1. 今日も明日も授業道~国語教育をゆるっと語る~
  2. 398_「自分の感受性くらい」に..
2026-01-24 09:14

398_「自分の感受性くらい」に揺さぶられる若き日からすり切れたベテラン時代へ~若手の先生方の勉強会に参加して~

spotify youtube

「自分の感受性くらい」に揺さぶられた若き日から、感受性が擦り切れたベテラン教師へ。若手先生の五行詩授業に感動し、生徒の心に寄り添う教育の重要性を再認識。

- #詩の授業
- #国語教育
- #五行詩
- #教師の学び
- #アンチエイジング

サマリー

若手の先生方が行う勉強会に参加し、感受性について再考しています。その中で、詩の授業の重要性と難しさを再認識しています。特に五行詩を用いることで、生徒たちが自己表現を豊かにし、心の成長を遂げる姿に感動を覚えています。

感受性の再発見
皆さん、こんにちは。今日も明日も授業道、黒瀬直美です。この番組では、中学校・高等学校の国語教育、働く女性の問題、デジタル教育についてゆるっと配信しています。
今日は398回、自分の感受性くらいに揺さぶられる若き日からすり切れたベテラン時代へ、若手の先生方の勉強会に参加して、というタイトルでお届けしたいと思います。
もう398回ですね。400回になったら何か記念のものを買おうかなと思っています。
300回は時計買って、200回はマイク買ったんですけど、400回記念何買おうかな、何かいいのがあったら教えてください。
さて、私は先日1月17日の土曜日、詩の授業についてのオンライン勉強会に参加しました。
詩って言うと、私は中学校2年生の時に、教科書で茨城のりこさんの自分の感受性くらいという詩と出会って、心が大きく揺さぶられ震え上がるような感覚を覚えて、衝撃が走った、そういう経験があります。
あの時、自分自身の甘さを感じるとともに、もう自分がすごく至らなくて未熟で、焦りとか悩みも持ってて、でもそういったことは全部自分の問題で、自分で捉え直して乗り越えていかなくちゃならないんだ。
結構あの時代って人のせいにするじゃないですか。あれって人のせいじゃなくて、自分が至らないんだっていうような、そういった厳しさを突きつけられるような思いがして、あの時私、大きく影響を受けて詩をたくさん読んだ覚えがあります。
もちろん茨城範子さんの詩は読み漁りましたし、その延長線上に谷川俊太郎さんの詩を読む日々が続き、詩の持つ言葉の奥深さとか広さに感動するっていう、たかんな中学校2年生3年生時代を送りました。
そして何十年も経って、いつの間にか年取って感受性は擦り切れ、問題解決はどっちかというと論理的に考えて分析、整理、思考、考察、解決策っていう例のどっちかというと小論文チックな、そういう風な姿勢で乗り越えてきた日々が続きました。
そういったことで、あの少女時代のたかんなみずみずしさは失われてしまいまして、擦り切れてしまった私の心の中に、先日の勉強会での詩の授業というのは大きな感動を覚えたんですよね。
そもそも詩の授業って難しいですよね。
まず教科書に載せられている詩っていうのは、有名な詩人が作った、練りに練られた完成度がすごく高くて、万人の心を揺さぶるような普遍的テーマで、とてもとても素人が読みこなしたり軽い気持ちで真似できるようなものではありません。
そもそもその詩を味合うのに、下手したら1時間以上、2時間も3時間もかかってしまう、それぐらいの奥深さを持っています。
そして、その詩の捉え方も多様で、生徒一人一人の中に世界がぐーっと広がってくるっていう、そういうものを持つんですよね。
なので、詩を教えるということ自体、非常に鍛錬が必要なジャンルで、その詩とは別に、また生徒に詩を作らせるということは、本当に全く違ったアプローチになります。
例えば、生徒に詩を作らせると言っても、教科書で習った詩を真似て作るというのは、ほとんど論外な話で、
一流の詩人が作ったものすごいテクニックの推移を生徒が真似できるはずはありませんので、
もう詩を作るという取り組みは、あくまでも生徒が自由に思ったことを感じたことをのびのびと言葉にして綴るということを楽しむという程度で終わるものなんじゃないかなという認識が私の中にあったわけです。
しかし、先日参加した勉強会では、五行詩という、たった五行の詩という限定された短い詩、それを活かして生徒に日々学校生活での出来事を継続して綴らせていらっしゃいました。
日々のちょっとした気づきとか発見とか、自分の心の揺れ動きとか、そういったことを五行という限定された中に詰め込んでいって、その中で言葉を獲得し、そしてまた積み直していくというような、そういう取り組みでした。
こういう取り組みを積み重ねることによって生徒が次第次第に語彙力を増やしていって、言葉が豊かになっている様子を見ることができました。
そして最終的には、自分の内容をだんだん深く見つめていって、自分が今まで目を閉ざして見なかったことにしていたものとか、触れたくなかったものについて触れて、自分を新しく見つめ直し、再構築していく姿というのを見ることができたんですね。
そこまで生徒が自分の気持ちを言葉にするというのは、発表してくださった先生の生徒に対する肯定的なものの見方とか、生徒を受け止める人間的な度量の広さというものがあってこそ、ぶっちゃけてまとめて言えば心理的安全性がしっかりと担保されていたから、そういうことができたんじゃないかなと思い、
若者からの学び
私自身も本当に胸が熱くなるような思いがしました。
私自身をひるがえってみると、次第次第に年齢を重ねて生徒との距離が離れるにしたがって、今までの自分の指導の積み重ねをプロファイリングしてきながら、その中でやってきたという感じなんですけど、
もう少し生徒の感情の揺れ動きとか多感な時期の繊細な気持ちというのを丁寧に救い取ってあげなければならないんじゃないかと、自分自身のベテラン具合をちょっと反省した次第でございます。
私がこうやって若い人たちの勉強会に積極的に参加するその理由は、若い人たちはやっぱり若いだけあって感覚が鋭くて、時代の先をつかむということに長けているからなんですよね。
今若い先生が着目していらっしゃることは、10年後20年後の主流になるということは確実だろうと思っているわけなんです。
やっぱり今積極的にSNSを使う中高校生というのは、多感な時期にやはりSNSにまつわっていろんなコミュニケーションの中で悩みを深くしているだろうなと思います。
そういった時代にあって、死というものが自分を見つめ直して捉え直して他者を理解するしわたしになってくれるんじゃないかと、そういうふうに思いました。
やっぱりSNS時代にあっているんじゃないかと、この死というのを見つめ直してみようというふうに思いました。
その他にも生活綴り方教育のことを思い出して、似てるなと思ったり、それからこのご業種という取り組みを国語科の中で位置づけるにはどうしたらいいかという大きな問題にもぶち当たったりとか、本当に刺激的な回になったと思います。
こうやって若い人たちに思い切ってご自身の取り組みをどんどんアウトプットしてブラッシュアップして、次世代の国語教育を作っていただきたいなと思っています。
私自身は若い人に学ぶという姿勢は非常に大事だと思っています。
実はこれははっきり言うと、ぶっちゃけて言うと、若い人に学ぶというのは、やっぱりアンチエイジングに最適なんですね。
この若い人たちの自分にはない刺激を受けると若返るわけですよ。思考も若返る。だから脳からそういう指令が来るとやっぱりお肌にもいいわけですよ。
ということで私の真の狙いはアンチエイジングだったということをここでご披露して今回の配信を終了したいと思います。
それでは今日の配信聞いてくださりありがとうございました。またお会いいたしましょう。
09:14

コメント

スクロール