
生き方をそこに正解としてある生き方をなぞって生きていくみたいなイメージがあったんですけど、
36:03
確かにここの作品で書かれている、
キリスト教というかオッツが信仰している姿だったり、
いろいろなものを含み込んでっていうところが、
正解って多分なくって、
でも聖書に書かれるイエスのようにオッツも、
生き倒れたもう死にかけの方をおぶって川に運んで、
真似事をしているっていうところもあったと思うんですけど、
こうなりたいというか、
このように生きたいみたいなものを目指してというか、
そのイエスが正解というよりかは、
イエスに影響を受けて自分の中でそれを咀嚼して、
自分なりに転換していくみたいなところが、
信仰なのかなっていう、
それは私が今まで思っていたイメージとはやっぱり、
ちょっと乖離していたところで、
面白いなと思っていました。
すみません、転生の話からちょっと飛んでしまったかもしれないですけど、
結構そこに関心があったので、そう思いながら今聞いてました。
なるほどね、確かにね。
キリスト教って一口に一言で言っても、
やっぱり例えばカソリックもあったりプロテスタントもあったり、
いろんな形があるし、
だから人それぞれその信仰のあり方っていうのが、
きっとあって違うんだろうねと思うんですよね。
だからこのオッツの場合はそういう感じで、
そのものに自分がなりたいみたいな、
そういう彼独自の信仰の形だよなと思うから、
教義を信じて神についていくみたいな、
そういう人もきっといるだろうし、
だからこの本でそのキリスト教が何なのかっていうのはわかんないし、
信仰するっていうのはどういうことなのかっていうことを別に説明しているわけでもないわけだよね。
彼の生き方を通して説明しているわけでもないんだけど、
だからこそ私たちは信仰ってなんだろうみたいな、
すごく根本的なことを考えさせられる、
その余白がオッツという生き方。
さっき誰か、夏美さんが言ってたんだけど、
三つ子を通してのオッツだからね、それは。
三つ子の目を通してオッツだから、
やっぱり探りながら考えていくっていう感じの読み方にどうしてもなっちゃうんだよね。
アサリさんどうですか?何か思うことあります?
そうですね。ちょっと話題ずれていくかもしれないですけど、
全然大丈夫。
最初に感想を話すターンだった時に、
サリーさんとか夏美さんの方が、
三つ子のことを空虚っていう言い方をしてたのがちょっと印象に残っていて、
39:06
途中で出てくる三条夫妻も、
いわば空虚な書かれ方をしているんですけど、
途中で、
この小説でイエス・キリストっていう人と、
その父である神っていう人が、
どう書き分けられているのか、
誰てないのかよくわからないんですけど、
理解できてないんですけど、
神を玉ねぎに例えるところがあって、
最初、いくつかの野菜が出てきて、
その中で玉ねぎが選ばれて、ずっと玉ねぎ、玉ねぎって言ってると思うんですけど、
玉ねぎってすごい空虚な、
抜いていくと最終的に何もなくなるっていう、
そういう性質から玉ねぎを選んだんじゃないかなって思って、
小説を読んで思ったときに、
三条夫妻がなぜ出てくるかっていうところにつながるんですけど、
イエス・キリスト、
すごい上のところに居る、
届かない誰かではなくて、
オーツみたいに、
街の暗いところに居る、
自分たちと同じ世界に居るとか、
三条夫妻も空っこな人のように見えるんだけど、
価値がないとか意味がないとかそういうことではなくて、
重いストーリーを背負った登場人物たちと、
生と死が等価な場所においては、
同じ価値があるように描かれてる。
すごい、はい。
みんな同じレベルで描かれてる、レベルっていうか、
同じ階層の人として描かれてるような神様も、
出てくる重いストーリーを持った登場人物も、
一見空虚に見える登場人物も、
深い川の前ではみんな対等なのかなっていうのをちょっと印象として思いました。
うん、なるほどね。
確かにその、最初スーさんが言ってたけど、
性楽合わせて、何の話してたっけ、だから、
それ何の話してたんだっけね。
うん、でも確かにそうだよね。
だから、みんな対等っていうか、平等っていうか、
要するにそういうことでしょ。
いい人も悪い人も、川の前では等しく人間一人一人存在してるみたいなことで、
みんないい人だったら、この話はやっぱり狭くなっちゃうもんね。
42:03
なんていうか、こういう無茶苦茶なこと言ってる人も、
命があって、神の前では一人の人間で、みたいな、
そういうことを神の視点に立ってるよね、あたりさんの。
確かにでもそうだよね。
人間から見ればなんだこいつって思っても、
神の視点から見ればね、一人一人の人間。
確かにそういうふうな登場人物。
これ全部だって、3人称で語られてるんだよね、これ。
1人称で語られてるところ一個もないよね、確か。
そういう意味では、神の視点から語られてるとも言えなくもないかもしれないしね。
そうだよね、全部3人称だよね。
だよね。
なるほど。
だからこそ、そういうふうに私たちも登場人物を、
神の視点から問われられるのかもしれないしね。
面白い、なるほど。
マリコさんはどうですか?答えが出ましたよ、この誕生祭の。
すごい、すんなり入ってくるぐらい、
もう素晴らしい回答だなって思いまして。
さすが。
それを聞いてちょっと今思い出したのが、
インドって世界観が混沌というかカオスであるみたいな、
いいのも悪いのも混在しているっていうので、
全然宗教とか本当よくわかってないんですけど、
絶対にいい人になりなさいとか、
貧しい人、困ってる人に優しくしなさいとか、
絶対っていうカチカチな考えで持ってる宗教とかも、
もしかしたらかもしれないけれど、
でもどっちかというとインドの世界っていろいろ、
どこかのページにもちょっと覚えてないんですけど、
混沌としている、
貧しい人たちだったり、
カーストの上位のすごく豊かに暮らしている人たちの世界だったり、
そういうのも淡々と描かれているところもあったんで、
結婚式のところとかなので、
なんだろうな、
どこかガンジス川っていうところで、場面とかで、
いろんな人たちが混在しているシーンとかが書かれてあったりしてたんですけど、
いいものも悪いものも、
悪い人なのにいい人だっていう矛盾しているようなものも、
全部受け止めてくれる。
それって結構秩序もないし、
なんかすごい不安だったり複雑な気持ちになったりするけれど、
でもそれを全てを受け入れてくれるっていう優しさというか、
包容性っていうのもあるっていうのを、
45:02
作者さんが伝えたかったのかなみたいな、
何がっていうのがちょっとうまく言葉で表現できないんですけど、
いろんなすごい物語の中で、
登場人物たち、お学ぶ登場人物たちが重い過去とかを背負って描かれているけれど、
その一方で参上祭はもう参上祭以外に女性の方々とか、
あそこ汚かったとかいう人もいて、
でもそういうのをあえて描いている理由としても、
アサリさんのおっしゃった通り、
そういう価値観を持っている、考えを持っている人もいるんだって、
でもそういう人の色が、このインドの世界観は、
もう顕在しているんだみたいなのが、
描きたかったのかなって、私はもうすなり解釈が明るくなったので、
ちょっとすごく、先ほどの解釈を聞いてすごく助かったなって感じがします。
なるほど。
確かにインドの女神なんて名前だったか、
神様も私知らなかったけど、神様って言うと本当に美しくて光合しくて、
人々の崇拝の対象だからって思ったけど、
このインドの神様が出てくるっていう、こんな、
生首を片手に持ってて、額を踏みつけてて、
とにかくすごい驚きのような、まさに混沌としているじゃないですか。
神様自体が。
遠藤修作って結構キリスト教テーマにした作品を書いてるし、
信仰心とかも書いてるけど、この神様を登場させる意味っていうのが、
いろんな信仰対象っていうか、
そういうのがあるインドをあえて書いて、
そういうのも全部ガンディス側が包み込んでくれるというか、
懐の深さみたいなね、そういうものを描きたかったのかなとも思うよね。
ここまでキリスト教イエスイエス言ってるけど、
ガンディス側の前ではそれすらも、
なんかすごくちっぽけに覚えちゃうというかさ、
だから深い川っていうタイトルなんだろうなと思うんだけど、
なんかね、この感想は取り留めなくなるね。
何を言ってるか自分でもわからなくなっちゃうんだけどさ。
なんかそんな感じじゃない?そう思いますね。
何かあると言いたいことあります?
スーさんどうぞ。
偽善っていう言葉がすごい気になって、
48:01
ボランティアも偽善だし、愛の真似事ってすごい言ってて、
インドに行って、気の毒にって言っても、
そういう偽善っぽい言葉をやっていて、
さっきの宗教のことにも絡んじゃうんですけど、
キリスト教は生命に序列があったからっていう発言と、
インドの神様は悪も正も正しいものも全部合わせ持ってるけど、
でもその神様には偽善はなかったって言葉がどっかにあって、
結婚式に行った時にインドのインテリが、
そういったって、今は負荷植民の人たちも優遇してあげてるし、
偽善の話をした時に、
あいつらは結局偽善の発言しかしてないけど、
オーツがどの神だっけな?
オーツが私のページだと、
オーツが語るところは、
実際彼はキレイごと言うだけじゃなくて、
自分もおもに寄せ合ったり向き合ったりしてるから、
生き方に裏打ちされているので、
彼の言葉に偽善は感じなかったみたいな言葉が、
図書のオーツの場合で、
確かにオーツの言葉はオーツの苦しいであろう生き方に裏打ちされていた。
それは滑らかな口先だけのポンチのような味のする結婚式の
青年の言葉とは違っていたって言って、
みつこが多分ずっと自分は愛の真似事とか偽善、
結局偽善にしかならないんじゃないかって苦しんでた時に、
最後ガンジス川に使って、
これは真似事の祈りかもしれないけど、
いろんな人が、
そういう負の要素も全部みんなが持っていて、
悲しみを抱えているっていうのが分かれて、
その人たちがみんなこの川に使って流れているっていうのが分かったから、
私はそこは理解、今まで悩んできたけどそこはつかめたんです、
みたいなもっとちゃんとしたきれいな言葉だったと思うんですけど、
偽善とかそういうものに苦しんできた彼女が、
最後こういう心境に到達したところが、
私も偽善というか、生活と人生は違うっていうところも
すごい気になったんですけど、
51:01
みつこが最初の方に、私は生活が欲しい、生活じゃなくて人生が欲しいの、
みたいなお話をされていて、
イソベが、今まで会社の人間とかとは、
生活という意味での付き合いしかなかったけど、
本当に人生として向き合ったのは母と妻だけだったみたいな話をされていて、
生活と人生の言葉が違うっていうのも、
すごく遠藤さんが訴えたかったことなのかなと思っていて、
生活とかってやっぱり、みつこの旦那さんとか、
いい車乗ってるとか、そういう割と上辺の、
表面的な豊かさとか、そういうところに踊らされちゃったり、
他人の評価とか、そういう生活の言葉に囚われがちだけど、
本当に大事なのは、人生の言葉というか、
人生を共に、人生の言葉なのかな、
そういう存在こそが大切なんだよって、
訴えてくるような気がして、そこが偽善というところともつながって、
すごく私、心に響いたんですけど。
なるほどね。
偽善っていう言葉、結構出てくるんだっけ?
愛の真似事とか、そういうところかな。
神様の話をした時に、
インドのカニとかの話をした時に、
慈悲と邪悪を合わせ持ってるけど、
インドの神様に偽善はなかったって言い方をしていて、
遠藤さんは偽善に対して割と厳しいのかなという印象を受けて。
偽善って何なんですかね?
偽善って愛の真似事?
本当に…
三つ子は最初の自分のやってるボランティアも、愛の真似事とか偽善って言ってたりとかしたりしていて、
多分、大津ぐらい、
引き受ける、
表面的な同情はただの偽善だよって多分、
非難?
指摘されてるんじゃないかな。
私、多分、いつも偽善で終わっちゃってるから、そこがすごいグサッときたんですよね。
表面的に同情してるけど、そこまでちゃんと肝座ってんのかって言われると、その覚悟ないなと思って、
私、いつも偽善だなって、すごく指摘されてるような気がして。
確かに、確かに。でも、なかなかこれ、ここまではできない。
54:04
できないですよね。
夏美さんどうぞ、何か言いたいでしょ。
三つ子がなんでボランティアを始めたのか、みたいなところも書かれてなくて、
皆さんどう思いますか。
私、もう1回ちゃんと読んでみないと、
スーさんの思ってることをわかんないなとは思ってるんですけど、
真似事がそんなに悪いこととして書かれてないような気もして、
物事って何でも、何ていうか、真似から始まるじゃないですか。
最初からその本当の形に、いろんな習い事とかも到達できない。
何か身を見真似からいろんなことが始まるな、みたいに思うと、
真似がそんなにダメなのかな、みたいな気もして、
三つ子ってずっと空気を、何を私は求めてるんだろうって何回か出てくるけど、
求めてるものがわからないから、満たされることもできない三つ子が、
愛の真似事を始めたってことは、やっぱり愛を求めてるのかな、みたいに、
スーさんの話聞いて思ったりしてて、
だから大津にも結局、
滑稽だとか三つ子らしいとか言っておきながら、
何回かその人生の節目節目で、
フランスで会いに行ったのも、
手紙送ったのも、インドで会いに行ったのも全部三つ子からで、
愛を探して、愛の真似事をしたり、
大津に頑張って接触しようとしたような気がしてたので、
最後に祈りの真似事に到達しますけど、
だから真似事というのが結構意外と、
ポジティブまでは言えないかもしれないけど、
大事な営みなんじゃないかなっていうような気もしました。
なるほどね。
どう?スーさんどう?
私は三つ子について考えた時に、
学生時代まず自分を汚したいと思っていて、
心の奥にすごい破壊的なものをずっと持っていた。
だから自分が怖いから、それを刺激するようなものと、
無縁な人と結婚して、自分を屍のように埋めてしまいたいって言ってたんですね。
女神カーリーの二面性を見て、
私まさにこれって思っていて、
大津との手紙交換する章が第6章にあると思うんですけど、
57:00
ここに福田常有の文章を引用していて、
私は真に人を愛することができない、
っていう文を引用しているんですけど、
ずっと人を愛することができなくて、
多分それを求めてたんだと思うんですよね。
求めるが故にそういう真似事をしていて、
これまた294ページ。
旧章、河野章で、
結局、探してた大津が見つからなくて、
沼田さんにもういいですって断るときに、
大津を訪ね歩いたけど、それらの愚行の奥に、
彼女は自分もXを欲しがっていることだけを漠然と感じていた。
ここで玉ねぎとは書かずに、
多分彼女の中では玉ねぎでちょっと違和感があるから、Xっていう言葉を使ったのかもしれないんですけど、
自分を満たしてくれるに違いないXを、
だが彼女にはそのXが何なのか理解できないと言っていて、
私は真に人を愛することができないから、
愛がわかんないけど、どうしてもその愛っていうものがあれば、
多分自分のこの欠落した空虚感を埋められるとは思っていて、
だからそれを一生懸命埋めようとするけど、結局それが偽善に終わっちゃって、
うまく回っていないところが苦しかったんじゃないかなと思っていて、
ちょっと私ネガティブに取り過ぎなのかもしれないんですけど、
なんとなくそういうふうに思いました。
手紙の章であなたは孤独な人ですねってオーツに言われてて、
僕も孤独なんです、分かります、みたいな話があって、
その愛がまた真に愛することができなくて、
愛がわからないことでまた孤独も感じていたのかなっていうのも、
すごく腑に落ちてしまって苦しかったんだろうなと思って、
普通にいいことしてたら、たぶんボランティアしたら、
私とかあんま何も考えないから、たぶん偽善とも考えずに受け入れちゃうと思うんだけど、
彼女はたぶんすごく力的な人だから、そこで深振りして、
これはまだ偽善で終わってるなって苦しんでたのかなと思っていて。
自分が偽善的だなって思うのはオーツのこと、オーツの存在があるからですよね。
オーツに会ってなかったら、自分のこの…
あれ?オーツに会ってなかったらボランティアもやってないのかなってことは?
うーん、かもしれないですね。
そう思う?
だからやっぱりコンプレックスみたいにずっと学生の時からオーツの存在があって、
あの人みたいにっていうのがあるから空虚だし、
1:00:04
このXって何なんだろうと、私もここに不正を貼ってたわ。
神様の愛とかそういうものなのかもしれないけど、
たぶんそこがうまくわからないから、だからわざとそこだけ書いてるっていうのは、
たぶん愛みたいなものなんだけど、それがまた何か愛じゃないか、何かわからない。
神なのか愛なのか。
だからXになっているのか。
でもこれって神ではない気がするんだよ。
でも愛かな?どう思う?このXに何が入ると思いますか?
でもやっぱり多分オーツが羨ましいんですよね。
そうでしょ?
そうやってバカだな、滑稽だなと思うけど、そんなに信じられるものがあるってすごいなって。
やっぱり羨ましいんでしょうね。羨ましいですよね、でもね。
そう、羨ましいですよね。だからやっぱXなんだ。
これは神とも言えないし、愛とも言えないし、
わかんないからX以上でもX以下でもないんだね、これは。
でも何なんだろうね、これは。
なんかこういうXの正体に近いようなこと?
なんかこれはっきりと答え書かれてないんですけれど、
最後三つ子がガンジス川の入って、
つぶやくシーンがあるんですけれど、
マネ事の祈りをやるんだわとか言いながら、
その後にいろいろつぶやくんですけれど、
何ページだっけそれ?
私、炭鉱房のほう。
炭鉱房のほうなんですよ、炭鉱房。
13章ですか?
342、ありがとう。
本当だ、あったあった。
342にありました、文庫房の方々。
ありがとうございます。
信じられるのはそれぞれの人がそれぞれの辛さを背負って、
深い川で祈っているこの光、この光景です。
その後に何行目かに、
彼女はこのマネ事の祈りを誰に向けているのかわからなかった。
それは大津が追いかけている玉ねぎに対してかもしれなかった。
いや、玉ねぎなどと限定しない何か大きな永遠のものかもしれなかった。
みたいなことが書いてあるんで、
なんかここにもしかしたらXなのか、
このシーン結構すごい深いですよね。
三つ子が何のために、どういう目的でこういうことを呟いたんだろうとか思ってましたし。
だからさ、これ結局さ、わからないんだよね、最後まで。
ってことですよね。
わからないんだもんね。
大きな永遠なものかもしれないし、
こっからだって、わからないまま怒涛の最後ラスト迎えて、
答えが出てこないじゃん、最後まで。
そうですね。
1:03:02
それがすごいんだよね、多分これが名作なのが。
答えを出さないところに私たちが大きな問いを投げかけられて、
なんか幕は閉じるみたいな。
ね。
何か言いたいことある人いる?
夏美さん何か言いたそう。どう?
なんか、これって結構時間経ってるじゃないですか、
玉ねぎっていう言葉が作られたのって、
フランスで話してるときだから、
そっから三つ子も、どっちかっていうと大津がわりと変化してるっていうか、
多く成長してるじゃないですか。
そうね。
自分の神様に、宗教に対する対峙の仕方とかも変わってるし、
三つ子の中でも変化があるから、
玉ねぎっていう言葉がその時々で指しているものも変わってる気がして、
その登場人物の成長とか。
完全にキリスト教の神を指していることもあれば、
さっきペラペラって見てたら、玉ねぎの生涯っていう言葉もあったから、
イエスキリストを指しているときもあると思うんです。
その場その場で結構その登場人物の成長とか、
思考の中で玉ねぎって言葉の使われ方とかが変わっているから、
あんまり一位に定まらないっていうか、
なるほどね。
Xだけじゃなくて、玉ねぎもその時々の三つ子の考え方とか、
大津の考え方を反映してるから、
面白いなって今、皆さんとお話を聞きました。
確かに。
ニュアンスが若干読んだ時、ちょっと同じじゃないよね。
確かにそう言われてみればそうだわ。
何か言いたいことある人いますね。
野間さんどうぞ。
私はXって、色々皆さんの聞いてすごく面白かったんですけど、
玉ねぎは大津との文脈の中で出てきた、
大津が信仰している対象を指している話で、
Xは同じような存在を三つ子が求めている。
Xってどんな数字でも入る数式だという存在だと思うんですけど、
言ってしまえば何でもいいけれども、
自分にとっても同じような存在が欲しい。
だから祈りの真似事をするけど、誰に向けているのかもわからないっていうのも、
言い方が難しいですけど、
内実、対象というよりかはその行為に憧れを持っていて、
1:06:02
Xは彼女にとってこれだったというところは示されてないというのはすごく面白いと思うんですけれども、
言葉の使われ方は定まりきってないというか、
交換可能なもの、それが何であれというようなニュアンスを受けたので、
それが三つ子という人間の今、
模索しているところとかもがいているところをすごく表しているなって聞いてて思いました。
本当にね。
何にも差し替え可能って言った?置き換え可能って言いましたよね?
そうですね。交換可能みたいな。
確かにそうだね。そうなんだよ。
そうなのよ。だから私、押しもゆう読んだ時も、
押しもゆう読んだ時も、これ押しが解散していなくなっちゃうんだけど、
押しでもいいって言うかさ、何なんですかね、この。
だから私、アサイリオーが押し勝つの小説で、
インザメガチャーチって、チャーチって教会じゃないですか。
だから宗教の話とかを持ち込むんだけど、そういう文脈で語るんだけど、
押しと神は違うよって言われたら、そうなんだけど、
何なんだろうこれって思っちゃうよね。
人が何かを信仰って言ってもちょっと違うんだけど、
だからXもタマネギも押しも同じ感じがするんですよね。
分かります?このニュアンス。
でもこれって何なんだろうね。
これがないから空虚なんで。
でもこの三条夫妻とかは別に何にもさ、
Xもタマネギも何もないけど、別に三条夫妻は
福音僧じゃないじゃないですか。
だから何て言うんだろう。
これが必ずしも全員人間がこれがないといけないっていうのは
必須のものでもないし、
私さ、このテレーズ・デス・ケルー読もうとしてさ、途中で、
これを読めば答えがわかるんじゃないかなと思って
常に鞄に入れて持ち歩いてるのよ。
だけどこれ遠藤修作が翻訳してるんだけど、
翻訳があんまり上手くなくて、読みづらいくて。
ちょっとこれ読んでればまたいいこと言えたのかもしれないんですけど。
これ読んだ人います?読んでない?テレーズ・デス・ケルー。
読んでない。
これがすっごい何回も引用されてるでしょ。
遠藤裕作がその作品すごい好きだったみたい。
遠藤修作?
1:09:00
遠藤修作がすごい。
あれ、私多分解説がふゆるいのかな。
埼玉翔一さんの解説ですか?文庫。
これ?
これの。
こっち?
確かその中にすごい。
あ、解説ね。不思議な類演ってやつ。
それでなんかすごいテレーズ・デス・ケルーに熱中してみたいな。
遠藤さんにとって青年期からの修正変わらぬ切実すぎることの愛読書って書いてあって。
本当に?
で、美津子もなんか卒論をあえてなんだっけ、
モイラじゃなくてこっちを選んでるのはって。
だから多分すごい思いがあるんだろうけど、私も全然読んでない。
本当だ、書いてるね。
ですが。
これを読むとそのXもなんかわかるような気がしてるので、
これを皆さん読みましょうよ。
絶対これ、こんだけ引用されてるってことはさ、よっぽどだよね。
そう、と思うんでちょっと読もうかなと思う。
ちなみにこれ紹介してみる?後ろのここ。
気になる?ちょっと気になるので読んでみますね。
このテレーズ・デス・ケルーの裏書きの紹介文を読むと、
自分の夫の毒殺を図ったテレーズは、家の対面を重んじる夫の偽証により、
偽証っていうのは偽の証拠の証という意味ですね。
夫の偽証により、免訴。免訴っていうのは拗がれたってことね。
酷訴されてたんだけど拗がれたんですよ。
免訴になったが、家族によって幽閉生活を強いられる。
絶対的な孤独の中で、うちなる深淵を凝視するテレーズは、
すべての毒者に内在する。真の人間の姿そのものなのだろうか。
うんたらかんたらっていう。
遠藤修作がノーベル賞作家フランスはモーリアックと一心同体となって
紅葉した日本語に移し替えたフランス文学の普及の名作って書いてある。
モーリアックって人はノーベル賞の人なんですね。
すごいですね。この人が一心同体となって書いたって書いてあるから。
このテレーズは夫を毒殺するんですよ。毒殺しようとする。
だけどそれ失敗するんだよね。裁判所のシーンから始まるんだけど、
その辺の裁判所のシーンって私ちょっと挫折しちゃってるんですけど。
だからなんかその、すべての毒者に内在する真の人間の姿そのものなのだろうかって書いてあるから
やっぱりこのXを追い求めるのは私たち三つ子だけじゃなくて
私たちみんなそうですよねっていう前提で書かれてるってことなんじゃないかなと思う。
うん。そうなんです。
ちょっとさ、時間がもうあれだよね。ちょっと待って、今何時だ?
あ、そうね。もうそろそろ終わるんですけど
ちょっとさ、取り留めないよね。この作品って。
1:12:00
なんか語っても語っても語りきった感じがしない。なんかこう。
残量感っていうか、なんていうのかしら。もう。なんかモヤモヤするよね。すごく。
あさりさんも発言してないから、あさりさんちょっと喋ってみる?
そうですね。あの、スーさんの話されていた偽善については自分も夏美さんと同じで
本当あの、今までの話で出てきてないキャラクターで沼たって言うんですけど
鳥の人ね。
あの人って最初、最澄っていう鳥を飼ってて、その後で旧館長になって
その旧館長も死んで、インドで旧館長を飼ってそれを放つっていうエピソードなんですけど
それって彼の中では物語として一本の線に繋がってはいるんですけれど
でも全然それぞれ違う鳥じゃないですか。
だから、いわば偽善とは違うかもしれないですけど
旗から見た時に、その彼の行いに意味はない。偽物っていうか。
だけど、彼の中では意味があるっていうのもあるから
だから、偽善っていうものも、本地のシーンだと悪く描かれてはいるけど
全体としてはそれも全部河が受け入れるのかなと思ったのと
あと偽物の祈りの真似事のシーンのところで
その後で三つ子が、真似事の祈りをやるんだわって言った後で
でも私が人間の川のあることを知ったわっていう
人間の川っていう表現が出てきて
この小説って深い川、ディープリーバーっていうタイトルって
一見ガンジス川のことなんだろうなって思うんですけど
そうじゃないんだなっていうのが
人間の川っていう意味なのだろうなって思ったし
あと自分あんまり川って深いっていうイメージはなかったんですけど
海の方が深い
だからなんで川にするんだろうなっていうのはちょっと思ったんですけど
川って流れてる
深いだけじゃなくて流れてるっていうところがポイントなのかなって
思って読んで
人の人間の川っていう表現がいいなって思った
1:15:03
確かにこの人間の川ってどういう意味?
このフレーズだけじゃないんですけど
すごいさーって物語が流れていくんですけど
ところどころで謎のフレーズが出てくるなと思って
その謎のフレーズ出てくると急にこう
浅瀬で遊んでたっていうのが急に深い穴にはまり込むような
なんかすごい
そういう感覚になってしまって
本当に?
すいません
人間の川って何でしょう?
何でしょう?この人間の川って差し込まれてるけど
これどういう意味で言ってるの?人間の川って
何か思いとかしてます?
なんでこれ急に人間の川って
ここのちょっとセリフ読んでみると
その人たちを包んで川が流れていることです
人間の川
人間の深い川の悲しみ
その中に私も混じっています
人間の川ってどういうことよ
ノムさん何か言いたい
なんかハッとしたのに
インドの女性の首相もアウトカットの人も
みんな川に流されるっていうところも
今までの話でも
どんな人も川の前だと平等でっていうところも出ましたけど
人間の川って本当に何か
言葉の意味はちょっとわからないんですけど
そういう何か
どんな人でも
背景にはいろいろな辛さとか
今まで幕本的なところがあって
それが全部混沌と混ざり合っていく
秩序のある川は秩序があるよだけど
そこの中身が混沌としていて
自分に計り知れない
どんな立場の人でも
同じように流れていくみたいなイメージを持ちました
今にはなってないですけど
人間の川のあることを知ったっていうのが
やっぱり三つ子が
なんだろう
すごいシンプルな感じですけど
いろんな生き方というか
いろんな人生を知ってみたいなニュアンスは感じました
そうね
なんかこれ私今回採読してて気づいて
みんなに気づいたことを伝えたくて
三つ子と大津って
津っていう字が共通してるじゃないですか
津って調べたら港とか渡島とか
そういう意味らしくて
マジ?
なんか三つ子と大津が川を挟んで通じ合うみたい
1:18:04
すごい
そういうイメージがなんか今回湧いてきたんです
なんか人間の川にも渡島があって
人が集まるっていうか
渡っていくとか流れていく
なんかそういうイメージが
名前調べて思って
なんか人間の川の話
私も人間の川が何かはちょっとよくわかんないんですけど
なんかそういう美しいイメージが今回できたので
大発表
すごいよそれ
鳥肌が立った全身ブワーって
本当だね
渡島という意味があるんですね
なんかさっきiPhoneで調べただけなんですけど
マジで?
本当だね
大津の津も三つ子の津も津だね本当に
ね、川の渡島っていう意味があるって
マジ?
サイトは言ってるけどこれが本当かわからない
えー本当だよ
だとしたらものすごくないですか
それ衝撃だよそれ
えー
それを聞いてから読むとなんかもう一層
ちょっとこの本の凄まじさがなんか胸に迫ってくるね
なんかそう考えると磯辺の磯とかさ
なんかいろんなことが気になってきて
沼田の沼とかさ
確かに
木口だけが
でしょ
木口だけが本当だね
でもみんな三随じゃない?
なんか木口以外
でもなんかそう考えると名前にも意味があるのかしら
とか思っちゃうよね
このガイドさんの名前なんだっけ
私このガイドさん結構好きだな
えなみじゃないですか
えなみ?
これも三随じゃん
えなみ?
えなみ
ほらやっぱり
えそうだっけ
書いてあった?
えなみ
えなみじゃないですか
えなみどこに書いてあるんだっけね
あんまり名前が出てこないんだっけ
最初の説明会の時にいたよね確か
説明会
あいたえなみえなみだ
ほらこれもじゃん
えなみのえってさ
川っていう意味だよね
そうでしょ長江とかの河だもんね
あ確かに
川の波ってことじゃんえなみも
すごくない?なにこれ
木口だけが
なんで木口なんだろう
えーすごい
名前にまで意味があったのか
これはちょっと大発見じゃないですか
なんかそう考えたら名前とかちょっと置いたくなっちゃうよね
すごい
あ10時になっちゃった
いやーちょっととんでもない爆弾を最後に
投下してくれました
なついちゃんさすが
1:21:01
騒然としたねちょっと
いやー面白いわ
じゃあちょっと時間なのでね
ここでもう皆さん一人一言ずつですね
今日の感想をお聞きして
締めようかなと思います
これ多分ね語っても語っても語り尽くせないんで
あと2,3時間は語れると思うんで
非常に後ろ髪が引かれてると思うんですけど
お時間なんでね申し訳ないですけど
じゃあ一人一言ずつ感想を
今日の感想を聞いていきたいと思います
じゃあツーさんからお願いします
ありがとうございます
最後のツで
ワクワク時計が無く止まらない
でもそうなってくると
本当になんかその
しかも渡し場っていうのがすごく
でも確かに登場人物みんな
犯罪立たりで変わってくるっていうのが
わーってなんかすごい興奮が通りません
以上です
本当で以上ですになっちゃうよね
じゃあアサヒさんお願いします
そうですね
なんかやっぱり長い話でもありますし
語れる時間が少ないなーっていうのはちょっと
語れなかった部分で
自分はその人の物語
一人一人に焦点があっていく物語よりも
そこから少し離れていって
群像になっていくというか
インドでそこあたりで倒れている死体とか
あとフランスに行った時の風景の描き方とか
そういうところになんかすごい惹かれたなと思ったりとかして
人生の深い疲労っていう言葉が結構心に残ったりとかして
人生の深い疲労?
みたいななんか
ミツコが眠る時に人生の深い疲労で眠ったみたいなのがあった気がしたんですけど
そういうのもそうだったし
最後の方で結構心に残る文章がいっぱいあって
一人一人に人生があって秘密があってみたいなのとか
死体の描写だったと思うんですけど
どの死体にもそれぞれの人生があって
涙の跡が残っているとかみたいなのがあった気がして
何ページとかわからないですけど
最後の方かね
涙の跡の跡っていうさっき感じの話になったので
ちょっと言いたくなっちゃったんですけど
痕跡の跡じゃなくて傷跡の跡になってたのが印象的で
そういう細かいところとかもいろいろ話せそうだなって思ったところでした
1:24:06
ありがとうございました
ちょっと中途半端だねごめんね
そしたらチャットルームを作りますんで
この後チャットルームでテキストでみんなで
今のアサリさんの言ったところも気になるよね
涙の跡とか何ページとかも教えてもらいたいので
そっちのテキストチャットで
またアフタートークしましょうぜひ
話し足りないよね
アサリさんの視点がすごくいつも面白くて
見逃してるようなところにすごく焦点を当ててくれるので
気づきがいっぱいあるのでちょっと期待してますので
アサリさんいろいろ教えてくださいまた
ありがとうございました
じゃあ夏実さん最後にするから
のむさんお願いします
そうですねすごく皆さんのお話聞いてとても楽しかったです
私最初に遠藤主作の沈黙を読んでっていう話をしたんですけど
沈黙を読んだ時に
沈黙って本当にタイトル通りで
本当に神が沈黙しているというか
本当にこんなに信仰していてこんなに辛いけど
それに対して答えを与えてくれない
物語的に進んでいくと報われてほしいけれども
それが本当に答えが与えられないっていうのが
私は沈黙を読んだ時にそれがすごく何だろう
心残りというか
何なんだろう宗教というか
何かを強く信じて生きて
でもそれって見返りを求めているわけではないんだけれども
どうして最後報われていかないというか
そういったところがちょっと気になって
今回もそういう視点で結構読んでしまったというところはあるんですけど
やっぱり最後オーツが結局既読状態になってしまう
それの三つ子が
あなたが玉ねぎの真似事をしたって
この憎しみとエゴイズムしかない世の中が変わるはずはない
みたいなことを言うと思うんですけど
一生を棒に振ってっていう言い方をして
三つ子はオーツの生き方に何の意味があるんだ
ずっと思いながらも
でもやっぱり憧れていて
最後祈りの真似事まで言ったけれども
それが裏切られたみたいな感覚にちょっとなったのかなと思って
どう生きればいいんだみたいな
でも最終的にラストのシーンで
それしか信じるものが
この世界で信じられるものがないっていう
その修道場の言葉に私はすごい
ハッとしたというか
全然これが答えってわけではないんですけど
この作品を読んでよかったなってすごく思ったんですよね
取り留めがない話になっちゃったんですけど
1:27:01
結構宗教とか信仰とか
そういった大きなテーマに思えるけれども
すごく個人の生き方とか
それこそ人生とか
そういったところに紐付けて
読めるのかなと思っていて
今回出会えてよかったなと思います
最後に意外と磯部の話が出てこないのが
最初磯部の話みたいに始まっていたけど
最終的に磯部の季節って
すごいあっさり描かれていて
それも報われなさではあったんですけど
私は思ったよりも
ふわっと終わってしまったというか
三越と大津に集結していく感じが
リアルだなというか
それもすごい面白かったので
今回意外だなと思いました
以上です
ありがとうございます
確かに一人一人のことをもっと語れたよね
磯部についてとかも語りたかったし
これ一人ずつで2時間ずつぐらい
いけんじゃないのぐらいだったよね
沼田の話とかも
さっきあさりさんが出してくれたからだけど
三越と大津があまりにも目立ちすぎちゃうから
影に隠れちゃうんだけど
でもこの人たちも相当ね
語るとこいっぱいあったなと思うと
もったいないなと
じゃあちょっとまたね
アフタートークはチャットでね
盛り上がれればと思いますので
ありがとうございます
じゃあまりこさんお願いします
はい
えっと
あの今回なんかすごく
あのラストがすごく衝撃的で
でなんかこう解釈がすごい色々ありそうだなと思ったので
今回の回でやっぱりすごい話がもう広がっていったっていうので
やっぱりこの作品って本当に深いなって思いました
あのタイトル付けに
であの
なんか
やっぱりその
結局遠藤修作さんがすごい
こうなんていうか
命がけで作ったっていう作品でもあって
なんか私たちに伝えたかったことって
信仰のことだったり
なんか
生きる生と死のことだったり
いろんなことがあるけれど
なんかやっぱり
なんだろうな
こういろんな登場人物を出して
いろんな背景とかバックグラウンドとともに
こう描かれているっていうのもあって
なんか答えても
まあちょっとありきたりな回答になっちゃうんですけど
答えてもやっぱり一つじゃないみたいな
なんか
どんな答えだろうと
もうそういうそれがもう自分の中で納得しているんだったら
それがもう
この本の伝えたかった
伝えたかったことなんだみたいな感じで集結
1:30:01
させてくれてるのかなみたいな風にも
思いました
でもやっぱりこの作品なんか
なんだろう
舞台がただインドと
あのガンジス川で
まあそのそれぞれ登場人物のその過去の話では
まあちょっと舞台とか変わってくるんですけれど
やっぱり主要な舞台って言ったらインドのガンジス川で
これだけでもすごい本当に
なんかすごい深い世界観を描かれているから
なんだろうな
時間かかった
一旦こう
間を置いてからまた読み直すと
改めて違う視点が見れるんじゃないかなみたいな
こう
思いました
なので私はもう今回お機会に
また12年後くらいにまた読み直したいなみたいな
思いました
ありがとうございます
12年後にもう一回やろうか読書会
このメンバーでね
本当ですよね
一番最初に夏美さんも言ってたけど
これその自分の読むその年齢とか状況とかによって
きっと心に残ることとか
ハッとするところがきっとその都度違うんだろうなっていう
名作ってね
言われてるものは結構そういう作家だと思うけど
いや本当ありがとうございます
最後に夏美さんどうぞ
どうぞどうぞ語ってください
今日の感想
いやあの
今まで私これ何回も正直読んでる本だったんですけど
やっぱり一人じゃ到達できない気づきみたいなのが
あってやっぱ読書会っていいなっていうのを改めて
本当に感じました
私あのこれから先の人生でも何回か多分読む本だと思うんですけど
その時やっぱり皆さんが言った一言が多分
思い出されたりするだろうなと思うので
今日はメモリアルな授業をすごさせていただいて
改めて本当にこういう場を作ってくださって
私のつぶやきを拾ってくださったサリーさんに
本当にこの場を借りて感謝をお伝えしたいなと
本当に思ってます
いつもありがとうございます
今後もよろしくお願いします
なんと美しい
美しい言葉をいただいたんだ
ありがとうございます
じゃあ私から最後に一言
いやー盛り上がったなーと思いましたね
もう予想以上にやっぱり盛り上がったなと思った
やっぱその最後の名前の話が出てきたんで
そう考えると本当に磯辺もだってさ
磯の辺でしょ
辺っていうかそのなんていうの
海辺みたいなことだよなと思って
だから私ももう一回何度も読み直したいって
さっき言ってたけど
まさに本当にそういう作品に出会えて
本当に感謝感謝ですね
やっぱなんか
この作品以前以降に
人生がちょっと変わるんじゃないかぐらい
1:33:00
結構本当に大きなものを投げかけてくる小説だし
人生の節目節目で読み返して
自分を見えむ
自分をこう
自分の映る鏡みたいな感じ
自分がどこにどういう風に感じるのかっていう
そういう鏡としても機能できそうなぐらい
なんか本当に哲学的な要素もあるし
まさに深い川っていうね
このタイトルが本当その通りだなと思いました
皆さんの話聞けてすごく楽しかったです本当に
今なんかちょっと気な臭くなってきてね
あのいろいろなこうニュースが
SNSとかね通して目に入ってくるから
この作品がやっぱり今後のその私たちの生きる社会を
どういう社会に私たちは生きていきたいかっていう風に考える上でも
なんかすごく見つめ直すことができる作品だなと思っていて
このいろんな何も出てくるこの登場人物たちは
みんなここにないものというか
亡くなった奥さんだったり亡くなった戦友だったり
あとはペットというかな飼っていた鳥だったり
ここにいない存在を追い求めて生きている人たち
目の前にいない存在に
向こう側に思いを馳せているというか
追い求めている人たちを描いているっていうところにも
何かすごく感じるところが私はあって
なんかあの星野王子様でもさ
目に見えないもの大切なものは目に見えないっていう言葉があるけど
信仰とかもそうだけど神とかも見えないし
なんかその目の前にないもの目に見えないものにこそ
何か真理だったりとか大切なことがあるんじゃないかっていう風な思いで
なんかこの社会も考えていくべきだよなみたいな
ちょっとなんか全然まとまってないんだけど
なんかねそういうことを考える
だから私自身のXは何かとか
なんかそういうこともいっぱい問いをねもらった本でしたね
まとまらないけど
まあそんな感じで
いやー本当に意義深い本でしたね
ちょっとありがとうございました
じゃあ非常に盛りだくさんですけど
一つね忘れないでいなければならないことがありますね
これです
これを忘れるのはいつも
なので最後に記念撮影をして皆さん終わろうと思いますので
よろしいでしょうかね
こういう感じでお顔を隠したい方は隠していただいて
1:36:03
写真を撮ります
でいきますね
ちょっと待ってね
ちょっと待ってこうかな
はいでは撮ります
はいチーズ
あしゃ
あオッケーオッケー
皆さん素敵な笑顔ですね
ありがとうございます
ちょっと待ってちょっと待って
ちょっといいかこう保存しないと
今スクリーンショットでやってるんで
ちょっと待ってねちょっと待ってね
それを確認してから
解散って言ってから撮れてなかったのかもなんで
あオッケー撮れてました
はいということで
じゃあ今回の読書会はこれで終わりにしたいと思います
じゃあ後で
ありがとうございました
じゃあ見送っておりますので
退室していっていただければと思います
じゃあ皆さんありがとうございました
ありがとうございました
ありがとうございました
今夜のアパート3号室いかがでしたか
最後まで耳を澄ませてくれてありがとうございました
この後もあなたの夜が穏やかで
心地いいものになりますように
アパート3号室のサリーでした
それではまた