それで今回は10月に小国町で小さな国、スモールランドプロジェクトというのを展開されるというのを伺いまして、
ちょうど今回は福岡あたりでもキャンプをされるということなので、お呼びしたという形になっています。
今日はよろしくお願いいたします。
お名前紹介しましたか。
してないです。
そうですよね。
東山昌司さんです。
出てますからね。
YouTubeは出てます。
で、ポッドキャストでも流してるんで、それも意識しながらよろしくお願いできれば。
東山昌司さん、映画監督で。
一応映画もやってますけど、アートプロジェクトとか、国際芸術祭のディレクターとかも、映画だけではなくいろいろやってまして。
内門さんとはもう結構長い付き合いになりますけど、八千代舞台にした映画の時の記者発表の時に、記者としていらっしゃったきっかけで。
その時、ポロシャツを逆に着てたっていうのですごい覚えてる。
逆って何?
外に。
裏表逆なんですね。前後の逆じゃないですね。
何なんだこの人がと思ったのが最初でしたけども。
それ以来、こっち本社に戻ってから、さっき紹介しましたネットショーっていうのは、まだいわゆるコロナとかになって、ステイホームとかがあって、
結構早い段階で、ネットフリックスとかそういうのの作品を新聞紙面とかで紹介するというのは、かなり早い、あらゆるメディアの中でも早い時期になったと思っています。
そうですよね。あれって、いわゆる映画館でやってる映画紹介のコーナーではなくて、いわゆるネットフリックスとかっていうのは、いわゆるそういうストリームですよね。
それのオリジナル作品を主に紹介していった。
そうです。来週締め切りで、まだ見てないんですよ。
映画を見てない。原稿を書いてないではなくて、映画を見てない。
そうなんです。連続ドラマとか見ると、1話、20話とか。
ありますよね。平気でありますよね。
全部見てから、レビューを書くことになるんで。
1話見ただけで書いてるわけじゃないんですね。
書いてないんですよ。
そうか。映画1本見るのの、ある意味10倍ぐらいかかったりするってことですよね。
面白いものにハマると、めちゃくちゃいっぱいどんどん見たいんですけど。
面白くないとちょっと途中が苦痛になるっていうのはたまにありますけどね。
なるほど。そうですね。あれただ、まあ一応って言ったらおかしいけど、もちろん全部見て。
そうです。
そりゃそうですね。
芥川賞も全部読んでます。ちゃんと。
そうですね。芥川賞の候補作をですね、全部読むというのは、まあそうだろうなと思いますけど。
あの手のやつはやっぱり最初から最後まで全部見て書くっていうのはなかなかちょっとハードかもしれないけど。
最初は確かに本当にヘビーで結構辛いときもあったんですけど。
最近は結構、なんか本当に、ちなみにこの間の夏のやつとかは結構楽しかったんですよ。
何が撮るかは、てか受賞作なかったじゃないですか。該当作なかったんですけど。
そうですよね。
僕結構該当作ない年があると思うときもあるんですけど、該当作がなかったにしては、なんか一個一個が結構、完成度はそこまで高くなかったけど面白いものがあって、そういうときには楽しめるっていうか。
なるほど。そうなんですね。やっぱ当てに行こうと思って、あれする。
でもないですね。ただ結構当ててますよね。
前回もなんか、初めてだったかもしれない。結構長くさせてもらってるんですけど、初めて毎回楽しみに読んでますっていうことを言われて、結構当ててますよねって言われて、まあ当ててますかね。
なるほど。そうなんですね。ただ今日の本題はこれにはなくていいですよね。軌道修正しないといけないのですみません。
それで小さな国スモーラートプロジェクトっていうのは、結構前からなんとなくコンセプトは伺ってたんですけれども、いよいよ10月を迎えるということなのですが、まず小国とそもそもこんなふうにはまったアウトプロジェクトをやることになったという経緯からお伺いしてよろしいでしょうか。
小国町はまず熊本県の麻生地域、麻生郡にある人口6,000人の小さな町なんですよ。映画館あるんです。その人口6,000人に対して映画館があるんです。小国シネホールっていう映画館で、
ほんとうなぎの寝床みたいにですね、ちょっと細長い映画館でスクリーンがあって、100席も確か40席ぐらいのほんと小さな映画館なんです。
そこで僕の作品、映画をずっと流してもらってたんですね。2年前に僕が撮ったあの子の夢を水に流してという、
熊川、八千代の熊川を舞台にした映画を流してもらったんですね。僕日帰りで上映して舞台挨拶したら日帰りで帰ってたんですけど、その時は泊まることにしたんですよ。
小国町は小さな、僕出身が熊本で八千代なんですけど、小さい時には家族で据え立て温泉っていうところに行ったりはしてたんですけど、久しく泊まってなかったんで泊まってみようかなと。
そうしましたら翌日、館長が支配人ですね、映画館が。案内しますと言って、小国を。でもいわゆる観光名所みたいなとこじゃなくて、非常にマニアックなとこいろいろ見せてくれた。
途中からこれはロケ版をしてるんだと。つまり支配人としては小国でちょっと映画撮ってもらえるかもなみたいな、含めて案内してくれた。
それでやっぱりそういう視点だから、結構僕も面白い観光地じゃないような小国が見れて、その時に、あれ、この町って小さな国みたいに何かが一つのシステムの循環してるような。
ある種の小さな国が存在してるかのように独立してるような豊かさがあるというか、循環してる何かがあるって感じた。
ただこれは映画じゃないなと。結局映像として撮ることではないんじゃないかな、この僕が感じた豊かさとかなんかいいなと思う。
まだ言語化ができないことだったんですけど。ときにふと芸術祭っていうのはどうかなと。
もちろん僕は芸術祭も今まで手がけてきてますけども、別にすごい芸術祭やりたいやりたいっていうわけでもないんですけど、
その土地に行かないと体験できないものは、やっぱり芸術祭とかアートプロジェクトならではの良さというか、
映画館はいろんな映画館で、ある種複製芸術として見れますけども、その土地に赴いて、空気を吸って水を飲んでご飯を食べたりして過ごすことによって感じられるもの。
それがぴったりな街なんじゃないかなって直感的に思って。で、小国町にはまた美術館もあるわけです。
長江の坂本善造美術館。 なかなか大した、6000人で映画館と美術館とでしょ。
まさに小さな国なんですよ、本当に。で、美術館の学芸員の山下さんに話してみたら、そんなことできますかねみたいな。
そこから山下さんもすごい乗ってくれて、やりましょうかみたいな感じで話が進んだんですよ。
まずは僕が入ってリサーチをしていって、さっきお伝えしたようにここで感じた、僕自身が感じた、まだ言語化できない、非常にささやかだけども何かしら可能性を感じるような何かを言語化しなきゃいけないということでやってて、
まずは小さな国の心みたいな言葉を持ってたんです。心があるみたいな。でもそれでは納得してなかったんですよ。
なんか普通というかなんていうか心って言葉でも何か違うなみたいな。ずっとそれがやっていく中で、ちょうど僕が学生時代に挫折した哲学書で西田喜太郎っていう哲学者の
禅の研究っていうのがあって大正時代に発行されている本なんですけど、あの本たまたまNHKの100分で名著で去年か何か紹介されてたんですよ。
そういえばあったなと思ってもう一回読み返してみようと、挑戦して、やっぱ難しいなと思いながらも、ここに出てくる禅というものは、
いわゆる禅学の二項対立としての禅ではなくて、あれ哲学書でもあるので、ある種その生きていく意味とか心の糧とかその生きていく上でも、
そういったところの意味でのその禅みたいなものを恐らく表しているっていう。それは当時の時代背景から読み解くと、
明治維新があった後に日本人のアイデンティティっていうのが西洋列強が来ることによってグラつく中で、その禅の研究を若者たちがあの時いっぱい読んで、
ある種の東洋的なその禅というのはもう一つ座禅の禅の方ですね。禅の思想もあの禅の研究には重なる部分があるんですけど、
そういう東洋的なアイデンティティみたいなものを獲得しようとする動きがあの時あるんですけど、なんかそれとも重なってきて、
なるほどな、このその禅というものは、もしかしたら僕がその小国町で感じていたものに近いのかもしれないって思うようになるんです。
だからそこでふともう一つ言葉が生まれたのは小さな国の禅という言葉を僕は思いついて、
じゃあその小さな国の禅というものをまだ言語化できていない、資格化できていないっていうものを、じゃあちゃんと言語化して資格化していきましょうよと。
それはその次の段階で思いついたのが国際小国学という、ある種の地域学。東北学とか沖縄学とかありますよね。
それにちょっと近いかもしれない、地域生態学とかあるんですけど、そんなにね、かた難しいこと今回やろうとしてないんで、
とりあえず言葉で説明していくとどうしてもそうなってしまいますけど、最終的にはそういうことを難しくあんま捉えてほしくないんですけど、
国際小国学っていうキーワードが思いついて、これをみんなでこのチラシにも書いてあるんですけど、この国にはまだ名前のない禅があるって書いてあるんです。
名付けていこうじゃないかと。一個一個そのまだ名前がつけられていない言語化できていない、僕が感じた小国町で感じた禅のようなもの。
名前をつけていこう。そのためにはアーティストだけじゃなくて、リサーチャー、研究者の人にも来てもらうのはどうかと。
今すごい芸術家いっぱい地方で展開されてますけど、基本多くは現代美術、現代アーティストがサイトスペシビックっていって、その地域の中で、地域でしか作れないもの。
地域のその土地風景とか土地を読み解きながら、そこで作っていくっていうあり方なんですけども、それだけじゃなくて、アーティストだけじゃないリサーチャー、研究者。
文化人類学者とか歴史学者とか教育学者とか科学者とか、そういった方にも来てもらって、
おのおのが持ってる知識とか物語をまさに持ち寄ってもらおうと。国に。
っていうことを考え始める。
だからまだこれ芸術祭になってないです、ここで。
僕がまず考えたのは国学っていうものを立ち上げようかなと。
じゃあ国際文学を作っていくにあたって、皆さんにどう体験してもらおうかなと思うわけです。
難しいでしょ。
難しいですね。
国際国学というものを、じゃあみんながいろんなリサーチをしてくださって、お国のことを。
みんなが名前をつけていったり、みんなが感じるお国の良さっていうものが視覚化されたり言語化していく。
一つにそれを体験してもらうに、人の発行を考えてます。
察しですね、人。
ピンとこないです、全然。
同人誌。
はいはいはい。
ZIMなんです。
としてまとめるというのが一つです。
もう一つは芸術祭がまさに国際国学を体験する場になったらいいんじゃないかと思うようになったんですね。
だから今回は小さな国、10月にまさに今回招聘するリサーチャーが滞在してくれるんです、10月の期間に。
滞在しながら彼らはリサーチをしながらイベントをしたりトークをしたりして、まさに途中でアウトプットをその街でしてってくる。
そこに交流とか接触が生まれるわけですね。
ただ単にリサーチして帰ってもらうとか、なんかシンポジウムに来てもらってトークして帰ってもらうんじゃなくて、まさにこの土地との関係を作ってもらって、そこから国際国学っていうのを作っていこうじゃないかと。
だからすごい長いスパンをかけるプロジェクトなんです。
10年ぐらいかかると思ってます、その国際国学が完成するまでに。
今回10月ってタイトルにしてますから、次は6月の予定なんです。
ここ変わっていくんです。
1月、2月、3月、4月、5月、6月、7月、8月、9月、10月、11月、12月、やっていくんですけどね。
だいたい10年ぐらいかかるんです。
それによって大きな絵巻物みたいなものができるイメージなんです。
絵巻物が。
それが小さな国というもののある種のシンボルというかイメージというかテーマになっていくっていうか。
難しいでしょ。
だいぶ。
コンセプトはふんわりとはわかったんですけど、そうすると今度、特に今回は福岡の人とかがお国に行くとっかかりとして、
今回10月に何をしに、どうやって我々が福岡の人がお国に関わっていくかというこのプロジェクトを通じて、
その辺はどういうイメージがあるかというのはありますか。
今回はイベントというものも10月の期間にいろいろ行われます。
リサーチャーが滞在しつつ、リサーチャー自身が企画を考えていくんですね。
私はトークショーにしますと。
私の場合はアーティストを呼んで一緒にリサーチしていって、アーティストにパフォーマンスをしてもらいますと。
今回だと10月の18日に梅田哲也さんというアーティストがいらっしゃってパフォーマンスをしたり、
鹿児島の原田さんというインディペンデントキュリエーターの方もいらっしゃって、お話し会っていうトークショーをやり、トークをされたりとか、
そういったものが国際ウグ二月のリサーチ期間中にオープンにされるというイメージですね。
なんか芸術祭ってやるときにリサーチするんですよ。
まず普通の芸術祭だとキュリエーターとかアーティストは開幕の前にその土地に入ってリサーチをする、作品を作るためですね。
でも開幕したらみんなもう帰っていきますね、基本的に。
だって作品が完成して、あとは見てもらう。
でも今回は別に作品が完成するわけではないんで、リサーチャーが滞在してる、普通だったらリサーチしてる状態はクローズドなんですけど、
それをオープンにしますっていうのが10月の一つのコンセプトです。
1回目なのでリサーチをベースにしている。
じゃあ次の回に関してはリサーチをもとに今度は作品に変わっていくとか、演劇になっていくとか、
音楽になっていくとか、要するによりもう少し具体的な作品とかプロジェクトになっていくと思います。
ただその時にもリサーチは新しく入ってきます。
それがずっとリサーチしてプロジェクトが動く、リサーチしてプロジェクトが動くのが長い間かけてずっと展開されていく。
基本的にはプロセスを目撃する形なんです、普通の。
一つはプロセスを目撃してもらいますけど、ただやっぱり芸術祭としてのものとして展覧会も今回やります。
全蔵美術館があるって先ほどお伝えしましたけど、今年で30周年なんですね。
30周年の展覧会がまず芸術祭が今回開幕する10月4日に合わせて全蔵美術館の展覧会もスタートします。
これは日々の生活の日々ですね。日々がっていうタイトルで、まさに小さな国の善を感じてもらえるような小国のささやかな営みや日々というものが現代美術のアーティストによって作品化、プロジェクト化されています。
そういったのを見てもらいますし、あとは小国って小国杉が有名なんです。
杉。
これで一つの大きな財を成した町です。
熊本空港とかは小国杉で作られてるんですけどね、中の内装というか。
で、杉が有名なんです。もう杉林がね、すごい美しいんですけども。
もう一つ建築も陽昌栄さんの建築が町の中に点在してるんです。
で、そういうのも杉と建築というその文脈というものが小国にはあって、
今回は10月の13日には建築家の熊賢吾さんとアーティストで熊本市現代美術館の館長されている日々野克彦さんによる街歩きがあったりします。
で、一緒に街を歩くんです。
その後トークもあったりするんですけど、そういったこともあります。
それはある種建築的な視点から見てもらう、アーティストとしての日野さんもしてから小国を読み解いてもらうというか、深掘りしているというものもありますし、
あとは映画館もありますから、映画上野もあるんですよ。
今回はビム・ベンダースの監督のパーフェクト・デイズ、ちょっと前に公開された映画なんですけど、
これを流すんですけど、これはなぜかというとですね。
小国町には公共トイレ、公衆トイレが町の中にいくつかございます。
それを何十年もある方がずっと掃除をされている。
その方によるツアーをやります。
トイレを巡るツアーです。
パーフェクト・デイズを見た後に。
でもこれこそ禅なんですよ。
小さな国の禅なんです。
まさに僕が感じたその禅の一端というか、一つの風景なんですね。
そういったものも展開されますし、
あと僕が同じタイミングで熊本市現代美術館で個展が開催されるんですけども、
修造工の鳥たちっていうタイトルで。
その中でも連携作品として、僕自身もこの小さな国の禅を映像として表現してみようと。
ということで作品を発表します。
これは映像のインスタレーション作品ですね。
熊本市現代美術館でも見てもらえるというようなラインナップにはなってます。
一回目の方はですね。
禅ということなんですけど、あまり深掘りすると難しくなると思うんですが。
ただ、なんとなく直感的にあったのは、最初聞いたときにあったのは、
僕らの世代だとですね、昔はCMで一日一禅という、
とじまり用心、ひのよみ用心という。
一歩間違えると、禅というのもだから、本質的に禅時代的なものに回帰するものとの繋がる可能性もあるんですけど。
ただ、たぶんある時代までは、禅悪という以前にもっと小さな国にも繋がる。
小さな、その人がそんなに良いことだと意識せずに、怒られている禅みたいなのがあって。
それがそこが趣向にあって。
言われてみれば確かにですね、例えば福岡県だとですね、久留米地区の新学校で明禅高校というのがあるんですけども。
なんか、禅という言葉がたぶん今の我々のニュアンスとちょっともうちょっと違うニュアンスで、たぶんある時代まではあった。
それがたぶん長い時代を経て、だんだんそれが忘れられていっているというか、
ニュアンスがあって、そこをまた再発見するようなこともあるのかなという気がちょっとしてきました。
なんかこう、禅って何だろうっていうのはこれからみんなで考えていくことなんで、
今ここでこれだっていう定義付けをすることはできないんですけども。
でも僕が思ってるのは名もなき価値っていう言葉が近いなと思ってるんです。
まだ名前もつけられてないような日常の中にある小さな価値というか。
今内川さんが言われたようなある種、それこそ禅、小さな禅だと思ってるんですけど。
なんかそれが小国には結構ちらほらあるんですよね。
例えば本当にこんなに丁寧に草刈りすんのっていうぐらい道が綺麗だったり、
それって仕事じゃなくて勤めなんですよね。
仕事じゃなくて勤めなんですね。
そこに暮らす人の勤めがしっかりまだある、根付いてるっていう。
なんかそれもまさにその禅だと思うし。
でも名前もつけられてないし、誰からもなんていうか、外からだと誰も見向きもされないようなことなんですよ。
なんかそういったことをしっかり今回実はまとめて言語化していくと、
ある種ドローカルな、スーパーローカルなことが、ある種スーパーインターナショナルっていうか、
なものに化ける瞬間が来るっていうふうに僕は期待してるんですよね。
だからちょっと大風呂敷を広げたかもしれないけど、小さな国っていう、ある種の言葉にした。
小さいけども国という単位として表して。
で、これをスモールカウントリーにはしてないんですよね。
スモールランドにしたのも、やっぱり今の国際的な状況を見て戦争をしている中で、
国と国の線引きで言い争っている状況の中で、
カウントリーっていう言葉で、独立国家を僕らは作りたいわけでもなんでもないので、
ランドっていうのは土地とか場という意味が強いんで、
グリーンランドとかアイスランドとか国の名にもなってます。
だからランドにしたほうがいいなとか、結構その辺もいろいろ考えたんですよね。
それもですね、僕らの世代だと90年代前半くらいに新党先駆けという政党がありまして、
これが小さくともきらりと光る国日本っていう、
党首の竹村さんがキャッチフレーズに挙げられてたんですけど、
それをちょっと思い出したんですよね、僕はまず。
いや僕ね、なんなんだろうな。
いやすごくね、面白いんですけど、
今回のこのプロジェクト、全く新しいことをこの土地でまずやろうとしていないんですっていう。
つまり継承なんです。
なぜかというと、この小国町は1980年代から90年代にかけて、
宮崎信俊さんっていう非常に伝説的な町長がいらっしゃって、
町づくりを積極的にされてた。
例えば九州ツーリズム大学とか、そういうのも展開されていたし、
さっきお伝えした葉生英さんによる建築も、その宮崎元町長のときにバーってやるんです。
すごい全国的に見ても画期的な町づくりをしていた。
でも僕はこのプロジェクトを始めるときに、失礼ながら宮崎さんのこと全然知らなくて、
進めていく中で宮崎さんにお会いすることがあって、いろいろ読んだりとか資料をもらって、
これちょっと僕がこの土地で感じたことをやろうとしていることと一緒じゃないかと思ったんです。
ってことは、これ無理、何て言いますかね、ものすごく新しいことをこの町に入れるというよりは、
もう既にある物語っていうかレールのようなものを継承していく、アップデートしていくべきだと思ったんです。
だからですね、このロゴもちょっと80年代、70年代のロゴっぽくしようと僕は思ってお願いしたんです、デザイナーに。
分かります?この感じの、例えば東京の遊園地池袋の近くにあった。
平島園? そう、としまえん。
なんかインディー・ジョーンズとかでもないですけど、復活の、映画であったじゃないですか、復活のヒーローとか、あの当時のロゴのデザインの感じ。
これは現代的な部分、このロゴには現代的な要素と、80年代、90年代、70年代ぐらいのエッセンスっていうかそのストーリーもしっかり受け継いで、
このプロジェクトはやるべきだと思ったから、こういうデザインにしたんで、今お感じに内門さんが感じられたことはまさに全く間違ってないというか、その通りです。
だからまあ、やっぱり僕らからすると何を言ったら何が見れるのかっていうのがやっぱり一番気になるところなので、
そういうのを、そのプロセスともさっき僕は表現したけれども、まあいろんなことを小さな、別に小国の人たちが普通に今までもあるようなものを改めて体験したり発見したりするという場になっていくんだろうという。
そうなんです。プログラムももちろん考えていきます。アートプロジェクトもあるし、演劇も今後考えてますし、展覧会もあったりしますし、
また小説家の人とか、家人とか詩人の人に来てもらってレジデンスして何か書いてもらうとか、そういうのも全然あり得る話だと思うんです。
プラス、その小国町のある種日常的な体験、これが小さな国の全体験として、それこそプログラマになるんじゃないかと僕は思ってるんですよ。
それが結構プログラム化されると、通常の観光の呼び込み方とは全く異なるその途中に行きたいって思わせる入り口になるっていうか、接触点になると思ってるんですよ。
分かりました。多分息が長いプロジェクトで、我々も少しずつ、多分今の段階では多分聞いててもぶんやりしてる人多いと思うんですけども、少しずつ関わりながら発見していくようなプロジェクトになるというふうに感じました。
思ったのはですね、今収蔵庫って世界的にも非常に問題を抱えていてパンクしそうなんです。
もう収蔵品を保管できないんです。
増えることはあっても減ることがそう簡単にはないからですね。
美術館 そうなんです。というのが一つ課題になっていく中で、じゃあ収蔵庫の本来的、役割としてさっき言った記憶を継承していく。
ものを僕なりに、僕の演出というかディレクションによって今回は展開していると。
美術館で、せっかく僕美術館の個展やったことないんで、僕初めてですから、そういう意味では収蔵庫にフォーカスして。
その上で、鳥というものが今回もう一つ出てくるわけですね。
これはまた別のラインにはなるかもしれないですけど、熊本の松ばせっていうところに博物館ネットワークセンターがありますね。
ここに僕視察に最初行かせてもらったんですと、収蔵庫にちょっと興味があった。
そしたら大量の鳥の博成があって、眠っている状態というか。
面白かったのが、どこかの小学校で使われていたけど、その小学校がなくなったりとかしたものが、そこにフォーカスされて。
あれですけど、日の目をもう見ないんじゃないかという博成もあったりする。
それをずっと見てたときに、鳥ねと思って、そこから鳥をちょっと考えるようになったら、
鳥ほど人間の歴史、営みと密接に関わってきた動物はいないんじゃないかぐらい考えるようになったんですね。
だってまず目が覚めてですよ。猫や犬の声が聞こえなくとも、鳥の声は聞こえるとは思う。
世界中どこでも結構鳥がいる。プラス文学、映画、音楽、絵画、ありとあるものに鳥って登場してくるんですよ。
シンボリックな。極端でもないかな。
例えば作家の日本代表のユニフォームにはヤタガラス、聖書にもノアの箱舟で鳩がオリーブの枝をくわえて戻ってくるとか出てくるし、
鳩なんてもっと平和の象徴としていくんです。あれはピカスが鳩の絵を描いたものがきっかけだったりするんですけど。
あと日本で言うと鶴ですね。オリ鶴っていうのは世界的な平和の象徴って言ったし、ナチスだって鳥、ナチスのエンブレムっていうか、モンマークもそうですね。
っていうふうに様々な人間の営みっていうか、今までの歴史の中で登場してくるんですよ。
神話にもたくさん出てくるし。それほど関わりが深いって時に自分の作品ではどうだろうと思ったら、
自分の作品にも鳥が結構出てきてたと、見返してみた。やっぱり僕自身も鳥に対して何かしらのことを、やっぱりそのなんて言いますかね、
象徴的、象徴させてたんですよね。希望だったり、自由だったり、空を飛ぶ鳥とか。
水曜日郵便局、さっきお話しした水曜日郵便局とかも全国から手紙が届いてた。
もう一回見直すと、意外と鳥の話多かったんですよ。やっぱりそれはそうなの。鳥ってやっぱり日常に近い動物だからなんでしょうね。
鳥の話多くて、ただ単に自分の手掛けてきたプロジェクトのアーカイブ展示をしても、どうかな。
特にアートプロジェクトって展示に向いてないっていうか、実際参加してもらってなんぼのものだったりするじゃないですか。
それを何か工夫して、皆さんに知ってもらったり体験してもらいたいなと思ったときに、
鳥という切り口で展覧会、会場をすべてつなげていくっていうか。
それを洒落として僕はトリミングする。
現代社会は全部トリミングされてるじゃないですか。
記事だってそうですよね。映像だって画像だってみんなトリミングされていて、都合がいいように切り取られていく部分があるし。
でもその切り取られた外側には必ず世界があったわけですよね。
そういうところを今回感じてもらえるように空間を設計しようとしていて。
トリミング、鳥にちなんで鳥の部分だけをトリミングしていくっていう。
これはもう現代美術館のメインギャラリーでやるので1500平米ぐらいあるんですよ。
すごい広い空間を全体的にインスタレーションとして構成している感じになってますね、今回は。
その中で新作は2つ出していて、鶴を開くっていうのと白い息っていう作品なんですけど。
鶴を開くはまさにさっきお話しした平和の象徴としての鶴みたいなのがあるじゃないですか。
あれはやっぱりもう世界的にも認知されましたよね。
広島の原爆、東海によって白血病になった少女に対して集まったその鳥からそれが派生して生まれてきてるんですけど。
基本織るものじゃないですか。織って祈る、祈りを込めていくものですよね。
その鶴、平和の象徴である鶴が、今戦争しているロシアからシベリアから毎年来てるわけですよね、日本に。
越冬のために。
その状況も今の現代の状況と僕は非常に重なる部分があって、平和とは何なんだ、祈る、鶴を織るという行為は何なんだろうっていうのをもう一つこの作品で問うのが新作で。
登場するのが宮崎静夫さんっていう熊本の画家でシベリア旅行体験をされた。
シベリアで仲間たちが死んでいく中で、ある種それらをずっと描いて、帰って来られて帰国されてからも、ある種仲間のことを思いながらずっと絵を描かれてる。
その絵にめちゃくちゃ鳥が出てくるんですよ。カラスなんですけどね。
やっぱその死体をついばむカラスとか、または日本に、自分たちは帰れないけど日本に帰り向かう鶴っていうものが描かれている。
今回は宮崎さんの絵画と鳥の絵と僕の今回のテーマ、鶴を開くっていうので、一つインスタレーション、映像と宮崎さんの絵画と。
奥様がまだご存命なので94歳なんですけど、宮崎さんもう亡くなりになってるんですけど、静岡さん。奥様にちょっとインタビュー、ちょっとしかいないドキュメンタリーの映像を今回撮っていて、それも構成していっていくっていう。
なんでしょうね、鶴を開くっていう言葉ってすごいポジティブな使われ方してますよね、今時代の中で。
場を開くとか、なんとかを開く。それもすごく今あふれてるなと思うんですよ。開くことがポジティブだみたいな。
僕がひねくれてるとこもあるから、すぐその言葉の意味をずっと考えていくと、なぜ開くっていうことがポジティブなんだろうとかずっと考えて。
でも、折られた鶴を開くっていう行為をこの会場でお客さんにやってもらおうと思ったんですけど、それによって何を感じるのかっていう、僕自身もそれをやって思ったことだったんですけどね。
誰かの祈り、祈ることによって鶴を折るという行為。でも開くという言葉自身はすごくポジティブなものとして存在してるけど、誰かが折った鶴を開くという行為は何なんだっていう。
どういう感情がその場で生まれるんだろうっていうことによって、僕はそのある種その平和とか戦争というものをこの作品では問うというようなものもあります。これが新作。
一番良い季節で最初はスタートして、2月とか大変そうなんですよ、もうちょっと。
熱いときも見えますね、とか言って。
お国は暑いのは涼しくていいかもですね。
お国は暑いんですけど、標高がちょっと高いんで、朝夕とかもう先月8月行ったときにも結構涼しかったですよね。
確かに、それで言うと冬は確かに大変かもな。
もう入れなくなるんですよ、凍結したりすると。
でもそれはそれで僕は面白いことできると思ってるんですよ。
ある種確実とした中での展開、もう人が見に来ることを前提としない芸術祭っていうか、そのプロジェクトも考えようと思ったら面白そうじゃないですか。
これはね、かなりいろんなその実験的なことを今後展開していくつもりですからね。
長い旅になります。
収蔵庫の鳥たちは本当にこれオープニング、10月5日オープニングトークあるんですけど、ここでは先着20名様ほどに小さな国特製スープを販売することになってて。
小さな国の特製スープを作ってもらったんですよ。
どんなスープが公表されてないんですか?
これが放送するタイミングだともう告知されてるんじゃないですかね。
それも提供させてもらったりするし、トークショーもいろいろありますし。
それで、僕映画監督なんで、映画の自分の作品も2つだけこの古典2を出品したんですね。
2012年に公開した、天草を舞台にした、ノットロングアットナイト、夜は長くないという映画があって。
その後に最新作になりますが、2022年があの子の夢を水に流してて、10年。
その間には映画何本か撮ってるんですけど、初めて撮った映画と、今のところ最後になってる映画、この10年。
この最初と最後を出品したんですよ。まさにこれ、鳥が出てくるからなんですけど。
で、全編流すことはもちろん会場でも無理なんで、それもこそトリミングしてるんですけど。
これも実際に特集上映として、今度は11月の15日と16日、2日間限定なんですけど、熊本に電気館という映画館があるんですよ。
すごいもう長く、歴史のある映画館が熊本市内にあるんです。
で、もう一つはさっきお伝えした小国の小国シネフォールという映画館。
この2ヶ所で特集上映という形で最上映をしたりします。
映画も流しますってことで、映画監督にねってことですね。
ありがとうございました。
ぜひさっき言いましたけど、新聞もオールメディアなので、次に出てくるときは、これかわからないですけど、何ら形で新聞を再生することができたら。
ずっと結構送ってるじゃないですか。
ぜひ実現させてください。
行けると思うのもいつか送っていただけると。
その話もまた聞いて。
コロナがあったりとかね、いろいろあって実現しようと思ってたものも、お雑誌さんもあるんですけど。
ぜひ10月は小国と熊本と、多分季節も良くなってる、それこそ頃ですし。
多分今日お話を聞いて、よくわかったというよりも、
富山さん、これ熊本で何をしようと思っちゃうのかっていう、新しい疑問が湧いた方も多いと思うんで。
それはやっぱ現場で確かめていただくというのが。
目撃してもらうしかないという感じだと思います。
本当に始まった瞬間の、まだ言語化もできていない、形作られていないものを目撃してもらうというか、体験してもらう。
古典の方もそうなんですよ。
結構現代美術館としては、今回かなり挑戦してくれてるんで、内容もそうだし、空間設計も。
僕の中学の同級生が、藤本創介事務所、今ダザフテマグとかも手掛けてます。
ワンパンクの大屋根リング作ってる。
おー、ほうほうほう。
そう、設計部長やってるんですよ。
さらに相談して、ちょっとやってよ。僕、藤本創介さんの作品っていう建築好きなんですよ。
お願いしたら、もうすごい張り切ってくれて、空間デザインもとんでもないこと今なってるんで。
図面だけ見せてもらってますけども、結構、施工屋さんがすごい頑張ってくれる。
っていう風に、かなり空間自体もかなり凝ったものにしてるので、
これはちょっと来てもらってみてもらわないとわからない。
ラジオ聞いてよくわかったって話では、今日はなかったのかなと思いますけど、それはそれでということで、エンディングでございます。
ここまで聞いていただきありがとうございます。
東山監督の恐竜の国ネットショーは、西日本新聞とスマホアプリ西日本新聞MEで連載中です。
ぜひご購読をお願いします。
本日はありがとうございました。
ありがとうございました。