今の時代の意識変化
こんばんは、創作者のための心身最適化コーチのほうりです。よろしくお願いいたします。
今日は、やりたいことのハードルが限りなく低くなっている今、我慢する必要なんてないというテーマでお話ししていこうと思います。
なぜこのテーマで話そうかと思ったのは、先日、倍好きになるものを拝見したんですけども、
今や人類の可能性とか不可能とかの壁って、ここまで低くなってるんだなっていうふうに感動したのと同時で、
自分はあれこれなんだからこれをしちゃいけないとか、私さえ我慢すれば全部うまくいくとか、
今は我慢の時で、全部物事が片付いたらやりたいことをやるっていうのは、やっぱり言い訳にしか過ぎないんじゃないかということに気がついたんですよね。
ちなみに倍好きって何かっていうと、車椅子の方や下半身が丈夫でない方、下半身に障害を抱えている方とか、
前身が動かない方にスキーを楽しんでもらおうと思って発明されたスキーのことなんですよね。
倍スキーって一回検索してみればわかると思うんですけども、限りなく反りに似た形状で、そこの方にスキー板のようにくっついてて、
形状が反りなんですけども、スキーのように滑れるっていうスポーツ用品なんですけども、
私たちが少なくとも小学生または中学生の時って、スキーっていうのは立ってやるのが当たり前だったじゃないですか。
私、今年45歳なんですけども、少なくとも車椅子の方でスキーをやりたいって言っても、そんなの無理なんじゃないかっていう風に言われて、
なくなく諦めるっていうのがその頃の現状だったわけなんですよ。
だけども、私が小学校中学校の時だったら30年以上経過して、車椅子の方や下半身に障害を抱えている方がスキーをやることが不可能だって言われてた現状をひっくり返されて、
創造性の豊かさとか人間の可能性っていうのはすごいなって、無限だなっていう風に改めて思ったんですよね。
これで、じゃあ一体何を言いたいのかっていうと、右創作や同人活動で冒頭にも言った、例えば仕事が忙しくて行きたいイベントにも行けないとか、
勇気は残ってて、その時間を創作活動に当てたいんだけども、なかなか創作活動をやるのに休ませてくれるとは言えないとか、
子育てや親の介護がある人が職場にいるから、どうせ非満なんだろうっていう態度を取られて、なくなくそういう風にいつも休みを譲っちゃってるっていう風に、
とにかく何かを我慢させられてるとか、我慢してるとか、自分ばっかり不自由を強いられてるっていう風に思い込んでる方結構いらっしゃると思うんですよね。
ただね、私バイスキーのこの話っていうか、実際にバイスキーを目で見てすごく思ったのが、それって単なる古い価値観に古い現状とか古い常識に縛られてるだけなんじゃないかなっていう風に思ったんですよね。
だってさ、バイスキーっていうのは、まず車椅子に乗ってる方にスキーを楽しんでもらいたいっていう、元々の現状を打破する、元々の車椅子の方はスキーをできないっていう現状をぶち壊すところから始まってるわけじゃないですか。
まったく思って、車椅子の方でもスキーを楽しめるっていう風にできるっていうことは、本当に今でも知らない人が多いと思うんですけども、確実にそうしたスポーツ用品の発明になって撮影されてるわけで、少なくとも私は知ってるわけなんですよ。
価値観の再考
バイスキーって調べてみたら多分出てくると思いますよ。
1台80万円ぐらいする、今アメリカ製のやつが主なんですけども、それでもできるっていう風に日本に一応ハイプが来てるんですから。
ただ、そういう風に車椅子の方がスキーをできないっていう、そうした常識をひっくり返した今の世の中で、そういう風に自分さえ我慢すればいいっていうのは、単なる思い込みだって、そうした心の前提を変えちゃえば、重なっていくらでも負けられるわけなんですよ。
その重なり分ける方法としては、とってもシンプルで、あなたがお金も時間も自由になって、何不自由なくおたかつやおしかつを楽しんでいる自分だとしたら、この質問にどう答えるかってことを考えてほしいんですよね。
もう一回言いますよ。
お金も時間も自由になって、何不自由なくおたかつや趣味を楽しんでいるあなたにお聞きするのが、本当にその仕事はあなたがやらなきゃいけないものなんですか?本当にその仕事は休めないんですか?
今の時代は正直に休む理由を言えば、きちんと休ませてもらえますし、むしろそんな変わらないことで休んでいいと思ってるの?っていう風に怒鳴る人とか、鍵口を叩くような人間のいる場所にあなたは本当にしがみつきたいですか?
仮定に言えば、あなただけが子育てや介護をやりたいことを飲み込んで我慢する必要ってあるんですか?本当に?
パートナーや親戚や兄弟や、もしくはそうした保護するサービスって調べればいくらでもあるわけじゃないですか?
それに頼りたいっていう風にそれを頼る方法とか調べましたか?もしくはそうしたパートナーや兄弟や親戚にそうした頼み事を口に出しましたか?
それでもなおかつあなただけ我慢すればいいんだよとか、そんなくだらないことをいいとしことやってんじゃないよっていうような人間の世話を本当にしたいですか?あなたの人生なのに
家族だからって言って何でもかんでも許されるわけじゃないですよね。親しき中にも礼儀ありですよね。そんなあなたの楽しみをうつぶして我慢ばっかりするような人間と本当に囲まれたいですか?っていう風にちょっと尋ねていってほしいんですよ
先ほどもバイスキーの話ばっかりしてるんですけど、それだけ私バイスキーってすごい自分の価値観を揺さぶられて脳みそガーンときてるんで、本当に価値観ぶっ壊れたし
こんな風に少なくとも私の中の常識が今日本当にぶっ壊れたわけなんですよ。スキーができない人たちがどうやったらスキーを楽しめるかっていうことを前提に考え抜いたスポーツ用品がバイスキーなので
本当に深みっていうのはないんですよね。車椅子の方が我慢することなくスキーをやりたいという気持ちを汲むために作られたスポーツ用品があるんだったら
私たちの心だって自分のやりたいことを我慢するような環境や人間に縛られていきたいのかっていうことを今一度何もかもが望みが叶った自分として答えてみてください。
それでどっちの自分になりたいかということをまずじっくり吟味して考えてほしいんですよね。
なれるかなれないかじゃなくて、なりたいかなりたくないかこのことで考えてください。
無理だと思ったら無理な現実ばっかりが見えてきて本当に無理だっていう風な何やっても無理だっていう人生しか歩めません。人間の脳みそっていうのはそういう作りになってます。
私も97キロ時代の時だった時は自分は一生100キロ超えの体で生きていくから人生逆転なんて無理だって思った時は本当に無気力になるような出来事しか起こりませんでした。
でも毎度コーチングをしてそれを実践していった時に初めて痩せてる自分が理想なんだってことに気づいて
痩せてる自分って常に毎日問いかけてました。本当に自分ばっかりが我慢しなきゃいけないのって。
自分ばっかりに我慢をしているような人間と本当にいたいのかって。その自分の我慢のストレスを食べ物で本当に発散したいのかって。
とにかく望みの叶った自分から質問をかけていやなりたくないな、違うなっていうことで少しずつですけども意識っていうかマインドはどんどん変わってきました。
まず今の自分からじゃなくて今の自分の前提を前提で考えるじゃなくて理想の自分を前提にして考えていってほしいんですよね。
アイスキーだってどうせ車椅子の人が好きを楽しむなんて無理だよっていう風な心の前提だったら絶対生まれてこなかったはずですから。
でもそれでも分かったよってでも自分が好きなことをやって休みを取ったりとかお仕方とかに行ったらやっぱり文句を言われたりするんじゃないかっていう風に迷惑をかけるんじゃないかっていう風に尻ゴミしちゃう人もいると思います。
本当にその気持ちはわかるんですよ。
その方にも私の刺さった言葉をお送りします。
バイスキーっていうのはまず普通のスキー場のリフトに固定するように作られてるんでもちろんリフトに乗せるまですごい時間かかるんですよね。
まず動いてるリフトだったらバイスキーって乗せられないからまずリフトを止めてそこからベルトで固定した箇所を確認したりとか座面を上げるためにレバーとかジャッキとかを上げたりして
さらにリフトの早めに回ってぐっと後ろに引っ張ってしっかりリフトの座面とバイスキーの座面が噛み合ったと思ったらまたレバーとかジャッキとかを下ろしてそれでようやく出発するっていうようなとにかく時間がかかるわけなんですよ。
やっぱり後ろに並んでる方とか混んでるスキー場とかのリフトの列の並んでる方にしたら確かにそれは迷惑をかけるかもしれませんけどもそういうふうに迷惑だって言い切ってしまえる人たちに対してバイスキーの講習の方っていうのはこう言ってたんですよね。
障害を持っていてそれでもスキーを滑りたいっていう風に願う子どもたちにもスキーの楽しさを教えてあげたいので何卒ご了承くださいっていう風に言ってくださいっていう風に言ってるんですよ。
それでもクレームをつける方に対しては責任者の方に言っていただければ後日その方に説明に上がりますからっていう風にそこまで言い切ってる人がバイスキーの日を見ようとして講習をしてるわけなんですけども
これ聞いて私は本当に感動したね。他人の迷惑を考えるっていう人ほどじゃあお前は何か迷惑かけないでここまで来たのかって言いたくなるし、人間って何かかにか迷惑をかけつかけられつつ生きてるわけなんですよね。
やっぱりそれでもやりたいという気持ちを優先させたいし、今の世の中っていうのはそうした体の障害を理由に諦める理由なんてどこにもないし、私たちが本当にご体満足の私がそういう風に体が不自由だからスキーを諦めろっていう風に私に限らず体が不自由じゃない方がそういう風に言うのっていうのは本当におこかぶしいなってその時本当に思ったんですよね。
やっぱり楽しんで本当に人間生まれながらにして平等だって言うからさ、平等に楽しむ権利があるわけじゃないですか。こうやってバイスキーって言って車椅子の方でもスキーを楽しめる道具が発明されてるわけですから、だったらさ子育て中とか仕事が忙しいからって我慢したりやり過ごそうとする理由なんてないはずなんですよ。
そうやって不可能を可能にするバイスキーを発明するっていう今の世の中だったら迷惑なんて本当にかけられてなんぼだし、私だって迷惑かけながら周りにかけながらここまで来たし逆に迷惑をかけられたこともあるんですよね。
我慢の必要性の再評価
でもその時はクッソ迷惑だなって思ったりもしますよ。私も人間だし。で、私も周りに絶対思われてたと思いますよ。でもいつまでもお前あの時3年前に俺に迷惑かけやがってとかっていう決断のある小さい人間は私の周りに一人もいませんね。むしろそうなる人間とはとっとと離れるようにしてますから。そんな人間と繋がってたって私の時間が無駄になるだけだから。
自分のことやりたいことをやるのに交渉しようとして不気味になるような人間とはもうとっとと実りにならないと思ったら距離を置いていいと思いますよ。長い人生共にしてる人だったら一度本当に離れることを前提にバッチバチに話し合った方がいいですね。
なんでこっちばっかり我慢するのよって。ふざけんなって。実際にもう今の状態のままでやったとしても無理矛盾に使ってるような状態だからいつまで経っても事態っていうのは肯定しません。現状維持は対価だっていう風に言いますけども、もうなおなおに済ませてたら本当にもう取り返しもつかないところまでいきますから、この話を聞いた方は取り返しはまだつくんですよ。
生きることが目標ですから、どうせどっちにもなって生きてることには変わらないし、いいことには変わらないと脳は判断します。もしもいずれこのラジオを聞いてそれが原因で離縁しましたってなってもそれはあなたの行動の選択の結果だから私は責任を負えません。だけどその時はどん底でも長い意味で見たらあの時別れてよかったなって思う時って多分来ると思いますよ。
ちょっと過激なこと言ってますけどね。もう一つ、他の人にやりたいことをやってるのに私ばっかり我慢してるっていう風に怒りが湧く人っていうのは、悪い意味で自分は得られたなって思っちゃってる人だと思うんですよね。人はよくも悪くも自分にしか興味がない生き物なんですよね。
だから自分がやりたいことをやると家族に迷惑かけるんじゃないかとか会社の人に迷惑かけるんじゃないかっていう風に感じるのはそれだけ自分の行動が周囲に多大な影響を及ぼすっていう風にある意味で勘違いされてるのかなっていう風に私は感じるんですよね。
実際に私も理由を言わないで、こういう用事あるから休みますっていう風に、最近、紙に書いて出したんですけども、「あ、いいよ。どんどん休んで。」っていう風に言われたんですよね。
休みたいなら休んでいいんだよみたいな感じで。そんな私でもやっぱり、休みにしてもきちんと理由を言わないと突っ込まれて、会社が追放されて抹殺されるんじゃないかっていう恐怖もあったんですけども、そんな風に人ってよくも悪くも自分にしか興味ないから、会社にとって必要なのは、こういう日休みたいのか休みたくないのかってそれだけなんですよ。
正直、私の理由なんてクソどれでもいいわけなんですよね。なんか長々言ってるんですけど、結局その日休みたいんでしょ。だったらいいよみたいな感じで。だから、自分には例えば行きたいイベントがあったら、「○月○日この日休みます。」でいいし、「この日に用事があるから。」でいいんですよ。
長々用事行ってきて、それで重爆の巣につくような役にいましたよ。過去に。私この日遊べないからごめんねって言ったら、「何の用事さ?」って言われて、用事早口をしたら、「そんなくだらないことよりも、私と遊ぶ方が大事でしょ。」って言ったバカがいますからね。
そういうことあることに、私たちと遊べないなら縁切るよとか、そういうことにちらつかせるってクソ女でしたね。そいつとは一切付き合ってませんけど、そういう心が腐った奴は、私の人生には本当に必要ないし、こんなこと言ってくる人間とは、もうとっとと縁切るべきですね。
私の経験から言わせてもらうけど、そんな風に自分の用事をくだらないだとか、休みの理由に毅然つけるような人がいるような職場とかは、私はもう今後一切関わらなくていいと思いますよ。
よくある漫画ですが、家の都合で休みを頻繁に入れている人がいるけど、自分はオタクだからってことで、休みを頻繁に変えさせられて、ムキーってなっているような人っていう漫画。
それだって、あくまでも漫画なわけで、フィクションとして読むんだったら、あるあるだなって私は読んでるけど、実際はそんなことないですから。
子供が熱を出そうが、親の介護はどうだろうが、こっちはおたかつしようが、休みたい理由に対して丈夫なんてないですから、私もこの辺に用事がありますっていいんですよ。
それで、しぐったんだったら、こっちもどうしても外さない用事があるんですよって、本当に押し通していいんです。
それで、揉めようが何しようが、こっちの関係ないです。私は休みだから休むんですって言って。
それで何かぐちゃぐちゃ言ってくるんだったら、じゃあもっと休みのいいところに転職しますってやめりゃいいんですよ。
転職だって、今はスポットバイトとかもありますしね。すごい可能性っていうのは、どんどんどんどん広がっていってるわけなんです。
こんなふうに、一泊姉妹、二泊姉妹の常識だった、できないことが常識だった、それがひっくり返して、今ではどんな障害を持っている人でも、ある程度すべれるっていう望みを叶える時代なんだから、
不要な思い込みで、あなたが我慢する必要は一切ありませんよってこと。
新しい生き方への挑戦
本当に理想の自分だったら、この状況に我慢しているのかってことを自問自答すること。
それで文句を言ってくるような奴がいたら、本当にそういう環境とかそういう奴にしがみついていたいのかってこと。
まずそれを決定して、自問自答して、そうした我慢とか不満とか手放していく人生にしていってほしいなっていうふうに、今回お話しいたしました。
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