はじめに:遠藤周作『深い河』の紹介
こんばんは、サリーです。アパート3号室へようこそ。 今日はですね、本の話をしようかなと思っています。
遠藤周作の『深い河 Deep River』という小説について、ちょっと話そうかなと思っています。
この講談社文庫の裏書きの説明のところを読んでみますね。 どういう本かというと、
愛を求めて、人生の意味を求めて、インドへと向かう人々。
自らの生きてきた時間を振り仰ぎ、母なる川、ガンディスのほとりに佇む時、
大いなる水の流れは、人間たちを次の世に運ぶように包み込む。
人と人との触れ合いの声を、力強い沈黙で受け止め、川は流れる。
純文学書き下ろし長編待望の文庫家、毎日芸術賞助賞作というふうに書かれてあります。
『深い河』のあらすじと読書会での推薦
この小説は、インドを舞台にしていて、色々な背景を抱えている日本人たちが旅をするというお話なんですけど、
それぞれの人が抱えているもの、例えば過去だったりとか、愛する人を喪失した喪失だったりとか、
生きる意味とかね、そういうものと向き合っていくというようなお話なんですね。
この本ね、前から読書会に、アパート3号室読書会に来てくれてて、
私がすごい信頼している女性がいるんだけど、その子が前から勧めてくれてたんですよ。
それで、この間ね、彼女のXで、この作品を読んだ他の人の感想を聞きたいというふうに呟いているのを見て、
そうだこれ、前から言ってた本だなと思って、オンライン読書会の方で課題本にすれば、
彼女も交えて読んだ人たちの感想を聞けるなと思って、それでこの本を読みました。
小説の面白さとインドの描写
多分私、遠藤修作の作品って、長編を読むのが多分初めてだったんじゃないかなと思うんですよね。
短編は読んだことがあるかもしれないんだけど、今回初めて長編作品を読んで、まず純粋にものすごい面白かったです。
この深い川、ディープリバー、ぐいぐい読みましたね。
なんか読んでると、映画を見てるみたいな感じで映像が浮かんでくるんですね。
そこに描かれているインドの街の喧騒とか、ざわめきとか、熱気とか、匂いとか、そういうものも伝わってくるような感じで、
互換を刺激されるっていうような、そういうリアリティがありました。
登場人物:オーツの信仰と葛藤
その出てくる登場人物たちが、それぞれのエピソードも含めて、
すごい心をえぐられるような出来事とか場面があるんですけど、それぞれすごく印象に残るんですね。
何人か出てくるんだけど、その中でも私が一番心を揺さぶられた人物は、オーツという男性なんですけど、
彼はキリスト教を信仰しているんですね。
神父さんとして、神父として生きていこうとしているんだけど、
自分の中の信仰心に対して、どこか揺れているというか、自信が持てないみたいな感じなんですね。
まだ自分の信仰を確立できていないという感じなのかな。
世界のあちこちを転々としながら、修行的な生き方を続けているという人なんですけど、
ものすごく純粋な人間として描かれているなというふうに私は感じましたね。
こういうふうに生きるって、なかなかちょっとできないなと思う一方で、
こんなふうにオーツのように生きられたらと思ってしまうような、
なんかそういうちょっと不思議な存在なんですね、オーツという青年。
彼の言葉ですごく心に残った言葉があって、
僕が神を捨てようとしても、神は僕を捨てないのですっていう、そういう一説があるんですけど、
すごいなと思って、なんかここまで何かの存在を信じられるっていうのは、
どういうことなんだろうなっていう、ちょっと圧倒されちゃうような、そんな印象を受けましたね。
登場人物:三子の空虚さと葛藤
この物語には三子という女性も出てくるんですね。
この三子という女性は、さっきのオーツの大学時代だったかな、大学時代、学生時代に二人は出会うんだけれども、
この純朴な青年オーツをもてあそぶんですよね。
それで彼の信仰している神を捨てさせようとするんですね。
なんでさっきの僕が神を捨てようとしても、神は僕を捨てないのですというセリフは、
この三子に対してオーツが言うって言葉なんだけど、
この三子っていう女がね、非常に強烈な印象を残す存在なんですけど、
でも私個人的には一番この人が刺さりましたね。
彼女の中の空虚さみたいなものがものすごいリアルに描かれていて、
ずっと自分の中に何か足りないっていうか、
自分自身に対しても、一体あなたは何が欲しいの、何を求めているのって問いかけながらずっと生きている人なんですよね、この三子っていう人が。
円満な結婚生活を送っているようだけど、
夫との生活に満たされなくて、最後は結局離婚するんだけど、
誰かを本気で愛するみたいなことができないっていうね、そういう人なんですよ、三子っていう女の人は。
なんかこれね、つい最近までやってたドラマの、冬のなんかさ、春のなんかねっていうドラマがありましたけど、
その主人公の綾名にも何か通じるものを感じちゃったんです。
なんかこういう感じで満たされなさを抱えたまま生きている人って、
人多いんじゃないかなと思ったんですよね。
だからこそこのオーツみたいに何かを絶対的に信じて生きている人の真っ直ぐさみたいな純粋さみたいなことに、
ネタマシさを感じたりとか、ある意味脅威を感じたりみたいなのもあるのかなと思って。
なんかこの三子という存在については、ちょっといろいろ語れるなと思いましたね。
ガンジス川の描写とインド社会
この小説のタイトルにもなっている深い川、ディープリバーというのは、ガンジス川のことなんですね。
ガンジス川ってインドの人々にとっては聖なる場所なんですね。
なんとかっていう特別なお祭りの日が年に何回、1回か2回かあるらしいんだけど、
その日には数十万人のヒンズー教徒がインドの全土からそこにやってきて、
ガンジス川で黙祐をするらしいんですよね。
あとは人生の最後をガンジス川で終えたいという人たちが、何日もかけて遠くからはるばるやってきて、
ガンジス川にたどり着いて力尽きるみたいな、そういう場所でもあると書かれていて。
あとはそのガンジス川のそばに火葬するところがあって、
遺体を燃やしたその灰を川に流すという風習もあるんですね。
ガンジス川というのがものすごく圧倒的な存在なんだなっていうのを小説を読んでて感じたんですね。
インドって今でもカーストの名残のような階層、階級があって貧富の差がものすごい大きいんですよね。
アウトカーストっていう本当に物売りをしながら生きているような人たちが道端に、
なんていうんですかね、路上にいたりとかっていう、そういう社会なんですよね。
だから日本の私たちの感覚でいう豊かな国っていうのとはちょっと違う部分がかなり大きいところもあるんだけど、
だけど神様だったりとかガンジス川だったりとか、
自分たち人間を超えた大きなものをものすごい強い力で信じているという人たちの姿があって、
そのことにものすごく圧倒されてしまいましたね、私は。
自分の力ではどうにもならないような大きい存在に身を委ねられるっていうか、
そのことにどこか羨ましいっていうか、なんかそういうふうに感じてしまった部分もありました。
過去の経験と作品から得た考察
昔、私自身がすごい辛い時期があったんですね。
その時に、もしかしたら今宗教とかに関与されたら入っちゃうかもしれないなと思ったことがあったんですね。
例えばこの壺を買うと苦しみから解放されるよみたいに、解かれたら買っちゃうかもしれないなみたいに、
何かにすがりたいと思っていた、そういう時期があって、
この小説を読んでいたらその時のことをすごく思い出しちゃったんですよね。
読みながら、人間って何のために生きるんだろうとか、
人は何に支えられて生きているんだろうみたいなことを、
深く考えさせてくる小説だなと思いましたね。
読書会開催とリスナーへの勧め
なので、彼女に勧められてなかったら、きっとこの小説線にとってなかったなと思うので、
読めて本当に良かったなと思っています。
今度このオンライン読書会、夜のアパート3号室で、
深い川、ディープリーバーを課題本にした読書会を開催することになったので、
今のところ私を含めて6名で感想についておしゃべりするんですね。
その模様はこのチャンネルでも配信をしようと思っているので、楽しみにしていてください。
これ聞いて興味を持った方はぜひぜひ読んでみてもらえたら嬉しいですね。
感想を聞けたらいいなと思います。
はい、ということで、今日は遠藤修作の深い川、ディープリーバーについてお話してみました。
エンディング
最後までお聞きくださりありがとうございました。
パート3号室のサリーでした。
それではまた。