もし、「日本人の祖先は誰か?」という問いに対する答えがですね、
人間の集団が丸ごと入れ替わった、みたいな単純な話じゃないとしたら、
なんていうか、パソコンとかスマートフォンの大規模なソフトウェアアップデートに似ている、と言ったら、
これを聞いているあなたはどう感じますかね?
いやー、なかなか挑戦的な切り口ですね。
でも、古代の歴史をひも解いていくと、穴勝ち立て外れな例えではないんですよ。
ほんとですか?
むしろ、物事の本質をすごくよくついていると言えるかもしれませんね。
なるほど。というわけで、今回のディープダイブではですね、
古代の日本列島にやってきた、いわゆるトライ人について掘り下げていきます。
はい、トライ人ですね。
最新の遺伝学の研究データとか、歴史学の文献、あとは発掘された考古学的な成果なんかをですね、
総合して読み解いていくんですが、
そうですね。
これを聞いているあなたも、歴史の授業でトライ人という言葉を習った記憶、絶対あるはずなんですよ。
まあ、教科書には必ず出てきますからね。
ですよね。なんか、大陸から進んだ技術を持って海を渡ってきて、
日本の歴史を次のステージに進めた、みたいに、さっとこう描かれてるじゃないですか。
ええ、私たちは無意識のうちに、そういうふうに歴史をきれいにラベリングして理解しようとしちゃうんですよね。
きれいにラベリングですか?
はい。でも、今回の探究の大きなミッションでもあるんですが、
あの、トライ人とは一体何者なのかという問いを深く掘り下げていくとですね、
はい。
彼らが単なる外から来た他者ではないことが見えてくるんです。
外から来た他者じゃない。えっと、じゃあ何なんでしょうか。
彼らの存在はですね、現代を生きる私たち自身のルーツ、つまり日本人の本当の成り立ち、そのものを根本から見直すことにつながるんですよ。
なるほど。根本から。
はい。一つの血筋だけでは絶対に語りきれない、ものすごく壮大で複雑な融合の歴史がそこにはあるんです。
融合の歴史か。ちょっと整理してみましょうか。トライ人について考えるとき、私たちが一番陥りやすい最大の誤解ってのがあるんですよね。
そうなんですよ。そこが最初の大きなハードルになりますね。
それってつまり、トライ人イコール昔の中国人、あるいは昔の朝鮮人みたいに単純に考えちゃうことですよね。
まさにそこです。現代の私たちは、どうしても今の地図に引かれた国境線とか、あるいは国民国家という枠組みで過去の歴史を見ようとしてしまいますから。
まあ、わかりやすいですからね。
でも、古代の東アジアには、現代みたいな明確な国境線も当然ですが、国籍とかパスポートみたいな概念すら存在していなかったんです。
ああ、言われてみればそうですよね。なんか、古代の人々に現代の国名を当てはめるのって、なんていうか。
大昔の海も山も雑にしか描かれてないような古い地図の上で、最新のGPSアプリを使って道案内させようとするようなもんですよね。
ははは、面白い例えですね。
システムが全く噛み合ってないというか、エラーが起きるに決まってるじゃないですか。
まさにそのシステムのエラーと同じことが、私たちの歴史認識でも起きてしまっているんです。
歴史認識のエラー。
ええ。トライジンというのはですね、弥生時代から古墳時代以降にかけて、朝鮮半島や中国大陸なんかを経由して日本列島へやってきた多様な人々の総称にすぎないんですよ。
総称ってことは、本当にいろいろな人たちが混ざっていたってことですか?
その通りです。例えば、新しい稲作の技術を伝えた農耕民の人たちもいれば、高温で鉄を打ち鍛えるような高度な技術を持った工人たち、それから複雑な文字体系を操る知識人ですね。
全然違う職業の人たちですね。
そうなんですよ。さらには向こうの政治的な動乱から逃げるために一族労働を引き連れて移住してきた巨大な私族集団なんかも含まれています。
なるほど。難民みたいな人たちもいたと?
ええ。だから一つの血筋とか国籍でくくれるような均質な集団では全くないんです。
一つのパッケージじゃないんですね。ちなみに、私が子供の頃に読んだ古い歴史の本なんかだと、貴家人って呼ばれてた記憶があるんですけど。
ああ、鋭いですね。かつては学術的にも貴家人という言葉が普通に使われていました。
ですよね。いつの間にか終わってた気がして。
実は貴家という言葉にはですね、日本の国家体制というものがすでに存在していて、そこに従ってその一員になった人々という非常に政治的な響きが含まれちゃうんです。
ああ、なるほど。当時の列島にはまだかっこたる国家の枠組みなんて完成していなかったかもしれないのに。
そういうことです。後からできた政治的な目線で過去の人々を一方的に位置づけてしまっているわけですね。
ああ、それは確かにフェアじゃないというか実態とずれてますね。
ええ、なので現在では外から移動してきたという事実をより中立的に表す都来人という言葉が広く使われるようになっているんです。
なるほどな。
どこに目印を置くか、ですよね。地筋を見るのか、もたらされた技術を見るのか、当時の政治的な立場から見るのかで、歴史の解像度って大きく変わってくるんですよ。
うーん、すごくよくわかります。そこでこれを聞いているあなたも絶対気になっているだろう疑問にちょっと触れておきたいんですけど。
はい、何でしょう。
あの、それほど多様でたくさんの都来人が押し寄せたのなら、もともと日本列島にいた縄文人、彼らは一体どうなっちゃったのかってことですよ。
ああ、それは本当によくある疑問ですね。
まさか、SF映画のエイリアンの侵略みたいに完全に駆逐されて消滅しちゃったわけじゃないですよね。
もちろんです。縄文人は消滅して都来人に完全に入れ替わったわけではありません。ここ、日本の歴史を理解する上でものすごく重要なポイントなんですよ。
はい、教えてください。
日本列島にはもともと縄文系の人々が、それこそ1万年以上という長い時間暮らしていました。そこへ都来系の集団が入ってきたわけです。
これは古い縄文系の土台の上に新しい都来系の層が重なって、気の遠くなるような長い時間をかけてゆっくり混ざり合ったプロセスなんです。
少しずつ少しずつ混ざっていったんですね。それって日本全国どこでも同じペースで起きたんですか?
いえ、その混ざり具合はですね、地域によってかなり高端があったんです。
高端ですか。
はい。例えば、西日本は地理的に大陸や半島に近いですから、都来系の影響が比較的強く出ました。
まあ、玄関口みたいなもんですからね。
そうです。一方で、東日本や北日本、それから南西諸島などは距離的な要因もあって、古い縄文系の要素が色濃く残ったと考えられているんです。
なるほど。冒頭で私が言ったソフトウェアアップデートの例はまさにここにつながるわけですね。
はい、その通りです。
つまり、古いシステムが完全に削除されて、新しいものにフォーマットされちゃったわけじゃない。
ええ。
縄文という古いハードウェアの上に、トライジンが持ってきた新しいOSがインストールされて、そこに本列と独自の進化を遂げたってことですよね。
ええ。その表現本当に的確だと思います。そしてですね、その新しいOSの持つ意味の大きさを理解することがここでは重要になってきます。
意味の大きさというと?
もちろん、トライジンがもたらした漢字、仏教、聖鉄、日和、末期といった技術はですね、単なる一時的な流行とか便利な道具の導入というレベルの話ではないんです。
単なる便利な道具以上だった?
はい。例えば漢字を例にとってみましょう。漢字はただのコミュニケーションツールではありません。
文字ですよね。手紙を書いたりとか。
もちろんそれもありますが、文字によって正確な記録を残せるようになることで、税の徴収や法律の明文化が可能になるんです。
ああ、なるほど。国家の仕組みを作るためのインフラになるんですね。
まさにその通りです。政治のシステムを根本から整える力があるんです。それから仏教もそうですね。
仏教もですか。宗教ですよね。
ええ。それまで地域ごとにバラバラだった集団や信仰をまとめる共通の思想となるわけです。これが国家としての儀礼の基盤として機能していくんです。
なるほどなあ。製鉄技術なんかも同じですよね。単に切れ味のいい剣を作って強くなったとかそういうレベルの話じゃなくて。
はい。鉄製の農具が入ってくることで土地を深く耕せるようになり、大規模な水田開発が一気に進みました。
そうか。農業の生産力が爆発的に上がるわけだ。
そうなんです。それがそのまま富と権力を支える巨大な力になったわけです。
彼らの技術はまさに日本列島の社会全体を根本から動かす文明のOSとして機能したんですよ。
文明のOSか。古いハードウェアと新しいOSが融合して全く新しい社会システムが立ち上がったようなすごいダイナミックな感覚ですね。
そういうことです。
では、その文明のOSをもたらした彼らですが、そもそもそのルーツは一体どこまで遡れるんでしょうか?
と言いますと?
いや、朝鮮半島や中国大陸から海を渡ってきたっていうのはわかるんですけど、彼らの本当の出身地はそこなんですか?
ああ、そこも非常に誤解されやすいポイントですね。
やっぱり違うんですか?
はい。朝鮮半島や中国大陸というのは、彼らが日本へやってくる直前の、いわは経由地あるは出発点にすぎないんです。
経由地?
ええ、それがそのまま彼らの祖先の最終的な起源を意味するとは限らないんですよ。
つまり国際線のフライトの乗り継ぎ空港みたいなもんですね。直行便じゃなくてトランジットで立ち寄った場所がそこだっただけで、最初の出発地はずっと遠くかもしれないと。
その例え素晴らしいですね。まさにその通りです。
そしてここから歴史のスケールが一気にユーラシア大陸全体へと広がっていくんです。
ユーラシア大陸全体、一気にデカくなりましたね。
ええ。一つの視点として、西アジア系トライ人説というものがあるのをご存知ですか?
西アジアですか?それって中東の辺りですよね?
はい、そうです。ただしここで注意しなければならないのは、西アジアの人々が直接船に乗って日本へ移住してきたという話では全くないということです。
よかった。ちょっとびっくりしました。いくらなんでも遠すぎますからね。シュメール人が船で直接来たとか言われたら。
ええ、あり得ないですね。この説が注目しているのは、トライ系集団のさらに背後にある古い文化や技術の大きな流れなんです。
大きな流れですか?
はい。メソポタミア、エラム、イラン高原といった非常に古い文明が起こった地域からインダス、中央アジア、そして中国方面へとですね、ユーラシア大陸規模で物資や技術が伝わる広大なネットワークが存在していたんです。
いわゆるシルクロードのような巨大な文化の伝播ルートがあったわけですね。
ええ、実際中国の古代インやシュウの時代の文化にはですね、西方との接触を思わせる要素がいくつも見られるんですよ。
へえ、例えばどんなものですか?
高度な制動機の文化や戦車の技術、あとは馬の本格的な利用などですね。
ああ、キングダムみたいな世界観ですね。
そうそう、これらは西アジアや中央ユーラシアのステップ地帯に起源を持つものが時間をかけて東へ東へと伝わってきたと考えられているんです。
なるほど。
つまり、東アジアの文化も決して孤立してポンと突然生まれたわけじゃなくて、周辺地域とのダイナミックな交流の中で発展してきたんですよね。
あの、ちょっと待ってください。ここからが本当に面白いところなんですけど、その話を聞くとネットとかでたまに見かけるシュウメール人の言葉と日本語の響きが似ているから、日本人の直接の祖先はシュウメール人だみたいな説を思い出すんですよ。
ああ、ありますね。
リスナーのあなたも、もしかしてその話って今思っているかもしれないんですけど、さすがにそれは飛躍しすぎでしょうね。
そこはですね、非常に重要なポイントですね。古代の言葉の響きが似ているとか、あるいは文字の形が似ているといったことから直接的なつながりを想像するのは知的なロマンとしては非常に魅力的なんですよ。
まあ、ワクワクしますよね。ムー大陸とかそういうノリで。
ええ、でも結論から言うと、現時点でシュウメール人やアムル使徒と日本人を一直線につなぐような学術的な証拠は確認されていません。
つまり言葉の響きだけでは証拠にならないと。
そういうことです。言語学的に偶然似てしまうことって実はよくあるんですよ。継続的な発掘調査による物証の裏付けがなければ、それを歴史的な事実とは言えないんです。
なるほど、厳しいですね。
ただ、西アジア系トライ人説そのものは、ユーラシア規模の文化交流を考える上で重要な補助線になりますから、頭ごなしに口頭無形だと切り捨てるべきではありません。
はい。
重要なのは、文化や技術が間接的に伝わった可能性と、血統が直接つながっているかというのは全く別の問題だということです。
ああ、なるほど。そこを分けて考えないといけないんですね。
はい。事実として証明されている歴史と、これから検証していく仮説は厳密に分けて考える思考法がどうしても不可欠なんです。
ロマンはロマンとして楽しみつつも、証拠はしっかり見極めないといけないわけですね。
その通りです。
では、その言葉の響きとかロマンに頼らないとしたら、私たちは具体的に何を頼りに自分たちのルーツを探ればいいんでしょうか。
私たちが頼りにできる実証的な手がかりはですね、大きく分けて4つあります。
4つ?
はい。それはDNA、抗液炉、祭祀文化、そして種族伝承です。
なるほど。まずは一番説得力がありそうな最新科学のDNAですかね。
そうですね。古代人の骨から採取される古代DNAの解析は、近年飛躍的に進歩した非常に強力なツールなんです。
テレビとかでもよく見ますね。
ええ、これによって日本人が単一の血筋ではなく、縄文系とトライ系の祖先成分が何層にも重なり合っていることが明確に証明されたんです。
それって具体的にはどうやって調べるんですか?
主に3つの視点から調べます。まず、母親から子供へと受け継がれるミトコンドリアDNA。これで母系の古い流れを追います。
母型のルーツですね。
はい。次に父親から息子へ受け継がれるY染色体。これで父系の流れを追います。
Y染色体は父型と?
そして最後に両親からランダムに受け継がれる全体の常染色体DNA。これを調べるんです。
それはどういう意味があるんですか?
これを調べることで、集団全体としてどのような祖先成分がどのくらいの割合で混ざっているか、その全体像を複合的に分析できるんですよ。
なるほど。母型、父型、そして全体とすごく立体的に分析するんですね。なんかそれなら科学の力でルーツ探しは一発解決という気がしちゃうんですけど。
ええ、それがですね、そう簡単ではないんです。
違うんですか?
DNAは確かに遺伝的な繋がりや集団の移動を見せてくれます。
でもそれだけで彼らが何語を話していたかとか、どんな神様を信仰していたか、どんな民族名を名乗っていたかといった文化やアイデンティティーまでは証明できないんです。
ああ、そうか。
遺伝子が私は仏教徒ですとか、私は漢字を使いますなんて教えてくれるわけではありませんからね。
確かに。私がイタリア製のスーツを着て毎日パスタを食べているからといって、DNAを調べたらイタリア人の血を引いているとはならないのと同じですね。
すごくわかりやすい例ですね。まさにその通りです。文化と血統は必ずしも一致しないんですよ。
そこで遺伝学を保管してくれるのが2つ目と3つ目の発掘路や祭祀文化なんです。
なるほど。発掘で見つかるものですね。
はい。聖道器や鉄器などの道具がどのルートで広がったか、祖先を祀る祭祀の儀礼がどう形作られたか、発掘調査から得られるこれらは文化がどう伝わったかの直接的な証拠になります。
なるほど。道具とか儀礼が似ている地域をつなぐことで文化のルートが見えてくると。
ただし、ここでも注意が必要です。先ほどのイタリアのスーツの例と全く同じで、道具や儀礼のスタイルを真似しているからといって、その人たちの血統まで同じとは限らないということです。
そっか。かっこいいから真似しただけかもしれないですもんね。
そういうことです。DNAと文化のルート、それぞれに限界があるわけです。
じゃあ、残る一つの氏族伝承というのは何ですか?
これはですね、文献や記録に残る古代の有力な一族の伝承のことです。
歴史書とかに書いてあるやつですね。
はい。代表的なものとして、波多氏、大和の綾氏、河内の文氏などの存在があります。
波多氏って確か洋産とか土木技術に関わった一族ですよね。
よくご存じですね。大規模な治水工事とか絹織物の技術なんかをもたらしたとされています。
はい。
他にも、大和の綾氏は外交や軍事、河内の文氏は文字の管理や記録に関わったとされています。
へえ、専門職の集団みたいな感じですね。
ええ。彼らの伝承は、当時の日本列島でどんな職能や技術が必要とされて、
彼らが政治的にどんな役割を果たしたかを示す、極めて重要な記録なんです。
でも彼らって、私たちは大陸のどこどこから来た、みたいな伝承を持ってますよね。
それはルーツの証拠にはならないんですか?
それがですね、すべてをそのまま客観的な血統証明として受け取ることはできないんです。
え、嘘が混ざってるってことですか?
嘘というかですね、当時の社会で権威を認めてもらうために、
私たちは大陸の偉大な皇帝の末裔である、といったような政治的な語りや拍付けが含まれていることが多いからなんです。
ああ、なるほど。自分たちを大きく見せるためのちょっともったプロフィールみたいな。
そうですね。彼らの伝承は事実と政治的なアピールが混ざった履歴書みたいなものだと思ってください。
なるほど。つまりこれって結局どういうことかというとですね、
DNAは骨格のようなもので生物学的な繋がりを見せてくれる。
でも私族伝承とか祭祀文化は、その人々が着ていた服や、
習得していたお仕事、あるいは社会的な肩書きを教えてくれるものなんですね。
ええ。
だから、どれか一つだけを取り上げて、これが真実だと決めることはできなくて、
全部のパズルを慎重に組み合わせる必要があると。
その通りです。完璧なまとめですね。
だからこそ、一つの証拠に依存して結論を急ぐのではなくて、
DNAは何を語り、伝承は何を語るのか、それぞれの限界と可能性を冷静に見極めることが求められるんです。
なるほど。
情報があふれている現代において、過去の歴史を読み解く最良の方法は、
まさにその多角的なバランス感覚にあるんですよ。
いや、本当に奥が深いです。
ここまでの探求で、なんか都来人が遠い異国の海からやってきた見知らぬ他者なんかじゃなくて、
日本人の成り立ちそのものを形作った太くて大きな地脈の一部だってことが、すごくよく見えてきました。
ええ。
私たちが歴史から学ぶべきなのは、日本という社会の本当の強さは、純潔性を守り抜いたことにあるのではない、ということなんです。
純潔性ではない、じゃあ何ですか?
外からやってきた全く新しい文化や技術、そして多様な人々を拒絶することなく受け入れて、
日本列島の風土や既存の社会に合わせて、自分たちの使いやすい形へと組み替えてきた。
はい。
その融合力あるいは吸収力こそが、日本の歴史を形作ってきた最大の強みなんですよ。
融合力か。外来のものだから日本的じゃないって切り分けるんじゃなくて、それがどう日本化されて私たちの土台になっていったのかを見る。
ええ。それこそがあなたや私のルーツに誠実に向き合うってことなんですね。
その通りです。日本の国家にも歌われるサザレイシという言葉がありますよね。
ありますね。黄身画用の。
小さな石が長い年月をかけてくっつき合い、一つの大きな岩になるというものです。
はいはい。
この比喩はまさに多様な出資や文化を持つ集団が重なり合い、長い時間をかけて一つのまとまりを作っていく、日本の融合の歴史のイメージそのものだと言えるんじゃないでしょうか。
サザレイシ、なるほど。そういう視点で見ると単なる石の話じゃなくて、多様なものが結びついて一つの形をなすっていう、歴史のプロセスそのものを表しているように聞こえますね。
そうですね。歴史というのは単に過去の出来事を暗記するためのものではなく、私たちが何者であるかを教えてくれる鏡なんです。
寅人と縄文の融合の歴史は、現代の私たちにも非常に重要なメッセージを投げかけています。
確かにそうですね。そこで最後にこれを聞いているあなたに一つ問いを投げかけてみたいと思います。
もし、日本人の本質が何千年にもわたる外部からの吸収と融合にあるのだとしたら、インターネットで世界中がつながってあらゆる情報とか文化が飛び交う現代において、今の私たちは何を吸収して何と融合しようとしているんでしょうか。
うーん、非常に考えさせられる問いですね。そしてですね、今から千年後の未来の人々が今の時代を振り返った時、21世紀の現代社会を生きる私たちは、どんな新しい文化のOSをもたらした新たな寅人として歴史に刻まれると思いますか。
ほう。
ぜひあなた自身の答えを探してみてください。
そうですね、答えは決して一つではないはずですから、私たち自身が次の時代の土台を作っているわけですし。
ええ、歴史は常に更新され続けていますからね。教科書の1ページで終わる話じゃなくて、私たちが今も紡ぎ続けている歴史の真っ只中にいるということを、今日の探究で感じてもらえたら嬉しいです。
はい、私もそう思います。
それでは今回の深い探究はここまでとしましょう。また次回お会いしましょう。