日本語の起源に関する導入
この番組では、日本語の起源にまつわるエピソードをいくつか配信しております。
概要欄に関連エピソードのリンクは貼っておきますが、
特に文字のない時代の日本語、縄文時代や弥生時代でどんな言語が話されていたのか、
そもそもそれは日本語だったのかというのは、まだまだ解明されていないことが多いです。
縄文時代からずっと日本語が話されていたという説もあれば、弥生時代に農耕と一緒に稲作ですね、
米作りと一緒に寅人によって日本語はもたらされたという説もあります。
今回は日本語はともかくとして、そもそもこの劣等に住んでいる、いわゆる日本人と言われる人々はどこからやってきたのか、
分子人類学の視点からお話ししていこうと思います。BGM、ゆけい。
始まりました4月15日のツボ。皆さんいかがお過ごしでしょうか。ジョージシスラーです。
番組宛にお便りいただいております。はるはるさんから2回分ラジオトーク宛にギフトをいただきました。ありがとうございます。
分子人類学というのは、人類学の一分野ではあるんですが、分子生物学を使って人類の歴史、たどってきた道のりであったりとか、
あるいは病気との関連性であったりとか、そういったことを研究する学問でございます。
僕自身はその辺のことは疎いですが、この分子人類学の研究が言語学に寄与するということは当然考えられることです。
ここで一つ重要なのは、遺伝と言語と文化というのは切り離して考える必要があるということです。
それぞれの個別の言語は遺伝子に情報として組み込まれているわけではありません。
僕が今日本語を話しているのは、これは遺伝子のせいではありません。
ある特定の集団が別の地域に移動したとして、
そこで別個の言語を話すようになる、その土地の先住民の言語にとって変わられるというシチュエーションもありますので、
遺伝と言語というのは切り離して考える必要があります。
逆に人の移動はないけど、言語が別の集団に伝わるっていうシチュエーションも考えられるんですよね。
それと文化っていうのも別個に考える必要があって、
例えば北海道で発見された縄文人の遺跡から本州に由来するペンダントとか、あるいはアクセサリーとかが発見されているんですが、
これは北海道の縄文人と本州の縄文人との間に遺伝的なつながりがあったというわけではありません。
遺跡だけを見れば、北海道の縄文人と本州の縄文人との間に結婚みたいなものがあったんじゃないかと考えられそうなんですが、
ただこれは分子人類学的には否定されていて、DNAを見てみると北海道の縄文人は長い期間、少人数の間で婚姻が繰り返されていたっていうことがわかったんですね。
つまり人は移動しなくても物が移動するというシチュエーションも考えられます。
ですので繰り返しですが、遺伝子あるいは人と言語と文化っていうのは別個に考える必要があります。
今回は人をですね、遺伝子というかDNAの移動について考えていきます。
分子人類学ではミトコンドリアDNAっていうのがすごく重要で、これは母親から受け継がれるDNAで、
そもそもこのミトコンドリアっていうのは別の生物だったのがその寄生先の細胞の中に入り込んだものと考えられているんですね。
だから細胞の中にもう一個別の生物がいるみたいな状況だそうです。
これもなかなか面白いですね。
世界中の人々のミトコンドリアDNAを調べてみると、いくつかのグループに分けられます。
専門的にはこれをハプログループと言うそうですが、日本人に最も多いハプログループはDとラベリングされているものです。
さらに階分類もあったりするんですが、このハプログループDっていうのは東アジアで広く観察されるグループで、アメリカ成人住民、ネイティブアメリカンでもこのDというハプログループが認められます。
つまりアジア人と新大陸のネイティブアメリカの人々はDNA的には共通しているところがあるということです。
さらに遺伝的な多様性が東南アジアから東アジア、さらに北の方へ向かうにつれて減少していくことがわかっています。
つまり東南アジアの方が遺伝的多様性があって、日本ぐらいになると遺伝的な多様性は低下していくということですね。
これはすなわち日本人を含む東アジアの集団が東南アジアから南の方からだんだん移動していったというふうに考えられるんですね。
これは遺伝とかDNAに限らずですが、多様性があるということはそこに長いことを存在しているということの裏付けになるんですね。
言語でもそのように考えられます。
言語差とか方言差が顕著に観察される地域は、その差ができるぐらい長い時間そこに人々が住み続けていたというふうに考えられて、それはDNAについても同じことが言えます。
逆に多様性があまりないそういった地域は、人であれば人がそこに移動してきて間もない新山ものだというふうに考えられます。
いずれにせよ、日本を含む東アジアの人々は東南アジアから北上してきた人々で、そのうちのいくつかの集団はベイリング海峡を渡って新大陸に至ったネイティブアメリカンであるということです。
弥生人と日本語の関係
古墳時代に馬に乗った騎馬民族が日本列島にやってきて、日本を征服したんだっていう騎馬民族征服王朝説という説があります。
これは関連エピソードがあるのでぜひ聞いていただきたいんですが、この説は少なくとも分子人類学的には否定されています。
つまり現在の日本人のDNAには、そういう北方系の騎馬民族ないし遊牧民のDNAは認められないんですね。
日本を含む東アジア人のDNAっていうのは、東南アジアから北上していくその移動の流れに位置づけられるということです。
分子人類学では現代生きている人間のDNAだけではなくて、遺跡の骨からもDNAを調べることができます。
それで日本の縄文人と弥生人の人骨もDNAを調べることができるんですよね。
その結果、縄文人にしろ弥生人にしろかなり多様性というか地域性が観察されて、
縄文人とか弥生人とかひとくくりにしてしまうのがそもそも問題があるといえばあるんですが、
ただ弥生時代に九州北部に大陸から弥生人がやってきて、
すでに日本にいた縄文人との混血が始まり、それが列島全体に広がっていったというシナリオが分子人類学が考えているものです。
ここで言語学的なことを言うと、この弥生人が稲作と一緒に日本語を日本列島に伝えたのか、
それとも縄文時代からすでに縄文人は日本語を話していたのか、ここは論争があるところです。
要は日本語のスタート地点を弥生時代にするのか縄文時代にするのかということですけど、
寅人、弥生人が日本語をもたらしたというのは、ある意味、濃厚言語拡散仮説という説で考えられているもので、
こちら関連エピソードがあるので聞いていただけたらと思います。
逆に縄文時代の縄文人が話していた縄文語というのは、これは日本語の祖先の言語であるという説は小泉珠津先生が提唱しているもので、
その縄文語の痕跡が実は現代でも方言に残っているというエピソードがございますので、
ぜひそちらも合わせて聞いていただけたらと思います。
概要欄チェックしてみてください。
それではまた次回のエピソードでお会いいたしましょう。
番組フォローもぜひよろしくお願いいたします。
お会いしては、しがじゅうごうでした。
またねー。