古代日本の思想探索
はい、それ哲ラジオ、今日も始めていきたいと思います。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
このラジオは、身近なテーマをきっかけに、哲学について楽しく学んでみようという番組です。
哲学好きの弟と、哲学に馴染みのない兄の兄弟二人でお送りしていきたいと思います。
改めまして、兄の菅野京介です。
弟のハヤトです。よろしくお願いします。
はい、お願いします。さあ、今回から日本を返答。
はい、えーとですね、まあね、これまでそのギリシャ、古代ギリシャやって、物体勢みたいな古代インドやって、今回からね、その日本の古代というか、そういった思想とかって思ってたんですけど、
いろいろ調べていくと、その日本の古代みたいなのを知るっていうのは、めちゃめちゃ難しいんだなって思ってましたよと。
特に思想をね。
確かによく考えてみるとさ、歴史とか世界史、日本史にやってる方もいると思うんですけど、
それこそさ、ソクラテスとかさ、バリシャットは聞いたことない方もいるかもしれないですけど、古代インドにそういう王朝があってみたいな話はあるわけじゃないですか。
知識としてね。
日本もさ、例えば歴史とかってやっていくと、旧石器時代があって縄文時代があってさ、弥生があって古墳ができてみたいな、そんなのはなんとかあると思うんですけど、
縄文時代にこんな人が生きてましたよとかさ、弥生時代のこんな話があってとかってないじゃないですか。
ないね、聞いたことないよね。
やっぱりこういうのが、土器が出ましたよとか、縄文土器か弥生土器で薄くてきたくなりましたとか、そんなんわかると思うんだけど、
やっぱり教科書にないっていうことは、そもそも明確なものがないっていうことなんですよね。
データがね、資料がね。
そうそうそう、資料が。
だからそれでちょっと難しさみたいなもの、要は僕も調べたら出てくるかなとか、そういう本とか論文ぐらいあるだろうって思ったんですけど、
非常にこれぞっていうのはなかったっていうのも含めて、ちょっとね、その難しさとかもお伝えしつつ、
ちょっと古代とは言いながらなんですけれども、平安時代とか、ちょっと天倶楽部ぐらいとかも含めて、
日本人の思想の流れっていうのが、いつも通りつまみ食いっぽくなっちゃうんですけど、
このあたりって結構大きな出来事だったよねとか、こういうことが後のにかく久山さんとかが考えたんだよねみたいな、
そのところでちょっと紐解いていく、思想史とも言えないけれども、流れみたいなものをちょっと追っていきたいなと思ってますっていう感じなんですよね。
縄文時代と弥生時代の文化
はいはいはい、なるほどなるほど。だからあの、紀元前1200年頃に考古みたいなのはちょっとまあなさそうだっていう、そもそも。
ない、ないみたい、うんうん。
で、さっきね、縄文とか八百居とかって言ったと思うんですけど、なんかさ、改めて縄文自体っていつからいつまでって言われたらパッと出てくる?
わー、もう全然覚えてない。さっき言うと平安時代が紀元後700年ぐらいとかだとすると、どうだろうね、紀元前後0年ぐらいか?
あー、なるほどね。はい。で、実際に改めて僕も調べたんですけど、縄文時代の始まりと言われてるのが紀元前1万2千年ぐらい。
あー、だいぶ古いね。そんな古いんだ。それはわかってんだ。
で、これも時代区分なんで、別にね、ここから縄文時代ですよって誰かが言ったわけじゃないから、あくまでも後からね、わかりやすいように分けたよって感じなんだけど。
はい、まあといえばそんぐらいから人はもちろん住んでましたよ、人みたいなものは住んでましたよっていう話ね。
そういうとね、もっと前から日本列島に人が住んでるっていうのはわかってるんですよ。
はいはいはいはい。
そう、旧石器時代ってのがあって、いろんな大陸から流れ着いた人たちが日本っていう、今の日本的な領土、別に当時日本って国はないからさ、場所に住んでたよっていうのはわかってますよと。
そっから文明みたいな形でいくと、縄文時代ってのは紀元前1万2千年くらいから、紀元前1千年くらいなので1万年間縄文時代なんだよね、日本って。
わー、はいはい、まあだいぶ長いけど。
だいぶ長い、そう。これでそのあと弥生時代が続くんですけど、これね、ちょっと調べて面白かったんだけど、
たぶん僕らって今30代40代くらいの人が習ったときって、弥生時代って紀元前後3世紀くらいか600年くらい?
あー、なんか紀元前後挟んでってことね。
何かって言われたんだけれども、その後の研究の結果や、もっと前から弥生時代だったっぽいよっていうのがわかって、
今って紀元前1千年くらいから弥生時代だったっていう風になってるらしいんですよね。
そういうのを考えると、実は弥生時代ってもっと早かったらしいぞと。
なので、紀元前1千年くらいから紀元後300年くらいまでの1300年くらいか、続いたよっていう風に言われてるんだよね。
で、これもね、ただやっぱり資料がないからって話はあるんだと思うんだけど、
そのあと古墳時代があって、飛鳥時代とか奈良時代、いわゆる奈良の財物さんとかの奈良時代があったりするんだけど、
飛鳥時代は100年ちょっとで、奈良時代は80年くらいなんだよね。
そう考えると縄文の1年間とか弥生時代の千年とかで、ちょっとそう置かざるを得ないというか、
細かくわかんないから、多分もうそのくらいざっくりしてるっていう感じなんだよね。
そうなんだ。分けたいっていう。もしくはさっきのように分ける理由があって分けてるってことだね。
もちろん理由はあるんだけど。
さっきも言った通り、当時の日本って今みたいな国ではないから、
北海道とか沖縄って当然独自の文化を持っていたから、日本っていうところではなかったし、
当時は日本の中にもひくぐらいの集落、一応国かな、それぞれ王様がいて、領土があるみたいなところがあって、
今の47とかでも全然多いわけですよね。
だから純粋に日本の思想とか古代日本とかって言っても、
やっぱり僕らが普段捉えている日本の国の形とか、やっぱり広がりとは全然違うんですってと。
なるほど。そもそも日本じゃないっていう話だよね。国としてその国っていう概念が。
中国との交流と影響
前回のインドにしてもあるけど、あと古代ギリシャもあるけどさ、ポリスがあって、それぞれのポリスはやっぱり全然違くて。
だけど今はギリシャとか、インドにしてもそうだもんね。そういういろんな王朝があって、今は仮にインドとくくってるけれどもみたいな話で、
日本も同じだったよってことは。
そうそうそうなんですよ。
なので、もうちょっと純粋な日本の思想とかできるかなと思ったんだけど、やっぱりそういう意味でも難しかったですよっていう話が改めてわかったんだよね。
はいはい、なるほどね。そもそも日本とは何か、思想とは何かの日本とはが割とフワフワしてるしわからんと。
そう、フワフワしてるんですよと。なので、逆に言うとそういうところも今回は触れながら、
日本っていう国がどんな国、昔成立していて、ちょっと歴史っぽくなっちゃうんだけど、そんな話でも知らないところは面白かったんでお伝えしていこうと思っているんですけど、
改めて、純粋な日本の思想とかを取り上げようとすると、どんな問題が出てきますかっていう話なんだけど、
さっき兄貴も言ってくれた通りで、まず当然資料が残ってないんですよね。
資料っていうか、いわゆる文字とか文献みたいな話で、例えば当然土器も出てくるし、古墳とかも各地に行けばたくさん残ってるわけですよね。
でもじゃあ、なんでそんな土器作ったのか、古墳作るときって誰が何を考えたのみたいな話っていうのは、当然残ってないし、土器とかを見てもわかんないわけですよね。
きっとこれは普段の食事のときに使ってたんだろうとか、これはさすがに食事には使いづらいから儀礼用とかお祭り用だろうとかっていうのはわかるんだけど、
なんでそんなふうに土器を作ったのかみたいな意図みたいなところはわかんないわけですよ。
そうだよね。全部今から想像するしかないみたいな話なのかね。
そうなんだよね。実際、縄文時代はもちろんだし、やはり弥生時代でさえも文字は使われてなかったんだってふうに言われてるんだよね。
へー、はいはい。
ただこれもちょっと面白くって、2019年ぐらいのニュースだったんだけど、紀元前100年の弥生の中期ぐらいに使われていたとされるすずり、炭とかするやつあるじゃん、すずり。
あれが発見されたらしいんだよね。
すずりがあるってことは何個書いてたんだろうみたいな。
ってことは文字じゃね?みたいなことはあるんだけど、でも絵かもしんない字とか、そもそも筆が必然されてないからちょっとわからんみたいな感じらしくって。
やっぱそういう発見があると、もしかしてこの時代の人もそういうすずりを使って、書くとか手紙とか、もしかして書いたのこのね、みたいな。そういうのがちょっとずつ見えてくるっていう感じらしいんですけど。
わー、でもそういう感じなんだ。すずり1個見つけたぞっていう。
そうそうそう。とか、別の箇所でちょっと似たようなすずり出てきたぞみたいな。
あー、はいはいはい。
意外とこれは、広い範囲で使われていたものかもしれないみたいなね。
あー、たまたま、たとえば中国から入ってきたとかそういうのじゃなくてってことね。
そうそうそう。そうなんです。
っていうのを、高校学、歴史学の学者さんはやってらっしゃるんだなっていうところもあるんですけど。
なので、いわゆる統律の意図がやっぱりわからないので、思想も当然ちょっとわかりません、推測しかできませんっていう話が一つ。
あともう一個がね、純粋な日本みたいなことを考えたときに、純粋って要は日本人ならではとか、日本特有の感覚じゃないですか。
土着は違うか。
そうだね、元々から。
そうそう、元々からあるみたいな。
なったときに、当然外国との交流みたいな話も重要。
特にやっぱ中国とか、今でいう韓国。
その関係ってのはめちゃめちゃ大事になってくるわけなんですよね。
はいはいはい。
例えば純粋のって言った瞬間に、例えば中国の考えが入ってきてとか、仏教が入ってきたら、
それってちょっと仏教内でされた日本じゃない?みたいな感じになっちゃうと思うんだけど、
中国との交流とかってどのぐらいから始まってんの?みたいな話でいくと、
これもね、歴史の教科書とかで聞いたことあるかな。三書地理史みたいなものがあって、
漢なので、いわゆる中国の漢王朝ですね。
その時に書かれた文献に日本の話が出てくるんだけど、
紀元前1世紀頃、これも弥生時代。
今は和の国と同時に言われてるんだけど、和の国の人が朝鮮半島に来たよ、みたいな。
そういうことが書かれてるわけなんですよね。
なので、さっき言った弥生時代とかでいくと、全然普通に中国とか行ってますと。
でいくと、純粋なみたいな話をしたときに、海外、要はそういうところの交流とかも出てるんで、
影響を受けてないわけがないんですよね。
それはどこの国もそうだよね。島国だからね、それは少ないだろうけど。
でもやっぱりギリシア的なとかインド的なみたいなものって、これまで海で結構あったと思うんですけど、
やっぱり日本的なっていうものを昔に求めようとしても、あんまり出てこないんだなっていうことなんですよね。
はいはい、なるほどね。
なので、むしろ、さっきちょっと言ったけど、平安時代とかのほうが、むしろいわゆる国風文化っていうのは日本的な思想とか、やっぱり文化が生まれてるよね。
別に江戸時代ぐらいまでも、むしろいくと、日本的なものを大事にしなければならぬっていう。
だから海外と逆に交流することによって、逆に日本ってなんだみたいなことに目が向くみたいな。
そういうときに発展するっていう部分も結構あるみたいなんだよね。
なので、そういう意味でも純粋な日本人の思想みたいなのは難しいし、
あともっと言うとね、これも最近ニュースで出てたんですけど、
今、日本人って1億何千万人っているじゃないですか。
で、遺伝子的には3つぐらいルーツがあるんだって。
へー、はいはい。
縄文時代から続くものと、アジアから入ってきたもので、東北に多い人と関西に多い人とみたいな感じで、結構ね、遺伝情報が違うらしいんですよ。
で、当然中国とか韓国から来た人も日本に定着してたわけで、
日本人の思想の難しさ
そういう意味で言うと、やっぱり純粋な日本人とか、純粋な日本思想っていう考え方自体が結構成り立たないなみたいなことも改めて調べながら思ってたんですよね。
はいはい、なるほどなるほど。
だから、やっぱり思想とかって難しいというか、なんだろうな。
そりゃ、なんだ、中国、インド、ギリシャ、この3つぐらいしか独自のもってないよねっていうふうに言われがちなのもわかる。
うんうん、なるほどなるほど。
なーっていうふうな感じでしたと。
はいはいはい。
でも確かにそうだよね、あんまりなんだろうな、それこそ日本の話だと割と自分たちの話だから、ある意味東大元暮らし的な感じがあるなと思ったのは、
例えばさっき言ったけど、ギリシャとかインドにせよ、結局ポリスとか王朝がいっぱいで、別にいわゆるナショナリズムが生まれる以前って、そんな国ではピッタシは分けられないというかさ、ないじゃんと思ったけれど、
その日本がどうかっていうのは確かにあんまり自覚的じゃないかもなっていうのは思ったね。
はいはいはい。
だからハヤトが日本の思想をやるっていうときに、じゃあ我々日本人の昔何考えてたんだろうとか、神話とそういう哲学との関係とかってあんのかなとかって期待しちゃうんだけれども、
そもそもその日本っていうものがふわふわすぎるし、場所的にもか知らんけど、資料が残ってない以上、やっぱり残ってるってことと比べると、どうしてもやっぱりないよねっていうのは、まあそうかみたいなね。
そこのところはあんま自覚してなかったなって思った。
僕もまさにそんな感じで、なんかあるでしょ、日本人なんだもんみたいな感じで、すげえ素朴に考えたんだけど、やっぱそれってすごい怖い前提だなというか。
はいはいはい。
だからやっぱり僕もめちゃめちゃ内向きというか、国内でしか暮らしたいような人間だそうで、あんまり外国の方との交流とか、そもそも異文化多文化みたいな話ってやっぱうといなと思うときに、
その前提としてはやっぱり日本人、日本っていう国っていうものを想像しちゃってるなと思って。
なので、もちろん日本の哲学みたいな感じもこの後取り入れていこうと思うんですけど、やっぱそれってすごい明治とか、明治大正昭和みたいな、そういう時代になっちゃうんですよね。
わー、だから西洋化以降ってことだよね。
文字の歴史と神話の成り立ち
そうそうそうそう。そもそも哲学自体が西洋の学問だから、それが日本に入ってきてっていう話もあるんですけど、
ある程度今回もね、もちろんもう少し、とはいえこんな言葉言いそうだよねとか、こういう事件があったから今の日本にもそういうのって受け継がれてるかもねっていう話とかね、神話的な話もしてくるんですけど、
ちょっと今回の流れとしては、そういうふわふわした中でも歴史的に、どんなことが今から振り返って、これってすごい大事だったねって言えそうかみたいな。
そんな話をね、このテーマ全体を通してしていけたらと思ってるんですけど、
じゃあちょっともう一回本題に戻って、やっぱり思想とか意図ってさ、文字っていうか言葉がないと無理ですよねっていう話があったときに、
日本で明確に文字が使われるのっていつですかっていう話があるわけなんだよね。
確かに。
これどう思う?いつぐらいから日本人は文字を使っていたんだろうか。
なんとなく平安時代とかなんじゃないの、奈良とか、歴史の教科書でそれっぽく出てくると思う。
それっぽくね。
聖徳太子とか字書けそうじゃん。
確かにね。憲法とか作ってるしね、確かにね。
実際に歴史的に言われてるのは、これも教科書とかに絶対出てくるんですけど、
稲荷山古墳っていうとこ出てくる、県のイメージ知らない。
県の中にさ、若竹の大君、大王みたいなの書いててさ、
金色の文字でその県に文字が書かれてますよみたいなやつ知らないかな。
うん、知らないね。
知らないか、もしググってね、多分見てみたら多分図表とかのイメージが湧くと思うんですけど、
若竹の大君県みたいなんで多分それが出てくると思う。
おお、これか。思ったより県で書く意味がある。
見たことある?ってならない?
見たことはないかな。
ないかな。ないかも。
よかったら皆さんもぜひググってみていただきたいと思うんですけど、
あれが大体できたのが471年だって言われてて、
なので5世紀。なのでもう本当に弥生時代も終わった古墳時代みたいな感じなんですよね。
逆に言うとそれ以前で明確にこれが文字として残っていたものがないらしくて。
へー、そうなんだ。
逆に日本の神話ではね、古事記とか日本書紀でいつ書かれたのって言われたらどんぐらいだと思う?
えー、わからん。700年ぐらい?
正解正解、そうなんだよ。
奈良時代なんだよね。
なのでこれも今から言っても1300年前ぐらいなんですよ。
なのでヘルドトス、ギリシャのヘルドトスが2700年前ですとか、
ベーダーが3000年前ですとかって言われると、
もちろんベーダーは文字じゃなくて言葉だったけれども、
そういうのが伝わってるって思うとやっぱりだいぶ新しいんだよね、思想というか発想的に言うと。
そういうのが残ってるっていうのがね。
そうそうそう。
日本の神話と言っても、やっぱり奈良時代とかってなるとかなり文明とか社会ができてくる頃なので、
純粋な神話ってこれまでちゃんと言うんですけど、
天皇制をちゃんと知らしめるというか、
国をちゃんと作っていくために作った、変算したみたいなところが大きいんですよね。
なるほどなるほど。
なので、いわゆる古事記とか日本書紀が純粋な日本の思想だっていうのもちょっと違う。
そうかそうか。代々それこそ九年で受け継がれてきたっていうよりは、
何百年頃に作ったみたいな。
そうそうそうそう。
当時のいわゆる政治家とか異性者が、
もちろんその当時のいろんな図着の信仰とか神話とかをもちろん土台にはしてるとは思うんだけど、
まったく新しいっていうよりはね。
でもさっき言った通り、弥生時代、それはそこよりも700年以上前なわけで、
やっぱり古代の思想が古事記、日本書紀に全部入ってますとかってことでもない。
なるほど。でもそれで言うと、レーダーとかもそういう側面ってあるっぽいもんね。
古代の思想の影響
まあね、そうそう。やっぱりバラモンが。
そこに住んでたインドの人たちとは違う人種というか人たちで、
そこを統治するためをするという側面も確かあったもんね。
そうそうそうです。
なので、やっぱり思想って難しい。
それこそアーリア人史家で、やっぱり地域を治めようとかさ。
そこって言うと、別にそれぞれが、
それこそ縄文座位とかだとそうなんだけど、
多分移動しながら狩猟生活とかしてると、別に神話とかって多分いらないと思うんですよ。
いらないっていうか、もしかしたら集落とかの中での信仰とかはあるかもしれないけれども、
それを例えば文字に起こすとか、ストーリー立てにして体系化するとかっていう風なモチベーション、
多分そんなの湧かないと思うんですよね。
確かに。それこそ長老とか、そこら辺の大人が来てて子供に、
夜ヘビーが出るよみたいな話でいいってことだもんね。
みたいだね。そうそうそうそう。
やっぱり社会の成立と神話とかそういうもので、
切っても切り離せんのだなっていうのを改めて思いましたっていう感じもあるんだけどね。
しかも当時の奈良時代でいうと、当然仏教は日本に入ってきてますよね。
そうなんだ。
そう、入ってるんです。
さっきも言った純粋な日本の思想みたいな言葉って、やっぱりこの言葉自体が無理があるなっていうのが、
ちょっと僕もすごい自覚しましたよっていうふうな感じなんだけど。
繰り返しになっちゃうんだけど、今回日本の思想そのものに深く入り込みますとかっていうよりは、
後世の人の研究とか解釈を含めて、
それぞれの例えば弥生時代とか古墳時代、奈良時代とかっていうときにはどんなことが起きたんですかとか、
それが後の日本とか日本人にどんな影響を与えてきたんですかねっていうところを広く見ていきたいなって思っておりますよと。
なるほど。
繰り返しになっちゃうけど、ちょっと歴史の勉強っぽくはなっちゃうんだけど、
それはそれで面白いというよりは、僕らのある種ルーツを辿ることにもなるし、
日本とか日本人ってすごいふわっと使ってるけど、意外と複雑だよねみたいな。
本当に繰り返しになっちゃうけど、自分だからこそずっと日本だったって思っちゃってるけど、
違うっていうことをちゃんと確かにわかんないとなーってね。
やっぱりそれもツラジオである種やりたい、ある種価値観を広げるとか、見るレンズを変えるみたいなことにもつながるかなと思うので、
そういうものを今回お届けしていこうというふうに思っておりますよ。
お願いします。確かにでも、教科書とかでやったかもしれないけどすっかり忘れてるし、
さっきの奈良時代だとか、平安時代が700年後でその次だとかって、なんかわかんないから。
意外とわかんないよね。
もう忘れてるしね、どうでもいいと思って。
これを機会にちゃんともう一回、昔から時系列じゃないけどね、そんな感じで教えてもらえると嬉しいかもって思ったね。
やっぱりどうしても学校の勉強って暗記詰め込み的な感じになっちゃったからさ。今は違うかもしれないけど。
思想とかっていう職理論をやったときに、思想そのものはわかんなくても、この時代に、例えばね、
中国とこういう交流があったから、やっぱりその後もこういう流れになってるよねとか。
それこそ、またちょっとこれもちゃんとお伝えしてくるんですけど、
当選半島で日本の人が来たよ、みたいな話をしたと思うんですけど、やっぱり中国との関係ってきっともう切り離せないっていうか、
これも歴史だと思うんですけど、やっぱり中国の皇帝に認められて初めて、やっぱり日本でも王としての権威が持てるみたいな。
そういうふうな制度があったわけですよね。やっぱり当時の東アジアに対して。
ちゃんと挨拶言ってたわけだもんね。
そうそうそうそう。それで挨拶言ってたのに、「日の出るところの天使が、沈むところの天使に言うぜ!」とかって言ってさ、
ブチギレられたりとか消毒大使じゃないですか。
あー、そうなんだ。
実際ブチギレではなかったらしいんだけど。
ちょっと上から失礼なこと言っちゃった。
そうそうそう。それまではもう、中国の皇帝が超上で、やっぱり認めたままの進化っていう立場だから、
俺ら対等だぜって言ったっていうのが、当時やっぱりセンセーショナルなわけだよね。
消毒大使がやったんだ、それ。
そうそう、消毒大使であってるんだけど、やっぱりそういうふうなところも、
当時の日本がそういうふうな状況だったから、そこまで続けに出れたんだよね、話とか。
へー、はいはいはい。
結構ね、あったりする。
そうか、てか消毒大使ってすごいんだよね。なんかこう、古い日本人ですごい人だとまず頭に浮かんで。
うん。
消毒大使がやったって言うときは間違いないんだよね、大体。鉄を作ったり。
間違いない。間違いないけど、これもね、面白い。
これもちょっとヨタ話っぽくなっちゃうけど、
インドのヤージナ・バルキアも3人くらいいたんじゃないかって話あったじゃないですか。
あんな感じで、消毒大使も本当にいたのかいなかったのかみたいな。
実存してない可能性もあるの?
なんかでも基本いるんだけど、あまりにもやってることがすごすぎて、
できる?これみたいな。本当に1人なの?みたいな感じのことも思えちゃうぐらいらしいんだよね。
なるほど。あれでも確か同時にね、何人かの話を聞き分けることができるとかもあったけれども、
5、6人いればそれできるかもしれないですね、確かに。1人か2人ずつ担当すればね。
そうね、ピン芸人じゃなくてグループ、アイドル、グループ活動だったらできますけどね。
消毒大使っていうグループだったんだけどね。
そうそう、みたいな話もあった。これちょっとヨタ話ですけど。
古代日本の思想
でもやっぱり消毒大使はしててもさ、どんな時代背景でなんでその人が失約してその結果どうなったのとかって、
意外と知らなかったりするじゃない?
意外でもなんでもないけど知らないよね。
確かに、意外でも確かにね。
なので、そのあたりのお話もね、ちょっと触れながら。
今回その日本編。日本の思想編って言うとちょっと大げさかもしれないけど、
昔の日本編みたいな感じでお届けをしていきたいですよ、という感じですね。
はいはいはい。わー面白そうだし。
日本の思想があるとかって思っちゃうのも、思い込みだっていう。
そうそうそうそう。おこはましいっていうか。
いやーありがたいです。そこなしだと確かになんか、
次、ハエットがやってくれるやつを聞けば、我々のルーツがわかるんだみたいな期待を勝手に持ってた。
そうそうそう。僕は持ってた。
あ、持ってた。
持ってたもんね。
そしたら、じゃあ日本の古代史をやりまーすとか言って、ギリシア、インドに並ぶとかって言ってたけど、
その中でレベルが違いすぎて、なんていうのかな、
全国競合のサッカーチームに草野球チームが挑むみたいな、野球とサッカーさえ違うぐらいの感じ。
そんぐらい違う。
そんぐらい違った。
逆に言うと文明が残っているとか、蓄積されているとかってやっぱすげーなって思った。
一口に日本も歴史長そうだし、他の国から侵略されてないからずっと同じような民族がいるつもり。
そういう事実かもしれないけれども、だからといって深いというかね。
全部残ってるわけでもないしみたいな。
次回はそういった思想的なことをちゃんと話そうと思うんだけど、
そもそもそれが掴まってないよね。掴まれることがなかったよねっていう話もあるんだよね。
なんか的薄いね。
よしあしというよりは、そういう性質が古代の日本に住んでいた人に、一応日本人と言うけど、
古代の日本人にあったんじゃねえかっていう話もあって。
次回はそういう話をしつつ、さっき言ったような5、6世紀ぐらいの仏教伝来だよとか、
7、8世紀ぐらいの異神は戸籍、日本初期みたいなところの話だよとか。
あとはつまみ食い的になるけど、ちょっと僕が興味がありますみたいな感じで、
例えばさ、もっと時代は下るけど、武士、戦国時代の武士ってどんな人たちだったのみたいな話とかさ。
あとは平安時代とかもそうだけど、無情感とか哀れみたいな話って、
よく言うじゃん、日本でババビサビレとか哀れっていう感じがあってとかさ。
で、結局何なのみたいな。
話をお伝えしていけるんじゃないかな。
これもまだ全然台本とか読んでほしいんで、作ってないんで、ちょっとどこまでってなってるんですけど。
そういうことをちょっとね、いろいろつまみ食いしながらやっていくっていうのを見ていこうと思ってます。
さっき言ったように日本の思想って言うとちょっと穴が空きすぎてはいるんだけど、
なんとなくそんな感じだろうねとか、逆になかなか理解しづらいんだねっていうことも含めて、
なんとなく理解したよみたいな。
そのぐらいのレベルにまで自分自身もちゃんといきたいし、
聞いていただいてる方にもそういうことはなんとなく分かった気がするぞ、楽しめた気がするぞみたいな。
っていうところをお届けしたいなと思ってますっていう感じですね。
テーマについての対話
なるほど。これはね、それこそラジオの特性だけれども、
あらかじめテーマについて調べ尽くしたものをまとめて出すんじゃなくて、
一緒に調べたものを取って出しっていう。
ハヤトみたいなやつが哲学を勉強するというか、
触れるとどうなるかっていうのをリアルタイムでお届けしてるラジオみたいな。
着地点わかんないんだもんね、今現在。
わかんないんだよね。
それがいいのか悪いのかわかんないけど、
それで2年間やらせていただいてるんで、お付き合いくださいっていう感じなんだけど。
それも面白いんじゃないかな、面白いんじゃないかっていうか、
自分の中では発見なので。
でもさっき兄貴が言ってるストーリーで、意外と知らないとかさ、
なんとなく単語単語は当然学校でやったけど、
わかってないっていうことってこれまでいっぱいあったじゃないですか。
そんなことだらけだよね、本当に。
知ったつもりが一番怖いっていう。
なのでちょっとそこを半歩でも一歩でも誇らせていこうと思ってますので、
ぜひ楽しみというか、一緒に楽しんでいただけたら嬉しいなと思っております。
はい、わかりました。では次回以降ですね、
どんな感じに日本武士総統という話になっていくのか楽しんでいきたいと思います。
では引き続きよろしくお願いします。
お願いします。今回もありがとうございました。